東方幻影人   作:藍薔薇

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第189話

神棚の前に座って静かに両手を合わせ、上筒男命へ祈祷…。

 

「ウッガアァァーッ!」

「わぷ!痛たたた!」

 

静かに両手を合わせ、上筒男命へ祈祷…。

 

「暴れるなよ。ただでさえ狭いんだからさ」

「こんな狭いところに閉じ込められて早十二日目よ!運動不足になるわ!」

 

上筒男命へ祈祷…。

 

「お前なんか何百年も生きてるんだから、二週間やそこらじゃ何にも変わらないだろう?大人しく棺桶にでも入ってろよ。いい加減邪魔だしな」

「何だとー!?やるかぁ!?」

「やんねーよ」

 

祈祷…。

 

「うわっ!おま、何すんだ!」

「もう我慢の限界よ!いくら私でもはち切れるわ!」

 

祈、祷…。

 

「…出来るかぁーっ!ああもうアンタ達!さっきから黙ってればドタバタと!これじゃあ集中出来るものも出来ないわよ!」

 

色々溜まっていた不満が一気に爆発し、一際騒がしい魔理沙とレミリアを見下ろす。あの物陰で小さくなっている黒色の妖精メイドみたいにしてくれればいいものを…!

 

「う。…悪ぃ、霊夢。元はと言えばレミリアが」

「このレミリア・スカーレットに責任転嫁するつもり?」

 

そう言ってお互いを指差し合い、再び取っ組み合いを始める二人。喧嘩両成敗。二人とも引っ叩いてやろうと右腕を振り上げたとき、右肩をポンと叩かれた。

 

「駄目」

 

一瞬咲夜かと思ったが、その咲夜は二人を止めるつもりがあるのかないのか見ているだけ。では誰か、と思い振り向くと、俯きながら小さく首を横に振る紫色の妖精メイドがいた。

 

「何よ、邪魔するの?」

「する」

「…ハァ。そういえば貴女もあそこのメイドだものね」

 

肺に溜まっていた空気を不満と共に一気に吐き出し、ゆっくりと右手を降ろす。コイツの行動に免じて引っ叩くのは止めてやる。紫色の妖精メイドを振り払い、二人の元へ歩み寄る。

 

「聞け!」

「わひっ!」

「うひゃっ!」

 

周りの見えていない二人の耳元で叫び、無理矢理動きを止める。私の突然の大声に驚いて両手で耳を塞いでいる魔理沙とレミリアの片手を耳から外し、開いた耳元で言葉をぶつける。

 

「上筒男命が言ってるわ。『もう少しで着く』って。だから黙って静かに待ってなさい」

 

それだけ言って二人の手を離し、私は神棚の前へ戻った。

 

「ありがとう」

「別に。二人が騒がしかったからやっただけ」

 

小さく呟かれた礼に、ぶっきらぼうに返す。ようやく二人が静かになった中、改めて上筒男命に祈祷する。感じる。伝わってくる。残り数分でこのロケットは月へ到着する、と。それを信じ、私は航海の無事を祈る。最後まで気は抜けない。

 

「お嬢様!窓の外を!」

「ん?…まさか、月っ!?」

「つ、月がこんなに近い…」

 

祈り続けていたら、後ろからそんな言葉が聞こえてきた。…そうか、ようやく月へ到着したのか。そう思ったのも束の間、突然上筒男命が危機を伝えてきた。

 

「まずい!何かが起こるわっ!」

 

咄嗟に出てきた注意喚起。しかし、それはほぼ無意味となった。

そういった瞬間、ガクンとロケットが大きく揺れた。その揺れは止まることはなく、そのまま大きく傾いていく。それと同時に推進力が抜けていき、自由落下が始まった。

 

「ななななな!?」

「何事っ!?」

「お嬢様!?」

「うわぁーい!落ちてる落ちてるー!」

「怖い」

 

このままでは、残り数秒でこのロケットは墜落して大破だ。どうにかしてこの落下を止める術はないか、皆が慌てている中で頭を急速に回転させる。悔しいことに、この状況では上筒男命に頼れない。何とかしないと…!

 

「霊夢さん」

「あぁ!?こんな状況で――」

 

…誰よ、コイツ。今まで小さく縮こまってオドオドしていたとは思えないほど落ち着いている。その右手には手のひらスッポリに収まる丸い金属板があり、それを耳に当てていた。

 

「今、連絡しました。このロケットは消滅します。至急浮遊する準備を」

「何を急にっ!」

「数秒限りの非常用通話魔法陣。パチュリー様の元にいる素材提供者が水没前に霧散させるそうです」

 

そう言い切った瞬間、コイツが言った通りロケットが消滅した。さっきまであった壁も椅子もベッドも何もかもが一瞬で消え去り、水の上に投げ出される。

 

「『帰還は奪え』だそうです…」

 

わたしが落下に抵抗している最中、無抵抗に落ちている黒色の妖精メイドが耳元で呟いた。

結局、水没を免れたのは私、時間停止を駆使した咲夜と水没前に助け出されたレミリアだけだった。

 

 

 

 

 

 

「ぶっはぁっ!」

「大丈夫、魔理沙?」

 

残念ながら間に合わず水没してしまったが、すぐに浮き上がってきた魔理沙を持ち上げ、近くの砂浜まで連れて行く。妖精メイド達が見当たらないけれど、まあ何とかなるでしょう。

 

「…海だねぇ」

 

砂浜に着くと、濡れてしまった服を乾かそうともせず、水平線が見えるほど広い水、いや、海を見ながら魔理沙は呟いた。

 

「これが海ねぇ」

 

魔理沙を引き上げる際に海の中を僅かながら見たのだが、生き物らしき陰は一切見当たらなかった。だから何だと言う話だが。

 

「幻想郷にもこんな海があれば大分違うんだがな」

「はぁ…。海坊主とかクラーケンとかが出るだけでしょ」

 

これはただの現実逃避。そんなことは分かってる。しかし、最初から機関が出来る設計だったのか怪しいが、ロケットは素材提供者――得られた情報から消去法で鏡宮幻香と思われる――によって水没を免れるために消滅させられた。よって、幻想郷へ帰還するには言われた通り奪う他なくなってしまったわけなのよね…。

水平線を見ながら黄昏ていると、紫色と青色の妖精メイドが陸に上がってきた。もう一人足りないが、また別のところに上がっているだろう。何となく上がってきた二人を見ていると、青色の妖精メイドが大きく腕を横に振った。すると、紫色の妖精メイドのメイド服に染み込んでいた水がある程度横へすっ飛んでいくのが見えた。水を操るような能力でも持っているのだろう。かなり弱そうだが。

 

「着いたばっかで何を黄昏ているのよ?」

「あのねぇ…」

帰りの船(ロケット)は消えちゃったしな」

 

大きなため息を吐く魔理沙を見ていると、私も釣られて小さくため息を吐いてしまう。しかし、そんな私達とは違って咲夜は活力に満ちている。

 

「でも、月に着いたから問題ないわ」

「…そうか?」

「だって、私達の目的は月に行くことであって、月から帰ることではないからね」

「馬鹿言ってんじゃないわよ。アンタ達は残りたきゃ勝手に残ればいいけど、それに巻き込まれた私は帰りたいの」

「あら、それは残念ね」

 

口元に手を当てているが隠すつもりのない笑いを浮かべる咲夜を、私は何とも言えない気分で睨んでいた。

 

「そういや、レミリアはどこ行ったんだ?」

「お嬢様なら奥へ行ってしまわれたわ」

 

そう言いながら、後ろへ視線を向けた。そこには桃の生る樹が生い茂っており、とりあえず数日なら食料に困らなさそうだと、少しだけ安心した。

 

「…月の民は桃しか食べないのかしら」

「さぁな。ただの桃狂いかもよ」

「ここは桃だけを植えているんじゃないかしら」

「桃はそんな一度に何個も食べるような果物ではないですからね…。さて、私はお嬢様を探しに行きますね」

「おう、行ってこい」

 

魔理沙に見送られた咲夜は、森の中に紛れて行った。一瞬の静寂。ここで何か話さないと、ずっとこのままになる。そんな気がして怖くなった。

 

「何かして暇でも潰す?」

「お、いい考えだ。釣りなんかどうだ?海には大きな魚が棲んでいると言うからな」

「生き物らしい陰はなかったわよ。それに、道具はどうするの?」

「探せば十匹や百匹くらいいるだろ。それに、魚くらい手掴みでいいんだよ」

「手掴みで釣りって言っていいのかしら」

「残念ね。豊かの海には何も棲んでいないわ」

 

そう言って私達の会話に横入りしてきたのは、やけに長い紫色の髪と身長より長いんじゃないかと思える刀を持った女性。

 

「豊かの海だけではない。月の海には生き物は棲んでいない。生命の海は穢れの海なのです」

 

そう言いながら、刀の先を私に向けてきた。…何かしら、コイツ。

 

「お、おいおい。いきなり物騒だな…」

「住吉三神を喚び出していたのは、お前か?」

「ええ」

 

魔理沙を完全に無視して言ってきた質問を肯定し、その場にしゃがみ込む。ただ切っ先が鬱陶しかっただけなのだが、下がるのは何だか負けた気がするから。

そんな私に妖しく笑うと、突然刀を持ち替えて、その切っ先を地面に突き刺した。

 

「!」

「な…っ!?」

 

地面から生えた無数の刃。それらは的確に私達を囲んだ。…逃げられるか?いや、何か普通じゃない。

 

「女神を閉じ込める、祇園様の力。人間相手に祇園様の力を借りるまでもなかったか。住吉様を喚び出せるというからどれほどのものかと思ったけれど」

 

…祇園様、ね。つまり、コイツも私と同じように神様を喚べる。多分、ちょっと齧った程度の私なんかよりも上手く。

さて、これからどうするべきか…。悩ましいところね。

 


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