東方幻影人   作:藍薔薇

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第184話

隣にいる妖精メイドさんがその手に持つ『博麗』と書かれたお札をロケットの屋根に貼り付けている。それっぽく見えるまで何度も書き直したけれど、霊夢さんが見たら激怒したりしないだろうか?ちょっと心配だ。

 

「よし、終わったよ」

「それじゃ、これ持っててください」

「はーい」

 

持っていた注連縄の端を手渡し、グルリと一周。ちょっとやそっとの事でズレてしまわないように、しっかりと括り付ける。確認のために掴んで少し揺らしてみたけれど、これなら大丈夫そう。

 

「…ふぃー。こっちは完了かなぁ」

「おーい、そっちはどうなのー?」

 

下のほうでは、これとはまた別の神社の意匠を散りばめてもらっている。確か、小さな鳥居と神棚。

 

「終わったー!」

 

どうやらわたし達よりも早く終わっていたようで、下にいる妖精メイドさん達は既に鴉の羽を毟り始めていた。

わたしとしては、使うもの全てを何故か複製することになって、多種多様なものを複製する羽目になった。注連縄を編むための麻だか藁だかとか、鳥居の色を付けるための顔料とか、神棚に飾る小さな丸い鏡とか、その他諸々。

パチュリーも妖精メイドさん達も同じようなことを言っていたけれど、このロケットを作るための材料はほとんどわたしの複製らしく、紅魔館から消費されたものはほとんどないに等しいらしい。そのことを妖精メイドさんに感謝された。けれど、わたしとしてはそうであったことが驚きだ。ただ言われるままに複製していっただけなんだけど…。

 

「それにしても、何でこんなものを追加で取り付けたんです?」

「住吉三神の力を借りるからよ。魔術は形式が大事だから」

 

ロケットが完成したからか、こっちにやってきたパチュリーに訊ねると、すぐに答えてくれた。こんな追加注文がなければ、もっと早く終わったのだけど。けれど、必要なことらしいからしょうがないか。

 

「それじゃ、ちょっと遅いけど朝食作って来るね!」

「あ、行ってらっしゃい」

 

…そっか、もう朝だったんだ。つまり、いつの間にか徹夜していたんだ。今も全然眠気は感じず、そんなことをした後とは思えない。そんなことを考えながら手を振ると、数人の妖精メイドさんが丸裸になった鴉を持って行ってしまった。

朝食が出来るまでの待ち時間に、散乱している余分に複製したものを回収していく。周りにいる妖精メイドさん達に、もう使わないかどうか確認することも忘れない。…ふぅ。大分妖力を使ったつもりだったけれど、こうして回収すると案外使っていなかったようにも感じる。そこまで回復しなかったからね。多分、あの魔法陣を除いて過剰妖力を一切入れていないからだろう。

粗方回収し終えると、パチュリーがロケットの入り口に何やら細工をし始めていた。

 

「何してるんです?」

「とりあえず、勝手に中に侵入出来ないようにしてるわ」

「それじゃ、入ろうとしたら?」

「触れた瞬間燃え上がる」

「…うわぁーお」

 

考えただけで恐ろしい。火って熱いんだよ?…当たり前だけど。そんな物騒な細工が終わるまでやることが特になく、ただ待っているのも何となく嫌だったので、ゴミとして掃除されてしまいそうな木屑なんかを丁寧に回収していると、パチュリーがわたしの前に緩やかに立ち止まった。

 

「ありがとう、幻香」

「…どういたしまして。けど、結局推進力に関してほとんど助力することが出来ませんでしたね…」

「そうね。だけど、こうしてロケットが出来上がった」

 

そう言いながら、パチュリーは月へ飛び立つロケットを見上げた。わたしも釣られて見上げるけれど、お札の数がもうちょっとくらいあったほうがよかったかも…、何ていう心底どうでもいいだろうことを考えてしまった。

 

「貴女のおかげで、私が考えていたより何倍も早く」

「そうですか?…樹の伐採と羽毛の採集が減ったくらいな気が」

「変わってるじゃない。特に伐採」

「…まぁ、そうかもしれませんね」

 

妖精メイドさん達の伐採がどの程度の速さで行われるか、わたしには分からない。わたしの場合太さにも寄るけれど、一本大体十分程度だろうか?このロケット使用した材木の量を考えると、相当量伐採する必要があっただろう。…うぅむ、どうなんだろう?

 

「さて、これだけやってくれたんだもの。貴女にはちゃんと報酬をあげないとね」

「報酬?…あー、そう言えばそんな話もありましたね」

「…もしかして忘れていたの?」

 

はい、忘れてました。月へ飛ぶための手段を考えることがわたしのやることだったけれど、それが出来そうもなかったから、その代わりに始めたロケット製作の手伝い。その作業の事ばかり考えていたから、報酬の事なんて頭から抜け落ちてましたよ。

 

「これから作るわけだけど、どんな魔法陣がいいかしら?」

「炎を。発動は妖力を流したらで」

「そうね。どうやって携帯するつもり?」

「あー…。この鎖に付けるか、それともそのまま携帯するか…」

「首に掛けるには少し重くなると思うから、後者ね」

 

そう言うと、携帯していたであろう紙を取り出し、サラサラと魔法陣を描き始めた。

 

「まずはこれを彫ることにするわ」

「…あの、分からないんですけど」

 

魔法陣を見せられても、わたしには分からない。そんな呆れた顔をされても、分からないものは分からないんです。ただ、前に見せてもらった蝋燭程度のものよりも描かれている線が圧倒的に多いことは分かった。

 

「大きさは手に持って負荷にならない大きさにしたいから、利き手を出してちょうだい」

「利き手ですか?…どうぞ」

 

わたしの利き手は一応右手だ。左手でも書けるには書けるけれど、右手のほうが上手く書ける。妖力弾を放つのと体術も両方問題なく扱えるけれど、やっぱり右のほうがやりやすいと感じる。

軽く開いた右手に紙を重ね、その大きさを描き写されていく。指の関節の位置まで丁寧に。さらには皮膚に走る主要な皺まで描き足されていくのを見ていると、よくもまあこれだけの情報を描けるなぁ、と感心してしまう。わたしも同じように描けと言われても、こんなに描くことはないだろう。

 

「…よし。それじゃあ、この手形を参考にさせてもらうわね」

「ありがとうございます」

「ふふ、これは正当な対価よ。お礼を言うのはこっちのほう」

 

そう言われても、わたしがパチュリーに提供したものは、緋々色金を消費するほどのものではないと思ってしまう。大量に伝えた月へ行く手段は最終的に採用されることはなく、ロケットの材料として創った複製分の妖力は時間が経てば回復する。つまり、わたしがパチュリーに提供出来たものは、大ちゃんの座標移動の研究協力と時間。たったそれだけ。

けれど、そんなわたしとは対称的に、パチュリーからはそんな不満は一切感じない。本当に正当なものだと思っているようだ。…時間ってやっぱり大事なのかなぁ?

 

「そうだ。そこにいる妖精メイド達に、ロケットには触れないように注意しておいてくれるかしら?」

「あ、はい。分かりました」

 

触れたら燃え上がるから、と伝えれば面白半分でも触れようとはしないだろう。…多分。

パチュリーに言われたことを皆に話して回っていたら、朝食がやってきた。様々な料理が並ぶが、特に目立つものが鴉の丸焼き。とてもいい匂いが漂ってくる。

 

「さ、食べよっ!」

 

前に言っていた通り豪勢に焼かれた鴉を見ると、ロケットが完成したという実感と共に、一区切りついたという安らぎを感じた。…さて、冷めてしまう前に食べちゃいますか。

 

「いただきます」

 

ま、鴉の丸焼きは皆で分けて食べることにしたから、ほんの少ししか食べれなかったけれど、わたしは満足でした。

 


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