東方幻影人   作:藍薔薇

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第170話

大図書館に辿り着くことは特に苦も無く達成したわけだけど、わたしとしてはその前の大ちゃんを探し出すのに時間がかかり、色々と疲れた。なので、長椅子で少し横にさせてもらうことにした。肘掛けに膝を乗せることで僅かに空いた端っこにチョコンと座っている紫色の妖精メイドさんは、わたしの顔を見下ろして言った。

 

「大丈夫?」

「正直、大丈夫じゃないです…。頭は使うわ喉は使うわで…」

「ならちゃんと休んで」

「そうですね…。あ、そうだ。後でこの服が乱れてるところを直してくれませんか?」

「いいよ。休んだら」

 

まあ、正直休めと言われても、ただ横になり続けているのはやっていられない。天井を見上げていた顔を倒し、連れて来た大ちゃんと話しているパチュリーのほうを向く。

 

「本当にいいの?」

「いいんですよ。けど、原理がどうとか訊かれても私には分かりませんよ?」

「その『分からない』を調べるのが私のやることなのよ」

 

どうやら、二人は特に問題はなさそうだ。そのまま話を聞かせてもらおうかな。

 

「では、私は何をすればいいでしょうか?」

「そうね…。まずは一度見せてもらいましょうか。出来る、とは聞いたけれど、見たわけではないから」

「あ、はい。分かりました」

 

そう言うと、大ちゃんとわたしの目が合った。と、思ったときにはわたしの視界が水色の布でいっぱいになっていた。ん?…ああ、これって大ちゃんが着ている服?何だ、驚いたぁ…。わたしの目の前に座標移動したのか。

体を起こして視界を埋めてしまっている大ちゃんから外れようとしたら、その大ちゃんはいなくなっていた。一体何処に、と思ったらパチュリーの視点が大きく上へと向いている。わたしも上のほうを見上げると、天井ギリギリにフワフワと浮いている大ちゃんがいた。

うーん、やっぱり恐ろしい能力だ。妖精に『お願い』出来るのに加えてこんなことが出来るなんて。視界に入っていないといけないだとか、自分とその他小物だけしか移動出来ないだとか、そんな制限は制限とは思えない。それほどまでに応用の利く能力。

そんなことをボンヤリと考えていたら、大ちゃんがまた消えてしまった。今度は何処へ行ったのだろう?

 

「きゃっ!?」

「どうでしょう?」

「…コホン。じ、十分よ」

 

パチュリーの可愛らしい声が耳に入り、視点をそっちへ動かしたら、パチュリーと触れ合うほど近くに大ちゃんがいた。

今回やった三回の座標移動。一回行った後で次に行うまでの時間を何となく数えてみたが、その時間は二回ともほぼ変わらず二秒半程度。多分、この約二秒半は必要な休憩時間なのだろう。あんなことが待ち時間なしに連続で出来たらそれは素晴らしいことだが、現実はそう簡単にはいかなそうだ。

パチュリーがゆっくりと大ちゃんを押し、くっ付きそうな顔を離して一息吐いてから言った。

 

「とりあえず、信じましょう。貴女が座標移動を扱えると」

「ありがとうございます。それで、何か分かりましたか?」

「いいえ、全く。見ただけで分かるなら苦労はしないわよ、本当に」

「そうですか…。それじゃあ、一緒に頑張りましょうね」

「ええ。貴女にはそれなりの苦労をさせてしまうかもしれないけれど、そのときは一言言ってくれると助かるわ」

「はい、分かりました」

「これから試してみたいことをまとめるから、少し休んでいいわよ。そこら辺にある好きな本を読んでも構わないから」

 

パチュリーがそう言うと、大ちゃんはとても嬉しそうに本棚へと飛んで行った。…さて、わたしはどうしようかな。ただ横になっているのは本当につまらない。うぅーむ…。

 

「あ、そうだ」

「休む」

「大分楽になりましたよ。それに、ちょっとパチュリーと話すだけですから」

「そう」

 

長椅子から転がって床に片手を叩き付け、その勢いで跳ね上がる。そのまま体勢を整えながら体ごと回転し、両脚を揃えて床の着地したわたしを見た紫色の妖精メイドさんの目がとても痛かった。許して。

 

「パチュリー、頼みたいことがあるんですが」

「何かしら?見ての通り忙しいから、あんまり難しくないといいわね」

 

今わたしの手持ちにあるものではちょっと不都合だから、パチュリーに手伝ってほしいのだけど、難しいかどうかはよく分からない。だから、とりあえず伝えるだけ伝えることにしよう。

 

「魔法陣の複製について」

「…そうね。貴女の複製は対象に妖力を流して形を知る。魔法陣は魔力を流して発動させるものもある。当然の疑問ね」

「それもありますが、そもそも複製でまともに発動するか確かめたいです」

 

そこまで言ったところで、後ろ髪を数本引っ張られた。地味な痛みを和らげようと頭を擦りながら振り返ると、やっぱり紫色の妖精メイドさんがいた。その顔は僅かに怒っている様子。

 

「話すだけ」

「…はい」

 

わたし自身が言ったことだ。ちょっと悔しいけれど、しょうがないか。

 

「すみませんがパチュリー、この件はまた後にしますね」

「ふふっ、そうね。しっかり休んでから出直してきなさい?」

「パチュリーも根詰め過ぎないでくださいよ?」

「それは貴女自身が気にするべきことよ」

 

そうかなぁ…?わたしってそこまで疲労を放り投げて活動してる?今だって疲れたかた横になってたのに。まあ、横になってるのが億劫で仕方がなかったから、今こうしてパチュリーと魔法陣について試そうとしたけど。

大きく腕を上に伸ばして肩と肘の辺りがパキパキと軽く鳴るのを聞きながら長椅子へ戻ろうとすると、紫色の妖精メイドさんに肩を軽く掴まれて止められた。

 

「何でしょう?」

「服、整える」

「そうですか?じゃあ、よろしくお願いしますね」

 

紫色の妖精メイドさんと向かい合い、腕を横に伸ばして待機する。すると、袖の皺を伸ばしたり、埃を軽く落としたりとテキパキとわたしの服を整えていく。…うわ、いつの間にかこんなになってたんだ。注意しないとなぁ…。

 

「終わり」

「ありがとうございます。さて、もう少し休んだらやることやりますか」

「うん」

 

襟元を擦りながら長椅子へ行こうとしたら、その長椅子の真ん中に大ちゃんが本を広げて座っていた。い、いつの間に…。服を整えるのって結構短かったと思ったんだけど。

まあ、わざわざ退いてもらうのは悪いし、わたしも横になるよりは普通に座っていたほうがいい。そう思い、大ちゃんの横に座ることにした。

 

「ふぅ…。何を読んでいるんですか?」

「これですか?これは野草について載っている図鑑です」

「へえ、それは多分前に読んだなぁ」

 

チラリと見た見開きのページだが、少し見覚えがあった。飽くまで見覚えがあるだけで似ているだけかもしれないし、この本の表紙は見ていなかったので、本当に読んだかどうかはまだ分からないが。

 

「そうなんですか?何のために?」

「食べられるかどうかが目的だったけれど、そこから毒草の利用を検討しましたね」

「そ、そうなんですか…。大変ですね…」

「そうでもないですよ。ちょっと抽出しても大した効果はなさそうでしたし」

 

かなり前に物は試しにと野生動物にかけてみたが、特に効果はなさそうだった。やっぱり、直接口に入れないと大した効果は得られないのだろう。まあ、眼にかけたらかなり暴れだしたが。

 

「それで、大ちゃんは何のために?」

「確認です。私が使っていた方法と食い違いがないかどうか確かめようと思って」

「ドクダミって知ってます?」

「知ってますよ。あれ、とっても便利ですよね」

「やっぱり知ってましたか」

「ええ、一応。それに、ドクダミの項目はもう過ぎましたよ」

「あ、そうだったんですか…」

 

ちょっとした傷なんかにちょっと付ければ血が止まるとか。まあ、血が出たときに限って近くになかったりするし、そもそも無理矢理治せるから必要としたときはなかったけど。

こういう知識は、使うかどうかではなく、とりあえず持っておくものだ。今使わなくてもいつか使うかもしれないし、そこから他のことに応用出来るかもしれないから。

 

「まどかさんも何か読みますか?」

「そうですね…。そうしましょうか」

「何読む?」

「取ってきてくれるんですか?」

「うん」

 

心優しい紫色の妖精メイドさんが、本を持ってきてくれると言ってくれた。わたしを休ませるためだろうけれど、この広い大図書館のどこに何の本があるか、わたしはまだ把握し切っていないからありがたい。

 

「それじゃあ、魔力を含むものについて載っている本を。出来るだけ多く載っているものだと助かります」

「分かった。待ってて」

 

いやぁ、楽しみだなぁ。一体、どんなものに多く魔力が含まれているんだろう。魔力が多く含まれている、ということは過剰妖力が多く含めるということ。緋々色金で十分かもしれないが、他にいいものがあるなら知っておきたい。

そして、その本を読み終わったら魔法陣の複製についてやることにしよう。読み切る頃には十分休めていると思うから。

 


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