何をしようか考えながら下を見てみると、大ちゃんはまだ同じ本を読んでいるようだ。ちょっと声をかけようかな?
そう思ったら、突然肩を叩かれた。誰だろ?
「誰ですか?」
「えへへー!私だよ!」
なんと、フランさんだった。しかし、初めて会った時のようなプレッシャーは感じない。とても無邪気な笑顔を浮かべている。
「咲夜がねー、おねーさんがここに来たって言ってたから来たんだ!」
「ふふ、そうなんですか」
「治るの早かったね!一月かかるって言ってなかった?その傷」
「あー、お医者さんが優秀で予想より早く治りました」
「それはよかったねえ!」
そう言いながら、突然フランさんは体全体を使って大きく息を吸い込んだ。そして大きく息を吐く。そして笑顔を浮かべて言った。
「外ってこんなに気持ちいいんだね!」
なんだその言い方。まるで外を知らなかったような言い方じゃないか。ん?そういえば、フランさんってあの鉄格子のある部屋にいなかったっけ?鉄格子ってたしか罪人が入れられるとこなんかにあるんじゃなかったっけ?しかも初めて会ったとき『生きている餌は初めて見た』みたいなことを言っていた。つまり、生き物を見たことがない事になる。つまり――、
ここまで考えていると、フランさんの表情が変わっていることに気付いた。何だかとても悲しい笑顔だ。
「おねーさんが考えていること、なんとなく分かるよ。私は495年間あの部屋にいたの」
「え?わたしの考えていることが分かるのも不思議で仕方ないんですが、495年もあの部屋に?どうして?」
「さあ?まあ、今は紅魔館から出なければ部屋から出てもいいってお姉様に言われたし」
肩を竦めながら明るく話すフランさん。
お姉様。つまり、レミリア・スカーレット。この紅魔館の当主。その人が妹であるフランさんを約五百年も部屋に閉じ込めた。だけど、何か理由があって外に出てもいい許可が出たことになる。何かきっかけになるもの…。あ。
―――霧雨魔理沙。
そういえば、彼女がフランさんに会いに来ていた。そこで何かがあったんだろう。わたしの知らない何かが。その結果、フランさんかレミリアさんか、もしくは両方が変わった。多分、そういうことだろう。
「まあ、そんなことどうでもいいじゃん!ここに来たんだから、私とスペルカード戦やろうよ!」
「え?ちょっと疲れているから明日とか…」
そう言うと、頬を膨らませていかにも不機嫌ですと言いたげな表情になる。
「えー!いいじゃん!」
「よくないですよ…。ここに来る前に二回スペルカード戦やって疲れてるんです…」
「えー…。じゃあどうしようかなー…」
そう言いながら腕を組んで考え始めた。今のうちに大ちゃんに話しかけようかと考えたけれど、そんなことをしたらフランさんの機嫌を損ねるかもしれない。それでもし怒ったりでもしたら、嫌な予感しかしない。また腕が吹き飛ぶなんて嫌だよ、わたし。
なので、フランさんから離れていないところの本棚からよさそうな本を探す。『精霊魔法指南書』『簡単!綺麗なお部屋!』『妖怪大全集~其之一~』『The Book of the offices of the spirits』『さくらさくころに』『聖女の分身』――。うーん…、よさそうな本が見当たらない。ていうかこの本棚の中身に規則はないのか?
本が見つからなかったので、フランさんのほうを見てみると、眉間に軽くしわを寄せてうんうんうなっていた。どうやら、まだ考え中のようだ。
仕方ない。私も何か考えるとしましょうかな。考えること何かあるかなあ…。あ、スペルカードでも考えようかな。フランさんとスペルカード戦をやるんだし。
とりあえず、今までにやったスペルカードは『幽体離脱』と『大きいものを創って振り下ろすやつ』の二つだ。その中の『幽体離脱』は『静』『乱』『散』『集』の四種類に分割出来る。
『静』は複製した弾幕をその場に留まらせるものだ。移動の阻害か弾幕の相殺をするのが基本の使い方になると思う。
『乱』は複製した弾幕を様々な方向に直進させる。正直、やってみるまで分からなかったけれど使い勝手が悪い気がする。
『散』は複製した弾幕をわたしを中心として外側に直進させるものだ。広範囲の弾幕を作ることが出来るから、使いやすいと思いたい。
『集』は複製した弾幕の全てが相手に向かっていくものだ。だけど、このスペルカードって一発物だと思う。知っていれば、ちょっと大き目に動ければ簡単に避けることが出来てしまう。
結論。どれも癖のあるスペルカードだ。しかも、他の皆の使っているスペルカードと違って耐久時間が圧倒的に短くなりやすい。一回しか複製できないと思うしね。
さて、もう一つのスペルカードは制限がある。近くに大きいものがある。相手よりも上にいる。この二つだけだが、かなり辛い。前者は試合場所の縛りで、後者は位置関係の縛り。両方を満たすときはとても少ないと思う。
しかし、まだやっていないスペルカードのアイデアはある。これがぶっつけ本番で出来るかどうかは分からないから、いつか試し打ちをしないといけないかな。
「そうだっ!」
そこまで考えていたら、フランさんがいきなり叫んだ。何事?ああ、スペルカード戦のことか。
「じゃあさあ、今お昼頃だし夜にやろうよ!」
「夜…ですか?」
普段は暗くなってきたら夕食を食べてすぐ寝ている。このままだと睡魔と闘いながらスペルカード戦をすることになってしまう。それは避けたい。
「その頃は普段寝ているんですが…」
「大丈夫!今からお昼寝すれば夜でも起きてられるって!それに、夜のほうが私が戦いやすいし」
「戦いやすい…?ああ、吸血鬼って日光に弱いんでしたっけ」
「うん。日光に当たるとそこが火傷しちゃう」
まあ、フランさんが楽しみにしていたスペルカード戦なんだ。解決案も出ているのだし、ここで折れましょうか。
「分かりました。じゃあ、夜にでも」
「やった!じゃあ日付が変わる頃に門の前のお庭で待ってるからー!」
そう言ってすぐにフランさんの体が崩れていく。
「ひぃっ…」
思わず変な声が出てしまった。良く見てみると、崩れたそばから真紅の蝙蝠へと変化していた。吸血鬼ってこんなことも出来るんだ…。
フランさんが跡形もなくなくなるのを見守ってから、読書をしているパチュリーの元へ一直線に向かう。
「パチュリー!」
「何かしら、そんなに慌てて」
「布団ちょうだい!布団!」
「いきなり言われても意味が分からないわ。ちゃんと説明して」
「えと、フランさんとのスペルカード戦を夜にやるから昼寝しておきたいので布団をください」
「そう、分かったわ。今妖精メイドに頼むから。ちょっと待っててね」
そう言って、パチュリーが机の上のベルを鳴らす。すると、何処からともなく妖精メイドさんが現れた。そして、パチュリーはその妖精メイドさんに指示をして、また読書に戻った。
待ち時間を利用して、少し気掛かりなことを聞いておくことにした。
「わたしの友達の妖精達の寝る部屋については、パチュリーに頼んでもいいですか?」
「ええ、いいわよ。ついでに貴女もちゃんと起こしてあげるから安心して眠りなさい」
「ありがとうございます!ええと、日付が変わる頃に門の前の庭って言っていたので、一時間くらい前に起こしてくれると助かります」
「任せなさい。ほら、布団が来たわよ」
そう言って指差すところには、布団を持った妖精メイドさんが飛んでいた。ちょっと重そうな顔をしている。そのままわたしの前に降り立ち、きちんと畳んで置いてくれた。ちゃんとお礼を言わないとね。
「ありがとうございます」
「いえ、これが仕事ですので」
…素っ気ない。ちょっとさみしいです。
すぐに飛び去ってしまった妖精メイドさんに軽く手を振ってから、パチュリーに布団を広げてもいい場所を聞く。そして、言われた場所に広げてから布団一式を複製する。うん、かなり重い。魔法の森までは一時間は飛ばないといけないから、持ち続けるのは辛そうだ。
よし、悩んだら訊くのが一番。
「この創った布団を持ち帰りたいんですけど、重くて耐えられそうもありません」
「え?それ持ち帰るつもりなの?そうねえ…、咲夜に頼んで妖精メイドを一人か二人くらい用意してもらうわ」
「そうですか!じゃあ、この布団はここに置いておきますね」
パチュリーの隣に複製した布団を畳んで置く。そして「ありがとう」とちゃんと礼を言ってから、敷いてある布団の中に潜り込む。昼食を抜いているけれど、夜になったら軽いものを食べれたらいいな。
そんなことを考えながら、わたしは微睡みの中へ落ちていった。