東方幻影人   作:藍薔薇

162 / 474
第162話

昨日仕留めた猪を醤油で味付けしながらしっかりと焼き、皿に乗せる。…うん、美味しそう。小型の猪だったとはいえ、とても一人では食べ切れない量だったから、昨日の夕食も含めて橙ちゃんと分け合ったのだけど。

残った肉は昨夜の内に塩漬けにして、屋根に天日干ししている。水分がほとんど飛んで塩が浮き出るくらいなら長期保存出来るんだけど、食べるときはちょっと注意が必要だ。ああ、冷蔵保管出来る紅魔館が羨ましい。

 

「さて、今日は紅魔館に行こうかな」

 

フランに会えたら会いたいけれど、どうなんだろう?フランと萃香が言っていたことを組み合わせると、相当無茶して迷いの竹林に来たみたいだし。会えるかどうかはちょっと微妙なところだ。

ま、会えるにしろ会えないにしろ、大図書館で本を貰う。それは最低でも出来るだろうし、そのときにパチュリーに護符を渡すことだって出来るだろう。それに加えて、今使っている鎖型の護符に緋々色金を付け替えることとか、新しく緋々色金を複製することとか、大図書館でやりたいことは盛りだくさんだ。

手持ちにある護符を布に包み、意気揚々と扉に手をかける。そして、外へ足を踏み出したところで一時停止。

 

「あ」

 

…しまった。紅魔館へ行く前にさっき焼いたばかりの猪肉をちゃんと食べないと。うっかり忘れてしまうところだった。

急いで扉を閉め、未だに上手く扱うことが出来ないナイフとフォークを取り出し、皿の横に置く。

 

「…いただきます」

 

 

 

 

 

 

久し振りに大図書館に来た気がする。まあ、ここ最近は色々あったから特にそう思うだけかもしれないけれど。

 

「パチュリー、忙しそうですね」

「…そうね。レミィに無茶言われたから」

「…そうですか。まあ、それはまたいつかでいいですか?」

「ええ。今はまだ全然固まっていないから、そうしてくれると助かるわ。…貴女は何かいいことでもあったの?」

「いえ、そこまでは」

「そう」

 

ほんの少しの間、パチュリーの視線は本から目を離していたが、また本へと戻っていった。

 

「それで、今日は何をしに来たの?」

「色々ありますよ。いくつか本を貰いたいですし、緋々色金の複製だってやりたいです」

「構わないわ。…はい、これ」

「ありがとうございます」

 

いつもの緋々色金を受け取り、ひとまず手の中で転がす。そういえば、今のわたしの中を流れる妖力量を考えていなかった。大体半分無かったらそもそも出来ないからね。

迷い家に行った頃はほぼ全快だったけれど、その後で主に家の建設をするためにかなりの量の妖力を使用した。もしかすると、緋々色金の複製は延期になってしまうかもしれない。

しかし、そんな心配は無用だったようで、四割弱しか使用していなかった。…あれ、四割弱?

 

「ま、いっか」

 

手の平の上に小さな重みが現れた。そして、さっき感じた違和感がより一層大きくなるのを実感した。

何で三割程度しか妖力を消費していないの…?

 

「…ふぅ」

「…?どうかしたの?」

「後でまとめて言います」

「何かあったのね」

 

新しく複製した緋々色金に新たに妖力を注ごうとするが、全く入らない。明らかに過剰妖力が完全に満たされている。

 

「パチュリー。疑うようで悪いんですが、正直に答えてください」

「ええ、いいわよ」

「この緋々色金、別の粗悪品にすり替えたり、削り取ったり、何か妙なことに使用したりしませんでしたか?」

「全く。それに干渉したのは私と貴女だけ。私は貴女に手渡し手渡される以外は何もしていない」

「他の誰かが勝手に何かした可能性は?」

「完全に否定は出来ないけれど、それもないと思うわよ。それなりの仕掛けを施したところに保管しているから」

「…そう、ですか」

 

パチュリーが嘘を吐くとは思えない。緋々色金が何も変わっていないのならば、変わったのはわたしだ。

家の建設で使用した妖力量が妙に少ない。それだけなら自然回復力が向上した可能性もあったけれど、それでは緋々色金の複製をして消費した妖力量が減ったことが説明出来ない。なら、答えは明々白々だ。

 

「…わたしの妖力量が急激に増加した、か」

「…前から異常だった妖力量が?」

「ええ。目に見えて変わりましたよ」

「具体的にはどのくらい?感覚で構わないわ」

「五分の八、一.六倍でしょうか」

 

原因なんて考えるまでもない。というより、それ以外に特異なことが思い当たらない。『破壊魔』が取り憑き、溶けて消えた。

残っている妖力量ならもう一個創れるだろう。そう思い、新しくもう一個増やすと、パチュリーはわたしの妖力量が増えたことを実感したようだ。

 

「はぁ…。より一層規格外になったわね」

「…みたいですね。妖力が多くて困ることって、何かありますか?」

「そうねぇ…。無理矢理挙げるなら、人喰い妖怪の類にとっては格好の餌になるわね。捕食されればとんでもなく強くなりそう。…まあ、正直収まり切るとはとても思わないのだけど」

「なら、大して変わりませんね。増えたことは純粋に喜びますか」

「…理由、知ってるのね」

「…そうですね。あれ以外思い当たらないだけですが」

「それは、私には言えないものかしら?」

 

…どうだろうか。フランは紅魔館の誰にも言っていないようだけど、わたしは語っても構わないと思っているか?

 

「…一つ、約束してください」

「何かしら?」

「誰に対しても、他言無用でお願いします。…もちろん、レミリアさんにも」

「…いいわよ。レミィにも秘密、ね」

 

パタリ、と本を閉じたパチュリーがわたしに顔を向けた。穏やかな表情だけど、とても真剣だということは分かる。本を読みながら聞くつもりがない辺り。

けれど、そこまで真剣に聞いて欲しくない。というより、何かの片手間に語るくらいがいい。わたしにとって、そっちのほうが気が楽だから。

首に掛けられた二つの鎖を外し、新しく複製した緋々色金二つと一緒にパチュリーに手渡した。そして、本物を別に返す。

 

「…これは?」

「これから話しますが、わたしの家の場所に行くのに必要なものです。今までのネックレスから、緋々色金を付け替えてくれませんか?」

「…ええ、いいわよ」

 

そう言うと、パチュリーは早速作業を開始した。さあ、わたしも語るとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

「…そう。そんなことがあったのね」

「ええ」

「『フランが何処か行った』ってレミィが言ってた理由がよく分かったわ」

「そうですか」

 

過激派の追い返しからここに来るまで。出来るだけ詳細に言ったつもりだ。

 

「とりあえず、五個全部付けたわよ」

「ありがとうございます」

「それで、私はさっき言っていた護符を貰ってもいいのかしら?」

「ええ。好きなのをどうぞ」

 

持って来た護符を広げると、パチュリーは一つ一つ手に取って眺め始めた。

 

「…これにするわ」

「指輪ですか」

「ええ。それにしても、この護符は凄い術式ね。私には難解過ぎて読み解けないわ…。ちょっと複雑な気分よ」

「へえ、そんなに凄いんですか」

「いつか分かるときが来るわ。これだけ難解なのに、非常に美しいのよ」

 

まあ、どれだけ難解で美しかろうとどうでもいい。わたしにとっては使えればいいのだ。

 

「さて、かなり話しましたね。…ところで、フランはどうしました?」

「残念だけど、今は会えないわよ」

「知ってますが、一応訊きましょう。理由は?」

 

ここに来るまでに出会った咲夜さんに『申し訳ありませんが、妹様のいる地下へは行かないようにお願いします』と言われている。

 

「レミィが地下に閉じ込めたからよ。今までとは違う方向で危ないから、って」

 

破壊衝動とは違う方向で?どういう事か分からず首を傾げていると、パチュリーは説明を追加してくれた。

 

「語りかけても揺すっても反応しないほどの放心状態、ですって。突然再発したらどうなるか分からないから、紅魔館の誰かと同行しないと出ちゃいけない、ですって」

「あれ?魔理沙さんや霊夢さんじゃ駄目なんですか?」

「みたいね。出てから戻るまでだから、紅魔館から責任持ってやらないと駄目なんですって」

「ふぅん…。もしかして、妖精メイドさんでもいいんですか?」

「そう言ってたわよ」

 

そんな緩い条件なのに、どうしてフランと会えないんだろう?

 

「そして、フランは頑なに出ようとしないのよ」

「…本当ですか?」

「本当よ。悪いけれど、理由は知らないわ。帰ってきたと思ったら、レミィが即行で地下へ放り込んだから」

「そうですか」

 

頭に浮かぶ、一つのアイデア。フランの為に、わたしが出来ること。自然と頬が吊り上っていく。

 

「パチュリー、手伝ってくれませんか?」

「…面白そうなこと考えてるわね。言ってみなさい」

「ええ、言いますよ」

 

さあ、どう転ぶかな?

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。