扉を開けた瞬間、古くなった紙とインクの独特の香りが鼻腔をくすぐった。うーん…、ここに来るのは僅か二回目だけれど、大図書館はこの香りが似合うと思う。
「うわぁ…!本がたくさん…!」
目を輝かせながら中に入っていく大ちゃんに付いて行く。二人が中に入ったのを確認したように、後ろの扉が勝手に閉まる。しかし、わたしも大ちゃんも気にしない。結構大きな音を立てていると思うけれど、大ちゃんはそんな音なんかより目の前の本に夢中だ。
そんな大ちゃんの肩を叩いて、本からわたしに意識を向けてもらう。よっぽど本に集中していたのか、こちらを見る目がちょっと痛い。
「むー…。何ですか?」
「とりあえず、司書さんに挨拶しよ?」
「あ、それもそうですね」
大ちゃんを司書であるパチュリーに会わせるため、パチュリーさんがいつも座っているところへ移動する。わたしの後ろを付いてくる大ちゃんは、周りにあるたくさんの本棚に目を移していた。霧の湖の魚について書かれている本を探しているのかもしれない。
パチュリーはいつものロッキングチェアに座って紅茶を飲みながら本を読んでいた。僅かに見える表紙には魔法陣のようなものが見えるから、きっと魔導書みたいなものを読んでいると思う。
もう既に目の前と言ってもいいほど近づいている。それなのに気付いてくれないとは…。それだけ読書に集中しているのだろう。しかし、挨拶もなしに大図書館を利用するのは失礼だろうし、何処に本があるかを聞きたいから、ちゃんと声をかけておこう。まあ、普通に声をかけてもつまらないし、ちょっと驚かせてもいいよね?
パチュリーの耳元にフ…と息を吹きかける。
「わひゃあっ!?」
「パチュリー、遊びに来たよ」
「い、いちいち脅かさないで…。ようこそ大図書館へ。で、今あなたの後ろにいる妖精は?」
パチュリーは大ちゃんを見ながら言った。目を向けられた大ちゃんは、ちょっと驚いてわたしの背中に隠れてしまった。
「この子は大妖精で、大ちゃんと呼ばれてるんですよ」
そう言いながら、後ろに隠れてわたしの服に引っ付いている大ちゃんを引っ張り出す。
「ほら、挨拶挨拶」
「あ、あの大妖精って言います!まどかさんとは友達で…、今日は霧の湖のお魚について調べに来ました!」
「そう。なら、あっちの方の右から二番目の本棚、下から四段目の左端の方に『霧の湖全集』がまとめて置いてあるはずだから、その中の『霧の湖全集~魚編~』を読めばいいわ」
「そうですか!ありがとうございます!」
なんだそれ。そんなに分けなきゃいけないほどたくさんのものが霧の湖にあるの?大ちゃんの方は気にせずパチュリーが指差した本棚へ走って行った。さて、私が前に複製した奴は何処にあるんだろ?
「何を探しているの?」
「いえ、前に創った『サバイバルin魔法の森』を…」
「ちょっと待ってね…」
そう言って近くにいた妖精メイドさんに何かを伝えた。すると、妖精メイドさんが飛んでいき、すぐに戻ってきた。その手には『サバイバルin魔法の森』がある。
「ほら、どうぞ」
「わあ…、ちゃんと保存してたんですか?」
「ええ、数日経っても消えないから驚いたわ」
魔法の森にあるあの簡素な家の壁の木材はわたしが創ったものだ。中にある硬い布団も調理器具も箪笥も服もわたしの複製で、長いものは既に数年経っている。それでも消えないみたいだし、結構便利だ。
「とりあえずここに来た目的はこの本ですから…」
あの時、布団を回収してしまったのが悔やまれる。そうっすればここであのフカフカな布団を得られたのに!うわー!もったいない!…けど、あの時はとりあえず何でもいいから妖力が欲しかったから仕方なかったかなあ…。
いや、今日はチルノちゃんと光の三妖精とのスペルカード戦でちょっと疲れたし、フランさんとのスペルカード戦は明日にしよう。だから、今日ここで泊ってもいいか聞こう。そうすれば布団出してもらえそうだし。
「そうだ、パチュリー」
「何かしら?」
「今日ここで泊っていってもいい?」
「え?いいわよ?」
よし、許可は得られた。そういえば、本棚の前で霧の湖の魚について調べているだろう大ちゃんと、ここにいないチルノりゃん、サニーちゃん、ルナちゃん、スターちゃんも泊まっていくのかな?もし、泊まっていくときのためにちゃんと伝えといたほうがいいかな?
「あ、もしかしたらもっと布団が必要になるかも」
「どうしてかしら?」
「わたしの他に五人の妖精が来てるんです。その子達も泊まっていくかも」
「そう。分かったわ」
パチュリーは真紅色の電話で誰かに掛け始めた。誰に掛けてるんだろ?前みたいにレミリアさんに掛けるのかな?
「もしもし?―――ええ、泊まるための準備を。人数は最小一人で最大六人―――――――ええ、よろしく。―――――え?幻香に?――ええ、分かったわ。……幻香、出て」
右手に持った受話器を私に突きだしてきた。とりあえず受け取って、耳に当てる。
「はい、鏡宮幻香です。どなたですか?」
『咲夜よ』
なんと、咲夜さんでしたか。一体わたしなんかに何の用があるのだろう?
「何の用ですか?」
『あなた達の友達の妖精二人を捕まえたわ。チルノとサニー』
「あ、そうですか…」
『その二人を確保したとき、ルナとスターという妖精が出てきたからついでに捕まえたのだけれど、知っているかしら?』
「あー、その子達もわたしの友達です。さっきパチュリーが最大六人って言ってたと思いますけれど、わたしと大ちゃん、そこにいる四人の妖精で六人なんです。だから、その子達にここに泊まるかどうか聞いておいてくれると助かります」
『そう、分かったわ。それじゃあ、パチュリーに代わってくれるかしら?』
「分かりました。……パチュリー、咲夜さんが代わってって」
持っている受話器をパチュリーに返す。
「今代わったわ。――――ええ―――――――そうよ。それじゃあよろしくね」
そう言って電話を切った。そしてパチュリーがわたしのほうを向いて言った。
「泊まれる部屋はとりあえず六部屋全部あるそうよ」
「それならよかった」
「けれどその六部屋全てが隣接しているわけじゃないみたい」
「え?それはちょっと困るんですが…」
部屋が遠かったりするとちょっと面倒だ。しかしどの程度固まっているんだろうか。
「大図書館の近くには二つあるわ。後は入り口の近くとかレミィの部屋の隣とかゲストルームとか場所は様々ね」
「どうしましょうか…」
ちょっと考える。上手く固まってもらう方法…。あ、そうだ。
「わたし、ここで寝ますから、ここの近くの部屋にあと五人を泊めましょう。チルノちゃんと大ちゃんを一部屋に、残った三人は余った部屋に」
「大丈夫なの?それで」
「基本的にそのグループでいることが多いので大丈夫だと思う」
まあ、会った回数なんか片手で足りるほどしかないけどね。光の三妖精なんかは一回しか会ってない。だけど、あの雰囲気からして大丈夫だろう。
「とりあえず、部屋は大丈夫そうね」
「部屋の問題も解決したし、わたしは調べたいことを調べますね。何か食物に就いて載っているものってないですか?美味しい調理法とか」
「うーん…、そうねえ…。今、大妖精のいる本棚の一番上の段の左端のほうに『主婦のお供に!これでアナタも一流料理人!』って言うのがあったと思うわ」
どうしてわたしが求める本のタイトルは変なものになるんだろう?
◆
言われた所にちゃんとあった『主婦のお供に!これでアナタも一流料理人!』を読破した。
書いてあった内容には、スープにはちゃんとした味付けをするといいとあった。魔法の森で採れるものだと、茸や動物の肉や骨なんかがいい旨味を出すらしい。しかし、灰汁が出る場合もあるからちゃんと取らないといけないと書いてあった。
他にもいいところがたくさん書かれていたので、とりあえず貰うことにする。ちゃんと新しく創り、本物を本棚に返した。
さて、次は何しようかな…。