昨日はよく眠れた。その前の日に寝ていなかったとか、休養を無視して運動していたからとか、理由は多々あるかもしれないが。
数ある丸太から手頃な大きさのものを選び出し、目的の形を残して回収していく。それぞれの材木を嵌め込むための突起や穴も忘れない。さて、これが上手く嵌れば、一応椅子が出来るはず。
「…あれ?…このっ」
「ねえ、幻香ー」
「何でしょう、橙ちゃん?」
…おっかしいなぁ、嵌らないや。失敗作を回収し、家の中で休んでいた橙ちゃんの意識を向ける。
扉を開けて手招きしてきたので、促されるままに中へ入る。何をしているのかと思えば、橙ちゃんが敷き詰めた床をペシペシと叩いていた。
「敷き詰めてから言うのも悪いと思うんだけどさ、かなりガタガタしてるよ?」
「前も似たような感じでしたよ」
最初はちょっと気になったけれど、それが普通だと考えるとどうとも思わなくなった。まあ、家自体が掘っ立て小屋と言われるようなお粗末なものだからか、それに対して文句を言われたことはほとんどない。…そもそも招いたことのある人が少ないだけかもしれないが。
それに、床がちょっと気になっても、すぐに椅子に座ってもらうことで多少は緩和出来る。床がちょっと傾こうが、あの家にあった椅子はまともなものの複製だ。それに、そんな床の不平不満を言うくらいなら、さっさと用件を済ませてもらえばいい。そのためにも早々に座らせることが多かった。
「雨とか降ったらもっと酷いと思うよ?下手したら染み出るかも…」
「前も似たような感じでしたよ」
一応敷き詰めた材木の複製の質がよかったのか、厚みが十分にあったからか、多少の雨では床が濡れるようなことにはならなかった。
それに加え、魔法の森というだけあって、多少の雨ならば樹が受け止めてくれる。わたしの家はその木陰に一応入っていたため、雨はそこまで気にしたことはない。
しかし、滝のような、と言いたくなるような雨が降ったときは流石に駄目だった。そのときは、机の上に乗ってひたすら我慢していた。布団はずぶ濡れになってしまったが。
「…改善とか、しないの?」
「雨風凌げれば十分でしょう?」
「雨凌げてないんだけど」
屋根と壁があれば、十分雨風凌げると思うんだけどなぁ…。どうやら、私と橙ちゃんでは基準がずれているらしい。
しかし、わたしはどうすればいいのかよく分からない。妹紅の家は何故か床下が空洞になるように太い柱十数本で浮かばせていたからだ。しかし、わたしのこの家にどう生かせばいいのか分からない。そもそも、そうすることによる長所が分からない。
「せめて、石を敷き詰めるとか…」
「そんなことしたほうががたつきませんか?…いや、丁寧に敷き詰めれば問題ない?けれど、面倒臭そうだなぁ」
「はぁ…。面倒でもやらないと面倒なことになるでしょ?」
「そうですか…」
よく分からないけれど、敷き詰めるための石を準備するのは、大きな岩を持ってくれば済みそうだ。あとはそれを砕くなり成形するなりすればいい。
「近くに岩ってありませんか?出来るだけ大きくて硬いものがいいんですけど」
「え?…もっと上に登ればあるよ。けどあっちは天狗とかがいるからなぁ」
「天狗、ねぇ。無理に通ると面倒事になりそう」
「なるよ、絶対。えーっと、うーん。…あ、そうだ!あるよ!大きな岩!」
「ならよかった。じゃあ、取りに行きましょうか」
外で箪笥を作っている慧音と、本棚を作っている妹紅に一言言ったら、早速行こうかな。
◆
「…これ?」
「うん。これなら十分大きいと思うよ?」
いや、そんな木陰で休むための腰掛用にあると言われてもおかしくないような小さな岩じゃなくてね。…ん?ああ、そういうこと。
「埋まってるんですか」
「多分ね。ちょっとやそっとじゃ持ち上げられなかったから、結構大きいと思う」
さて、どのくらい大きいのかな?しかし、複製しようにも、地中にある岩の形が未確認だから、どうなるか分かったものじゃない。それに、形を知ろうにも、この岩は地面と密着し過ぎている。…どうなることやら。
「ま、引き抜けばいいだけか」
「ちょっと!それは無理が…」
ちょうどよくここが木陰でよかった。もしそうじゃなかったら、諦めて別の岩を探そうとしていたと思う。意識を集中し、掻き集め、形を作り上げろ。…『紅』発動。
世界が星空の如く輝きだし、時の流れが変わる。不思議と力が湧き上がる感覚。さっきは無理そうだと考えていたことなのに、今なら出来ると思える。
「え!?ま、幻香!?指が…!」
両手の人差し指から小指までを岩に突き刺して無理矢理引っ掛ける。割れてしまったら、また別の方法で引き抜こう。
「…ふッ!」
「ちょっと!無茶だよ!」
岩というより、ここら一帯の大地を丸ごと引っ張っているような気分になる。けれど、やってることが無茶苦茶でも、決して無茶じゃない。出来る。抜ける。何故かそう思える。…ほら、少し動いたよ?
「じ、地面に罅が…」
「うぎぎ…!」
歯を食いしばり、力の限りを尽くし、岩を引き上げていく。ズズ…、と確かに動いているのが分かる。そのまま力を込め続けていくと、近くにあった樹が傾いてきた。…へえ、そこまで影響が来るのか。つまり、相当な大きさなんだろうな。…ん?樹が傾く?
「…!まず…ッ!?」
しかし、一足遅かった。そのまま根っこから樹が捲れ上がり、倒れていく。日光が、わたしに注がれる。吐き気がするほどの嫌悪感と共に意識が掻き乱される。『紅』が解けていく。力が抜けていく。咄嗟に指を引き抜き、岩を落とした。肩に一気に衝撃が走ったが、外れなくて本当によかったと思う。
「ハァ…、ハァ…。ちょっと、失敗、した、かな…」
「…ねぇ」
乱れた意識と息を整えていたら、橙ちゃんが非常に心配した声でわたしの肩を突いた。
「さっきの幻香、ちょっとおかしかったよ」
「…?何か、ありました…?」
「眼が、真っ紅だった」
「…眼が」
「うん。何ていうか、血色だった」
「血色、ですか。…そうですか」
…そっか。紅眼の『禍』。幻視でも幻覚でも何でもなかったんだ。目の色変えて撃退したつもりだったけど、本当に変わっていたなんて誰が思う?
そう考えると、妹紅と萃香は知っていてもおかしくない。それとも、敢えて言わないでいてくれたのだろうか?嬉しいような、悲しいような…。
…よし。まだちょっと嫌悪感の残滓があるけれど、呼吸は整った。
「今のわたしの眼はどうですか?」
「え?普通に茶色だよ」
「それならよかった」
多分『紅』発動中はわたしの目の色が血色になるんだと思う。ますます吸血鬼の力を借りている感がする。
「さて、この岩どうしましょうか」
「あ、うん、そうだね。途中で落としちゃったけど、どうするの?」
「…ある程度持ち上がって、地面との接触も剥がれましたし、どうにかなるでしょ」
露出している岩に触れ、複製を試みる。…うん、形が分かる。これなら上手くいきそう。
◆
持ち上げるのは叶わなかったが、引き摺って行くくらいは出来た。ガッチリと固まった地面や、絡まった樹の根があの重さに繋がっていたのだろう。
しかし、岩の形は分かっても、全体の色を見たわけではない。そのためか、露出していた部分の色がそのまま拡がっていったような色合いになった。…まあ、樹皮を剥いだ丸太だって微妙な感じになってるし、今更だ。
「…あー、疲れた」
迷い家に何とか引き摺ったわたしは疲労困憊だ。運び出した岩を背に休もうとすると、橙ちゃんに肩を掴まれた。…ちょっと待って。揺らさないで。頭ぶつけちゃうから。
「疲れるのは分かるけど、石にして敷き詰めないと…」
「…そうですね」
これ以上こんな重い岩運ぶの嫌だからここでばらしてしまおうか、と考えたところで、家具を作っていた二人の作業が丁度終わったのか、こっちにやってきた。
ちょっとした労いの言葉を二人から受け取り、どの程度の大きさにするか考える。その辺の石ころと同じ程度だと小さ過ぎるかな?
「これ、どのくらいの大きさがいいんですか?」
「ん?これ砕くのか?」
裏拳で岩を軽く叩きながら言った。いや、確かに砕くつもりだけど、わざわざそんなことする必要はないよ?
「えーっと、握りこぶし大、かな?」
「へー、ちょっと待ってろ」
「妹紅、流石にここでは…」
「構えないでいいですよ、妹紅。今すぐばらしますから」
自然な形とか考えるのは面倒くさい。しかし、わざわざ砕くのはもっと面倒だ。握りこぶし大、と言っていたけれどそんなの人それぞれでしょう?なら、ちょっとくらい大きくてもいいと思う。
しかし、これだけ大きいと確実に余るだろう。そう考え、とりあえず成形するのは半分だけにすることにした。
縦、横、奥行き。ピンと張った紙を通すように、小さく区切っていく。小さな大量の立方体。フランの禁忌「カゴメカゴメ」のように立体格子状に。…よし、頭に形は思い描けた。なら、後は実行するのみ。
浮いていたところがボロボロと零れていき、カタカタと小さな音が重奏する。スッパリと綺麗に切り取られた残りの半分はゴロリと転がった。目の前のある一つの立方体を引き抜くと、上に詰み上がっていたいくつかの石が綺麗に落ちてきた。…うん、上手くいったほうかな。
「幻香、一体何をしたの…?」
「え?いつもの成形ですよ。これなら綺麗に敷き詰められると思いませんか?」
「…そんなこと出来るなら石板にして敷けばいい気がしてきた」
「えー…」
結局、わたしの家の土台に石版を敷くことになり、そのために地面をある程度掘り下げることになった。まあ、こうすることで床のがたつきが抑えられるというならいいか。