東方幻影人   作:藍薔薇

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第158話

「…いいんですか?休め、って言われてたのに」

「そう言うお前だってそうだろ?」

「確かに、お互い様ですね」

 

わたしは妹紅と一緒に徹夜して家の建設をし、とにかく丸太を創り続けて言われた通りに加工をして渡すことを繰り返した。釘も必要以上に複製しておいた。妹紅はわたしが渡した丸太を鑢などで削って調整して建築する。そしたら、朝日を拝むころには外装が完成していた。いやはや予想外。

そんな日の出を見ながら妹紅に『鋸なんかで切る必要がないから早く終わった』と言われてちょっと嬉しい気分に浸っていた。のだが、その気分はそこまで長く続くことはなく、起きてきた慧音に滅茶苦茶怒られてしまった。いや、怒られるのはしょうがないとは思っているけど。

結果、わたし達は『今日一日仕事するな』と強制休養を言い渡された。複製しておいて使うことのなかった大量の丸太を使い、机とか椅子とかを作ろうと思っていたのだが、その仕事は慧音と橙ちゃんがやることとなった。

 

「さ、始めるか」

「ええ、そうしましょう」

 

そして、わたし達は今少し距離を開けて対峙している。当たり前のように休養を投げ出して体術の訓練、組手をしようとしている。

お互いに腕を伸ばせば届く距離。ただし、わたしのほうが腕がちょっと短いから、妹紅はわたしの肩を掴めるけれど、わたしは指先で触れることが出来る程度。

 

「さて、今まで単純に技ばっか教えてきたな」

「そうですね。本当に色々教えてもらいましたよ」

 

最適化された動き。これがわたしが体術を学ぶ上で重視してきたものだ。猪突猛進に走るのではなく、無我夢中で跳ぶのではなく、我武者羅に打つのではない。効率よく走破し、至適に跳躍し、最適な打撃を加える。

まあ、どんな状況でも出来るようになるのが目標だけど、そう簡単なことじゃないことくらい分かってる。相手がちょっと動いたり、相手にちょっと崩された程度で出来ないようじゃ意味がない。そういうときに、最適からは少し離れるかもしれないが、その状況で最も無理のない動きが出来るようになる。それが今のわたしの目標だ。

 

「多分、そんじょそこらの相手なら何の問題もなく立ち回れる程度にはなっているだろ」

「…まあ、一応」

 

靴の過剰妖力噴出、複製、『幻』を最初のほうは使ったけれど、あの杭で貫かれてからは体術のみで片付けた。多分、五十人くらい。けれど、あれは飽くまで相手が素人だったからだ。武器を使っているんじゃなくて、武器に使われてると言いたいくらいに素人。さらに、戦意なんてほとんどあって無いような者が大半だった。

 

「そこで、だ。次に私が教えようと思うのは『攻め』と『守り』だ」

「いや、それは前から…」

「違う。そういう技じゃなくてな」

 

『攻め』は殴り、蹴りなどの打撃全般。『守り』は避け、往なしなどの防御全般。そうだと考えたのだけど、どうやら今回は違うらしい。

 

「いいか?幻香、例えばお前の実力を百と置こう」

「百。妹紅はどのくらいですか?」

「あー、どうだろうな。考えたことなかった。…じゃあ、仮に百五十としておこうか」

 

わたしから見たら、体術だけで見ても三百は余裕で越えていると思っているのだけど。

 

「普段のお前は『攻め』に二十…いや、十五くらいか?残りの八十五は『守り』に傾けてる」

「…それ、貴女相手だからですよ」

「いいんだよ。それに対し、私は『攻め』に七十五、『守り』に七十五と振り分けている。ま、半分ずつだな」

「あー、つまり、こういうことですか?わたしの『攻め』は十五しかないから、妹紅の七十五の『守り』を崩せない。けれど、わたしの『守り』は八十五あるから、妹紅の七十五の『攻め』に耐えることが出来ている、と」

「そういうこと」

 

なるほど、分かりやすい。この考え方に当て嵌めれば、あの時の萃香との勝負だとわたしは『攻め』が零で『守り』が百だろう。

 

「この配分をどう動かすかが重要だ。例えば、相手の攻撃を往なして体勢を崩せた。そのとき、いかに『守り』から『攻め』に移せるか。これがなかなか難しい」

「全てを『守り』に注いでいる状態から『攻め』に転ずるのは難しいですよね」

「ああ、一瞬で切り換えるなんてまず無理だ」

 

二つの器に水を入れる。一つが『攻め』でもう一つが『守り』。その内の片方にのみ水を入れていた状態から、もう片方に水を移し換えるのはすぐには完了しない。最初から半分ずつ入っていれば、より早く移し換えられる。

 

「だから、相手の『攻め』を見極める。どこまで『守り』に寄せれば相手の攻撃に耐えるかを見極める」

「逆なら、相手の『守り』を見極める。どこまで『攻め』に寄せれば相手の防御を崩せるかを見極める」

「こう考えると、不意討ちは一番恐ろしいってのが分かるだろ?何せ、こっちの『攻め』が全部乗ってるのに、相手の『守り』は零だからな」

「ええ、よく分かりましたよ。いつでも警戒してるなんて、ちょっと考え難いですものね」

 

まあ、そんなことをしている人をわたしは知っているのだけど。

美鈴さんのことを頭に浮かべていたら、妹紅がピンと伸ばした人差し指をわたしの鼻先に向けた。

 

「さて、ここで問題だ。私が『攻め』に全てを注いだ。つまり百五十だ。そんな時、お前はどうするべきだ?」

「え?…どうしようもないですよ。負けます。出来れば逃げたいですが、逃げは『守り』ですか?」

「あー、逃げは別枠だな。ていうか諦めるなよ」

「いやー、そう言われましてもね。仮にわたしが『攻め』に同じように百注いでお互いに傷付け合う殴り合いが始まったとしましょう。わたしは傷付いてどんどん動きが悪くなりますが、それに対して妹紅は傷がすぐ治る。勝敗なんて考えるまでもないでしょう?」

 

妹紅の家を建てているとき、不老不死について具体的に教わった。死なないだけではなく、傷付いても戻っていくそうだ。本人曰く『体が『死』を受け入れない』のだそうで、傷付くのは死に近付くことだから、傷は治る。齢を取るのは死に近付くことだから、齢も取らない。『死』なんて受け入れられるはずもなく、蘇る。

だから、わたしはどうしようもない。仮に『紅』の超再生を加味しても、わたしの集中力がそこまで持つとは思えない。

 

「…いや、私が悪かった。相手を私にした私の落ち度だ。幻香、正解だ。どうせ『守り』を貫かれるのが分かっているなら『攻め』に転じた方がいい」

 

そう考えていたのだが、どうやら妹紅相手という限定条件ではなかったようで、わたしは考え過ぎだったらしい。

 

「じゃあ、あとはどっちが先に倒れるかの体力勝負ですか?」

「そうだな。ま、こんなことになるのは稀だ。『守り』を捨てるってのはそう簡単なことじゃない。一般的に武術と称されるのはな、傷付かないようにするのが前提だからだ。だってそうだろ?もし深く傷付いたら戦えないからな。だから、大抵『攻め』と『守り』は半分ずつ、どちらかといえば『守り』に寄っていくものだ」

「その瞬間しか戦うわけではなく、その後もずっと戦い続けなくちゃいけないから」

「後遺症なんて負ったら戦えなくなる。…ま、例外はあるけどな」

 

例えば、妹紅はどれだけ傷付いても関係ないから、やろうと思えば『攻め』に全て注いでも問題ないだろう。吸血鬼はその超再生が追い付く攻撃を相手にするなら、思い切り『攻め』に転ずることが出来るだろう。

 

「さて、さっきまでずっと全力で戦えるような説明をしたが、そんなわけないよな?」

「ええ、疲れてたり、怪我していたり、眠かったりすれば実力は多少落ちるでしょうね」

「それもそうだが、さっき言ったように相手の体勢を崩すと、その瞬間の相手の実力は大きく減る。下手すりゃ零だ。だから、如何にして崩されないか、もし崩されたときどこまで持ち堪えられるか、完全に崩れたならいかに早く元に戻せるか。これも大事だな。…とりあえず、この辺を考えるようにしていこうか。ちょっと多かったか?」

「いえ、そこまで多くないですよ」

「そっか。なら、早速やる…いや、最後に一つだけ、頭に入れとくだけでいいから聞いてくれ」

 

そう言う妹紅は、やけに寂しそうな声色で続けた。

 

「仮に、お互いに実力全てを『守り』に傾けたらどうなる?それは、お互いに攻めることがない。傷付けることもない。勝負が始まることもない。問題そのものが起こらない。だから解決する必要もない。平穏で平和な世の中。そう思わないか?」

「…そうですね」

 

けれど、幻想は幻想でしかなく、そんな幻想はありはしない。幻想の集う幻想郷でも、それは変わらず幻想であり続ける。

 

「ま、そうはいかない世の中だ。だから、少しでも強くなっておいた方がいい」

「ええ。ですから、いい加減実践へ移りましょうか?」

「そうだな、随分長くなっちまったし、なッ!」

 

妹紅の放った掌底打ちを体を回しながら回避し、その回転を乗せた回し蹴りを放つ。その攻撃はもう片方の腕で受け止められた。

 

「いい蹴りだな。前より威力出てるんじゃないか?」

「そうですか?そう言われると嬉しいですよ」

 

靴の過剰妖力で加速させればもうちょっと威力を出せるのだけど、そんな小細工をするつもりはない。この場では純粋なわたしの実力で行いたい。

その後も、お互いに一撃ずつ攻守を交代し続けた。ただ往なすだけではなく、どうすれば相手の体勢を崩しやすいか。ただ避けるだけでなく、どうすれば次の攻撃に移りやすいか。ただ打ち出すだけでなく、どうすれば次の行動に繋げられるか。そういったことを教わりながら、わたしは妹紅と組み手を続けた。

 

「…何をしているんだ?妹紅、幻香」

 

そして、夢中になっていたわたし達は近付いて来た慧音に気付かなかった。

 

「あ、それはだな、慧音…」

「えーっと、あのー、そのー…」

「いや、確かに私は『仕事するな』と言った。いや、悪かったよ。確かにお前達は仕事はしていない。…けどなぁ、あの状況では休めと言っていることぐらい分かっただろう?」

「…仰る通りです」

「なら休め」

 

こうして、今日の組手は強制終了となった。

 


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