「全力で行くよ。だから、幻香もね」
「そうですね。わたしも今どこまで出来るか試してみようと思います」
『幻』展開。最遅から最速まで二十段階に振り分けた直進弾用、追尾弾用、阻害弾用。計六十個。そこまで出したときに、リグルちゃんの目が少し大きくなった。そして、両手を広げて指を折りながら何かを数え始めた。
「…どうしました?」
「…五十八、五十九、六十。…あれ?幻香って、こんなに出せたっけ?」
「わたしだって成長するんです」
「そうなの?じゃあ、私の成長もちゃんと見ててよね」
「期待してますよ」
周りの景色を見渡し、飛翔する鳥を眺めていたら、審判役の大ちゃんが突然わたしとリグルちゃんの間に現れた。…その位置だと大ちゃんが陰になってリグルちゃんが見え難いんだけど。まあ、いっか。
「まどかさん、始めても大丈夫ですか?」
「え?…ああ、うん、大丈夫」
「リグルちゃんは?」
「もちろん!今すぐに!」
「じゃあ始めますね。まどかさん対リグルちゃん。よーい…、始めっ!」
大ちゃんはその言葉と共に消え去った、と同時に右人差し指の先端に溜めた最速の妖力弾で狙撃する。狙いは特に定めていなかったけれど、このまま動かなければ胴体に被弾する軌道を描いている。わたしからリグルちゃんが見えていないなら、リグルちゃんからもわたしは見えていなかったはず。
「ッとぉ!」
「ま、このくらいは避けてくれないとね」
「当然!」
半身右にずれて回避したのを見てから追加で左手から薄紫色の妖力弾を投げ付ける。萃香が放った爆裂妖力弾の模倣。確実に当てるつもりなら、初撃であるこれが最も有効だ。目で見てからの回避が追い付かない程度に近い距離で爆裂させればいい。けれど、今回はそんなことをするつもりはない。回避出来るか出来ないかギリギリかな?と思うところで爆裂させる。
結果は、爆裂してすぐに大きく後方退避されて掠ることさえなかった。落ち着いてはいないけれど、取り乱してもいない。
「よし、早速行くよ!蠢符『ナイトバグトルネード』!」
美しく円を描き、分裂しながら襲い来る弾幕。いやはや、初めてやったときとは比べ物にならないほど弾速も上がっているし、密度が濃くなっている。あの時の橙ちゃんとのスペルカードのときに思ったことを訂正しよう。いい勝負、もしくは勝っていると思う。ここまで成長するのはちょっとやそっとじゃ出来ない。
けれど、やっぱりまだまだだ。まだ足りない。もっと先へ進まないと彼女達には手も届かない。何度もフランと遊んでいるからこそ分かる。彼女はもっと凄絶で、もっと華麗で、もっと強烈だ。
そして、どんなに凄絶だろうと些末だろうと華麗だろうと醜悪だろうと強烈だろうと貧弱だろうと全てブチ壊すのがわたしのスペルカード。
「鏡符『幽体離脱・滅』」
「あっ…!」
何度も見ている光景。それでも、これだけ頑張ってきた成果を、努力してきた実力を、まとめて吹き飛ばされるのは思うところもあるだろう。しかし、わたしはその隙を討つ。これがわたし。
靴にある過剰妖力を一気に噴出。リグルちゃんに肉薄しながら旋回し、加速をそのまま乗せた回し蹴りを叩き込む。
「あガッ!?」
「…あ、やり過ぎた」
…今、一瞬リグルちゃんの脚が動いた。避けようとしたのではない。逃げようとしたのではない。振り上げようとしていた。その動きは、迎え討とうと思わないと起こらない動き。わたしの脚に対し、受け止めるなり反撃するなりするつもりじゃないと起こらない動き。
湖の水面ギリギリで体勢を立て直し、わたしを見上げるリグルちゃんにはまだ闘志が漲っている。諦めてなんかいない、負けるとは微塵も考えていない眼。
「痛たた…っ!まだだよ!まだ行ける!」
停滞をよしとせず、成長を、向上を、発達を求めている。わたしとこうして対峙することで、何かを得られないかとしている。それなら、わたしももっと頑張らないと。まともなものは魅せられなくても、数多の手段を見せつけることなら出来るから。
『幻』の弾幕を一度止め、リグルちゃんへここまで、わたしの前まで上がってくるように手で促す。すると、わたしの手を見てすぐに上がってきた。
「そういえば、リグルちゃんは体術が出来ましたよね?」
「まあね。独学だけど」
「じゃあ、見せてくださいよ。わたしもそれなりには出来るつもりですから」
「やった!それじゃあ、行くよ!」
『幻』を全て回収したのを見てからリグルちゃんが突撃してきた。右脚をわたしへ真っ直ぐと伸ばした飛び蹴り。その右脚を両手で掴んで投げ飛ばす、のは止めておき、少し横にずれて避ける。
そのまま待機していると、後ろから肉薄された。左側から飛んできた脚に拳を叩き付ける、のは止めておき、浮遊を切って落下することで避ける。
それに対し、落下に自らの加速を加えることで、わたしより素早く降りてきた。ピンと伸ばした脚が迫って来るが、当たる直前で空気を蹴飛ばすように靴から過剰妖力を噴出して避ける。
そんなわたしに貼り付くように飛んできたリグルちゃんの脚技を避け続けながら呟く。
「…なんていうか、反撃を考えてない動き」
「え、そう?」
「うん。例えば――」
大振りの薙ぎ払いを屈んで避け、跳ね上がるように拳を顎に打ち上げる。衝撃を加え、頭を激しく揺らす一撃を寸前で止める。リグルちゃんは動きを止め、わたしの拳を見詰めていた。
「…っ」
「――こんな感じ」
とか言うわたしは格上相手に体術で勝負を挑んだことがほとんどない。そのときは攻撃せずに往なし、受け流し、避け続けていたのだから、あまり人のことは言えないような気がするのだが…。
「それに、スペルカード戦だと肉薄されればお互いに被弾覚悟。気を付けてくださいね」
「うーん、もうちょっと避けれるようになってからかなぁ」
「そうしましょうか」
そう言うと、リグルちゃんはわたしから数歩分遠ざかった。
「よし、体術ももっと頑張る。さ、続けよう!」
「そうですね」
先程と同じ性能の『幻』を再展開。リグルちゃんの放つ蛍の如く飛び交う弾幕を避けつつ、リグルちゃんの動きを見ていく。直進弾追尾弾をギリギリまで引き寄せてから、阻害弾のないところへと少し動くことで避けている。…ふむ、参考になる。
呼吸を止めればこのくらいお茶の子さいさいなんだけど、八秒しか持たない。こうした技術はわたしも真似していかないとなぁ。
「見てろ、幻香!わたしの全力全開!隠蟲『永夜蟄居』!」
そう宣言した彼女は、先程のスペルカードがさらに数段強力になったスペルカードを放ってきた。…驚いた。さらに訂正しよう。今の彼女なら、あの時の橙ちゃんにほぼ確実に勝てる。
鏡符「幽体離脱」のどれかを使えば、特に鏡符「幽体離脱・集」を使えばすぐに終わってしまうだろう。けれど、それはさっきやった。それに、最後くらいちゃんと受けてあげよう。そう考え、避けることに専念することにした。
さて、意識を集中させろ。規則性を読み取り、どう避ければいいか判断しろ。そうすれば、避けれるときは避けれるはずだから。
◆
「…あーあ、負けちゃった」
「どうでしたか?」
「まだまだだな、って。最後のスペルカードの途中で『あ、このままじゃ負けちゃうな』って頭を過っちゃった。だって幻香の眼、私のスペルカードの全部を見てるように見えたもん」
「確かに、わたしは貴女のスペルカードの全体を見ていましたよ」
美しい弾幕は規則性がありがちだ。最初の蠢符「ナイトバグトルネード」を見たときに気付いた要素が、隠蟲「永夜蟄居」にも当てはまると気付いた時には大分避けやすくなった。
そうしていくと、今までわたしの近くを飛んでくるものしか見ていなかったスペルカードの全体を見る余裕が出来た。
「…本当に、美しいスペルカードでしたね」
「そう思う?」
「ええ、そう思いましたよ」
「そっか。ならよかった!」
無邪気に笑うリグルちゃんを見ていると、さらに寂しくなってくる。さっき大ちゃんに心配されたことを思い出し、そんな心情を見透かされないように笑顔を浮かべることにした。
背中からひんやり冷たい人が飛びかかってきて、その笑顔はすぐに驚きへと変わったけど。
「まどかー!よくやったー!へっへーん、リグルざまーみろぉ!」
「なぁ!?言ったなチルノォ!」
…あの、わたしを挟んで睨み合わないでほしいんですけど。
そんなことを考えていたら、背中にいたチルノちゃんが引っぺがされた。
「ほら、チルノちゃん。まどかさん困ってるでしょ?」
「…むぅ。はーい」
「それと、そんな喧嘩腰にならないの。ね?」
大ちゃんに窘められたチルノちゃんは、渋々と大人しくなった。それを見たリグルちゃんが、何だか拍子抜けしたような顔をしていくのを見ると、喧嘩するほど、ってやつなのかなと思う。
「さて、終わって早々ですがわたしはもう行きますね」
「うん。ありがとね、幻香!」
「それじゃあなー!まどかー!」
「それではまどかさん。また会いましょう?」
手を振りながらわたしを見送ってくれる三人に手を振り返し、わたしは迷いの竹林へと向かった。日はまだ余裕がある。妙なことにならなければ、日が沈む前には妹紅の家に着くはずだ。