東方幻影人   作:藍薔薇

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第150話

「それじゃ、行ってくるね」

「ええ、よろしくお願いします」

 

そう言うと、化け猫は家から飛び出していった。朝早いのに元気だなぁ…。昨日は特に何かふらつくなどの症状が現れなかったので、もう大丈夫だろうと判断したけれど、無理はしないことを願う。

迷い家を与えた人には悪いけれど、化け猫には『こう問われたらこう答える』をある程度仕込んだ。主に、わたしについて問われた際の返し。見た目について問われれば、女性、成人一歩手前、赤頭巾、といったことを答えるように頼んでみた。これは無視されても構わないけど、最低でもあの化け猫(じぶん)と見た目が同じ、ということを言われなければいいと思っている。まあ、そこは『勝者からのお願い』として守ってほしいけど…。どうだろう?

 

「さて、何しようかなぁ…」

 

あの化け猫は『昼頃には帰れると思う』と言っていたけれど、どこまで本当だろうか…。まあ、長かろうと短かろうとあまり意味はない。困るとすれば、二度と帰ってこなかった場合くらいだ。

とりあえず『紅』の反復練習。それと精霊魔法かなぁ。本はないけれど、どういった文字でどういった発音かは一応覚えている。まあ、言ったところで精霊からの返事は全くないわけだけど…。

 

「…ズェイツィ」

 

 

 

 

 

 

…駄目でした。『大丈夫だよ、友達になろう?』なんて考えながら呟いていたのだが、それらしい反応はなく、時間ばかり過ぎていった。うぅん、才能ないのかなぁ…。時間がとにかくかかりそう。

 

「あー、もう昼か…」

 

太陽の位置を確認すると、昼を少し過ぎていたみたい。飢餓感がない、というのは便利でもあり不便でもある。食べないでいいとは思っていないから、何か調理して食べようとは思うのだけれど、お腹が空いていないとそういう気分になれない。いっそのこと、ある程度抜いてみようか…。いや、止めておこう。倒れてからじゃ遅い。

 

「…軽くでいいや」

 

何か少し調理するだけで食べれるような野菜でも丸齧りすればいいか。そう思い、人参を一本引っ張り出し、縦向きに八等分に切る。輪切りにするより火が通りやすいだろうし、食べやすいだろう。

水を少し入れた鍋の底に逆さにした皿を置き、その上に皿をもう一枚落ちてしまわないように置く。その皿の上に人参を並べて置き、蓋をする。これで火をかけて待っていれば、勝手に蒸されるだろう。どのくらい待てばいいか知らないけれど。

日陰に移動してから『紅』を集め始める。これで今日だけで十三回目。そうして何度も集めてみたのだが、上手く集められるときとそうでないときがある、といった印象があった。しかし、その十三回とも解けて霧散するのは簡単で、そうならないように維持するのは難しいことは変わらなかった。そんな簡単なことではなさそうだ。課題が多い。それでもいい。

 

「たっだいまぁ!」

「ッ!…ああ、何だ。貴女ですか…」

 

丁度集め始めようと意識を集中し始めたところで、扉を勢いよく開けながら化け猫が帰ってきた。そのときの音で集中が途切れてしまい、それと共にほんの少し集まり始めていた『紅』が解けてしまった。こんなことがあっても集め続けられるようになりたいのだけど、今はまだ難しそう。

とりあえず『紅』の練習は後回しだ。今は化け猫が得た情報が欲しい。人参が蒸す終わるまでに聞き終えることが出来たらちょうどいいのだけど、どのくらいの時間が必要なんだろう?

 

「…どうでしたか?」

「ちゃんと言われた通り答えれたよ!」

「そうなんですか?」

「うん。あんまり興味なさそうだったけどね」

 

いや、そこは…まあ、頼んだままに答えてくれたことに越したことはない。

 

「結界に不調がないかって訊いたら、それはないって即答されちゃった。そんなはずないのにねー」

「迷いなく侵入した、と言いました?」

「言ったよ。そしたら、それはないって。もしあるとするなら、本当は迷っていたのを誤魔化されたとか、その人の身体の一部、例えば腕とか脚とかが結界の中に繋がっていたんじゃないかとか冗談交じりに言われた。そんなに腕が伸びるわけないじゃん。…ねえ、本当に迷ってなかったの?」

「迷ってないですよ」

「むぅ」

 

身体の一部、ね。つまり、あの家財の複製か。一つ一つは小さくても、かなりの数の小物を霊夢さん達は持っていった。それら全てを複製したわけだけど、全部合わせれば大体あのときのわたしの妖力二割弱。体の各部位の体積と照らし合わせれば、腕一本分程度なら十分だろう。繋がっていた、というのが微妙なところだけど、認識出来て、場所が分かって、そして無理矢理とはいえ動かせる。それだけ出来れば繋がっている、と言えるのではないだろうか。この考えが正しければ、わたしは迷い家にある複製を外に放り出されたり消したりしなければ、中に入れるということになる。

ただし、この考えが正しいとなると、幻想郷中に転がっている石ころの複製を掻き集めれば、迷い家に入れるということになるのではないか?いや、どうなんだろう。確かに複製はわたしの一部だけど、繋がっていると感じているのはわたしだけ。千切れている縄を掻き集めたところで、それを一つに結べるのはわたしだけ。いや、どうなんだろう?問題なく入れるのかな?…うぅむ、分かんない。

 

「…ねえ、急に黙っちゃって。どうしたの?」

「何で入れたのか考えてたんです」

「そうだね。とっても不思議」

「結局よく分かりませんでしたけど。…それで、わたしはここに住む件は?」

「好きにしていいって。ただし責任は私が取れって言われたけど。…ねえ、変なことしないよね?」

「しませんよ。のんびり暮らせればいいんですから」

「変なもの振り撒かない?」

「具体的には?」

「え、あー、えーっと…ふ、不幸…とか?」

「どうやって振り撒くんでしょうか。まあ、わたしがここにいるだけで不幸になる、なんてものだったら知りませんけど。そんなに気になるならとっとと追い出せばいいのに」

「…しないもん」

「…そうですか」

 

…一人はつまらないらしい。自分がそうだったから、というのもあるけれど、そう感じる。

 

「それでね、とりあえず護符渡しておいてって」

「え、大丈夫なんですか?」

「ちゃんと新しいの渡された。ほら、これ」

 

化け猫が頭に乗っている帽子の中に手を突っ込み、そこから様々なものを取り出した。何やら不思議な模様の描かれた布、転がるほど丸くて小さな金属のようなもの、小筆より細く短い棒状のもの等々。

 

「…何ですか、これ?」

「これ全部護符だよ?好きなもの使っていいからね」

「うわ、これ鎖ですか?これは硬貨かな。おぉう、指輪もあるんですか?これはまるで結晶みたいですね…」

「私はね、この耳の飾りとかに使ってるの。…で、どれ使うの?」

「どうしましょうかねぇ…。これ、とりあえず全部貰っていいですか?」

「え、どうしよう…。ばら撒いたりしない?」

「しませんよ。友達に渡すことはあるかもしれませんが」

「その友達って、例えばどんな人?」

 

どんな人、か…。とりあえず、名前は伏せておこうかな。…名前知らない子がいるけど。名前を必要としていないから、そもそも名前を持っていないだけかもしれないけど。

 

「えーっと、氷の妖精、大妖精、闇の妖怪、虫の妖怪、夜雀の妖怪、太陽の妖精、月の妖精、星の妖精、半人半獣、人間、鬼、吸血鬼、魔法使い…ですかね」

「何その不思議な友人関係!特に吸血鬼!それって紅魔館のレミリア・スカーレットでしょう!?」

「そっちじゃないですよ。その妹のフランです」

「そっちのほうがヤバいでしょ!?」

「失礼な。知らないくせに勝手な判断でわたしの友達を落とさないでくださいよ」

「あぅ、ごめん」

 

…まあ、わたしが最初に会ったときはとにかく逃げて生き延びようとまで考えましたからね。けれど、あのときの彼女は、ただ他の人より衝動が強くて、外を知らなかっただけなんだから。レミリアさんには友達としているように頼ま(脅迫さ)れたけれど、それでよかったと思う。そうじゃなきゃ、彼女を彼女として見なかっただろうから。始まりがどうであれ、今がよければそれでいい。

 

「それで、その友達もさ、変なことしないよね?」

「しないでしょう、多分」

「多分って…。まあ、いっか。変なことになったら私の所為になるんだからね!気を付けてよ」

「はーい」

 

渡された様々な種類の護符を受け取り、ふとこの化け猫の名前を知らないことに気が付いた。これからこの迷い家に住むご近所さんなのに、知らないのはまずいだろう。

 

「そういえば、貴女の名前って何ですか?」

「え、言ってなかったっけ?」

「言ってませんよ。わたしは言いましたけど」

「あれ、言ってた?ごめん、覚えてないや」

 

酷い。…まあ、驚いているところに一回だけ言ったとしたら、聞き逃していることもあるだろう。

 

「わたしは鏡宮幻香です」

「私は橙!よろしくね、幻香!」

「ええ、橙ちゃん。これからよろしくお願いします」

 


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