東方幻影人   作:藍薔薇

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第147話

動かなくなってしまった化け猫の胸に耳を当て、心拍音を確認する。…うん、規則正しく動き続けている。耳を離し、呼吸をしているかどうか胸を見て確認する。…うん、ちゃんと上下している。地面に叩き付けた頭を擦り、髪の毛を掻き分けながら念入りに確認する。…うん、出血はしてない。しかし、こぶくらいは出来るかもしれない。そのときはちゃんと冷やしたほうがいいだろう。…冷水なんてあったかな?

そこら中に転がっていたり、家の壁を壊しながら突き出している大黒柱の複製を全て回収し、大穴が空いてしまった家に対し、少しだけ悪いことをしてしまったかな、と感じる。使われていなかったからとか、腐りかけていたからとか、スペルカード戦に巻き込まれたからとか、そんな言い訳は簡単に出来る。だけど、それでもこれらはわたしの失態が原因だ。なので、周りの壁から色合いが似ているものを複製し、それっぽく埋め合わせておいた。意味がなくてもいい。こんなのはどうせただの自己満足。

 

「…よっ、と」

 

グッタリとして起き上がる気配の無い化け猫の元へ戻り、首が変な方向へ倒れてしまわないように注意しつつ背負う。目的地は少し遠くにある化け猫の住んでいる家。家中探し回れば、この化け猫を寝かせられるくらいの布団があるだろう。もし無ければ、積み上がっていた座布団で無理矢理代用すればいい。

家に到着するまでに起きないかなー、という淡い願いは叶うことなく、それ以外は問題なく化け猫の住んでいる家に到着した。首が倒れないように、ゆっくりと歩いたつもりなんだけどなぁ…。

扉を何とか開け、そのまま二階へと上がる。近いところから順番に扉を一つずつ開けていくが、各部屋に数匹ずつ猫がいた。その猫達の一部は扉を開けた途端、部屋から飛び出していく。…軟禁でもされてたのかな?最後の扉を開けると、ようやく布団が敷かれている部屋を見つけた。そこにいる猫は他の部屋と比べると比較的大人しく、部屋の隅で丸くなっている。寝室というだけあって、寝ているのだろうか?そんなことを考えながら、化け猫をそこへ寝かせ、掛布団を掛ける。

 

「さて、どうしましょうか…」

 

起きるのに時間が掛かりそうなら、何か別のことをしていたいが、ここ周辺から離れるようなことはやり辛い。出来るならば、この家の中で済むことがいい。

…とりあえず、何か料理でも作るとしましょうか。もしすぐ起きたなら食べてもらえばいいし、起きなさそうならわたしが食べてしまえばいい。勝手にこの家の食材を使ってしまうのは忍びないけどね。

化け猫の額に、彼女の服を部分複製して創った細長い布を軽く巻きつけてから一階へと下りる。そこには、先程逃げ出した猫達がいた。転がっている紙束を引っ掻いたり、高く積み上がった座布団の上を奪い合ったり、机の上に我が物顔で寝そべったりと自由奔放だ。ちょっと羨ましい。

台所の周辺を漁り、数ある食材の中から米と人参とさつまいもを選び出し、近くにあった鍋にまとめて入れておく。それと、卸し金と菜箸を手に取る。あと、食べるとき用の器と箸を一対、注ぐためのお玉杓子。これで十分だろう。

鍋から人参とさつまいもを取り出し、鍋の中に水瓶に溜められていた水と人参とさつまいもを丸ごと一本卸し金で摩り卸したものを入れる。材料を全て入れた鍋を吊るし、囲炉裏に火をつける。火打石と炭が置かれていてよかったと思う。あとは、火を通しながら混ぜるだけ。

菜箸で鍋の中身を混ぜている間に『幻』を一つずつ出していく。今のわたしなら、四十五個を超えた数でも安定して出せる。何となく、そんな気がした。一、二、三、…四十三、四十四、四十五。さて、ここからだ。まずは四十六個目。フワリと浮かぶ『幻』を軽く動かす。…違和感はない。違和感はそのままズレとなって現れるのだが、それがないということは問題なく使えるということ。十秒ほど置いてみたが、今までと変わった様子はない。この調子で一つずつ生み出していく。四十七、四十八、四十九、五十、五十一…。

 

「お、っと。危ない危ない」

 

ブツブツと沸騰する音にようやく気が付き、厚手の手袋をつけてから鍋をゆっくりと外す。そのまま手袋を鍋敷き代わりにして床に置く。…ああ、しまった。『幻』に集中し過ぎて、鍋の中身が煮え滾っているのに気付かなかった。

菜箸の先にこびり付いたとろみのあるものを冷ましてから口に含む。…少し塩が欲しいかな。台所をもう一度漁り、調味料を見つける。うぅむ、塩と醤油、どっちがいいかなぁ?それに、醤油にも色々あって濃口醤油だの薄口醤油だの溜まり醤油だの甘露醤油だの白醤油だの魚醤だの…。違いがさっぱり分からない。こんなことになるんだったら、大図書館で調味料一覧でも読んでおけばよかった…。

結局、どれがいいのかよく分からないまま魚醤を選び、一滴指に付けて舐める。んー、化け猫だし魚好きだろう、という勝手な推測から魚醤を選んだのだけど、なかなか旨味が強い。いいな、これ。

味を確かめながら鍋に少しずつ入れる。もう少しだけ入れて、と。よし、完成だ。人参とさつまいものお粥。味見したけど、悪くないと思う。人参もちゃんと火が通って青臭くないし、人参とさつまいもの味もちゃんとするし。…まあ、米に対して野菜がちょっと多かった気がするけど。

これまた化け猫だから猫舌だろう、という勝手な推測から素手で鍋を掴んで持ち歩ける程度まで冷まそうと思っていたら、丸く結んだ布が動くのを感じた。それも、少し離れたところを中心にして円を描くように上へと上がっていく。明らかに寝返りとは違う動き。寝返りなら、横に動くはずだ。

 

「起きたかな?」

 

鍋がまだ十分に冷めていないけれど、ここで待つ理由がない。『幻』を全て回収してから、床板を一枚複製する。そして、お粥の入った鍋にお玉杓子を突っ込み、器、箸と一緒に床板に乗せて二階へと上がる。

 

「…あれ?ここ…」

「やっぱり起きましたか」

 

寝室に入ると、化け猫が上半身だけを起こして部屋を見回していた。そして、扉を開けて入ってきたわたしに気付くと、目を見開いた。

 

「もしかして、運んでくれたの?」

「そうですね。それより、あまり動かないでください。頭ぶつけた気絶は大体一日は安全が保障出来ませんから」

「…え、そうなの?本当にそうなの?」

「…まるで何度もやってるかのような驚きかたしないでくださいよ」

 

まあ、滅多なことがなければ後遺症になることはないだろう。

無毒であることの証明をするためにお粥を一口食べるのを見せてから、器にお粥を注いで化け猫に手渡す。…そんな怪訝な顔をしないでほしい。

 

「とりあえず、食べてください。熱いかもしれませんが」

「う、うん。…ありがと」

 

少し口に含み、ひーひー言っているのを見ると、やっぱり猫舌だったのかと思った。…わたしが食べたときは食べ頃の熱さだと思ったのだが、そうはいかないらしい。手で仰いだり、ふーふー息を吹きかけたりして、十分熱を飛ばしてからようやく食べ始めた。

 

「あ、美味しい」

「それはよかった。作り過ぎたくらいですから、欲しければどうぞ」

「うん、分かった」

「それと言い忘れてましたが、水と米と人参とさつまいもと魚醤を勝手に使いました」

「そうなの?」

「そうなの」

 

お粥を指先に少しだけ付け、近くに擦り寄ってきた猫の口元にやってみたら、綺麗に舐めとられた。舌がザラザラしててちょっとくすぐったい。

 

「…あーあ、負けちゃったなぁー」

 

一杯食べ切り、一息吐いたところで、化け猫が誰に言うでもなく呟いた。

確かに、あのスペルカード戦にわたしは勝った。けれど、納得しているかと言われれば、そうでもない。さっきまでやっていたスペルカード戦を思い返すが、彼女は本当に全力を出していた。あの台詞に嘘はなく、騙すつもりなんて欠片もなかった。しかし、それでもわたしはあれ以上の『奥』を感じていた。彼女にはまだ先がある、と。本人が自覚していない?わたしの勘違い?まあ、どうでもいい。

 

「…何か隠してませんでしたか?」

 

どうでもいいけど、小骨が喉に引っ掛かったような感じがする。放っておいてもすぐに抜け落ちて消えてしまう程度の違和感だろう。けど、そんな小さなことだからこそ、今訊いておきたかった。

 

「隠す?何を?」

「あれが、本当に全力でしたか?」

「全力だよ。酷いなぁ」

「そう、ですよねぇ…」

「…今の私はこれが全力なの」

 

今、ね。潜在的なものか、時期的なものか、道具的なものか、何か制限があるらしい。それなら仕方ないか。

無理矢理納得しつつ、賭けた内容の結果について訊ねた。

 

「それで、土地は貰っても構いませんか?」

「うーん…。多分大丈夫?」

「いや、わたしに訊かないでくださいよ…」

「ま、私が負けちゃったからだし…。怒られるのは私かぁ。はぁ…」

「この迷い家が貴女の場所じゃないんですか?」

「ううん、私の場所。私のための場所」

 

どうやら、この迷い家は誰かから与えられた場所らしい。与えた者は、この化け猫の為に与えたのであって、他の誰か使わせるために与えたわけではないかもしれない。だから、使ってもいいのか分からない、といったところか?

 

「…じゃあ、わたしが使っていいのか訊いて来てください。もし駄目なら、わたしはここから出て行きますから」

「いいの?」

「ですが、一つだけ条件が。わたしの特徴、何一つ口にしないでください。勝者からの、お願いです」

「えーと、妖獣で、猫又だってこと?」

「…そうですね。それと、貴女にそっくりだ、ということも」

「…うん、分かったよぅ。どうやって言えばいいのかなぁ…」

 

腕を組んで考え始めてしまったけれど、飽きたのかすぐに器を手渡されたので、鍋から新しくお粥を注ぎ、粗熱を飛ばしてから返した。

わたしもこのお粥を食べようかな、と思い、一階へと降りていく。不思議と満たされている感じは、今も続いているけれど。

 


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