東方幻影人   作:藍薔薇

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第139話

破断面だけが空間に浮かび、奇妙な絵に見える。直る気配は見えないが、いつそうなるかも分からない。そう考え、急いで結界から外へ飛び出した。

 

「まさか、あれをこうも容易く壊すとはな…」

「いや、それもそうだが…。右腕、吹っ飛ばしてなかったか?」

「いやいや、何言ってるんですか?私の能力は『ものを複製する程度の能力』ですよ?右腕くらい創りますよ」

 

そう言いながら、両腕を私達に向けて伸ばした。その右腕は左腕と比べて僅かに長く、右手は左手と比べて僅かに大きい。

 

「ああ、そういやそうだったな…」

「触覚がないのでちょっと違和感ありますが、どうとでもなりますよ」

「…まあ、そうだろうな」

 

幻香の瞳は、さっきのが気のせいだったかのように私と同じ色だった。見間違い、だったのだろうか?

 

「さて、さっさとこの場から離れましょうか」

「そだな。紫が来たら面倒だし」

「ええ。妹紅さん、萃香さん。どっちでもいいですが、慧音とフランさんがいるところに案内出来ませんか?」

 

そんなことを言われても、私はあそこにずっといたので、あの後慧音とフランドールがどこへ行ったかなんて知らない。なので、首を横に振った。

 

「悪い、知らね」

「…そうですか。ま、それならそれでもいいですよ」

 

そう言うと、すぐさま大穴を開けた結界に背を向け、竹林の中を掻き分けながら駆け出した。萃香はその背中を追い抜き、先行する。それを見て、私は後ろに付くことにした。日は没し、相当暗い竹林の中を意にも介さず駆けていく。

 

「幻香、目的地は?」

「えーと…、どうしましょ?」

「とりあえず、私の家でいいか?」

「ええ、そうし――待った。ちょっと寄り道」

「あ、おい!」

 

幻香が急に曲がり、私達の間から抜ける。慌てて追いかけるが、さっきまでより数段速い。何とか付いて行くと、竹林の抜けて簡素な道に出た。そのまま道なりに駆けていくと、その奥には萃香がいた。私達の足音に気付き、こちらを振り向いた。

 

「悪りぃな。ここから先は立入、禁…、止…」

「こんばんは、萃香さん」

 

眼を見開いている萃香が、私とその後ろにいる萃香に目を遣り、恐る恐るといった風に言った。

 

「…妹紅がいるってことはあんた、幻香か?」

「ええ」

 

幻香は二人の萃香を交互に見てから、道の脇に寄った。目の前にいる萃香は目を瞑り、長く、非常に長く息を吐いた。その体に溜め込まれた様々なものを吐き出すように、長く。

 

「そっか…。終わったんだな…」

「…悪い、遅れた」

「ま、詳しく話す必要はねぇな」

 

後ろにいる萃香がそう言いながら前に出て、二人の萃香は重なった。そして、一人になった萃香は首を傾げた。そして、何か理解したような顔で私達に言った。

 

「…ふぅん。そういうこと」

「…?何がそういうことなんです?」

「とりあえず、妹紅の家に行けばいいってことが分かった」

「そりゃちょうどいいな。行くぞ!」

「それなら、先行よろしくお願いします。ここから妹紅さんの家はちょっと自信ないですから」

 

少し周りを見渡し、現在自分がいる場所を大まかに把握。そして、私の家の方角を予測する。二人に指でその方角を指してから駆け出した。

 

「ところで、萃香さん」

「ん、何だ?」

「他に何か分かったことはあります?」

「あー、そうだなぁ…」

 

走り出して少し経った頃、後ろで会話が始まった。萃香が口に出すだろう言葉がどのようなものか少し気になり、聞き耳を立てながら走り続ける。

 

「何から言えばいいかよく分からんから、思い付いたのを片っ端から言うぞ。慧音が近付く者を寄せ付けないための見回りを提案した。私達はそれに乗って大体一週間くらい見回りしてる。最初のほうでフランドールとちょっとだけ訓練した。私達は妹紅の家で休むことにしてた。慧音は一ヶ月寺子屋を休みにしてた。途中でレミリアと咲夜を追い返した。フランドールは魔理沙とアリスを追い返した。他の私は妖夢と幽々子を追い返した。慧音は霊夢に負けた。だけど霊夢は割とすぐ帰路に着いたのを見た。それからはここに近付く者はいなかった。…ふぅ、このくらいか?」

 

…一週間か。私は一週間もあそこにいたのか。いや、一週間しかあそこにいなかったと言うべきか?意識がまともな時はそれなりに防御し、わざと腕やら脚やらを折らせていたが、途中でプッツリと意識が吹っ飛んでいるところがしばしばある。そのときは抵抗なんてしてないだろうから、ただひたすら『死』と蘇生を繰り返したと思う。そうだと考えないと、約八万回あっただろう『死』が納得出来ない。

 

「一週間ですか…」

「そうか?短いほうだろ。私は一ヶ月くらい覚悟してたぞ」

「…一週間も妹紅さんを傷付け続けたわけですか」

「…それは違うだろ」

「ええ。…ですが、止めることが出来なかったのも事実ですから」

 

止める、か。真正面からその狂気を浴びた私から見て、あの『破壊魔』はどれだけ言葉を積み重ねようと止まることはなかっただろうと思う。何というか、破壊以外は二の次三の次といった感じで、破壊しなくてはならないという使命感すら帯びていたように思えた。

 

「本当に、どうして止まらなかったんでしょうね…」

 

そう呟いた幻香は、上っ面の演技から漏れ出た本音のように感じた。

 

 

 

 

 

 

私の家に到着し、中に入ろうとしたところで萃香に止められた。

 

「お前がいきなり入ったら驚くだろ。私が先に入って説明してくる」

「そうか、分かった」

「それでは、よろしくお願いしますね」

 

萃香が中に入って行き、私と幻香の二人が残された。しばらくの間静寂が続いたが、幻香がその静寂を破った。

 

「妹紅さん」

「何だ?」

「…ありがとうございました」

「…礼なんていらねぇよ」

 

あれは礼が欲しくてやったのではない。私がやりたくてやったことだ。

 

「それでも、とりあえず受け取ってください。出した言葉は、誰かが拾わないとそのまま消えてしまいます」

「そうかい。なら受け取るけどな、そこまで気にすんな、ってことは覚えとけ」

「…そうですね」

 

まあ、気にするなと言われて気にせずにいられるようなことではないだろう。そのくらい、私にだって分かる。それでも、ずっと背負い続けるようなことではないと思っているんだ。

そのまま再び静寂が戻り、それは萃香が出てくるまで続いた。

 

「中にいる慧音には説明した。見回りしてるフランドールはさっき呼び寄せてたから、後で来る。とりあえず、中に入っていいぞ」

 

そう言われ、ようやく中に入る。少し前を歩く幻香が、自ら閉じ籠った部屋の扉に血で描かれた魔法陣を見て、軽く目を見開いていた。

そして、萃香に案内されるまま部屋に入ると、慧音がいた。その眼が私と幻香を映し、涙が零れ落ちていく。

 

「…本当に、帰ってきたんだな…」

「言っただろ、帰って来るってさ。…ただいま」

「…ただいま、慧音」

「おかえり、妹紅、幻香」

 

そこまで言ったところで、遠くのほうからドタバタと何かが近付いて来るのが聞こえてきた。そして、その正体はすぐに私に前に現れた。

 

「ハァ…、ハァ…。お、おねー、さん…?」

「よ、連れてきた」

「フランさん、萃香さん…」

 

フランドールが息を切らせながらやってきた。その服はやけにボロボロで、袖やスカートの端は焼け、一部に小さな穴が幾つも空いている。

そして、フランドールは幻香に目を遣ると、幻香が血塗れにもかかわらず飛び付いた。いきなりのことで幻香は体勢を崩しかけたが、何とか堪えてそのまま抱き返していた。

 

「おかえり…っ、おねーさんっ…!」

「…ただいま、フランさん。…辛かったでしょう?」

「そんなこと、ない…っ!信じてたもん、信じてた、もん…」

 

この部屋に私と慧音と萃香とフランドール、そして何より幻香がいる。そう思うと、いつも通りの日常が戻ってきたように思えてきた。

私達は成し遂げたのだ。

 


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