東方幻影人   作:藍薔薇

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第130話

「…さっさと閉めろォ!」

 

妹紅の怒声が耳に入った瞬間、私は無意識に扉に手をかけていた。そして、一気に扉を閉める。そのときに僅かに引っ掛かるのが無性にもどかしかった。

 

「…よかったの?」

「いいんだ…ッ」

 

そう言ったものの、私の眼からはとめどなく涙が零れ落ちる。本当に行かせてよかったのか?止めるべきではなかったのか?それ以外に方法を探せなかったのか?そんな後悔が頭の中を掻き回す。

突然、背中に衝撃が走った。肺が妙なことになり、呼吸が乱れる。数回咳き込んで何とか落ち着けようと試みていると、頬に鋭い痛みが走った。目を覆う涙が吹き飛び、僅かに明瞭になった視界の端には、右手の甲を前に出した萃香が映っていた。

 

「…落ち着いたか?もう一発欲しいか?」

「どうだろうな…」

 

とても落ち着いたとは言い難いが、頬の痛みの分だけマシになったと思う。

 

「アイツ、見るからに焦ってたんだ」

「ああ。それくらい分かる」

 

幻香が消える。しかし、いつ消えてしまうのか分からない。明日?一週間後?一ヶ月後?もしかすると、次の瞬間には消えているかもしれない。なら、出来るだけ早い方がいい。そう考えたからこそ、必要とする能力を持った萃香だけに話し、断行しようとしたのだろう。

 

「何事だ!?」

「おわっ!?」

「何!?」

 

突然、家全体が僅かに揺れ、それと共に岩が砕けたような音が響いた。

 

「ト――エず、――キ――――壊ソ――ナァ…」

 

遠くから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。咄嗟にフランドールのほうを見ると、口と目をポッカリと開け驚愕していた。その口は全く動いていない。それに、そもそもフランドールが言ったならば、声が遠いなんてことはないはずだ。

つまり、幻香が本当にフランドールになったということか。さっきの音は、向こう側の壁を壊して部屋から出ようとした結果だろう。こちら側に出て来なくてよかった、と考えるべきか?

 

「…お―、待――」

「―レ?さ――壊―――思ッ――ガッ!?」

 

何か鈍い音が聞こえ、その少し後にさらに遠くから何かが落ちる音が聞こえた。

一体何が起きたんだ?そう考えていると、急に襟首を引っ張られた。体勢が崩れ、倒れそうになるのを支えられると、耳元で萃香が囁いた。

 

「逃げるぞ」

「分かった」

 

理由は言われなくても分かる。フランドールの破壊衝動を抱えた幻香は、その衝動のままに破壊行為をし続ける。幻想郷を半壊してしまうほどに。しかし、その破壊を全て補うというふざけたことを妹紅はしようとしている。ならば、私達はここにいない方がいい。何処へ向かうかは知らないが、妹紅はここから離れようとするはずだから。誰も人がいない、そして来ることのないところへ。

家を飛び出し、私達は三人で迷いの竹林の中を駆け出した。目的地は永遠亭。そこならば、とりあえず誰かいる。つまり、妹紅はそこへ向かうことはない。

 

 

 

 

 

 

「ハァ…、ハァ…」

「言われた通り進んだと思ったらここかよ」

「理由、あるんでしょ?」

「…人がいるだろう?」

「ま、そうだけどな」

 

永遠亭の塀に背を預け、息を整える。壁を通して妖怪兎が活動する音が聞こえるかと思ったら、特にそのような音は聞こえてこなかった。…珍しいな。普段ならこの時間でも少しくらいはしゃいでいる兎が一人や二人いるのだが。

そんなことを考えていたら、萃香がフランドールの肩を掴んでいた。萃香の表情はあまりいいものではないが、何かあっただろうか?

 

「あの魔法陣、欠陥品だったのか?」

「…どうだろ。見様見真似だし」

「ちっ…」

 

魔法陣…?あの扉に血で描かれていた謎の模様はフランドールが描いた魔法陣だったのか。どうやら、あまりいい出来ではなかったことを責めているようだが…。

 

「それに『目』がないからって壊れないわけじゃないもん」

「…なんだそれ」

「壊れやすい点、ってだけでそれがなくてもものは壊れる。壊れ難いだけ」

「そういやそうだったな…。悪い」

「いいよ。紙が鉄板になった、くらいだと思って」

 

何を言っているのか詳しくはよく分からないが、あの魔法陣は破壊に対する何かしらの防御を担っていたようだ。『目』というのは人でいうところの急所と思えばいいだろう。

しかし、今はそんな過ぎたことを気にしているよりも、別に気にするべきことがある。話が丁度途切れたので、二人の肩を叩いて意識をこちらへ向ける。そして、今気にすべきことを口にした。

 

「妹紅と幻香は何処へ向かったと思う?」

「分かんない。けど、この竹林からは出ないと思う」

 

フランドールの言うことは一理ある。この迷いの竹林から出れば、被害はより大きくなってしまうだろう。もしも人間の里にでも出てしまったら、何てことは考えたくない。それに妹紅曰く、DNAがほとんど同じで、フランドールとほぼ同一存在となったと言ってもいい幻香。つまり、吸血鬼になったということだ。吸血鬼は強大な妖怪である代わりに、弱点も多い。その一つが日光だ。今は夜でも、いつまで続くか分からない。昼まで続くならば、比較的日が射さないここから出る理由はほぼないだろう。

しかし、萃香からの返事がない。何か考えているように、眉間にしわを寄せ、強く目を閉じている。その身体からは何か湯気のようなものが出ているようにも見える。

 

「おい、そこまで深く考えなくてもいいんだぞ?分からなければ分からないで――」

「ちょっと黙ってろ」

「え?」

 

その声は、かなり苦しんでいるように聞こえた。喉に鉛でも詰まったかのように緊張する。萃香は真剣だ。真剣に、何かをしている。しかし、考えているだけとは思えない。では何をしている?

フランドールと共に黙って待つこと十数分。カッと目を見開き、身体から出ていた湯気が止まった。

 

「…見つけた」

「何!?何処にいた!?」

「かなり遠い。何て言うか、竹が相当密集してた。数本光ってなかったら、本当に真っ暗なくらい。…多分、あれが前に言ってたところか」

「確か、昼も夜も然程変わらないところ?」

「そうそう」

 

…確かに、そんなところもあったな。懐かしいところだ。普段はそんなところへ近付く理由がないから思い出せなかった。

そこまで言うと、萃香はペタリと地面に寝そべった。そのまま瓢箪の中身を口に注ぐ。酒特有の香りが鼻に来た。

 

「ふぅ、疲れた…。普段はあんなことしないからな…」

「よく分からんが、お疲れ様。助かった」

「場所は分かったけど、どうするの?」

 

どうする、か。少し危険は伴うが、やっておいた方がいいだろう。被害を未然に防ぐことが出来るだろうから。

 

「そこに近付く者を追い返す」

「…へぇ、面白いこと言うじゃん」

「うん、分かった。どうすればいいかな?」

 

どうやら二人ともやる気のようだ。しかし、一応危険性についても話しておこう。そこでもしやらない、と言われても仕方のないこと。

 

「先に言っておくが、それだけ妹紅のところに近付くということだ。巻き込まれてしまう可能性だってある」

「そのくらい分かってるさ。けどな、誰も巻き込みたくない、って考えてるのがあそこにいるんだ。ならやるに決まってるだろ」

「おねーさんはもう何も壊したくない、って言ってた。だから、私も手伝うよ」

「…ありがとう、萃香、フランドール。もちろん私もする」

 

妹紅は他の何も壊さないで済むようにしようと考えている。幻香も何も壊さず済むように死ぬことすら考えた。ならば、関係のない者を巻き込むわけにはいかない。その為に、私達はやれることをしよう。

 

「フランドールは昼は危険だろうから、夜に頼む。私は代わりに昼を中心にやろう」

「大丈夫。少しくらいなら何とかなるから」

「場所によっては昼でも問題ないだろ?やらせてやれよ」

「…分かった。だが、誰もやっていない時間を作らないようにしなければな」

「それは問題ない」

 

そう言うと、萃香が靄になった。そして幾つかに分かれ、また集まり出す。すると、萃香は五人に増えていた。…そうか、分身か。

 

「…なんていうか、私に似てる?」

「そうか?ま、無理しない程度にな」

「おう、じゃあ行ってくる」

「私あっちな!」

「そんじゃこっちで!」

「あっちこっちじゃ分かんねーっての!」

 

四人の萃香が騒がしく走り去っていった。なんと言うか、分かっていても異様な光景だ。全く同じ姿が何人もいると言うのは。…幻香は、普段からこういう目で見られているのだろうな。最近は全くそのようなことを考えなかったから忘れていたようだ。

 

「さて、フランドール。迷いの竹林の地理は分かるか?」

「…ごめん、さっぱり」

「萃香は?」

「さっき知った」

「…?まあ、知っているならいい。じゃあ、最初の頃は萃香と一緒に回ってくれ。決まった道を歩くようにしてほしい。全部覚えるより遥かに楽だ。最悪、上空からここに戻ればいい」

「え?戻れるの?」

「今は永夜異変じゃないから問題ないはずだ。実際、ここまで問題なく到着した」

「そっか」

「そんじゃあ、私もまたいくつか増えますか。私はここで待ってるから」

「分かった。それじゃあ行くぞ」

「…うん!」

 

そう言うと、萃香はさらに一人増やし、フランドールと共に歩き出した。さて、私も行こう。とりあえず、まずはあそこに近付かないように、グルリと回ろうか。こうした地味な活動で救われる命があるかもしれないのだから。

 


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