東方幻影人   作:藍薔薇

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第126話

「…ん、んむ…?」

『ア、もウ起きタノ?おハヨ。おネーさん』

「…ふむ。――ッ」

『うワ、躊躇ナし』

「貴女を止めることを躊躇しないほうが駄目ですから」

『ソ。もウちョッと寝てレバよかッタのニなァ』

「…少し寝てたらこれか。これは少し辛いなぁ…」

『おネーさンニは悪いト思ッてるヨ。ケドさ、オねーさンがいルと満足ニ壊せなイもン』

「…意識が前より朦朧とするのは」

『ゴメんネ』

「そっか」

『アレ?意外ト淡泊。消えタくなイ、とカ騒グと思ッテた』

「まあ、消えたくはないですよ。…ですが」

『でスガ?』

「それと同じくらい、消えても構わないとも思ってるんです」

 

 

 

 

 

 

「…来てねぇよ」

「来た」

「いるよ」

 

妹紅は目を逸らし、否定した。だが、萃香とフランは私の眼を睨みながらも、肯定した。

二人の肯定が予想外だったのか、逸らしていた目を二人へと向けた。…嘘が下手くそだな、妹紅は。そもそも、あの鬼である萃香がいる時点でお前の嘘は看破されると分かっているはずなのに。それでも、それが分かっていても、私の問いに『いない』と答えなければならない理由があるのだろうな。

 

「お、お前らなぁ…」

「いやいや、それは流石に無理があるだろ?妹紅さんよぉ」

「誤魔化したいのは、分かるよ。けどさ、なんて言うか、その…」

「分かったよ。…ああ、いるよ。いるとも。だが、会わせるつもりはない」

 

会わせたくない、か。幻香に何があったのだろう。見るに堪えないほど傷付いているのだろうか?いや、そんな怪我を負っているなら迷わず永遠亭に連れて行っているだろう。たとえ、妹紅自身がどんなに行くのが嫌でも、放っておくなんてことはしないだろうから。それでは、もしかすると、幻香は、もう…。いや、考えたくない。そんなことが二度もあってたまるか。

 

「幻香は一応死んでない」

「そうだな。死んではいない」

「…まだ生きてる、はず」

「そうか、生きてるか。…生きてるんだな」

 

私の考えが顔に出たのか、三人はすぐに否定した。それなら、ひとまずよかったとしておこう。一応だの、ではだの、まだだの、はずだの、やけに曖昧なところが非常に気に掛かるが。

 

「それなら私は帰る、とでも言うわけがないだろう?」

「…だよなぁ」

「理由があるのだろう?話してくれないか」

 

妹紅は口を閉ざし、萃香は酒を呑み始め、フランは妹紅の動向を探っている。そして、各々が理由を語りたくはないということがよく分かる。

 

「あのな、妹紅」

「何だよ」

「どうせ巻き込みたくない、とか思ってるのだろう?」

「ッ…。そうだよ」

「悪いな。今回ばかりはその意見を切り捨てさせてもらう。私は今回、巻き込まれるつもりだからな」

 

ここに来て、ようやく妹紅の目が合った。その眼は皿のように丸くなっている。

そんな妹紅の代わりのように、萃香が呑んでいた瓢箪の口を私に向けた。

 

「なら、後悔するなよ?これから私が言うのは仮説に仮説を重ねた暴論だけどな」

「後悔するとしたら、それは何も聞かなかったときだ。話してくれ」

「おい萃香…」

「これはお前が折れるべきだ。それに、あちらの覚悟を無下にしちゃあねぇ?」

 

そう言うと、フランドールのほうを向き、訊ねた。

 

「フランドール、構わないよな?」

「うん。正直、行き詰ってるから。…新しい視点が必要かなって」

「ならいい。じゃあ――」

「萃香、もう分かった。まず私が話す」

「そうかい。それじゃあよろしく」

 

妹紅の背中を軽く叩きながら、口を閉ざした。

 

「まず、私達は幻香を無理矢理叩き起こそうとしたんだ。萃香の能力で意識を萃めてな」

「ほう?そんなことしようとしたのか」

「ああ、そうだよ。そしたらな、明らかにヤバいものが封じられていた。私達は『ドス黒い意識』、幻香は『破壊魔』と呼んでいたが」

 

ドス黒い意識に破壊魔ね。なかなか物騒な呼称だな。

 

「それをどうにか出来ないか、って私達はこうして集まった」

「それで、何か分かったのだろう?」

「…まあ、一応な」

 

妹紅は、何とも言えない表情で続けた。

 

「幻香のDNAとかいうのが極一部を除いて、フランドールと同じになってたらしい」

「DNA?何だ、それは」

「よく分からん。デオキシリボ核酸とかいうやつらしいんだが…。まあ、それが同じになる確率は六兆分の一なんだとよ」

 

非常に覚え辛そうな単語が出て来たな。まあ、今はさほど重要なことではないだろう。

 

「つまり、何が言いたいんだ?」

「幻香は、一時的にフランドールになっていた」

「…それは、本当なのか?真実なのか?」

「本当だよ。私の目の前で、おねーさんは私になった」

「気に…いや、後にしよう。続けてくれ」

「…?私からはこれくらいだ。次、どっちか頼む」

 

妹紅がそう言うと、フランが意を決したように口を開いた。が、そのフランの顔を前に萃香の腕が真っ直ぐと伸び、フランを制止した。

 

「お前のはちょっと長くなりそうだ。だからさ、先に言わせてくれ」

「むぅ。…分かった」

「ありがとな。私は紫に訊いた。そしたら『ドス黒い意識』は能力の結果で、現れた時期は永夜異変のとき。放っておけば最悪幻香は消えて、幻想郷が半壊だとさ」

「…半壊、か。あの賢者が言うなら、まあそうなんだろうな」

「おや?意外と驚かないね」

「顔に出してないだけさ」

「そうかい」

 

幻想郷の半壊か。何気ない日常で聞いたなら、きっと悪戯か何かと思うだろう。それほど、現実味がなく、どうなるのか想像も出来ない。

 

「最後は、私。その前に、これは私の勝手な想像で、独りよがりな妄想だってこと。それを頭に入れて聞いてほしい」

「ああ、分かった」

「私は生まれたときからお姉様が言うところの狂気、破壊衝動があった。けど、今はそれが全く無いの」

 

破壊衝動、か。あの時見たときは、その破壊衝動が僅かに表に出たのだろう。そして、それが分かっていた幻香は、複製を大量に出して好きなだけ破壊させていたのか。

しかし、その破壊衝動が全くない?あの時はかなりの数を壊していなかったか?あれだけでどうにかなるものなら、そう何度も付き合っているようなことは言うまい。

 

「…そんな簡単に無くなるものか?言い方は悪いかも知れないが、恐らく食事や呼吸と似たようなものなのだろう?」

 

かなり昔だが、自傷行為に走った生徒を見たことがある。何故、と私は思い何度か聞いたところ、一度だけこう返してくれた。『したくなるからする』と。それならば、フランドールの破壊衝動もそれに近いものがあるだろう。

 

「うん。お腹が空いたから、食べる。喉が渇いたから、飲む。息が苦しいから、吸う。そして、壊したいから、壊す。私は一つ増えてたようなもの」

「…辛くはなかったか?」

「最初は全然。壊したいだけ壊してたし。だけどさ、壊したくない、って思ったら本当に辛い。頭痛くなる。気分も悪くなる。壊したくて堪らなくなる。どこか一線を越えると、目に入ったものをどう壊そうか、ってすぐ考えちゃう。ふとした時に体が勝手に何か壊してる。そうしたくないのは分かってるんだけど、壊しちゃう。…そんな感じ」

 

要約すれば『したくなるからする』って言ってもいい内容だろう。

 

「何となくだけどさ、分かるよ。飢餓、ってのは辛いよな。何か食べたい、って考えると余計に辛くなるし」

「…妹紅、お前」

「悪い。最近はそんなこと…、して、ない、から、さ」

「…おい」

 

お前は未だにそうなのか。…いや、幻香のことに意識が向いて、食事が疎かになっていたのだろう。せめて、そうであってほしい。

 

「…まあいい。フランドール、続けてくれないか?」

「うん。私もそんな急に無くなるわけない、って思ったから理由を考えてみた。何か兆候があったはずだ、って」

「幻香が目の前でお前になった」

「そう。それでね、もしかしたらおねーさんに私の破壊衝動がそのまま移っちゃったんじゃないか、って考えたの」

「それは、突拍子もない…いや、そうでもないか」

 

破壊衝動の消滅と幻香がフランドールへ変化。この二つは、繋げて考えるだけの関連性があるだろう。

そう考えていると、フランドールは寂しそうに笑った。

 

「残念だけど、それを否定する情報はなかったんだよね…」

「有り得ないようなことでも、それ以外に有り得るものがなければ、真実になり得る。それが、正しくても間違っていても、だ」

「…そっか」

 

納得したように頷いた。似たようなことを最近言ったはずだからな。それに、幻香と里の人間共について訊いているならば、何となく分かるだろう。

ダン、と妹紅がちゃぶ台を叩いた。どうやら、情報はこれで終了のようだな。

 

「それでだ。私達が持ち寄ったこと全てが正しいと仮定して、無理矢理まとめてみた。つまり、幻香はフランドールの破壊衝動を丸ごと移し、幻香は消え去りフランドールとなって、その破壊衝動に流されるまま幻想郷を半壊させてしまうのではないか、ってな」

「…本当に無理矢理だな」

「しょうがないだろ。けどな、否定も出来ない」

「確かにそうだ。だが、気になる点がいくつもあった」

 

そう言うと、三人の眼が軽く開いた。…気付いていなかったのか?いや、当事者と乱入者で視点と考え方が違うのは当たり前か。

 

「これからは粗探しだ。答えられるだけ、答えてくれないか?」

 

ならば、これが私が今やるべきことなのかもしれないな。

 


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