東方幻影人   作:藍薔薇

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第121話

迷いの竹林に到着する頃には、右腕が大体治っていた。あとは半ばまで生えている数本の指が治れば元通り、ということになる。いや、右手の再生なんて放っておいて、今動き出してもおかしくはない。何か壊したくてたまらない。その衝動を抑え続けるのは精神的にキツい。

 

『竹ばっカ。つマんなイ』

「人は…、いないかな」

 

竹の一本一本が折れたり割れたり破砕したりと喧しい。が、生物じゃない分、いくらかマシだ。最悪、空間把握に頼り、目を瞑って活動すればいい。しかし、この迷いの竹林ではあまりやりたくない。空間把握で消耗する妖力はこれまで使ってきた感覚を頼りにすると、表面積に比例すると思われるからだ。

竹の脇を抜けようとした時に治りかけの右腕が伸びた。どうやら竹に叩き付けようとしているようだが、咄嗟に脇差を複製してそれを制す。

 

「ッ…!」

 

右腕が貫かれ、異物が混入した嫌な感じに耐える。いい加減、この程度の痛みでどうこう言うのは止めた。そんなことすると、誰か来てしまうかもしれないし。

 

『ツまンナい』

「…なら、壊さなければいい」

『やダ』

「あっそ」

 

右腕が竹を壊さんと幾度となく動き続ける。その度に一本ずつ脇差に貫かれていく。右腕が物凄いことになっているし、動かすたびに激痛が走るが、出来るだけ気にしない。それに、この脇差は見方を変えれば拘束具にもなり得る。関節を曲げようとするたびに脇差同士がぶつかり合うため、曲げることが出来ないからだ。つまり、ほとんどまっすぐで固定されている。

 

「…迷いの竹林に来たのはいいんですが、どこ行きましょうかねぇ…」

『ヒトが多イとこ』

「駄目です」

『いイじャん壊せバ』

「嫌ですよ」

 

進行方向は出来るだけ人のいない方向。永遠亭に近付かず、妹紅さんの家にも近付かない方向。罪悪感からか、それ以外の理由からか、日に当たりたくないとも思っている。なので、出来るだけ日の当たらないところに仮の家でも建てようか?素材はそこら中に生えている竹でどうにかなるだろうか。…いや、この破壊魔に壊されてお終いか。何とかならないのかなぁ、この破壊魔。

 

「貴女、どうしたらいなくなりますかねぇ」

『壊セばナくなル』

「壊せりゃ楽ですよ」

 

残念なことに、右腕をいくら斬り取っても治ってしまう。どれだけ斬り取っても、根本的な解決にならない。ならば、いくら壊しても意味のない事だ。

…じゃあ、どうすればいい?どうしようもない?それだけは、勘弁してほしい。

 

「…あっ」

 

考えに耽っていたら、右腕の活動に気付くのが僅かに遅れてしまった。その僅かな時間は致命的で、竹への叩き付けを許してしまった。貫かれた脇差の鍔の分だけ距離が近くなり、当てるのが容易くなったというのもあるだろう。

 

「…しまった」

 

ミシミシ、と嫌な音を立てて竹が圧し折れていく。倒れていく方向を予測し、当たってしまわないように十分離れる。それなりに大きな音を立てて地面に倒れた竹を見ていると、僅かな快感を覚えてしまう。そして、これをさらに壊し尽くしてしまいたい、と思ってしまう。そう思っているのは破壊魔のほうだろうけれど、わたし自身もそう思っているように伝わってくる。

 

『壊せバいイノに』

「…断る」

 

勝手に動き出そうとする右腕が恐ろしくなり、その場から逃げだすように駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「お?」

 

左側に体が傾き、ガシャリ、と金属同士がぶつかったような音が右側から聞こえた。似たようなことが最近あった、と考えながら音のした方を見ると、大量の脇差に貫かれてハリネズミのようになった右腕が落ちていた。

どうやら、大量に脇差が刺さっていたにもかかわらず動かし続けた所為で、右腕が千切れてしまったようだ。置いて行くつもりはないので右腕を拾っておき、脇差を一気に回収する。ボロボロになった右腕を眺めてみると指先まで治ってる、なんてどうでもいいことを思った。

 

『千切れルくらイなラ壊セばよかッタ』

「…ふぅん」

 

そう言われると、勝手に千切れたときは何も感じなかったような。まあ、そんなことよりどうしようか、この腕。自分の体の一部だけど、食べてしまっても大丈夫だろうか?焼けば意外と食べられそうな気がするけれど、自分を食べるというのは何とも言えない嫌悪感を感じる。それに、自分の腕にしては一回り小さい。食べることが出来る量が少ない。急ごしらえで生やした結果だろうか?

 

「…!」

 

突然、左肩を叩かれた。足音はしなかった。叩かれるまで、気付かなかった。右腕が損失した瞬間で、本当によかった。

振り返ると、一瞬でその人物の頭が破裂する像が浮かんだ。知っている人が壊れる像は、見たくなかった。

 

『アハッ!人間だァ』

 

そんな新しいおもちゃと見つけたような声も聞きたくなかった。壊したい、なんて思いたくなかった。それに、わたしにこんな破壊魔が憑いているなんて、知られたくなかった。

 

「…妹紅さん」

「どうした、その右腕」

「千切れた」

「…そっか」

 

きっと、やけに短いことは既に分かってしまっているだろう。それをどう捉えているかは、わたしには分からないが。

 

「それに、なんだ。血塗れじゃねぇか」

「…ここに来る前に、ちょっとしたいざこざがありましてね」

「何があった?」

 

言いたくない。あの爺さんとはいえ、殺したなんて言いたくない。けれど、隠すのも辛い。あとで知られたときに、何故言わなかったのかと問い詰められるのも辛い。だから、正直に話すことにした。

 

「過激派とちょっと、ね」

『一人ダけダッたケど、最ッ高だッタ!モっと壊そうヨ!?ねェ!』

 

破壊魔の言葉は聞き流す。ここで何か反応してしまったら、妹紅さんに怪しまれてしまう。過激派のことは、慧音から知られてしまうだろう。けれど、この破壊魔については、わたしが何も言わなければ伝わることはないはずだ。だから、この破壊魔については隠し通す。

 

「あー、あれか?遂に里から飛び出したのか?」

「まあ、そんな感じですよ。一応、返り討ちにしました」

 

この先を言いたくない。喉が鉛でも詰まったかのように重い。声が出ない。

 

「…言えよ。続きが、あるんだろ?」

 

そんなわたしを察したのか、妹紅さんが続きを促した。少しだけ楽になった口を動かし、鉛と共に吐き出した。

 

「…わたしは、その内の一人を、殺しました」

『思い出シただケデ身が震エそう!もッと壊しタイ!もッと味わイたイ!モッとモっトもッと!』

「……そうか」

 

本当は感じてはいけないだろう感情が湧き上がってくる。その事実が、より深くわたしを抉る。

 

「詳しいことは、後で訊く。…私はな、お前を探してたんだ」

「…私を?」

「ああ。付いて来てくれ」

 

ここから妹紅さんの家は、先程右腕が治った時間より早く着くだろう。しかし、生えかけの右腕を晒してしまうことになるだろう。どうしたものか…。

そんなことを考えながら付いて行く。壊せ壊セ、と言い続けられるのもいい加減辛くなってきた。

 

「…ああ、そうだ」

「何ですか?」

 

振り返ることなく、妹紅さんはわたしに言った。

 

「家にな、萃香とフランドールもいるから」

「萃香さんは分かりますが、フランさんですか?」

 

わたしが永遠亭で眠っている間に、何かあったのだろうか。

湧き上がってくる好奇心。しかし、その何かを詮索するつもりはない。それなのに、湧き上がってくるということは、この好奇心は、破壊魔のもの?一体、何に…。

 

『ソコに、私ガいルンだ!自分ヲ壊すッてドンな感ジだロ!?』

 

ちょっと待て。コイツ、今なんて言った?

 


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