『アハッ!こンなにタくさン転がッテるじャん!破っテ裂イて砕いて抉ッて壊しマシょ!?』
調子外れで少女特有の甲高い声が頭の中に響く。倒れている人間共を、壊したくてたまらなくなってくる。…わたしは、そんなことしたくないのに。そんなことする必要がないのに。頭は潰した。それで十分なのに…。
「…嫌だ。理由がない」
『理由ナんかイらナイ!』
グイ、と右腕が引っ張られる感覚。しかし、その右腕を引っ張る者など存在しない。それなのに、右腕が勝手に動く。体が付いて来れない。まるで、右腕だけ別の生き物になったかのように、倒れている人間の頭に伸びる。
振り下ろした右腕が頭を破壊し、体液を撒き散らしながら絶命する
「ぐぅ…ッ!」
抜き身の脇差を三本複製し、刃を上向きにして過剰妖力を噴出。振り下ろしている右腕の拳、手首、肘の三ヶ所に突き上げる。脇差は皮膚を容易く突き破り、鍔が勢いよくぶつかることで、その勢いを減衰させる。追加で棍棒も複製し、真横から打ち付ける。バキ、と軽い音を立てて骨が折れた。
『何シてるノもっタイなイ』
右腕を止めることに成功し、ホッとしていると、非常に落胆した声が響いてきた。そして、驚き、怒り、落胆といった『壊す行為を邪魔された』に集約される様々な感情が湧き上がってきた。
「こっちが何してる、のだよ。勝手に動き出して…」
それに、感じたくもない感情を感じている。身が引き裂かれそうだ。まるで、二つの意識が混在しているような…。
『ソもそモさァ、貴女誰ヨ。邪魔しナイで』
「こっちのほうが訊きたいですよ。貴女のほうが邪魔しないでくだ、痛ッ…」
三本の脇差に貫かれ、骨が折れているにもかかわらず、なおも動こうとする右腕。その度に激痛が走る。骨って折れたときはそれほど痛くないけれど、後からジワジワと痛くなるんだなぁ…、なんて割りとどうでもいいことを考えて現実逃避した。
とりあえず、この声の主――名前があるかどうか分からないので、仮に破壊魔と呼ぶことにする――は、ここにいる八十五人の人間共を壊したがっていることが分かる。破壊魔のしたいことがそのままわたしに伝わってくるのだ。
「…ッ!…ぉえ」
それに、倒れている人間共が視界に収まるたびに、それがどう破壊するつもりなのかという明確な像が浮かぶ。皮膚を破り、筋肉を裂き、骨を砕き、内臓を
それに、先程から見えていた光る砂粒のようなものが、より明確に視えるようになってきた。どうやら過度の運動によるものではなかったようだ。それに、光には強弱があるようで、頭や心臓などのいわゆる急所の光は強く、末端に行くほど弱い。何だ、これ。
「…とりあえず、逃げないと」
残念ながら、この破壊魔がわたしの右腕を動かせる限り、紅魔館へ行くのは無理そうだ。この破壊魔は、誰彼構わずこの右腕を振り回すことが安易に予想出来る。そんな状態で行くことは、とても出来ない。
『壊そウヨ。ネぇ、もッと壊ソうヨ!あンなヨぼヨボの爺さンだけじャなクテさァ!』
「うるさい。黙って」
最初から、殺すつもりだった。だから、罪を背負う覚悟はした。それでも、重いものは重い。あんな奴でも、重い。きっと、あの瞬間は忘れることはないだろう。
吐き気を堪えながら、脇差を二本、棍棒を一本拾っておく。いつでもこの右腕を止めることが出来るように。これは盗みの範疇に含まれるのだろうか?…ま、人間の里ではどう考えても使わなさそうだし、こんな物騒なもの持ってても特に意味なさそうだからいいや。
さて、どこへ行こうか…。魔法の森へ帰るか?…止めておこう。既に別の場所へ行くことは決定している。魔法の森以外で、出来るだけ人気のない場所…。
「…やっぱ迷いの竹林だよなぁ。…ハァ」
こんな時でも、慧音の言っていた人気のない場所が真っ先に思い付く。確かに、迷いの竹林にはほとんど人がいない。永遠亭と妹紅さんの家さえ近付かなければ、まず人と出会うことはないだろう。
『ヤだ。壊ス』
迷いの竹林へ足を運ぼうとしたその時、破壊魔が言った。それと同時に、右腕がまた動き出す。脇差の突き刺さっている三ヶ所から激痛が走るが、そんな痛みを全く感じていないかのように腕が伸びる。急に後方へ引っ張られ、それに合わせて体も無理やり引っ張られる。肩から嫌な痛みが走り、足がもつれる。
視界に人間が収まる。瞬間、その指先が頭にある光る粒を穿ち、内側から破壊され、首無し死体が出来上がる像が浮かぶ。何だ、これは。いや、そんなことは今はどうでもいい。脇差三本じゃ足りない。いや、貫くなんかじゃ駄目だ。
「がッ、…ァァアアアア!」
地面に落ちていた一番斬れそうな刀を複製し、右肩から綺麗に斬り落とす。右腕を損失するのはこれで二度目だが、覚悟していた分、前よりはいくらかマシだった。
クルクルと跳んでいる右腕に、別の刀の複製を突き落す。地面に縫い付けられた右腕は、少しの間指先をピクピクと動かしたが、やがて活動を停止した。
左手で右肩を掴み、妖力を流して無理矢理止血。破壊魔が動かせる右腕をくっ付けるつもりにはなれないので、倒れている人間共から一番背丈が似ている奴の右腕を複製する。そして、先程止血した右肩にねじ込む。…少し重い気がするが、無いよりマシだ。
『うワ、ひッどいナァ…』
「そう言う割には嬉しそうですね…」
『右腕ヲ壊せタからネ』
「…何でもいいのか、コイツ」
右腕に刺さっている四本の刃物を回収し、右腕を拾う。…あれ?骨が折れてない。もしかして、治った?…まぁ、どうでもいいか。
こんなところにわたしの右腕が残っていたら、妙な疑いが湧き出てしまうかもしれない。女性らしい腕なんてものは、この場にあってはならないものだからだ。人間共は全員男。それに、右腕が切断されている者はいないのだから。…全身が爆裂した奴ならいるが。
脇差二本と棍棒、それに右腕。これらを左手だけで持つのは難しいので、右腕に脇差を突き刺して持ち歩くことにした。少し気を付ければ、脇差がずり落ちるなんてことはないだろう。
迷いの竹林へと向かう道中、破壊魔は壊セ壊せと言い続けていたが、何とか聞き流す。湧き上がる破壊衝動を抑えつけるが、それでも、漏れ出てしまうものはその辺の転がっている石ころを蹴飛ばして誤魔化す。
先程までは人間共相手にしか視えなかった破壊予想像が、周りの樹などの植物にまで及んできた。わたし自身を見てもその像が浮かばないことが僅かな救いだが。
「…あれ?」
突然、身体が左へ傾いた。咄嗟に足を出して倒れるのを防いだが、まさか左側の何かまで動かせるようになったのか…?
右側からドサ、と何か重いものが落ちる音がした。音の発生源を見ると、そこには右腕の複製が落ちていた。…どうして外れた?右腕の複製を拾い、もう一度くっつけようとしたら、その右肩が盛り上がっていた。
「…は?」
『チェ、時間かカりそウ』
グチュリ、グチュリ、と少しずつ右腕が生えてきている。前はこんなことなかったのに。この破壊魔が治しているのか?自分が動かせる腕を取り戻すために?わたしの数百、数千倍はありそうな再生速度で?
…これは非常にまずい。急がないと、また動き出す。使い物にならなくなった右腕の複製を回収し、靴の過剰妖力を噴出して一気に加速する。左手だけで持っている二本の脇差が刺さった右腕と棍棒を落とさない程度の速度で駆け出した。