東方幻影人   作:藍薔薇

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第118話

紫は怪訝そうな顔で、首を傾げた。わざわざ顎に人差し指を当てているのが、何だかムカつく。

 

「…訊きたいこと?そんなことされるつもりはないのだけれど…」

「知るかよ、お前の予定なんて。紫、お前は私が訊いたことに正直に答えてくれりゃそれでいいんだ」

「あらあら…。ねえ、カルシウムちゃんと摂ってる?卵の殻なんかいいらしいわよ?」

「カル何とかなんかどうでもいいんだよ。話を逸らすな」

 

そんなつまらないって感じの顔をされると、なおのこと腹が立ってくる。今すぐにでも殴り飛ばしたい。が、そんなことして何処かに行かれたら意味がない。抑えろ、抑えろ…。

睨み続けること数秒。紫の口が動いた。まず出たのは、止まっていた空気を無理矢理動かすような溜め息だった。

 

「…しょうがないわねぇ」

 

そして、私に向かって右手の人差し指、中指、薬指を突き出した。何だ、これ?

 

「…三つ、よ」

「あぁ?三つ?」

「貴女とは、それなりにいい仲だと思ってるわ」

 

確かに、かなり古い仲だ。空白がゴッソリと空いているが、その前からある程度友好的な関係はあったと思う。

 

「だから、三つまで答えてあげる。さあ、何でも好きな事を訊きなさい」

 

まさか、回数に制限を加えてくるとはな…。面倒なことになった。私が正直に答えろなんて言ったから、三つまでなんて制限を課したのだろう。だから、この三つの質問では嘘を返さない。紫はそういう奴だ。

 

「真っ先に訊かなけきゃならないことは、既に決まってる」

「へえ、そうなの?何かしら?」

「…幻香のことだ」

「あの子の?」

 

意外な答えだったのか、僅かに瞼が持ち上がった。が、すぐに元に戻り、何事も無かったかのような顔に戻ってしまった。

瓢箪の酒を一口呑み、嫌に渇いた喉を無理矢理潤す。肺に溜まっていた空気を一気に吐き出してから言った。

 

「私が幻香の意識を萃めようとした時のことだ」

「あら、そんなことしたの?」

「ちょっとでいいから黙ってろ。…萃めようとしたらな、お前の結界が幻香の意識にあったんだよ」

 

その結界の中にあった『ドス黒い意識』。あれを思い出しただけで、今でも嫌な汗が噴き出そうだ。

 

「…あれは、何を封じ込めている?」

「…あぁ、妙な干渉があったと思ったけれど、あれは貴女だったのね」

「そんなこと訊いてんじゃねぇ。答えろよ」

「はいはい」

 

そう言いながら、右手の薬指を曲げた。

 

「あれは、能力の結果よ」

「はぁ?」

「ちゃんと聞いてた?能力の結果、よ」

 

幻香の能力の、結果?待て、おかしいだろ。幻香の能力は『ものを複製する程度の能力』。石ころは掴める。妖力弾は目に見える。だが、意識に実体はない。そんなものをその能力の対象に出来るのか?…いくら考えても全く分からない。

紫に訊けば答えるだろうが、たった三回…いや、もう残り二回か。その二回に入れてもいいようなことなのか、と考えてしまう。

 

「ぐっ…、どうするか…」

「そんな難しく考えなくてもいいのに」

 

…確かにそうだ。このまま時間が無為に過ぎていくのもよくない。ただでさえ時間をかけ過ぎてしまったのだ。

 

「…次だ。幻香の能力について」

「本気で訊いてるの?貴女、もう知ってるんでしょう?」

「…いやっ!待て!やっぱナシだ、ナシ!」

 

落ち着け。時間がないからって、訊くべきことを間違えるな。瓢箪の酒を一気に呑み込む。…よし、少し落ち着いた。

 

「そう?なら、それでもいいけど」

「そうだな…。お前が封じ込めてる意識、私達はとりあえず『ドス黒い意識』って呼称してるんだがな」

「へえ、確かにあれは黒そうね」

「お前の腹の中には敵わないだろうさ」

「失礼ね」

 

コイツの腹の中は相当黒いが、それでも幻香の中にあった『ドス黒い意識』には負けるだろう。だが、そうであってほしいという願いが、自然と口から出てきた。

眼を合わせて、睨み合う。数秒と経たずにプイ、とすぐに視線を逸らされてしまった。

 

「で?それがどうしたの?」

「…それは、最初からあったのか?」

「最初?産まれたときからってことかしら?」

 

…そう言われれば、最初っていつだ?紫の言う通り、産まれたとき?私と出会ったとき?フランドールに付いて行って、月の異変の原因探索へ行ったとき?いや、そういう感じではないだろう。

 

「…言い換える。それは、いつからあったんだ?」

「あら、そんなつまらないことでもいいの?」

「いいんだよ」

「そう」

 

そう言いながら、右手の中指を曲げた。

 

「それは大体二週間前よ。里では永夜異変って呼ばれてるかしら?その終わり際に」

「…つまり、後付けか。なら、取り除く方法だってあるはずだ」

 

入れることが出来るなら、外すことだって出来るはずだ。不可逆性があるとは思えない。

 

「そう思うなら、そうなんでしょうね」

「含むような言い方じゃねぇか」

「訊かれてないもの。けど、まあこれくらいならいいかしら?それは無理よ」

「…あっそう」

 

悔しいが、明確に否定されてしまった。まあ、紫は『ドス黒い意識』を結界を張って封じている。封じているってことはつまり、紫にとっても不都合なものなのだろう。だが、封じるに留めているってことは、取り除きたくても取り除けないってことの証明か。酒を呑みながら、そんなことを考えた。

じゃあ、どうすればいい?あの紫にとっても不都合だと思われる『ドス黒い意識』。それは、放っておいても大丈夫なのか?…いや、大丈夫なわけがない。何か、あるはずだ。何か、致命的なことが。

 

「最後だ。あれは、『ドス黒い意識』は、放っておいたらどうなる?」

「…恐ろしい事を訊くわねぇ、貴女」

 

そう言った紫の眼が激しく揺らぐ。…動揺した?コイツが?それほどまでにヤバいのか?

 

「…そうねぇ。出来れば、訊かれたくなかったわぁ…」

「ハァ?いいから答えろよ」

 

心臓の鼓動が喧しいほど速くなる。それを誤魔化すためにも、強めな口調で言った。

 

「…仕方ないわねぇ」

 

そう言いながら、嫌そうに右手の人差し指を曲げた。そして、苦虫を噛み潰したような顔をしながら言った。

 

「…最悪、鏡宮幻香は消えるわ」

「きっ、消え…!?」

 

冗談にしては笑えないし、冗談とは思えない。頭が追い付かない。幻香が、消える…?『ドス黒い意識』の所為で?自分の能力の結果によって?

 

「…追加で、幻想郷が半壊するくらいの被害が出るわね」

「はっ…、半壊、だと…!?」

 

いくら何でもヤバ過ぎだろ!?半壊と言われても、どんな感じかという絵が思い浮かばない。それほどに現実味のない言葉。だが、嘘ではないことは分かっている。嘘ではないことが分かってしまっている。どうする?どうすればいい!?

頭の中を暴れまわる情報が落ち着く前に、紫がパンッと手を叩いた。

 

「…ハイお終い。三つ、ちゃんと答えたからね」

「あ…、ああ。…そうだな」

 

そんな生返事をしてしまった私を、憐れむような眼で見た紫は、その隣にスキマを開いた。

 

「…最後に、少しだけ独り言を言うわ」

「何だよ、それ…」

「私は、あの子は失いたくないのよ」

 

そう言うと、スキマは閉じられ、私しかいなくなった。

 

「…私だって、失いたくないさ…」

 

一人、呟く。そんなことで、そんな程度のことで、消えて欲しくない。それに、幻想郷の半壊も甚大だ。

 

「…行くか」

 

止まっていても、仕方がない。考えるのは、歩きながらでも出来る。今は、この得た情報を妹紅と共有することにしよう。フランドールにも、出来れば伝えられたらいいとは思う。一週間も経ってしまったことを詫びながら、伝えることにしよう。

 


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