東方幻影人   作:藍薔薇

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第116話

妖力無効化。妹紅さん曰く、離れ業。呪術やそれに類する道具を用いて行う。代償なしに得られるものではなく、身体の一部や五感などを捧げることで得られる。捧げれば誰でも簡単に力を得られるが、効果はそれらを捨てるに値するとは思えないほど非効率で、大抵は一度使うとまた新たに何かを捧げる必要がある。もちろん、失ったものは返ってこない。

 

「ぐっ、抜けない…」

 

右手で引き抜こうとするが、奥のほうで引っ掛かって抜けそうもない。どうやら、しっかりと返しまであるようだ。周りの肉ごと抉り取るのもいいが、そんな余裕はない。戦闘と時間の両方で。

 

「…せっかく手加減出来そうだったのに」

 

『幻』を使えれば、手加減が容易に出来たのに。『幻』があれば実力差が大きく開くので、問題なく力を抜けたのに。これだと、手加減が出来なくなってしまったじゃないか。

そんなわたしの心境は露知らず、爺さんの掛け声に奮起してそいつなりの全速力だろう走りで接近してきた男を見遣る。

 

「喰っらいやがれぇ!」

 

威勢のいい声を上げながら、両手で刀の柄を握りしめて頭上に掲げている。既に抜かれている刀の垂直振り下ろしと予想。振り下ろす前に倒すべく、走り出す。靴の過剰妖力を噴出出来ないことと、動き辛い体に僅かばかりの怒りを感じながら、男の鳩尾に左掌底を打ち込む。

瞬間、杭の刺さった左肩に激痛が走る。返しが引っ掛かっているせいか、左腕を動かすのも辛い。うぅむ、左腕はあんまり使わない方がいいか?

倒れた男が持っていた刀を奪い取り、右から襲いかかってきた奴の鼻を刀の頭で叩く。素人じみた挟撃をしようとした左側のもう一人の脇に峰を思い切り叩き込む。何か硬いものが割れたような感じがしたけれど、気にせず刀から手を放し、そのまま回転しながら鼻を抑えている男のこめかみへ蹴りを打ち込んだ。

 

「殺せッ!殺せェッ!」

 

その言葉に返事するように大声を張り上げる男達。突進してくる五人の先頭を足払いしてこかし、次にやってきた男の三節棍の鎖に貫手を打ち込む。パキリ、と砕ける音と共に棍が一つ離れた。三節棍を壊されたという事実に目を見開いた男を気にすることなく、右手を地面に下ろし、片手で軽く跳躍しながら前方一回転踵落としを次の男に叩き込む。体勢をすぐに戻し、次の男の突進を避けるように旋回して裏拳を叩き込む。最後の男が畏怖したような表情で逃げるように後退したが、脚がもつれ尻餅をついた。丁度いい位置にあったのでその顎を蹴飛ばした。

さらに追加でやってきた二人と、後ろにいる二人で挟撃されそうだったので、近くに落ちていた三節棍の一部を前方へ蹴飛ばして牽制しつつ、後ろの二人を片付ける。

 

「…あれ」

 

気付いたら、いつの間にか囲まれていた。さっきの五人はこの布陣の為の犠牲だったのかな?空間把握出来ないっていうのはちょっと辛いなぁ…。あんまり使っていないつもりだったけれど、かなり依存していたかもしれない。目の前の戦闘に集中し過ぎて、周りを見ていなかったのも悪かった。

まあ、過ぎたことはしょうがない。周りを軽く見渡すと、囲んでいるのは十三人。全員刃物持ち。しかし、どう見ても使い慣れているとは思えない酷い持ち方をしている奴もいて、少しだけ笑えてくる。

 

「…ぉおおっ!」

 

無駄に大声を出しながら後ろの一人が突撃してきたが、そこにいたのは囲んでいる時から刀を振りかざしていた。正直、馬鹿としか思えない。刃渡りと足音から振り下ろすだろう位置を予測し、その少し前に左側へ思い切り跳ぶ。急に跳んできたことに驚いたのか、動けなかった男の顔を踏み台にして戻り、地面に突き刺さったのを何とか抜こうとしている男の横顔を蹴飛ばす。そして、残された刀を抜き、何となく前にいる男に切っ先を向ける。

 

「ひぃっ…」

「…おいおい」

 

思わず苦笑い。その程度で萎縮しないでよ。まだ誰も死んじゃいないんだから。…まあ、概ね予想通りの反応だ。その男の顔スレスレに刀を投げつけ、その刀に目が行っている内に右掌底を顎に打ち上げる。その姿に目を奪われた左右の男二人の足を払い、右側の男の後頭部を掴んで地面に叩き付ける。そのまま右回りに一人ずつ片付けていく。

 

「…ふぅ」

 

軽く一息吐き、三十人の男共と、その奥に隠れるようにいる爺さんを見る。緊張しているからか、警戒しているからか、恐怖しているからか、皆動かない。

 

「どうしたんですか?殺す、のでは?」

 

薄ら笑いを浮かべ、軽く挑発する。夜になる前に、いくつか考えた。わたしの予想が正しければ…。

 

「コッ、殺せェッ!今すぐッ!禍を殺すのじゃァッ!」

 

爺さんが喚き出すのは予想通り。

 

「…来ないか。ハァ、面倒な…」

 

それでも男共は動かない。その目からは恐怖しか見えない。…やっぱりね。中心はあの爺さんで、周りは何となくだったんだ。それでも突撃してきたのは、かなり染められていたんだろうけど。

まあ、だからと言って放っておくつもりはないけどね。それに、視界がチカチカし出して鬱陶しい。世界が光る砂粒でも浴びたようだ。さて、さっさと残りも片付けよう。そう思いながら、とりあえず一番近い奴に突撃した。

 

 

 

 

 

 

「…あー、疲れた」

 

それなりに返り血を浴び、何とも言えない気持ちになった。気を失ってグッタリとした男の頭を右手で掴んでいるが、血で滑って地面に落としてしまった。…まあ、いいや。これで八十五人目、っと。

 

「…な、何故じゃ…」

「さぁね」

 

周りに味方が誰もいなくなり、前とは違って絶望した表情を浮かべた爺さんを見下ろす。

 

「…数も揃えた」

「ちょっと弱過ぎ」

 

素人しかいなかった。まともに武器を扱えたのは誰もいないし、両側から刀を振りかざされたときは、避けたら同士討ちしてしまうのではとヒヤヒヤした。それに、数を揃えたからって強くなるわけではないのだ。ちゃんと統率を取れていれば別だけど。

 

「…左眼も、嗅覚も、味覚も、寿命も捧げた」

「うわぁ、そんなに捨てたんですか?」

 

まあ、それだけ捨ててこの程度の効果しか出ないのだ。

ス、と右手が半ば勝手に動き、人差し指が杭を弾いた。すると、カシャリ、と音を立てて容易く砕け散った。その瞬間を見た爺さんの顔色が一瞬にして灰色になった。

まあ、そんな爺さんはどうでもいい。わたしには、ちゃんと言いたかったことがあるのだから。

 

「ここで交渉をしましょう。貴方はこのまますごすごと里に帰って、残された短い寿命を何も騒ぐことなく、『禍』という単語を一切口にせず、わたしのことを殺すのを諦めてくれませんか?その為に彼ら八十五人はまだ死んでいません。殺していません。彼らを助ける為だと思って、ここは諦めてくれませんか?そうしてくれれば、これからも貴方達の住む人間の里へ赴くことはしません。どうです?人間の里の為だと思って、諦めてくれませんか?」

 

ちょっと危ない奴が数人いるけれど、それは口にしない。

少し待ったけれど、爺さんの返事はなかった。だが、言葉にせずとも分かった。

 

「…駄目ですか」

「断る…!」

 

それだけ顔を真っ赤にされれば、言われなくても伝わる。

 

「我が母を!我が竹馬の友をッ!殺した貴様を捨て置くなどッ!」

「あっそ。まあ、知ってたよ」

 

どれだけ言葉を積み重ねても、彼の答えは覆らない。誤解は、解けない。

 

「だから、最初からお前だけは許すつもりはなかったよ」

 

空間把握。地面の落ちている刀、脇差、包丁といった刃物を一気に複製し、爺さんの全身を貫く。頭から手足といった末端まで、隈なく全身を。喉も、心臓も、脳も、貫いた。追加でもう一回複製し、さらに貫く。もう、生き返ることはない。失ったものは、返ってこない。

 

「…さよなら」

 

そして、炸裂。一瞬の閃光と共に、爺さんは刃物の複製に巻き込まれる形で爆ぜた。コロコロ、と転がってきた義眼を踏み潰す。踏み潰す直前まで、わたしを睨んでいるように見えた。

わたしは、周りの奴らは、ただ付いて来ているだけではと考えていた。永夜異変の原因がわたしだと騒がれなかったのは、騒ぐことが出来ない何かしらの理由があるからではないか、と。つまり、この爺さんがあの杭を作るための儀式だか何だかの為に出られなかったからでは、と。つまり、騒ぐ者がいなければ、里は収束するのでは、と。集団戦では、末端を潰すより、司令塔を潰すのがいいらしい。それと同じようなものだ。

 

「…ああ」

 

何テ爽快感!天に昇ルようナ絶頂!コれ以上気持ちノいいコとが他にあルダろうカ!モっと壊したイ!どンドん壊したイ!さア、もッと、もット、モット…!

何て不快感。地に沈むような絶望。これ以上気持ちの悪いことが他にあるだろうか?もうやりたくない。二度とごめんだ。ああ、いやだ、いやだ、いやだ…。

相反する二つの感情。吐き気がする。頭が、痛い。何かが、湧き上がる。声が、響く。

 

『さァ、もッと壊ソ?』

 

貴女は、誰?

 


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