東方幻影人   作:藍薔薇

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第113話

幻香が目覚めて何日経ったっけ?…そろそろ一週間かな?ずっと部屋に籠って誰に訊くべきかと考え続けていたからか、よく分からなくなってきた。空腹なようなそうでもないような…。部屋の隅に生えてた茸を食べようとして、やめたのは記憶に新しい。

 

「…どうするか」

 

幻香の中にあると言っていた『ドス黒い意識』。フランドールは何か知っているようだから、そこから何か分かることがあるだろう。萃香は八雲紫とかいう妖怪を探しに行った。それに対し、私には何もなかった。

誰彼構わず訊くわけにもいかない。特に、人間の里で訊こうものなら、どうなることやら。『その姿と禍の名ばかりが知れ渡り、誰も鏡宮幻香の名前を知らない』と前に慧音は言っていた気がするが、それでも訊き辛い。下手に詳細を語ることはまさしく禁句だ。

誰か知っていそうな奴を絞らなければいけないのだが…。それについて知っている奴が全く思い付かない。人脈がまともに構成されていないことが歯痒いと思ったのは久し振りだ。

 

「…動くか」

 

これだけ考えて出てこないので、気分を変えよう。軽く歩くか。そう思って立ち上がるが、考え続けて動いていなかった所為か、体がだるい。いや、ただ食べていない所為か?

家から出ると、運よく蜻蛉が私の前を横切ったので、焼き落として口に含む。翅がカサカサして非常に食べ辛いが、無いよりはマシだ。久し振りにものを食べたからか、やけに味が濃く思え、普段は感じもしないだろう僅かな甘みを感じた。

腹にものが入ったことで動きやすくなったことを少し喜びつつ、迷いの竹林を当てもなく歩く。竹の間から僅かに射す日を浴びながら少し考えていたら、ふと、一ヶ所だけ思い当たる場所が浮かび上がってきた。何故、今まで思い付かなかったのだろうか?…いや、最初から思い付いてはいたのだろう。けれど、勝手に押し退けて敬遠して考えないようにしていたんだと思う。アイツがいる場所に好き好んで行きたいとは思わない。

 

「しょうがない、か」

 

それでも他に思い当たる場所はなかった。行く当てもないので、二重三重の意味で重い脚を永遠亭に向けることにした。闇雲に動くよりも確かなものが得られる可能性が高いのだから。

 

 

 

 

 

 

「かーっ、見つからねぇ!」

 

思い当たるところを何周も回ったのにもかかわらず、見つからない。くだらないときばっかり出てきやがるのに、こういう必要な時に限って現れない。アイツのそういうところも嫌いだ。

昨日から趣旨を変えて、逆に思い当りもしない外れにある鬱蒼として誰も居なさそうな森を探し回っているのだが、それでも見つからない。

 

「これでもう一週間だぞ畜生…」

 

瓢箪を仰ぎ、中にある酒を一気呑みするが、苛立ちを酒で抑えるのも限界ってものがある。頭の中で荒れるものを抑えられない。溢れ出そうになるものを抑えようとさらに呑む。無駄だと分かっているのに。

時間制限があるのは問題ではない。問題なのは、いつまでにやらなければならないか分からないところだ。ありもしない期限に、焦りや苛立ちが際限なく湧き上がる。

 

「…ちょいと休もう。昨日から動きっぱなしだ」

 

樹に背を預けて座り込もうとした時、休んでいる暇があるのか、と私自身が問いかけてきたように感じた。確かにそうだ。休む暇があったら探した方がいいだろう。そんなことは分かっている。

けれど、これだけ動いても見つからないのだから、少し考えを改めた方がいいかもしれない。それを考えるために、と誤魔化そうとしている自分が憎たらしい。

抑えられるはずもないのに呑んでしまう自分に何とも言えない気分を味わいながら、考えを巡らせる。これだけ探して見つからないなら、一度も探していないところを行くべきか?つまり、人間の里に。正直、あまり行きたくない。あそこは、幻香への悪意が萃まっているから。

 

「…あぁーッ!イライラするッ!」

 

ガシガシと頭を掻き毟る。さっさと紫見つけて、幻香にあった『ドス黒い意識』について訊き出したいってのに…!

 

「何をいらついてるのかしら?」

 

急に背後に何者かが現れ、私に囁いた。聞き慣れた、神経を逆撫でするような声。

 

「お前が全く見つからなかったことにさ。…ようやく会えたな、紫」

「あら、私に何か用でもあったの?」

「幾つも訊きたいことがあるんだよ。嘘偽りなく答えろよ?」

 

何せ私は嘘が大嫌いだからな。今言われたら、どうなるか私自身も分からない。

 

 

 

 

 

 

今までに幾度となく閉じ込められてきた、慣れ親しんだ地下室。おねーさんと出会ったときにあったものはかなり前に咲夜によって撤去されてしまったので、とても綺麗になっている。

 

「…あー、暇ー」

 

私はその部屋の真ん中に置かれている、一人で使うには大きすぎるベッドで大の字になっている。ふと、手元に転がっていた金色の懐中時計に目を遣った。そのままだと見難いので、体制を変える。そして、懐中時計の蓋を開けてカチカチと動く秒針を睨む。朝六時、正午、夜六時、と六時間ごと規則正しく食事を咲夜が持って来てくれる。

そう言えば、最初の頃に一度だけ普段と違うものが出されたことがあった。あれ、何の肉なんだろ?少し気になったけれど、今更訊く気にはなれない。

 

「…やることなーい」

 

反省しなさい、とお姉様なら言うだろう。けれど、反省は最初の数時間で終わらせてしまったのだから、残りの時間は流れるのを待つだけである。

…あれ、四百九十五年も閉じ込められてた時って、何してたっけ?…まぁ、そんなことはどうでもいいや。それよりも、今のほうが重要。

一度だけ暇だ、と咲夜に言ってみたのだが、次に来たときに渡された兎の人形を一つ渡されただけだった。最初の数分はそれを使って遊んだけれど、すぐに虚しくなって部屋の隅に放置されている。

 

「あ、そうだ」

 

おねーさんの中にあるって言ってた『ドス黒い意識』。あれは、私に変わったことと関係があるんだろうけれど、どう関係してるんだろ?おねーさんに訊いてみれば、きっと答えに辿り着くと思う。けれど、とてもじゃないけれど訊けないことだ。私になって色々壊そうとした、なんて言えない。誰にも言いたくない。

そんなことを考えていたら、遂に三つの針がXIIを差した。そろそろ来るかな、と思ったら部屋の扉が開いた。

 

「あ、お姉様じゃん。珍しいね」

「…フラン、昼食よ」

「いつもみたいに咲夜に頼めばよかったのに。私はそれでも構わないんだよ?」

「今日は言いたいことがあったから来たのよ」

「何?もう出てもいいの?」

「ええ、そうね」

 

お姉様が普段と違い、嬉しいような、寂しいような、誇らしいような、恐れているような、そんないいことと悪いことをゴチャゴチャに混ぜた微妙な表情をして言った。

 

「…もう、自由にしていいわ」

 

 

 

 

 

 

午前の授業が終わり、一時間程度の時間を空けてから午後の授業に入る。ほとんどの生徒が机の上に親が作ってくれた弁当を広げるのを見てから、教室を出て行く。

私も部屋で何か食べるかと考えて、あの蛇肉しかないなとすぐに完結してしまった。代わりに、午後の授業について少し思い出していたら、背中を軽く叩かれた。誰だろう、と思いながら振り返ると、唯一弁当を広げていなかった生徒がいた。

 

「…先生」

「ん、何だ?質問か?」

 

その生徒は私の問いに対して一言も答えずに、突然私の手を掴んで走り出した。子供の走る速さに合わせるのはなかなか難しいものだ。

寺子屋の裏、誰も来ることがないだろう場所まで引っ張られた私はその生徒をどう叱ろうかと思い、少しだけ目元を険しくした。

 

「急に何だね?」

「…ねえ、先生。前は、友達がよく来てたよね?」

「ん?…そうだな。それがどうかしたか?」

 

急に予想外なことを問われたことに困惑しながら、そういえばこの子は幻香に直接会ってみたいと言っていたな、と思い出した。本当に禍なんて呼ばれるような怖い妖怪なのか、と考えるような子だった、と。

 

「禍、なんだよね?」

「…まあ、確かにそう呼ばれているな。そのことは口に出すなと前に――」

「朝さ、父ちゃんが奥に仕舞ってあった刀を研いでたんだ」

「…は?」

 

急に話が飛び、呆けたような声を出してしまった。…刀を研いでいた、か。…無性に嫌な予感が湧き上がる。

 

「急にどうしたんだろう、って思ってさ。訊いたんだ。そんなの取り出してどうしたの、って」

 

確か、この子の親の職業は竹細工屋ではなかっただろうか。有名というわけではないが、それなりに歴史のある店だったはず。とは言っても、三男だからという理由で婿養子に出されたから、そこまで仕事に熱心ではなかったようだが。

 

「そしたらさ、父ちゃんが『心配しないでいい。悪い妖怪を、禍を退治しに行くんだ。明日には終わるから』って言ったんだ…。これってさ、もしかして先生の友達のことだよね?」

「午後の授業は自習だと伝えてくれ。嫌なら帰ってくれても構わない」

 

居ても立っても居られずに駆け出した。幻香のところへ行かなくては。一分でも、一秒でも、僅かでも、早く。

 


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