東方幻影人   作:藍薔薇

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第112話

扉を開け、家に戻る。食材や紙など、色々なものを持っている慧音もわたしの後に入ろうとし、急に立ち止まった。振り向かなくても、慧音の目線が山積みになった蛇肉に向かっているのがよく分かる。

そんなことは気にせずに椅子に座り、朝読んでいた『医術教本』を隅に追いやる。

 

「さ、今日は何を書くんですか?」

「え…、ああ。今日はこれだ。よろしく頼む」

「任されました」

 

ふむ…、カイダンを語る、カイダンを上る。イサイを放つ、イサイ承知。紙をコウカンする、コウカンを持つ。檻からカイホウする、病人がカイホウに向かう。工具をヨウイする、とてもヨウイな問題。シンコウの自由、シンコウな謝意を表す。フキュウの名作、技術がフキュウする。カンショウに浸る、絵画をカンショウする。ユウシュウな成績、ユウシュウの美。ごキゲンいかがですか、キゲンを守る。等々。今回は同音異義語か。

慧音はまた別の紙を取り出し、わたしとは違う内容を書き始めた。それに倣ってわたしも筆を執り、一枚ずつ書き出す。行間をしっかり取り、片仮名に傍線を引くのも忘れない。

 

「ああ、そうだ。夜雀のミスティアが私のところに来たぞ」

「でしょうね。で、どうでした?」

「うむ、問題ない。やはりあの婆さんは爪を見ても、耳を見ても、翼を見ても、第一声は『買ってくかい?』だ」

 

うん、期待した通りだ。これで野菜は問題ないだろう。

 

「私が利用している他の店にも紹介しておいた。どれも古くから行っている店だ。今更妖怪どうこう言わないだろう」

「いつ頃から?」

「里に来た頃からさ」

 

まだ信用を得ていなかった頃から利用していたなら、大丈夫だろうか?それに、紹介したなら、顔合わせしたということだろう。

 

「で、大丈夫でしたか?」

「私からの紹介だからかどうかは知らないが、悪い顔はしてなかったよ」

「あとは、一人で来た場合ですかね」

「確かにそうだ。だから、これから買いに行くときには妖怪的な部分を出来るだけ隠すように言っておいた」

「…そうですよね。隠せば問題ないですよね」

 

わたしの場合、全身隠さないといけないからなぁ…。それに対して、ミスティアさんは爪と耳と翼を上手く隠せばそこら辺の少女に見えなくもない。…爪ってどうやって隠すんだろ。手袋とかかな?突き破らないかちょっとだけ心配。

 

「まあ、ミスティアさんが無事買い物出来そうでよかったですよ」

「そうだな。おでんを始める、だったか?私も一度入ってみようかな」

「ぜひ、そうしてあげてください。きっと喜びますから」

 

人間の里の外で場所を選ばずに屋台を開くから、行こうと思って行けるほど甘くないような気がするけど。まあ、それでも暗闇に提灯の光を見つければそこにあるだろうし、何とかなるか。

 

「ところで、…今の里、どうです?」

「…何とも言えんな。私から見て、特に変わったようなところはない」

「ない?」

 

…珍しい。過激派が何人か増えたなんてことも、不吉なことをいちいち騒ぎ立てることもないなんてことがあったか?…もしかしたら、初めてのことかもしれない。

 

「ああ、ない。お前が一週間寝ている間を含めて、だ。大体二週間、何も起こってない」

「あの月の異変が、わたしの所為にされずに?」

「里では月ではなく永夜、と言われてるがな。多少噂になっていたが、それくらいはいつものことだ」

「いつもの奴等が全く騒ぎ立てなかった、と」

「そういうことになる」

 

…遂に終息したのか?いや、どうだろう。騒いでも無駄、と分かったのなら嬉しいのだけど。…そんなわけないか。何か理由があるのではないか?出来なかった理由が。策略、偶然、陰謀、害意、…分からない。

 

「私から言えるのはそのくらいだ。…だから、そろそろ力を抜け」

「え?」

「右手だ」

 

そっと右手に目を遣ると、筆管に幾筋のひびが走っていた。

 

「うわ、いつの間に…」

「いや、そろそろ買い換えようと思っていた筆だ。丁度いい」

「そこまで古かったですか?」

「筆は消耗品だ。私はかなり使ってるほうだからな。持って一年、といったところか」

「長いような短いような…」

「…どうだろうな」

 

曖昧に微笑みながら、そう言った。まあ、そうだろうな。人間にとっては長く、妖怪にとっては短いだろうし。慧音は半人半獣と言っていたが、それでも普通に人間よりは圧倒的に長いだろう。周りが齢を重ねて老けていくのに、自分は変わらない。一体、どう思うのだろうか。

 

「ま、何もなかったんだ。それはそれでいいだろう?」

「…ええ、まあ」

 

確かに、何もなかったことは喜ぶべきことだ。

原因が分からないことに引っ掛かりを覚えていると、慧音が持ってきた食材を取り出し始めた。そして、山積みになった蛇肉に目を向ける。

 

「さて、少し早いが昼食を作るか。…これ、何の肉だ?」

「何だと思います?」

「蛇だな」

「分かるんですか…」

 

しかも即答。これだけ山積みにされた蛇肉ってなかなかないと思うんだけどなぁ…。わたしの食が割れているとそんなに分かるものなのか。

その内の一つを取り、軽く見始めた。鼻を近付け、臭いも嗅ぎ始める。

 

「…ふむ、上手く燻製されているな。保存もかなり効くだろう」

「それでも食べ切れなさそうなんですよね。…いくらか貰ってくれると嬉しいんですけど」

「そうか?そう言うなら幾つか頂戴しよう」

 

持ってきた野菜を取り出し、空になった袋に蛇肉を詰め込んでいく。…減っているはずなのに、減っている気がしない。

そして、スープモドキの蓋を開け、すぐに何とも言えない微妙な顔をした。

 

「なぁ、幻香」

「何でしょう?」

「確か、私と調理したときはもっとちゃんとしてたよな?」

「そうですね」

「それなのに、どうしてこうなんだ?」

「面倒くさかったから?」

「…せめて肉を切れ」

 

ああ、流石に塊のままはよくなかったか。わたしもそう思ったよ、後で。

小皿に汁だけを少し入れて味見をし、少し考えてから蛇肉を取り出し、食べやすそうな大きさに切り始めた。刻んだ人参と白菜も一緒に鍋に入れ、火打石を使って着火。

 

「どこまで書けた?」

「半分いかないくらいですかね」

「いつもより遅くないか?」

「割れ目に指が引っ掛かることがあって少し気になるんですよね。自業自得ですが」

「ならば仕方ない。換えならあるから、そっちを使ってもいいんだぞ?」

「いえ、このまま書きますよ」

「そうか?それならそれでもいいが」

 

そう言いながら、また別の調理をし始めた。わたしも次の紙に手を伸ばし、書き連ねていく。

 

 

 

 

 

 

わたしが今朝調理したスープモドキがまともな汁物へと進化を遂げた。うーむ、野菜を入れたっていうのもあるんだろうけれど、醤油を入れただけでここまで変わるものなのか。けれど、醤油ってどのくらい入れればいいかよく分からないんだよね。多過ぎると塩辛いし、少な過ぎると妙な味になっちゃうし。

 

「ところで、その『医術教本』は何の為にあるんだ?医者になるつもりなんてないだろう?」

「人体構造が載ってたので貰ってきました」

「…ああ、そういうことか」

「そういうことです」

 

慧音のことだ。わたしが人体構造に興味がある理由は、人間の弱点を知るためだと分かったのだろう。

 

「それを読んでも分からないと思うが、太腿は強打されると意外と辛いぞ」

「そうなんですか?近くにある膝の方がいいような気もしますが」

「どちらでも構わないさ。しばらく立ったり歩いたりするのに支障が出る。致命傷、というわけではないがな」

「確か、太腿なら太い血管がありますよ。上手く貫けば酷いことになりそう」

「お前は刃物を扱うつもりだったのか?」

「どうでしょうね」

 

そちらを使った方が効果的だと思ったならば、もしかしたら使うかもしれない。まあ、近くにあったらだけど。

 

「…辛いか?」

「そうですね。外で足音を聞くと、まず疑っちゃいますから」

「そうか」

 

それならいっそのこと、と考えてしまうのはよくないことだろうか。

 


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