喫茶店長の戦車道指導譚~アンツィオ風味~   作:とらまる@

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6︰そしてまた彼はその道を歩き出す

 練習試合当日の朝、気持ちのいい程の快晴である。

 

「ごきげんようでございますわぁ!!」

 

 豪勢に土煙をあげてやってきた5両の戦車。編成は予想通り、クルセイダー3両にマチルダが2両だ。

 そして朝から異様にテンションの高い奴が1人。

 優雅で気品ある聖グロリアーナのイメージからかけ離れたコイツを俺は知っている。

 

「よぉ、久しぶりだな。クルセイダー隊の隊長就任おめでとう。相変わらず無茶な走りしてるみたいだな、ローズヒップ」

 

「ありがとうございますわ、白兎さん。伊達に聖グロ一の俊足は名乗ってませんのよ!」

 

 彼女との出会いは半年前に聖グロリアーナへ講師として行った時だった。当時はまだクルセイダー隊の隊員として、幹部候補であった彼女だったがこの春めでたく隊長に就任したらしい。

 

「ローズヒップ、紹介しよう。こっちがアンツィオ高校の戦車道チーム隊長の安z「アンチョビだっ!!」」

 

 いかんいかん、いつもの癖が。

 

「今回急な申し出に快諾してもらい感謝している。今日の試合も宜しく頼む」

 

「こちらこそ、宜しくお願いしますわ!」

 

 お互いが挨拶と握手を交わしたところで試合開始30分前となり、両名はそれぞれチームの待機場所へと別れていった。

 さて、俺も観戦するとしようか。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 今回の練習試合は市街地の他に森林地帯と荒地が戦場となっており、小回りの聞くCV33は市街地よりも後者の方が力を発揮するだろう。

 そしてこちらの編成はセモベンテ3両、CV33ことカルロヴェローチェが2両である。安斎とカルパッチョはそれぞれセモベンテに、ペパロニはCV33に搭乗している。

殲滅戦である今回はこちらのCV33、あちらのクルセイダー。両チームの高機動戦が勝負の決め手になる筈だ。

 

 

 そして今、試合開始の合図と共に全車両が動きだした。

 

「Avante(戦車前進)!!」 「行きますわよ!全車両前進!!」

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 島田流戦車道において重要視させるのは、攻撃よりも機動力による連携及び偵察である。そういう点ではアンツィオの機動戦術との相性は非常に良かった。

 だが短い期間で教えられる事はそう多くはない。そこで俺が彼女達の戦いを見て最も可能性を見い出せた部分、それが独創的な発想からなる作戦だ。

 マカロニ作戦、分度器作戦、T型定規作戦などの奇策。ネーミングセンスは兎も角、これらの作戦を更に強化できればきっと強力な武器になる。

 

 そして今回の聖グロリアーナ戦、俺たちが用意した作戦がコイツだ!

 

 

「なんですの、この穴は!まともに動けませんわ!バニラ、クランベリー貴女たちもですの!?」

 

 ブカティーニ作戦。中心に穴の空いたパスタであるブカティーニが名前の由来であるこの作戦、簡単なところ敵が早いならば、たくさん穴掘って凸凹の不整地を作り足を止めてしまえという単純な作戦だ。

 

 先にCV33が先行し敵を撹乱させる。この隙に残りのメンバーは大胆にも戦車から降り、全員でひたすら穴を掘る。あとは動きの鈍くなったところを狙い撃ちという寸法だ。

 

 しかしこの作戦も完璧ではない。不整地を作り上げるまでの時間、たったの2両のCV33で相手の車両と対峙し時間を稼ぎおびき寄せなければいけないのだ。

 結果、1両が途中で撃破されてしまったがペパロニの乗るもう1両が見事クルセイダー3両を連れて来てくれた。訓練の賜物である。

 

 その後は、流石隊長というべきか激しい凹凸の不整地にも関わらずローズヒップ車がセモベンテ1両を撃破。

 残ったマチルダ2両は指揮官を失ったことからの混乱もあり無事撃破となった。

 

 

「聖グロリアーナ、全車両戦闘不能。アンツィオ高校の勝利です!」

 

 

 最後は激しい撃ち合いとなり無事な車両こそ残っていなかったが、結果 見事あの聖グロリアーナから勝ち星をあげることが出来たのだった。

 反省点は多々あれど立派な勝利だった。

 

「まったく...あれほど走ることに夢中になるなと言っておいたのに」

 

 後ろからの声に振り向くと、そこには見知った顔が立っていた。

 

「なんだ、ダージリン来ていたのか」

 

「今しがた到着したところですわ。けど残念、もう終わってるんですもん」

 

「しかもうちの負けでですね...」

 

 隣にいる子は初めて見るな。1年生だろうか。

 

「紹介しますわ。我が校の1年生でオレンジペコ、チャーチルの装填手を任せてますの。ペコ、こちらが島田白兎さんですわ」

 

 1年生でニックネーム持ちとは珍しいな。後の隊長候補ってやつかな。

 

「お初にお目にかかります。オレンジペコと申します。島田さんのお話は以前から伺っておりました」

 

「おう、はじめまして。俺の事は白兎でいいから。そうだ、せっかくだしお前らも参加していけよ」

 

「参加...とは?このあと何かあるんですの?」

 

 そりゃあまぁ、試合が終わってやる事といえばコイツしかないだろう。

 

「あ、てんちょー!うちら勝ちましたよー!!」「やはり我がアンツィオは弱くない、じゃない強いのだ!」「次は負けませんわよ!あ、ダージリン様ですわ、ダージリンさまー!」「うふふ、次も負けませんよ」

 

 

 ちょうど試合を終えたメンバーがやって来たことだ。

 

「よーし、お前ら!いくぞーーー!!」

 

 

 

「「「宴会だーーー!!!」」」

 

ーーーーーーーーーー

 

「諸君!試合だけが戦車道じゃないぞ!勝負が終わったら、試合に関わった選手やスタッフを労う!これがアンツィオの流儀だ!!」

 

 安斎が声を上げると同時に、調理車両から担ぎ出されてくる大量の調理器具。試合や練習時よりも元気が良いのは相変わらずである。

 

「さて、俺も何か作るとするかな。ダージリンもオレンジペコも好きなだけ食べて楽しんでいってくれ」

 

 俺は袖を捲り、カバンからサロンエプロンを取り出して料理の支度を始める。

 

「久しぶりに貴方の料理が食べられるのね。なら私もなにか作ろうかしら?」

 

「先に言っておくが、鰻は材料にはないぞ」

 

「あら、それは残念。折角腕をふるおうと思ったのに」

 

 コイツ、やっぱり鰻のゼリー寄せ作る気だったな...。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

「みんなグラスは持ったなー!では、厳しい練習にも耐え見事勝利を収めた我がアンツィオの面々、急な申し出にも関わらず試合を受けてくれた聖グロリアーナの戦車道チーム、今日の為に頑張ってくれた設営やスタッフの皆さん、そして我らの輝かしい今後の戦車道に、乾杯だー!!」

 

「「「かんぱーーい!!!」」」

 

 

 試合が終わってしまえば、彼女らも普通の女子高生である。食べて騒いで、大いに賑わっている。

 料理を作っているこちらもいつも以上に熱が入る。

 

「やっぱり試合の後のパスタは最高だねー」「どうだ1年生諸君、アンツィオは決して弱くない!じゃなかった、強いのだ!」「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」「ンマッ!なんですのこれ、美味しいですわ!おふぁわり!」「紅茶ってあんまり飲まないけど美味いっすね!」

 

「ふぅーー。盛り上がってるねぇ」

 

 料理の方が一段落し、俺は少し離れた所で腰を下ろしタバコを咥え余韻に浸っていた。

当初の目的であった、彼女たちに1度勝利をプレゼントし自信をつけさせることは無事達成し、俺の役目も終わりという訳だ。

 短い期間であったが、久しぶりに戦車道を楽しいと感じられる時間だった。これからはまた普通の喫茶店の店長に戻るが、全国大会の時には応援に行ってやろう。

 

「こんな所にいらっしゃったのね」

 

 声の方を向くとダージリンが、更に後ろにオレンジペコが立っていた。

 

「よぉ、料理の方は堪能してもらえたか?」

 

「えぇ。とても美味しかったですわ。次にお会いできるのは抽選会か試合会場ですわね」

 

「悪いな、アンツィオでの俺の戦車道はここで終わりなんだ。次に会うとしたら、その時はただの喫茶店の店長としてだな」

 

「......。こんな格言を知っている?『凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。風に流されている時ではない』、もう少し風に向かったままでもいいのではなくって?私たちはそろそろ帰りますわね。ローズヒップ、帰るわよ。あと口の周りを拭きなさい」

 

「はいですわー!ダージリン様!」

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

「アンチョビさん、全国大会でお会いしましょう。次は聖グロリアーナが勝たせていただきますわよ」

 

「あぁ、楽しみにしている。今度もいい試合をしよう!」

 

「次も負けないっすよー!」

 

 そして彼女達は紅茶の香りと共に優雅に去っていった。

 

 

「さて...改めて礼を言うよ、店長。いや、ハクト」

 

「これはお前たちが頑張った結果だ。俺は少し後押ししただけに過ぎないよ。これからはお前たちだけでも大丈夫だろ」

 

「なーに言ってんすか、ウチらまだ全然習い足りないっすよ!」

 

「そうですよ。大会優勝まで面倒みて貰わないと」

 

 ペパロニもカルパッチョもあっさり言ってくれる。

 まぁこのままの実力じゃ2回戦突破が関の山だろう。

 

 もう少し自分に正直に生きてもいいんじゃないか。彼女達との戦車道は楽しかった。理由はそれだけでいいんじゃないだろうか。

 

 

 向かい風に歩を進めるのは容易な事ではない

 

 それでも1人じゃなければ、こいつらとならもう少し進めそうな気がした。

 

「大会優勝なんて無茶なこと言ってくれる。だが乗りかかった船だ、もう少し付き合ってやるよ。大会まで時間もないが...改めて宜しくな、安斎」

 

「ア ン チ ョ ビ だ!!」

 

 

 

     だから、あと一歩前に 進もう

 

 

 

 

 


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