喫茶店長の戦車道指導譚~アンツィオ風味~   作:とらまる@

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2︰安斎千代美の本音

「よし、綺麗に片付いたな」

 

アンツィオガールズの前回のバカ騒ぎから数日後、俺は店の閉店時間を前に店内の掃除をしていた。

ここ数日、うちの一番の常連であるアンツィオ高校の戦車道チームは、他校との練習試合の為に学園を留守にしている。

 

「たしか今日の夜に帰ってくるとか言ってたし、今頃は全員疲れてぐっすり寝てるだろうな。……明日の食材、少し多めに注文しとくか」

 

そう思い仕入れ伝票を取り出す。別にアイツらがいないから寂しいとかそういう訳ではない。決して。ただ、そう暇なだけなんだ、俺が!……なんかちょっと虚しくなってきた。

ひとり寂しく自問自答をしていると、ドアの開く音がした。

 

「いらっしゃい。...ってなんだ安斎じゃねーか、久しぶりだな」

 

そこに立っていたのは戦車道チームのリーダー、アンチョビこと安斎千代美だった。

 

「安斎じゃない!アンチョビだ!あ、もう閉店準備してたのか...すまない、後日出直すよ」

 

「まだ営業時間内だ、若い奴がいちいちそんなことで気ィ使うなよ」

 

「いや、確か店長も年齢たいして変わらないよな...じゃ、じゃあ改めてお邪魔する」

 

「おう、いらっしゃいませ」

 

店内に入り、席に着いた安斎に俺はミネラルウォーターとメニューを渡した。

 

「その様子じゃ大方、家の冷蔵庫が空っぽで夕飯食べてないんだろ?何にする?」

 

「ぐぬぬ...悔しいがその通りだ。じゃあなにかお任せでパスタを頼む」

 

「りょーかい」

 

 パスタか...確かエビと野菜が何品か余ってたな。よし、あれでいくか。

 俺は湯を沸かし食材の下準備にかかった。

 

「…………」 「………………」

 

 調理をしている間、安斎は無言のままだった。こりゃ試合負けたなー。あとでそれとなく聞いてみるか。

 

「よし、いい味だ!安斎、できたぞー」

 

 少し深めの皿を用意し、料理を盛り付ける。

 

 そして完成した品を安斎の前にそっと置いた。

 熱々のスープに浸かったエビやアサリ等の魚貝類にホクホクの野菜と黄金色のパスタ。

 

「魚貝類と茹で野菜のスープパスタだ。今日の夜は特に冷えてきたからな、温まるぞー」

 

「なんじゃこりゃー!めちゃくちゃ美味しそうだぞー!」

 

「まだメニューに載せてない裏メニューだが今日は特別だ。ま、そいつ食って元気出せよ」

 

「い、いただきまーす!」

 

「はいよ、どーぞ」

 

 

 とりあえず話を聞くのは食べ終わったあとでもいいかな。

 俺は棚からコーヒー豆を取り出し、食後の安斎と自分用に2人分のコーヒーを淹れ始めた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 安斎が食事を済ませたあと、俺たちは先ほど淹れたばかりのコーヒーを飲んでいた。

 3ヶ月ほど前に別の仕事で知り合った友人の影響で、一時期はよく紅茶を飲んでいたが 今日はいい豆があったこともありコーヒーにした。

 

 中米中部にあるホンジュラスという国で生産され、フルーティーな甘さと程よい酸味でバランスのとれた逸品だ。なによりコイツはミルクとの相性が抜群にいい。

 苦いのは苦手そうな安斎にはミルク多めのカフェオレにしておいた。

 

「今回の演習試合はな...マジノ女学院との試合だったんだ」

 

 先に口を開いたのは安斎の方だった。

 

「序盤は久しぶりの試合っていうのもあって勢いで結構優勢だったんだがな、うちは一度崩れると立て直しにどうも時間がかかるんだ。惜しかったなぁ、もうちょっとで勝てたんだけどなー」

 

 マジノ女学院といえばフランス戦車を主力とする学園だったはず。正直あまり強い印象はない、言ってしまえば弱小高に入る部類だ。

 アンツィオの戦車道チームも決して強いわけではない。だが、試合の詳細こそ知らないが勝てない試合ではなかった筈だ。

 

 実際に去年の戦車道全国大会では1回戦を突破している。2回戦こそ残念であったが、強力な戦車を保持していないアンツィオなりの戦い方をした良い試合だった。

 

「今年の大会までまだ時間もある、念願の重戦車だって買えるんだろ?そう落ち込むなよ」

 

「もちろん次は負けるつもりはない!いや勝つぞ!」

 

 そうそう、その気持ちが大切だ。

 

「ただ、な。私も3年生で今年で引退だ。2年生はペパロニとカルパッチョだけだし、正直不安なんだ...。今の1年生たちにはまだちゃんとした勝ちを教えれてないんだよ、アイツらこのまま戦車道辞めちゃったりしないかなぁ...」

 

 それは初めて見る顔だった。

 彼女が今まで溜め込んでいた、アンツィオ高校戦車道チームのリーダーである総帥アンチョビではなく、たった1人の3年生 安斎千代美としての本音だった。

 

 普段は強がって、周りのメンバーに不安を見せない彼女が漏らした初めての本音だった。

 

「すまんな...喫茶店の店長になに弱音吐いてるんだ、私は。明日からまた練習を始めるし、そろそろ帰るよ。ご馳走様」

 

 潤んだ瞳を拭って残ったカフェオレを飲み干すと安斎は立ち上がった。

 

「なぁ安斎、明日の練習ってのは何時からの予定なんだ?」

 

「ん?明日は通常授業が終わったあとになるから14時くらいかな。たぶん練習の後にみんなで店に行くと思うから、よろしく頼む。あと今日のことは他言無用でな」

 

「14時ね、分かった。しっかり全員集めておけよ」

 

「??う...うん、わかった。次は勝てるようにしっかり練習するよ」

 

 その後、会計を済ませ安斎を見送り俺は店を閉めた。

 

   さて、と。

 

ーーーーーーーーーー

 

 そして次の日の昼過ぎ

 

 アンツィオ高校の校庭で呆然と立ち尽くす彼女らを前に、俺は改めて自己紹介をした。

 

「えー、今日ここを訪れたのは喫茶店キャロルの店長としてではない。短い間だが君らの戦車道教導官を務めることになった。戦車道 島田流家元が長男、島田 白兎(ハクト)だ!」

 

 これは別に昨日見た安斎が可哀想に思ったとか、俺の中の戦車道魂に火がついたとか、そういったものじゃない。

 いつも来てくれる店の常連への、ちょっとしたサービスなだけだ。

 

 一度だけ、一度だけ彼女らを次の試合に勝たせる。この子らに足りないのは自信だ。だから次の勝利で俺はほんの後押しをする。

 

「という訳でよろしく頼むな、アンチョビ」

 

 

 

     「な…な……なんだってーーーー!!!!」

 

 

 その日の彼女の声は学園中に響き渡った。

 

 


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