全国大会1回戦から数日が経った平日の昼過ぎ、俺 島田白兎は久しぶりの休みを迎えていた。
店は月に1度の定休日の日だし、アンツィオの方は明日にしか戦車が修理から戻って来ない為に訓練は明日から再開の予定だ。
「ここ最近は店以外にも戦車道の指導もあって中々ゆっくり出来なかったからなぁ。さて..これから何をしよう」
新作のメニューの試作でもしようか。それとも色んな店を食べ歩いて回るか。久しぶりに映画なんかもいいな。何にせよ明日からは更に忙しくなるだろう。...とりあえず一服してから決めるか。
煙草を咥えて火をつけようとすると、店の前で誰かが話している声が聞こえた。2階の窓から下を覗いてみるといつもの3人組の姿が見えた。
「定休日って書いてあるぞー!どーするんだ、ぺパロニぃ!」
「あ、ホントッスねー。でも姐さんだって誘ったらノリノリでついて来たじゃないッスか」
「まぁまぁ2人とも落ち着いて」
....しょうがねーなー。
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「いやー助かったッス店長!あのままだとアンチョビ姐さん泣き出しそうだったし」
「だ、誰が泣くかぁ!誰がぁ!!」
あの後俺はすぐに1階へ降り、3人を店に入れた。これ以上店の外で騒がれても迷惑だし、3人分くらいなら食材を仕入れていない今日でもなんとかなるだろう。
「お前たち学校はどうしたんだよ?まだ放課後には早いだろうが」
時刻は未だ15時前。普段なら午後の授業があっている時間帯だ。
「今日の午後は選択授業の日だったんですが私たち戦車道チームは戦車不在の為、早めの解散をしたんですよ。そのあと私たちで作戦立案しようって話になったんですが、それなら店長さんのお店で話し合った方が良いのでは。っという流れになりまして」
「なるほどねぇ。まぁ俺も明日には色々と2回戦の事を話そうと思っていたところだ。ならば丁度いい、俺の意見も話しておこう。簡潔に言うと、2回戦でアンツィオが勝利する確率は5%も満たないだろう」
「な、なんでッスか!またこの前みたいに穴掘って動き止めたりしたらいいじゃないッスか!」
「相手は毎年大会上位入賞校の聖グロリアーナだぞ。同じ手が2度も通じるような相手じゃない。それにあの時とは違って隊長のダージリンもいる、指揮能力が以前とは段違いだ」
「そんな...」
突然言い渡された現実に驚きを隠せないぺパロニとカルパッチョ。それに比べて落ち着きがあったのは安斎だ。ある程度は自分で既に予想していたようだ。
「よし、とりあえず飯でも食べるか。安斎、なにかリクエストあるか?」
「うぇえ!?じゃ..じゃあ、カルボナーラ!」
「ho capito(了解)!」
材料を取り出し調理を始める。
熱したフライパンにオリーブオイルとバターを加え、溶けてきたところにニンニクを入れ炒める。更にベーコンの代わりに小さく切ったパンチェッタ(塩漬け豚バラ肉)を投入。肉の脂がよく出てきたとこでパスタを入れ、ソースと混ぜていく。いい匂いがしてきた。
ここで火を止め、用意しておいた卵とチーズを混ぜたソースを加えしっかりとパスタと絡めていく。仕上げにパスタの茹で汁とバターを入れて余熱で溶かしながら混ぜて、最後に粉チーズと黒胡椒を振りかければ、生クリームを使わない簡単カルボナーラの完成だ。
「ほら、おまち。温かいうちに食べな」
「「「いっただきまーす!!」」」
「「「あーーー!!ずるーいドゥーチェたち!」」」
店の入り口、声のした方を見ると、そこにはいつの間に集まったのか大勢のアンツィオ1年生が立っていた。
食材、足りるかなぁ...。
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「うーん、明日は大目に食材の発注しないとなぁ」
1年生たちに料理を出し終える頃には冷蔵庫はほぼ空っぽになっていた。流石にこれ以上の来客はいない筈だ。
「すまんな、1年達も次の試合の事を話にここに来たらしくてな」
「今回は特別に1回戦勝利のご褒美ってことにしておいてやるよ。そういえば安斎、あれからブリカマとはどうだ?試合後の打ち上げで話してたみたいだが」
「あぁ、彼女とは連絡先も交換してあれからもよくメールしているよ。今度アンツィオにも遊びに来るそうだ。あと次は負けないってさ」
それなら良かった。良きライバルが出来たというところか。
「姐さーん、さっきから店長となに話してるんですかー?」 「なになにードゥーチェと店長が秘密の話してるのー?」
「べ、別にそういう訳じゃなくてだな!お前たちー!!」
「えー、なんか怪しーい!」
あーー、そういえばコイツらも女子高生だったな。こういった色恋話も好きだよな。
俺はどうもそっち系の話は苦手だしな、まぁ放っておけばいいか。
「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」 「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」 「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」 「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」
「お"ま"え"だち"ー!!」 「あ、ドゥーチェが赤くなったー!」
「ねぇ、この状況は何...兄さま?」 「あ..」
......妹がアンツィオにやって来た。
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「ねぇあの子って誰なの?」
「なんか店長の妹さんらしいよー!」
「あー、確かに少し似てるかも!目の辺りとか」
「かーわいーい!」
アンツィオの連中は、後ろのテーブル席に固まりこちらをチラチラ見ては何か話している。
しかしそんな事よりも問題は、俺の目の前にいる可憐な少女であった。
「なぁ愛里寿、機嫌直してくれよー。いちごジュースお代わり飲むか?」
カウンターに座りふくれっ面の少女。この子が俺の愛しい妹、島田愛里寿だ。怒っている顔も可愛いがここは早く機嫌を良くせねば!
確かに前からアンツィオに遊びに来るとは言っていたが、急に今日 よりにもよってこのタイミングで来られるとは...。どう言い訳したものか。
お、安斎が愛里寿の方に向かっていった。同性同士上手いこと仲良くやってくれよ!
「し、島田愛里寿といえば大学強化選手の隊長を務めている有名人じゃないか!私はアンチョビ、アンツィオ戦車道チームの隊長をしている。よろしくな!」
「チーズくさい。アンチョビくさい。近寄らないで」
あ、駄目だった。肩落として去っていった...。
「姐さん!私たちは姐さんの匂い大好きッスよー!」
「そうですよ、ドゥーチェ!落ち込まないでくださーい!」
「あうぅ...」
ドゥーチェ、めっちゃフォローされてんじゃねーか。
「兄さま、どうしてアンツィオの戦車道チームの人達が兄さまのお店にいるの?私ひと言も聞いてなかったのだけれど」
「あーー、それはなぁ..話すと長くなるんだが...」
まいったな、こんな事なら事前に電話で話しておけば良かったか。
「長くなっても大丈夫。私、今日から1週間こっちに泊まる事にしたから。よろしくね、兄さま」
「なん...だと..?」
愛里寿の突然の宿泊宣言、普段なら飛んで喜ぶところだが…うーん、これは少し厄介なことになるかもしれないなぁ..。
一体、俺の平穏な休日の予定は何処に行ってしまったのだろうか。
ーー島田白兎の慌ただしい休日は、まだ終わらない。