突然だけど、気持ちの良い夢を見た後に目が覚めたら、いつもと違う光景が目の前に広がっている。そんな体験をした事はないだろうか? あるよね、絶対に。てか、『ない』なんて言わせないから。
私の場合はね、例えば……どこかの学園でしがな学園生活をエンジョイしているんだけど、突如その学園が閉校することになってしまうの。それで、私を含めたその他多数の生徒達で閉校の危機を免れるべく、学園アイドルを結成して世の中のありとあらゆる悪を制裁。それで得た富と名声で学園を守っていく。そんな夢だったりするの。
んで、そんな痛快アクション映画みたいな出来事を夢の中で体験した後、気持ちよく目が覚めるじゃない? そしたらね、ちょっといつもと違った光景が見えた訳なのよ。そう、
----胸が大きくなっている光景を、ね。
「ふーん、それで?」
「単刀直入に言うわ。私のこの胸を元に戻してちょうだい」
「え、嫌よ」
「なんでぇっ!?」
紅魔館に隣接する大図書館。そこにて私は、友人であるパチュリー・ノーレッジに自身の身に起きた経緯を全て話した上で、なんとかこの身に起きた異変を解決する事ができないか頼んでいた。だが、今この瞬間あっさりと断られてしまった。容赦が無ぇ……。
気怠い眼差しで見つめる瞳には一切の救いがない。そんな瞳をしたパチュリーは、断った理由を話す。
「だって、そっちの方が面白いんだもの。それよりも、そっちの状態の経過を観察している方が研究する価値はあると思うわ」
「アンタは魔女かっ!?」
「魔女なんですけど……」
半ばあきれ気味に答えるパチュリー。確かに、パチュリーが魔女である事は知っている。でもなんていうか、その……そう、魔性の魔女だ。魔女の中でも性格の悪い魔女。略してマジョマジョ。……おい、今鼻で笑ったやつ表へ出ろ。
そもそもパチェとは半世紀以上にわたる付き合いだ。もう親友って呼んでも良いくらい。そんな彼女だからこそ、こういった身の上話とか他人には知られたくないような話だなんて打ち明ける事もできる。もちろん、私もパチュリーの秘密を知っている。見た目に対して、実の年齢は100歳だったりとか。全身紫色っぽくしているのは、祖先がムラサキババァと呼ばれた悪名高い大妖怪(校内限定)であって、紫色の髪の毛はその名残りとか。だが、その素性の大半は意外にも私は知らない。割とミステリアスな彼女なのである。
使い魔に小悪魔がいる。家系が実は魔王サタンの家系で、小悪魔はそこに誕生したのは良いけど生まれ持った魔力値というのが並みの悪魔の10倍以下だった為に本家から追放されたとか。その後はクロガネ・リョーマとかいった謎の人物の助言で、死ぬ気で鍛えまくった結果、剣技を極めてどっかの魔法学園に入学して『最低ランクながらも最強になった英雄』として称えられた後は卒業、そしてパチュリーの護衛任務という今の経歴にあたる。ぶっちゃけ、紅魔館内で一番強い奴だったり。……とまぁ、色々な秘密を共由しあってる仲なのである。まぁ、後半はパチュリー本人ではなく小悪魔の話になっていたのだけれどね。
そんな彼女が今日というこの日に限って、なぜだかいつになく意地悪なのである。
「アンタが魔女だって言う事は知ってるわよ。でもね、普通はさ。親友の悩みを真摯に聞いてくれた後は協力してあげるもんじゃないの!? 私とパチェの仲はこの程度だったの!?」
「半世紀以上の付き合いでしょ? この程度ではないってくらい私でも知ってるわ。でもね、ただ単に一方的にそちらだけの要求を応えるってのはフェアじゃないと思わない? 今の時代はフェアトレードでなきゃダメなのよ」
「む、ん……そう言われてみれば、そうかもしれないわね」
言われてみれば確かにそうだった。昨日の晩、あのドS咲夜のスパルタとしか言いようがない弾幕練習から命からがら逃げ切った後、疾風迅雷の勢いでパチュリーの部屋に転がり込んで咲夜の愚痴を一晩中聞いてもらったのである。
一睡もさせる間もなく一方的な愚痴に突き合わせてしまったからだろうか、よく見ればパチュリーの目の下には隈ができていた。……誠に申し訳がない。
ここまで真摯(所々、嫌味にしか聞こえない相槌も打っていたけど)に私の愚痴に付き合ってくれた親友の為にも、一肌脱いでおこうではないか。
暫しの間考えを巡らせた私は、咳払いをしてパチュリーに告げる。
「それじゃ、私とパチェでフェアになるようにパチェからも何か私に要求を出して。これで良いでしょ?」
私の愚痴に一晩中突き合わせてしまって申し分無い。だからこそ、私もパチュリーの愚痴でも何でも聞いてやる覚悟の上でパチュリーからの要求に応える。これで互いにフェアになるはずだ。
そしてパチュリーの口から放たれた言葉は、
「その乳をそこに置いてけ」
「なんかしれっと『そこに首を置いてけ』みたいな物騒な台詞が飛んできたぁーー!?」
なんとも言いようがない、滅茶苦茶で凄まじく物騒な要求であった。
これは冗談なのだろうか。親友であるパチュリーがこんな事を要求する訳がない。普段のパチュリーなら『研究で必要な素材が切れちゃったの。ナルガクルガのアレなんだけど、獲ってきてもらえる?』みたいな感じで、魔法研究の為に必要な貴重な素材を狩り取りに行く程度で済むと思っていた。けど、今パチュリーはなんて言った? 私のアレを置いてけだって? 一晩中愚痴に付き合ってもらった対価はそれで良いの? いや、良くない。 悪魔に魂を売り払うよりずっと高い対価なんですけどぉ――っ!!
「げほげほっ……ねぇ、パチェ。他にないのかしら? ほら、いつも研究で使っている貴重な素材の調達とかさ」
「あら、そんなものだったらレミィに頼む必要なんてないわ。それよか小悪魔に頼んだ方が効率的だから、遠慮しておくわ」
「……ですよねー。使い魔って、そもそもそう言う役割ですもんねー……」
「そうね。でも、そう言っちゃうと今までレミィが私にしてきた事もそうなるわよ?」
「ぐぅの音も出ないでござる……って、パチェ! アンタさり気なく私をこき使っていたとは、どう言った了見じゃごらぁぁぁっ!!」
どうした事でしょう。今まで私がパしりとして利用されていた真実が明らかになってしまった。一体いつからそんな事をしていたのか。それは不明だけど、今ここで一つだけはっきり分かっている事がある。それは目の前にいる親友は、やっぱりどう足掻こうが根性の腐りきった魔女である事だ。そんなの、あんまりだよ! あんなに一緒だったのに、それ故に心がズタズタに引き裂かれてしまうのは辛い。
「パチェ、私達はあんなに一緒だったのに……どうして?」
聖母マリアみたいに優しく、病弱で外に出る事があまりない彼女(箱入り娘とも言う)。いつも私の悩みを真摯に聞いて、最後には助言までしてくれるあの淑女堂々たるパチュリーは一体どこに。それだけに、この言葉が流れるように出てくる。もしかしたら、いつも一方的なだけの私の付き合いにストレスをため込んでいたのか。それが遂に耐え切れなくなってしまい、私に辛く当たってしまっている。そうだとしたら、ちゃんと謝りたいし仲直りだってしたい。
その時、心の中で弱気になってしまっている私にパチュリーは一言。
「いや、急に悲劇のヒロインぶられてもちょっと反応に困るかな。それと、そんなの冗談に決まってるじゃない。それぐらい察しなさいよ。半世紀以上付き合って、相手の冗談の区別もできないなんて紅魔館の主として失格よ?」
「冗談……それは本当よね? 絶対に本当の本当だよね? 嘘じゃないよね!?」
「確かに私は時々意地悪したりもするし、そりゃ魔女なんだからそういった一面がチラリと垣間見える事もある。でもね、これだけは言わせてちょうだいレミィ。私と貴女の友情は、半世紀以上に渡って築き上げたものよ。決して崩れる事のない固い絆で結ばれているんだから」
「……っ!! パチェっ!!」
その言葉を聞いて私は居ても立っても居られず、パチュリーの胸に思いっきり飛びついた。ふんわり柔らかな胸と爽やかな花の香り。お日様で干した時の布団のような温かみのある香り。それこそまさしく、聖母マリアを彷彿とさせる所以であった。その温もりに酔いしれてしまったのか、涙が零れ落ちてくる。
「ちょっとレミィ……ったく、もう。そういう所はまだ子供なんだから」
「うぅ、ありがとう……パチェ……ぐすっ」
私は感謝の言葉を述べた。
こうして暫くの間、パチュリーの胸に顔を埋めて涙が枯れるまで私はひたすら泣きじゃくった。紅魔館の主としてではなく、この時ばかりはただ幼い女の子として。何時までも――――
「所でさ、レミィ」
「ぐす……なぁに?」
パチュリーの胸に埋めた顔を私は少しだけ上げる。すると、そこには聖母さながらの穏やかなオーラを放ちつつも神妙な顔でいる彼女。そんな彼女は私の顔を覗きながら一言、
「今はいっぱい泣きなさい。そして、泣いたあとは私の洋服を洗ってちょうだい。これが私のレミィへの要求ね」
「……っ!! ……本当に、ありがとうパチェ。貴方は最高の親友よ」
「あ、それと」
「なぁに?」
「非常に言いにくいんだけど……うん、やっぱり友として言うわ」
先ほどからとても心にぐっとくる言葉を連ねるパチュリー。それは半世紀以上に渡って築き上げられてきたからこそ出てくる、彼女の真心であり本音であった。それを聞けた私はパチュリーとの友情を、改めて確認できて心の底から嬉しい。止みかけていた涙が再び流れ出す。さっきから嬉し泣きしてばっかりで、体中の水分が搾り取られている感じもする。けど、それでいい。なんせ、私とパチュリーは最高の――――
「その乳置いてけ」
「最初からそれ目当てか!? てか、ここまで良い流れで来てたのに普通ぶち壊す!? アンタは魔女か!?」
「いや、魔女なんですけど」
――――親友、なのだから。
今回は短めです。前回を長く書いてしまった分、その反動だと思います。
それはともかく、今回は友情をメインになるべく迷走しないよう心掛けてみました。読んでくれたら幸いです。