さて、こんな前置きはさておいて。今話からラストスパートに向けてガンガン行きます! 楽しんで読んで頂ければ幸いです。
朝目が覚めると、目の前に筋肉モリモリマッチョマンの変態さんがいた。果たしてそれは、日常的な光景なのであろうか。否、そんな事はない。大抵の人達の一般的な朝の迎え方というのは、静かに陽が差し込んでそれを機に布団の中でモゾモゾしながら起き上がるものだ。
また、館など豪邸を持ち合わせている者ならば召使いなどによるモーニングコールがあるはず。ちなみに私もその類に含まれる。……が、咲夜の起こし方はとてもバイオレンスなものであって、モーニングコールと呼ぶには生温い。敢えて言うなら、バイオレンスコールだ。下手すれば死に至る。……それが、私の日常的な朝の迎え方と言えば誰もが十中八九、それは無いだろうと答えるに決まっている。でも、それが私の日常的なの。
んで、話が逸れたけど今回はいつも通りの朝を迎える事ができないでいた訳である。原因はさっきも言った通り、目の前にいる変態さんであった。
「んー……それにしても変ね」
じーっと、見ていると幾つか不可解な点が見えてくる。オイルでも塗ってるのか、照り光る黒肌。朝の日差しが跳ね返り、私の網膜を焼き尽くそうとする程のてかり具合だ。そして触角のようなつけ物。時々ぴょこりと動いたりする。まるでアレだけ独立してる別の生き物か何かだ。
でもやっぱり気になるのは、どうやって侵入してきたのかであった。
我が紅魔館には、ゲートキーパーである美鈴が館の入り口にある大きな門を看守している。館には裏口と表口の2箇所の出入り口が存在している。客人などを招いたり普段使ったりしているのが表の入り口であり、そこに門番を配置して24時間常に監視の体制でいる。裏口は咲夜が常に監視をしている。ダブル体制であるのだ。門前の龍と後門の殺人メイドとでも言った所ね。ひとたび領域内に一歩でも踏み込めば致命傷は免れないわ。
そんな厳重な監視下を潜り抜け、なおかつ私の部屋にまで侵入しているとなるとそれはもう……余程の者なのかもしれない。そんな考えが脳裏をよぎるのである。
だから私は慎重になるべく相手を刺激しないように問い尋ねてみる事を試みる。
「とりあえず、貴方はどこから来たのかな?」
「……じょうじ?」
「へ、へぇ……ジョージって所から来たのね。……それで、私の所に何用があって?」
「じょうじ」
「用事ね。ちょっと口を噛んだのかじょうじって言っちゃってるよ」
「じょ? じょうじ。じょじょじょじょーじょ、じょーじ」
「……って、さっきからそれしか言ってないじゃない!? なんなのアンタ。やっぱりただの変態? てか、よく見れば服着てないじゃん! それにアソコがもろ見えやん! 隠せや!」
だめだコイツ。人の形をしたただの変態だった。じょうじという言葉のみしか発する事のできない脳筋野郎だ。なんかたまにボディビルの人みたいな変な決めポーズとるし。もう何なのコイツ。気持ち悪い。
話し合って平和的解決を試みた私であったが、結局コイツは一つの単語しかしゃべる事ができないという事実を突きつけられあっけなく終わる。さて、かくなる手段といえば――――。
「咲夜ぁぁぁっ!!」
みんなは小さい頃、こんな事を大人から教わったではなかろうか。変な人に絡まれたら、即座に大声で周囲に助けを呼ぶ。多分、そんな事を教わったであろう。私も幼い頃に母から教わっている。例外はいないはずだ。……てなわけで、私は大きな声で咲夜を呼ぶ。普段のアイツは嫌な所ずくめだけど、今は非常事態。こんな時ぐらいしかまともになってくれない。……それはそれで悲しい事ではあるけどね! いや、単に私のカリスマがなくなってしまったからとか、そんな事が理由ではなかったりするけど。多少なりありはするけどね。
私の悲鳴にも似た声を聞きつけ、彼女は即座にやってきた。時間にして1秒って所ね。
「どうしましたかお嬢様!? ……って、そこにいるのは何奴っ!?」
「じょうじ!!」
「それが貴様の名前かどうか定かではないが、とりあえずお嬢様の部屋に無断で……いや、この紅魔館に侵入した時点で貴方に命は無いわ。さぁ、おとなしく地に埋もれなさい!」
そう一喝すると、咲夜はナイフを投げつけた。一投だけに見えたそれは、瞬く間に数十本へと増えていた。どんなカラクリが働いているのか。それはまた後ほど話すとしておいて。
数多の凶刃の雨を前に、変態はキョトンとした顔で立ち呆けている。そのまま全身に当たる……その瞬間、私達は驚愕の光景を目の当たりにした。
「ぶるじょぉぉぉうじっ!!」
新たな二言を発した変態。数多のナイフを両手で全て掴み取るのであった。……ぶるじょうじってなんだよ。ブルジョワ言おうとしてしくじったのか。何だか知らないが言い知れない憤りを感じた。
「テメェ、今私を侮辱するような事言ったろ!? ぶっ殺してやらぁー!」
「お嬢様、そこに立たれては邪魔です! 私の獲物に食われたいのでしたら別に構いませんけど。今は状況が状況! こんな事で私情に流されるなこの合法ロリ!」
「誰が合法ロリよ!?」
謎の憤りは昨夜の思わぬ発言により収まる。……ナイス咲夜。と言いたい所だったけど、合法ロリは余計な一言だった。やっぱりアイツ、こんな事態でも私を弄る事を忘れないだなんて。冷静にさせようとしてんのか逆に腹立たせようとしてるのか、その辺よく分からないラインで言ってくる辺りマジで際どい。ドSの極みだな!
「じょぉぉぉおおおうじ!!!!」
雄叫び(じょうじしか言ってないから、そもそも雄叫びかどうかすら分からん)を上げながら突進してくる変態。咲夜はそれを華麗に避ける。獲物を見失った変態は勢い良く壁に衝突する――――と、思われたが。
「うぉんどりゃああああ!!」
2度目の『じょうじ』以外の言葉を発した直後、180度身体を方向転換させて再度咲夜に迫ってきたのであった。
「な、嘘でしょ! あの体勢から……ですって!?」
そこまで予測していなかったのだろう。咲夜の顔は驚愕で染まっていた。
距離も短くて方向転換できないような空間でそれをやってのける変態。それはもう……変態の極み。キング・オブ・ザ・変態そのものである。
「いいえ、咲夜。それだけしゃないわ。ヤツは……何かとてつもないモノを秘めているわ」
「それは重々把握しています。私の獲物がヤツに届くかどうかすらよく分からない。……それほどまでにヤツは得体の知れない何かを秘めています。なんというか、身近にある恐怖に似たような感覚――――っ!?」
何かの答えに辿り着きそうなその瞬間、咲夜の腹部に変態の拳が突き刺さる。一瞬の不意を突かれた咲夜はなす術なく、壁に埋もれるのであった。
「がはっ……」
「じょぉぉぉおおおうじぃぃぃ!!!」
そこに間髪入れず変態による拳の雨が降り注ぐ。重圧な音が鳴り響く。咲夜は無防備でそれらを受ける。あの咲夜がである。これじゃまるで、ただの案山子じゃない!
「やめろぉ!! それ以上咲夜を傷つけるなぁ!!!」
気が付けば、私の身体は勝手に動いていた。あんな無残な光景を見せつけられておいてなす術無し。……そんなの、冗談じゃない! そもそも、ここは紅魔館。咲夜は私の従者。そして、私はこの紅魔館を統べる主レミリア・スカーレットである。今は吸血鬼としての能力、カリスマを失ってはいる。でも、この事実だけは変わらない。力なんざなかろうが、私は私なんだ。
奴の面に思いっきり私の拳を入れる。メリメリとめり込んだ刹那、奴は咲夜と反対の壁まで吹き飛ぶ。
「……あれ?」
今の一撃に違和感を感じ取る。私は今、吸血鬼ではない状態な筈。それなのに、あの変態を吹き飛ばせた。この状況が理解できない。怒りに身を任せた単なる偶然の1発か。それとも単に火事場の馬鹿力ってやつなのか。湧き上がってくる謎の感覚の正体はいざ知らず。しかし、1つだけ理解できた事がある。それは、今の私ならあの変態をフルボッコにできるかもしれない。
「……それよりも、咲夜っ!」
私は咲夜に駆け寄る。勿論、傷の状態を確認するためであった。
重い連撃をまともに喰らい、気を失っている咲夜。全身打撲で意識はまともに無い状態。恐らく、今ので完全に気を失っている。それはそうだ。いくら鍛えてるとはいえ、咲夜は1人の人間。変態の拳を何発も耐え抜くような構造にはなっていない。むしろ、あれだけの数を受けて虫の息でいられているのが奇跡だ。
「傷の状態は……まぁ、パチェの治癒魔法でどうにかなりそうね。よし」
踵を返すと、そこには埋もれたまま動かないでこちらの様子を伺う変態の姿。ピョコピョコ動く触覚じみたモノを見ていると、憤りが込み上げてくる。
「……よくも咲夜をこんな状態にしてくれたな。お前、生きて帰れると思うなよ?」
「じょぉう………」
ヤツの顔を鷲掴みする私。そのまま指に力を込める。今ならできる。秘技、スカーレット・アイアンクロー。顔や名前も覚えていない生みの母の技。昔はいけない事する度にコレにお世話になったものです。ちなみにその威力は邪神を苦痛に悶えさせられるとか……。
「じっ……んギィァァァああっ!!」
悲鳴を上げる変態。ジタバタ暴れ回り抵抗するが、私の小さな手から逃れる事はできないでいた。
「このままこうやって、頭を握り潰すのも悪くは無いわ。でも、貴方にはそんな安っぽい死に方なんてさせないから」
「……!?」
一瞬凍り付く変態。ヤツの耳元でゆっくりと囁きかけるように言葉を紡ぎ出す。
「さぁ、素敵なパーティーの始まりよ」