もしもネギま!の世界に悪魔の実があったら   作:リョーマ(S)

49 / 93
46. 第二回戦、開始

 

 

 

 まほら武道会の会場では、能舞台(リング)の修繕が終わり、いよいよ第二回戦が始まろうとしていた。超のネット工作が功を奏したのか、口コミによって第一回戦よりも観客が増えている。龍宮神社の入口やリングの周りでは、まるで初詣のように人があふれていた。

 

「うわぁ、客多いなぁ」

 

 選手席ではすでに明日菜や古菲たちが試合が始まるのを待っていたが、皆よりも後に救護室を出た総一とエヴァンジェリン、チャチャゼロの三人(二人と一体)は、観客たちに行く手を阻まれていた。

 

《さぁー、それでは第二回戦第一試合を始めたいと思います》

 

「やばっ、もう始まる!」

 

 朝倉のアナウンスが聴こえ、総一は焦り始めた。そしてそれを見て、エヴァンジェリンは目を細めた。

 

「お前が出る試合でもあるまいし、別に焦ることもないだろう」

「そうだけどさ、他の試合も見たいじゃん」

「俺モ見テェーゾ、御主人」

 

 エヴァンジェリンはやれやれと首を振った。総一と違い、もう彼女には試合はないが“後の試合”を見るために、まだ会場に残っていた。

 総一はなんとかして通れないかと周りを見渡した。だが、どこも観客が集まっていて、人が通れるような道はない。

 

《クウネル・サンダース選手と村上小太郎選手、両者リングに立ちました。それでは第9試合、Fight!!》

 

 どうやって行こうかと考えている内に、試合が始まってしまった。早く試合を観たいためか、チャチャゼロは総一のコートを伝って、彼の頭に乗った。

 ぎりぎり見えた試合の様子を見て、チャチャゼロは「ケケケ」と笑った。

 

「アノ餓鬼、アレジャ五分トモタネェーナ。マ、アイツガ相手ジャ仕方ネェーカ」

 

 チャチャゼロの呟きに、総一は「えっ?」と間の抜けた声を出した。

 

 

 リングではアルビレオが小太郎の攻撃を軽く受け流していた。微かに見える口元からはニヤリと笑った表情が見てとれる。

 対して、小太郎の顔からは焦りの色が窺えた。初手の瞬動による攻撃を見切られ、打ち込まれた反撃が彼の気力をごっそりと削いでいた。いま行っている分身による多角攻撃もことごとくかわされている。

 小太郎は自棄(やけ)になり狗神を使ったが、それも全くと言っていいほどアルビレオには効かなかった。

 やがて、小太郎はボロボロに傷つき、リング上に倒れた。相手に手も足も出ない不甲斐なさ、そしてなによりも、決勝で戦おうとネギ(ライバル)に誓った約束を守れない自分が嫌だった。

 目元に涙を滲ませながら小太郎は手を握りしめた。すると心なしか髪の毛が長さを増し始め、色が変わり始める。それは彼が体を獣化させる予兆だった。

 だが、突如襲った強い重力に彼は意識を無くした。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「あっ、終わっちまった!」

 

 試合が終わるのと総一達が選手席に辿り着いたのは、ほぼ同時だった。

 小太郎が担架で運ばれ、係員はリングの修繕に入っていく。例によってアルビレオは姿を消していた。

 

「師匠、遅かったアルネ」

「あぁ、観客の壁がなかなか越えられなくてな」

 

 総一達が選手席に行くと、古菲や明日菜達が心配した面持ちで運ばれる小太郎を見ていた。

 

「あの子、ネギと決勝で戦おうって約束してたのに……」

「えぇ、とても無念でしょうね」

 

 明日菜の言葉に刹那は頷いた。

 

「私、ちょっと様子みてくる」

「やめておけ」

 

 救護室に向かおうとする明日菜を、エヴァンジェリンが止めた。

 

「なんでよ?」

「勝負に敗れてその上同情された男が、どれほど惨めな気持ちになるか考えろ。お前がその辺を察しているなら止めはしないがな」

「あ、うっ……」

 

 明日菜は言葉を飲んだ。

 

「ヤツの事はほうっておけ。下手に話しかけても、逆に傷つくだけだ」

 

 煮え切らない思いに明日菜は手を握りしめた。エヴァンジェリンの言うことも理解できたが、このまま何もしないのもどこか薄情に思えてならなかった。

 そんな中、総一は楓がどこかへ行こうとするのを見た。

 

「どこ行くんだ?」

「なに、少し用事を思い出したでござるよ」

 

 それだけ言うと、楓は去っていった。総一は特に気にせずにリングを直している係員達に視線を写した。

 

 

 やがて、壊れたリングが改修され、試合が再開された。

 

「あれ?」

 

 総一はキョロキョロと辺りを見回した。

 

「そういえば、ネギ君は?」

「あそこネ」

 

 古菲が指した方に目を向けると、ネギが解説席の横で長谷川千雨と何かを話していた。

 

「何を話しているんでしょう? とても慌ててるように見えますが……」

 

 刹那と同じように、明日菜は首を捻ったが、彼らの声が聴こえるはずもなく、疑問だけがつのった。

 総一には粗方の予想がついたが、ずっと口を閉じていた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

《では、リングも修復されたところで、第二回戦第二試合を始めたいと思います!》

 

「よーし、行くアル!」

 

 古菲は拳を握りしめた。

 

「気を付けろよ」

「うむ! 相手はあの楓アルからな、全力で戦ってくるネ!」

 

 声をかけた総一に応えると、古菲はリングに立った。すると何処からか飛んできた楓が彼女の前に降り立つ。楓の登場の仕方に観客たちは驚いたが、朝倉は気にせずに試合を始めようと、手をあげた。

 

《さぁー、両者リングに立ちました。選手はもはや説明不要! 中武研部長、古菲選手!!》

 

 朝倉の紹介に古菲のファンらしき観客達が歓声をあげた。

 

《対しますは、忍んでない系忍者少女、長瀬楓選手!!》

 

 観客の中から「本当に忍者なのか?」「いや、昨日の予選凄かったんだって!」「分身の術使ったんだぜ!」「ウソだぁ」というざわめきが聴こえてくる。

 だが、そんな観客席とは違い、リング上の二人には緊張感が漂う妙な静けさがあった。

 

「古、加賀美殿との修業で腕をあげたようでござるな」

「うむ、けどまだまだネ」

 

 古菲は拳を合わせた礼をした後、構えをとった。

 

《それでは第10試合――》

 

「私はまだまだ強くなるヨ。だからこの試合、負けるつもりはないアル」

「では、手加減はなしでござる」

 

《――Fight!!》

 

 

 朝倉の開始宣言とともに、古菲は瞬時に楓に迫った。

 距離をつめると同時に肘を前に突き出す。その姿は彼女と戦う者にとってもはや見慣れたものだった。そして、よく見ているからこそ楓にとってそれは避けるに容易いものだった。

 楓はすれ違うように移動して古菲の攻撃を避けた。

 しかし、古菲は中国拳法独特の円の動きを使い、またすぐ楓に攻撃した。突き、振り拳を四、五発。だが、どれも楓に手首を打たれ、止められた。続けて古菲は大きく回し蹴りを振る。楓は距離をとってそれを避けた。

 古菲は瞬時に足を地に付け、さらに間合いをつめた。彼女は楓の顔の高さまで跳び上がると、蹴りを三連撃放った。

 

(……速いでござるな)

 

 楓は冷静に古菲の攻撃に対処した。かなり攻撃的に攻めて来る古菲とその速さに軽く虚を衝かれたが、受け流せないほどではなかった。

 しかし、だからと言って楓に余裕があるわけでもない。彼女にはここまでの攻撃の中で、古菲の技の速さ、パワーが以前とは比べ物にならないほど上がっているのが分かった。

 

(油断は禁物でござるな……)

 

 楓は反撃に出た。古菲の拳の連撃をいなし、掌底を打ち込んだ。

 だが、その手は古菲の体につく寸前で、受け止められた。楓の手を両手で巻き込むように取った古菲は柔術技を使い、楓の手を捻って体を宙に浮かせた。そして胴部に気を纏った蹴りを突いた。

 楓の体が勢い良く飛び、リング上に転がった。

 

「ふむ、見事でござる」

 

 突然、古菲の後ろから聴こえてきた声に、彼女は目を閉じてうっすらと笑った。そして振り返ると、なんとそこには四人の楓がいた。

 

《でたーー!! 分身の術ッ!》

 

 待ちわびたと言わんばかりに、朝倉の実況に熱が入った。観客も全く同じ姿をした楓の分身を見て、驚きのあまりざわざわと騒ぎだした。

 

「では、次は拙者の番でござる」

 

 楓は細い目を少し開眼し、古菲を見た。それを見た古菲は頬を緩ませ、構え直した。

 

「かかって来るヨロシ!」

 

 二人の楓が足を動かした。すれ違うように放たれた彼女の攻撃に古菲は体を反るように動かしてよけた。

 古菲は四人の楓に囲まれる形になった。

 

「一対四アルか」

 

 そう言って、古菲は腕を舞うように動かし、構えを変えた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 これは古菲がエヴァンジェリンの別荘で修業していた時のこと。古菲は総一とチャチャゼロの二人を相手に戦ったことがあった。

 場所は塔天辺の広場。古と総一は素手、チャチャゼロはナイフを得物にしている。

 総一とチャチャゼロの間にコンビネーションがあるわけではないが、それでも、自分以上の実力を持つ二人を同時に相手することに、古菲は苦戦を強いられていた。

 

「くっ!」

 

 チャチャゼロのナイフをなんとか捌いている古菲だが、その表情が晴れることはない。チャチャゼロのナイフを振る速度はかなり速く、それでいて裏手に持ち変えたり体を旋回させたりと、不規則に動き剣筋が読めない。それにその攻撃を止めても、すぐに総一の攻撃が来る。しかも、それは視界の内から来るとは限らない。古菲は総一とチャチャゼロ両者に意識を割かざるをえなかった。

 古菲はチャチャゼロの両手を払いのけ、懐に拳を入れようと体を動かした。

 

「オッ」

 

 チャチャゼロ本人も古菲の手捌きに感嘆としたような声をもらし、一瞬身を構えた。

 だが突然、チャチャゼロの姿が古菲の視界から消えた。

 古菲の体が重力に従って、地面へと落ちる。足に走る痛みと視界に映った総一の姿を見て、古菲は自分が後ろから足払いを受けたことに気づいた。

 

「ぬっ!」

 

 古菲は顔を歪めながら、手をついて体勢を立て直そうとした。

 

「ケケケッ」

 

 そこへ奇怪な笑い声をあげたチャチャゼロが追撃にかかる。古菲の体を突き刺すように刃を下した。

 古菲は地面に手をつき、バク転をする形で二人の間から離れ、間合いを取った。

 

(ソル)

 

 古菲が二人と向き合うと同時に、総一が視界から消えた。彼女は総一の残像を追うが、そうしている間にチャチャゼロが距離を詰めてきた。

 ナイフが三回横振りされ、古菲は後ろにさがった。チャチャゼロはさらに斬りつけようとしたが、古菲に手を押さえられ、その衝撃で右手に持ったナイフをどこかに飛ばしてしまった。

 

「チッ」

 

 チャチャゼロは笑みを消して舌打ちした。

 古菲はそのまま腕を回してチャチャゼロの手を取り、引き寄せて掌底を当てた。チャチャゼロの体はまっすぐに宙を飛んだ。

 古菲はすぐに周りを見て総一を探した。しかし、三百六十度どこを見ても彼は見当たらなかった。

 

「おーい、どこ見てるぅーー?」

 

 上から聴こえてきた声に、驚いた古菲はすぐに顔を上げた。

 そこには足を振り上げ、今にも蹴り落とそうとしている総一の姿があった。

 

「むっ!」

 

 古菲は目を見開き、急いで腕を交差させてそこに気を集中させた。

 総一の足が古菲の腕に振り落とされた。彼女の体に重々しい力が襲う。古菲は腰を落とし、重心を安定させて総一の足をはじいた。

 総一はすぐに反対の足を大きく横に振る。そしてさらに握りしめた拳を六発ほど突いた。古菲は肘を軸に手で円を描き、それらすべて受け止めた。

 すると、次に総一は後ろに下がった。だが、すぐに地面を蹴り、古菲に迫った。

 

鉄塊(テッカイ)・輪天」

 

 体を鋼鉄に匹敵する強度に変え、総一は側転をしながら古菲に蹴りを振り下ろした。まっすぐ伸びた脚は次々と地面を抉って行く。古菲ははじめ後ろにさがって蹴りが当たらない程度に距離を取っていたが、やがて隙を見て横にずれることで総一とすれ違い、身をかわした。

 総一は鉄塊を解き、着地を決めた。

 

嵐脚(ランキャク)

「うくっ!」

 

 迫りくる斬撃に古菲は反射的に足を動かし、上に飛んだ。

 

「ケケケ」

 

 しかし着地した時、古菲の後ろからチャチャゼロのナイフが襲った。

 チャチャゼロの笑い声に反応して、古菲はすぐ振り返った。古菲は目を見開き、すぐに対処しようとしたが、彼女の眼前にはすでにナイフの刃が迫っていた。

 

(斬られル!)

 

 古菲がそう思った瞬間、眉間につく寸前でナイフが動きを止めた。

 

「……あっ、うぅ」

 

 古菲は狼狽したような声を漏らした。ナイフは変わらず、彼女の目の前で止まっている。少しでも顔を近づけようものならば、斬られてしまう距離だ。

 ナイフが止まった理由が分からず、古菲は眼だけを動かしてチャチャゼロを見る。

 視線の先では、チャチャゼロの小さい手が総一の手によって止められていた。

 

「はいはい、ストップね」

 

 手首を掴まれたチャチャゼロの体は重力に従って、ぶらんと垂れ下がった。

 

「チッ、アト少シダッタノニヨ」

「だから、殺すなっつーの!」

 

 総一はチャチャゼロのナイフを古菲の前から遠ざけて彼女を地面に下した。

 

 

 

「一対二はきついアルヨ」

 

 古菲は大きく息を吐いた。

 

「お前、毎朝、脳筋ども相手に戦ってるだろ。複数を相手にした戦いは慣れてんじゃないのか?」

「レベルが全然違うアル」

 

 荒れた呼吸を整え、古菲は背筋を伸ばした。その横ではチャチャゼロが「当タリ前ダロ」と退屈そうに地面に座っている。

 古菲は「はぁ」とため息を吐いた。

 

「この調子で本当に『覇気』が身につくアルカ? 鍛練にはなるアルけど、全く手応えがないネ」

「そのうちな……それよりお前、“自分一人 対 ほか多数”の戦い方、知らないのか?」

「何アルカ、それ?」

 

 古菲は首を捻った。

 

「敵が複数いる時にも色々と戦い方ってのがあって、味方が自分一人でそこそこの力を持った相手複数と戦う時は、視野を広くとる必要がある。一対一(サ シ)と違ってさっきみたいに後ろに回り込まれたりして相手が前にいるとは限らないからな」

 

 古菲は「ふむふむ」と同意するように頷いた。

 

「んで、周りを見るにあたって、人間の眼の作り的にどうやっても死角ができる。敵のレベルが低ければ大したことじゃないけど、互角以上となると攻撃するのにも意識を割くから、どうしても周りの状況を――死角は特に――察知するのが遅れる。さっきみたいにな」

 

 総一がそう言うと、古菲は眉にしわを寄せて「なははは」と惚けたように笑った。

 

「一人を相手にしてるときに他の誰かから攻撃受けちまったらアウトだ。だから周りをよく見て、他の奴らが攻撃してきたら、攻撃している途中でもすぐにそれをかわす体勢に入る必要がある」

「うむ。そのために必要なのが『見聞色の覇気』アルネ」

「そういうこと。あと、一対多数の時の戦い方の基本だけどな――――」

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

(『視野を広く』『勝負は急がず』『弱いヤツから倒す』。ホント、師匠の言う通りアルネ……)

 

 楓の攻撃を受け流しながら、古菲は前に総一が言っていたことを思い出していた。覇気は使えていないがその言葉のおかげか、彼女は楓の多角的な攻撃をうまく捌くことができ、隙をついては反撃を当てていた。

 今、楓は分身体で正面と後方から古菲をはさむように攻撃をしかけた。だが、古菲は高く跳び上がり、百八十度体を廻して蹴りをあびせ、前と後ろの楓を一掃した。

 古菲のファンも彼女の勇姿に涙を流していた。

 

「楓ちゃんもだけど、古菲もスゴい」

 

 明日菜が呟いた。彼女の隣にいる刹那や解説席の横にいるネギも感嘆とした眼で古菲を見ている。

 楓もやられてばかりではない。本体とほぼ同等の質量を持つ分身が放つ攻撃は、少なからず古菲にダメージを与えていた。

 

(速さや力だけではないでござるな……。明らかに前よりも実戦馴れしているでござる)

 

 楓の本体が横目で総一を見た。

 

(加賀美殿との修業の成果がこれほどとは……)

「よそ見はダメアルヨ。楓!」

 

 古菲のその言葉を聞いて、楓の本体がピクリと反応した。楓が目を向けると、戦っている古菲と目が合った。

 それを見て、古菲は自分の見ている楓が本体であることを確信した。

 

「ホァーチャーーッ!」

 

 気を込めた古菲の拳が楓の本体に直撃する。“五体いた”分身は姿を消し、楓の体はリング上を転がった。

 

《長瀬選手、ダウーーンッ!!》

 

 朝倉の宣告に、観客が一斉に声を上げた。

 

「いやはや、まさかここまで強くなっているとは……!」

 

 楓は受け身をとって起き上がり、乱れた服装を整えた。よく見ると服の所々が破けている。

 

「ふふぅ~ん、楓も修業が足りないんじゃないカ?」

 

 古菲は足を一歩下げ、拳を突き出す構えを取った。

 

「どうやら、そのようでござるな……できれば後学のため、もう少し見ていたいところでござる」

 

 楓は指を二本立て「忍」と、また分身を出現させた。だが、今度の数は五体ではなく、十五体――つまり、本体も含め、十六体の楓が古菲の前に現れた。

 

《ついにキターー!! 十六分身だぁ!》

 

 それを初めて見た周りの観客は驚きの声をあげた。その分身の数に古菲も思わず「アイヤー」と声をもらした。

 

「行くでござるよ、古!」

「……上等ネ!」

 

 楓の分身の何体かが跳び、地上と空中から古菲に迫った。

 古菲は身体をうまく動かし、楓の攻撃をかわしていく。先程とは比べものにならないほどの攻撃回数に、彼女はリング上を動き回った。だが、その表情にはどこか余裕があり、むしろ楽しんでいるようだった。

 やがて、古菲は拳を握りしめ、しっかりと重心を置いた。そして“瞬動”を使い、一瞬で楓の懐に入った。

 

鉄塊崩拳(ティエ・ポンチュワン)

 

 拳を打ち込まれた楓(分身)は他の分身をも巻き込んで吹き飛んだ。そして吹き飛んだ楓の体は観客席の屋根をも破壊した。

 幸い観客達に被害はでなかったが、屋根を抉った――しかも間接的に――その威力に、楓の本体は苦笑いし、周りにいた観客も思わず口を半開きにして唖然とした。

 

「なに、あの技!?」

 

 明日菜が叫んだ。隣にいる刹那や高音達もその強さを見て驚愕していた。だが、その中でただ一人、総一だけが平然とした様子で試合を見ていた。

 

「俺の“鉄塊(テッカイ)”を破るためにあみ出したらしい。アレ喰らったことあるけど、(あばら)二、三本もってかれたよ」

「サラッと言いますね……」

 

 さらっと言った総一に刹那は顔を引き攣らせた。

 しかし、いくら強力な技を放とうと本体に当たらなければ意味がない。楓がまた分身を増やしたことで、再度古菲の前に十六人の楓が現れた。

 

「キリがないアルネ」

 

 古菲は警戒の構えを取りながら、眼だけで周りを見た。だが、今の彼女に本体と分身を見極めるすべは無い。さっきのような“奇襲”も、もう通じないだろうと、古菲は眉をひそめた。

 古菲が思案を巡らせている中でも楓の攻撃は続く。その攻撃は策を練っている今の古菲にとっては、避けるだけで精一杯なものだった。

 そんな猛攻を避けている中、古菲の視界に楓の1体が上空で手に気を集中させているのが映った。

 

「なっ!!」

 

 その“気の弾”の大きさに古菲は思考を中断して、慌てて倒れるように移動し、受け身をとった。

 周囲に走る衝撃と共に、爆煙が広がった。

 

「ふぅ~、危なかったアル」

 

 広く視野をとるクセが付いていなければ、やられていたかもしれない、と古菲は額の汗をぬぐった。

 

(ホンモノを捜しながら戦ってたらダメアルネ……けど、分身を倒してもあまり意味がないアルし……)

 

 

『目で追ってるからそうなんだよ。気配で探れ、気配で』

 

 

 ふと、古菲の脳裏に総一の声が過った。

 いきなり聴こえた“記憶の声”に、古菲は驚きから目を広げ、ピクッと顔を上げた。

 

(……そうか、分かったアル)

 

 やがて、その驚いた顔は笑みへと変わった。

 煙が晴れると、古菲は立ち上がり、掌を前に出して構えをとった。

 だが、その“まさかの行動”にそれを見た全員が驚きを隠せなかった。観客席からは狼狽した声が広がった。

 

《あぁーーと、古菲選手どうしたことか! いきなり目を瞑ってしまったァ!》

 

 朝倉の実況を聞いて、選手席の一部も首を捻った。楓もその行動に疑問を抱き、注意深く様子を見ている。

 

「あれは……?」

 

 古菲の行動に既視感を感じた刹那は思わず声をもらした。そしてその横で総一やエヴァンジェリンは彼女の狙いに気付いた。

 

「“見聞色の覇気”……使えるのか?」

「……さぁーな、修業の時はほとんど使えたことなかったけど」

 

 エヴァンジェリンの問いに、総一は首を傾け、「でも、見てりぁ分かるでしょ」と彼女の目をリングへ促した。

 古菲は目を閉じて、気配を探ることに神経を集中させていた。

 

(どれだけ分身を増やしてもホンモノの楓は必ず一人アル。『生き物の気配』は分身にはマネできないはずアルネ)

 

 古菲の視界が真っ黒に染まり、耳から入る音はぼやけていく。やがて代わりに、楓の気配や周囲の空気の流れがひしひしと伝わってきた。

 

《古菲選手、目を閉じたまま全く動きません! その行動に、長瀬選手も慎重になっているようです。……さぁ、ここでまたもや残り時間が5分となりました! この勝負、一体どうなってしまうんでしょうか!!》

 

(考えても仕方ないでござるな……)

 

 間合いを取っていた楓が動いた。

 

(来る!)

 

 古菲の背後に楓の分身が腕を上げて現れた。指をまっすぐ立て、手刀の打つ構えだ。

 楓は古菲の首へ、手を振り落とした。

 しかし、古菲が重心を下すように動いたことで、楓の手刀は空を斬った。

 楓の攻撃は続く。残り十五体の楓も一斉に古菲に向けて攻撃をはじめた。古菲はリング上で舞うかのようにそれをかわしていった。

 

《こ、これは!! 長瀬選手の考えてることが分かっているのか!? 古菲選手、目を閉じているにもかかわらず、次々と攻撃をかわしていく!》

 

『『おおぉぉーー!!』』

「菲部長ォ!!」

「一生ついていくッス!!」

 

 古菲のはなれ技に観客の興奮は高まり、歓声が空気を震わせた。

 

「すごい、さすが古老師!」

「……ありえねぇ」

 

 ネギは気持ちを高ぶらせ、その横で千雨は戸惑いを見せた。

 

(流石、楓ネ。気配がほとんど感じられないアル…………けど)

 

 古菲は楓の気配のひとつに狙いを定めた。やがて、その楓が迫ってきて掌底を突いてきた。

 だが、古菲は掌底をかわし、その伸びた腕を手で包むようにとった。

 

「ぬっ!?」

 

 今までよけることに徹していた古菲が突然腕をとってきたこと、そして本体を的確に捕らえたことへの驚きから楓の眉がピクリと動いた。

 

「ホンモノ、見つけたアル!!」

 

 古菲はとった楓の腕を中心に、体を回転させ、手の平で楓を押した。

 

見聞掌(ジャンウェンザン)

 

 打ち込まれた楓の体は一直線に後ろに飛んだ。

 楓は床に足をつけ、なんとか踏みとどまる。しかし、すぐに彼女の眼には拳を握りしめた古菲の姿が見えた。

 

武装崩拳(ザァンポンチュワン)

 

 古菲の拳が楓の体に直撃した。実力が足りず“硬化”するまでには至らなかったが、“武装した”古菲の拳は強力だった。

 

「うっ……クッ!!」

 

 楓は気を集中させ、なんとか耐えてその場にとどまったが、打たれた腹部を押さえながら膝をついた。

 古菲は一度、楓から距離を取った。

 

《古菲選手の強烈な一撃が決まったァ!! 長瀬選手は大丈夫なのかーーッ!?》

 

 楓はうつむきながら、呼吸を整えた。

 

(今のが加賀美殿が言っていた『覇気』でござるか……。気配察知による回避や洞察、そしてこの威力……とてもじゃないが今の拙者では太刀打ちできそうにないでござるな……)

 

 楓は顔をあげて古菲を見た。

 

「……いやいや、やはり世界は広いでござる」

 

 そう言って楓がゆっくりと立ち上がると、古菲は警戒を強めた。

 

「………」

「………」

 

 二人の間に沈黙が流れる中、ふと楓は笑みを浮かべた。

 

「……この勝負、拙者の負けでござる」

「えっ?」

 

《なんと! ここで長瀬選手ギブアーーップ!! よってこの試合、古菲選手の勝利ーーッ!!》

 

 古菲の勝利宣言に観客たちは声高らかに歓声を上げた。

 だが、当の本人はいきなり相手が負けを認めたことに目を丸くしていた。

 

 

 

 

 

 TO BE CONTINUED ...

 

 

 

 

 

もしも本作のネギまキャラに海賊旗があったら、見てみたいのは……?

  • ネギ・スプリングフィールド
  • 神楽坂 明日菜
  • 雪広 あやか
  • エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
  • 超 鈴音

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。