テイルズオブゼスティリアでやってみた   作:609

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toz 第八話 戦場

戦場は今までとは違った。

 

穢れが充満していた。

辺りは雲に覆われ、薄暗い。

そして無数の矢が飛び交っている。

それは一直線に身構えていた楯に突き刺さる。

だが、矢の数が多すぎて楯の間から矢が刺さる。

人がまた一人、また一人と崩れ落ちていく。

互いに睨み合って、矢を射ち合う。

その光景は自分の命を、仲間の命を、国の為に、家族の為に、大切な者の為に、落としていく。

それは互いに思うもの。

それを解ってはいるが、すでに戦は始まっている。

後戻りはできない。

 

「進め!我がローランスの力を見せつけてやるのだ!」

「ローランスに遅れを取るな!」

 

互いにぶつかりあう。

彼らはまた一人、また一人と進んでいく。

それと同じくらい仲間が、友が、目の前で崩れ落ちていく。

そしてまた、同じくらい進んでいくのである。

 

その光景を高い岩の上で見ていた少年が居た。

仮面をかぶり、後ろに束ねた長い紫の髪が風に乗ってなびいていた。

それに合わせ、コートも風に舞っている。

少年はこの戦場の光景を笑ってみていた。

 

「相変わらず人間は変わらないな。失うとわかっていて、戦いを始める。人は忘れる生き物だ。大事なものを失ってもなお、それに慣れ、忘れる。さて、あの子は来ているかな。」

 

少年の姿は風に乗って、消えた。

 

グレイブガント盆地の陣営にスレイ達は来た。

陣営を見たミクリオは、

 

「あれだな。」

「自分のうちにある、正しいと思う気持ちは見失わないで、スレイさん。」

「そんなに心配しないで。大丈夫だから。レイも離れないで。」

「……」

 

レイは無言で彼の後ろに付いて行く。

中に入ると全体がピリピリしていた。

けが人も多く、また一人、また一人と運び込まれる。

そしてそれと同じだけ、武器を手に駆けて行く。

 

「「穢れがすでに多過ぎるな…。相変わらず人間は変わらない。失うとわかっていて、戦いを始める。人は忘れる生き物だ。大事なものを失ってもなお、それに慣れ、忘れる。あいつはここに来ているのか。」」

 

レイは辺りを見て小さく呟いた。

 

スレイがテントに入ると、

 

「来たか。導師よ。」

 

片目の潰れた師団長がいた。

スレイは師団長に、

 

「ルーカスたちは?」

「右翼戦法、奇襲部隊だ。」

 

スレイは背を向け、歩き出す。

レイもそれに付いて行く。

スレイのその背に、

 

「待たれよ、導師!貴様には中央に展開した……指揮に従え!導師!ここは私の戦場だ。」

 

スレイは背を向けたまま、

 

「……オレのやるべきことは変わらない。ここが誰の戦場でも、だ!」

 

そう言うスレイの後ろで、レイが騎士兵に捕まった。

 

「レイ!」

「動くな、導師!私の指揮に従え!」

 

だが、レイは自分を捕まえている騎士兵を見据える。

騎士兵はその瞳を見て震えあがる。

彼の目の前には、闇が見えた。

そして大きな闇が自分を飲込む。

騎士兵はレイを放す。

そして、腰を抜かした。

 

「何をしている!」

 

レイはそれを無視し、スレイの手を引いた。

そして彼らはここを離れた。

その姿を見て、

 

「大体、ガキ一人…いや、二人がどれほどのものか!大臣の目も曇ったものだ!我らも出るぞ!」

 

 

スレイ達は入り口の所に来た。

スレイは繋いでいたレイの手を放した。

そしてレイを見下ろして、

 

「レイ、お前はここに残れ。これから行くのは戦場だ。危険がいっぱいなんだ。」

「確かにそうですが……」

「ここに置いて行くのもまずいと思うわよ。」

「そうだ、スレイ。だったら僕らで守った方が……」

 

天族組はスレイを見て言う。

しかしスレイは首を振り、

 

「確かに、そうかもしれない。でも、ここでならアリーシャに会えるかもしれない。その方がいいはずだ。」

「だけど……」

 

ミクリオが続きを言う前に、レイはスレイの手を取った。

 

「「今、安全なのは傍に居ることだ。」」

 

レイはスレイの目を見て言う。

レイの瞳はいつもと同じだった。

だが、どこか違う違和感をスレイ達は感じている。

スレイは追及せず、

 

「わかった。でも本当に危ないんだ。傍を離れないで。」

「……」

 

レイは無言だったが、彼の傍に居た。

つまりは了承したという事だ。

 

スレイ達は戦場を歩いていく。

 

「これが……戦場なんだね。」

 

スレイは戦場を見て言った。

 

「はい。この風景だけは昔も今も変わりません。」

「人が人じゃないみたいだ。」

「事実そうよ。」

 

ライラの言葉に、ミクリオは悲しそうに言う。

そしてエドナが真剣な目で言う。

 

「英雄とか豪傑とか呼ばれた連中って大抵は憑魔≪ひょうま≫なんだから。」

「戦場ほど穢れを生み、人がそれを受け入れてしまう場所もありませんから。」

「そんなところで名を残した者が英雄……か。憑魔≪ひょうま≫だと言われれば納得だね。」

 

天族三人組は悲しそうに言う。

そしてエドナも思い出しながら、

 

「たしか、百勝将軍ディンドランとか、大昔に大陸を統一したメリオダス王とかも。」

「歴史の本に絶対出てくる名前だな。」

「『暗黒時代』を終わらせたクローディン王も?」

 

スレイは悲しそうに言うが、

 

「彼は……違います。クローディンさんは導師だったと聞いていますわ。」

「そうなんだ。知らなかっただけで、ずっといたんだな。導師も憑魔≪ひょうま≫も……」

「「…………。」」

 

レイは彼らの会話を静かに聞いていた。

 

 

少し高い崖の所まで来た。

ミクリオが端の方を見て、

 

「あっちの崖上なら、きっとルーカスたちも見つけやすい。」

「その分敵にも気付かれやすいルートね。」

 

エドナが注意す中、騎士兵達の声が響く。

 

「伝令!傭兵団の奇襲からの挟撃は失敗。本体に合流する。急げ!」

「何だって⁉」

 

ミクリオが驚きの声を上げる。

スレイは騎士兵に駆け寄る。

 

「ルーカス達を見捨てるつもりなのか!」

「彼らの犠牲を糧にせねば、より多くの兵が命を落とす!」

 

レイはスレイを見据える。

スレイは、騎士兵に詰め寄り、

 

「彼らはまだ戦ってるじゃないか!」

「これは戦争なんだ!いくぞ!」

 

騎士兵達は歩いて行った。

俯くスレイに、ミクリオが声を掛ける。

 

「スレイ、彼は兵士としての役目を果たしているだけだ。責められないよ。」

「くそ!」

 

と、剣や槍といった武器のぶつかり合う金属音が響く。

それに合わせ、人の声も聞こえてくる。

そちらの方を見ると、岩と岩の間から戦っている姿を見えた。

スレイはそれを見て、

 

「こんな殺し合い、バカげてる!」

「「それが人間だ。そしてそれは新たな怒りや憎しみ、悲しみを生み出す。」」

 

レイは無表情でその光景を見る。

その瞳には、人と人が戦い合う姿が映っている。

ライラは悲しそうに、辛そうに、

 

「レイさんの……いえ、確かに人々の怒りや憎しみであふれかえっていますわ。」

「息苦しさの原因はそれだね。戦場はまさに〝穢れの坩堝≪るつぼ≫″だ。」

 

ミクリオもそこを見て言った。

スレイは戦いを見つめる。

その中に、見知った人物を見た。

一人で敵を二人相手にし、睨み合っている。

 

「あれか!」

 

スレイは叫ぶ。

そしてエドナが、その背に最後の忠告をする。

 

「いくのね?」

 

スレイは振り返り、

 

「うん!頼むぞ、みんな!」

 

ミクリオ達は頷く。

そしてスレイは、レイを背負い走り出す。

岩崖を飛び、

 

「『ルズローシヴ=レレイ』!」

 

着地する。

レイを降ろし、

 

「レイ、絶対に離れるな!」

 

ミクリオと神依≪カムイ≫化する。

そして敵を薙ぎ払っていく。

 

「ぐわぁ!」

 

その場に居た者全員が、その方を見る。

 

「だいじょうぶ。手加減はしてるよ。」

 

敵は皆、武器を構え、スレイに突進する。

 

「どけ!道を開けてくれよ!」

「スレイ、油断して足下すくわれるなよ。」

「わかってる。」

 

ライラとエドナはスレイの姿を見て言う。

 

「スレイさん…怒ってますわね。」

「怒りたくもなるでしょうね。」

 

レイはスレイ達に付いて行きながら、スレイの戦う姿を見ていた。

無論、レイを襲ってくる騎士兵もいるが、それはミクリオ達が守る。

それでも、それをくぐって来る者はいる。

しかしその者達は、レイの瞳を見る。

そしてその者は、恐怖に脅え、腰を抜かす。

そして口々に言う。

〝化物〟、〝悪魔〟と……。

 

スレイは剣一本で敵を薙ぎ払っていく。

そしてスレイの姿を見た敵兵は、

 

「なんだこいつ、ただの長剣一本で……」

 

スレイの後ろから剣を振り下ろそうとした者は、何かに吹っ飛ばされた。

 

「うわ!」

 

そして地面に尻を付き、

 

「なっ!なんだ!何に防がれたんだ!」

 

それを防いだのは、彼と背中合わせになっていたミクリオ。

だが、それを彼らは見えていない。

そして、敵兵達はそんなスレイに脅え、

 

「ば、化物……」

 

それはルーカス達も見ていた。

 

「何がおきてやがる……?」

「導師⁉」

 

敵兵の誰かがそう言った。

そしてスレイはゆっくり歩きながら、

 

「どいてくれ。」

「くっ。弓兵!」

 

しかし、敵兵は退かない。

スレイは今度はライラと神依≪カムイ≫化をする。

敵の弓を燃やし尽くす。

 

「バカな……」

 

敵はなおも武器を手に、スレイに襲い掛かる。

スレイはそれを剣一振りで、薙ぎ払う。

スレイは、ルーカスに近付いた。

 

「これが導師の本気≪ちから≫なのか……」

 

彼の声が少し震えていたのをレイは気付いている。

 

「ルーカス、帰ろう。」

 

スレイは、彼を見ながら言った。

彼は震える声と、戸惑う声で、

 

「あ、ああ……」

 

スレイは敵兵に振り返り、声を張る。

 

「退け!ローランス兵!」

 

それは近くではなく、頭に響く。

敵兵は頭を抑えながら、

 

「なんだ⁉声が頭の中に……!」

「何者だ、貴様ぁぁっ!」

「次はない!退け!」

 

スレイは、エドナと神依≪カムイ≫化し、敵を岩で突き上げる。

次々と岩を出現させ、敵を追い払う。

 

「あ、悪魔だ!ハイランドが悪魔を連れてきた!」

「退け!退け!」

 

敵兵達は脅えながら、逃げて行く。

レイはそれをただ黙って見ていた。

そして、スレイに向き直る。

 

岩も元に戻り、スレイは再びルーカスを見る。

ルーカスは脅えていた。

それを見たスレイは俯く。

だが、ルーカスを見て、

 

「本当に無事でよかった。」

 

そして彼らから離れて行く。

彼のその悲しそうな背にミクリオは、

 

「スレイ、彼らもいつか分かってくれる。」

「そうですわ。」

 

ライラもスレイを見て言う。

スレイは少し悲しそうに、

 

「ありがとう……気休めでも今はうれしい。」

「泣いてもいいけど?」

 

エドナが優しく聞くが、

 

「ううん。まだ終わってないから。」

 

スレイ達は戦場を再び歩き出す。

レイはそれを後ろから見ていた。

 

「「人は己と異なる者、力、存在を認めない。それに対し、怖れ、恐怖する。決して受け入れようとしない。それが例え、自分達が祀る相手だとしても。」」

 

レイは、悲しそうな彼の背にそう呟く。

 

 

――高い岩の上で、少年は不思議な光景を見た。

一方的に倒されるローランス兵。

 

「あれ?もしかして天族がここに居るのかな?でも、こんな穢れた場所に来たら、ドラゴンになりそうだけど……」

 

と、少年の頭に声が響く。

 

ーー退け!ローランス兵!次はない!退け!

 

そして少年の瞳には、燃える矢、突如現れる岩を見た。

少年は嬉しそうに、

 

「へぇー、まだ導師が居るんだ。もういないと思ったけど…。」

 

少年は岩から降りる。

 

「導師が戦争に参加……しかも、片方の国に加担してる。それだけじゃない、複数の天族を従えているなんて…これは面白くなりそうだよね。君たちも、そう思わない?」

 

少年は横を見る。

そこには、ローランス兵だけでなく、ハイランド兵も居た。

兵達は突然現れた少年に驚いていた。

そして、一人の兵が少年を切り裂く。

大量の血がその場を浸すが、

 

「ちょっと、人が問いかけてるんだから……」

 

少年は自分を切り裂いた兵に近付き、

 

「ちゃんと答えてよ。」

 

笑ってそう言った。

兵は震えあがり、

 

「なんだこいつ!化物か⁉」

 

そう言った兵は崩れ落ちた。

大量の血が少年の足元に流れる。

少年は兵の持っていた剣を握り、

 

「それ、僕の問いに関係ない。」

 

少年は剣についた血を払い、

 

「で、君たちはどう思う?」

 

そう言って、残りの兵達を見る。

兵士達は、悲鳴を上げながら逃げ出した。

 

「誰も答えない……か。」

 

そう言って、少年は地面を蹴る。

握った剣で兵士を切り裂いていく。

最後に残った兵士を見下ろし、

 

「やっぱり、人間って弱いよね?」

 

兵士は声にならない悲鳴を上げていた。

見上げる少年は顔にまで血が付き、その服も、手も、足も、己の血ではない血をつけていた。

そして見下ろす少年の瞳は赤く光っていた。

少年は笑みを浮かべて、

 

「でも、そんな弱い人間だからこそ、面白いんだけどね。」

 

そして剣を突き刺した。

少年は歩きながら、

 

「かなり汚しちゃったな……。キレイにしないと。これ、見つかったら怒られちゃう。」

 

そう言って、少年は振り返り、

 

「喰らえ。」

 

指を鳴らした。

少年の足元の影が動き出す。

その陰から黒い何かが飛び出し、兵士の死体を喰らい尽くした。

その場には血も、死体も、武器でさえも残ってはいなかった。

そして風が少年を包み、弾ける。

少年には血すらついてはいなかった。

少年は鼻歌を歌いながら、歩いて行った。

 

 

戦場は悪化していく。

ハイランド兵による火のついた石攻撃などやローランス兵による大矢を撃ち上げる。

ハイランド兵の投げた火石は空中でローランス兵の大矢とぶつかり、砕け落ちる。

しかし、そのまま火石となったまま、大地に、人の上に落ちてくる。

 

多くの人がぶつかり合う。

武器を手に、自分と同じ人に。

剣や槍のぶつかり合う金属音。

人が倒れる音、人に剣が、槍が刺さる、切り裂く鈍い音。

人の怒声、悲痛、様々な音が鳴り響く。

様々な鈍い音と共に彼らは歩く。

 

兵の一人はその瞳で見た。

突如、地面から岩が尽き出る。

多くの人間がそれによって宙に飛ぶ。

岩が尽き出る大きな音に合わせ、歩く音がする。

一人の少年とその後ろに居る小さな少女。

少年が歩く度、その行先を作るかのように岩が尽き出る。

 

 

「何が起こっている⁉」

「一時退却だ!退け―‼」

 

ローランス兵たちは一目散に逃げて行く。

我先にと、武器を捨て、自国の旗を踏んで、一目散に逃げて行く。

彼らのその姿を見て、ハイランド兵は自国の勝利とばかりに剣や槍を掲げ、歓声を上げる。

その先に居る一人の少年の悲しき瞳に気付かずに……。

 

「「悲しき哀れな導師……お前はこの先どうする。」」

 

風が彼らを包み込む。

全てを包み込む。

土煙となって、戦場を包み込んだ。

 

「終わったわね。」

 

エドナがスレイの背に言う。

 

「あとはここに生まれてしまった憑魔≪ひょうま≫を鎮めないと。」

「スレイさん……。」

「ま、今回はとことん付き合ってあげるよ。」

 

ミクリオは優しく彼に言う。

スレイはミクリオに振り返り、

 

「ありがとう。ミクリオ。」

 

そして再び、歩き出す。

しばらく歩いていると、どこかで見たことのある人を見た。

 

「あの人まだ……!」

 

スレイはその人物に駆けて行く。

 

「掃討しろ!一人も逃がすな!」

「師団長さん!もう勝敗は決してる!」

「導師か。何を甘いことを。ここで徹底的に打ちのめせば、以後も優位に立てるであろうが。」

 

と、嬉しそうに言う。

 

「そんな事のために!」

「スレイさん、この人に何を言っても無駄ですわ。」

 

ライラはスレイに少し怒りながら言う。

そして、師団長の男はなおも続ける。

 

「導師、貴様の働きのおかげでこれほど圧倒できるのだ。もっと誇られよ!くっくっく!」

 

スレイは背を向け、

 

「くっ!約束通り……アリーシャは必ず解放してよ。」

 

エドナは師団長を見て、

 

「なんて醜い人間なのかしら。」

「スレイ、こんな状態でいくら憑魔≪ひょうま≫を鎮めても焼け石に水だ。」

「ですわね。落ち着くまでここから離れましょう。」

「わかった……」

 

そして彼らはこの場を離れる。

 

しばらく歩くと、笛の音が流れてきた。

そしてスレイ達の目の前にどう見てもおかしな者達が歩いていた。

ハイランド兵だけでなく、ローランス兵も居た。

彼らはまるでゾンビのように歩き、近付いてくる。

スレイとミクリオはそのゾンビ兵を見て言う。

 

「な、何だあれ⁉」

「まるで生気を感じない!」

 

スレイ達は応戦を始める。

しかし、彼らは今まで戦場に居た憑魔≪ひょうま≫とは違う。

 

「まずいですわ!これはただの憑魔≪ひょうま≫ではありません!」

「まったくよ。いくら叩き潰しても、起き上がって来る。」

 

ライラとエドナにも、緊張が走る。

レイがスレイ達の前に歩き出てきた。

 

「「……やはりいるのか、あいつは。」」

 

そう言うと、レイにゾンビ兵が襲い掛かる。

 

「「レイ!」」

 

スレイとミクリオが駆け寄るとするが、レイは手を振り払う。

すると、ゾンビ兵が吹き飛んだ。

 

「な⁉」

 

スレイとミクリオは立ち止まる。

ライラとエドナは、目を見張った。

 

「やっぱり、アンタだったのね。」

 

エドナが傘をたたみながら、歩き寄る。

レイを風が包み、弾ける。

そこにはレイの姿をした黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が現れた。

 

「何をそんなに怒っている。陪神≪ばいしん≫。」

「アンタのそのやり方が気に入らないのよ。アンタ、ずっとスレイを見ていたでしょ。」

「無論だ。それに言ったろ、〝今安全なのは、傍に居ることだ〟っと。それに、今回のこの戦は本来、歴史にはない事だからな。ハイランドとローランスの戦争はもう少し後だ。」

「では、この戦争は仕組まれたと?」

 

ライラとエドナは怒っているようだった。

だが、目の前の黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女は無表情で、

 

「そうだ。大方、あいつがローランスの方で願いを叶えたんだろ。だが、これはやり過ぎだ。」

 

小さな少女の足者の陰が揺らぎ始める。

そして、再びこちらにやって来るゾンビ兵を見据え、

 

「喰らえ。」

 

指を鳴らす。

足元の影から黒い何かが飛び出し、ゾンビ兵を喰らい尽くす。

そして、その場には何も居なくなった。

 

「さて、導師。此度の戦、お前達の理とは異なるもの。故に、少しだけ力を貸してやろう。」

 

そう言いて、霧が発生し始めた。

それは戦場を全体を包み込んだ。

 

「裁判者たる我が名において、扉の開錠を命ずる。カギを開け、審判者!」

 

スレイ達は見た。

霧の中に大きな扉があるのを。

 

――少年は笛を吹いていた。

先程見た導師にさっき殺してしまった兵達を向かわせた。

 

「さてさて、あの導師はどうなるかなぁ~♪」

 

笛を吹くのを止め、岩の上で遠くから様子を見ていた。

が、とある一角の所に、見覚えのある人物を見つけた。

彼はその人物の前に降り立った。

 

「久しぶり。」

 

少年の目の前には大きな穢れを纏った大男が立っていた。

その大男は戦場を見下ろしていた。

 

「と言うより、無視ですか。ま、いいけど。」

 

と言って、少年も戦場を見下ろした。

 

「相変わらず人間は醜いよね。逃げ回る敵兵をここぞとばかりに追いかけ回す。もう勝敗は決してるのに。」

 

そう言いながら、大男を見上げた。

すると、獅子のような顔が少年を睨んでいた。

 

「うっわ……なになに、もしかしてまだ怒ってるの?だって仕方ないじゃん。君をそんなにしたのは呪い。確かに俺も手を貸したさ。だって、それが俺の仕事だもん。」

 

そう言いながら、後ろにケンケンしながら下がる。

と、少年は空を睨んだ。

霧が発生し出したのだ。

少年は嬉しそうに笑い、

 

「アハハ!あの子やっぱり来たんだ!」

 

そして少年の所に声が聞こえてきた。

 

ーー裁判者たる我が名において、扉の開錠を命ずる。カギを開け、審判者!

 

少年は笑みを浮かべ、

 

「いいよ♪」

 

そう言って、胸に手を当てる。

 

「審判者たる我が名において、鍵を開ける。開錠!」

 

そう言うと、風が吹き荒れた。

しばらくすると、少年は同じように言う。

 

「審判者たる我が名において、鍵を掛ける。閉錠!」

 

そう言って、ルンルンで大男に近付いた。

霧も薄まっていく。

笑みを浮かべていたが、すぐにその笑みが消えた。

 

「あれ?もう反応が消えちゃった……。それに扉を使うってことは、まだ万全じゃないのかな?」

 

少年はつまらなそうに、

 

「ま、いいや。居なくなったならここに居る必要もないね。俺はもう行くよ。探し物は見付からないから面白いってね。」

 

風が少年を包む。

 

「また会おうか、じゃあねぇ~。」

 

そう言って、風と共に消えた

 

 

黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女は、声を聴いた。

 

ーー審判者たる我が名において、鍵を開ける。開錠!

 

その言葉と共に、扉が開く。

すると、扉の中に穢れが吸い込まれていく。

しばらくすると、再び声が響く。

 

ーー審判者たる我が名において、鍵を掛ける。閉錠!

 

扉が閉まると、小さな少女は胸を抑える。

そして霧が収まっていく。

 

「……さて、導師。今回の件での穢れはある程度こちらで引き受けた。後は人間次第だな。」

「……わかった。」

 

スレイは頷いた。

そして小さな少女を見つめて、

 

「一つ君に聞きたい。」

「なんだ、導師。」

 

小さな少女は、スレイを見上げる。

 

「君はレイに憑いているのか。」

「……いや。それは少し違うな。だが、今はそれで構わない。」

 

赤く光る瞳で小さな少女は言う。

ミクリオは小さな少女を見つめ、

 

「君は、レイが何者か知っているのか?」

「……陪神≪ばいしん≫、聞きたいことは一つだったんじゃないか。」

「……それはつまり知っているという事だろう。」

 

互いに見つめ合った。

そして小さな少女は視線を外し、

 

「お前達がどう思うと、今の関係は保てないぞ。今はまだ記憶があいまいだから傍に居れるが、記憶が戻ればおそらく去るだろうな。」

 

小さな少女はスレイとミクリオを見据えた。

スレイは眉を寄せて、

 

「その時が来たら、考えるさ。それより、レイを返してくれ。」

「ダメだ。」

「なぜだ⁉前の時はすぐに返しただろう。」

 

ミクリオが詰め寄る。

しかし小さな少女は、変わらずの無表情で、

 

「あの時とは状況が違う。なにより、お前達に従う理由はない。」

「な⁉」

「……なら、この状況が終われば、レイを返してくれるのか。」

 

スレイはまっすぐ小さな少女を見る。

 

「……ああ。終わればな。」

 

そう言って、小さな少女は空を見上げた。

視線を再びスレイに変え、

 

「導師、お前に忠告だ。この先には行くな。今のお前では簡単に穢れるぞ。」

 

そう言って、歩いて行った。

スレイはライラを見る。

 

「行くのですね。」

「うん。この先に何があろうと、レイはほっとけない。例え、今のレイがレイでなくても!」

「無論、僕も行くよ。」

「まったく。バカなボウヤ達ね。仕方ないから付き合ってあげる。行くわよ、ミボ。」

 

と、エドナが歩いて行った。

それをミクリオが怒りながら、追いかけた。

小さな少女は振り返る。

導師一行が進んできていた。

 

「忠告してやったのだがな……。まあいい。」

 

小さな少女は導師が近くに来るのを待った。

そしてまた上を目指して歩き出した。

 

スレイ達は前を歩く小さな少女に付いて行っていた。

と、いきなり空気が変わった。

押しつぶされるかのような息苦しさ。

穢れに満ちた領域。

 

「う、っぐ!」

 

スレイは胸を抑えて、膝をついた。

エドナが周りを見て、

 

「この領域……今まで感じたどれよりも……」

「……冗談じゃない。」

 

ミクリオは辺りを見渡して言う。

そしてライラは、

 

「これ程の穢れ……まさか!」

 

そして見上がる先には大きな穢れの塊が目の前に広がる。

エドナが珍しく脅えながら、

 

「何なの……これ……」

 

なおも穢れは膨れ上がる。

そしてライラは叫ぶ。

 

「スレイさん!これ程の邪悪な領域を持つものは、かの者しか考えられませんわ!」

 

ミクリオはその穢れの塊を見上げながら、

 

「まさか、災禍の顕主……」

 

スレイは胸を抑えながら、辺りを見る。

そこにはいまだ戦うハイランド兵とローランス兵。

しかし、状況が変わる。

味方同士で戦い始めたのだ。

それを見たエドナは、

 

「あの人達、正気を失ってしまったようだわ。」

 

スレイは苦しみながら立ち上がる。

 

「と、止めなきゃ!」

「スレイ!」

 

スレイはふら付きながら、走って行った。

その背をミクリオが叫ぶ。

 

「いけません!今の私たちが敵う相手では……」

 

ライラもその背に叫ぶ。

スレイは振り返り、

 

「わかってる。やばくなったら逃げるよ!みんなの命も預かってるんだ。」

 

ミクリオがスレイを追いかける。

ライラは悲しそうに俯く。

 

「しょうがない子ね。」

 

エドナは呆れながら、それでいて少し嬉しそうに言う。

まるで弟をたしなめるかのように。

小さな少女はそれを見ていた。

ライラが小さな少女に振り返り、

 

「このことがわかっていらして、黙っていたのですか⁉」

「私は忠告したはずだ。」

「ですが、かの者とわかっていれば……全力で止めました!」

 

と、ライラと小さな少女は睨み合っていた。

小さな少女は視線を外した。

 

「まったく。お前には感謝されぞ、恨まれる筋合いはないぞ。こちらとて、リスクは負っている。本来ならマーリンドまではもたなかったさ。それに今回も、な。」

「もしかして……」

 

そしてライラは見た。

少なくとも自分の知る裁判者は疲労したところなど見たことがない。

だが今、目の前にいる裁判者は疲労している。

 

「それより、追いかけなくていいのか。」

 

小さな少女はそう言って駆けて行った。

ライラとエドナも急いで走って行った。

 

「それに、このような場所で穢れても、死なれても意味がないからな。」

 

スレイに追いつき、進み続ける。

と、小さな少女は上を見る。

そして、スレイに視線を戻し、

 

「気を付けないと死ぬぞ、導師。」

 

そして、スレイに剣を振り下ろしてきた憑魔≪ひょうま≫がいた。

彼はそれを見上げる。

しかし受け止められず、吹き飛ぶ。

 

「スレイさん!」

 

スレイは体勢を整える。

 

「スレイ!」

 

目の前には大剣を持った、片目が潰れた大きな狼のような憑魔≪ひょうま≫だった。

それを見たエドナは、

 

「この憑魔≪ひょうま≫……」

「導師よ。このハイランドの武功を邪魔立てする気だろう……許さんぞ!さあ、立て!大臣も貴様の首を見れば、私と導師のどちらが国にとって必要かわかるだろう!」

 

ライラは悲しそうに、

 

「ダメですわ!この方はもう完全に憑魔≪ひょうま≫と化している!」

「やるしかなさそうね。」

「今の状態でこいつと戦うのか⁉」

「みんな、踏ん張ってくれ!」

 

スレイ達は戦闘を始めた。

小さな少女は、片隅でそれを見る。

 

戦闘ははっきり言ってきつかった。

スレイ達はおされていた。

 

「さすがに、しぶと過ぎないか…?」

 

ミクリオは戦いながら言う。

スレイも剣で応戦しながら、

 

「出し惜しみをしていたら勝てない…!」

「スレイ!あれをやる気か⁈」

「ああ!神依≪カムイ≫に使う力を、この剣に注ぐ!」

 

スレイは力強く踏み込み、

 

「終わらせる!剣よ吠えろ!雷迅双豹牙‼」

 

敵を斬り上げる。

それでも苦戦は続く。

 

「まったく見ていられないな。少しだけ手伝ってやろう。」

 

小さな少女は憑魔≪ひょうま≫の前に立った。

そして片手を前に出し、握る。

それと同時だった。

氷の刃が憑魔≪ひょうま≫を貫く。

憑魔≪ひょうま≫が大剣を小さな少女に振り下ろすが、

 

「なに⁉」

 

小さな少女の前で剣が止まった。

いや、止められた。

小さな少女の足元の影が剣を砕いた。

 

「あとは、お前達でやれ。」

 

そう言って、少女は後ろに下がる。

スレイ達は一気に決めにかかった。

そして、スレイが最後の一撃を与える。

 

「おのれええ‼」

「穢れが消えない⁉」

「ダメですわ!この領域の力はすでに私の浄化の力をはるかに上回っています。」

「根本を取り除かないとダメか……」

「けど、この領域の主を退けるのは無理よ。」

「行くしかない……!」

 

スレイは覚悟を決める。

しかしライラが、それを必死に止める。

 

「無茶ですわ!」

 

スレイはライラに向き直り、

 

「ライラ!お願いだ!オレたちがやらないと、この戦いは止まらない!」

 

ライラはスレイの瞳の強さに負けた。

俯いた後、顔を上げ、丘を見る。

 

「……あの丘の上が穢れの中心のようです。」

 

そう言って、スレイも見る。

大きな穢れの塊が見える。

スレイは背を向け、

 

「ごめん。」

 

ミクリオはスレイの方を向き、

 

「詫びなんて不要だ。僕たちは死なないからね。」

「ミクリオ……そうだよな!」

「行くのなら早く行きましょ。」

「はい。」

 

と、歩き始めた。

 

「まったく……どこまでも馬鹿だな。今宵の導師も……」

 

小さな少女は彼らの後ろに付いて行く。

 

道中スレイは憑魔≪ひょうま≫に襲われる。

 

「うおおおおっ!」

 

スレイは交戦するが、

 

「なんか、さっきみたいに倒せない!」

「こっちが弱ってるからだけじゃないな。」

「兵士達、すでに憑魔≪ひょうま≫と結びついてるのね。」

「兵士全員が…?スレイさん、これ以上は…」

 

スレイ達は極力戦闘を避けながら、丘を目指す。

丘を上がって行くと、戦う兵士憑魔≪ひょうま≫の中央に大きな人影が見える。

それは黒く、穢れを纏った者だった。

後ろ姿からもわかるくらい穢れが目に見える。

エドナはその姿を見て、脅えながら後ろに一歩下がる。

スレイは覚悟を決めて、声を出す。

 

「おまえが……」

 

その者はゆっくりと顔をこちらに向ける。

 

「……新たな導師が現れていたとはな。」

 

その顔はまるで獅子のようだった。

押しつぶされそうな気持ちを必死に耐えるスレイ達。

そして、穢れを纏った大男はスレイに振り返る。

スレイは拳を握りしめ、見つめる。

その姿に、

 

「恐ろしいか?」

「なに?」

「死の予感……甘美であろうが……」

 

穢れを纏った大男は笑みを浮かべながら言う。

スレイはその姿に恐怖を覚える。

首を振り、その気持ちを抑え込む。

 

「ら、ライラ!」

「は、はい!」

 

スレイは手を上げ、

 

「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫』!」

 

ライラの真名を叫ぶ。

 

「「スレイ!」」

 

ミクリオとエドナも叫び、スレイの中に入る。

そして、神依≪カムイ≫化するスレイを見て、

 

「ほぅ。」

 

穢れを纏った大男は感心する。

スレイは炎を纏った剣を握り、向かっていく。

 

「うおおおおっ!」

 

しかし剣は、いとも簡単に掴まれた。

そして、押しても引いても、びくともしない。

 

「はぁはぁ。」

 

そして、神依≪カムイ≫が解ける。

 

「きゃ!」

 

ライラは弾き出された。

なおも、穢れを纏った大男は笑みを浮かべてスレイに近付く。

彼の纏っている穢れがスレイを覆い始める。

と、そのスレイの前に小さな少女が歩み出る。

彼の穢れを風が防ぐ。

それを見た穢れを纏った大男は歩みを止め、

 

「貴様は……そうか、これは傑作だ。よもや、そこまで弱っていたとは!これほど近付いてもなお、お前の力をほとんど感じない。」

「無駄話は後にしろ。あいつはどこにいる。」

 

二人は睨み合った。

が、穢れを纏った大男は笑い出す。

 

「フ、フハハハッ!あやつは既にここにはいない。扉を閉めてさっさといなくなったわ。しかし、これではあやつが気付かないのも無理はない。その姿のように弱く、限界がきている。だからさっき、扉を使ったのであろう?」

「……お前、扉についてどこまで知っている。」

 

穢れを纏った大男は笑みを浮かべるだけであった。

小さな少女は、無表情のその顔には似つかわしくない強い殺気を纏った瞳で、

 

「扉に触れることは禁忌と知れ!」

「その禁忌に近付けたのは貴様らだ。今の導師と同じく、貴様があいつに関わったからだ。」

 

小さな少女は目を見張った。

そして睨む。

スレイ達はこれ見てる事しかできない。

しかしその中で、ライラは悲しそうに小さな少女を見ていた。

 

「貴様の後ろの導師は目映いばかりに無垢よな。ゆえに、誰よりも良い色に染まりそうだ。」

 

そして再び穢れを纏った大男は近付いてくる。

小さな少女は風の防壁を強くする。

しかし押され、彼らは崖端まで追いつめられる。

 

「今の貴様に浄化の力はない。そして、その限られた力ではワシを止めることはできん!」

 

そして穢れを纏った大男は咆哮する。

小さな少女の風の防壁が壊された。

そして胸を抑え、

 

「……!」

 

そして膝をつく。

彼女を風が包み、乱れ始める。

その間から見える小さな少女の姿は、白と黒と交互に交差する。

そして穢れを纏った大男が、地面を蹴ると、穢れが濃くなった。

 

「今の貴様ではワシを止める事さえできぬ。半分しかない貴様ではな!」

 

風が弾け、白いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が現れる。

小さな少女は胸を抑え、見上げていた。

その瞳は赤く光っている。

小さな少女は立ち上がり、歌を歌い出す。

が、小さな少女の目の前に来ていた穢れを纏った大男は、

 

「無駄だ。今の貴様ではな!」

 

手を振り上げた。

大きな風圧が起こり、

 

「うっ!」

 

いとも簡単に小さな少女を吹き飛ばした。

 

「レイ‼」

 

スレイが手を伸ばすが、小さな少女レイはそのまま崖下へと落ちていく。

レイはすぐに暗闇の中へと消えた。

そして再び、穢れを纏った大男は咆哮を上げると、スレイを穢れが覆う。

スレイは膝をつき、口を押える。

 

「うっ!ぐっ!」

 

口を拭い、顔を上がると、そこには穢れを纏った大男はいなかった。

しかし、声だけが響く。

 

「我が名はヘルダルフ。若き導師よ……生き延びて見せられるか?……フフフ……」

「一体何なんだ……」

 

スレイは呟く。

そしてスレイは気付く。

 

「ミクリオ?おい、ライラ!エドナ!」

 

辺りを見渡し、彼らを探すがいない。

スレイの瞳は不安げに揺れる。

と、横から歩く音が聞こえて来る。

スレイは少しほっとしたように、

 

「ミクリオ?」

 

と、音の方に振り返るが、それはミクリオではなかった。

穢れを纏った騎士憑魔≪ひょうま≫達であった。

スレイは剣を構え、

 

「こいつら……いつのまに……」

 

スレイは後ろを見る。

後ろは崖だ。

そして、視線を敵に戻すと、すでに騎士憑魔≪ひょうま≫の一人が剣を振り上げていた。

スレイはすぐに避ける。

が、その先にはまた別の騎士憑魔≪ひょうま≫が拳を振るう。

スレイはそれをもろに頬に受ける。

彼の口には血が滲む。

体勢を整えようとした先に、続く騎士憑魔≪ひょうま≫の拳。

それを、剣で防ぐ。

が、それは人に力とは思えぬ力で、スレイに圧し掛かる。

スレイは歯を食いしばる。

そして、必死に声にする。

 

「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫』!」

 

しかし何も起こらない。

 

「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫』!」

 

再び言うが、ライラの気配もしない。

スレイの瞳は少し諦めていた。

しかし、自分を抑え込んでいた力が弱くなる。

スレイが顔を上げると、騎士憑魔≪ひょうま≫の首にナイフが突き刺さっていた。

そしてそれをやったのは、黒に身を包んだ風の骨の暗殺者。

騎士憑魔≪ひょうま≫から穢れは消え、崩れ落ちる。

 

「まったく!何で!」

 

風の骨の暗殺者はスレイの前で背を向け言った。

が、スレイはそれを虚ろな瞳で見た後、意識がもうろうとする。

そして倒れ込んだ。

風の骨の暗殺者はそれに気づき、そちらを向く。

が、別の騎士憑魔≪ひょうま≫が風の骨の暗殺者を殴る。

それを腕で防ぎ、距離を取る。

後ろから来る騎士憑魔≪ひょうま≫と、目の前から来る騎士憑魔≪ひょうま≫の間を高く飛ぶ。

彼らは互いにぶつかり合って、倒れた。

風の骨の暗殺者は、目の前の騎士憑魔≪ひょうま≫を飛び越え、スレイの横に行く。

そして、先程騎士憑魔≪ひょうま≫の首に刺したナイフを抜き、後ろから来る騎士憑魔≪ひょうま≫の足に投げる。

それが刺さり、体制が崩れた隙に、スレイを抱えて崖に向かって走る。

しかし、騎士憑魔≪ひょうま≫の一人の投げた槍が、風の骨の暗殺者に向かう。

それは顔に着けていた仮面をかすった。

バランスを崩したまま、二人は崖下へと落ちていく。

二人は暗闇の中に消え、水しぶきが上がる。

 

 

スレイは風のそよ風と木々の音を感じ、目を覚ます。

そこは森に囲まれた場所であった。

起き上がり、横を見る。

そこには黒を身に纏った風の骨の暗殺者が気絶していた。

 

「助けてくれたのか……」

 

そして立ち上がり、傍による。

スレイが近付くと、スレイは驚いた。

それは見知った相手だった。

髪が赤い少女ロゼだった。

スレイは少しほっとし、辺りに叫ぶ。

 

「ミクリオ!」

 

だが、返事も気配もしない。

 

「……レイも心配だし。それに、あの獅子の男……一体何をしたんだ。」

 

スレイは辺りを見渡す。

スレイは足音を聞き、瞬時にしゃがむ。

そして辺りを警戒する。

 

「追手か⁉」

 

スレイは急いで、少女ロゼをおぶり、

 

「とにかくここを離れなきゃ……」

 

背おわれた少女ロゼはスレイの背で目を開けるが、再び目を閉じた。

そしてスレイは森の中を歩き出す。

 

森の中を歩き、中心辺りまでくる。

と、スレイの背から、少女ロゼの声がする。

 

「う……」

 

そしてスレイは目を開けた少女ロゼと、目を合わせた。

 

「あ……目が覚めた?君が暗殺団の頭領だったんだな。」

「……びっくりした?」

「うん。まあね。」

「君の妹からは何も聞いてないの?」

「え?レイから?何で?」

「ふーん、そっか。何でもない。」

 

少女ロゼは視線を外した。

そしてスレイは、少女ロゼを見たまま、

 

「名前、なんて呼べばいい?」

「ロゼでいいよ。ねぇ、スレイ。なんで放っとかなかったの。」

 

少女ロゼはスレイを見て言う

 

「目の前で倒れてたら助けるでしょ。」

 

スレイは平然と言う。

 

「それが暗殺ギルドの人間でも?」

「それじゃロゼはどうしてオレを助けてくれたんだ?暗殺ギルドの人間なのに。」

「わかんない。助けてよかったのかこれから判断する。」

 

スレイは苦笑いする。

 

「いい人なのは確かなんだよね……」

 

と、少女ロゼは小さく呟いた。

 

「え?」

 

そして、顔を上げ、辺りを見た後、スレイに顔を近付ける。

 

「スレイ……誰かが見てる。」

「ああ。」

 

スレイも気付いたのだろう。

すぐに察する。

 

「ねえ、北に向かって。そこにあたしたちの隠れ家にしてる遺跡があるんだ。」

「え、でも……追手にばれちゃってもいいの?」

 

と、少女ロゼを背おったまま、歩き出す。

心配するスレイに対し、少女ロゼは明るく、

 

「大丈夫、大丈夫。」

 

そしてスレイは少女ロゼを見て、

 

「ってゆっか、もう下ろすよ?」

 

と、下そうとしたが、少女ロゼは、

 

「このまま行こ。その方が油断させられるし。」

「ちぇ。」

 

と、少女ロゼはスレイの背に頭を伏せた。

そしてスレイは少女ロゼを背おったまま、歩き出す。


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