テイルズオブゼスティリアでやってみた   作:609

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toz 第七話 マーリンドの街

が、アリーシャは驚きと喜びの顔で、

 

「……すごいな……導師にとっては荒れた河など障害にならないんだな。」

「ですが、あまり人前で見せるべき力ではありません。」

「うん……そうだろうな。」

「そうよ。この子みたいにいちいち反応されて面倒だもの。」

「エドナ様……申し訳ありませんでした……」

 

アリーシャは頭を下げる。

 

「そうよ。反省なさい。それに自己紹介しあっただけなのに、もう名前で呼んでくるなんて随分馴れ馴れしいのね。」

 

エドナは傘についている人形を握り込む。

 

「申し訳ありません……」

 

アリーシャは再び頭を下げる。

そしてエドナは傘を回しながら、

 

「お詫びにノルミンダンスを踊りなさい。」

「の、ノル?」

 

アリーシャは聞きなれない単語に困惑する。

 

「わからないの?反省なさい。」

「申し訳ありません……」

 

アリーシャはまたしても、再び頭を下げた。

エドナは半笑いで、

 

「お詫びにノルミンダンスを――」

「無理矢理もとに戻さないでくれ!」

 

ミクリオが大声で突っ込んだ。

深夜の間にアリーシャとエドナは自己紹介をすませていた。

その度に会話するが、このようにアリーシャはエドナの餌食になっていた。

 

そしてミクリオはさらに続ける。

 

「ライラ!エドナが、アリーシャをからかってるだけってわかるだろう!なぜ止めないんだ!」

「おい、ミクリオ…そんな大声出したら、レイが起きちゃうだろ。」

 

と、スレイの背で寝ているレイを見る。

小さく寝息を立てていたレイは目を擦りながら、

 

「……ん……」

「ほら起きちゃった。」

 

と、ライラは本当に申し訳なさなそうに、

 

「すみません……。少しでもお話しした方が仲良くなれるかなと……」

 

最後の方は、若干面白そうに言う。

 

「レイ、すまない。が、しかし…アリーシャ、エドナはこう言うヤツなんだ。言ってる事をいちいち真に受けなくていい。」

 

ミクリオがそう言っている間、エドナはミクリオに下を出した。

その後、拗ねていた。

 

「言うわね。ミボのくせに。」

 

エドナは半笑い言った。

アリーシャはそれにすぐに反応した。

 

「ミボ?」

「わからないの?反省し――」

「もういいよ!」

 

ここまでくると、スレイが止めた。

 

さらに進み小道に入ると、岩の所にリスのような小動物を見付けた。

 

「あっ!かわいい!」

「ただのリスでしょ。」

 

一人盛り上がるアリーシャに、エドナはスパッと言う。

アリーシャはさらに盛り上がり、

 

「いえ、あのフワフワ尻尾はフォルクエンリスです。とても貴重な種類で――」

「落ち着きなさい。」

「でも、あんなにフワフワモコモコでかわいいと思いませんか、エドナ様?」

「そう。カワイイものをやたらカワイがる自分をカワイイと思ってもらいたいのね?あのおチビちゃんみたいに。」

 

そう言って指さす方には、無表情でそのフワフワモコモコのフォルクエンリスを頭や手に持っているレイ。

否、一方的に気にいられているレイがいた。

スレイやライラが触ろうとすると逃げ出し、手を引っ込めるとまたレイの所にやって来ていた。

それをミクリオが観察していた。

アリーシャは少し頬を赤くし、

 

「い、いえ!そんなつもりは!」

「静かに。フワフワが逃げちゃうでしょ。」

 

エドナはアリーシャに近付き、小声で言う。

 

「ですね。反省します。」

「おわびにリスリスダンスを踊りなさい。フワフワバージョンで。」

「リスリスダンス⁉フワフワバージョン⁇」

 

エドナはまたしても、半笑いで言った。

アリーシャは真剣な顔で、そのダンスについて考え込んでいる。

そして二人に近付いて来たミクリオとライラは、その光景を見て、

 

「イジられてますね。アリーシャさん。」

「放っておいていいのか?」

 

そして、考え込んでいたアリーシャは、

 

「わかりました、エドナ様!リスリスダンス・フワフワバージョンの指導をお願いします!」

「ワタシは厳しいわよ?」

「望むところです!」

 

と、アリーシャは覚悟を決めていた。

それを見たライラが嬉しそうに、

 

「いいんじゃないでしょうか。楽しそうですし。」

「確かに。」

 

と、ミクリオも笑って言った。

 

さらに歩いて行くと、祠を見付けた。

レイは未だにリスが頭の上に乗っていた。

その為、レイはアリーシャに捕まっていた。

その祠を見たスレイが、興味津々で見る。

 

「天族を祀る祠かな?」

「ええ。かつては器だったようですね。」

「かつて……か。」

「昔は、こんな祠があちこちにあって、加護が広がっていたんだろうね。」

 

ミクリオも、己の考えを言う。

 

「そうですね。祈りを捧げる人も大勢いました。」

「少ないかもだけど、今も祈る人はいるよ。ほら、エドナの山の祠。あそこにも花が添えられて――」

「あれはワタシよ。」

「え?」

「あの祠は、お墓代わりだもの。お兄ちゃんが食い殺した人間たちのね。」

「でも……それは……」

 

スレイは表情を暗くする。

エドナは真剣な顔で、

 

「同情はいらない。悪いのは人間たちだし。ドラゴンの噂を聞いて面白半分で来るから、ああなったのよ。」

「……」

 

三人は沈黙した。

そこに、レイとアリーシャがやって来た。

 

「どうかしたのか?」「お兄ちゃん…ミク兄…」

「何でもないわ。さ、行くわよ。」

 

エドナは傘を回しながら、歩いて行った。

 

その後すぐ、マーリンドの入り口を見付け、中に入る。

レディレイクとは違い自然に囲まれた集落のような街だった。

だが、辺りは暗かった。

それは今が真夜中というだけではないだろう。

穢れが満ちている。

スレイから降りていたレイは空を見上げる。

その瞳はあるものを映す。

そしてスレイも、街を見て言葉を失う。

 

「……」

「これは……疫病のせいか……」

 

そしてレイは目線を前に戻す。

そして握っていたスレイの手に力を入れる。

 

「レイ?」

 

そしてレイは目の前を指さす。

そこには弱り切った犬が鳴き声を上げながら歩いてくる。

それを見たミクリオは、

 

「うわぁ!」

 

と、悲鳴をあげながら後ろに下がる。

 

「ミクリオ様、犬が苦手なんですね。」

「そ、それほどでも――」

「心臓がドッグドッグしちゃうだけですのよ。」

 

と、ライラは楽しそうに言う。

 

犬は近付いてくる。

それが唸り声に変わる。

 

「…遅か…った…」

「え?」

 

その言葉の意図に気が付いたエドナは犬を見て、

 

「ちょっと!」

 

それと同時であった。

犬は憑魔≪ひょうま≫となる。

そして戦闘を行う事となった。

それは簡単に浄化する事が出来た。

 

「街の中に、こんな憑魔≪ひょうま≫が……」

「当然だよ。こんなに穢れが溢れてたら。」

 

そしてもう一度、街を見た。

 

「あれ…は憑…魔≪ひょうま≫…だけ…ど…ただ…の憑…魔≪ひょうま≫…じゃな…い。」

「おチビちゃんの言う通りよ。しかも今の、犬憑魔≪ひょうま≫じゃない。」

 

と、ライラを見上げる。

ライラも真剣な顔で、

 

「はい。憑魔≪ひょうま≫ハウンドドッグ。病原体が憑魔≪ひょうま≫化したものですの。」

 

そう言って見た先には、憑魔≪ひょうま≫ハウンドドッグが一人の女性の横に居た。

そして、それは女性の中に入った。

ミクリオもその光景を見て、

 

「疫病そのものってことか……⁉」

 

その言葉にアリーシャは、自身の腕を強く握った。

レイはそれを横目で見た。

 

スレイはレイの手を取り、

 

「とにかく聖堂へ。薬を届けないと。」

 

急いで聖堂に向かう。

 

街の奥にある聖堂に入ると、中は病人でいっぱいであった。

そして、聖堂の中に居た騎士兵たちがアリーシャを見ると、

 

「アリーシャ様!よくご無事で!」

「薬を持ってきた。状況は?」

 

二人の騎士兵が寄ってきて、説明する。

 

「……感染は歯止めがかかりません。」

 

そう言って、辺りを見渡す。

中には市民だけでなく、騎士兵も居た。

 

「警備兵まで罹患し、野犬の群れすら退治できない有様です。」

「このままでは国全体に感染が広がる恐れも……」

「そんな……」

 

アリーシャはその報告に落ち込む。

 

レイはスレイの手を放す。

そしてそっとその場を離れた。

 

スレイは急いで、薬を手渡す。

 

「まず薬を!患者たちに!」

「は、はい!」

 

騎士兵は薬を受け取り、駆けて行った。

スレイはアリーシャに、

 

「大丈夫さ。薬とか救護体制が整えば。」

「ああ。」

「ハウンドドッグも僕たちで退治しよう。」

 

ミクリオの言葉に、スレイとアリーシャは頷く。

後ろからライラとエドナが、

 

「でも、疫病を生んでいる原因はおそらく別ですわ。」

「穢れを受けた強力な憑魔≪ひょうま≫ね。」

 

と、聖堂の中を少し回る。

 

「患者の人達、助かるといいな……」

「ネイフト殿に託された薬で、快方に向かってくれてるといいが……自分の無力さが悔しいよ。」

 

患者たちの様子を見ていたスレイ達。

 

「うぅ……こんな所で寝てるわけには!」

「いいから寝てろ。死んじまったら意味がない。」

「娘が死んだ……娘が死んじまった……なんでだよ……たった七年しか生きてないのに……」

「くるしぃ……よぉ……お母……さぁん……」

「うう……もううちの子は……ううっ……」

「届いた薬だけじゃ、全員分にはとても足りない。ネイフトさんが来るまでみんながもつかどうか……」

「王都も救援を考えているはずです。それが到着するまでどれだけもつか、ですな……」

 

事態は深刻だった。

 

「ところでスレイ。」

「何?」

「レイはどこに行ったんだ?」

「へ?……レイはどこに行った⁉ミクリオ!」

「僕も気づかなかった!どこに行ったんだ⁉」

 

スレイとミクリオ、アリーシャ、ライラは、懸命に辺りを探す。

と、その彼らにエドナが、

 

「おチビちゃんなら、さっきスレイが薬を渡している時に出て行ったわよ。」

「「「「え?」」」」

 

彼らはエドナを見る。

そしてミクリオが、

 

「そう言う事は早く言ってくれ!」

「あら、公認なのかと思ったわ。」

 

と、エドナは聖堂の入り口に向かう。

 

「探すんでしょ。行くわよ、ミボ。」

「おい!」

 

と、エドナの後を追う。

聖堂から出て、スレイは空を見上げた。

羽ばたき音が聞こえてくる。

そして空高く、黒い点が見える。

それをよく見ると、ドラゴンの形に見える。

 

「ドラゴン⁉」

「違う、憑魔≪ひょうま≫よ。人間たちが気付いていない。」

 

そしてその憑魔≪ひょうま≫が降りて来た。

 

「降りる!あっちだ!」

「ですが、レイさんはどうするんですの?」

「あー、そうだった!」

 

スレイは頭を掻く。

と、一人の騎士兵が、

 

「アリーシャ様。どうなされましたか?」

「子どもを見なかったか?白い服に長い紫色の髪をした少女だ。」

「その子供でしたら、あちらの方に走って行きましたよ。」

 

その方向を見ると、

 

「あっちはさっき憑魔≪ひょうま≫が降りた方向だ!」

 

ミクリオがスレイ達に言う。

アリーシャ達は騎士兵に礼を言って、その場に駆けて行った。

 

そこは広い広場のような場所だった。

その一角に、憑魔≪ひょうま≫がいた。

赤みを帯びた鱗、やはりその姿はドラゴンだった。

 

「まさか戦う気か?ドラゴンっぽいぞ⁉」

 

ミクリオが注意するが、

 

「それを確かめないとだろ。引き際の判断は――」

「僕まかせ、だろう?いいけど、従えよ。」

 

スレイは頷き、近付く。

 

「憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピー。ドラゴンの幼体のひとつですわ。」

「街の穢れが、パピーに力を与えているみたいね。」

 

それを聞いたアリーシャは武器を手に、

 

「なら、今のうちになんとかしないと!」

「「落ち着いて、アリーシャ!」」

 

スレイとミクリオはアリーシャに言う。

と、憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーはスレイ達の方を見る。

 

「やば!」

 

スレイ達もそれに気が付く。

スレイ達は一目散にその場から離れる。

そして聖堂の中へと逃げ込んだ。

外からは憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーの唸り声が聞こえる。

 

「ふぅ……」

「危ないところだった……」

 

そんなスレイとアリーシャの姿に、聖堂の人々は不思議そうに見ていた。

 

「さ、騒がせてすまない――」

「……」

 

考え込むスレイに、エドナは呆れたように言う。

 

「まだやる気?おチビちゃんも居なかったのに。」

「でも、ほっておけないだろ?」

 

と、聖堂の中を見る。

そこには横になって苦しんでいる人々がいる。

そしてスレイは、エドナを見て、

 

「エドナ、街の穢れがあいつに力を与えてるって言ったよね?」

「……多分だけど。」

「じゃあ、まずそれを祓えば。」

「ええ。パピーの力を弱められるはずですわ。」

「なんとも面倒な方法だね。」

「そうだけど『損して得をとれ』だ。」

 

スレイ達に近付いて来たアリーシャは、

 

「その作戦がいいと思う。……例えは違う気がするが。」

「力を弱めても、下に降ろさないと戦えないぞ。」

「その方法もきっとあるさ。みんながいれば。」

 

スレイは笑顔で言う。

エドナは傘を開き、顔を隠す。

 

「面倒×2。」

「『急がば回れ』ですよ、エドナさん。」

「それです、ライラ様!『損して得をとれ』じゃなくて……」

「『急がば回れ作戦』開始だ。」

 

スレイ達は街を回り始める。

歩きながら、スレイは言う。

 

「それにしても、レイはどこにいちゃったんだ。」

「……まったくだ。スレイならともかく。」

「オレならって何だよ。」

「言った意味そのままだよ。」

 

スレイ達は穢れの塊を浄化しつつ、レイを探す。

 

「これが、あのマーリンドだなんて……」

 

アリーシャは改めて言葉にする。

ライラも思い出しながら、

 

「歴史ある街なんですよね?天遺見聞録にも紹介されているとか。」

「うん。一回来てみたかったんだ。『聖なる大樹そびえし学都、マーリンド。その梢に輝くは、学問の実と芸術の華』」

「『この木陰に遊ばずして、いかにして大陸の知と美を語るべきや』……ってね。」

 

スレイとミクリオは嬉しそうに言う。

だが、エドナは冷静に言う。

 

「花も実も枯れちゃってる感じ。」

「またそういうこと言う。」

「ですが、事実です……」

 

ミクリオは呆れるが、アリーシャは深刻そうな顔で言った。

スレイは明るく、

 

「けど、また春がくれば花が咲くし、秋には実がなるよ。」

「はい。学問や芸術への情熱が消えない限り、何度でも。ね?」

「確かに。それは歴史が証明してるね。」

「頭のお花は、もう満開ね。」

 

エドナは半笑いしながら言った。

アリーシャは少し悲しそうな表情で、

 

「エドナ様はお嫌いですか……お花?」

「別に好きだけど。キレイな花ならね。」

 

と、傘を広げ、背を向けて言う。

そして、さっそうと歩いて行った。

 

スレイは悲しそうに言った。

 

「ここも加護天族はいないんだな。」

「そのようね。」

「世界中がこうだとは思いたくないが……」

 

と、エドナは平然と言う。

 

「人間嫌いの天族は少なくないと思うわ。」

「……もう人と天族は共存してないのかな。」

 

スレイは悲しそうに言う。

エドナはさらに、真顔で言う。

 

「人と天族が共存できるとか思ってるの?夢物語ね。」

 

そんなエドナの言葉に、ミクリオは、怒りながら言う。

 

「夢とは限らないだろう。」

「けど、現実はこうよ。」

「難しいのはわかってる。でも、現実にそういう時代はあったんだ。」

「遺跡にも天遺見聞録にも証拠が残ってる。」

 

スレイとミクリオは、真剣な眼差しでエドナを見る。

しかし、エドナは相変わらず、

 

「それ、いつの話?」

「大昔の話だね。けど、今もエドナみたいな天族がいる。」

「は?」

「加護も取り戻せるってわかったしね。」

「そう。加護復活は共存への第一歩だと思うんだ。だから、よろしく頼むよ。エドナも。」

 

スレイとミクリオは嬉しそうに言う。

 

「まったく勝手ね。だから人間は……」

 

エドナは傘を回しながら、背を向ける。

その背に、ミクリオが自慢げに言う。

 

「慣れた方がいいよ。」

「勝手なヤツが多いわ。」

 

エドナは、ミクリオに振り返って怒った。

 

 

さらに、歩き込む。

スレイは歩きながら考え込んだ。

 

「何だろう、「なりかけの憑魔≪ひょうま≫」みたいな……」

「ああ、私も感じ取れる。これまで戦った憑魔≪ひょうま≫よりは力はまだ小さいようだが、確かにいるな。スレイ。これは街の入り口で見た、「憑魔≪ひょうま≫ハウンドドッグ」と同じものではないだろうか?スレイとライラ様の炎なら浄化できるはずだし、念のため、今のうちから手を打っておかないか?もしかしたら、マーリンドに広がる疫病を少しは抑えられるかも。」

 

と、歩いて行くと一人の女性を見た。

多くの本を持った女性に、スレイは話し掛ける。

 

「運ぶの手伝おうか?」

「い、いいえ。いいのよ。」

 

スレイはその本の表紙を見て、

 

「『モンマス文化史』に『ジェフリー文書』!」

 

嬉しそうに言った。

女性はスレイの視線を外し、

 

「戦災で貴重な書物が散逸しないよう別の場所に隠しているのよ。」

「そういうことなら、尚更オレも――」

「本当にいいの!秘密の場所なのよ。」

 

しかし女性はかたくなに拒否した。

そして辺りを見渡した後、スレイに小声で言う。

 

「このことは言わないでね。本を守るためだから。」

 

そう言って離れて行った。

そしてミクリオはその後姿を見ながら、

 

「怪しすぎ。」

「そうかな……?」

 

そんなスレイの言葉に、エドナも言う。

 

「でしょう?聞いてもないのに言い訳をペラペラ。」

 

アリーシャも思い出しながら、

 

「秘密の書庫なんて聞いたこともないが。」

「さっきの本のおばさん、アリーシャはどう思う?」

「私も、あの女性が気になる。スレイ、もう少し彼女を調べてみないか?」

 

そう言って、女性の事も追うことにした。

無論、レイも探しながら。

 

――とある家にて一人の老人が横になっていた。

老人は窓を眺めながら外を見ていた。

すると、風が吹いた。

目を瞑り開くと、そこには黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が立っていた。

 

「お前さんは?」

「……願いを叶えに来た。お前の本当の願いを。」

「…ふぉほふぉほ。これは優しいお嬢さんだ。この老いぼれの願いを聞いてくれるのかい?じゃあ、話し相手になってはくれんかのぉ。」

「違う。お前の本当の願いだ。」

「……ワシの願い……それは無理じゃよ。」

「なぜだ。」

「それは……そう、ワシは死ぬ前にもう一度、綺麗なこの街を見たかった。しかし、それはもはや叶わぬ。」

「……その願いは叶う。私の役目だ。」

 

そう言って、再び風が吹いた。

老人は夢でも見ていたかのように、そこには誰もいなかった。

 

しばらくすると、どこからか歌声が響いてきた。

とても清らかな歌声だった。

体を起こし、歌声のする方を見る。

すると、先程とは違う服の色をした小さな少女が老人の窓の前下で歌っていた。

近くには街を歩いていた人々が、その小さな少女の歌を聞いていた。

老人は再び横になり、目を瞑る。

すると、懐かしい街の風景が見えた。

病が流行してしまう前の、賑やかでおっとりとした街の風景。

それは老人だけではなかったようだ。

その小さな少女の歌声を聴いた人々は、気持ちよさそうにしていた。

しばらくして老人は久々に、心地の良い眠りについた。

 

レイは歌を終え、老人の居た窓を見る。

その瞳は赤く光っていた。

しばらくして、レイはその場を離れた。

 

スレイ達は聞き覚えのある歌声を聴いた。

その場に向かって急ぐと、人々が嬉しそうに話していた。

 

「さっきの小さい子の歌、とても良かったわ。」

「ホントに。今日はとてもいい気持だ。」

 

そう話している人々。

窓際に居た老人に、スレイが話し掛ける。

 

「あの、その子供って、白い服に長い紫色の髪をした子供ですか?」

「そうじゃよ。」

「今どこに行ったかわかりますか?妹なんですけど、はぐれちゃって。」

「そうなのか。確か、聖堂の方に行ったぞ。そうそう、あの子にお礼を言っておいておくれ。ワシの願った通りだった、と。おかげで死ぬ前に、あの光景を再び見ることができた、と。」

「……わかった。ありがとう。」

 

そう言って、スレイ達はその場を後にする。

老人の言葉を聞いたエドナはライラと共に後ろに居た。

そして傘を回しながら、怒っていた。

 

「エドナさん、どうしました?」

「ムカつくのよ。あの女の変わらなさに。」

「……あの方は昔からああですよ。」

「だからよ。あの人間がおそらく願ったのは昔のこの街の風景。もし、あの人間がこの街を元に戻すことを願っていれば、あの女はいとも簡単に元に戻す。ボウヤたちがどれだけ頑張ろうと。」

「エドナさん……」

 

エドナは傘についていた人形を力強く握る。

そんなエドナを、ライラは悲しそうにみる。

 

「お兄ちゃん時もそうだった。私がお兄ちゃんを戻してほしいと願った…なのに、「それは本当の願いではない。」の一言。本当にムカつく。」

 

握っていた人形をさらに強く握った。

そこに、スレイ達がやって来た。

 

「どうかしたのか?」

「何でもないわ。それより、聖堂へ行くんでしょ。さっさと行くわよ、ミボ。」

「その呼び方はやめろ!」

 

と、傘を回しながら、エドナは歩いて行った。

それを、怒りながら、追うミクリオ。

 

「さ、私たちも行きましょう。」

 

と、ライラ達も聖堂に向かって歩き出した。

 

聖堂に戻ると、苦しんでいた人々が安心したかのように眠っていた。

アリーシャが騎士兵に話し掛けた。

 

「これは一体……」

「アリーシャ様。いえ、実はあそこで苦しんでいた子供に、変わった子供が話し込んでいまして。そしたら、その変わった子供が歌を歌い出しましてね。それがまたとてもいい歌で……」

 

騎士兵は思い出したかのように、嬉しそうに言う。

 

「それは白い服に長い紫色の髪をした子供か?」

「はい、そうです。」

「その子供はどこに行ったか分かるか?」

「それが、外に出て行ってしまって。何でも探しものがあるとか、なんとか……」

「……そうか。わかった、礼を言う。」

 

そう言って、アリーシャは騎士兵と別れた。

スレイに、

 

「もうここにはいないようだ。何でも探しものがある、とか。」

「もしかしてレイも、オレたちを探しているのか?」

「かもしれないね。早く見付けだそう。」

「ああ!」

 

スレイ達は再び、聖堂を後にする。

 

――小さな少女は墓の前に居た。

そこに本を抱えた女性がやって来た。

小さな少女は、女性に振り返る。

 

「「……それはお前にとって、喜びを得るものだったか。今ならまだ戻れるぞ。お前の娘はそれを望んでいない。お前の娘の願いは、お前に笑顔を取り戻すこと。本当は気付いているんだろう。」

 

小さな少女は、赤く光る瞳で女性を見据えた。

そして、女性の横を歩き去って行った。

 

スレイ達は聖堂をでると、見覚えのある女性を見付けた。

それは、聖堂横の墓場にあの本の女性が居た。

女性は墓の前で悲しそうに立っている。

女性はこちらに気が付き、

 

「この墓地には娘が眠っているの。あの子も本が好きだった……。」

 

と、呟いた。

スレイ達はその場を離れるが、

 

「……」

「疑いたくないのはわかるけど、怪しいだろ?」

 

考え込むスレイに、ミクリオが言う。

スレイは俯きながら、

 

「本を墓地に埋めるわけないもんな……」

「私も気になる。隠れて様子を見てみよう。」

「……わかった。」

 

アリーシャの提案を受けることにする。

 

陰に隠れて様子を見ていると、一人の男性が女性に近付く。

そして女性は男性の前に本を出した。

そして男性は、

 

「……調子にのるんじゃねぇぞ、アガサ。いいとこ1000だ。」

 

物音に気が付いた男性が、

 

「アガサっ!」

 

それはスレイ達だった。

そして女性は、スレイを見て、驚きの声を上げる。

 

「あなたは!」

「本を守るって嘘だったんだ。」

「……ずっと母一人娘一人で苦労してきたのよ。苦しい暮らし、救われない死――嫌ってほど苦しんだのよ⁉少しだけいい目を見たっていいでしょっ!あの子供といい……どうして私の邪魔をするのよ⁉」

 

女性はスレイを見て、叫んだ。

その女性の周りには穢れが生まれる。

 

「穢れが……!」

 

アリーシャは女性に近付き、本を女性から奪う。

 

「これは返してもらうぞ。」

 

そして、アリーシャは男の方を睨む。

男はその場を去る。

そしてもう一度、女性を見て、

 

「警備隊に引き渡す。横領と窃盗の罪だ。」

「ふふ……わかってたのよ。いつかはこうなるって。」

 

女性は悲しそうに言う。

すると、次第に穢れが収まっていく。

 

「穢れが収まっていく⁉」

 

ミクリオはそれに驚いていた。

そして女性はスレイに近付き、

 

「私には、もう必要ないわ。ネイフト代表に返してもらえるかしら?」

「……」

 

と、スレイに手渡した。

その後、女性が居なくなった後、

 

「捕まって穢れがはれるなんて。」

「きっと心の底では望んでいたんですわ。罰せられることを。」

 

スレイはライラの言葉に頷き、

 

「あの人、やっぱり本が大好きだったんだな。」

「めんどうね、人間って。」

「これで良かったかな?アガサさんにとって……」

「……穢れがどう生まれるのか、今回のことで私は一つ学べたと思う。難しいかもしれないけど、彼女にとっても今回のことが救いとなるように祈るしかない……」

 

そう言って、墓地を後にした。

広場の奥に足を運ぶ。

 

「目につくハウンドドッグは倒せたようだな。」

「疫病も少しは落ち着くだろ。」

「一時しのぎかもだけど。」

「無駄ではありませんわ。穢れもある程度祓えましたし。」

 

と、各々言う。

そしてスレイは古びた洋館のような美術館前へと来る。

 

「……本当に行くのか?」

「ミクリオ様は幽霊も苦手なのですか?」

「手、お繋ぎしましょうか?いないレイさんの代わりに。」

 

と、疑問をぶつけるミクリオに、アリーシャとライラは言う。

ミクリオは少し怒りながら、

 

「じゃなくて。わかってるだろう、スレイ?」

「かなりの領域を感じる。強い憑魔≪ひょうま≫がいるな。」

 

スレイ達はその館を見上げて言いう。

と、ライラは真剣な顔で、

 

「きっと『アート』驚くような奴ですわね。」

 

ライラは手を合わせて、笑顔で言う。

 

「美術館だけに。」

 

その言葉に、隣にいたエドナはライラを半眼で見る。

傘で肩をトントンする。

スレイは苦笑いで、ミクリオは呆れたように、ライラに背を向ける。

 

「今のは『アート』と『美術』をかけた場を和ますための洒落で――」

「説明いらない。」

 

と、説明を始めたが、エドナの一言が飛ぶ。

それを聞いていたアリーシャが、

 

「あ!今気付きました!」

「要りましたわね、説明。」

 

と、後ろで会話していた。

スレイとミクリオは扉が開いているのに気が付いた。

それを見て、

 

「さっさと来いってさ。」

 

スレイは後ろの三人に言う。

それに応じるかのように、また扉が開く。

 

「行くしかないか。」

「そうよ、ミボ。それに、あのおチビちゃんもこの中に居るかもよ。」

「は⁉」

「だって、あそこに子供の足跡があるもの。」

 

と、エドナは傘でそこを指す。

ミクリオはそこを見て、

 

「本当だ。子供の足跡……」

「さ、覚悟は決まったわね。行くわよ、ミボ。」

 

と、美術館に向かて歩き出した。

 

中に入り、奥に進むにつれて、中は凄く荒れていた。

ミクリオが悲しそうに、

 

「貴重な文化が……」

「ひどい……許せないな。ここって貴重な場所じゃないの?」

 

スレイはアリーシャに聞く。

アリーシャは申し訳なさそうな顔で、

 

「もちろんダムノニア美術館はハイランドの文化財を多数所蔵する重要な場所だった。それがこんなに荒れ果ててしまっているなんて……」

「……とりあえずはレイさんを探しましょう。」

「そうですね、ライラ様。」

「しかし、レイはここに何の用があるんだ?レイも憑魔≪ひょうま≫の存在には気付いているはずだ。」

「だよなあ……」

「むしろ、それが原因なんじゃない。」

 

エドナは疑問がる二人に言う。

ミクリオは、エドナを見て、

 

「どういう意味だ?」

「あのおチビちゃんは、スレイと違って穢れを感じやすいのよ。だから意思とは関係なく、人や天族、憑魔≪ひょうま≫や穢れ、心に引き寄せられやすいのよ。」

「エドナさんの言う通りですね。逆に言えば、感じやすいが故に憑魔≪ひょうま≫に狙われやすいとも言えます。スレイさん、思い出してみてください。」

「確かに……レイは憑魔≪ひょうま≫によく狙われていた。」

「つまりおチビちゃんはうってつけのご馳走みたいなものなのよ。」

「なら、早く見付けださないとな。行くぞ、スレイ!」

「ああ!」

 

二人の歩みは速くなった。

が、壁に掛けてあった絵が音を立てて落ちた。

スレイがその絵の前に進み、壁に書いてある文字を読んだ。

 

「えっと、『麦は踏むほど強くなる。やつらを踏んだらどうなるか?ドスンとお腹を潰したら口から内臓飛び出した!』……」

 

そして、それを読み終わると扉が開いた。

 

「ね、アリーシャ。あの絵の裏の文字って――」

「あ、ああ。なんなんだろうな。悪趣味にもほどがある……本当に気味の悪い落書きだ。血で書いたみたいな……」

 

アリーシャは若干震えながら言った。

そう言っていると、辺りから子供の笑い声が響いた。

それはレイの声ではなく、複数の子供の声だった。

全員が無言になり、ひたすら先を進む。

 

二階に上がり、すぐ近くの石造に目を向ける。

そこには同じように文字が書かれていた。

スレイはその文字を読み上げる。

 

「うーんと、『剣を一振り右手が落ちた。剣を二振り左手が落ちる。悪い盗人泣き叫ぶ。痛い痛いと泣き叫ぶ。剣を三振り首が落ちた。盗人はもううるさくない。』。」

「これって導師の像?……センスのないイタズラね。」

 

エドナが像を見て言う。

すると、辺りから子供のブーイングが聞こえる。

 

「レイはこんな所を一人で進んだのか⁉」

「なんというか……その、勇気がありますね。」

「わ、私には無理です……」

「そ、そうだな。」

 

と、各自びくびくしているが、

 

「そもそも、あのおチビちゃんにそう言った恐怖と言う感情があるのかしら?」

「あ、あるだろう!それぐらい!」

 

と、ミクリオが言ったら、物音が割れる音がする。

一行はさらに奥に進む。

 

彼らはさらに奥に進むと、子供の笑い声が響く。

最奥の部屋に着いた。

すると、部屋の奥に壁に掛けられた絵があった。

スレイ達はその絵を見る。

それは子供の絵がだった。

そして、部屋に笑い声が響き渡る。

 

「アハハハハハハッ‼」

 

そしてスレイ達の後ろに、黄金の鎧騎士が槍を片手に現れる。

スレイ達は戦闘態勢に入る。

 

「この憑魔≪ひょうま≫が全ての元凶のようだな!」

「よかったわねミクリオ、オバケじゃなくて。」

「だ~か~らぁ~」

「じゃれあいは後!」

 

スレイが注意を促す。

戦いは大変だった。

そして、何とか敵を打倒す。

と、黄金の鎧騎士の中から、小さな生き物が出てきた。

そして、スレイに近付いてくる。

 

「あかん~!あかんてえ~!」

 

その小さな生き物は鎧の兜を被ったまま、スレイを見上げる。

 

「もお~、あかんゆうてるやんか~!も、このいけずう~!」

 

その生き物は腰を振りながら言う。

その呆気なさから、スレイは戸惑いながら謝る。

 

「え……えっと……ごめん。」

 

そしてライラは、その生き物を見て、悲しそうに俯いた。

 

「私、バカでしたわ。アタックさんがいると思わなかったなんて。」

 

そして、その生き物は嬉しそうにライラの方を見る。

 

「あ~!ライラはんやんか~!久しぶりやな~♥」

 

そして、ライラにテトテト駆けて行ったが、ライラはそれを避けた。

その生き物は滑り込んだ。

そして顔を上げ、

 

「ぐぬぬ……相変わらずの鉄壁やな~……」

「お知り合い……ですか?」

 

アリーシャは戸惑いながらも聞く。

 

「ええ。昔、ちょっと。」

 

そして今度はテトテト歩きながら、アリーシャに言う。

 

「ウチはアタックゆうねん~。よろしゅうな~♪」

 

それを聞いたミクリオはその生き物を見ながら、

 

「変な名前だな。」

 

すると、その生き物はミクリオに怒った。

 

「失礼やな~!『アタック』は〝ノルミン天族″に伝わる由緒のある名前やねんで~?はんなりしてるやろ~?」

「エドナ様の傘についているのと似てます……よね?」

 

と、アリーシャはエドナの傘を見る。

するとライラが、

 

「あ!エドナさんの、それに触れちゃうとすっごく長くなるので、後ほどに……」

 

と、苦笑いで言う。

 

「そうなん?」「そう……なんですか?」

 

エドナはそっぽを向く。

 

「ライラ、ノルミン天族って?」

「ちょっと変わった天族ですの。地の主になるほどの力はありませんが、他の天族のお手伝いができるんです。」

 

と、ノルミン天族アタックは、ライラの説明に決めポーズを取る。

 

「お手伝い?」

 

このことにはミクリオも知らないのだろう、ライラに聞く。

 

「天族の力をイイ感じに強めてくれるメイドさんみたいなもの……といえばいいでしょうか。」

「さすががライラはんやね~!ウチのことを、よおわかってはるわ~。」

 

と、またライラに向かってトテトテ駆けて行った。

が、ライラはまたしても、避けた。

逆にスレイとミクリオは、ライラの説明に悩んでいた。

 

「メイドさん……?わかったような、わからないような?」

「ライラの説明って、時々適当だよね。」

 

しかし、ノルミン天族アタックは嬉しそうに言う。

 

「むふふ~、ヤボテンさんにはわからへんよ~♪ウチとライラはんの関係はな~。」

 

と、ふんぞり返る。

それを見たミクリオは呆れながら、

 

「余裕で想像つくけど。」

「まあ、ライラはんのお連れさんやしぃ~。ぶぶ漬けでもごちそうするわ~。」

「あ!それより、子供見なかった⁉白い服に長い紫色の髪をした。」

「……う~ん、それは裁……」

「あー!あー!」

 

ノルミン天族アタックの声をライラが遮った。

 

「子供よ、とても小さいね。」

 

エドナが、ノルミン天族アタックを見下ろして言う。

ノルミン天族アタックは、ポンッと手を叩き、

 

「それやったらあの子やねえ~。確かあっちで寝てるでぇ~。」

 

と、テトテト駆けて行った。

スレイ達はその後ろを付いて行く。

 

「随分変わった天族だなぁ~」

 

しかしスレイの一言にもアリーシャは反応せず、

 

「ノルミン天族とエドナ様のご関係とは一体……?妙に気になる……」

 

と、一人呟いていた。

 

案内された所に行くと、確かにレイは居た。

近くには絵や小物が落ちていた。

その間に挟まるかのように、レイは寝ていた。

否、気絶していた。

 

「「レイ‼」」

 

スレイとミクリオは急いで駆け寄る。

幸いレイは大した怪我はしていなかった。

と、レイの横近くにあった絵が落ちているのを見て、ノルミン天族アタックは、

 

「二コラの『日だまりの少女』が……ジャンリュックの『佇む人』も……ひどすぎるわ!誰がこんなことをしたんやな~⁉」

 

と、ジタバタする。

 

「それは……」

 

スレイはレイを抱えながら、言葉に詰まる。

 

「あなたよ。憑魔≪ひょうま≫化した。」

 

それをエドナの言葉にした。

ノルミン天族アタックは肩を落とした。

 

「思い出した……ウチや……。ウチがムチャクチャにしたんやな……大事な大事な宝もんを――」

 

と、周りを見渡す。

 

「うう……うわああ〰ん‼」

 

と、泣きながら走って行った。

 

ノルミン天族アタックは部屋を出てすぐの渡り廊下で泣いていた。

 

「ぐす……ひっく……」

 

それを悲しそうに、スレイ達は見た。

そしてライラが優しく聞く。

 

「アタックさん。あなたが憑魔≪ひょうま≫になるなんて、なにがあったんですの?」

「辛いかもしれないけど、教えてくれないか?」

 

ノルミン天族アタックは頷き、

 

「あんな~……ウチ、芸術が大好きでな~。ずうっと前に、ここに棲みついてん~。大勢さんと美術品を見てるだけでほっこりしてな~。祀られへんでも寂しなかったんや~……」

「いいな。そんな生活。」

 

スレイはノルミン天族アタックを見下ろして言う。

ノルミン天族アタックは立ち上がり、

 

「幸せやったん……ほんまに……」

 

そう言って、また歩き出した。

スレイはその後姿を見て、

 

「アタックのこと、ほっとけないよな?」

「ああ。アタック様のお話を最後まで聞こう。」

 

アリーシャは同意する。

 

ノルミン天族アタックを見付け、続きを聞く。

 

「けどな……国の争いが始まって、人間は変わってしもたんや……敵の国の人がつくった作品やからって、けなしたり、燃やしたりし始めてん……」

 

その言葉を聞き、ミクリオは少し怒りながら、

 

「芸術を利用したんだな。戦意高揚に。」

「その通りです。」

 

アリーシャは俯きながら言う。

 

「それだけやない……そのうちに美術品の横流しが始まってな……」

「それでこんなに……」

 

スレイは辺りを見渡す。

 

「そいつらは金を手にして笑たんや……『すっきりしたな。戦争様々だ』ゆうて……。」

 

そして、ノルミン天族アタックは彼らに背を向ける。

 

「悲しかってん……悔しかってん……許せへんかってん……!せやしっ!ウチは憑魔≪ひょうま≫になってしもたんや……。」

 

スレイはレイをミクリオに渡し、ノルミン天族アタックの背中の前に、膝をつく。

 

「アタックが悪いんじゃないよ。」

「おおきに。せやけど……ちょっぴりひとりにさして欲しいねん……。」

 

ライラが近付こうとして、スレイが止める。

ノルミン天族アタックから少し離れ、

 

「美術館の真実、か。」

「アタック様に非はない……。すべては人……そして国が……。」

 

そう言って、その場を離れた。

 

「……。」

 

スレイは悲しそうに空を見上げる。

そのスレイに、

 

「まさか芸術への想いから、穢れが生まれるなんてね。」

「うん。驚いた。」

「アタック様を追いつめたのはハイランドだ。私がもっとしっかりしていれば……。」

 

ライラはスレイ達を見て、

 

「穢れは、どんな心からも生まれますわ。」

 

そして、ライラの後ろで傘を地面に突いていたエドナが、

 

「特に危ないのは他人への憎悪。」

「はい。そして私たち天族は、器からの影響を特に強く受けます。」

 

それを聞いたスレイは、

 

「オレが、穢れを生みだしたら、みんなもヤバいってこと?」

 

ライラは頷く。

 

「全員が憑魔≪ひょうま≫になる恐れがあります。」

「……。」

 

スレイは俯いた。

そしてライラは、スレイとアリーシャの前に出ると、

 

「スレイさん、アリーシャさん。人は、お二人が考えている以上に力をもつ者に依存し、絶望します。自身の理想、そして自分にできることを見誤らないでください。救うべき人間への想いは、導師の大敵でもあるのですわ。」

 

二人は頷き、

 

「うん。わかった。」

 

スレイは言うが、後ろでミクリオが、

 

「だから、その堅苦しさが危ないんだって。」

「あ。そうだね。」

 

と、スレイは苦笑いする。

その横で、アリーシャも手を当てて笑う。

ライラも笑いながら、

 

「ふふ、余計な心配ですわね。スレイさんには。」

「心配する前にやろう。」

「私たちにできることを、だな。」

 

エドナは空を見上げる。

そこには憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーが飛んでいた。

 

しばらくして、レイが目を覚ます。

 

「……ん……」

 

レイは目を擦りながら、スレイから降りる。

 

「レイ、大丈夫か?」

「どこか痛いところはない?」

 

心配するスレイとミクリオの姿に、

 

「過保護ブラザーズね。心配し過ぎじゃない?」

 

と、エドナが言う。

ミクリオがエドナを見て、

 

「当たり前だ!レイは子供で、僕たちの妹だからな!」

「……そんな偉そうに。ミボのクセに。」

「ちょ、やめ、やめろ!」

 

と、エドナは傘でミクリオを突く。

ミクリオが怒っていたのだが、

 

「それで、おチビちゃん。何でこの美術館に来たの?」

「そうだよ!レイ、急にいなくなってあっちこっち探したんだぞ!」

「……ごめん…なさい……。」

「あ、いや、こっちこそゴメンな。居なくなったの気付けなくて。」

 

と、スレイは頭を撫でる。

そしてレイは無表情で、後ろの美術館の窓を指差し、

 

「呼ばれ…た…の…。あそ…こ…の子…供たち…に。」

 

と、頭を撫でていたスレイの手が止まる。

 

「「「「「え?」」」」」

 

五人は声を揃えて言った。

そしてレイが指さす窓を見るが誰もいない。

 

「えっと……レイ、じょ、冗談はよしてくれ。」

 

アリーシャが若干ビビりながら言った。

レイは首を横にし、

 

「……呼ば…れたの…は事…実。…彼らに…友…達を…助け…て欲…しい…自分…たち…を探…し…出して…欲し…かっ…た…って。後…ここ…に誰か…が来て…欲しかっ…たっ…て…」

 

スレイ達は互いに見合っていた。

レイは窓を見つめ、

 

「……お兄…ちゃんたち…に感…謝して…る。久々…に誰…かと…遊べ…たって。…友達…を助け…てく…れたって…」

「そ、そうか…それは良かった。」

「スレイ、顔引きつってるわよ。」

 

エドナは傘を広げ、傘をクルクルしながら言った。

スレイは背筋を伸ばし、

 

「と、とりあえずレイも戻って来たし、次行こう!」

 

と、歩き出した。

しばらく歩き、スレイは手を繋いでいたレイを見下ろし、

 

「そうそう、レイ。おじいさんが喜んでたよ。願いが叶ったとかなんとか…。」

「それに、レイの歌声を聴いた人々が君に感謝していたよ。」

 

スレイとミクリオは嬉しそうに言うが、当の本人は無表情で、

 

「……何…のこ…と?」

「へ?」

「レイが僕たちから離れていた間の話だけど?」

「…知ら…ない…」

 

と、スレイ達から視線を外す。

 

「えっと…?」

 

エドナが傘を回しながら、

 

「それより、パピーをどうしにかするんでしょ。」

「あ、う、うん。ライラ。穢れ、結構祓えたかな?」

「ええ、かなり。でもパピーを下に降ろす方法を見つけないと。」

 

と、エドナが珍しく真剣に言う。

 

「スレイ、大樹の元へ行ってくれない?」

「え?うん、わかった。エドナ、どうするつもりなんだろ?」

「エドナ様に何かお考えがあるのだろう。大樹の根元に行ってみよう。」

 

大樹の元にくると、エドナは皆の前に立つ。

 

「どうするんです、エドナさん。」

「ここで待って。」

「どなたをです?」

 

エドナは背を向け、

 

「ワタシをよ。決まってるでしょ。」

 

そして歩いて行った。

スレイとミクリオは互いに見合って、沈黙した。

しばらく大樹の下で待っていた。

スレイは座り、レイはその膝で寝ていた。

その横にミクリオが立ち、その傍にアリーシャとライラが立っていた。

辺りは風が吹き、木々を鳴らす。

 

「どこ行ちゃったのかな、エドナ?」

「まったく勝手なやつだよ。」

 

と、ミクリオの後ろに人影がうつる。

そして、後頭部に打撃が入る。

 

「痛っ!」

「お待たせ。」

 

ミクリオが後ろを見ると、エドナが立っていた。

それで、自分が彼女の傘で叩かれたのがわかる。

 

「なにするんだ!」

 

ミクリオはエドナに怒る。

そしてミクリオの声に、レイも起きる。

 

「……?」

 

が、ミクリオはエドナの傍にいるものに気付く。

 

「……あれ?」

 

そしてライラもそのものを見て、手を合わせて喜んでいた。

そのものとは、兜を被った小さな生き物。

アリーシャは驚きながら、

 

「アタック様?」

 

ノルミン天族アタックは嬉しそうに、

 

「手伝いにきたで~!ウチの力がお役に立つらしいやんか~?」

 

それにスレイが立ち上がり、

 

「そうか!」

「アタックの力を僕の矢にあわせればー」

「パピーを撃ち落とせる!」

「エドナはんが、みんな頑張ってるって教えてくれはったんや~。」

 

その一言に、エドナはノルミン天族アタックを睨みながら、地面を叩いた。

そして傘を開き、顔を隠す。

 

「街が元気になればな~、芸術を愛する心を戻るはずやってゆうてな~。」

「ありがとう、エドナ。」

「いい案思いついただけよ。」

 

スレイは頷く。

レイは空を見上げる。

すると、憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーの唸り声が聞こえる。

スレイ達も空を見上げる。

 

「いらしゃいましたわね。」

「まずい、この暗さじゃ奴の姿が。」

 

アリーシャが空を睨みながら言うが、

 

「だからいいのよ。大暴れしても人間には見えないもの。」

 

と、エドナが言う。

それにミクリオは関心していた。

 

「そこまで考えて……じゃあ、どうやってあいつを捉えるかも――」

「それは知らない。」

 

エドナは傘を閉じながら言った。

と、ミクリオの横のスレイは、

 

「今夜は満月のはずだ。月明かりさえあれば。」

 

ミクリオは空を見上げ、

 

「雲は流れているな。」

「月が…あれ…ばいい…の?」

「ああ。そうすれば、撃ち落とせる!」

「……そう……」

 

レイが呟いた後、風がさらに吹き荒れる。

月を隠していた雲がサッと流れて行く。

 

「探しましょう。月明かりを利用できる射撃位置を。」

 

スレイ達は頷く。

 

「ウチも、何でも手伝うで!憑魔≪ひょうま≫になってしもた罪を償いたいんや。」

 

そう言っているうちに、空を見ていたレイが、スレイを引っ張って歩き出した。

 

「ここ…がい…い。」

 

レイが言ったその先には家があった。

それを見たスレイは、

 

「確かに、ここだな。」

 

スレイ、ミクリオ、ノルミン天族アタックは、屋根に上がる。

そして、スレイとミクリオは手をタッチしてから、神依≪カムイ≫化をする。

そして矢をつがえて、構える。

 

「アタックさん!」

 

ライラが合図を送る。

 

「はいな~!パワー・ガ・ノルミン!」

 

ノルミン天族アタックが光り出し、光をスレイに送る。

すると、スレイの構える弓が大きくなり、力を増す。

 

「ぐぬぬ……すごい力やあ~……!一発しかお助けできひんわ~……!」

 

そのスレイをライラとアリーシャが見守る。

スレイの目には大きな月が輝いている。

 

「……」

 

スレイは標的を探す。

 

「一発で十分だ。スレイ、狙いは僕が。」

「……ああ。タイミングはまかせろ。」

 

そこに歌声が響く。

それに引き寄せられるかのように、憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーが姿を現す。

そしてそれが月と被る。

 

「「今だ!」」

 

スレイは矢を放つ。

それは勢いよく飛んでいき、憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーに命中する。

そして落ちてくる。

ノルミン天族アタックは嬉しそうに、ポーズを決める。

 

「さすが!」

 

スレイも嬉しそうに言う。

そして「ドスン」と、落ちた。

スレイ達は屋根から飛び降り、ライラとアリーシャも武器を手に走り出す。

 

「まだ!ここからが本番だ!」

 

彼らは武器を構え、戦闘に入る。

 

「この大きさと迫力でドラゴンパピー……冗談だろ?」

 

ミクリオは驚きを隠せない。

そんなミクリオにエドナは、

 

「実際のドラゴンとの格の差は、もう見ている筈よ。」

「俺たちはやるべきことをよってここにいる!」

「そうです!今のスレイさん達なら!」

 

盛り上がる者達とは違い、

 

「……ま、いいわ。死なない程度に頑張って。」

 

苦戦しながらも、神依≪カムイ≫を駆使する。

そしてなんとか憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーを倒した。

 

「やったあ!ドラゴンを!」

「パピーだけど。」

 

エドナは傘を開いてスレイに言う。

 

「確かに……本当のドラゴンには程遠いかもしれないけど――」

「ああ、たどり着けないわけじゃない!」

 

その一言に、ミクリオとスレイは力強く言った。

その姿に、エドナは彼らから視線を外し、嬉しそうに小さく微笑んだ。

 

黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女は、彼らの戦いとその後の姿を木の陰から見ていた。

 

「……どこまでもつかな。お前達の絆も、想いも……そして、家族も……」

 

小さな少女は、風と共に消えた。

 

 

「……お兄ちゃん……」

 

戦い終わったところを見たレイはスレイ達に近付いた。

そしてスレイ達と話していた。

ミクリオは後ろで悩んでいたノルミン天族アタックに声を掛けた。

 

「どうしたんだ?」

「う~ん。いやな~あの子供はん、裁判者かと思ったんやけど~違ったみたいや~。よかったわ~。それに~ウチ、憑魔≪ひょうま≫化してた時にな~、あの子供はんを思いっきり傷つけてもうたん。人間じゃなくても、死んどうるくらいの~。でもどうやらウチの勘違いやったみたいや~。ホント、よかったわ~。」

 

ミクリオは考え込んだ。

そして思い出すのはレイフォルクの時、憑魔≪ひょうま≫によって岩に叩き付けられたレイの姿。

普通の人間なら、骨が折れていてもおかしくない衝撃だった。

しかし、幸いレイは大した怪我はなかった。

 

「……アタック。君の言うその裁判者って何だ?」

「なんや、お前はん知らんのか?人間ならともかく、天族は知ってるでぇ~。」

 

と、ドヤ顔っぽい感じで言う。

ミクリオは怒りを抑え、

 

「悪かったな。で、裁判者って?」

「裁判者ゆうのは~その名の通り、この世界全てを審判してる者やで~。本当に願う、ただ一つの願い事を叶えてくれる者やでぇ~。しかしなぁ~、あの女子はんは何にも興味をしめはへん人でなぁ~。いっつも、無表情で世界を見るんよ~。でも、対となる審判者の男子はんは、逆にぃ~とっても感情豊かなんよぉ~。でも、強い言葉をすぐ叶えてしまう怖い人なんやわ~。」

「……」

 

ミクリオは言葉を失った。

レイを探している時、老人は願いが叶ったと言っていたのを思い出す。

それに、ライラやエドナ、レディレイクに居る天族ウーノも、レイを見た時、感じた時の反応を考える。

それを思い出すと、その裁判者とレイの関係を無下にできない何かがある。

それだけではない。

レイの事をノルミン天族アタックに聞いた時、真っ先に出た言葉はレイではなく、おそらくはその裁判者。

そして、ライラはノルミン天族アタックの言葉を途中で止め、エドナが改めて聞いていた。

それらの事も考え、ミクリオは改めてレイを見る。

レイは、スレイとアリーシャ、ライラと話していた。

と言うより、スレイと会話していた。

 

「何してんの、ミボ。」

「あ!エドナはん~。いやなぁ~、裁判者と審判者について教えて欲しいゆうてな~教えてあげてたんよ!」

 

と、決めポーズを取った。

エドナは傘をさしたまま、決めポーズを取っているノルミン天族アタックを睨んだ。

 

「アンタ、ホント余計な事しか言わないわね。」

 

そして、ミクリオを見上げ、

 

「で、アンタはそれを聞いてあのおチビちゃんをどう思うわけ?」

「……多分、僕が思うにレイと君たちの言うその二人と深く関わりがあると思う。」

「それで?スレイにも言うの?」

「いや、今は言わない。それに例え、レイが何者であろうと、僕もスレイもレイに対する態度を変えるつもりはない。」

 

ミクリオは一度首を振った後、エドナを見て行った。

エドナはそれを見た後、ミクリオに背を向け、

 

「あっそ。」

 

そして歩いて行った。

ミクリオとノルミン天族アタックもそれについて行く。

そしてレイはいつぞやの時のように、憑魔≪ひょうま≫に近付いた。

レイが歌に合わせ、風が吹く。

そして青い炎に包まれ、一人の天族の男性が現れる。

その天族はすぐに目を覚まし、

 

「浄化の炎……あんたは導師か?」

 

スレイは頷く。

そしてレイを見下ろし、

 

「それに君は……」

 

レイはミクリオの後ろに行き、彼の後ろにしがみ付いた。

その姿を見たライラは、

 

「珍しい。スレイさんではなく、ミクリオさんの所に行くなんて!」

「ちょ、それどういう意味⁉」

「アハハ。と、いけない。えっと、あなたはマーリンドの?」

 

天族の男性は頷く。

 

「加護天族のロハンだ。」

 

が、彼は肩を落とし、

 

「だった……というべきか。ドラゴンになりかかっちまった俺には、もうこの街を守る資格はないだろうよ。」

「そんなことは――」

 

スレイが言うよりも早く、アリーシャが天族ロハンの前に片膝をつく。

レイはミクリオの後ろからそれを見ていた。

その瞳は赤く光っていた。

 

「ロハン様。ハイランド王国王女アリーシャ・ディフダと申します。あなたを憑魔≪ひょうま≫にしてしまった責は、人心を荒廃させた私たち、ハイランド王室にあります。ですが、必ず立て直して見せます!罰が必要なら、私が受けます。ですから、どうか今一度だけ加護をお与えください。」

「なんとも一途な姫さんだな。俺が見えるのかい?」

 

天族ロハンはアリーシャを見下ろし、アリーシャも天族ロハンを見上げる。

 

「はい。スレイの従士にしてもらいましたから。」

「従士……」

 

その言葉に、天族ロハンは眉を寄せた。

レイはそれを見逃さなかった。

そしてスレイを見て、

 

「平気なのか?」

「え?」

 

ライラ以外の者の顔には疑問が浮かぶ。

無論、レイには無表情で彼らを見ていた。

 

しかしミクリオは思い当たるのがあるのだろう俯き、考えていた。

それをレイは見上げていた。

そして、スレイを見る。

スレイは笑顔だった。

おそらく本人は知っているからだろう。

そしてその隣に居たライラも悲しそうに、それでいて強い瞳で見ていた。

それを理解し、

 

「……そうか。」

 

そして天族ロハンは空を見上げ、

 

「街の穢れが……ずいぶん減っている。あんたが祓ったんだな。」

 

スレイを見て、言った。

しかしスレイは首を振り、

 

「みんなで、だよ。」

 

天族ロハンは頷き、

 

「……わかった。俺でよければやってみよう。」

 

そしていつの間にか、彼の足元に移動していたノルミン天族アタック。

ノルミン天族アタックは彼の足元から、

 

「ウチも手伝うで~!」

「ありがとう!」「ありがとうございます!」

 

と、スレイと立ち上がったアリーシャが同時に言う。

そしてレイはそっとミクリオの後ろから離れ、すぐ近くの大樹に触れた。

そして近付いて来た天族ロハンとノルミン天族アタックから隠れるように、茂みに隠れる。

天族ロハンは大樹に近付く、その時彼は茂みに小さな少女を見た。

 

「……さすがに穢れていないな。大樹を器にして加護領域を展開するぞ。」

 

と、足元のノルミン天族アタックを見る。

 

「はいな~!パワー・ガ・ノルミン!」

 

手を上げ、領域を展開させた。

そして気付いた。

 

「むっ!これは……⁉」

「どうされたのですか?」

 

二人はスレイ達に振り返る。

 

「近くにな~、まだ強い憑魔がいるみたいなんや~。」

「そいつの領域が邪魔して、ザコ憑魔≪ひょうま≫の侵入を止められねえ。」

「どこにいるんだ?そいつは。」

「……南西だ。遠くない。」

 

アリーシャがスレイを見て、

 

「スレイ、そいつを倒さないと!」

「けど、今オレたちが街を離れるのは……」

 

エドナが呆れたように、

 

「ザコ警備隊は倒れてるし、ザコ憑魔≪ひょうま≫は入ってくるし。」

 

しかし、ライラは大樹の所に咲いていた花を見付けた。

そして嬉しそうに、

 

「スレイさん、見て!」

「大樹が華を!」

 

スレイも嬉しそうに言う。

ミクリオがそれを見ながら、

 

「『聖なる大樹そびえし学都、マーリンド』」

「『その梢に輝くは、学問の実と芸術の華』」

 

と、スレイが嬉しそうに続く。

 

「この華みたいに戻るよな。学問も芸術も。」

「きっとな!」

「大したものね。」

 

エドナがスレイの横で、ボソッと言う。

と、スレイが、

 

「くしゅんっ!あれ……誰か噂した?」

「花粉のせいでしょ。」

 

と、そこでノルミン天族アタックは嬉しそうに言う。

 

「ライラはん、ええ導師はんを見つけはったみたいやな~。よかったわ、ホンマに~。」

「ありがとうございます。」

「昔馴染みなんだよな、二人は。」

 

スレイはライラを見て言う。

ライラは思い出すように言う。

 

「一時期、ノルミン天族のみなさんと旅をしたことがあるんですの。」

「ライラはんは、ウチらの憧れでな~。一族四十九人、まとめて陪神≪ばいしん≫にしてんか~って頼んだこともあってんで~。」

「契約しなかったんだ?」

「え、ええ……」

「『いいお友達でいましょう』ゆわれてな~……」

 

ノルミン天族アタックは悲しそうに言う。

それをエドナは淡々と言った。

 

「罪な女ね。」

 

そしてミクリオも、

 

「いやいや、四十九人は多過ぎだろ。」

「そのショックでな~、みんなセンチメンタルな旅に出てしまってん~……」

 

その言葉に、ライラは驚きを隠せなかった。

 

「ええ~!なんでそうなるんですか⁉」

 

そしてエドナはまたしても、淡々言う。

 

「罪すぎる女ね。」

「そんなこと言われましても……」

 

と、落ち込むライラに、

 

「気にせんでもええわ~。ウチら、基本ポジティブやし~。みんな、思い出を心の小箱にしまって、明るう生きている思うわ~。」

「思い出はどうでもいいけど、ノルどもが役に立つのは事実よ。見つけたら、とっつかまえましょう。」

 

エドナは傘で指さしながら言う。

 

「憑魔≪ひょうま≫になったらかわいそうだしな。」

「また仲間に会えたら嬉しいわ~!お役に立つさかい、よろしゅう~。」

 

そしてスレイはふら付いた。

 

「「スレイ⁉」」

 

ミクリオとアリーシャがスレイを心配する。

レイが茂みから出てきて、スレイの足に抱き付いた。

そよ風がスレイを包む。

そしてスレイは、レイの頭を撫でながら、

 

「ご、ごめん。ちょっと立くらんだ。」

 

と、ミクリオとアリーシャに苦笑いした。

エドナが気をきかせて、

 

「要休息。宿屋へゴー。」

「ですね。休めばいい案がでるかもですし。」

 

と、スレイ達は歩き出した。

そして、天族ロハンはスレイを見て、

 

「ふっ、若い導師が身を削っているんだ。ふてくされてる場合じゃないよな。」

 

その声が聞こえたアリーシャは、

 

「身を削る……?」

 

不安そうに、一瞬天族ロハンを見た。

レイはスレイからそっと離れた。

そしてスレイは、アリーシャの様子に気が付く。

 

「アリーシャ?なんか疲れてるみたいだけど?」

「いや……私は平気だ。君こそ、今夜は大変だったんだ。早く宿で休んでくれ。」

 

と、宿屋に急ぐ。

道中、スレイは思い出したように言う。

 

「ホント、ノルミンの力って面白いな。」

「顔ほどじゃないけど。」

 

エドナは傘で顔を隠しながら、半眼でボソッと言う。

ライラは明るい声で、

 

「ノルミンさんたちのお助け能力は素晴らしいですわ。それぞれ効果も違いますし。」

「顔は完全に同じなのにね。」

 

エドナは傘で顔を隠し、また半眼でボソッと言う。

スレイは興味津々で、

 

「組み合わせ方で効果が変わるんだよな?」

「生意気すぎ。ノルのクセに。」

 

エドナは傘で顔を隠し、またしても、半眼でボソッと言う。

ライラは手を合わせて、スレイの質問に答える。

 

「はい。組み合わせられるノルミンさんの数も増えていくはずですわ。」

「ノル×≪かける≫ノル=≪イコール≫ノル地獄。」

 

エドナは傘で顔を隠し、やっぱり半眼でボソッと言う。

スレイは頬を掻きながら、

 

「ノルミンに厳しいよね、エドナは。」

「別に。ただちょっと因縁があって。問い詰めたいことが77個、苦情が108個、訴えたい案件が32個!あるだけよ。」

 

エドナは真顔で言った。

スレイは苦笑いで、

 

「複雑なんだな……」

 

スレイはそれには深く関わらず、宿屋を急ぐ。

しかし、レイが居ないことにスレイが気付く。

 

「あれ⁉またレイが居ない⁉」

 

探しに行こうとするスレイを、

 

「待て、スレイ。レイは僕が探してくる。だから先に、宿屋に行っていてくれ。」

 

ミクリオがレイを探しに行った。

 

 

天族ロハンの大樹の陰に気配を感じた。

そこに風が吹き、

 

「やはり君だったか……。この器を浄化し、さらにはあの若き導師を助けていたのは……」

 

と、闇夜の中から声がする。

 

「器の浄化は、この大樹自身が望んだことだ。お前と共にもう一度この街の加護を、と。私はその願いを叶えたに過ぎない。それに導師に手を貸したつもりはない。」

「しかし君は、あの導師に随分と興味があるように思えたが?」

「……さぁな。しかし、災禍の顕主に会う前に死なれては意味がない。それでも、死ぬような時があるのなら、それはそれまでの器だったと言うだけだ。導師が死のうが、その後世界が穢れようが、私には関係ない。今宵はお前たち心ある者達の引き起こした災厄だからな。」

 

天族ロハンは腕を組んで、

 

「君は変わらないな……。」

「変化を求める方が無理があるだろうさ。」

「だが君は、現導師に随分と興味があるように思えるが?」

「……あの主神といい、お前達はすぐそれに結びつけるのだな。」

 

天族ロハンは少し笑い、

 

「否定はしないんだな。しかし君なら、監視をする際、彼らから距離を取っていようが取るまいが、気配を悟られずに出来たはずだ。」

「……出来るな。私もこのようにしているのは、理由がある。盟約と託されたもの……だからな。」

 

そう言って、風が吹き、小さな少女の気配は消えていた。

代わりに、別の小さな少女が彼の後ろに現れた。

 

「君は……」

 

白いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女を天族ロハンは見た。

 

「……?」

 

と、ノルミン天族アタックがやって来た。

 

「あれー、子供はんやないか~。子供はん、何であそこに居たん?」

 

レイはしゃがみ、

 

「……あなた…に伝えて…おく。子供…たちが…君とい…た時間…は楽し…かった…君を…あん…なにし…てご…めんな…さい…っだ…って…」

「えっと~、何のことや?」

 

そこにミクリオがやって来たので、レイは彼の手を取り、さっそうとその場を後にした。

 

スレイは宿屋のベランダで、遠い目で空を見上げていた。

 

「…………ま、そのうち慣れるだろ。」

 

と、視線を戻した。

そしてそれを見ていたミクリオに、スレイは気付いた。

 

「なんだ、まだ起きてたのか?」

「……さっきから居たんだが。」

「無言でなんだよー。遠慮するような間でもないだろ。」

「ああ。そんな間じゃないよな?」

 

ミクリオはスレイを見据えて行った。

そしてスレイもそれに気づき、

 

「もちろん。」

「もう寝るよ。」

 

そう言って、部屋の中に入って行った。

スレイはその背中に、

 

「……ごめんな。」

「おやすみ、だろ。」

 

そう言った。

実はそれを隅の方で見ていた黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が居た。

その小さな少女は小さく、

 

「……相変わらずの似た者同士と言う訳か……」

 

そして小さな少女も姿を消した。

 

 

宿屋で休み、朝がやって来た。

スレイとレイは起き、ミクリオと共に外へ出る。

すでにアリーシャが待っていた。

 

「具合はどうだ?」

「平気平気。」

 

心配するアリーシャに、スレイは笑顔で言う。

そしてミクリオが、

 

「昨日のは知恵熱だからね。そうだろ、レイ。」

 

レイはミクリオを見上げた後、頷いた。

反論するかと思ったスレイは、

 

「そうなんだよね~。」

「おい。なんでボケた僕とレイがつっこまなきゃならないんだ?」

 

そして笑うにスレイに、アリーシャも笑った。

 

「ふふ、いつものスレイだな。よかった。」

 

と、そこに荷を運んでいた商人がやって来た。

 

「導師殿!いいところに。」

「エギーユさん。」

 

そして、男性の横に居た赤髪の少女が立ち上がり、

 

「橋の話聞いたよ。すっごいね!」

「あれは……まあ……」

 

スレイは俯きながら答える。

 

「まあ?なんでもいいけど、受け取りサインちょうだい。」

 

と、少女ロゼは書類を前に出す。

 

「え?オレ?」

「追加の薬よ。」

「ネイフトって人から頼まれた分だ。」

「あ……!」

 

スレイは笑顔になる。

 

「不景気な顔すんなって。ね、妹ちゃん。」

 

スレイの近くに来た少女ロゼがスレイ達に言う。

レイは少女を見上げ、視線を外した。

 

「はは、そうだな。」

 

と、スレイは笑いながらサインを書き始めた。

 

「あと、伝言。『マーリンドに向かう傭兵団を見つけ、街の警備を頼んだのですが断られてしまいました。レディレイクに援軍を要求しましたが少し時間がかかりそうです。』だって。」

 

それを聞いたスレイは、

 

「……傭兵団!その手が!」

 

と、アリーシャを見る。

 

「傭兵に憑魔≪ひょうま≫が倒せるだろうか?」

 

ライラがアリーシャを見て言う。

 

「ハウンドドッグ級は無理でしょうけど、ただの動物憑魔≪ひょうま≫くらいなら。」

「凶暴だけど見えるし。しょせんザコだし。ね、おチビちゃん。」

 

エドナもそれにつけ足す。

エドナに言われたレイは、彼女を見た後頷く。

しかしミクリオが、

 

「けど、警備を断ったって。」

「私が頼んでみます。誠心誠意。」

 

スレイはアリーシャに、

 

「それに傭兵って、お金で雇う兵士だよな?」

「そうだが……人々の為に何とか引き受けて貰わねば……」

「わかった。とにかく会ってみよう。」

 

戸惑う彼女をよそに、スレイはサインした書類を渡し、

 

「伝言、伝えてくれてありがとう。」

 

そして少女は聞く。

 

「ねえ、なんでこんな面倒なことしてんの?」

「なんでって……困っている人をほっとくのイヤだから。」

 

スレイは真顔で言った。

少女ロゼはそれを見て、

 

「……ふーん、わかった。スレイが変な奴だって。」

 

そう言って、歩いて行った。

 

「さて、薬はどこに?」

「聖堂に頼むよ。」

「承知した。」

 

スレイは、商人たちに、

 

「ね、途中で傭兵団見なかった?マーリンドに向かったっていう。」

「『木立の傭兵団』なら一緒だったよ。この街にいるんじゃないか?補給をするって言ってたから。」

 

そう言って、聖堂に向かって行った。

スレイ達も、傭兵団を探しに街を回る。

 

 

そして、聖堂近くにその傭兵団らしき団体を見付けた。

 

「補給急げ!こんな物騒な街に長居は無用だ。」

 

そして、彼らの周りには野犬達が倒れていた。

レイはその野犬達を見た。

そしてそれが何なのかが解る。

そして彼らの周り居た、街の人達は驚いた顔をしていた。

 

「なにがあったの?」

「聖堂を襲おうとした野犬の群れをあいつらが倒したのさ。いやあ、見事な連携だったよ。」

 

そしてライラも、野犬たちを見た。

 

「あの犬、憑魔≪ひょうま≫ですわ。」

 

そしてエドナもそれを見て、

 

「ただのザコじゃないようね。人間にしてはだけど。」

 

スレイとミクリオ、アリーシャは彼らに近付く。

無論、スレイと手を繋いでいたレイも。

そしてスレイは、体格のでかい男性に話し掛ける。

 

「あの。頼みがあるんだけど。」

「あん?俺たちは『木立の傭兵団』だ。ガキの子守は受け付けないぜ。」

 

レイは男性を見上げる。

そしてスレイは相手をしっかり見て、

 

「あなたたちにしかできない仕事だ。」

 

男はスレイ達に近付き、

 

「団長のルーカスだ。仕事ってのは?」

「しばらくの間マーリンドを守って欲しい。」

 

男性ルーカスは腕を組み、

 

「あ~、前にも頼まれたが断った。疫病の街の警護なんておっかなすぎる。」

 

そして、彼の後ろに居た鎧を着た男性が、

 

「団長。こいつ、噂の導師ですぜ。」

「橋の奇跡のか?こんな若造って冗談だろ~!」

 

その言葉に、ミクリオは怒っていた。

が、スレイは続ける。

 

「マーリンドを元に戻す方法を見つけたんだ。それには街を空けなきゃならない。けど、警備隊は疫病でまともに戦えないし。」

「代わりに俺たちが……ってか。俺たちを利用して、美味しいところを独り占めする腹なんじゃ?」

 

その言葉に、アリーシャは首を振り、

 

「そんなことはしない!」

「口で言われてもな。」

「じゃあ、どうすればいい?」

「教えてやるよ、導師様。傭兵ってのは金で動くもんだ。本気ならこれからいう金額をもってきな。話はそれからだ。5000ガルド。どうするよ、導師様?」

 

そしてスレイはすぐにその金額を渡す。

 

「へぇ……思ってた導師とは違うな。ちょっとは信用できそうだ。」

 

その言葉に、アリーシャは眉を寄せて男性ルーカスを見る。

 

「金を出せば信用するのか?」

「じゃあよ。なんで動いたら御満足なんだ?」

 

男性ルーカスはアリーシャを見て行った。

アリーシャは視線を反らさず、

 

「……使命感や義侠心だ。」

「俺の部下が疫病で死んだとしてだ。そんなもんが残された身内を世話してくれんのか?一生?」

「そ、それは……」

 

アリーシャは口ごもる。

男ルーカスは続ける。

 

「だが、金があれば報いてやることができる。俺は、部下たちとそう契約している。だから奴らは命懸けで戦えるんだ。」

「う……」

 

アリーシャは悲しそうに俯いた。

 

「もっと現実を見な、お嬢ちゃん。」

「現実……か。」

 

スレイはその言葉を深く考えていた。

そして男性ルーカスは、

 

「さて、依頼はこの街の警備だったな。承るが、見返りに――」

 

男性ルーカスはスレイに近付き、

 

「この街好きにしちゃっていいよな?」

 

レイはスレイを見上げる。

そしてミクリオも、スレイを見て、

 

「本当にいいのか、スレイ?」

 

スレイはミクリオを横目で見て、

 

「心配ないよ。契約を重んじる人が、そんなことしないさ。」

 

そうして、男性ルーカスを見る。

男性ルーカスは嬉しそうに、

 

「合格だな。」

 

そして男ルーカスは部下に振り返り、

 

「仕事だ、野郎ども!全隊でマーリンドの警備にあたる!1,2番隊は外周、3番隊は市内を固めろ!警備隊へは俺が話をつける!導師直々の依頼だ。気合いを入れろよ!」

 

と、歩きながら、命令を下す。

 

「おおお〰っ‼」

 

そして、移動を始めた。

男性ルーカスはスレイに振り返り、袋を投げた。

 

「これは?」

「釣りだよ。仕事は適正価格で受ける主義でな。」

「まあ!意外にお得!」

 

と、ライラは手を合わせて言った。

それが会話になるかのように、

 

「こうみえてもお客様本位なんだ。」

 

そしてスレイ達は彼らから離れた。

レイはスレイの手を放し、男性ルーカスの元に駆けて行った。

 

「何だ、お嬢さん?」

「どうして…」

 

レイは男ルーカスを見上げる。

 

「「何故、そこまでしてお前達は命を懸ける。確かに、人の生きる営みには見返りが必要だろう。しかしそれならば、このような仕事はしなければいい。」」

「確かにそうだな。だがな、お嬢さん。これは誰かがやらねばならないんだ。国の兵は国の為、王の為、命令に従い、命を出さなきゃならん。だが、俺たちのような者なら、そんな命令はない。命も金の分だけで済む。それにな、俺たちのような者にしか、残せぬものもある。何と言うか、それが俺たちの絆であり、結び付きなんだろうさ。ま、お嬢さんにはわからんだろうがな。」

 

小さな少女の瞳にはある少年との会話を映し出す。

 

――人間や天族には、俺たちにはない絆や結び付きのようなものが沢山ある。だからこそ、彼らは互いに惹かれあい、絆を結ぶ。

――逆を言えば、それがあるが故に過ちを繰り返すのだろう。

――だからだよ。それがあるから関わりを捨てれず、紡ぎ続けるんだよ。

 

それは少年が笑顔で言った言葉。

今のレイにはその少年の顔は解らない。

靄がかかっているかのように、反射して見えない。

そして男性ルーカスから視線を外し、

 

「「……ああ、わからんな。本当にわからない。」」

 

そして顔を上げ、

 

「…頑張っ‥て…」

「ん?ああ。」

 

そしてレイは男性ルーカスから離れて行った。

 

スレイはアリーシャに、

 

「『木立の傭兵団』って、いい人たちだな!」

「……試された、という事なのだろうな。正直釈然としないが……だが、これでしばらく街は安全だ。よしとしよう。我々も、目的を果たそう!」

「ああ!」

 

と、レイが戻ってきて、街を出る。

 

道中スレイは、思い出しながら言う。

 

「ルーカスに木立の傭兵団か。変わった連中だな、レイ。」

「……ん。」

 

スレイと手を繋いでレイは頷く。

 

「あんな繋がりもあるんだな……」

「一応、筋は通ってるし。あいつらの理屈だけど。」

 

アリーシャの言葉に、エドナが淡々と言う。

 

「彼らのように信じるものに自分の有り様を委ねる人間は、むしろ純粋なんですわ。」

「確かに穢れは感じなかったね。」

 

ライラの言葉に、ミクリオは思い出しながら言う。

そしてアリーシャは、

 

「つまり、穢れとは単純な善悪ではないと……?」

「悪人でも――いや、悪人だからこそ穢れないこともありえるわけか。」

 

ミクリオも考えを言う。

スレイは苦笑いで、

 

「はぁ……穢れって難しいんだね。な、レイ。」

「……かもね。」

 

そんなスレイの姿に、

 

「ふふ、そんな風に悩めるスレイさんの心が大切なんですよ。」

「私もそう思うよ、スレイ。」

 

ライラとアリーシャが微笑んで言う。

 

「純粋というより単純なだけな気もするけど。」

「……否定できないね。」

 

エドナは傘で顔を隠しながら、半眼で言う。

そしてミクリオも、口を片手で覆いながら言った。

そしてスレイは、

 

「あ〰!ますます難しいっ!」

 

スレイは拳を握って叫んだ。

 

一行はボールス遺跡にやって来た。

レイは空を見上げ、握っていたスレイの手を強く握る。

そしてミクリオが、

 

「ピリピリくる……この奥になにかいるぞ。」

「はい。私にもわかるほど嫌な気配です。」

 

アリーシャが辺りを見渡しながら言う。

 

「この森の憑魔≪ひょうま≫、浄化しないとな!」

 

彼らは奥へと進む。

 

途中、古びた遺跡後を見付けた。

それは崩れ落ちていた。

それをスレイは悲しそうに見る。

ミクリオがそれを見て、

 

「この森も遺跡だったんだな。」

「どの遺跡も憑魔≪ひょうま≫の住み処になっちゃってる。本当に広まってるんだな、穢れが。」

「スレイさん……」

 

ライラは悲しそうに彼を見る。

無論、ミクリオやアリーシャも。

そしてミクリオは、

 

「……遺跡が憑魔≪ひょうま≫の巣なのは、僕も残念だよ。」

 

レイがスレイの手を引っ張り、

 

「なら…お兄ちゃん…たちが…ここを…元に…戻せば…いい。」

「レイの言う通りだ!探検しながら憑魔≪ひょうま≫も祓えるのは、一石二鳥じゃないか?どんな探検家や歴史家もできなかった冒険だ。」

 

ミクリオも、笑顔でスレイに言う。

そのミクリオにスレイは、

 

「前向きだなぁ、ミクリオは。レイの一言にここまで付け足すなんて……」

「はあ⁉」

 

逆にスレイの言葉に、スレイ以外の皆が驚いていた。

と言っても、レイは相変わらずの無表情だった。

そしてスレイは続ける。

 

「うん。悩んでても答えは出ないしな。それくらいノーテンキな方がいいよ。」

「スレイさんに言われると……」

「ショックですよね。」

 

ライラとアリーシャが、視線を外しながら言う。

スレイは大声で、

 

「行こうぜ!ポジティブミクリオ!」

 

と、後半は悪戯顔で言う。

その顔に、ミクリオは拳を握りながら、

 

「お前!わかって言っているだろ⁉」

「略して」

「ポジリオ?」

 

と、エドナも意地悪顔で、ライラもそれに乗り言った。

 

「略すな!」

 

ミクリオは大声で言った。

彼らは笑いながら、先を急いだ。

 

と、アリーシャがレイを見ていたのをミクリオが気付く。

 

「アリーシャ、レイがどうかしたか?」

「ミクリオ様。いえ、ただ前よりもレイの話し方が変わったような感じがして。何と言うか、聞きやすくなったというか……」

 

ミクリオは思い出したように言う。

 

「確かに、昔よりもそうだな。」

「レイは昔からあのような感じで?」

「ああ。昔は今以上に無口だった。僕とスレイの後ろを付いて来て――」

「まるでヒヨコのようね。」

「はい。とても可愛らしいですわ!」

 

いつの間にか、近くに居たエドナが傘を回しながら言った。

そしてライラも、手を合わせて言う。

 

「それで、あのおチビちゃんはいつ頃から変わったの?」

「……きっかけはスレイだな。いっつも無言で後ろについて来て、スレイの無茶ぶりにつき合わされて。……あの時、遺跡のトラップで落とし穴に落ちてさ。しばらくの間その落とし穴の中に居たんだけど、スレイが突然言い出したんだ。『まるで、本当の兄弟みたいだ!』って。それに『オレとミクリオがお兄ちゃんで、レイが妹だ!』って。その時、レイが〝兄妹″っていう単語に疑問を持って、『だったら、それを知るためにオレらを兄と思えばいいんだよ!だって、イズチの皆が家族だ!』ってスレイが陽気に言ってだから僕も……。それからだね、レイが僕らを兄と呼び、イズチの皆を家族としてみるようになったのは。それに、僕たちに喋るのが多くなった。」

「ふーん。」

「レイのことを変えたのは、スレイとミクリオ様と言うわけですね。」

「いや、僕らだけじゃないよ。最近のレイは多くの人と触れ合って、変わったと思う。だからお礼を言うよ。」

「……誰しも変われる、ある方がよく、ある人に言っていた言葉通りですわ!」

「あの方?」「ある人?」

 

ライラは手を合わせて、嬉しそうに言う。

ミクリオとアリーシャはライラの言葉に出た人が気になるが、

 

「おーい、みんな!置いてちゃうよー!」

 

スレイの声が響く。

どうやら歩くスピードがいつの間にか、遅れていたようだ。

アリーシャとミクリオが急いで追いかける。

 

「……誰しも変われる…あいつが絶対に言わないことを言ったその人物はスレイ並みに、物凄くバカな人ね。」

「かもしれませんね。」

 

二人も、スレイ達の元に急ぐ。

 

と、スレイが宝箱を見付け開けると、中から瓶に入った液体を見付けた。

それを見たスレイとミクリオは、

 

「これって……まさか『エリクシール』⁉」

「マオテラスがつくったっていう万能薬!」

 

と、ライラが明後日の方向を見て、

 

「あ、ヒメウスバシロチョウですわ。」

 

その様子を見たスレイが、

 

「……ライラって時々不思議だよね。レイもそう思うだろ?」

「……ん?」

 

しかし、レイは首を傾げるだけ。

 

「それよりエリクシールだ。本物かな?」

「天遺見聞録によれば、エリクシールの生成術は過去に失われているってあったけど。」

 

ミクリオとスレイが難しい顔をしながら話し込むが、

 

「あ、マエカドコエンマコガネ発見!」

「……舐めてみればわかるかも?」

「おい、大丈夫か⁉」

「一滴くらいなら。」

 

と、一滴舐めるスレイ。

 

「うわっ!回復した!回復したぞ、レイ!」

「…おめ…でと…」

「本物だ!」

 

そしてスレイは悲しそうに、

 

「これ、普通に買えると便利なんだけどな。」

「それは難しいですね。人の世界に残っているエリクシールは教会が管理しているはずですから。」

「へぇ、教会が。」

 

そんなライラにミクリオが、

 

「もう虫のことはいいんだ。」

 

と、半笑いした。

ライラはまたしても、明後日の方向を見た。

 

一番奥まで来た一行。

そこは広く、木々が多い。

そしてスレイは辺りを見渡す。

レイがスレイの手を放し、

 

「…いた…」

 

スレイもそれが目に入り、

 

「みんな!」

「来ますわ!」

 

ライラがその敵を見ら見付ける。

球根のようなでかい植物憑魔≪ひょうま≫が現れる。

全員戦闘態勢に入る。

 

「この地に生息するプラントの親玉なのか⁈」

「いいえ、ウロボロス同様、変異憑魔≪ひょうま≫のようです!」

「変異憑魔≪ひょうま≫?」

「恐らく、異形の宝珠による悪影響かと……」

「ナイトアーサー、エキドナも持っていた奴か。」

 

マーリンドの美術館での憑魔≪ひょうま≫化したノルミン天族アタックの姿とレディレイクの水道遺跡の時に出会った上が女性、下がヘビだった憑魔≪ひょうま≫を思い出す。

 

「…気を引き締めてかかるぞ!」

 

スレイ達は敵を囲み、スレイとアリーシャが前方で敵の動きを止めつつ、術を使うミクリオ達をサポートする。

今回もレイはさっそうと歌を歌っていた。

 

敵は崩れ落ち、スレイは息を整えながら、

 

「ふぅ……これでマーリンドの加護が――」

 

そう言ってスレイは後ろに居たライラとエドナに振り返る。

そして敵が再び動き出した。

 

「お兄ちゃん!」

 

それと同時だった。

レイが大声でスレイの前に出た。

そして、敵の動きに気が付いたミクリオとアリーシャが、

 

「スレイ!」「はああああ!」

 

武器を片手にスレイの前に出る。

スレイも敵を見るが、右半分が見えていなかった。

そしてミクリオとアリーシャ、レイが吹っ飛ばされた。

ミクリオはレイを包んで守る。

 

「レイ!アリーシャ!」

 

スレイはライラと神依≪カムイ≫化し、

 

「このぉ!」

 

と、敵を叩き斬った。

憑魔≪ひょうま≫は浄化した。

そしてレイ達の傍に駆け寄る。

レイはミクリオが庇ったため無傷だった。

そしてミクリオも、何とか軽傷ですんだ。

アリーシャはまだ気絶していた。

ミクリオはアリーシャの様子を見ていた。

ライラが浄化と治癒をする。

 

「レイ、武器もないのに前に出るなて!」

 

スレイがレイの肩を掴む。

レイはスレイの手を放し、ミクリオの後ろに隠れた。

レイは無言だった。

 

「だが、レイが最初に気付かなかったら危なかった。」

 

ミクリオが、スレイを見て言う。

そしてエドナが、スレイの目元に傘の先を突き出した。

 

「見えてないんじゃない、目?だからおチビちゃんが、常にアンタのとこに居たんじゃないの。」

 

エドナが怒りながら言う。

ライラは心配そうに、

 

「やはり従者契約の反動が……」

「いや……オレがぼうっとしてたから……」

「ヘタしたら死んでたわ。レイもアリーシャもミクリオも。」

 

本気でエドナは怒っていた。

 

「僕はいい!アリーシャの為に黙っていたんだ。スレイは……それにおそらくレイも。」

 

ミクリオはエドナを見て言った。

レイもミクリオの後ろから顔を出す。

そしてライラも、

 

「そうだと思います。ですが――」

「限界でしょ。」

 

エドナのその言葉に、沈黙する。

そしてスレイは、

 

「わかった――」

「……スレイ。」

 

そこに、アリーシャが目を覚ました。

 

「アリーシャ!よかった!」

 

スレイは笑顔になる。

しかし、天族三人組は暗い顔のままだ。

そしてアリーシャは悲しそうに、苦しそうにスレイを見上げた。

 

「大丈夫だ……私なら。」

 

そしてスレイはライラを見た。

ライラはそれを酌んで、

 

「ロハンさんの領域、展開できたようですわね。」

「一件落着。帰りましょう。」

 

エドナもここは酌んだようだった。

 

「ルーカスたちの様子も気になるしね。」

 

ミクリオは立ち上がる。

 

「行こ。」

 

と、スレイはアリーシャに手を差し出す。

アリーシャもその手を取り、立ち上がる。

 

「……すまない。」

 

それをレイは後ろから見ていた。

そして自分の胸の服を掴み、視線を外した。

と、風が吹く。

 

――なぜ、導師を助けた。

「わからない……」

――なぜ、お前はあの導師の瞳から逃げた。

「わからない……ただ‥見たく…なかった。」

――なぜ、お前は今彼らから視線を外した。

「わからない……でも…ここが…痛い?」

 

彼らは暗い表情のまま、マーリンドに戻る。

 

 

街に戻ると、今までとは違い、明るさが戻っていた。

人々に元気が戻っていたのだ。

その姿にホッとする半面、悲しそうにしていた人たちもいる。

街を歩いていると、スレイ達がレイを探していた時の老人の家の前に来た。

そこには何人かの人々が悲しそうに泣いていた。

 

「何かあったんですか?」

 

スレイが話し掛けると、涙をぬぐいながら女性が話し始めた。

 

「父が亡くなったの。」

「ご、ごめんなさい。」

「いいえ。仕方がないのよ。この街は疫病に溢れてしまっているけど、父は寿命だったんです。その疫病はだいぶ良くなったけど、それでも多くの人が疫病で亡くなったわ。それに比べれば、父はいい方です。それに父は、最後は安らかな顔で逝きました。夢を見たそうです。懐かしい街の風景を。とても嬉しそうに。」

 

レイは、スレイの手を握っていた手を放し、歌を歌い出した。

それに合わせるかのように、風に乗って花びらが舞った。

そして歌い終わると、スレイの手を取り歩いて行った。

 

「え?え⁉」

 

スレイは戸惑いながら、レイに引かれて歩いて行った。

アリーシャが女性に、

 

「貴女の父君に静かな眠りと天族の加護があらんことを。」

「ありがとうございます。あなた達にも、天族の加護がありますように。」

 

そして、アリーシャもその場を離れた。

 

 

スレイ達は聖堂近くに居た男性に近付く。

 

「よう、導師。街の治安は見ての通りだ。」

「さすがだね。助かったよ。」

「そっちの首尾は?」

「なんとかなったよ。」

「そりゃよかったな。じゃ、俺たちはそろそろ出て行くぜ。警備隊も活動を再開したし、別の依頼も入ったんでな。」

 

笑顔で言う男性ルーカスに、スレイとアリーシャは俯く。

 

「なーに、お互い生きてれば、またどこかで会うこともあるだろう。ただし戦場で敵同士になったら手加減はしないぜ?はっはっは!」

 

そこにライラが、

 

「私たちも宿で一度休みましょう。」

「うん。」

 

そして彼と離れた。

宿屋に向かいながら、

 

「どうした?元気ないけど……」

「……あ、ああ……すまない……。今日はもう宿を取るのだったな、早く行こう。」

 

アリーシャはスレイとの視線をすぐ外してしまうのだった。

 

宿屋に着き、部屋に入る一行。

レイは部屋についてそうそう、窓の方を見ていた。

 

「今日はゆっくり休もう。」

 

アリーシャはスレイに聞く。

 

「明日には立つのか?マーリンドを。」

「……うん。そのつもり。」

 

と、そこに声が響く。

 

「なぜだ?」

 

そこに黒服を纏った者が現れる。

その者を見たスレイは、

 

「お前は……!」

 

その者は風の骨の暗殺者。

暗殺者はなおも問う。

 

「なぜだ?」

「……なにが?」

 

スレイは警戒しながら聞く。

 

「……」

 

沈黙する暗殺者の傍に、一人の天族の男性が現れる。

 

「天族⁉」

 

レイはその天族男性を見つめた。

そしてライラは、現れた天族男性を見据え、

 

「やはりあの方に憑いて――」

 

天族男性はスレイ達に歩み寄り、

 

「なぜマーリンドに留まらない?」

「突然なんなんだ!」

 

ミクリオはその天族男性を見ながら言う。

 

「ガキは黙れ。導師に聞いているんだ。」

 

天族男性は腕を組み、

 

「まぜ街を救った恩と称賛を捨てる?なぜそうまで自分を犠牲にする?」

 

スレイは警戒を解き、彼を真っすぐ見て、

 

「オレにできることはやった。別の場所に知りたいことがある。それだけだよ。」

 

黙っていた暗殺者は、

 

「……変わってるな。」

「そっちこそ。」

「ふん。」

 

そして、暗殺者は天族男性と共に、風のように消えた。

アリーシャはスレイを見て、

 

「あの者たちは……?」

「わからない。けど、オレ以外にもいるんだな。天族と一緒の人間が。」

「暗殺者だけどね。」

 

嬉しそうに言うスレイに対し、エドナは淡々と言った。

ミクリオは少し拗ねたみたいに、

 

「あんな奴のことはどうでもいいさ。問題は僕たちがどうするかだ。行き先は、スレイ?」

 

スレイはミクリオに振り返る。

そして頷き、

 

「決まってる。ローランス帝国だ。」

「いいですね!憑魔≪ひょうま≫にも遺跡にも国境線はありませんし。」

「よね。」

 

手を合わせて喜ぶライラと、小首をかしげるエドナ。

アリーシャは眉を寄せて俯く。

 

 

――辺りは燃えていた。

人間の叫ぶ声。

炎に交じり、穢れが舞っている。

辺りには憑魔≪ひょうま≫が動き出す。

それを黒い何かが喰い潰していた。

笛の音が響いている。

自分は歩いていた。

何故、歩いているかは解らない。

燃え盛る炎と穢れの中を通り、奥を見る。

誰かが立っていた。

その誰かが微笑みながら、剣をこちらに構えた。

一瞬の暗闇、次に瞳に映ったのは暗い空だった。

横を向くと、血が流れている。

そこにずっと居たのだろう者は、なおも自分を見ている気がした。

その者は嬉しそうに、悲しそうに、再び剣を振り上げる。

 

「……」

 

レイは目を覚ます。

何の夢を見ていたのか思い出せない。

レイは顔を横に向ける。

隣には気持ちよさそうに寝ているスレイが居る。

と、小声で聞き知った声がする。

 

「どうかしたのか?」

 

その声の方を見ると、本を読んでいたミクリオがこちらを見ていた。

レイは首を振る。

 

「……ミク兄……」

「なに?」

「……何でも…ない。」

 

そう言って、またレイは寝出した。

ミクリオはレイの隣に居るスレイに、

 

「で、君はどう思う?」

「うーん、なんだろうな。」

 

スレイは体を起こし、

 

「もしかしたら、外に出てから自分のことを思い出してるのかもな。」

「昔のレイ、か……」

「ま、でも何があってもオレらは変わらないけどさ。」

「ふ、いつも君には驚かされるよ。」

「……お前が聞いたレイのこと、いつか話してくれよ。」

「……知っていたのか?」

「何年一緒に居ると思ってんの?」

「そうだね。話せる時が来たら話すよ。」

「ああ。」

 

そう言って、二人ももう一度寝に入った。

 

翌朝、スレイ達は起きると、ライラがスレイに言う。

 

「スレイさん。ロハンさんたちに挨拶していきましょう。」

「ああ。そうだね。」

 

その中、アリーシャは無言だった。

レイはアリーシャを見上げたが、すぐに元に戻る。

 

大樹の元に居る天族ロハン達の元に着くと、

 

「ライラはん~!上手くいったみたいやんか~。」

 

そう言って、嬉しそうにライラの元にテトテト駆けて行く。

そしてジャンプするが、ライラは横に避けた。

ノルミン天族アタックはまたしても、地面にダイブした。

天族ロハンは、

 

「少しずつだが、大樹に祈りを捧げる人間も戻ってきた。俺も頑張ってみるよ。」

 

と、見る方には祈りを捧げる人々がいる。

スレイも嬉しそうに、

 

「よかった。これで安心して旅立てる。」

 

と、後ろから起きて歩いて来たノルミン天族アタックが、

 

「え~!行ってしまわはるんか~?」

 

悲しそうに言った。

ライラは足元のノルミン天族アタックを優しく微笑み、

 

「アタックさんもお元気で。」

 

レイはスレイの手を放し、アリーシャの元に行き、

 

「決めて…いる…ことが…あるなら…口に…すれば…いい。…貴女…には…貴女の…意志…がある…」

 

アリーシャを見上げて言った。

そしてもう一度、スレイの手を握る。

そしてアリーシャは、決意した。

 

「わ……私は残る!」

「え?」

 

アリーシャは地面を見つめたまま、

 

「だって……正式にロハン様を祀る人を見つけた方がいいだろうし……」

 

そしてミクリオはそんなアリーシャを見て、

 

「アリーシャ、もしかして――」

 

アリーシャは続ける。

 

「レディレイクにマーリンドの状況も報告しなくては!バルトロたちのほとぼりも冷めた頃だし、一緒にいたら、また巻き込んでしまう。もちろんもっと一緒に旅をしたい。だが……」

 

ライラはスレイを見る。

 

「スレイさん……」

 

スレイは頷く。

レイはスレイの手を放す。

そしてスレイは、アリーシャに近付く。

 

「今までありがとう、アリーシャ。」

 

そしてアリーシャに、手を出す。

アリーシャもスレイと向き合い、

 

「……こちらこそ。ありがとう、スレイ。」

 

そう言って、スレイの手を両手で包む。

が、エドナが彼らの真ん中に行き、傘を広げた。

二人は後ろに少し下がった。

 

「雰囲気つくりすぎ。」

「一生の別れでもあるまいし。そうだろ、レイ。」

 

エドナに続き、ミクリオも呆れたように言う。

レイはただ見ていただけで、ミクリオの言葉には小首をかしげた。

 

アリーシャは改めて、スレイを見る。

 

「頑張るよ。穢れのないハイランドをつくるために。」

「オレも、オレの夢を追う。」

 

互いに頷き合い、アリーシャは歩いて行った。

 

「旅の無事を。」

「また来てな~!」

 

天族ロハンとノルミン天族アタックが、声を掛ける。

スレイも頷き、歩き出した。

 

と、一人の男性が、妙な事を言っていた。

 

「キレイに光る石がボールス遺跡の奥に転がってたって話を聞いたんだけどよ。価値のある物とも限らねえし、わざわざ拾いに行くのも微妙だよな。」

 

それを聞いたミクリオは、

 

「キレイに光る石……ちょっと興味があるな。なにかの遺物かもかもしれない。」

 

そして、今度は陰に居た子供たちが、

 

「せっかくボールス遺跡まで行ったのに父ちゃんたちに見つかっちゃったな。キレイに光るっていう石、探したかったのに。ま、しょーがないか。」

 

と、言っていた。

とりあえずスレイ達は、遺跡に向かうことにした。

 

最奥に進むと、確かにキレイに光る石があった。

レイはそれを手に取り、スレイに渡した。

スレイが持つと光り出した。

 

――どこかの社のような入り口。

一人の男性が、人々と楽しく話していた。

そして彼らに指示を出していた。

そのすぐ近くに、大きな樹の下に人がいた。

それはそんな様子を一人の女性が、赤ん坊を抱き見守っていたのだ。

嬉しそうに、慈しむように。

 

スレイは腕を組み、

 

「天遺見聞録を書いた人は村長……?新しい村をつくってるみたいだったけど。ミクリオ。思ったんだけど、もしかしてあの人導師だったりしないかな?導師が天遺見聞録を書いたとしたら色々納得が――」

「……」

 

しかし珍しくミクリオは黙り込んでいた。

 

「ミクリオ?」

「あ……すまない。なんだって?」

「いや……めずらしいな。ミクリオがボーっとするなんて。」

 

スレイがそう言うと、ライラが腕をぐっと握り、

 

「略してミボ―ですわね!」

「上手い。」

 

エドナも納得した。

 

「上手くない。そうだろ、レイ。」

「…………かもね。」

 

長い間をあけて言った。

そして、スレイはミクリオの顔をのぞみ込みながら、

 

「大丈夫か?どっか悪いんじゃ……」

「平気だよ。ちょっとボンヤリしただけ。なぜかね……」

 

ミクリオは最後、悲しそうに言った。

レイはミクリオの手を握って、

 

「今日…は…ミク兄…と…手を…繋ぐ。」

「ありがとう、レイ。」

 

そしてライラも思い出したように言う。

 

「スレイさん。そういえば書庫のカギを。」

「そうだった。ネイフトさんに返さないと。」

 

そう言って、スレイはマーリンドに戻る。

そして書庫に向かった。

スレイは、書庫の前の老人に話し掛ける。

 

「ネイフトさん!」

 

そして老人は、スレイの方を見て、

 

「おお、スレイ殿。」

「これを届けに。アガサさんから頼まれていたんです。」

 

そう言って、カギを渡す。

 

「書庫の鍵じゃな。わざわざかたじけない。」

 

と、老人ネイフトの右横に居た男の子が、

 

「おれ、大人になったらマルトラン様のあとをつぐ!二代目の青い戦乙女≪ヴァルキリー≫になるんだ。」

 

しかし、老人ネイフトの左横に居た女の子が、

 

「男は戦乙女≪ヴァルキリー≫にはなれませんー!マルトラン様の弟子になるのはアタシですー!」

「そっちこそムリだね!おまえの服、青くないし!」

「いいのー!お母さんに青い服買ってもらうし!」

 

と、喧嘩を始めた。

それを見たスレイは、

 

「大人気だな。」

 

すると、老人ネイフトが説明する。

 

「マルトラン殿はこの街の出じゃからのう。跡継ぎが皆亡くなり彼女が継ぐことになったのじゃが、責任感は人一倍だがとても体の弱い子じゃったから、さぞ厳しく自分を鍛えたんじゃろう。戦乙女≪ヴァルキリー≫と怖れられるほど……」

「……逆なんだな。」

 

スレイはその言葉に、そう言った。

老人ネイフトは、

 

「逆?」

「うん。おかげでひとつわかった。」

 

そう言うと、老人ネイフトは笑い出す。

 

「はっはっは!よくわからんがお役に立てて光栄じゃ!」

「もう一個聞きたいんだけど、瞳石≪どうせき≫っていうの知らない?」

「瞳石≪どうせき≫なら、ひとつもっとるよ。街の復興を願って、聖堂に納めてきたところじゃ。」

「譲ってもらえませんか?調べてることがあって。」

「他ならぬ導師殿の頼み。どうぞ持っていってくだされ。」

「ありがとう!」

 

スレイ達は聖堂に向かって歩いて行く。

歩きながら、ミクリオがスレイに、

 

「スレイ、マルトランが逆って――」

「鈍いわね。ニブミボ。」

 

と、エドナが言う。

それをミクリオは拳を握りしめて、

 

「アリーシャとだって今言おうとしてた。」

「しかも言いにくい。いい加減にしなさい。ニブミボ。」

「話を聞いてくれ……」

 

ミクリオはさらに怒っていた。

スレイは苦笑いで、

 

「対照的なのが悪いわけじゃないけど。」

「きっかけや境遇は異なっても目指したものが同じだったのでしょう。」

 

ライラも静かに言う。

 

「自ら望んで王族の責務を果たそうとし、思うようにいっていないアリーシャと、強いられ、望んでもいない騎士となり功績を挙げ尊敬を集めているマルトラン、か。」

「うまくいかないこともあるだろうな。」

「そう感じているかもね。その二人も。」

 

スレイの言葉に、エドナは淡々と言った。

 

そして聖堂に入り、瞳石≪どうせき≫を入手する。

スレイがそれに触れると、光り出す。

 

――白いレンガに包まれた広い場所。

そこに多くの人が整列していた。

その者たちの頭上には二人の男性がいる。

一人は高価なものを身に纏い、その者の前に膝ま付く男性。

その高価なものを身に纏った者は手にしていた剣をその者に渡す。

その者はそれを受け取り、剣を抜く。

そしてそれを掲げ、下に居る者達に叫ぶ。

それに歓声を上げる人々。

その姿に、二人は笑顔で応える。

 

それが終わると、スレイは腕を組んで、

 

「ミクリオ、どういう意味だと思う?」

「王が剣を渡していた。状況から見て、軍の出陣式だね。受け取った男は、きっと将軍だ。」

 

ミクリオも同じように腕を組んで言う。

そこにライラも、静かに言う。

 

「軍装からするとローランスですね。いつ頃のものかは、わかりませんが。」

 

そしてスレイは嬉しそうに、

 

「まさに英雄って感じだったな。」

「けど、どういう意味があるんだろう?歴史的にはよくある場面だと思うけど。」

「続きを見ることができればわかるんじゃないでしょうか?」

「あるのかな?続きも。」

「わからないけど探してみよう。隠された歴史だとしたらワクワクするしな。」

 

スレイはそう言って、聖堂を後にした。

そして聖堂の入り口には、黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が立っていた。

その小さな少女は、スレイ達の後姿を見て、

 

「……英雄、か。人は身勝手な生き物だ。勝手に英雄と祀り上げ、すぐに蹴落とす。残されたものはただ絶望のみ…」

 

そして風が小さな少女を包む。

 

「私は忠告した。それを無視したのは――」

 

そう言って、姿はもうなかった。

 

 

街の入り口に行くと、一人の騎士兵が馬に乗ってやって来た。

 

「で、伝令……緊急だ!」

 

その騎士兵は怪我をしていた。

スレイが駆け寄り、

 

「どうした!しっかり!」

「帝国が……ローランス帝国が攻めてきた。」

「なんだって?」

 

ミクリオが厳しい顔で、

 

「戦争がはじめるのか……」

 

レイは空を見上げた。

そして騎士兵は弱弱しい声で、

 

「マーリンドの者たちには君が報せてくれ。自分は都に!」

「ケガしてるのに!無茶だよ。」

 

だが、騎士兵は今度は力強い声で、

 

「一刻の猶予もないんだ!」

 

スレイはライラを見る。

ライラは首を振る。

スレイはもう一度、騎士兵を見る。

騎士兵は出発するように、馬の向きを変えた。

スレイはもう一度、ライラを見る。

ライラは頷く。

そしてスレイに近付く。

スレイはライラと神依≪カムイ≫化した状態で、騎士兵に手を差し出した。

 

「気をつけて。」

 

騎士兵は手を握る。

そして騎士兵を治癒術が覆う。

 

「くれぐれも無茶しないで。」

「ありがとう。」

 

騎士兵は頷き、馬で駆けて行った。

それを見送りながら、エドナがスレイに言う。

 

「さ、みんなに報せましょ。」

 

スレイ達は頷く。

そして動き出す。

ミクリオは空を見上げているレイに声を掛けようとするが、

 

「「……早すぎる。あいつが仕組んだのか?」」

 

レイの瞳は赤く光っていた。

そして視線をミクリオに向けると、

 

「「……報せに行くのだろ。」」

 

そう言って、歩き出した。

ミクリオは黙ってその後ろについて行った。

 

大樹の元に行くと、男性が大声で、

 

「野郎ども!仕事の時間だ!たっぷり都の連中に実力を見せつけろ!」

「うおーー!」

 

スレイはそれを見て、少し考え、

 

「オレも行く。」

「そうだな。彼らをみすみす死なせるのも目覚めが悪いだろう。」

 

スレイとミクリオはそう言うが、

 

「いけません!」

 

ライラが悲しく、それでいて厳しい表情で言う。

 

「導師が戦争に介入すれば、手を貸した陣営に勝利をもたらしてしまいますわ。」

「じゃあ、黙って見てろって言うのかい?」

 

ミクリオはライラを見ながら言う。

そしてエドナが、

 

「そうよ。人間たちが落としどころを見せつけるしかないの。」

「導師の力があれば、救える人たちもいるんじゃないか。」

 

スレイはエドナを見ながらそう言うが、

 

「「では、他は見捨てるのか?」」

 

レイはスレイを見上げて言う。

 

「え?」

 

ライラがそれに付け加える。

 

「ハイランドの人々は救えるかもしれません。ですが……」

「その代わりにローランスの人々は救えない、か。」

 

その意図に気付いたミクリオが答えた。

そしてエドナはスレイ達を見ながら、

 

「そう。それが戦争。戦争に正義も悪もないんだから。」

「導師の力は世界のありように大きく影響します。まして戦争に介入するとどれほど歪みを生み出すか……」

「……わかった。ルーカス達も村の人と一緒に避難してもらおう。それならいいだろう?」

「はい。」

 

ライラは頷く。

ミクリオがスレイに、

 

「じゃあ早速ルーカスに話そう。さっきの調子だとすぐにも出発するつもりかもしれない。」

「うん。」

 

スレイは駆けて行った。

 

「ルーカス。村の人達と一緒に避難して欲しいんだ。」

「なぜだ⁉戦場は俺達の仕事場だぞ。それにせっかくマーリンドもここまで立ち直ったんじゃないか。ローランス軍にめちゃくちゃにされてもいいのか。」

 

スレイは彼を見つめ、

 

「……オレはルーカス達が心配なんだよ。」

「ううむ……」

 

彼は考え込む。

そんな彼に、スレイは一言。

 

「お願い。」

 

しばし沈黙の後、彼は呟く。

 

「……グリフレット川を越えた先まで避難しよう。」

 

そして街を見て、

 

「悔しいな。ようやく活気が戻ってきたこの街を見捨てるのか。」

 

その後姿に、スレイは力強く言う。

 

「大事なものは、はっきりしてる。」

「へっ、かなわねぇな。導師殿にはよ。野郎ども、住民を連れて北のグリフレット川まで避難する!そのつもりで準備しろ!」

「ありがとう、ルーカス。」

「導師もしっかり準備しとけよ。橋もまだ完全には普及してない。しばらく川辺で野営になるかもしれんからな。」

「うん。わかった。」

 

そして準備を整えにかかる。

レイの瞳は元に戻り、スレイの後について行く。

 

――レンガに囲まれたとある街の中、仮面を着けた一人の少年が歩いていた。

リンゴを片手に投げながら、鼻歌を歌っていた。

それに合わせるかのように、後ろの下で束ねた紫色の長い髪を揺らしていた。

彼はとある角に足を止め、壁に寄りかかる。

 

「や、久しぶり。サイモンちゃん。」

 

と、少年は顔を向ける。

そこには座り込んでいた少女が居る。

少女は紫色の髪を左右に結い上げ、全てに対して虚ろな、興味のない目をしている。

それに合うかのように、紫を纏っている。

ワンピースとも違う格好ではあった。

 

「何の用?」

「ん~、特に用はないよ。ただ目についただけ。」

「相変わらずの変人ね。」

「え~、君には言われたくないな。で、君はこの状況どう思う?ローランス帝国の早期戦争。」

 

少年は行きかう人々を、特に武器を手に持って歩く兵を見ながら言う。

 

「どうせ、あなたが仕組んだことでしょう。」

「そうだよ、だってお願いされちゃったもん。俺は俺の仕事をしただけだよ。」

 

そして持っていたリンゴを指先で回し始めた。

 

「それでね、俺の探し物が見つからないだ。どこに居るんだろう。」

「自分で殺したんじゃないのか。」

「んー、殺したよ。でも俺達は、殺し合いはできても……本当に殺すことはできない。俺らが死ぬのはこの世界が終わったとき。」

 

そう言って、壁からくるりと横に回転して、

 

「ねぇ、サイモンちゃん。この世界ってさ、このリンゴと同じだと思わない?」

「は?」

「だってさ、この世界はこのリンゴのようにはっきりしている。そして中身はとっても甘いはずなのに、味が違う。酸っぱいのも、出来の悪い物もある。」

 

そして回していたリンゴを片手で掴み、かじる。

 

「そしてひとかじりすれば、簡単に原型を壊しちゃう。」

 

少年は空を見上げ、

 

「あの子は世界に興味はない。でも僕は興味がある。とても面白くて仕方がない。なのに……あの導師のせいで、変化が訪れた。言霊と言う呪縛をあの子にかけた。」

 

そして片手でリンゴを握りつぶした。

仮面の間からのぞく、少年の瞳は赤く光っていた。

そして笑顔に戻った少年は、

 

「じゃ、俺は行くよ。俺が介入したってわかれば、あの子がくるかもしれない。あの子は誰よりも世界の秩序を大切にする。本来ない歴史、あの子は潰しにくる……絶対に……」

 

そう言って、少年は風に包まれ消えた。

座っていた少女は立ち上がり、闇の中へと消えた。

 

 

スレイ達は準備を整え、大樹の元に集まった。

 

「こっちはいいぞ。行くか。グリフレット川へ。」

「ああ。」

 

スレイ達は村人を連れて、街を出る。

すると進む前の方から、ハイランドの騎士兵達がやって来た。

そして馬に乗った片目の潰れた男性が前に出て来て、

 

「私はハイランド軍師団長ランドン。導師はいるか?」

 

スレイは前に歩み出る。

 

「オレです。」

 

男はニット笑い、

 

「貴様が……?」

 

そしてルーカスが、

 

「ランドン師団長殿、導師にご用でこの戦列か?」

「貴様は木立の傭兵団、ルーカスだな。……丁度いい、貴様も聞け。アリーシャ殿下の件だ。」

 

騎士兵が一人前に出て、書状を前に読み上げる。

 

「アリーシャ殿下の導師を利用した国政への悪評の流布とローランス帝国進軍を手引きした疑いにより、その身を拘束した。」

「「……相変わらずの醜さだな、人間は。」」

 

レイは小さく呟いた。

そしてスレイは怒りながら、

 

「アリーシャはそんな事してない!間違いだ!」

「これは逮捕ではなく容疑だ。導師。」

 

そしてエドナはこの光景を見て、

 

「なんだか雲行きが怪しくなってきたわね。」

 

ライラも厳しい表情で見守る。

 

「導師スレイが力を振るい、この戦に勝利をもたらせば、その容疑も晴れるであろう。」

「バカな!」

 

ミクリオは叫ぶが、相手には聞こえない。

そしてスレイは俯く。

そしてライラとエドナは察した。

 

「スレイさん、受け入れましょう。」

「仕方ないかもね。もしこのままアリーシャが命を落としたら……」

「はい。スレイさんは自らを責めてしまうでしょう。」

「そうなると、いくらスレイでも穢れと結びついてしまうかもしれない。そう言いたいんだね?」

 

ミクリオはライラたちを見る。

ライラは頷く。

 

「穢れた導師は戦争なんかとは比べものにならないほど、世界を悪い方向へと誘うわ。」

「ほら、さっと行ってさっと終わらせよう。きっと何とかなる。僕たちが付いてる。」

 

ミクリオはスレイの肩を叩く。

そしてスレイは頷き、

 

「オレが戦えば、アリーシャを解放するんだな。」

「勝利、をもたらせば、だ。」

「俺たちもいくぜ。」

 

ルーカスが、スレイに近付きながら言う。

 

「やっぱ戦いもせずに逃げる事はできねぇよ。俺たちには数々の戦いで得た誇りがあるんだ。」

「よかろう。指揮官は私だ。それを忘れるなよ。」

 

男は向きを変え、

 

「では導師。戦場で待っているぞ。」

 

そう言って、去って行った。

 

「なーに、俺たちがいれば導師の出番なんかないって。」

 

ルーカスはそう言って、歩いて行く。

俯くスレイにライラが、

 

「スレイさん。顔を上げて下さい。」

「さっき言ったよな?僕たちが付いてる。」

「バカ正直に戦争に付き合うことはないわ。面倒だし。適当に終わらせましょ。」

「「それに今宵は、私がそれをさせない。こんな所で、穢れては意味がない。」」

 

天族組がスレイに声を掛ける。

エドナの横でレイは小さく呟いた。

スレイは振り返り、

 

「……みんな、ありがとう。」

 

スレイから少し離れ、ミクリオは怒っていた。

 

「まったく、なんでこんなことに……」

「今回の相手は人間。しかも戦争。それが問題ね。」

「はい。退けるためとはいえ、人を傷付けなければならない……それはスレイさんの心の痛みとなって穢れを生む原因になるかもしれません。」

 

ライラは悲しい声で言う。

 

「そんな……それじゃ導師が穢れないのって、針の穴を通すようなものってことじゃないか?」

「それが人と関わるということ……そして、それが『導師の道』なのですわ。」

 

ライラが力強くいう。

しかしエドナは、

 

「アリーシャのこと、ぱーっと忘れちゃえば簡単なのにね。」

「できるわけない。」

 

ミクリオは即答だった。

そしてエドナは真剣な表情で、

 

「わかってる。だからあの子は導師なんてやってるんでしょ?」

「ええ。」

「……覚悟を決めなきゃってことだな。僕も。」

 

そして、スレイの元に戻る。

スレイの所に戻り、人が集まっている所に見知った相手が居た。

そちらも気付いたようだ。

赤髪の少女ロゼが話し掛ける。

 

「聞いてた。ひどすぎ!戦争なんて放っといたら?」

「あいつらあんたを利用するだけ利用してアリーシャ殿下も殺しちまうかもしれんぜ。」

 

と、村人達も言う。

しかしスレイは首を振り、

 

「やっぱり行くよ。」

「けど……」

 

少女ロゼはなおも怒る。

セキレイの羽エギーユも言う。

 

「アリーシャ殿下の事は俺たちみんなが濡れ衣だってわかってる。これからレディレイクに行って直談判してみるさ。」

 

老人ネイフトも、声を上げる。

 

「うむ。評議会もさすがにこれだけの民の声を黙殺はできんじゃろうて。」

「だから安心していっといで。」

「必ず帰ってきてね!」

「うむ。待っておりますぞ。」

 

と、女性や子供も言う。

スレイは笑顔で、

 

「ありがとう、みんな。行ってくるよ。」

 

スレイは歩き出す。

レイは少女ロゼの服の袖を引っ張る。

 

「ん?なに?」

 

ロゼがしゃがむ。

レイは少女ロゼの耳元まで近付き、

 

「「これが国による陰謀だと思うのであれば、動けばいい。その為の、お前達の矜恃≪きょうじ≫なのだろう。」」

 

彼女だけに聞こえる声で言った。

そしてスレイを追いかけて行った。

こうして、スレイ達は戦場へと足を運ぶのである。


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