監獄島に向かう途中、裁判者は瞳を閉じる。
「……とうとう始めるか……。だが、あれはあの人間に対して“姉”を被せたか。ベルベットがライフィセットに弟を被せているように。」
そして目を開けて、甲板で話している。
だが、ベルベットが倒れ込んだ。
部屋に運ばれた彼女を、ライフィセットが必死に看病する。
それも、三日間も……
その間に、監獄島に着き、古文書はグリモワールへ渡し、犬の喰魔は小さな喰魔の少女と喰魔の女性が世話をする事となった。
そしてベルベットは目を覚まし、出てきた。
ロクロウが腰に手を当てて、ライフィセットを見る。
「さぁて!飯を食うぞ、ライフィセット!なにが食べたい?」
「ええっと……」
考え出すライフィセットを遮り、
「儂は『キョダイオウイカのイカめし』か、『カンゴクガニのシュウマイ』か『ウミヘビ丼』かの~。」
マギルゥが目を輝かせて言う。
しかし、ロクロウはそれを無視し、
「お前は三日ぶりのメシなんだろ?いきなり刺激的なものを食べると体によくない。『リゾット』とか『雑炊』がいいんじゃないか?」
「そうだね……」
ライフィセットが顔を上げる。
その隣で、マギルゥは今度は祈るのように手を握り合わせ、
「『ボルシチ』も食べたいしー。『フカヒレの卵スープ』もアリじゃのー。デザートには『和風あんみつ』と『バケツパフェ』と、『トリプルベリーケーキ』をセットで食べたいのー♪」
「マギルゥ、お前は黙ってろ。」
ロクロウは呆れ顔になる。
マギルゥは裁判者を見上げ、
「裁判者~、ロクロウがイジメるぞ~!儂が可哀想じゃ。」
裁判者は甲板の手すりから降り、
「知らん。大体、そんなに食べれるのか。」
「うむ。無理じゃ。それに想像しただけで満腹になったからのー。」
と、裁判者に圧し掛かる。
ライフィセットはロクロウを見上げ、
「……僕は、おかゆが食べたいな。梅干しとジャコのトッピングで。」
「おお、なかなか渋いな。」
「あと、リンゴも。」
ロクロウは笑いながら、ライフィセットの頭を撫でる。
ライフィセットは笑顔で笑う。
ベルベットがライフィセットを見て、
「……なら『りんごぶぅ』がいいわよ。」
「りんごぶぅ……?」
ライフィセットが首を傾げる。
マギルゥも首を傾げ、
「なんじゃそれは?」
「ただリンゴをすりおろしたものだけど……弟に食欲がない時、よくつくってあげてたの。」
「僕、それ食べてみたい。」
説明するベルベットに、ライフィセットは手を上がる。
ベルベットは眉を寄せ、
「どうしてもっていうなら、つくってあげる。アレなら味がわからなくてもできるから。」
「うん。どうしても。」
「……わかったわ。」
ライフィセットは嬉しそうにいう。
ベルベットは小さく笑う。
マギルゥが裁判者から離れ、
「それなら、ついでに儂の分も――」
「マギルゥ、お前は黙ってろ。」
ロクロウがマギルゥをどついた。
マギルゥは再び裁判者にくっつき、
「うう~。何とも可哀想な儂!慰めておくれ~。」
「勝手にしろ。」
「慰めておらん!」
「知らん。」
裁判者はマギルゥを引きずったまま歩き出す。
ロクロウがおにぎりを裁判者とマギルゥに持ってくる。
「ほらよ、お前らも食える時に食っとけ。」
「おお!塩おにぎりとはなんともシンプルかつコメのうまみがわかる一品じゃー!」
と、マギルゥが食べ出す。
裁判者はロクロウを見て、
「随分と食事にたいして凄い勢いだな。」
ロクロウはおにぎりをがつがつ食べていた。
彼はそれを一気に食べ切り、
「当たり前だ。食える時に食っとく!それが戦士の鉄則だ。」
「戦士の鉄則ね……」
裁判者は目を細めて、彼を見る。
ロクロウは顎に指を当てて、
「そういや、お前が飯を食っているとこを見た事がないんだが……ちゃんと食ってるか?」
「……私は食事を取る必要はないからな。」
「そうか。」
「そうだ。」
ロクロウは腕を組んで納得した。
彼らは食事を取ったのち、
「フィー、次の地脈点を探知して。」
ライフィセットは羅針盤を回す。
そしてベルベットを見て、
「……地脈点、見つけた。すごく遠い……北東のずっと先……」
「北東の先……おそらくエンドガンド領ですね。」
エレノアは考え込む。
アイゼンは腕を組み、
「エンドガンド領は小島の集まりだ。リオネル島という比較的大きな島があるが。」
「……うん。地脈点は、そこだと思う。」
ライフィセットも頷く。
マギルゥが腰に手を当てて、
「エンドガンドといえば、幽霊船が出るという海域じゃよなー。」
「幽霊船……」
ライフィセットが眉を寄せて、首を傾げる。
マギルゥは顎に指を当てて、
「うむ。後悔を抱えた罪人を捕えて、永遠の航海へ連れ去るといわれておる。」
「罪人を連れ去る……」
ライフィセットが脅え始める。
アイゼンがライフィセットを見て、
「エンドガンド沖は世界を巡る海流が何本も合流する。各地で遭破した船が最後に辿り着く場所だ。」
「なるほどな。それが幽霊船の正体か。」
ロクロウが納得する。
マギルゥがつまらなさそうに、
「なんじゃよ~、夢のない奴らめ~。」
「幽霊船が夢なのか?」
ロクロウが眉を寄せて笑う。
マギルゥは裁判者に抱き付く。
「何もわかっておらぬのう。なぁ、裁判者。」
「知らん。」
裁判者はマギルゥを横目で見る。
ライフィセットはガッツポーズを取って、
「気をつけていこうね。」
「平気よ。幽霊船だろうが対魔士だろうが、みんな引導を渡してやる。」
ベルベットは左手を握りしめる。
裁判者は小声で、
「その意気込み、本当にもつかな。」
「さてさて、どうなることやら。」
抱き付いていて、その声が聞こえていたマギルゥが楽しそうに言う。
そして船の支度が済むまで、自由行動となった。
裁判者は高台で独り風に当たっていた。
そこに一人言が聞こえてきた。
「残る喰魔はあと一体か……。脱獄の時、シアリーズは言っていた。『今ならアルトリウスを殺せる』って。つまり、あいつは、カノヌシが完全じゃないことを……喰魔の仕組みを全部知ってたんだ。でも……なぜあいつはアルトリウスを裏切ったの?あたしに力をくれたの?消したくても消えない炎がある……だとしても、なんで自分を喰らわせてまで、あたしを?ねぇ……どうしてなの、おね――」
そして左手を握っていた手を、壁にぶつけ、
「あたし、なにを……?シアリーズは聖隷よ……聖隷だった。余計なことを考えるな。喰魔が集まったら、今度こそあいつの息の根をとめる。それだけでいい。考えるのは、そのことだけで……」
と、ベルベットはやっと裁判者の存在に気付き、
「……アンタは、なんであたしたちに協力をしたの。」
ベルベットは裁判者を見据える。
裁判者は視線をだけを彼女に向け、
「遠目で見ていても良かったのだが……喰魔を、そして欠片を見るのには、この方が私にとって都合がいいからだ。」
「……あんたは何を知ってるの。」
「それを、今のお前に言う必要性を感じない。お前が本当の意味で、真実を知った時にでも教えてやろう。お前の心が壊れていなかったらな。」
そう言って、裁判者は立ち上がり、ベルベットの横を通る。
裁判者は立ち止まり、
「……お前は今回、どの選択肢を取り、どう向き合うのだろな。」
「は?」
「今回はお前であって、お前ではない者だ。」
そう言って、中に入って行く。
裁判者下に降りながら、
「どちらも弟を姉を想った行動だからな。お前達も、そしてあの対魔士達も……」
翌朝、支度が整いリオネル島に向かう。
裁判者は船の手すりで座って海を眺めていた。
ライフィセットが横に駆け寄って来て、
「もうすぐリオネル島だよ。」
「幽霊船は出なかったわね。」
ベルベットも歩いて来た。
そして他の者達も来る。
ロクロウが腕を組み、
「待ち伏せへの対策はどうなった?」
「血翅蝶を使って、俺たちが別の聖寮施設を襲撃するという噂を流した。」
アイゼンが腰に手を当てる。
ベルベットは眉を寄せて、
「効果は、やらないよりマシって程度だろうけど。」
「強行突破なら、わかりやすくていいさ。」
ロクロウはニヤリと笑う。
裁判者は彼らに視線を向け、
「お前たちはのんきでいいな。」
「は?」
ベルベットが今度は裁判者に眉を寄せた。
それに合わせるかのように、
「副長!前方に漂流中の船を発見!」
「幽霊船かの!」
マギルゥが目を光らせる。
だが、答えは違った。
「聖寮の船です!救助信号旗をあげています!」
「……わかった。接舷しろ。」
アイゼンが支持を出し始める。
ベルベットがさらに眉を寄せ、
「助ける気?敵の船よ。」
だが、アイゼンは済ました顔で、
「救助信号旗に敵も味方もない。これは船乗りの鉄則だ。」
「罠に決まってる。」
ベルベットはさらに眉を寄せた。
「海賊だって救難信号旗で騙し打ちなんてしないよ。助けた後、身ぐるみ剥ぐけど。」
「万一、罠なら皆殺しにする。それだけのことだ。」
船員とアイゼンは腕を組んで、そう言った。
ベルベットは舌打ちし、
「ちっ、面倒ね……」
そして船と船を板で繋ぎ、聖寮の船にベルベット達が乗り込んだ。
裁判者も立ち上がり、聖寮の船に渡る。
聖寮の船に行くと、対魔士達が倒れていた。
エレノアは眉を寄せ、
「これは……!」
「壊賊病!」
ライフィセットが目を見張る。
アイゼンは船員に、
「ベンウィック、サレトーマは残ってるか?」
「はい。この人数なら、船に積み込んである分で足りると思う。」
船を見渡し、船員は頷いた。
ロクロウも辺りを見渡し、
「聖寮の船にしちゃあ、やけに人数が少ないな?」
「私が……船員を脅して無理に出航させたからです。」
と、女性対魔士がふらつきながら歩いて来る。
エレノアは眉を寄せ、
「テレサ!」
「無謀は承知でしたが、まさか壊賊病に罹るなんて……。でも、いいわ。こうしてあなたたちに会えたのですから。」
女性対魔士はベルベット達を睨む。
ベルベットは腕を組み、
「そんな体で勝てるとでも?」
「勝つのはあなたたちです。私を利用して。」
「どういうこと?」
ライフィセットが首を傾げる。
ベルベットは女性対魔士を睨み、
「聞かなくていい。どうせ罠よ。」
「リオネル島には喰魔ディースがいます。警備対魔士は、私の弟オスカー。」
「……あいつなら問題ないわ。」
「オスカーが、メルキオル様が新たに開発した決戦術式を身につけていてもですか?」
女性対魔士のその言葉に各々反応を示す。
裁判者は横目で女性対魔士を見て、
「だから必死なのだろ。」
「やっぱり、あんたは何か知ってるのね。」
ベルベットが裁判者を睨む。
女性対魔士は困惑する。
裁判者は仮面を取り出し、目元に近付ける。
女性対魔士は目を見張り、
「お前は第一級指名手配!なら、お前は知っているはずです。あれは、聖隷の力を限界を越えて引き出す術――その威力は、通常の聖隷術とは比較にならない。勝てたとしても、無事では済みませんよ。」
「……なぜそんな情報を知らせる?」
ベルベットが眉を寄せて、警戒する。
裁判者は仮面をしまい、
「あれはまだ未完成だからだ。それを行える実験体が少なすぎる。それに実験が可能になっても――先にあるのは終わりだ。」
「……ええ。あの術は未完成なのです。そう、あれを使えば命の保証はありません。私は、オスカーを助けたい!私を人質にすれば、オスカーは手を出せません。あなたたちは、その隙に喰魔を奪って逃げればいい。」
女性対魔士はベルベットを見つめる。
ベルベットは彼女を見据え、
「聖寮を裏切るっていうの?」
「あの子に代えられるものなんて、この世にないわ。」
女性対魔士は手を握りしめる。
ベルベットはジッと彼女を見つめる。
「信用できないのも当然……。薬はいりません……。私の命を預けますから……」
そして膝を着く。
「オスカーを……助けて……」
女性対魔士はそのまま倒れ込み、気絶した。
「テレサ様……!」
ライフィセットとエレノアが駆け寄る。
裁判者はバンエルティア号の船に戻る。
裁判者は腕を組み、顎に指を当てる。
『……さて、この願いはどうするか……。願いではあるが、その願いはどちらも死した後に叶えられるものだが……今回の願い、あいつの力も必要となる……』
一人、考え込む。
そうこうしてる内に、島についた。
裁判者は話し込んでいたベルベット達に近付き、
「対魔士、お前たちの選択を見て、今回の願いを叶えるかの判断を下す。」
裁判者は女性対魔士に近付いてそう言った。
アイゼンが眉を寄せ、何かを考え込む。
女性対魔士眉も寄せ、
「何のことです。」
「お前が弟のために、命をはれたらな。だが、お前の今の選択肢では、その先にあるのは死だけだ。」
「……!お前は……」
そして裁判者は歩いて行く。
ベルベット達も歩いて行く。
しばらくして、女性対魔士は前を歩いていた裁判者の背を睨みながら、
「何故、お前がこの者たちと行動を共にしているのです。」
「何故それを、お前に言わねばならない。」
裁判者は横目で彼女を見る。
女性対魔士はジッと裁判者を睨んだまま、
「私はある情報を得ています。お前は、アルトリウス様とメルキオル様が聖寮をお創りになった時、共に居たと。そしてアルトリウス様に、シグレ様の情報を与えたのも、お前だと聞いています。聖寮の上層に居ながら、何故聖寮を、アルトリウス様を裏切ったのです!」
「……え?裁判者が聖寮に⁉」
エレノアが目を見張って驚く。
無論、ベルベット、ロクロウ、ライフィセットは目をパチクリしていた。
マギルゥはニヤニヤしていて、アイゼンに関しては睨みつけていた。
裁判者はそれらすべてを流し、
「裏切るもなにも、私は導師アルトリウス・コールブランドの仲間でもなければ、災禍の顕主ベルベット・クラウの仲間でもない。協力したのは事実ではあるが、あれをしていいとは言っていない。だから今回、私は動いているのだ。」
裁判者の雰囲気が変わり、ベルベット達の頬に冷や汗が伝う。
が、それを戻し、
「さて、最終的にお前達は何を選ぶ。」
そう言って、どんどん歩いて行く。
そして奥まで進むと、
「テレサ。敵陣に乗り込む前に、策戦を確認しておくわ。」
「……はい。」
ベルベットが女性対魔士を見る。
「あたしたちは、あんたを人質にして、オスカーの武装と聖隷を解除させる。オスカーを拘束して喰魔を回収した後、港まで撤退。喰魔を船に乗せ、出航準備が整った時点であんたを解放する。あとは好きにしなさい。」
「結構。ですが、ひとつだけ約束してください。決してオスカーを傷つけない、と。」
「……それはオスカーの出方次第よ。約束できない。」
二人は睨み合う。
ライフィセットとエレノアが二人に近付き、
「ベルベット。」
「私からも頼みます、テレサの願いを……」
ベルベットは眉を寄せ、
「オスカーを助けたいなら、テレサ、あんたが死ぬ気で説得しなさい。弟を守るのは、姉の役目なのだから。」
「……ええ、必ず守ります。私の命に代えても……」
そして二人は互いに睨み合いながら進んで行く。
最奥の場所は白い花が咲き誇っていた。
業魔≪喰魔≫の前に、地面に剣を突き刺して立っている男性対魔士。
そして男性対魔士は足音に気付き、
「来たな、喰魔ベルベット。」
そして振り返る。
そこには、ベルベットが剣の刃を女性対魔士の首に近付け、睨む姿。
男性対魔士は目を見張って、
「姉上⁉」
「見ての通りよ。剣を捨てて、聖隷を放しなさい。さもないと、こいつを殺す。」
「卑怯な……!」
男性対魔士はベルベットを睨む。
エレノアが彼を見て、
「見逃してください、オスカー。私は聖寮が語る“理”の本当の理由を見極めたいのです。」
「人質をとって脅すのが君の“理”だというのか!」
エレノアは眉を寄せて黙り込む。
女性対魔士は男性対魔士を見て、
「ごめんなさい……。足手まといになってしまった。」
「そんな……姉上は……」
そして男性対魔士は剣を握ったまま両手を上げる。
「……わかった。武装を解除する。」
ゆっくりと剣を置くようにし、勢いよくベルベットに向けて剣を投げる。
ベルベットがそれを弾き、女性対魔士は男性対魔士の方へ駆ける。
「ちっ……!」
「下がっていてください!」
男性対魔士が彼女を背に立つ。
だが、女性対魔士は彼の頭を杖で殴る。
そして彼は崩れ落ちる。
「許して……あなたを救うにはこうすることしかないのです。」
「……約束を守ったわね。そいつを連れて消えなさい。」
「それはできません。この子の失点になってしまう。」
ベルベットは彼女の言葉に眉を寄せる。
ライフィセットも目を見張って、
「テレサ様⁉」
「どうしようっていうの?ただの人間が。」
ベルベットは彼女を睨む。
女性対魔士は杖を握りしめ、
「……そう。私は力も才能もない人間です。でも、“あの方”が教えてくれた!私の体は、カノヌシの力に適合すると――」
彼女はどんどんと喰魔に近付いて行く。
裁判者は彼女を見据え、
「それがお前の答えであり、選択……か。」
そして女性対魔士は喰魔の前に立ち見据え、
「こうすれば、すべてを守れると‼」
その後、喰魔の前に両手を広げてベルベット達に振り返る。
喰魔が女性対魔士に噛みつく。
「あああ……っ‼」
穢れが女性対魔士を包み、喰魔と一体化する。
ライフィセットがそれを見て、
「喰魔になった⁉」
「違う、適合したんじゃ。」
マギルゥがいつになく真剣な表情で言った。
女性対魔士はベルベット達を見て、
「……全員殺します。オスカーのために!」
「自分を喰魔に……ここまでやるか!」
「ふふ、あの子のためなら、なんでもないわっ!」
彼女はベルベット達に襲い掛かる。
ベルベット達は彼女の攻撃を避けつつベルベットとロクロウが攻めていく。
エレノアが槍を構えて突っ込むが、薙ぎ払われる。
ライフィセットが治癒術を掛けながら、
「お願い、もうやめて!」
「退けるものか!あの子の……未来がかかっているのよ!」
そう言って、攻撃が強くなる。
ベルベットは眉を寄せ、
「こっちだって引けない理由があるのよ!」
ベルベットの左手と女性対魔士がぶつかり合う。
だが、女性対魔士の方が力負けして、吹き飛ばされる。
そして身を起こし、
「負け……ない……負けるわけには……」
「テレサ……様……」
ライフィセットが眉を寄せて伏せる彼女を見る。
ベルベットは構え、
「これ以上抵抗するなら、手足を喰い千切っておとなしくさせる。――‼?」
だが、そこに男性対魔士が女性対魔士の元に近付いていた。
彼は膝を着き、彼女を見る。
「もういいのです、姉上……」
「見ないで……こんな醜い姿……」
そう言って、女性対魔士は顔を伏せる。
男性対魔士は彼女の手を取り、
「ドラゴニアの家では、父上も母上も跡継ぎである兄しか見ていなかった。でも、あなただけは、ずっと僕を見てくれた。案じて、励まして、微笑んでくれた。」
男性対魔士は彼女の頬に手を当て、
「……ずっとありがとう、姉上。」
「ああ……オス……カー……」
「そこで見ていてください。あなたが見守ってくれれば、僕は……魔王を滅ぼす魔王にだって勝てる。」
そう言って、立ち上がる。
ベルベット達に振り返り、聖隷を呼び出す。
「見せてやる。我が神依≪カムイ≫を‼」
そう言って、力を籠める。
彼と聖隷が光り出し、
「ぐうう……ああああっ‼」
聖隷が彼の中に入ると、彼の背に宙に浮く羽が三枚ずつ現れた。
彼の髪も白ぽいモノへと変わる。
「ほう、未完成というのに、やりきったか。」
裁判者は目を細める。
男性対魔士は構え、
「いざ参る!」
そしてベルベット達に攻撃を仕掛ける。
「おおおおおっ‼」
ベルベット達の所に竜巻が起こる。
「な、なんじゃこりゃあ~!」
マギルゥが攻撃から逃げながら叫ぶ。
ベルベットも攻撃を避け、
「聖隷と一体化した⁉」
「これほどの術だったか!」
ロクロウが飛んできた羽根の剣を避けて、叫ぶ。
アイゼンやライフィセットが聖隷術を繰り出す。
そのタイミングを狙って、ベルベットとロクロウ、エレノアが攻め込む。
「ぐうう……まだだっ!まだ崩れるな、神依≪カムイ≫っ‼」
だが、動きが鈍くなった。
裁判者は目を細め、
「それがお前の答えと選択か……」
鈍くなった男性対魔士にベルベットとロクロウが斬りかかり、彼は吹き飛ばされる。
彼は膝を着き、息を荒くなる。
エレノアが彼を見て、
「お願いです、オスカー!これ以上は――」
「許さない……!姉上を傷付けたお前たちを!」
そして再び立ち上がり、光り出す。
「がああああ……‼」
「聖隷の暴走か⁉」
ロクロウが警戒する。
アイゼンが眉を寄せ、
「いかん!ドラゴン化するぞ!」
「喰らってとめぃ!ベルベット!」
マギルゥが腕を上げて叫ぶ。
ライフィセットが眉を寄せ、
「待って、この人は……!」
「ぐおおおお――っ‼」
男性対魔士はエレノアに突っ込んできた。
それにいち早く気付いたベルベットがそれを防ぐように、前に出る。
彼を剣で斬ようとするが、それを避けて彼がベルベットに攻撃を仕掛ける。
ベルベットもそれを避け、彼を再び攻撃。
それを繰り返した。
だが、ベルベットは左手で彼に攻撃する。
彼はそれを避けると、ベルベットはすかさず後ろに回る。
そして彼の宙に浮く羽根を左手で喰らう。
否、彼の背を抉る。
彼は血を流して死んだ。
ベルベットは目を見張って、左手を見る。
そこに女性対魔士が歩いてくる。
フラフラし、目を見張って、
「殺した……な……」
「違う……」
ベルベットは女性対魔士を見る。
彼女は涙を溜め、
「いい子だったのよ?誕生日にイヤリングをくれたの。本当は、婚約者に渡す家宝なのに、そうと知らずに私に……。一番大切な女性にあげるものよって返そうとしたら、あの子……それは姉上だよって笑って……。無邪気で……とても……優しい子だったのにっ!オスカーを殺したなっ‼」
ベルベットは何かを思い出すかのように、小刻みに震える。
女性対魔士はベルベットを睨み、
「よくもっ‼よくもっ‼よくもぉぉっ‼!」
突っ込んでする。
ベルベットは何かを振り切るかのように、左手を女性対魔士に向ける。
「うあああああ〰ッ‼!」
「やめて!」
「殺すな!」
ライフィセットとアイゼンが叫ぶ。
だが、女性対魔士はベルベットの首を絞め上がる。
彼女は女性対魔士を蹴り、空中で回転して左手で背中を抉る。
女性対魔士は人間の姿へと戻り、地面を滑る。
女性対魔士は、横たわる男性対魔士≪弟≫に元にはって近付き、手を伸ばす。
「ひどい怪我……すぐに手当を……泣かないで……あなたは強い子……よ……オス……カー……」
そして彼女は息絶えた。
その手は彼の手を握っている。
ベルベットが穢れを喰らう。
エレノアが伏せ、
「テレサ……オスカー……」
「……喰魔の回収は失敗じゃな。」
そう言って、ベルベットを見るマギルゥ。
彼女は目を見張り、
「先にやったのは……そっちよ……」
そして櫛を取り出し、
「だから、あたしは……ラフィの……!弟のため……に……」
ベルベットはそのまま倒れ込んだ。
裁判者は死んだ対魔士姉弟を見下ろし、
「姉上のため、弟≪オスカー≫のため……か。命を救う、命≪めい≫を全うして救う、敵を倒して救う、色々な救うが絡み合ってるな。だが、今回の願いに対しての答えは見せて貰った。その願いは叶えよう。」
裁判者は風に身を包み、黒と白のコートのようなワンピース服に変わり、仮面をつける。
壊れた仮面ではなく、元に戻った仮面を……
「その喰魔が目を覚まし、前を向く事を決めたら監獄島に現れよう。」
「もし、諦めたら、どうするのじゃ?」
「その時は、それまでの事だった、というだけだ。お前達とのなれ合いも終わり、と言うことだ。」
そう言って、裁判者は二人の対魔士の亡骸を担ぎ、風に包まれて消える。
聖寮の導師アルトリウス・コールブランドの前に姿を現わす。
姉弟対魔士の亡骸を落とし、導師アルトリウスを見る。
彼は目を細めて二人の対魔士を見る。
「……お前が殺ったのか。」
「いや、やったのは災禍の顕主だ。アイツにとって、いつぞやのお前のような結果だったがな。」
「そうか……。二人は私が責任を持って、ドラゴニア家に送ろう。」
そして表情を変え、
「その為に来たのではないのだろう。目的はなんだ。」
彼は裁判者を見据える。
裁判者は瞳を閉じ、
「審判者。」
「はいはい。」
そう言って、すぐだった。
部屋の影から審判者が出てくる。
無論、彼も黒と白のコートのような服を着て、仮面をつけている。
裁判者は目を開き、横目で、
「そこに居るのであろう、クローディンの友。」
「……やはり儂にも気付いておったか。」
そして裁判者は手を前に出す。
そこには業魔≪ごうま≫が裁判者を殴ろうとしていた。
その拳を簡単に止め、
「お前の願いはまだ叶えられないぞ。」
そして指をパチンっと鳴らして、業魔≪ごうま≫は姿を消す。
裁判者は片手を腰に当て、
「今回は、その対魔士共の願いと、未完成の神依≪カムイ≫を成功させた褒美をやりに来た。」
「なんだと。」
裁判者は男性対魔士に、手を当てる。
彼の中から魔法陣が浮かび、
「ここまで解析したのは褒めてやる。だが、これではまだまだ犠牲は出るだろうな。」
そう言って、裁判者は魔法陣をいくつも出して、審判者と組み替える。
審判者が術式を見て、
「人にも、聖隷にも、これでは負荷が大きいね。ここをこうして……」
そう言って、二人はどんどんと組み替えていき、裁判者がそれを導師アルトリウスに球体として渡す。
影から神器をいくつか取り出し、地面に転がしていく。
そして彼らに背を向け、
「術式はそれでいい。だが、神依≪カムイ≫を使えるのは霊応力の才と力がなければ、扱う事はできない。その一環として、その神器はくれてやる。抗って見せろ、人間ども。」
そう言って、裁判者は審判者と共に姿を消す。
審判者は裁判者を見て、
「いや~、これまた随分と手を貸したね。」
「私は願いを叶えただけだ。」
「半分はね。」
「その半分も、褒美だ。」
「はいはい。」
「だが、本当の神依≪カムイ≫を実現するのであれば、聖隷の意志が必要となるがな。」
「それをできるかは、彼ら次第。」
「ま、関係ないがな。」
そう言って、裁判者は空を見上げ、
「立ち上がったか。」
「災禍の顕主?ま、彼女はこれからどうなると思う?」
「さあな。だが、これで真実に近付く。やっとな。」
そう言って、裁判者は黒いコートのようなワンピース服に変わる。
彼も、黒いコートのような服に変わる。
二人は仮面を取り、
「じゃ、そういうことで。」
「ああ。」
二人は別方向に別れる。
裁判者は監獄島へ戻って行った。