グリモワールの所に向かっていると、ベルベットとエレノアと合流した。
二人は裁判者に引っ付いているマギルゥを見る。
ベルベットが呆れたように、
「マギルゥ……あんた、何やってんのよ。」
「可愛いマギルゥちゃんが、コワイコワイ、チャイバンシャとスキンシップ中じゃ♪」
「はい?」
エレノアは困惑しながら首を傾げる。
裁判者は二人を見て、
「これは荷物だ。」
「はい?」
さらに困惑するエレノア。
マギルゥがエレノアを見る。
「ところでビエンフーはどうしたんじゃ?」
「ビエンフーでしたら、壁に激突して、気絶し、ダイルとクロガネが連れて行き、今はモアナと遊んでいます。」
「もとい、遊ばれているわ。」
「あやつも、いささかバカじゃのー。」
エレノアの苦い表情と、ベルベットの呆れた顔で言うのを、マギルゥがニヤニヤ笑いながら言う。
と、ライフィセットがさっきの話していた会話をエレノアとベルベットにする。
エレノアは腕を組み、
「アイゼン。聖隷にも家族の繋がりがあると聞きましたが、血縁関係なしでどうやって妹だとわかったんですか?」
「もうずいぶん前のことになるが、俺はとある霊山の地脈点に生まれた。そこで長い間過ごしていたある日、同じ地脈点からあいつが生まれてきたんだ。気づくと、俺たちは同じ屋根の下で暮らすようになっていた。」
アイゼンは腕を組み、語る。
ロクロウがアイゼンを見て、
「同じ地脈点から生まれた聖隷が、兄妹ってことなのか?」
「いや、他にもそこで生まれた聖隷はいたが、そいつらを家族だと感じたことはなかった。だが妹≪あいつ≫はなにかが違った。あいつが哀しいと、俺も哀しかった。俺が嬉しいと、あいつも嬉しかった。愛想のないやつだが、その分笑顔の破壊力が凄くてな。なにがあっても、あいつを守ってやろうと俺は誓った。俺は、霊山で採れた石を使ってペンダントをつくり、お守りとしてあいつに持たせた。あいつは、首飾りとして使っていたがな。」
アイゼンがペンダントを取り出す。
それを開き、笑みを浮かべるアイゼン。
ライフィセットがそれを見て、
「そのペンダントは……?」
「あいつも同じことを考えたんだ。自分でつくったお守りだと、これを俺にくれた。お互い黙っていたのに、俺たちは同じ日に、同じ形のお守りを贈り合った。俺たちの間には、確かに兄妹の繋がりがあると、その時、確信したんだ。」
「そこに描かれてる女の子が、妹さんなんだね?」
「ああ……俺が家を出る日、あいつが描いてくれた自画像だ。」
アイゼンは嬉しそうにその絵を見つめる。
ベルベットがアイゼンを見て、
「あんたも、妹に絵を描いてあげたの?」
「いや……俺には絵心はない。」
「きっと、妹さんは自分のペンダントに、一番大切な人の顔を描いていますよ。」
エレノアが笑顔を向ける。
アイゼンも小さく笑い、
「だといいがな……」
「一番大切な人が、お主じゃといいがのー。のう、チャイバンシャ。」
「……知らん。だが、この兄にして、あの妹……なのかもしれないぞ。私が視る限り、な。」
と、立ち止まっていたアイゼンを通り過ぎてマギルゥと裁判者は言った。
アイゼンは眉を寄せ、睨むようにマギルゥと裁判者を見る。
裁判者はグリモワールの元にやって来た。
無論、マギルゥは引っ付いたままだ。
グリモワールは空を見上げていた顔をこちらに向ける。
「来たわね。……で、アンタたちは何をしてるの?」
「グリモワールのとこまで来たんだ。いい加減離れろ。」
裁判者は横目でマギルゥを見る。
マギルゥは口を尖らせ、
「ケチじゃのー。このままでもよかろうて。」
「離れろ。」
「仕方ないのー。」
マギルゥはパッと裁判者から離れる。
ライフィセットがグリモワールを見て、
「グリモ先生。解読できたの?」
「ええ。『かぞえ歌』にはね、二番があったのよ……。読み下しておいたから……坊や、読んであげて。」
「うん。ええと……」
ライフィセットはグリモワールに近付き、本を見る。
そしてそれを読み上げる。
「八つの穢れ溢るる時に、嘆きの果てに彼之主≪かのぬし≫は無限の民のいきどまり。いつぞの姿に還らしめん。四つの聖主の怒れる剣が、御食≪みお≫しの業を切り裂いて、二つにわかれ眠れる大地。緋色の月夜は魔を照らす。忌み名の聖主心はひとつ。忌み名の聖主体はひとつ。」
「おふぅ……なんじゃか不吉な文句ばかりじゃのー。」
マギルゥが手を広げ、肩を上がる。
ベルベットが顎に指を当てて、
「二番の歌詞は……カノヌシの性質を表してる?」
「おそらくそうよ。」
グリモワールは目を細める。
ベルベットは眉を寄せ、
「八つの穢れ溢るる時に、嘆きの果てに彼之主≪かのぬし≫は無限の民のいきどまり……か。」
「世界に穢れが満ちた時、カノヌシの力で『民のいきどまり』をもたらす……と読めるな。」
アイゼンが眉を寄せる。
エレノアが目を見張り、
「人間を滅ぼすというのですか⁉」
「おいおい、聖寮はそんな目的でカノヌシを復活させようとしてたのか?」
ロクロウが呆れたように言うと、
「違う!アルトリウスは、そんな男じゃない!」
ベルベットが拳を握りしめて怒鳴った。
それに各々驚いていた。
裁判者は彼女見つめる。
ベルベットは眉を寄せ、
「……あいつの理想は『個より全』、『理と意志による秩序の回復』よ。だから、世界を守るためにラフィを犠牲にした。」
「『お主の知っとるアルトリウスは』じゃろ?」
マギルゥはベルベットを見据える。
ベルベットは睨むようにマギルゥを見る。
マギルゥは腰に手を当てて、
「じゃが、人は変わるぞ。導師とて絶望したのやもしれん。業に流されて穢れを出し続ける、愚かな人間どもに……のう。」
「……そんな奴じゃない。もしそうなら、ラフィはなんのために……」
ベルベットは拳を握りしめる。
裁判者は遠くを見る目で、
「……強いて言うのであれば、簡単に人を裏切れる人間も、だな。そして大切なものを救えない自分に、な。常に同じ人間はいない。きっかけさえあれば、簡単に自分を変える。」
裁判者はベルベットを見据え、
「それはお前も知ってるはずだ。」
ベルベットは唇を噛みしめる。
エレノアはグリモワールを見て、
「古文書の続きは、なにか書かれていないのですか?」
「それが、この古文書は完本じゃなかったの。まだ続きがあるはずだけど欠けてしまっているのよ……。だから、今できる解読はここまで。」
グリモワールは頬に手を当てる。
ベルベットが舌打ちした。
ロクロウが腕を組み、
「だが、原本はどこかにあるんだよな?」
「あってこそのカノヌシ復活計画だろう。聖寮はカノヌシの性質を完全に把握している。」
アイゼンが眉を寄せる。
ライフィセットが首を傾げ、
「でも、王都の離宮にあったのがこれだし、原本の手がかりはないよ……」
「今日はもう遅いです。ここまでにして休みましょう。」
「……そうね。」
エレノアが全体を見る。
ベルベットもそれに同意した。
そして各々解散した。
裁判者は空を見上げ、
「……心ある者達は簡単に自分を変える。なら、私達は……いや、それはないな。」
裁判者は視線を戻し、建物の中に入っていった。
翌朝、港に出ると、
「ライフィセットー!モアナ、きのうはメディサと寝たんだよ。ヘビだけど、あったかかった。」
と、小さな業魔≪喰魔≫の少女が嬉しそうに声を掛ける。
そこに近付き、
「よかったね。」
「今からメディサとおフロにはいるの。ライフィセットも、いっしょにはいろー。」
「え⁉困るよ……」
「いいよー、モアナはこまらないから。」
「ええっと……」
困るライフィセット。
モアナはワクワクして見つめる。
そして笑顔で、
「モアナね、前にチャイバンシャに言われたんだ。チャイバンシャが、今は沢山甘えて泣けって!そしたら大人になった時に、チャイバンシャが言った難しい事がわかるんだって!」
ベルベットが少し驚いた後、裁判者を睨む。
裁判者はその視線を避ける。
エレノアも驚いた後、小さな業魔≪喰魔≫の少女の前にしゃがみ、
「モアナ、知っていますか?ダイルの尻尾が、新しく生えかかっているんですよ。」
「本当⁉みたい!」
「ダイルは監視塔に行ったようです。」
「いってみる!メディサもいこ!」
と、喰魔の女性を見る。
彼女は戸惑いながらも、
「……ええ。でも、走ると転ぶわよ。」
と、モアナ駆けて行き、彼女も歩いて追う。
モアナは裁判者の横を駆けてると、立ち止まり、
「ありがとう、チャイバンシャ!」
「なぜ礼を言う。」
「なんとなくー!」
と、再び駆けて行く。
裁判者は目を細めて、
「本当に、心ある者達はきっけか次第で変わるな。選択肢が増えたり、減ったり……」
裁判者は一人先に船に向かう。
それから遅れて、ベルベット達が船に乗る。
イーストガンドに向かう途中の船の上で、
「……それは心水か。」
「おお!お前もどうだ。アイゼンと、この前の魚釣りとさっきの魚釣りの勝敗を決める為に、心水で勝負をするんだ。」
ロクロウが酒を大量に用意しながら言う。
裁判者は腰に手を当てて、
「酒には肴がいるのではないか?」
「そのつもりだったんだが、釣れなくてな。」
「そうか。」
裁判者はすぐそこに置いてあった竿を取り、針を海に投げた。
ロクロウが腕を組んで、
「おいおい、エサなしに釣れるわけ――」
裁判者の竿が引っ張られ、裁判者は引き上げる。
そこには針一本に対して、強大な魚が引き上げられた。
ロクロウは目をパチクリし、
「……なんつーか、お前ってホント何でもありだな……その幸運を、少しでもアイゼンにやればいいものを。」
「それはあいつの願いではないからな。それより、これでいいのだろう。私も心水とやらを飲んでみたかったのだ。」
裁判者は魚を手渡す。
ロクロウはニット笑い、
「よっしゃ!ベンウィックに渡して、つまみにして貰うわ!」
と、厨房に持っていく。
それからしばらくして、ロクロウが大量の魚料理を持ってくる。
そして裁判者は座り、盃を持つ。
ロクロウがその杯に酒を入れようとして、
「ん?そういや、お前は酒を飲んでもいいだっけか?」
「お前、私をこの外見で判断しているだろう。言っとくが、お前よりも遥かに年上だぞ。」
「そうだったな!」
ロクロウが酒を注ぐ。
そこにアイゼンがやって来て、
「何故、裁判者も居る。」
「私も混ぜて貰うぞ。酒が私にも効くかどうか、いい実験になる。」
「なら、負けるわけにはいかんな!」
アイゼンが座り、盃に酒を注ぐ。
ロクロウも盃に酒を注ぎ、二人を見て、
「いざ!尋常に勝負!」
三人は酒を飲む。
裁判者はその後、朝までロクロウとアイゼンと飲んでいた。
翌朝、ベルベットが呆れたように、
「で、何がどうなったらこうなるわけ?」
「い、いやなに……まさか裁判者がここまで飲めるやつだったとは……」
「この俺が、死神の呪い以外でこんな事になるとは!」
ロクロウとアイゼンは頭を抑えて甲板の上で伸びていた。
と、ビエンフーが大声で、
「何やってるでフかー?何だか裁判者がこれでもかってくらい大人しいでフー!」
「「騒ぐな!」」
二人は大声で言う。
そして頭を抑える。
ビエンフーは二人の殺気めいた目と雰囲気で、すでに泣きながら逃げ出していた。
裁判者は近付いて来たマギルゥを見て、
「……マギルゥ……ちょっと来い。」
「ん~、なんじゃ?」
「ここに座れ。」
マギルゥは裁判者が自分の横を指さす。
その場所に座ると、
「で、やけに酒臭いが……本当に、こんなに飲んだのかえ?」
マギルゥの見つめる先には大量の空になった瓶や樽が転がっている。
だが、裁判者は答える間もなく、座ったマギルゥにもたれて寝出した。
マギルゥは目をパチクリし、
「おお‼これはこれは!面白い光景じゃ♪裁判者を大人しくさせたい時は、こやつに酒を飲ませようぞ♪」
「そのために、どれだけの犠牲が出るかしらね。」
と、未だ頭を抱えて伸びているロクロウとアイゼンを見つめるベルベット。
イーストガンドに近付くにつれ、霧が出てきた。
ちなみに、裁判者と飲んでいたロクロウとアイゼンは三日三晩は動く事もできずに、頭を抑えて甲板で伸びていた。
エレノアは辺りを見て、
「霧が出てきましたね……」
「……じゃの。」
マギルゥも辺りを見渡す。
裁判者も手すりに座って霧を見ていた。
彼らは何やら話し込んでいる。
そして霧が晴れた頃には、港についた。
エレノアが辺りを見渡し、
「霧も、すっかり晴れましたね。迷わなくてよかった。」
「当然だ。俺たちをなんだと思ってる。」
アイゼンがエレノアを見下ろす。
エレノアは人差し指を立て、
「違法で無法で、腕のいい海賊だと。」
「……わかっていればいい。」
「それより、アイゼン。もう平気なのですか?」
「問題ない。まだ頭痛はするがな。」
アイゼンは背を向ける。
そして裁判者は船から降り、歩き出す。
ベルベット達も船から降り、歩き出した。
上に上がるにつれて、辺りが見渡せる。
岩に尽き出た岩の家がそこら中にある。
そして頭上をいくつかのゴンドラが通り過ぎていく。
それを見たライフィセットが目を輝かせ、
「お城みたい!」
「ここは、貿易で悪どく儲けた一族の拠点でね。攻められた時に備えて、こうなってるんだって。」
ベルベットがライフィセットを見る。
ライフィセットは辺りを見渡し、
「へぇ……敵が多かったんだ。」
「けど、栄えたのは昔の話。今はただの田舎街よ。それでも、あたしたちには憧れの都会だったけど。」
最後の方は小さい声なので、ベルベットの言葉は聞こえていないだろう。
エレノアが彼女を見て、
「詳しいのですね。」
「一応地元だから。この先のアバルって村が、あたしの故郷。」
「じゃあ、喰魔がいるのは――」
「多分、あたしの村よ。」
「……いいのですか?」
「どうせ知り合いはいないわ。みんな、あたしが喰い殺したから。」
ベルベットは拳を握りしめた。
裁判者は空を見上げ、
「では、お前は自分の村を思い出しながら来る事だな。そして今見ている自分を、再認識しろ。」
「は?」
「要は、選択を見間違えるな、と言うことだ。ベルベット・クラウ。」
そう言って、裁判者は歩いて行く。
森の中で、裁判者は木の上から一人の少女を見ていた。
彼女は業魔≪ごうま≫に襲われていた。
そこにベルベット達がやって来る。
その業魔≪ごうま≫を倒し、少女が目を覚ます。
そしてベルベットを見て、泣きながら抱き付いた。
しばらく話すと、彼女は村に向かって走って行った。
そしてベルベット達も村に向かって歩き出す。
裁判者は木々を伝って、村に向かう。
村に付き、その後すぐベルベット達も村に入る。
彼らは村人と話を交わしていた。
そして彼女は走り出す。
そして他のメンバーも、ロクロウとアイゼンが別行動となる。
裁判者は彼女の向かう先に、先回りする。
そして木の上でマギルゥと目が合う。
裁判者は目を細めて、
「「人は苦痛には耐えられる。」」
マギルゥは家の前の墓を見て、
「じゃが……」
家の中に入って行くベルベットを見据えた後、自分も入って行った。
裁判者は家の屋根に降り、瞳を閉じる。
「幸福には逆らえない。」
家の中の映像が流れてくる。
ベルベットはベッドに眠る少年に触れ、泣きながら抱き付いた。
そこに業魔≪ごうま≫に襲われていた少女がやって来て、ベルベットに話をする。
そして櫛を取り出し、何かを話している。
彼らはベルベットを残し、家の外に出る。
裁判者は出てきた彼らの前に降りる。
「裁判者!これは――」
裁判者はエレノアの口元に指を当てる。
そしてライフィセットを見る。
マギルゥは落ち込むライフィセットを見て、
「どうした、ライフィセット?元気がションボリのようじゃが?」
「そんなことないよ……ベルベット、よかった。」
ライフィセットは顔を上げる。
業魔≪ごうま≫に襲われていた少女がライフィセットを見て、
「へぇ、あなたもライフィセットっていうんだ。すごい偶然ね。」
「う、うん……」
そこに扉が開く音がする。
ベルベットが出てきて、
「……悪かったわね、なんか。」
「気にしてません。これからどうします?」
エレノアは一度裁判者を睨むように見た後、ベルベットを見る。
業魔≪ごうま≫に襲われていた少女が、
「今晩は、久しぶりにライフィセットの好きな物をつくってあげてよ。スープとかなら飲めるし、匂いにつられて目を覚ますかもしれないよ。」
「そう……しよっかな。買い出しの間、見ててくれる?」
「うむ!苦しゅうない!」
その表情な昔の彼女そのものだった。
ライフィセットはベルベットを見上げ、
「僕も……手伝っていい?」
「お願い。味見してもらわないといけないから。」
そう言って、ベルベットは歩き出す。
裁判者は彼女の後ろに付いて行く。
ちょっとの間を置いて、ライフィセット達も駆けて来る。
見せに行き、肉を狩りに行く事となり、しばらくそれにつき合う。
肉集めも終わり、家に戻るとロクロウとアイゼンが居た。
「弟のことは聞いた。よかったな。」
「……で、お前はどうする気だ?」
ロクロウとアイゼンがベルベットを見る。
ベルベットも二人を見て、
「村を……調べてたのね。」
「ああ。岬の祠を探ろうとしたらとめられた。聖寮に立ち入り禁止されているそうだ。喰魔がいるなら、そこだろうな。」
ロクロウが腕を組む。
アイゼンは腰に手を当てて、
「俺は喰魔を引きはがす。罠なら戦いになるはずだ。罠でなくとも、この平穏はなくなる。」
「あたしがしてきたように……ね。」
「お前がここでとまっても、俺は聖寮と戦う。」
「とめたければ力ずく……よね。」
そう言って、ベルベットはアイゼンと見つめ合う。
裁判者は小さく、
「さて、お前はどの選択肢を選ぶ。」
そして二人を見る。
そこには業魔≪ごうま≫に襲われていた少女が歩いて来る。
ロクロウがそれに気付き、
「待て、ベルベット!」
だが、それは遅く、ベルベットは左手を喰魔化した。
それを見た業魔≪ごうま≫に襲われていた少女は眉を寄せ、
「ひっ……!」
その声に、ベルベットは振り返る。
アイゼンがその横を通り、
「……一日だけ待つ。覚悟が決まったら岬に来い。」
「俺もそうするよ。明日どうするかは、お前次第だ。」
ロクロウも歩いて行った。
業魔≪ごうま≫に襲われていた少女は脅えながら、
「そ、その手は……」
「見ての通り“業魔≪ごうま≫”よ。三年前、あんたたちを襲ったのも、あたし――」
「聞かない‼業魔≪ごうま≫でもベルベットはベルベットだよ……。怖いけど……怖くない!」
そう言って、ベルベットの手を取り、
「あたし、誰にも言わないから……また前みたいに暮らそ?みんな……一緒に。」
「……ニコ……」
ベルベットもその手を取る。
裁判者は彼らに背を向け、屋根の上に上がっていく。
そして瞳を閉じる。
彼らは食事を取る。
そしてベルベットは弟のベッドに腰を掛け、話していた。
ライフィセットは本棚で古文書を見つけ、そしてライフィセットに羅針盤を借りる。
それをベッドに置き、話し込む。
と、ベルベットはライフィセットの方に付いていた米粒を取って食べる。
そしてハッとする。
喰魔となってから血の味しか解らなくなった自分に、味覚がある事に……
「やっと気づいたか。」
裁判者は瞳を開け、中に入る。
エレノアが裁判者を見て、
「もう、一緒に食べたかったのなら、最初から――」
と、バンと机を叩き付けるベルベット。
そして震える声で、
「……マギルゥ。“夢”を操る術ってある?」
「え……夢がなんですか?」
エレノアが眉を寄せる。
マギルゥは目を細め、
「あるぞ。とある特殊な聖隷を使った術じゃ。霧とともに相手の“後悔”を取り込み、“幸福な夢”に閉じ込めるという。」
「後悔を取り込んだ……幸せな……」
ベルベットは拳を握りしめ、
「裁判者!アンタはいつから気付いていたの!知ってて私を嘲笑っていたの!」
「……最初から知っていたさ。だが、これはお前が望み、自身の業に目を反らした結果だ。だから言ったろ、『自分の村を思い出しながら来る事だな。そして今見ている自分を、再認識しろ』と。人や聖隷は、知らずに振れていた幸福や、手に入れた幸福を知ってしまっては逃れられない。それが大きな苦痛を得た後ならなおさらな。さて、再認識は出来たか。」
ベルベットは裁判者を睨み、
「ホント、アンタってムカつくわね!岬に行くわよ。」
「今から?突然どういしたんですか。」
エレノアが困惑する。
と、奥の方の部屋から、
「お姉……ちゃん……」
ライフィセットがそれに気付き、振り返り、
「ベルベット‼」
ベルベットも振り返る。
その先には少年が目を覚ます。
「行かない……で……僕のそばに……いて……」
ベルベットはベッドに近付き、彼の伸ばす手ではなく、羅針盤を持ち上げる。
彼女は羅針盤を見て、
「これはフィーの羅針盤なの。」
そしてライフィセットに羅針盤を渡して歩いて行く。
ベルベットは一度立ち止まり、
「ごめんね、ラフィ……」
「やだよ……待って……お姉ちゃん……僕を……捨てないでぇっ‼」
彼は必死に手を伸ばす。
そして泣き出した。
ベルベットは再び歩き出す。
裁判者は手を伸ばし泣いている少年を見る。
その少年の姿は小さな人間の少女に変わる。
『……情か……』
外に出ると、霧が辺りを覆っていた事に気付いたベルベット達。
「霧が……⁉まさかこれって!」
「岬の祠へ!喰魔を引きはがす。」
そう言って、岬のある方へ歩いて行く。
だが、岬に向かう途中、村人とアイゼン、ロクロウが睨み合っていた。
ロクロウがベルベットに気付き、振り返る。
「ベルベット。」
「来たか。」
アイゼンは村人と睨み合ったまま、そう言った。
業魔≪ごうま≫に襲われていた少女はベルベットを見て、
「ベルベット、お連れさんをとめてよ。どうしても祠に行くってきかないの。」
「聖寮が立ち入りを禁止してるんだ。そんなことされたら俺たちが罰を受けちまう。」
他の村人もそう言う。
ベルベットは目を閉じ、手を握りしめる。
「……ニコ。やっぱり、あたしはひどい奴だよ。全部取り戻せるかも……忘れられるかもって思った。自分のために、ラフィを言い訳にしようとしたの。けど、忘れていいはずがない。あの子は死んだんだから。理由もわからず殺されたんだから!許せない……絶対に許せないっ‼」
そして瞳を開き、村人を見据える。
「どけ。さもないと――また喰い殺すっ‼」
「なんでよ、ベルベット……」
業魔≪ごうま≫に襲われていた少女は俯いて呟く。
そして穢れが満ち、村人は業魔≪ごうま≫へと変わる。
業魔≪ごうま≫に襲われていた少女はベルベットを睨み、
「なんであんたは〰っ‼」
彼女も業魔≪ごうま≫と化した。
ベルベットは左手を構え、
「そう!それが本当よ!」
そう言って駆け出す。
左手で業魔≪ごうま≫を薙ぎ払いながら、
「どけええ〰‼」
「こりゃあ、驚いた!まさか折れずに堪えるとはの!」
マギルゥも術を繰り出す。
エレノアも槍を構え、
「どういう意味です!」
「細かいことを気にしとると死ぬぞい!」
と、マギルゥは突進してきた業魔≪ごうま≫を避ける。
エレノアは眉を寄せて、業魔≪ごうま≫を薙ぎ払う。
全ての業魔≪ごうま≫を薙ぎ払い、ベルベットは一人駆け出す。
「……こっちよ!祠は森を抜けた先!」
「おい、なにがどうなっている?」
ロクロウも駆け出しながら言う。
他の者達と一緒に、裁判者も駆け出す。
マギルゥは走りながら、
「敵の罠じゃよ。全部ベルベットの夢を利用した幻じゃ。」
「悪趣味な術だ。」
アイゼンが裁判者を睨む。
裁判者は彼を横目で見て、
「言っておくが、今回は何もしていないぞ。」
「つまり、ベルベットが見破ったんだな。」
ロクロウがエレノアを見る。
エレノアは頷き、
「はい。でも、夢とはいえ、あんなに容赦なく……」
ライフィセットも、何の迷いもなく薙ぎ払った時のベルベットの姿を思い出し脅える。
マギルゥは目を細め、
「驚くべきはそこじゃないわい。あやつが夢を振り切ったことの方じゃ。夢と現の区分けなぞ、己が心のさし加減にすぎんというのに……」
「え……?」
ライフィセットはマギルゥを見る。
マギルゥはいつも通り笑い、
「大したヤツということじゃよ。急ぐぞ、者ども!」
マギルゥのペースが上がった。
裁判者もペースを上げる。
ロクロウがライフィセットを抱え、ペースを上げた。
彼らは先を走って行ったベルベットを追う。
岬の祠に着くと、首が二体ある強大な犬がいた。
エレノアがそれを見て、
「いました!喰魔です!」
そして側までより、武器を構える。
武器を構えたベルベット達に、その犬の喰魔は咆哮を上げる。
ベルベットは犬の喰魔を見て、
「そうか、あんたたちは……ニコが飼ってた……!」
暴れる犬の喰魔を大人しくさせる為に攻撃を仕掛ける。
しばらく攻撃を与え、ベルベットが奥へと薙ぎ払う。
動きの止まった犬の喰魔を捕らえていた結界を、ベルベットが壊す。
ベルベットは犬の喰魔を見て、
「悪いけど、一緒に来てもらうわよ。」
そう言って、犬の喰魔に近付く。
犬の喰魔はベルベットに咆哮を上げる。
ライフィセットが目を見開き、
「ベルベット‼」
だが、ベルベットは左手で犬の喰魔の片方の頭を押さえつける。
「……いいのよ。あたしは、この子たちのご主人を殺した仇なんだから。」
ベルベットは犬の喰魔を見つめる。
ライフィセットは俯く。
ベルベットは犬の喰魔を見つめたまま、
「けど、今はだめなの。あたしが仇を討ったら、好きなだけ食べていいから……だから、力を貸して。」
「その選択でいいんだな。」
「ええ!」
裁判者はベルベットを横目で見る。
ベルベットは裁判者を睨んで言う。
裁判者はベルベットが押さえつけていない方の犬の喰魔の頭に触れる。
彼らは茶色と白の二頭の犬へと変わる。
そして辺りの霧も晴れる。
「術も解けたようじゃな。」
マギルゥが辺りを見渡す。
ライフィセットは荷物をあさり、
「古文書も消えちゃった!」
「古文書って?」
ロクロウがライフィセットを見る。
ライフィセットは俯き、
「最後まで書いてあるカノヌシの古文書だよ。ベルベットの家にあったんだ。」
「アルトリウスの本!」
ベルベットがハッとする。
エレノアがベルベットを見て、
「本物が残っているかもしれません。ベルベットの家に戻ってみましょう。」
一行はベルベットの家に向かう。
ロクロウが歩きながら、
「今までのが全部幻だったとは……すごいな。ここまでの幻術を操る奴がいるのか。」
「多分、俺の“死神の呪い”と同系統の特殊な力を持った聖隷を使役しているんだろう。こんな悪趣味な罠を仕掛けるのは、おそらく奴だ。」
アイゼンが睨むように言う。
ロクロウは腕を組み、
「だが、おかげでカノヌシの手掛かりが手に入るかもしれん。」
ロクロウはニッと笑う。
そしてベルベットの家に着き、家の中を探す。
ライフィセットが俯き、
「本……ない……」
「当然か。奴が見落とすはずがないもの。」
「見つけた時、僕がちゃんと見せてたら……」
「気にしなくてもいいわ。どうせグリモワールでないと読めないし。どこかの意地悪は読んでくれないだろうから……。夢だったのよ、全部。」
そう言って、外に出る。
ライフィセットは家の前のお墓に気付き、歩いて行く。
それを見つめていると、
「お墓よ。あたしのお姉ちゃんと、生まれる前に殺された甥っ子の。」
「……荒れちゃってるね。お花、供えようよ。」
ライフィセットがベルベットを見上げる。
ベルベットは首を振り、
「……いい。意味のないことよ。」
と、目を細めて左手を見る。
裁判者はある場所を睨む。
そしてマギルゥも睨む。
すると、男性の声が響く。
「卓見だな。食すならまだしも、追悼のためになんの関係もない花を手折≪たお≫って捧げるとは、生贄ですらない。無駄を通り越した残酷な行為だ。」
そこには老人対魔が現れる。
そしてベルベット達の前に立つ。
アイゼンが彼を睨み、
「メルキオル!」
「相変わらずじゃのう……」
マギルゥが小さく呟いた。
ベルベットは老人対魔士を睨み、
「“夢の霧”は、あんたの仕業ね。」
「よくもあの術から裁判者の手助けなしに脱した。だが、裁判者の方はなにやら、助言はしておったがな。」
「助言ではない。真実のひとつを言ったに過ぎない。」
「そうじゃろうな。だが、その覚悟、喰魔でなければ我が後継者にしたいところだ。」
老人対魔士は髭を摩りながら言った。
マギルゥはさらに眉を寄せる。
裁判者は老人対魔士を見据える。
「お前の後継者など、お前の望まぬ形で、違う意味での後継者として得るだろうさ。」
「ほう。」
老人対魔士は髭を摩る。
ベルベットは眉を寄せ、
「で、わざわざ誉めにきたの?」
「そうだ。この書を回収するついでにな。」
そう言って、一冊の本を取り出す。
ベルベットはそれを見て、
「返してもらうわよ。」
「これは、我が友――アルトリウスの師でもある先代筆頭対魔士がまとめたもの。身を捨てて世を憂えた高潔な魂が残した希望だ。」
裁判者は彼を睨み、
「あれが残した希望だと想うのであれば、それは今のお前たちがやろうとしていた事であり、そうでない事だ。」
「お前になにがわかる。我が友を見捨てたくせに。」
「見捨てた……そう言う解釈か。だが、その友が護った弟子を、その弟子が護りたかった者を穢したのは、どこの誰だ。」
「……すべては貴様のせいだ。」
「どいつもこいつも同じだな。いや、愚問だったか。問いた所で、結果は同じなのだから……しかし、だから“あれ”をすると。だから愚かなんだ、心ある者達は。」
「ふん。貴様も、所詮は化け物でしかないのだ。」
「言われなくとも、理解している。それでもやるのか、人間。」
「だからこそ、必要なのだ。そしてこれは、穢れた業魔≪ごうま≫が、化け物が触れてよいものではない。」
「愚かだな、人間。」
裁判者と老人対魔士は睨み合う。
アイゼンが眉を寄せ、
「大体、てめぇの許可なんかいるかよ!」
アイゼンもさらに睨み込む。
そしてベルベットとアイゼンは老人対魔士に襲い掛かる。
だが、それを受け止めたのは一人の業魔≪ごうま≫。
そして二人を薙ぎ払う。
「くっ!」
ベルベットとアイゼンが転がる。
老人対魔士は髭を摩り、
「ふん、珍しく従ったな。」
アイゼンが老人対魔士の前に立つ業魔≪ごうま≫を見て、
「こいつは……まさか⁉裁判者!」
裁判者を見る。
だが、裁判者が何かを言う前に、
「焦らずとも、まもなく知ることになる。我らが希望――草花の如く穏やかで美しい秩序の完成をな。」
そして老人対魔士は業魔≪ごうま≫と共に消えた。
裁判者は目を細め、
「……そうか、お前はその選択を取るか……」
エレノアは眉を寄せ、
「秩序の完成……?裁判者、あなたは“あれ”と言ってました。本当に何を、あなたは知っているのですか。」
「教えるつもりはない。」
裁判者は横目で睨むように、エレノアを見る。
ベルベットは眉を寄せ、裁判者を睨んだ後、
「行きましょう。もうここには、なにもないわ。」
そして歩いて行く。
裁判者は横を通り過ぎて行く彼女に、
「村に居た頃の事は思い出せたか。」
ベルベットはそれを一度睨んだ後、歩いて行く。
他の者達も歩き出す。
と、村の店があった場所で、ライフィセットがある事に気付く。
「あっ!」
そして駆け出す。
「見て!カノヌシの古文書!」
ベルベット達は振り返る。
エレノアが驚き、
「なぜこんなところに?」
そしてベルベットはハッとして、
「……ラフィが写した写本だ。あの子、それを売ってあたしに櫛を買ってくれたの。」
ライフィセットはその本を取り、ベルベットの元に持っていく。
「なにもなくないよ、ベルベット。」
ベルベットはその本を受け取り、優しくなでる。
「ラフィ……」
「完全なものなら、カノヌシの秘密がわかるかもしれん。」
「グリモワールに見せてみよう。」
アイゼンとロクロウがベルベットを見る。
マギルゥは後ろで笑い出す。
「くくく……あのジジイを出し抜くか。本当に面白すぎじゃて♪のう、裁判者。」
と、真横にいた裁判者を見る。
裁判者は何も答えず、歩いて行く。
一行は監獄島に戻る為、船に向かう。
港に着き、船の支度をしている間に、マギルゥがエレノアを連れて興行師の元へ行く。
エレノアがその興行師に話しかける。
「失礼します。お笑い公演の手配をお願いしたいのですが。」
「ほう……久々に熱い目をしたヤツが来やがったな。見せてもらうぜ、お前の“笑い”ってやつを。」
「存分に。」
エレノアはガッツポーズにる。
その目はまるで、燃え上がるかのように熱くなる。
マギルゥが半眼で、
「……エレノア、お主って妙なところでスイッチが入るのう……」
「手を抜けない性分なんです。それに頑張ればマジルゥちゃんとお近づきになれるかもしれないし……」
エレノアは頬を掻く。
興行師は頷き、
「マジルゥか。しばらく会っていないが、ローグレスで評判をとっているようだな。」
「はい、素晴らしい踊りで。お知り合いなんですか?」
「ああ、師匠のバルタともな。マジルゥも天才だがバルタは百年に一人の大天才だった。だからマジルゥが無理をしすぎて壊れないか心配だよ。バルタは芸に関して妥協を知らないからな……」
「そうなんですか……」
エレノアは眉を寄せる。
マジルゥは腕を組み、
「ライバルに同情しとる暇はないぞよ。台本は暗記したの?」
「当然です。そっちこそ間を外したら承知しませんよ。」
「くくく、言うのぅ……儂も本気が出せそうじゃ。ゆくぞ!笑いの扉をこじ開けに!」
二人は行き込んで歩いて行った。
裁判者は船に乗り、空を見上げていた。
と、そこにマギルゥが肩を落として歩いて来た。
そして腕を上げて、
「マジメか―‼エレノアの奴なんであそこまでマジメなのじゃ!ほんにアドリブの効かない奴じゃ!」
裁判者はそれを見下ろしていた。
そしてマギルゥは拳を握りしめ、
「覚えておれ!今度こそは、目にものを見せてやるわい!」
と、叫んでいた。
そして船の支度が終わり、船は出航した。