テイルズオブゼスティリアでやってみた   作:609

60 / 73
toz 第六十話 優しさ

船が就航し、ライフィセットは声を上げる。

 

「ここ!ここが地脈点だよ!」

 

だが、ライフィセットが示した場所は海の真上だった。

マギルゥが笑みを浮かべ、辺りを見渡す。

 

「……見渡す限りの大海原じゃな。地脈点は海の底かえ?」

「あう……」

 

ライフィセットは肩を落とす。

アイゼンがライフィセットの頭を撫で、

 

「世界の大半は海だ。海底にある地脈点も多い。」

「いくら聖寮でも、海底に喰魔を捕まえておくのは難しいですね。」

 

エレノアも考え込んだ末に、頷く。

ベルベットが目を細めて、

 

「ここはハズレみたいね。」

「ごめん……」

 

落ち込むライフィセット。

ロクロウが顎に指を当てて、

 

「いや、虫喰魔がいたんだ。魚の喰魔ってこともあるんじゃないか?」

「……一理あるな。奥の手を使って調べてみるか?」

 

アイゼンがロクロウの意見に賛同する。

ベルベットがアイゼンを見て、

 

「奥の手?」

「これだ。」

 

と、自信満々に取り出したのは釣りざおだった。

ライフィセットとエレノアは目を見張って、

 

「「ええっ⁉」」

「なんだ、その反応は?これは“フジバヤシの船竿”だぞ。長さ九尺三寸の一本竿。材は五年物の伊加栗竹。生き物の如く粘る四分六の同調子に、腕と一体化するような握りの巻き具合。そして蝋色漆の品格ある仕上げ……文句のつけようのない名竿だ。」

 

ベルベット達は嬉しそうに語るアイゼンを目をパチクリしながら見る。

 

『……あの聖隷は時々、死神の呪いがあるのを忘れてないか……』

 

裁判者がそう思っていると、

 

「そ、そういうことではなく、喰魔相手に、なぜ釣りなのかと――」

「喰魔だからこそだ。……忘れるな。」

 

疑問を問いかけるエレノアに、アイゼンはスッと目を細めて言う。

エレノアは半眼で、

 

「……はい?」

「ちょっと、釣りなんてしてる場合じゃ……」

「まあ、やってみようぜ。丁度腹も減ったし、魚が釣れたらメシにしよう。」

「儂は、コイかヒメマスが食べたいの~♪」

 

と、呆れていたベルベットにロクロウとマギルゥが笑いながら言う。

ベルベットはさらに呆れ、

 

「……つっこまないわよ。」

 

裁判者は船の手すりに立ち、海を見つめる。

マギルゥがそれに気付き、

 

「裁判者や、何を――」

 

そして裁判者は下に、海に向かって降りた。

エレノアが声を上げて、

 

「ちょっと⁉何をしてるんですか‼」

 

エレノアが下を見ると、裁判者は海の上を歩いていた。

マギルゥとアイゼンがそれを見て、

 

「いやはや、何でもありじゃのー。」

「ふん。あれはほっといて、釣りをするぞ。」

 

と、言うのが聞こえてくる。

しばらくして、賑やかな声が聞こえてくる。

裁判者は海の中に入る。

底まで行き、

 

『やはり……ここは……』

 

目を細めて、それを見る。

と、一つの大きな壺が引き上げられた。

裁判者は沈んでいた船に触れ、瞳を閉じる。

そして船に縛られていた魂を浄化する。

もとい、穢れや業魔≪ごうま≫を喰らう。

しばらくして裁判者は姿をドラゴンと変えて、上に上がる。

 

穢れの領域が展開された。

ベルベット達は海が渦を巻き、空に上がっていくのを見る。

その水が弾けると、黒く大きなドラゴンが姿を現す。

ドラゴンはベルベット達に咆哮を上がる。

ベルベットが眉を寄せ、

 

「喰魔⁉」

「いんや、違うようじゃぞ。いやはや、死神の呪い全開だのー。」

「まったく、一件落着したってのにな!」

 

マギルゥやロクロウが構える。

船員達も震え上がる。

その中、アイゼンが眉を寄せ、

 

「何をしている、裁判者!」

「ええっ⁉裁判者⁉……嘘ですよね⁉」

 

エレノアが目を見張る。

ライフィセットが眉を寄せて、

 

「た、確かにこの感じ……裁判者さんだ!」

 

黒い大きなドラゴンは光り輝くと、人型となって船の手すりに立つ。

それに合わせ、領域も消えた。

裁判者はアイゼンを見て、

 

「そういえば、お前は一度だけ私がドラゴンになるのを見た事があったな。通りで冷めている訳だ。」

「面白みが欲しかったのか。」

「いや、ただ、死神の呪いになれてる者も居たのでな。灸をすえてやろかと思ってな。ま、私と言う存在もいまいち解っていないお前達には丁度良かっただろ?」

 

裁判者は目を細める。

マギルゥが裁判者を見据え、

 

「これまた冗談のような言葉じゃな。」

「冗談だからな。」

「ほえ?」

 

マギルゥはキョトンとした顔になる。

裁判者は海の底を指差し、

 

「私はただ、仕事をしただけだ。それに最近は穢れの浄化ではなく、喰らっていたからな。力が溢れていたころだ。あの姿はかなり力を使う。丁度良かったんだよ。」

 

裁判者は体をほぐし始める。

ベルベットが眉を寄せ、

 

「実はアンタも喰魔ってことはないでしょうね。」

「さぁ、どうだろうな。」

 

裁判者は甲板に降り、

 

「帰るのではないのか。」

「ムカつく。」

 

ベルベットは拳を握りしめた。

 

監獄島に戻り、一晩休んだ翌日。

裁判者は船の一番高い場所で空を見上げていた。

と、ベルベットたちが船に近付いてくる。

その際、アイゼンはロクロウとライフィセットの頭になにやら鉄槌を下していた。

 

「想いを伝えるのも大変だな。」

 

裁判者は再び空を見上げる。

と、船に乗り、準備を待っている間のことだ。

アイゼンがコインを真上に上げ、キャッチする。

そのコインは裏。

そこにライフィセットとエレノアがやって来る。

そのすぐ後に、ロクロウが笑いながらやって来る。

裁判者はそれを見つめる。

ロクロウがアイゼンに何を手渡していた。

それは裏も表も、女神マーテルのコインだった。

三人の注目の元、アイゼンはそれを真上に投げる。

と、カラスが投げたそのコインを加えて飛んで行った。

アイゼンは何やら驚き、ライフィセットが大声で何かを叫んでいた。

そしてアイゼンは肩を落としていた。

だがロクロウがもう一枚同じコインを渡す。

再び注目を浴びる中、アイゼンは再びコインを真上に投げる。

と、今度は鳥の業魔≪喰魔≫がそのコインを加えて行った。

眉を寄せて悲しむエレノアに、悔しがるアイゼン。

そこにロクロウはもう一枚、同じコインを手渡した。

そして見ている彼らは手を握りしめ、アイゼンはコインを真上に投げる。

と、波が荒れ、船が大きく揺れる。

コインが甲板に落ち、砕け散った。

彼らはそれを見つめ肩を落とす。

裁判者はそれを見つめ、

 

「……なんだかな。」

 

再び空を見上げる。

と、空から鳥の業魔≪喰魔≫が巨大な魚の業魔≪ごうま≫を落としてきた。

裁判者は目を細めて、立ち上がって蹴り飛ばす。

それは岩に当たり、地面に落ちる。

裁判者は鳥の業魔≪喰魔≫を睨み、

 

「遊びもほどほどにしておけ。」

 

鳥の業魔≪喰魔≫は脅えながら逃げて行った。

しばらくして、ゼクソン港に向かって船は進み出す。

 

港に着くと、血翅蝶の男性が近付いて来る。

 

「ボスから、あんたたちに伝言を預かってきた。ローグレスの東にあるアルディナ草原に凶暴な業魔≪ごうま≫が出るらしい。あんたらの探してるヤツかもしれない。」

「ローグレス東の街道は、封鎖されとったはずじゃが?」

「一時的にな。今は解かれている。アルディナ草原の先にある村、ストーンベリィに件の業魔≪ごうま≫を目撃した仲間がいる。詳しい話は、そいつから聞いてくれ。」

「……わかったわ。」

 

ベルベットが頷く。

ライフィセットがベルベットを見上げ、

 

「同じだね、僕が探知した――」

「タバサに礼を言っといてくれ。」

 

アイゼンがそれを遮るように言う。

血翅蝶の男性は頷いて歩いて行く。

 

『……審判者があちらに居る以上、何とも言えんが……』

 

彼らは情報を確かめる為、そこへ向かう。

 

しばらくして、そこに仮面をつけた少年≪審判者≫が降り立つ。

 

「や。お久~♪てっきり、君も行ったと思った。」

「アイツらの居る前で、お前に会うのもな。ここなら会話は聞こえない。」

「なるほどね。で、あれは君の担当だけど……どうするの?それにこの前のあの領域……俺は好きじゃないな。」

 

裁判者は船の上で、彼らが行った方角を見る。

その先では風が吹き荒れ、その空を胴の長いドラゴンが飛んでいく。

 

「ああ。私もあの領域は嫌いだ。あれでは文明の終わりだな。それに、"あれ''は願い≪力≫であって、願い≪想い≫じゃない。人と天族……いや、心ある者達には過ぎたる力だった、というだけだ。」

「ホント、厄介な盟約を交わしちゃったもんだ。四聖主と。」

「かもしれんが……私も、お前も、強すぎる力を制御するには丁度いい。さて、私も行くか。」

 

裁判者は立ち上がる。

そして二人は互いに別の方角へとジャンプして飛んでいく。

裁判者はある高い岩崖に降り立つ。

 

「さて、あのドラゴンと化した聖隷の願いも叶えねばならないが……どうやって叶えるか……」

 

そう言って、裁判者は指を鳴らす。

辺りには雨雲が集まり出し、雷が鳴り始める。

そして雨が降り出す。

そこに胴の長いドラゴンが降り立つ。

裁判者はそれを見据えている。

 

「やはりお前のその願いは難しいな。どうやって叶えるか……」

 

と、腕を組んで考え込んでいるとドラゴンの後ろにベルベット達がやって来た。

そしてヒソヒソ話をしていたが、エレノアが立ち上がったアイゼンに、

 

「そうです!戦ったらただじゃ済みませんよ!」

 

大声で自分も立ち上がって言い放った。

ドラゴンがその声で、彼らに振り返る。

エレノアはハッとして、

 

「あ……すいません……」

 

彼らを勢いよく襲いかかろうとしていたドラゴンを、裁判者は締め上げ、

 

「何をバカをしている。」

「裁判者!」

 

ベルベット達も立ち上がる。

が、裁判者が彼らに近付くと、ドラゴンが咆哮を上げて、影を薙ぎ払った。

裁判者は目を細めて、

 

「やはりあの程度では、実体化したドラゴンには弱いか……」

「は?」

「それより、やるしかなそうだ!」

 

眉を寄せてベルベットは裁判者を見るが、アイゼンが構えて言う。

ベルベットも構え、

 

「ったく、余計なことを!」

「こんな修行相手はそうはいないぜ!」

 

ロクロウが笑いながら武器を構える。

アイゼンが聖隷術を放って、

 

「気を抜くな!しくじれば一撃だぞ!」

「それがいいんだよ!」

 

ロクロウが突っ込んで行く。

裁判者も影から剣を取り出し、

 

「面倒な仕事を増やしてくれる……」

 

ロクロウに当たりそうになるシッポの攻撃を剣で受け流す。

ロクロウが意外な顔で、

 

「おお、悪いな!」

「……そう思うのであれば、もっと注意しろ。」

「ちがいねぇ!」

 

ロクロウは再び斬りかかる。

裁判者は攻撃を受け流していき、

 

「……さて、どうするか……」

「お前はどこまで知っている。」

「すべて。」

 

横目で睨むアイゼンに、裁判者も横目で彼を見る。

そこにシッポの攻撃を避けて着地するベルベット。

それに合わせて、ロクロウとエレノアが左右に回り込む。

 

「やはり並みの業魔≪ごうま≫とは手応えが違うな。」

「倒せるのですか、こんなやつを……」

 

二人はドラゴンの注意をひきながら言う。

裁判者は赤い瞳で、

 

「今のままでは無理だろうな。どちら、も。」

「いや、それでもなんとしても殺る。それが俺の――」

 

そして拳に力を籠め、アイゼンがドラゴンに突っ込む。

その拳がドラゴンに向けて放つ。

 

「うおおおおっ‼」

「ぐうううっ‼」

「ザビーダ⁉」

 

だが、ドラゴンに当たる瞬間、一人の風の聖隷が受け止める。

アイゼンは驚きながらも、彼を殴り飛ばした。

彼は転がって行き、

 

「っ痛ぇ……相変わらず殺す気満々……だな……」

 

そして彼は立ち上がり、アイゼンを睨む。

 

「……全部知ってるんだよな、お前も裁判者も?」

「……そこをどけ。」

 

だが、裁判者は答えず、アイゼンは風の聖隷を睨む。

彼は眉を寄せて、アイゼンに構える。

ライフィセットはそんな風の聖隷を見て、

 

「守りたいの?そのドラゴンを――」

「“ドラゴン”じゃねぇ‼」

 

風の聖隷はライフィセットの言葉に大声を上げた。

ライフィセットは驚く。

 

「えっ⁉」

「裁判者!なんでテメェまでこいつに関わる!」

「……それが私の担当≪仕事≫だからだ。」

 

裁判者は風の聖隷を見据える。

彼はさらに眉を寄せ、

 

「退かねえなら、こっちも本気≪マジ≫になるぜ。」

 

そう言って、彼は銃を自分の頭に銃口を当てるが、ドラゴンのシッポの攻撃に吹き飛ばされる。

 

「ぐあああっ‼」

 

そしてドラゴンはこの場を離脱した。

アイゼンは追いかけたが、追いつけなかった。

 

「くそ、逃がしちまったか……」

「ひでぇなぁ……久しぶりに会えたってのによ……」

 

風の聖隷は立ち上げり、逃げたドラゴンの方を見つめる。

そして眉を寄せて俯く。

しばらくして、彼は歩き出す。

その背にアイゼンが、

 

「待て。あのドラゴンは、お前の――」

「あいつを……ドラゴンなんて呼ぶんじゃねえよ。」

 

風の聖隷はアイゼンを横目で睨んで、歩いて行った。

マギルゥは腕を組み、

 

「なるほどの……あのドラゴンは、ケンカ屋と因縁のある者のようじゃな。」

「因縁って……相手はドラゴンですよ?」

 

エレノアは眉を寄せる。

マギルゥは目を細めて、

 

「だからじゃよ。」

「だから……?」

 

ライフィセットは首を傾げる。

アイゼンが眉を寄せ、

 

「ドラゴンは、穢れに冒された聖隷のなれの果てだ。」

 

その事実を知らない者達は各々反応をしめす。

ライフィセットが眉を寄せて、

 

「じゃあ、さっきのドラゴンは……ザビーダの知り合いだった聖隷⁉」

「……以前、腰掛けをしていた相手。」

 

エレノアも眉を寄せる。

アイゼンは空を見上げて、

 

「おそらくな。」

「聖隷も人間のように穢れを発するっていうのか?」

 

ロクロウが腕を組む。

アイゼンは首を振り、

 

「いや、聖隷が穢れを発することはない。だが、穢れを出す人間や業魔≪ごうま≫に接し続けていれば、やがて冒されてドラゴンになってしまう。」

「坊は、聖主の御座から地脈に飛ばされた時、調子がおかしくなったんじゃろう?それに、あの塔で裁判者の穢れの領域に当てらて、体が苦しくなったろう。」

 

マギルゥが人差し指を立てる。

ライフィセットは頷き、

 

「なった。」

「あの空間には穢れが漂っておった。カノヌシへ送られる途中のものがの。そして、あそこでは裁判者が持っておった穢れが溢れだした。」

「あのままだったら、僕もドラゴンに……」

 

ライフィセットは手を握る。

エレノアはアイゼンを見て、

 

「器を得ても防げないのですか?」

「影響は軽減できる。聖寮の対魔士どもは、さらに聖隷の意識を奪うことでドラゴン化を防いでるようだ。だが、完全なものなどこの世にはない。」

 

アイゼンは眉を寄せて言う。

ベルベットは腰に手を当てて、

 

「ドラゴンになった聖隷を元に戻すことは?裁判者みたいに戻れるの?」

「……そういえば、そうじゃったのう。じゃが、あんなのができるのは化け物じみたあ奴だからじゃろうて。本来なら、業魔≪ごうま≫と同じじゃよ。二度とは戻れぬ。」

 

マギルゥは目を細める。

エレノアはジッとアイゼンを見て、

 

「聖隷だった時の心は……?」

「……お前にはどう見えた?」

「それは……」

 

エレノアは視線を落とす。

ロクロウは腕を組み、

 

「それでも殺せない。ザビーダの流儀の理由か。」

「……あんたやザビーダがドラゴンをどうしようが、興味ないし、好きにすればいいわ。もちろん、裁判者もね。けど、さっきみたいに巻き込まれるのは御免よ。覚えておいて。」

 

エレノアが裁判者とアイゼンを見据える。

アイゼンはベルベットを見て、

 

「わかった。」

「ならいいわ。さ、喰魔探し続行よ。タイタニアに戻りましょう。」

 

ベルベット達は歩き出す。

裁判者はドラゴンが飛び去った方へ目線を送り、

 

「……まあいい。この願いには時間が必要だ。」

「裁判者さん、行くよ。」

 

ライフィセットが裁判者の服の裾を引っ張る。

裁判者はライフィセットを見下ろし、

 

「後で合流する。先にタイタニアに行っていろ。お前達が次に出発する頃にも戻らなければ、先に色々やってろ。」

 

そう言って、崖を飛び降りた。

 

裁判者は監獄島に戻って来た。

港にバンエルティア号がない時点で、彼らは次に行ったと解るが、

 

「うわぁーん‼」

 

島に着くなり、子供の泣き声が響き渡る。

そこに近付くと、

 

「モアナ、泣くなよ。」

「うーん、やはり難しいものだな……」

 

トカゲ業魔≪ごうま≫と王子が小さな業魔≪喰魔≫の少女手に焼いていた。

裁判者を見ると、

 

「お、なんだ。戻って来たのか?アイツらは――」

「知っている。ヘラヴィーサだろ。」

「なんでえ、知ってんのか。ん?てか、お前どうやってここに?」

「それより、君はこの子を何とかできるかい?」

 

トカゲ業魔≪ごうま≫と王子は泣き続ける小さな業魔≪喰魔≫の少女を見つめる。

裁判者は小さな業魔≪喰魔≫の少女を見つめ、

 

「……お前の願いは叶えたのだがな……だが、お前の母親の想いを繋げるのは私の仕事か……」

 

裁判者は彼女を抱き上げ、

 

「泣くな。お前が泣けば、母親も、エレノアも、お前を想うすべての者が悲しむぞ。」

「どうして……お母さんも……悲しむって解るの?」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女は裁判者を見つめる。

裁判者も彼女を見て、

 

「お前の中に、母親がいるからだ。お前が怖い夢を見るのは、真実をちゃんと理解していないからだ。それと、無意識にお前が、母親を信じてないからだ。」

「難しいよ……モアナ、わかんないー!」

 

と、再び泣き出す。

裁判者はその頭をポンポン叩きながら、

 

「……なら、お前の中≪記憶≫の母親は、お前を嫌っていたか?」

「ううん。お母さんは、モアナ大好きだって……」

「そうだ。お前は知っているだろ。少なくとも、お前の母親は自分の子がどんなに恐ろしくても、どんなに醜くても、嫌うことはない。お前は愛されているんだ。」

 

そして小さな業魔≪喰魔≫の少女を降ろし、

 

「それに、お前は母親以外にも愛されているだろ。」

「……でも、わからないよ……」

「なら、今は沢山甘えて泣け。そして足掻いてでも生き抜け。そうすれば、大人になった時には自ずと理解できる。」

「……モアナ、よくわかんないけど、がんばるよ……チャイバンシャ!」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女は頷き、

 

「モアナ、クロガネのとこ、行ってくる!」

 

と、駆けて行った。

トカゲ業魔≪ごうま≫が腕を組み、

 

「お前さん、意外と優しいだな。」

「優しい?意味が解らんな。」

「それは感情がないからかい?だが、君には感情があるように思えるが?」

 

王子がどこか悲しそうに言う。

裁判者は彼らの横を通り、

 

「……お前たちの言う“優しい”という感情があるのなら、あの子供に対してあんな残酷なことはしないだろ。」

「「ん?」」

 

眉を寄せて、悩む二人に、裁判者は立ち止まり、

 

「あの子供の母親を救う手段を持ちながら、私は何もしない。そしてあの子供に教える事もできる真実を、何も告げない。なにより、私はあの子供が死んでもなにも想わないし、感じない。これをお前達は、優しいと言えるのか?」

「私は言えると思うよ。優しいにも、色々あるからね。」

「……なら、お前は勘違いしているな。私の優しいは優しいじゃない。」

 

そう言って、歩いて行く。

港に出ると、空を見上げ、

 

「さて、心ある者達は理解しているのだろうか。なぜなら私は、いずれ災禍の顕主と呼ばれるだろうアイツよりも、世界にとって災厄であると言うのに……」

 

裁判者は瞳が赤くなり、風が裁判者を包み、

 

「この世界なんて、簡単に壊れてしまうほどの力を持った化け物だからな。私達は……」

 

そして飛んでいった。

 

 

そして裁判者はある遺跡の前に降り立つ。

タイミングよく、ベルベット達がやって来た。

 

「裁判者さん!」

「……お前達も来たか。」

 

ライフィセットが駆け寄ってくる。

裁判者は全員を見据える。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「アンタ、やっぱり喰魔について知ってんのね。」

「……それを教える気はないな、今は。」

「あっそ。」

 

ベルベットはあっさりきり上げた。

マギルゥが意外そうに、

 

「なんじゃ……やけに、簡単に引き下がったの。」

「そうね。いつもなら、あいつははっきり言う。でも、今回は今は言えないと言ったのよ。なら、今はここの喰魔を探るべきよ。」

「なるほどのー。」

 

ベルベットは遺跡に入って行く。

そして他の者達も入って行く。

 

「母を失った喰魔≪娘≫、娘を失った喰魔≪母親≫……か。」

 

そう言って、裁判者も中に入って行く。

奥に進み、対魔士達が話していた。

 

「メディサの様子はどうだ?」

「大人しくしている。やはり真実を告げたのが効いたようだ。」

「よし。これで管理しやすくなるだろう。」

 

裁判者は目を細めて、彼らの前に歩いて行く。

対魔士が裁判者を見て、

 

「なんだ、お前は!」

 

裁判者はただ黙って、赤く光る瞳をその対魔士に向ける。

対魔士は脅え上がり、

 

「来るな!来るなぁ――‼」

 

頭を抱えて、叫ぶ。

裁判者はその横を通り過ぎて行く。

ベルベット達はその隙を突いて、飛び出す。

他の対魔士たちが、

 

「なんだ、お前たちは‼」

 

ベルベットとロクロウとアイゼンが対魔士の薙ぎ払った。

そして裁判者の後を追ってきた。

横目で彼らを見て、

 

「早かったな。」

「やるなら、全部やってくれない。」

 

ベルベットが眉を寄せる。

裁判者は歩きながら、視線を前に戻し、

 

「やる必要性を感じない。」

「あっそ。」

 

ベルベットは呆れた視線を送る。

最奥の部屋にたどり着き、奥には人影がある。

ベルベットが入り口に触れる。

と、結界が浮き上がる。

エレノアは眉を寄せ、

 

「結界!喰魔です。」

「三度目の正直だな。」

 

ロクロウがライフィセットに笑顔を向ける。

ライフィセットは俯き、

 

「……うん。」

 

ベルベットが左手で結界を壊す。

 

「はあああっ‼」

 

結界が壊れ、ベルベットは人影に近付く。

 

「……メディサね?」

「……ええ、そうよ。あなたたちは?」

「あんたと同じく聖寮を――導師アルトリウスを恨む者よ。」

「安心してください。私たちは、あなたを助けにきたんです。」

 

エレノアが眉を寄せて、喰魔の女性を見る。

彼女は俯き、

 

「……助かりませんよ。」

「え?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

エレノアは手を握りしめ、

 

「あきらめないでください。私は……」

「いいえ。助からないのは、あなたたちです。導師アルトリウスの理想を!聖寮の理を汚す者たちは、私が殺します!」

 

そう言って、閉じていた瞳を開き、ヘビ業魔≪ごうま≫を呼び寄せる。

エレノアが槍を構え、

 

「なぜ?あなたは……⁉」

「ちっ、こいつは聖寮の手下よ!」

 

ベルベットが武器を構える。

そしてマギルゥは肩を落として、

 

「やはり裏目じゃったの~!」

 

そう言って、薙ぎ払っていく。

裁判者はとりあえずは、自分の所に来る業魔≪ごうま≫だけを影から取り出した剣で斬り裂く。

だが、ヘビ業魔≪ごうま≫は増えていく一方だ。

 

「きりがないよ……」

 

ライフィセットが聖隷術を繰り出す。

そしてアイゼンも聖隷術を繰り出し、

 

「あのヘビ業魔≪ごうま≫が召喚してやがる。本体を叩かねば、らちがあかんぞ。」

 

そして喰魔の女性はベルベットの左手を見て、

 

「その左手……そう、あなたが噂の――」

「なぜです、メディサ!あなたは、聖寮に無理矢理喰魔にされたのではないのですか⁉」

 

エレノアが喰魔の女性を見る。

女性は首を振り、

 

「違うわ。私は自らの意志で喰魔になったのよ。」

「でも、あなたの娘さんは業魔≪ごうま≫になって対魔士に……それで聖寮を恨んでいるんじゃ……?」

「ええ、恨んでいるわ。人間の“穢れ”が業魔≪ごうま≫を生んでしまう、この世界を‼」

 

彼女は眉を寄せて、言い放つ。

裁判者は目を細めて、喰魔の女性を見据える。

エレノアは目を見開き、

 

「あなた穢れのことを……!」

「対魔士様が教えてくれたわ。ディアナが業魔≪ごうま≫になったのは、あの子が“穢れ”を発したせいだって。だったら、私は穢れを喰らう“喰魔”になる!二度とディアナのような悲劇が起きないように!どんな醜い姿になろうがかまわない!カノヌシ様を復活させ、この悲惨な世界を変えるのよ!」

 

そう言って、女性はさらに業魔≪ごうま≫を召喚し、自らの姿も胴と髪がヘビの姿となる。

ベルベットは怒りながら、

 

「……ああそう。なら、強引にさらうまでよ。」

「終わらせるのよ!あの子の死に報いるために!」

 

そして攻撃を仕掛けてきた。

エレノアはそれを避け、

 

「この人は……母親として……」

「関係ない!ぜんぶ蹴散らす!」

 

ベルベットは敵を薙ぎ払っていく。

喰魔の女性はベルベットを睨み、

 

「“災禍の顕主”……め!」

「災禍の顕主?」

 

ベルベットは横目で喰魔女性を見る。

彼女はなおも睨み、

 

「災厄の時代をもたらす魔王の名よ……。欲望のままに世を乱し……混乱と災厄を撒き散らして省みない穢れの塊!始末に負えぬ人の業を体現した……お前のような“悪”のことだ……っ!」

「業魔≪ごうま≫、喰魔、災禍の顕主……好きに呼んでくれるわね。でも、あたしが魔王だっていうなら、あんたは魔王に利用される。それだけよ。」

「させない……あの子は私のせいで……だから私はっ!死ぬまで戦わなきゃいけないのよっ!」

 

そして喰魔の女性はベルベットに襲い掛かる。

そこにライフィセットが立つ。

 

「やめてっ!」

「邪魔をするなっ‼」

「嫌だ!」

 

裁判者は顎に指を当てて、

 

「……仕方ない。」

 

そしてほとんどの業魔≪ごうま≫を倒してたベルベット達に近付き、

 

「あの喰魔、私が貰うぞ。」

「は?」

 

ベルベットが眉を寄せる。

裁判者は喰魔の女性を締め上げた。

 

「う……ううっ……」

 

すると、姿が人型へと戻る。

ライフィセットが裁判者の服の裾を引っ張り、

 

「やめて!もう“お母さん”が死ぬのなんて見たくない!モアナもエレノアも、お母さんが死んじゃった……!それって、すごく悲しいことなんだ!」

「モアナ?」

 

喰魔の女性は眉を寄せて、ライフィセット達を見る。

エレノアが俯き、

 

「聖寮に無理矢理“喰魔”にされた少女です。娘を助けようとしたモアナの母親は、お腹を空かせたあの子に、自分を差し出して……」

「モアナは、ずっと泣いているんだ。お母さんに会いたいって。だから!お母さんが死んだら……ディアナだってきっと悲しむよ……」

「ディアナ……‼」

 

そして裁判者は瞳を揺らして、天井を見上げる喰魔の女性を見つめる。

 

「違う……!私はあなたのために……。でも、あなたは自分が邪魔者だと悩んで、穢れ……業魔≪ごうま≫になってしまった……。私のせいで……ごめんね……ごめんなさい……ディア……ナ……」

 

裁判者は喰魔の女性を放し、

 

「お前の願いは、願いにあらず。だから叶える事は出来ないが、お前に子供をやろう。」

「は?」

 

ベルベットがさらに眉を寄せて裁判者を見る。

それは他の者達もだった。

無論、喰魔の女性も。

裁判者はそれを受け流し、

 

「後はお前次第だ。だが、お前の娘は今のお前を望んではいなかった。」

「ああ‼ディアナ……ごめんなさい……」

 

そう言って、喰魔の女性は気を失った。

裁判者は背を向け、歩き出す。

ベルベットが眉を寄せて、

 

「……このまま連れて帰るわよ。」

「念のため拘束術をかけておく。」

 

マギルゥは自分の横を過ぎていく裁判者を見据え、

 

「ふぅむ……どうやら聖寮は、メディサの後悔を利用したようじゃな。喰魔として自分たちに従うように。」

「そんな……残酷すぎます。」

 

エレノアが拳を握りしめた。

裁判者は立ち止まる。

マギルゥは目を細めて、

 

「じゃが、理≪り≫には適っておる。」

「……そうですね。“理”に反しているのは私の方です。ここからメディサを連れ出せば、ヘラヴィーサがどうなるかわからない。なのに私は、自分のこだわりのために、それをしようとしてる。メディサ本人の決意まで打ち砕いて……」

 

エレノアはさらに拳を握りしめた。

ベルベットは腕を組み、

 

「理でいうなら、穢れる人間個人が悪いのよ。あんたが責任を感じることじゃないわ。」

「……だとしても、私は目をそらしたくありません。自分が選んだ道の先にある現実から。それが理に反する私の、せめてもの義務です。」

 

エレノアの言葉聞き、裁判者は再び歩き出す。

最後に聞こえてきたベルベットの言葉は、

 

「あたしは気にしないってことよ。道の先になにがあろうとね。」

 

そして歩いて来る足音が聞こえてくる。

裁判者は目を細めて、

 

「さて、お前達の未来は何を掴み取る。」

 

裁判者は一人先に、出口へと出る。

そして出てきた彼らと共に、船に戻る。

 

監獄島に戻り、

 

「……ここがあなたたちのアジトか。私を逃したら致命傷になるわね。寝首を掻かれないように、せいぜい気をつけなさい。」

「……言うわね。」

 

喰魔の女性はベルベットを見据える。

そしてベルベットも彼女を見据えた。

睨み合っていたその場に、

 

「お帰りー!」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女が駆けて来る。

喰魔の女性は眉を寄せ、

 

「ディアナと同じくらい……!聖寮は、こんな小さな子を無理矢理喰魔に……⁉」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女は喰魔の女性を見て、逃げ出した。

が、転んでしまった。

小さな業魔≪喰魔≫の少女は身を起こし、側にいた裁判者の服にしがみ付いて泣き出した。

 

「う……うわぁぁ〰ん!」

 

裁判者は横目で喰魔の女性を見る。

彼女はエレノアと話していた。

裁判者はしゃがむと、小さな業魔≪喰魔≫の少女がさらにしがみつく。

そして泣き続ける。

裁判者は小さな業魔≪喰魔≫の少女の耳に手を当て、近付いて来る喰魔の女性を見て、

 

「この子供は母を望み、お前は娘を欲する。お前の願いは娘を業魔≪ごうま≫と化してしまった娘を救いたい。だが、その願いをもはや叶わない。お前はそれと同時に、後悔に囚われてしまった。それがお前の願いを打ち消している。だから私は、お前の願いを叶えられないが、お前の娘の願いは叶えられる。」

「……ディアナの願い?」

「母親の幸せ。自分のせいで不幸にしてしまった母親への後悔だ。」

「ディアナ‼」

 

喰魔の女性は口に手を当て、涙を溜める。

裁判者は彼女を見据え、

 

「選ぶのはお前だ。」

 

喰魔の女性は涙を拭い、小さな業魔≪喰魔≫の少女の前にしゃがむ。

裁判者は小さな業魔≪喰魔≫の少女の耳から手を放す。

そして喰魔の女性は、小さな業魔≪喰魔≫の少女の手を握り、

 

「……大丈夫?私はメディサっていうのよ。怖い……わよね?」

「……ちょっと。でも、ベルベットやダイル……時々こわいときのチャイバンシャよりこわくないよ。」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女は泣き止み、彼女を見上げていう。

その言葉にベルベットは眉を寄せる。

裁判者に至っては何の変化もない。

小さな業魔≪喰魔≫の少女は俯き、

 

「それよりおばちゃんは……モアナがこわくないの?夢をみたの……モアナのお母さんが……モアナをこわいって……いらないっていう夢……」

「怖いものですか……!お母さんが、子どもをいらないなんて思うわけないわ!」

 

喰魔の女性は小さな業魔≪喰魔≫の少女を抱きしめる。

小さな業魔≪喰魔≫の少女は彼女を見つめ、

 

「……なんで……わかるの?」

「私も……お母さんだからよ。お母さんは、自分が死んでも……世界がどうなっても……子どもを愛してるのよ。あなたを……だれよりも一番……」

 

そして泣き出す。

小さな業魔≪喰魔≫の少女は裁判者の服を離し、喰魔の女性を抱きしめ、

 

「泣かないで、おばちゃん……」

 

しばらくして、裁判者は立ち上がる。

と、マギルゥが近付いて来て、

 

「なんとも優しいのー、チャイバンシャ♪」

「喰うぞ。」

「おお、コワ‼……じゃが、本当に優しいのー。」

 

マギルゥは裁判者を見据えた。

裁判者は歩き出し、

 

「そうだな。昔のお前にも、あれくらいできていれば何か変化はあったかもな。」

「ん?んん⁉」

 

マギルゥは裁判者に抱き付いた。

裁判者は横目でマギルゥを見て、

 

「離れろ。」

「嫌じゃ。このままグリモ姐さんのとこに行っておくれ~♪」

「何故だ。」

「どうせ行くのじゃからいいじゃろ~。」

 

裁判者はマギルゥを引きずったまま、歩き出す。

時折、柱にマギルゥの頭や肩、色々な所に当たるが、お構いなしでグリモワールの元へ行った。

そこにライフィセット、ロクロウ、アイゼンが居た。

ロクロウは引きずられるマギルゥを見て、

 

「なんだ、やけに仲がいいな。」

「その割にはボロボロだがな。」

 

アイゼンも呆れたように言う。

裁判者はいつもと変わらぬ顔で、

 

「これはただの荷物だ。荷物がどうなろうと関係ない。」

「いやいや、荷物は大切にしておくれ!使えない荷物はただのゴミじゃろ!」

「なら、お前は……」

 

しがみついたまま怒りだすマギルゥ。

裁判者は言いかけた言葉を止め、

 

「だが、捨てられない荷物……というものもあるのだろう。」

「ん?なんだ、裁判者はマギルゥを気にってんのか?」

 

ロクロウが腕を組む。

裁判者は目を細めて、

 

「……さてな。さて、お前はどちらなのだろうな。」

「これは一大事じゃ!儂が捨てられてしまう!」

「そっちなのか?」

「どっちなのじゃ?」

 

と、二人は見つめ合い、裁判者は視線を外し、

 

「お前の使役聖隷はゴミだな。」

「うむ。あやつはいざとなれば、捨ててしまうぞ。」

 

マギルゥも同意した。

ビエンフーがマギルゥの中から飛び出して来て、

 

「ひ、ヒドイでフー!こうなったら、エレノア様に慰めて貰うでフー‼」

 

そう言って、飛び去って行った。

裁判者はマギルゥを見て、

 

「あれは、慰めて貰えるのか。」

「無理じゃろうな。あれは玉砕じゃ。」

 

マギルゥは半眼で言う。

と、ずっと考え込んでいたライフィセットが、

 

「ね……ロクロウたちは、お母さんいる?」

「ん、急にどうした?」

 

ロクロウが唐突なライフィセットの質問に腕を組む。

ライフィセットは困り顔で、

 

「うん。モアナやエレノアもだけど、ベルベットも両親がいないってわかったから気になって……」

「俺の母親も、メチャクチャ厳しくて怖い人だったが、やっぱりずいぶん前に死じまったよ。」

「そう……」

 

ロクロウは思い出すように言う。

ライフィセットは俯く。

マギルゥは裁判者にいまだ抱き付いたまま、

 

「儂も親はおらん。儂を拾った悪~い魔法使いによれば、川を流れていた桃の中から生まれたそうじゃよ。」

「お前なら本当にそうかもな……」

 

ロクロウが腕を組んだまま、頷いた。

マギルゥは眉を寄せ、口を尖らせて、

 

「ぶー!なんか納得いかん!」

「何がだ?」

「お主は儂をなんだと思っておるのじゃ!」

 

マギルゥはロクロウに怒りだす。

裁判者は明後日の方向を見て、

 

「マギルゥの親は、あの子供の母親やあの喰魔の母親と違って、嫌われていたからな。」

「自分の子供なのに?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

マギルゥは真顔に戻り、

 

「そうじゃ。実の子だから、嫌じゃったのだろうな。だから儂は売られ、捨てられた。それゆえに、あ奴らを見ておると、歯がゆくて仕方ないわい。」

「マギルゥを大切にしてた人はいなかったの?」

「……いたかもしれんし、いなかったかもしれぬ。儂にはわからん。」

 

マギルゥは裁判者を締め上げるかのように、強くしがみ付く。

裁判者はマギルゥを見据え、

 

「……喰うぞ。」

「いやはや、短気じゃの~。儂の心を慰めてくれてもいいじゃろうに。」

「できると思うのか。」

「無理じゃの。」

 

マギルゥは即答で言った。

ライフィセットがアイゼンを見上げ、

 

「ア、アイゼンは?」

「俺たち聖隷は、清浄な霊力が集まって生まれる存在だ。まれに人間から聖隷に転生する者もいるが、生前の記憶を維持することは、まずない。ある事を除いては。」

「ある事?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

アイゼンは腕を組み、裁判者を見て、

 

「裁判者や審判者の手によって転生された者は別だ。彼らは生前だった人間の記憶を保持したまま、存在する。」

「そんなこともできんのかよ。」

 

アイゼンの言葉に、ロクロウが裁判者を眉を寄せて見る。

裁判者はそれを受け流す。

アイゼンはライフィセットを見て、

 

「つまり、人間と同じような血縁関係はないということだ。」

「そっか……僕も気付いた時には、二号って呼ばれて使役されてた。その前のことが思い出せないのは、お母さん自体がいないからなんだね。僕はメディサに『お母さんが死ぬのはすごく悲しいこと』なんて言ったけど、本当の辛さは、わからないのかもしれない……」

 

ライフィセットは俯く。

裁判者は横目で彼を見て、

 

「……お前は知っているから、それを言えたんだ。」

「え?」

「だが、それを教えるつもりはないがな。」

 

裁判者は視線を前に戻す。

マギルゥは目を細めて、

 

「子供にも容赦ないの~、二人とも。」

「単なる事実だ。あいつはどうかは、知らんが。」

 

そう言って、アイゼンは裁判者を睨む。

そしてアイゼンはライフィセットを見下ろし、

 

「だがな、ライフィセット。血縁関係がないからといって、特別な絆を感じられないわけじゃない。聖隷であっても、かけがえのない存在を――家族や友との繋がりをもっているんだ。」

「だよな。裁判者の言葉の意味はとりあえずは置いといて、お前の言葉が本気じゃなかったら、メディサはとまらなかったはずだ。」

 

アイゼンとロクロウの言葉に、ライフィセットは考え込み、

 

「そうなのかな……」

「きっとそうさ。」

「もしかしたら、桃から生まれた魔女よりは、ずっとな。」

 

ロクロウはライフィセットの頭を撫でる。

アイゼンは小さく笑って言う。

マギルゥがなおも裁判者に引っ付いたまま、

 

「こりゃあ!桃生まれを舐めるではないぞ!」

「お前、否定していなかったか?」

 

ロクロウが呆れたように言う。

マギルゥは大声で、

 

「それはそれ、これはこれじゃ!儂にだって、イヌ、サル、キジとビエンフーとの特別すぎる絆があるわいー!」

「そうだといいな。」

 

ライフィセットはマギルゥを見る。

裁判者は奥を見つめ、

 

「その使役聖隷はお前を置いて、飛んで行ったがな。」

「……うん、そうだね……」

 

ライフィセットは視線を外す。

だが、裁判者を見て、

 

「裁判者さんは、親はいないの?」

「前に言ったろ。親はいないと。私達は世界に生きづいた時からこの姿、この力をもっている。全て世界が勝手に創ったものだ。“アレ”が最初、というのは納得いかないがな。」

 

ライフィセットは首を傾げる。

裁判者は前を見たまま、

 

「だが、私達のような者を子に持つのは容易ではないだろうな。」

「どうして?」

 

裁判者目を細めて、

 

「……あまりにも強い力は時に、己自身も殺す。お前たちの所で言う、親も、家族も、友も……大切なものを。私にはない感情だがな。それに、利用される内は良くても、次第にそれは怖れに変わる。そうなった時、恐怖のあまり実の子でも殺す親もいれば、子もいるのだ。血の繋がりがあってもなくても、所詮は他人。本当の意味で、自分の命を他者に使えるものは少ないものだ。」

「実のところ、実の子ほど可愛くて怖い生き物はいないと言うわけじゃ。そして実の子ほど憎くて嫌いな生き物はいないのやもしれん。」

 

マギルゥが目を細め、遠くを見るように言う。

ライフィセットは手を握りしめて、

 

「……なんだか、悲しいね。」

「それでも生き物は、誰かを求めずにはいられない。愛せずにはいられない生き物だ。」

「それは裁判者さんも?」

「……知らん。」

 

そう言って、裁判者はマギルゥを引きずったまま歩いて行く。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。