テイルズオブゼスティリアでやってみた   作:609

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toz 第六話 人の心

レイ達は奥に向かって歩いていると、先程の事を思い出したアリーシャがレイに言う。

 

「それにしてもレイの歌は相変わらずいい歌だった。それに憑魔≪ひょうま≫もなんだか動きが鈍っていたように思えたが…」

 

レイはスレイと手を繋いで歩いていた。

当の本人は無表情で歩き続けていた。

スレイはレイを見て、

 

「そうなんだよなぁ…。前にもあったけど、ミクリオはどう思う?」

「気になってはいるが…今はそれよりもやる事があると思うけど?」

「ミクリオさんの言う通りです。今は先を急ぎましょう。」

「…それもそうか。」

 

レイはスレイと手を繋いだまま、アリーシャと共に歩いて行った。

 

「ライラ。…レイに関して何か知っているのか?」

「……今は何も言えません。さ、私たちも追いかけましょう。」

「…わかった。今はそう言うことにしとくよ。」

 

二人は彼らの後を追う。

 

 

最奥まで行くと、広い所に出た。

そして、小さな滝のような大きな水場に出る。

スレイがそこに近付き、水の様子を見る。

 

「うん、清らかさは充分です。」

 

ライラが水を確かめた。

 

「ミクリオさん。この水を凍らせることはできますか?」

「え?ああ、多分。」

「では、凍らせて聖堂に持ち込みましょう。氷は穢れに染まりにくい性質があるんです。」

「わかった。やってみる。」

 

ミクリオは水場に近付き、拳以上の大きさの氷の塊を作り出す。

それを宙に浮かせ、

 

「ありがとうございます。これくらいあれば。」

「これが融けてしまう前に残りの問題も解決しないとですね。」

 

レイは無言でスレイを見上げた。

すると、スレイが何かに反応する。

 

「あっ!」

 

と、スレイの持っていた瞳石≪どうせき≫が光り出した。

すると、光が全員を包む。

 

――とある家の中、一人の男性が机に向かって何かを書いていた。

その男性のすぐ傍には赤ん坊を抱えた女性が立っていた。

男性は女性の方へ向かい、机の上の書き物だけが映る。

男性が書いていた書き物は次第に本へと変わる。

それは『天遺見聞録』へとなった。

 

その映像が終わり、スレイはライラに聞いた。

 

「ライラ、今のって……」

「大地の記憶ですわ。やっと反応しましたね。」

 

と、ライラはレイを見た。

レイはスレイの持つ瞳石≪どうせき≫を見つめていた。

ミクリオは瞬時に理会した。

 

「つまり、実際にあったこと!」

「見たか、ミクリオ?天遺見聞録を書いてた。」

「ああ。さっきの人が作者なんだ。」

「……。」

 

レイは俯き、再び顔を上げると、そっと水場に向かって歩いて行った。

水場の自分の顔を見ると、その瞳は赤く光っていた。

そして映っているのは自分と同じ瞳を持ち、同じく無表情で立っている黒いコートのようなワンピースの服を着た少女。

しばらくの間、レイはそれを見ていた。

 

「大地の記憶は他にもあります。手に入れれば過去に関する知識を得られるはずですわ。」

「なんか興奮してきた!」

 

と、腕を上げて盛り上がるスレイ。

レイもそちらに振り返る。

瞳の赤に戻る。

そして、そんなスレイに、ミクリオは冷静に言った。

 

「やっとひとつ終わったんだ。そんなに気負うと体が持たないぞ。」

「あぁ……」

「…あ…お兄ちゃん…」

 

レイが何か言う前に、スレイは真後ろに倒れた。

 

「って、スレイ⁉」「スレイさん⁉」「スレイ⁉」

 

三人は声を上げた。

そして皆、スレイに駆け寄る。

アリーシャがスレイに触れると、

 

「すごい熱!」

「……ミクリオさんと契約した反動ですね。宿に持って休めば、よくなりますわ。」

「僕がおぶっていくよ。スレイを冷やす用の氷も作らないとね。」

「…ミク兄…」

「大丈夫だ。」

 

と、レイの頭を撫で、スレイをおぶって宿屋に向かった。

 

 

スレイが瞳をうっすと開けると、少女の声が聞こえる。

 

「熱、下がったみたいです。」

 

そして、その周りにも誰か傍にいるのが解った。

その一人が声を発する。

 

「たった一日で順応するなんて。私の時は三日はかかったのに。」

「…お兄…ちゃん…は導師の…器と…しても…有能…きっと…これ…から…も。」

「……才能あるんだな。導師として。」

「ミクリオさん――」

「そうそう。手紙、助かったよ、ライラ。おかげでみんなを追いかけられた。」

「趣味なんですの。お手紙を書くのが。」

 

そして、視界がぼんやりとはっきりする。

 

「う……ううん……」

 

と、スレイは体を起こす。

 

「目が覚めたか、スレイ。」

「おは…よう…お兄ちゃん…」

「おはよう…」

 

それから、色々思い出した。

 

「そっか……また倒れちゃったんだ。ミクリオが?」

 

と、ミクリオを見る。

 

「おかげで腰が痛い。」

 

そこで、アリーシャが思い出したように笑う。

 

「ふふ、スレイが浮いているように見えてね。それをレイがうまく片手で持ち上げているように見えて…それはそれで大変だったが…一応、宿には手品師だと説明しておいたよ。」

「…頑…張っ…た?」

「そうだな。レイのおかげだ。」

「はは……騙すのは苦手なんだけど。」

 

と、立ち上がったスレイだったが、ふら付く。

 

「無理をしないでください。まだ寝ていた方が…」

「オレなら平気。凍らせた水が融ける前に、地の主と聖堂を祀る人を探さないと。」

 

と、歩き出す。

レイはスレイに駆けて行き、その手を握る。

ライラは不安そうな表情で、

 

「ですけど……」

「導師は言ってもきかない。それをフォローするのが仕事だろ?主神と陪神≪ばいしん≫と従士の。」

 

と、ミクリオはそれぞれの顔を見る。

二人は頷いた。

 

ミクリオが思い出したように言い出した。

 

「そういえば、アリーシャの真名は『マオクス=アメッカ≪笑顔のアリーシャ≫』という名だったな。」

「はい。ミクリオ様。」

「スレイにしては良い名を付けたな。な、レイ。」

「…そう…だね…。お兄ちゃん…にしては…」

「しては、ってなんだよ!二人して!」

「ふふ。スレイさん、ミクリオさんが帰ってきて嬉しそうですね。」

「…そうだね…」

「…それにしても、スレイは古代語を扱えるのだな。都でも使えるのは学者くらいなのに。」

「遺跡の碑文とかを調べるために覚えたんだ。独学だし、まだまだだけどね。」

「私の真名の意味を教えてもらってもいいだろうか?……問題なければ。」

「問題?」

「いや……『無鉄砲姫』とか『おてんばアリーシャ』などという意味なら聞かない方がいいかと……」

「あはは!違うよ。それだったらミクリオが褒めないよ。」

「そうだね。安心していいよ。」

「ん?で、では、どう言う意味なのだ?」

「『マオクス=アメッカ』は『笑顔のアリーシャ』って意味。」

「『笑顔のアリーシャ』……?」

「ナイフを返した時、すごく嬉しそうに笑っただろ?また、あんな笑顔を見たいなって思ったんだ。アリーシャの夢を叶えて、ね。」

 

と、スレイは真顔で言った。

が、急に不安になったのか、

 

「……問題あった?」

「い、いや。少し驚いただけだ。」

 

と、少し赤くなったアリーシャが言う。

 

「真顔でそんなことを言われたのは初めてだから……」

「ミク兄…お兄ちゃんは…無意…識に…敵を…増や‥すタイ…プ?」

「……かもしれないね。」

 

レイはミクリオにこっそり言った。

と、横に居たライラが少し笑い、

 

「それにしも…ふふ、言えちゃう人なのですね。スレイさんは。」

「そのようですね。」

「オレ、変なこと言ったかなあ?な、レイ?」

「…知ら…ない…」

「えぇー」

「ありがとう、スレイ。君がつけてくれた真名、大切にするよ。」

 

と、アリーシャは笑顔で言って、スレイとレイと共に歩いて行った。

後ろでライラとミクリオは話をしていた。

 

「それにしても…大変なこともありましたけど、やっぱり旅は楽しいですね。」

「そうか。ライラは長い間聖剣に宿っていたいから旅は久しぶりなんだね。」

「ええ。ミクリオさんは初めての旅なんですよね?」

「スレイと…たぶんレイもね。だから、仲間ができて頼もしいよ。あらためてだけど、陪神≪ばいしん≫としてよろしく。」

「こちらこそ心強いですわ。よろしくお願いします。」

「ライラもだけど、アリーシャが仲間になってくれたのもよかった。」

 

と、ミクリオは真剣な表情になり、

 

「スレイは、ずっと天族の中で独りだったからね。レイも居たけど、それは妹として。スレイと同い年の人間の仲間がいればと思っていたんだ。」

「スレイさんは、愛情を受けて育ったように思いますけど?」

「それはそうだよ。けどきっと、人にしかわからないこと、見えないものは多いと思うんだ……」

「ミクリオさん……」

 

と、ミクリオは口に手を覆う。

 

「っと。今のこと、スレイには――」

「はい。主神と陪神≪ばいしん≫の秘密ですね。」

 

そして、スレイ達の後ろを歩いて行く。

 

しばらく街の中で、ブルーノ祭司を探した。

そして、とある一角の家の前で、祭司と女性が話していた。

 

「この土地を守護せし天族よ、彼の者の願いを聞き届けたまえ。」

「いつもありがとうございます、ブルーノさま。おかげで息子の足も大分よくなりますた。」

「いえいえ、貴女が真摯に祈りを捧げ続けたからこそです。これからも、純粋な気持ちを忘れずに、祈りと息子さんの看護を――」

 

と、女性は頭を下げながら、袋を出し、祭司に掲げる。

 

「……これは?」

「聖堂への奉納金でございます。」

「そのようなものは不要と申し上げたはずですが。」

 

祭司は真剣な顔で女性に言う。

しかし女性は頭を下げたまま、

 

「どうか受け取ってください!私は気づいたのです。ただの祈祷は天族への非礼だと。見返りだけを求める邪な祈りだと。」

 

それを聞いたスレイとアリーシャは互いに見合ったが、すぐに二人に視線を戻す。

レイもそのやり取りを無表情で見ていた。

しかし、レイは女性の本質を見抜いていた。

 

そして祭司は、女性に優しく問う。

 

「……誰かに言われたのですか?」

「誰か……というわけでは……」

「息子さんの治療には、お金が必要でしょう?このお金は息子さんのために使って――」

 

しかし、女性は勢いよく顔を上げ、声を上げる。

 

「息子も同じ気持ちです!誰も彼もが言うんですっ!息子の怪我は、タダで天族に祈った罰だと!」

「!」

 

そして少し落ち着き、

 

「中には、私とブルーノ様が……その……破廉恥な噂をたてるものまで……どうか…どうか私たちを助けると思ってお納めてください。」

「……わかりました。貴方と息子さんのお気持ちとして、ありがたく頂戴します。」

 

そして祭司は女性から袋に入ったお金を受け取った。

女性は安心したように、

 

「ああ、ありがとうございます!これで後ろ指をさされずにすみます。司祭さまに、天族の加護があらんことを。」

 

と、祭司に祈りを捧げ、去って行った。

残された祭司は小さく呟いた。

 

「天族の加護を……」

 

そして、女性から受け取った袋の金を見て、哀しそうに言う。

 

「……酒でも買うか。」

 

そして歩き出したが、こちらに気が付き、

 

「姫様⁉」

「……お願いがあって参りました。」

「わ……私などに?」

 

驚く祭司をよそに、アリーシャは落ち着いて言う。

 

「聖堂に新たな天族を祀り、そのお世話をお願いしたいと。導師スレイからの依頼です。」

「導師⁉この方が噂の――」

 

そして祭司は女性から受け取った袋を見せ、

 

「……も、申し訳ありません……」

 

と、頭を下げる。

しかしアリーシャは、

 

「あなたを責めるつもりなど。人の心が荒んだのは王家の責任です。」

 

そこでスレイが、

 

「あのー、すいません。」

 

スレイは祭司に近付く。

 

「はじめまして。オレ、スレイっていいます。」

 

そしてその場に正座をした。

レイもスレイを真似て、スレイの後ろで正座する。

 

「レディレイクを守るためにあなたに聖堂を祀ってほしいんです。」

 

そして頭を下げた。

 

「オレが勝手に聖剣を持ちだしたせいで迷惑をかけちゃって、ごめんなさい。まだ導師になったばかりの新米だけど、頑張りますから、よろしくお願いします。」

 

そして、祭司は慌てて同じように正座をした。

 

「いやっ!はいっ!勿論です‼どうか顔をお上げください‼」

「ありがとうございます。」

「はぁ……」

 

と、見守っていたアリーシャが笑い出す。

 

「ふふふっ。私からも改めてお願いします。」

 

と、同じように正座をする。

 

「どうか力をお貸し下さい。まだ不慣れな……でも、とても気さくな導師様を助けるために。」

「ああ……。お二人のご用命、身に余る光栄でございます。微力なる身ではありますが全身全霊をもって務めさせていただきます。」

「よかった。足、痺れちゃったけど。」

 

と、崩れた。

 

「スレイ。」「はははは!」

 

と、二人に笑われる。

そんな中、レイは後ろでそのやり取りを見続け小さく呟いた。

 

「「…あの導師とは違うやり方…か。いや、本質は似ているのか?」」

 

しばらくして、

 

「ではブルーノ司祭、準備が整いましたらまたお訪ねいたします。」

「はい。お気をつけて。」

 

と、祭司は頭を一度下げてから去って行った。

全てが終わった後、ミクリオがため息をついた。

 

「はぁ……なんて頼み方だ。」

「…珍し…い頼…み…方?」

「かもね。」

「えぇー。」

「でも、スレイさんらしいですわ。」

「はい。祭司も救われたと思います。」

 

ブルーノ司祭と別れてから、スレイがライラに言っていた。

 

「後は地の主か……。ライラがなるってわけにはいかないのか?聖剣を器にしてさ。」

「可能でしたが……もうあの聖剣は、スレイさんの一部になってしまいましたわ。それに……」

「それに?」

 

ライラは悲しそうな顔で言った。

 

「私にはこの街の人に祀られる資格などないのです。地の主になりこの土地と結びつくことよりも旅に出る事を望み、穢れを放置し続けましたから。」

 

「…………ライラって、どれくらいあの聖剣に宿ってたの?」

「もう……十年以上になります。」

「そんな長い間導師を待ってたんだね。世界の人たちのために。」

「スレイさん……」

「始まったばかりだよ。導師の旅は。」

「はい!これからですわね。」

 

ライラは嬉しそうに言った。

そして、次の目的の為に動き出す。

 

道中、スレイは思い出したように、

 

「そういえば、聖剣祭って『湖の乙女』のお祭りなんだよね。ライラが祀られてたってこと?」

「湖の乙女は、レディレイクの古い伝承ですわ。」

「そう。聖剣で人々の罪を浄化する猛き御方。霧とともに湖を歩き、黒き炎で魔を滅す。月夜に歌い、迷える民に励ましを与える心優しき乙女――と伝えられている。」

 

ライラは、スレイとミクリオの間に居る小さな少女を見つめる。

と、スレイが驚きの声を上げた。

 

「ライラって水の上を歩けるの⁉」

「まさか!それほど軽くはありませんわ。」

「今の……いくつかの言い伝えが混じっているように思えたけど?」

 

ミクリオが冷静に分析した。

ライラも頷き、

 

「そうですね。私がこの街に来た時には、すでに伝承はあったんですの。」

「じゃあ、湖の乙女は別の天族?」

「はい。でも、ご不在だったので聖剣を器にさせていただいたのです。」

「導師を待つために、だね。」

「地下水道の遺跡で見たように、レディレイクは導師に関わりの深い街ですから。」

「ずっと独りで……お寂しかったでしょう?」

 

アリーシャは悲しそうに言うが、当の本人は明るく言った。

 

「それほどでも。寂しい時は、歌を歌ったり、街の人たちの悩みを聞いたりしていましたから。」

「それって伝承の⁉」

「そうか。霊応力をもつ人間がそれに気づいて――」

「それまでの言い伝えに別の事実が混ざって新しい伝承が生まれた。歴史って、こんな風に伝わるんだな。」

 

と、言いながら歩いて行く。

スレイ達の後ろに移動していたレイはその風を感じた。

 

 

――黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が、木の陰に居た。

彼らの会話を聞いた小さな少女は呟く。

 

「伝承は時に人の願望…。古くから伝えようと思う意思とは違い、いつだって簡単に塗り替えらえる。あの導師が望んだように、そして今宵の導師がどのような伝承を作るかは…それを望んだ人々とそれを見守る天族によって紡がれる…。」

 

風が吹き荒れる。

 

 

一行はレディレイクの近くにある大川にやって来た。

レディレイクと違い、そこは大雨であった。

騎士兵にアリーシャが話し掛ける。

 

「なにがあった。」

 

騎士兵は姿勢を正し、

 

「グリフレット橋崩壊の調査であります。長雨による氾濫が原因かと。」

 

スレイとレイは川の方へ近付く。

レイは川を視つめた。

 

「…雨…じゃ…ない。」

 

スレイも川を見て、

 

「レイの言う通りだ。原因は長雨じゃない。」

 

スレイの中に居るミクリオとライラが、

 

「水位に比べて流れが異常だ。」

「嫌な気配を感じますわ。」

「うん。」

 

スレイは騎士兵の方へ向く。

それと同時であった。

レイの瞳はあるものを捉えた。

 

「…穢れに…飲まれ…た者が…いる…。あれは…」

 

スレイ達はそれには気付かなかったが、スレイは騎士兵に言う。

 

「避難した方がいい。」

「ほう、わかってる奴がおる。」

 

と、年を取った男性が感心していた。

が、騎士兵の方は声を上げる。

 

「誰だ、貴様は⁉」

 

しかし、アリーシャはスレイに賛同する。

 

「わかった。スレイの言に従おう。」

 

と、周りからは、

 

「スレイって……?噂の導師か。」

「だったら氾濫を鎮めてくれるかも。」

「鎮められるものか……水神様の祟りを。」

 

木の陰に座り込む男性が言った。

スレイは、その言葉に疑問を持つ。

 

「水神?」

「恐ろしい影さ……一瞬で橋を叩き壊すほどの――なにかだ。」

 

と、騎士兵が怒声を上げる。

 

「貴様!またそんな寝言を!」

 

レイはスレイに近付き、服を引っ張る。

 

「どうした、レイ?」

「…来るよ…」

「へ?何が――」

 

と言った時、何かの雄叫びが聞こえて来た。

それに伴い、川の中に竜巻が生まれた。

その中には、黒い何かがうごめいていた。

 

「な、なんだ⁉」

「水神様だっ!」

 

騎士兵がそれを見上げた。

傍にいた人々は、悲鳴を上げる。

スレイと、アリーシャはすぐに、

 

「逃げろっ!」

「命令だ!早くっ‼」

 

人々はすぐさま逃げ出した。

そして竜巻の中からヘビのような憑魔≪ひょうま≫が現れた。

すぐに全員戦闘態勢に入った。

 

「こいつ、普通の人にも見えるのか⁉」

「ウロボロス?こんな場所にいるなんて!人の目には竜巻などに見えているのでしょう。」

「…手強そうだ!レイ、安全なところに!」

「…わかった…」

 

レイはすぐに岩陰の所に行く。

 

スレイ達は神依≪カムイ≫を駆使しながら、ヘビのような憑魔≪ひょうま≫と戦っていく。

が、途中ヘビのような憑魔≪ひょうま≫が岩陰に居たレイを見付け、襲ってくる。

 

「レイ‼」

 

すぐにミクリオがレイを抱えた。

レイの居た所の岩は粉々になった。

 

「大丈夫か!」

 

ミクリオがレイをみながら言った。

レイは頷き、ヘビのような憑魔≪ひょうま≫を見た。

ミクリオは、レイの瞳が赤く光っているのに気が付いた。

そのレイが、ヘビのような憑魔≪ひょうま≫をみながら、歌を歌い出した。

敵の意識がそれた隙を付いて、

 

「ライラ!決めよう‼」

「はい!スレイさん‼」

 

スレイはライラとの神依≪カムイ≫で、ヘビのような憑魔≪ひょうま≫を倒した。

ヘビのような憑魔≪ひょうま≫が崩れ落ちた。

雨も止み始めた。

レイが、崩れ落ちたヘビのような憑魔≪ひょうま≫に歌いながら近付いた。

 

「レイ!」

「待ってください。スレイさん。」

 

近付くスレイをライラが止めた。

ミクリオはスレイ達に近付いた。

そしてレイの歌に合わせるように風が吹き荒れる。

すると、ヘビのような憑魔≪ひょうま≫は人の姿へと変わった。

レイは歌うのを止め、その者を見ていた。

そして、それを見たスレイとミクリオは、

 

「なっ⁉」

「憑魔≪ひょうま≫が……天族になった!」

 

そこにライラが否定した。

 

「逆ですわ。実体化するほどの憑魔≪ひょうま≫は天族が憑魔≪ひょうま≫化したものなのです。」

 

その言葉にミクリオは、

 

「天族が憑魔≪ひょうま≫になるだって⁉」

 

ライラは頷く。

 

「そして完全に憑魔≪ひょうま≫化した天族はこう呼ばれます。『ドラゴン』と。」

「ドラゴンが実在するってこと⁉」

 

スレイの言葉にも、ライラは頷いた。

スレイは俯き、呟く。

 

「伝説が本当に……」

 

と、スレイの横に来たレイが、スレイの服を引き、

 

「…起き…た…よ。」

「え?」

 

と、倒れていた天族が、

 

「うう……」

 

目を覚ます。

天族は起き上がり、壊れた橋を見た。

 

「この橋を壊したというのか……私が。」

 

そして、こちらに振り返り、

 

「恥ずかしい限りだ。君たちが浄化してくれなかったらどうなっていたか。感謝する。」

「オレたちも、あなたを救えてよかったです。えっと……」

「ウーノだよ。若き導師。」

「スレイです。ウーノさん、助けた代わりっていうとアレだけど、お願いをきいてくれませんか?」

「お願い?」

 

スレイは頷き、

 

「レディレイクの加護をお願いしたいんです。」

「しかし、今のあの街は――」

 

と、考え込む。

アリーシャの所には、騎士兵がやって来た。

 

「アリーシャ様……お怪我は?」

「大丈夫。竜巻も消えたよ。」

 

と、周りに居た人々が、

 

「だから、大丈夫って言ったろ!姫様には導師様がついてんだから!」

「貴様だってビビりまくってただろうが⁉」

「しかし、急に雨もやんだし、流れも落ち着いてきましたね。」

「これって導師の力……なのかな。」

「導師なんて、お伽噺だと思ってたけど、なんか信じたくなっちまった。」

「こら、導師様と呼べ!導師様と。」

「俺……導師様が竜巻を斬ったように見えたよ。こんなこと、信じてもらえないだろうけど……」

「いいじゃねぇか!信じるなら水神の祟りより、導師の奇跡の方が夢があらぁ!」

「こら!導師様と呼ばんか!」

 

と、笑い出した。

その光景を見守っていたスレイ達。

そして天族ウーノは、

 

「まだ、こんな人々がいるのか……いや、君が取り戻してくれたのだな。」

「じゃあ、加護を?」

「ならせてもらうよ。レディレイクの土地の神に。」

「ありがとう、ウーノさん!」

 

と、天族ウーノはライラを見て、

 

「君が主神か?よい導師を選んだようだな。」

「そう思います。」

 

ライラは頷いた。

そして近付いて来たアリーシャが、

 

「行こう。ブルーノ司祭が待っている。」

 

と、レディレイクに戻る。

レイは彼らの話を聞きながら、斜め後ろの岩陰を横目で見ていた。

そして、そっと離れるのも感じていた。

そしてすぐに、スレイ達の元に駆けて行った。

 

レディレイクに戻り、聖堂に着いた。

ブルーノ司祭に話し掛け、聖堂の中央に器を用意した。

ライラが氷を溶かす。

氷が水になったのを見たブルーノ司祭は、

 

「おお……まさに奇跡の力……」

 

そんなブルーノ司祭を見た天族ウーノは、

 

「我らの存在をまったく感じていないようだな……」

 

そんなブルーノ司祭は嬉しそうに、

 

「この聖水、心して祀らせていただきます。」

 

そして、天族ウーノの斜め横を見て、

 

「天族ウーノ様、ふつつか者ですがどうぞ末永くよろしくお願いいたします。」

 

そんなブルーノ司祭の姿を見た天族ウーノは、スレイを見て、

 

「ふっ……だが、真摯な男のようだな。」

 

そして天族ウーノは聖水を器として、中に入った。

それと同時に、清いそよ風が街全体を包んだ。

 

「…結界…が…出来…た。」

 

アリーシャは、自分自身を見るかのように、

 

「なんだろう?今、体の中を風が通ったような……。」

「この街に加護が戻ったのです。」

 

そしてウーノが再び姿を現し、

 

「私の領域で街を覆った。だが、加護を維持するには人々の協力が不可欠だ。」

「ですね。加護を助けるには、祈りだけではなく様々な方法があります。」

「例えば?」

 

ライラの言葉にスレイがすぐに質問した。

 

「例えば……」

 

ライラは深く考えた答えを聞いたスレイは、

 

「――なるほどね。わかった、やってみるよ。」

「やれやれ、手間がかかるね。」

「私も微力を尽くします。」

 

と、ミクリオとブルーノ司祭は言う。

 

「…また…か…」

 

天族ウーノは、何かに気が付いた。

 

「ん?」

「どうした?」

「まだ強い穢れを感じる。そう遠くはない。街中だ。」

 

と、その方向を指差した。

その方向を見たアリーシャは、

 

「そっちは王宮の……」

 

レイはスレイの服の裾を取り、後ろに隠れる形で顔だけを壁陰に隠れる者へと顔を向ける。

と、アリーシャの言葉を遮るように、一人の男性の声が響く。

 

「それが天族との会話というものですか?独り言にしか見えませんね。」

「あなたは……?」

 

ブルーノ司祭が、壁陰に背を預けている男性に問う。

男性はこちらに歩いてきて、スレイに手紙を渡と、

 

「ハイランド内務大臣バルトロ閣下の使いです。」

 

一度頭を下げ、もう一度顔を上げると、続きを言う。

 

「レディレイクのために辛苦されている導師スレイを、私的な食事に招待したいと。無論、妹君もご一緒に。」

「…ずっと…お兄…ちゃん…の近く…に居…た。こっち…を見て…いた…人。」

 

スレイの後ろに隠れながらいたレイが呟いた。

その意図に気付いたアリーシャが、

 

「見張っていたのか。スレイを。」

「とんでもない。驚いていたところですよ。限りなく低いとはいえ、王位継承権をもつハイランド王女が、噂の導師と親密な御関係とは。姫様の愛する民衆も、さぞや喜ぶことでしょうな。」

「勘ぐりだ。そのような――。」

「アリーシャ。」

 

抗議しようとするアリーシャをスレイが止める。

スレイは真剣な面持ちで、男性に聞く。

 

「どこにいけばいい?」

「ラウドテブル王宮。」

「わかった。バルトロさんによろしく伝えて。」

 

男性は頭を一度下げると、去って行った。

男性が去った後、アリーシャは不安そうにそれでいて悲しそうに、

 

「大臣たちには関わらない方がいい。私は、彼らから……」

 

しかしスレイは明るい声で、

 

「穢れがある方角っぽいし。丁度いいよ。」

「すまない。甘えてしまって。」

 

暗い表情のままのアリーシャに、ミクリオが、

 

「気にしないでいいよ。王宮を見たいってのが本心だから。」

「王宮って初めてだ。案内よろしくね。」

「君にとっては同じなんだな。」

 

アリーシャは悲しそうに言った。

それをレイだけが聞いた。

そして、歩き出すスレイ達に、天族ウーノが引き止める。

 

「待ってくれ。その前に、主神に話がある。」

「私ですか?」

「ああ。」

 

ライラは天族ウーノに近付き、彼らは話を始めた。

その間スレイ達は王宮などの話をしていた。

 

「それで私に何の御用でしょうか。」

「うむ。君はあの少女について気が付いているのか?」

「……はい。あの方と関わりが深いと思っております。それに、もう一人会ってますから。」

「……なるほど。君は何度かあの人達に会ったことがあるのか…。」

「ウーノさんも会ったことがあるのでしょう?あの方達を見たことのある人しか気配はわかりませんし。」

「ああ。二回ほどあった。と、言っても話したことがあるは彼女の方だけだが。」

 

そして天族ウーノは、腕を組んで思い出を語った。

 

「あれはレディレイクの加護があった頃のことだ。無論、湖の乙女の伝承が出来るもっと前…そして、導師も多かったころだ。レディレイクは今ほど栄えてはいなかったが、加護はどこよりも強かった。噂では器も無しで。私も一度見てみたいと思ってレディレイクを訪れた。あの人はこの聖堂の窓際によく居たそうだよ。」

 

若き頃の天族ウーノは聖堂の窓際に居た白と黒のコートのようなワンピース服を着た一人十代後半の少女を見付けた。

その少女は紫色の長い髪を一つに結い上げ、日に当たっていた髪が綺麗に反射していた。

顔は目元を隠す仮面を付けていた為、表情は分からないが瞳が赤いのは解った。

その少女は天族ウーノに気付いたが、興味がないのか視線を反らした。

しかし、天族ウーノは彼女に話し掛けた。

 

「君はここの地の主を知っているかい?」

「……地の主は存在しない。ここは天族の加護とは少し違うからな。」

「……やっぱりそうか。領域に入った時から違和感は感じていたが。」

「わかったら、さっさと去れ。」

「君は変わった人間だな。」

「人間と一緒にするな。」

「では、我らと同じ天族か?それにしては独特の気配を感じるが…」

「…天族でもない。」

「ん?では、なんだというのだ。」

「……言う必要があると思うか?」

「……ないな。」

 

と、少女はどこかに歩き出した。

と思いきや、入り口で人間の子供に捕まっていた。

彼女は何をするでもなく、ただ無表情で子供達の話を聞いていた。

そこに導師の服を着た者達がやって来た。

子供達はそこに駆けて行った。

解放された少女は、今度は同じ白と黒のコートを纏った十代後半の少年に捕まっていた。

少年の方も、紫色の長い髪を一つに束ねていた。

しかし彼女と違い、下に縛っていた。

そして、彼女と同じく目元を仮面で隠していた。

だが、瞳は同じでも、表情はコロコロ変わっていた。

しばらく少年と話した後、少女はどこかに歩いて行った。

少年の方は一度天族ウーノを見た後、笑って去って行った。

 

天族ウーノはしばらくレディレイクを見た後、もう一度聖堂に行ったが、あの時の少年少女は居なかった。

と、天族ウーノは、導師達に声を掛けられた。

 

「貴方は始めて見る天族の方ですね?」

「ああ。少しここを立ち入りさせて貰った。それにしても、ここの加護領域は凄いな。」

「そうですよね!私はまだ導師見習いで、詳しくは知らないのですが…聞いた話では、この街の一番偉い導師様がある方と契約して百年結界を作る…というのを聞きました。」

 

と、もう一人の導師が、

 

「私は、現導師様と同等の力を持った方がこの結界を作ったと聞いたが?」

 

と、導師見習い達は話が盛り上がっていた。

天族ウーノは、彼らに別れを告げ、レディレイクを離れた。

 

時代は流れ、あの凄い加護の消えたレディレイクに、天族ウーノは再び訪れた。

前の時より、はるかに繁栄した街が出来ていた。

それと同じくらい人は繁栄していたが、導師の数は減っていた。

そして、天族を見れる者も減った。

 

天族ウーノは、聖堂にやって来た。

そして、窓際にいた少女に驚いた。

それはあの時見た少女と瓜二つの少女が立っていた。

その少女と目が合った。

あの時と同じように、その少女は興味なさそうに視線を外した。

 

「…君は私が見えるのだな。」

「……だったら?」

「……いや。少し驚いてね。」

「見えることが、か。」

「それもそうだが、前に始めてここを訪れた時…今の君に瓜二つの少女が同じようにそこに居た者だったから。」

「…ああ。あの時の奴か。」

「ん?」

「お前も物好きだな。今のこの街に来るなど……」

 

と、彼女は話すのを止め、中央に向かう。

すると怪我をした数人の導師達がやって来た。

その中で、一番年齢の高い導師が中央に立つ彼女を見て、

 

「…ああ…貴女の言った通りでしたよ。我らは何も守れなかった…」

「それで?」

「…もはや我らに導師としての資格はない…。どうかお願いです!我らの願いを…これからの導師の未来を…」

「…無理だな。」

「え⁉」

「…そもそも、私はすでにお前達の願いを果たした。そして、私と対になるあいつも、お前達の願いを果たした。そしてもはや、お前達の望む導師は存在しない。いたとしても……あるのは同じ未来だ。」

「そ、そんな⁉では、どうしたらいいのだ⁉」

「……では、今世紀最後の導師よ。あそこにある何かがわかるか。」

 

と、レイは視線だけを天族ウーノに向けた。

しかし導師は悲しそうに首を振った。

 

「もう私には何も見えません…」

 

彼女は視線を導師達に戻した。

他の導師達も同じように首を振った。

そして彼女の導師達を見る瞳は真っ赤に光っていた。

それを見た時、天族ウーノは理解した。

 

「……そうか。あれが……裁判者…。」

 

彼女は祭壇の中央に剣を突き刺した。

それと同時であった。

何人かの人々が入って来た。

 

「お前達の前任の導師に感謝するのだな。今これより、この聖剣を抜いた者が湖の乙女の加護の元、新たな導師となる。」

 

と、彼女が離れると陰の中から一人の少女が現れた。

彼女はその場に座り、

 

「新たな天族がこの器に入るまでは、お前がここの番人だ。」

 

彼女は少女に言い、その場を去って行った。

天族ウーノは、彼女を追う。

 

「ま、待ってくれ!」

 

彼女は立ち止まり、彼に振り返る。

 

「なんだ。」

「君に…いや、貴女に聞きたいことがある。」

 

沈黙が肯定の証のように、彼女は黙って天族ウーノを見ていた。

 

「なぜ、願いを叶えた彼らの願いを叶えたのだ。噂では貴女は一つしか願いを叶えないと聞いた…なのに……」

「……確かに私は、その者の望む本当の願いを叶える者だ。しかし、それと同時に託された願いや希望を繋げるのも、我らの役目。それに、あの聖剣を抜くのはおそらく災厄の時代の導師だ。その前任は同じ地でありながら、別の場所で契約する。それが何年先か、何百年先かなど、私の知ったことではないがな。」

 

その場に強い風が吹き荒れる。

それが収まった時には彼女の姿はなかった。

その後、聖堂に戻った天族ウーノは、導師達を見ていた。

怪我をした導師達は一か月後には皆亡くなっていた。

 

天族ウーノはライラを見て、

 

「その後私は何度か、このレディレイクを訪れるようになっていた。」

「では、あの時憑魔≪ひょうま≫となっていたのは……」

「ああ。この地に再び訪れようときたは良いが、穢れに当てられたようだ。しかし、あの子供はあの人とは違うようで似ているのだな。」

「ふふ。……確かにあの方のようで、違いますわね。でも、本質は今でも変わらないようですわよ。」

「そうか。本当にあの人らしいな。さて、長く引き止めてしまいすまなかった。」

「いえ。私もよいお話を聞けましたわ。今度、お話しするときは私の知っていることを話させて貰います。」

「ああ。楽しみにしているよ。」

 

と、ライラは天族ウーノに別れを告げ、スレイ達の元へ行く。

 

「もういいの?」

「はい。」

「では、行こうか。」

 

と、歩き始めた。

 

貴族街に入り、王宮前に来た。

レイは王宮を見上げ、

 

「「…いつの世も変わらんな…」」

 

小さく呟いていた。

そして入り口を入ろうとすると、騎士兵に止められた。

アリーシャが、

 

「なんのマネだ⁉」

 

騎士兵は平然と、

 

「失礼しました、アリーシャ様。バルトロ様の命は、導師スレイとその妹君をお通しせよとのことでしたから。」

 

アリーシャは一歩下がり、

 

「くっ……」

 

と、厳しい表情をする。

騎士兵はそのまま、

 

「バルトロ閣下は接客中です。しばし客室でお待ちください。こちらへ。」

 

と、中へと誘導される。

アリーシャが後ろで、

 

「自分から呼び出しておいて……」

 

と、静かに怒っていた。

そしてミクリオも、

 

「今は大人しくしておいた方がいい。アリーシャの体裁を悪くはできないしね。」

 

そして部屋に入る。

 

「しばらくこの部屋でお待ちを。」

 

スレイ達は各々部屋の中探った。

と、言っても、見えないライラやミクリオが。

そして、大量の本を目の前に、スレイは大喜びで、

 

「すっげ……本がこんなに!」

「…本が…いっぱ…い。」

 

と、レイは一冊の本を取り、読み始める。

 

「しかし、さすが王宮だね。貴重な本が揃っている。」

 

「遺跡や歴史の本も多いな。全部読んでみたいけど……」

 

と、スレイとミクリオが真剣に話していると、ライラが一冊の本を見て、

 

「あの本、面白そうな題名ですね。」

「『くるおしき愛の叫び』……詩集かな?」

「ちょっと読んでみるか。」

 

と、ミクリオが本を取ろうとする。

スレイが、ミクリオに、

 

「おい、本が浮いて見えるって!」

「大丈夫。アリーシャがカバーしてくれてる。」

「まったく。オレが持つから貸して。」

 

そして、その本を読んでいったミクリオ達は、

 

「……なるほど。これはくるおしいな。」

「愛と苦悩を叫びながら、青すぎる情熱がほとばしっていますわ。」

「十年後に読み返した作者が、自分のあまりの若さにもだえ回るのが見えるようだ。」

「そういう意味でも、くるおしいですわね。」

 

と、ミクリオの一言にライラが賛同するが、

 

「そう?いいこと言ってると思うけど。」

「「え⁉」」

 

と、スレイが平然と言った。

ミクリオが呆れながら、

 

「スレイ、君ってヤツは……」

「情熱家なんですね。」

 

と、ライラも苦笑いで言う。

 

「うう、二人の視線……なんかくるおしい!」

 

スレイは唸っていた。

手に取っていた本を読み終わって、スレイ達を見ていたレイはそんな彼らを見てから、もう一冊本を手に取った。

ミクリオもレイの横で、本を読み始めた。

スレイの視線にミクリオは、

 

「今のうちにゆっくりしておくよ。この後、一騒動ありそうだからね。丁度、いい本もそろってるし。」

「おまえなぁー。」

 

スレイは仕方なく、食器を見ていたライラの元へ行く。

 

「政に関わる人間は穢れに染まりやすいんですの。皆がアリーシャさんのようならいいのですが……」

「ライラ…」

 

スレイは暗い表情のアリーシャの元へ行った。

 

「アリーシャ、大丈夫?」

「ああ。……幼い王を擁する大臣たちは煙たがっているんだ。継承順位が低いくせに、政治に口を出す私を。すまない。君にまで嫌な思いを……」

「それが…人の…因果…。気…にし…すぎる…と…真名…が泣…く。」

 

俯いたアリーシャの顔を除くレイが居た。

アリーシャは驚いて、顔を上げる。

 

「レイの言う通り。アリーシャは笑顔が一番だよ。」

「…ああ、そうだな。その方がいいな。ありがとう。」

「しかしレイ、もう本はいいのか?」

「もう…全部…読ん…だ。」

「「え?」」

 

と、レイは騎士兵に向かって歩いて行った。

スレイはアリーシャと顔を合わせた後、スレイはレイを追う。

と、騎士兵がミクリオの居る方を見て、

 

「本が……浮いて……?」

 

スレイとレイの視線に気が付いた騎士兵は、

 

「なんでもない、忘れてくれ。」

 

そう言うのと同時であった。

入り口から騎士兵の一人が入ってきて、

 

「バルトロ様の準備が整いました。円卓の間へどうぞ。」

 

アリーシャが入り口に近付くと、

 

「姫様は、お待ちを。」

「なぜだ!」

「アリーシャ様には別命が下されるとの内示がありました。」

「マーリンドの件か。」

「はい。そのまま御待機を。」

「……わかった。」

「アリーシャ……?」

 

アリーシャはスレイに近付き、

 

「前からあった仕事の話なんだ。すまないが、私は残るよ。」

「こちらへ。円卓の間へご案内します。」

 

と、スレイとレイは案内される。

 

「今の、待たせておいてわざと?」

「だね。穢れが消えないわけだよ。」

 

と、スレイとミクリオは小さな声で言った。

 

円卓の間はとても大きく広かった。

その中央奥に長い机が置かれていて、四人ほど座っていた。

そして最奥の中央に座っていたのが、バルトロ大臣だった。

 

「待たせたな、導師よ。遠慮なくかけたまえ。」

 

机の上には豪華な料理が並んでいた。

それを見たミクリオが、

 

「毒でも入ってそうだ。」

 

それを察したかのように、

 

「心配無用。毒など入っていない。」

「我々は君とお近づきになりたいのだよ。」

 

と、バルトロ大臣が紹介を始める。

 

「紹介しよう。こちらは軍を統括するマティア軍機大臣。」

 

スレイから見て、左手前にいた丸刈りの怖そうな顔付の青服を着た男性。

 

「ハイランドの法を司るシモン律領博士。」

 

スレイから見て、右側にいた坊主頭のツンとした顔付きで、気品そうな服装をした男性。

 

「最高位の聖職者、ナタエル大司教。」

 

スレイから見て、左奥に座っていた白い聖職服をきた中肉老人男性。

そのナタエル大司教が、

 

「そして、王の輔弼≪ほひつ≫たる内務卿……」

「バルトロだ。」

 

と、スレイの前奥に座り、偉そうにしているバルトロ。

スレイは立ったまま、

 

「スレイです。こっちは妹のレイ。招待してくれてありがとう。オレも話をしたかったんだ。」

 

そう言って座る。

レイも、スレイの横に座る。

そしてスレイを見ていた。

彼は、料理に手を出す。

それをミクリオが注意した。

 

「おい、素直に信じすぎ。」

 

バルトロ大臣はそれを見て、

 

「度胸はあるようだな。それとも、単なる愚か者か……」

「美味しいな。アリーシャも一緒なら、もっと良かったけど。」

 

その一言で、

 

「どういう関係なのだね?アリーシャ殿下とは。」

 

レイはスレイから視線を外し、大臣たちを見据えていた。

その瞳はうっすらと赤く光り始めていた。

 

「友達だよ。オレを外の世界に誘ってくれた。」

「建前はいい。腹を割って話そうじゃないか。」

「?」

 

解らないでいるスレイとミクリオに、ライラが説明する。

 

「スレイさんとアリーシャさんが、お互いを利用してなにか企んでるのだろうと言っているのですわ。」

「アリーシャを利用なんてしてないし、導師はそういう存在じゃない。」

 

スレイは真剣な表情で言うが、

 

「さぁて。本物の導師など見たことはないのでな。」

「疑われているね。当然だけど。」

「いいよ。信じられないなら。」

 

と、左横にいるミクリオに言う。

しかし大臣は、

 

「よくはない。王族がニセ導師を使って人気取りをしたとねれば致命的な醜聞だ。」

「脅迫か。」

 

ミクリオがすぐに察する。

ライラも表情が厳しくなる。

スレイは、

 

「……証明すればいいのか?本物の導師だって。」

「ふっ、本物かどうかなどどうでもいい。問題は、国民が君を支持し始めてる事実だ。」

「民というものは、常に劇的な救済を求め、安易に欲望を託すからな。」

 

その言葉に、ライラは悲しそうに俯き、

 

「確かに……人々の過剰な期待には歴代の導師も苦しんできました……」

「民衆は、まことに愚かで低俗。非常に残念だが、これは事実なのだ。」

「しかし、だからこそ君の存在が有効となる。」

「オレが?なんで?」

 

大臣はスレイを見据え、

 

「単刀直入に言おう。我々の配下に入れ、導師スレイ。ハイランドを守護する導師として、国民の士気を高揚させてもらいたいのだ。」

「近年、災害が続いたせいか、国民に厭世≪えんせい≫感が広まって困っているのだよ。」

「まったく愚民どもが!ローランスとの開戦も近いというのに!」

「もちろん十分な礼はする。」

 

そう言ってバルトロ大臣は、スレイの前に金の入った袋を投げた。

 

「前金だ。聞くところによると、君は遺跡に興味をもっているそうだな?我らの仲間になるなら、遺跡探索や、記録収集に十分な便宜を図ろうじゃないか。」

「………」

「アリーシャ姫に義理立てしても無意味だぞ。」

「かの姫は、疫病の街マーリンドに左遷されるのだからな。」

 

その言葉に、ミクリオとライラが反応する。

 

「アリーシャが疫病の街に⁉」

「強情な騎士姫も、あの街で苦労すれば身の程を思い知るでしょう。」

「もっとも、本人が疫病にかかれば、その後悔も役には立たぬでしょうが。」

「「「ふははははは!」」」

 

と、笑い出す。

 

レイの頭の中には声が響いていた。

 

――我々がいくら世のために動いても、王や大臣たちはこの世を穢す!

――我らが希望だと、国のためだと、世界のためだと言っときながら、皆、我らを恐れ、利用し、簡単に切り捨てる。

――天族への恩恵を忘れ、自国の民を、次期気高き王を、国を穢す!

――許せない!許さない!あのような者達を我らは許さない!お願いだ、我らの願いを叶えてくれ‼

 

そしてバルトロ大臣は、スレイをなおも見て、

 

「そういうわけだ。考えるまでもあるまい?」

「断るよ。残念だな。話して分かる人たちじゃなかった。」

 

スレイはそう言って、立ち上がる。

笑いが止まる。

そしてスレイが、続きを言う。

 

「むしろよかったよ。さ、レイ。帰ろう。」

 

スレイはレイの手を取り、背を向けて歩いて行く。

その後ろからバルトロ大臣が、

 

「ニセ導師風情が後悔するぞ!アリーシャともども潰してくれる――」

 

その言葉にスレイは、一度大臣に振り返り「ニッ」と笑った。

なおも進むと、

 

「待てっ!」

 

扉の向こうからアリーシャの声が聞こえて来た。

そしてレイは、後ろのバルトロ大臣が鈴を鳴らそうとしたのを見た。

 

「一体どういうことだ!王宮内に武装兵団を配するとは!」

「これはバルトロ様の命で……うああっ!」

 

と、アリーシャが無理やり扉をこじ開け、入って来た。

バルトロ大臣は「ちっ」と、舌打ちをしていた。

 

「スレイをどうする気だ、バルトロ卿!兵を退かせろ!」

 

怒るアリーシャにスレイは落ち着いて、

 

「王宮の見学はすんだよ。行こう、アリーシャ。」

 

そして歩きながら、

 

「自分の夢は自分でかなえるよ。オレもアリーシャも。」

「ああ、もちろんだ!」

 

進み出したスレイ達に、バルトロ大臣が騎士兵に言った。

 

「民を惑わすイカサマ導師を成敗いたします!下がらないと怪我をしますぞ!」

 

そこで風が吹き荒れた。

そしてレイの頭の中には、先程の声とは違った声が響く。

 

――その願いは叶えられない。それは願いではなく、盟約。私と盟約を交わすこととなる。そして対価にお前達は……

――構いません!我らとてわかっています。我らの言ったこの願いはいくら世のためとはいえ、命のやり取り。我は業を背負いましょう……

 

スレイは横に居たレイを見た。

そして、横に居たミクリオとライラも、レイを見る。

 

「「…いつの世も変わらんな。こんなくだらん話をする為に呼び、その結果がこれか…」」

「レイ?」

 

レイは彼らに振り返り、彼らを見ていた。

その瞳は真っ赤に光っていた。

レイの髪や服がが揺らぎ始める。

そしてレイを中心に、部屋の中に竜巻のように突風が吹き始めた。

 

「「昔からお前達のような者共を幾度となく見て来た。…さて、先程お前達は自国の民を愚民と呼び、末席とは言え、自国の姫を侮辱した…。そしてその姫をお前達は…これはもう、殺されてもおかしくはないよな…。」」

 

より一層風が強まり、ガラスにヒビや食器が割れ始めた。

そして影が、まるで生きているかのような動きをし始める。

竜巻の中心に居るレイの服は時折、白から黒に変わっているかのように見えた。

 

「レイ!」

「いけません、スレイさん‼今のレイさんに…いえ、彼女に触れては!」

 

スレイが、レイに手を伸ばそうとすると、ライラが止める。

 

「で、でも!」

「このままじゃ、色々とまずいぞ!」

「ライラ、ごめん。レイは、オレの…オレたちの妹だ‼ミクリオ!」

「ああ!」

「『ルズローシヴ=レレイ≪執行者ミクリオ≫』!」

「スレイ!ミクリオ様!」「スレイさん‼ミクリオさん‼」

 

と、スレイはミクリオと神依≪カムイ≫で風の中に走って行った。

 

「「裁判者の名のもと、彼の導師との盟約により、いまここで――」」

 

レイはなおも風を強くし、影が大臣達を襲おうとした時、

 

「レイ‼」

 

と、スレイがミクリオと神依≪カムイ≫状態で、竜巻のような風を割った。

そして、レイの肩を掴んだ。

そのスレイの頬には風で斬れたのだろう傷があった。

 

「「離せ、導師。これはお前には関係ない。」」

「関係はある!お前は、オレたちの妹だ!」

「「……お前は…いや、お前達は、あの導師と同じ瞳をしているんだな…今回だけは、その瞳に免じて、今は返してやろう。」」

「「あの導師?」」

 

大臣達を襲おうとした影が静かに消え、強い風が弾けるように消えた。

 

「…お兄…ちゃん…ミク…兄…」

 

と、レイはその場に座りこんだ。

スレイが神依≪カムイ≫を解き、ミクリオがレイの横に膝をつく。

アリーシャとライラが傍に掛けて来た。

そして少し間を取って、バルトロ大臣が、

 

「はっ、ニセ導師の妹は化物か…。あの娘を捉えよ!」

「レイ、オレたちの傍を離れるな。」

「…ん…」

 

と、ミクリオに支えられながら、立ち上がった。

襲ってくる騎士兵達をスレイ達がひとまず動けなくしていく。

だが、その力にミクリオが、

 

「やりすぎじゃないのか、スレイ⁉」

「…違…う…」

「レイさんの言う通りです。スレイさんの力が強すぎるんです!」

「なら、スレイ。もっと力を抑えないと!」

「そう言われても!」

「いけない、これ以上やったら…!」

「……お兄ちゃん…」

 

レイは歌を歌い始めた。

その歌が風を呼び、スレイの力を抑えるかのように、スレイを包んだ。

しかし、スレイの戦う姿を見た祭司は頭を抑え、

 

「この力……本物……⁉あの娘といい…これは…」

「バルトロ卿。今の騒ぎは忘れる。その代り、もう二度と導師スレイに手出ししないでもらいたい。」

 

騎士兵達を黙らせ、アリーシャは大臣たちに言う。

アリーシャが彼らに言うが、バルトロ大臣は一種の恐怖じみた顔で、

 

「バカな!放置したら国の治安が!いや、こんなものをローランスに利用されでもしたら――」

「…風が…来た…」

 

レイは真横の窓を見た。

外はすっかり夜であった。

大臣達とスレイ達の真横にある窓が突如と開く。

 

「うっ⁉」

 

スレイはすぐに反応する。

窓から風が入り込み、部屋の火を消した。

部屋は一気に闇へと変わる。

その闇の中、何者かが大臣達を捉え、その首に刃物を突き付ける。

 

「国より自分の心配をした方がいい。」

 

その声に、スレイとアリーシャは身構える。

 

「あなたたちは⁉」

「『風の骨』。」

 

その名を聞いたアリーシャは、

 

「暗殺ギルド⁉」

「そう。こいつらは我らを謀り、姫殿下の暗殺を依頼した。」

「!」

 

その言葉に、アリーシャは悲しそうな顔をする。

スレイはすぐに、

 

「バルトロ大臣が、アリーシャを殺そうとしたっていうのか?」

 

と、バルトロ大臣はすぐに否定する。

 

「な、なにをバカなっ!」

「違ったか?殺すか。」

 

バルトロ大臣を抑え、刃物を突き付けていた者は、さらに刃物を近付けた。

 

「ひい……っ!」

「「やめろっ!」」

 

スレイとアリーシャは同時に言った。

そしてアリーシャは、

 

「頼む。やめてくれ。ハイランドに必要な者なのだ。」

「「……不思議な者だ。」」

 

それは誰も聞き取れないほどのレイの呟きだった。

そして、アリーシャの言葉を聞いた彼らは、

 

「ふふ、噂通りね。よく聞け、バルトロ卿。我らは矜恃に反する殺しはしない。」

「侮るな!」

 

と、勢いよく突き付けていたナイフを外し、首に柄を当て、気絶させた。

 

「ひ……」

 

小さな悲鳴を上げ、倒れ込んだバルトロ大臣を死んだと思ったアリーシャは厳しい表情で、

 

「なぜっ⁉」

「大丈夫。殺してないよ。」

 

スレイがそう言うと、バルトロ大臣を抑えていた者が倒れ込んだ彼を蹴った。

 

「がっ!ごほ……ごほ……」

 

バルトロ大臣は咳込む。

その声にアリーシャはひとまず安心する。

 

「変わった暗殺者だね。王宮にまで忍び込むなんてね。」

 

ミクリオが疑問を言っていたが、目を覚ましたバルトロ大臣が、鈴を鳴らしながら叫ぶ。

 

「で、であえっ!曲者だ!」

「やばいぞ、スレイ。」

 

ミクリオが厳しい表情で言う。

そして、暗殺ギルド・風の骨は暗闇の中部屋を出ていく。

 

「お前たちのおかげで、仕事が一手ですんだ。」

「返礼だ。ついて来い。」

 

と、走って行く。

スレイはレイを抱き上げ、

 

「とりあえず、奴らに付いて行こう。」

「そうだな。」

 

スレイはレイを抱いたまま、走っていく。

後ろからは、大臣達が叫んでいた。

 

「こ、腰が抜けた……」

「ああ、天族よ……!どうか我が身をお守りください……!」

「ど、導師に風の骨……!王宮を汚し、我らに恥をかかせた罪は重いぞ⁉」

「許さん……ぞ!こんな異常な力を野放しにするなどハイランドのために断じて許可できんっ!」

 

入り口に出た瞬間、その扉は檻によって塞がれた。

そして、騎士兵に囲まれる。

アリーシャが、

 

「強行突破しか!」

「だめだ!オレの力じゃ殺しちゃう!」

「…あっち…」

 

と、レイが指さすと、横方から風の骨の者の声が響く。

 

「早くしろ!こっちだ!」

 

彼らが走って行く。

それを追い掛ける。

走りながらスレイは、

 

「騒ぎを起こしてごめん!助かったよ、アリーシャ!」

「とんでもない、謝るのは私の方だ……。だが、兵が追ってくる!今は急ごう!」

「ああ!」

 

と、厨房に着き、壁が開く。

 

「あとは自分で切り抜けなよ。」

 

スレイが何かを言う前に、スレイの目の前に風のような何かが阻んだ。

それを見たライラが、

 

「これは!」

 

しかし、騎士兵の声が聞こえて来たので、先を急ぐ。

通路を抜けると、水道遺跡に出た。

アリーシャが驚きの声を上げる。

 

「厨房が、こんな場所に繋がっていたなんて。」

「すごいな。かなり広そうだ……」

「うむ、王宮の地下にこんな空間があるとは……どこに通じているのだろう……?」

 

しばらく歩きながら、スレイとミクリオは話し合う。

レイはスレイから降り、手を繋いで歩いていた。

 

「風の骨は知っていたんだな。この抜け道を。」

「けど、警告のためにここまでやるなんてまともじゃないよ。」

 

と、ある一角に地下牢を見付けた。

 

「秘密の地下牢……ですわね。」

「ああ。かなりの穢れを感じる。」

「どんな人間が閉じ込められたのかな?」

「…人間…の欲…邪魔…者を排…除に…適した…場所…」

「さぞ怨みを残したのでしょうね。王家への怨みを……」

 

レイの言葉にアリーシャが悲しそうな表情になり、背を向けた。

スレイがすぐに、

 

「アリーシャが気に病むことじゃ。」

「私は大丈夫だ。とにかく地上への出口を探そう。」

「開いている檻もありますわ。用心して進みましょう。」

 

用心しながら歩いて行く。

と、アリーシャはスレイに、改めて悲しそうなでいて真剣な表情で、

 

「スレイ……王宮でのことは……」

「ん?」

「なんと言ったらいいか……本当にすまなかった。レイにも何というか…その…すまない。」

「気にしないでよ。」

「……なぜ…謝る…の…かわから…ない。する…必…要は…ある…の?…それ…に…お兄ちゃん…なら…あれく…らいは…簡…単に…切り…抜け…られ…る。」

「けど、あそこまでするなんて。もちろん、私も、スレイなら大丈夫とわかっていたが……。」

 

スレイを見つめて、アリーシャが言う。

スレイは真剣な表情で、

 

「ううん。アリーシャが来てくれなかったら多分バルトロさんたちは殺されてたよ。」

「……愚かだと思うだろう?自分を殺そうとした者を助けるなんて。けど、あれは計算なんだ。彼らがいなくなった混乱は、私でも収拾できない。それで私は……」

「自分のことより、国のことを優先した。」

「…それは…ある意…味できな…いこと。…本当…に国の…こと…を思って…いる…人に…しかで…きな…い…選択。」

「だろ?」

 

と、スレイは最期は笑顔で言った。

 

「いけない。謝りに来たのに愚痴を聞かせてしまった。」

「よいのだ、従士よ。これも導師の重要な役目なのだ。」

「…そう…なの?」

「うむ。そうなのだ。」

「感謝します、導師よ。ふつつかな従士に御命令があれば、なんなりと。」

「あはは。じゃあ、ひとつお願い。」

「ふふ。遠慮なく言ってくれ。」

 

スレイは頬を掻きながら、苦笑いで言う。

 

「あとで兵士の人たちに誤っておいて。『ぶっとばしちゃってごめん』って。」

「お安い御用だ。兵たちも君が手加減してくれたことはよくわかっているはずだよ。」

 

と言うのを、後ろでミクリオとライラは聞いていた。

 

「まったく聞いていられないね。」

「聞いちゃいましたけど。」

「別に聞きたかったわけじゃない。」

「でも、心配なんですよね?」

「……スレイは、なんでも背負いすぎるところがあるからね。レイはレイで、何も言わないからな。それだけだよ。」

 

と、ミクリオはそっぽを向く。

しかし、前でスレイと手を繋いでいたレイが立ち止まる。

スレイも立ち止まり、レイを見下ろす。

 

「レイ?」

「…来た…憑…魔≪ひょうま≫…」

 

その言葉に、全員が戦闘態勢に入る。

レイはスレイの手を放し、後ろに下がる。

角から上が女性で、下がヘビのような憑魔≪ひょうま≫が現れた。

 

「どうやら穢れの源は!」

「この……エキドナのようです!」

「あまりにも深い…恨みを抱いているようだ…」

「スレイ、アリーシャ!敵の動きを見落とすな!」

 

レイの歌が流れ、全体を包む。

そよ風が心地よく流れた。

スレイは神依≪カムイ≫を駆使して、憑魔≪ひょうま≫を倒した。

その後、スレイは何かに気が付いた。

 

「ああ、そうか。」

 

と、「ポン」と手を叩いた。

ミクリオが、スレイに問う。

 

「なに?」

「多分ここ、聖剣の遺跡と繋がってるよ。」

「燭台も建築も同じ様式、か。」

 

ライラは歩きながら、水路に近付く。

 

「言われてみれば、そこはかとなく懐かしい。」

「同じ時代にあったこれだけの水路を別々に運用するはずがないよ。」

「聖剣の遺跡まで行けば、外に出られるな。」

 

そしてスレイは嬉しそうに、

 

「レディレイクは、巨大な地下遺跡の上に建てられた街だったんだな。」

「嬉しそうに笑うんだな。こんな時でも。」

 

そんなスレイに、アリーシャが言う。

 

「変……かな?どんな時でもオレはオレだし。」

「なるほど。その通りだね。」

 

アリーシャはスレイの言葉に驚いた後、嬉しそうに言った。

しかし、

 

「甘やかすなよ、アリーシャ。」

 

ライラと同じく水路を調べていたミクリオが、

 

「スレイは自覚するべきなんだから。自分が変だって。ね、レイ。」

「…ん?」

「そんな変人に付き合う人も、かなり変だと思いますけど?」

 

と、ライラがミクリオを見下ろしながら言う。

ミクリオはライラに、

 

「鏡、見たら?」

 

と言うので、レイもライラに近付き、自分を見下ろした。

そこには聖水の水場で見た時と同じで、自分と同じ赤い瞳、無表情な黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が立っていた。

だが、ライラの方は水に映った自分を、

 

「まぁ、なんて可憐な乙女。」

 

と、喜ぶライラをミクリオが呆れていた。

ライラはしゃがみ、レイの肩を掴み、

 

「ここにも可愛らしいお嬢さんが。」

 

と言う。

そんな光景を見ていたスレイは、

 

「こんな仲間に変って言われたくないよ。」

「ふふっ!あははは!」

 

と、アリーシャは笑い出した。

しばらく笑った後、先へ進む。

 

しばらく進み、出口が見えて来た。

と、出口間近で、レイがスレイの服の裾を引っ張った。

 

「どうした、レイ?」

「もしかして、また憑魔≪ひょうま≫か⁉」

 

と、辺りを警戒するがその気配はない。

スレイがしゃがむ。

 

「…さい…」

「え?」

「…ごめ…んな…さい。私の…せい…でお…兄ちゃ…んと…ミク兄…に…怪我…させ…た。」

「あー…あれはレイのせいじゃない。な、ミクリオ。」

「その通りだ。レイは気にしなくていいよ。」

「それに、レイが化物だというのなら、兄であるオレも、化物だ。」

 

スレイは笑顔でそう言った。

 

「スレイ。すまないがいいか?」

「うん。ちょっと待って。」

 

スレイはアリーシャの元にいった。

レイはスレイを見た後、俯いた。

ミクリオが心配そうに、

 

「どういした。どこか悪いのか?」

 

レイは首を振り、

 

「…わか…らな…い。なぜ…か…ここ…が…あた…たか…い?」

 

と、ミクリオを見上げて、自分の胸の服を掴む。

ライラが優し表情でレイの頭を撫で、

 

「きっと、嬉しいのですわ。」

「嬉…し…い?」

 

と、ミクリオが、レイの前にしゃがむ。

 

「言っておくが、君の兄はスレイだけじゃない。レイが化物だったら、天族である僕も、化物だ。」

「……ん。」

 

レイは、ミクリオに抱き付いた。

 

スレイはアリーシャと少し話した後、アリーシャの視線に気が付いた。

 

「どうした?」

「いや、本当にスレイはいつものスレイだと思ってね。私も見習うよ。」

 

そして、近付いて来たレイ達と共に、外に出た。

外に出ると、明るい日差しが彼らを迎える。

 

「やっと出れた。」

「すっかり日が昇ってる。」

「ん……?」

 

と、スレイは空を見ていたが、ふら付いた。

それに気が付いたミクリオが、

 

「スレイ?」

「あ、ああ。まぶしくて立ち眩んじゃったよ!」

 

と、笑いながら言う。

レイはそんなスレイを見上げた。

 

「はは、私も寝不足でフラフラだ。」

「……?」

 

だが、ミクリオはまだ疑問に持っていた。

 

「そういえば今さらだけど、王宮は大丈夫かな?」

「心配ない。直に兵の配備も解かれると思う。私達もひとまず安心できるはずだよ。さて、屋敷は追手がかかっているはずだ。宿で一休みしよう。湿った服も乾かさないと風を引いてしまう。」

「くしゅん!…ですわね。」

「お兄ちゃん…行こ…」

 

と、レイがスレイの手を握ろうとして倒れた。

 

「レイ⁉」

 

ミクリオが、レイを抱き上げ、

 

「少し熱があるな。」

「スレイの次はレイか。宿屋に急ごう。」

 

急いで宿屋に向かった。

 

宿屋に着き、レイをベッドに寝かせる。

レイの寝息を確かめ、それぞれ一息つく。

ライラが暖炉に火をつけ、

 

「また起こっちゃいましたわね。一騒動。」

「おかげで穢れが払えた。」

「かなり結果論だけどな。」

「「……。」」

 

ライラが静かに問う。

 

「大丈夫ですか。スレイさん、ミクリオさん。」

「…ああ。いや…なぁ、スレイ。」

「何だ、ミクリオ。」

 

ミクリオはレイの横で彼女を見ているスレイを見て言った。

 

「君も気付いているだろ。レイのこと。」

「…うーん、まぁ…。」

「あの時、レイはレイじゃなかった。こんなことは何度かあったけど…あそこまでじゃなかった。それに、もともとレイは起きてる時間の方が多かった。」

「…それが普通なのではないのですか、ミクリオ様。」

 

同じくスレイの横のベッドで落ち着いていたアリーシャが聞く。

 

「…レイは元々寝ている時間の方が多いんだ。でも、旅に出てからそれは減っていた気がする。それにレイはいつもああいう感じだから、さ。」

「…確かにレイは、普通の子とは違うと思います。それこそ、導師となったスレイに近い何かを感じます。でも……」

「スレイさんとは違い、怖い…ですか?」

 

黙って聞いていたライラが、優しくそれでいて厳しく言う。

それはアリーシャだけではなく、スレイとミクリオにも言うかのように。

 

「はい。特に…その瞳が赤く光っている時など……あれもあったのか?」

 

スレイは寝息を立てているレイを見て、

 

「…いや。今までそんなことはなかった。それにあの時のレイは…あの時の…声の人に似ている。」

「それは僕も思っていた。性質が似ているという感じか…。それにレイはあの時、君の事を『導師』と言っていた。何より、服も違った。」

「服が?」

「…白ではなく、黒い服装だった。レイは、もしかしたら人ではないのかもね。」

「じゃあ、天族?でも、レイは最初から見えていただろ?」

「……では、スレイさんとミクリオさんは…人でも天族でもないレイさんをどうしますか?」

「どうもしないさ。な、ミクリオ。」

「ああ。だってレイは僕たちの大事な――」

 

スレイとミクリオは互いに見合って、

 

「「妹だから。」」

「ですね。よかったですわ。」

「本当によかった。これで、ここに思い残すことはない。」

 

ライラとアリーシャが笑顔で言う。

が、アリーシャの言葉を聞き、

 

「そんな最期みたいに。」

 

ミクリオの一言に、アリーシャは厳しい表情で言う。

 

「……最期なのです。私はマーリンドに行きます。」

「……って、疫病の街だろ⁉あんな奴らに従うのか?」

 

ミクリオは立ち上がり、スレイもアリーシャに向き直る。

アリーシャはスレイ達を見て、

 

「大臣たちの思惑はどうあれ、命令は正式なもの。何より――」

 

アリーシャは強い瞳で、

 

「マーリンドが疫病に苦しんでいるのは事実。私はできることをしたいんだ。ハイランドの民のために。」

 

「アリーシャ……」

 

と、アリーシャは俯き、

 

「バルトロたちは笑うだろうけど。」

「わかった。オレも一緒に行く。」

 

と、スレイは立ち上がった。

さらに後ろからは、

 

「…お兄ちゃん…が…行くな…ら…私…も行…く。」

 

レイが目を擦りながら起きた。

しかし、アリーシャはすぐに否定した。

 

「ダメだ、私に関わっては。さっきだって、巻き込んでしまった。」

「でも、どうやってマーリンドへ?橋は流されちゃっている。」

「それは…………なんとかする。」

 

と、悲しそうに言う。

スレイは腰に手を当て、笑顔で言う。

 

「だったら、一緒になんとかしよう。な、レイ。」

「……ん。」

 

そしてライラも、

 

「その方が早くなんとかなりますわ。」

「どのみち橋は必要だしね、僕らにも。」

「みんな……」

 

アリーシャは皆を見渡した。

そして立ち上がり、お礼を言おうとしたアリーシャに、

 

「お礼はいいよ。昨日の料理、すっごく美味しかったし。」

「さぁ、橋の様子を見に行きましょう。」

 

スレイ達は壊れた橋に向かって歩いて行く。

道中スレイは思い出したかのように、

 

「それにしても、すっごい腕前だったよな。」

「あの暗殺者たちか。」

「ああ。憑魔≪ひょうま≫並の力を感じた。」

「だが……普通の人間だったよな?」

「と思う。」

「……」

 

ライラは遠くをみるような目をした。

スレイ達は考え込む。

 

「でも、なんで憑魔≪ひょうま≫じゃないんだろ?」

「それは……」

「…あれ…は…風…の加…護を…受け…てい…る。」

「へ?」「え?」「ん?」

 

レイの言葉に、ライラ以外は疑問の声を上げた。

ライラが手を合わせて、

 

「じ、実はいい人とか…そういうことでは?」

 

それにアリーシャが、

 

「そんな。大陸一の暗殺ギルドなのですよ。」

「アリーシャは詳しいのか?風の骨のこと。」

 

ミクリオが、アリーシャを見て言った。

アリーシャは真剣な表情で、

 

「有名ですから。顔を見た者もいないから、断片情報からの推測なのですが貴族、裏社会の大物、軍人など、百名近くの暗殺に関わっているといわれています。半分都市伝説と思っていましたが……」

「あの腕なら納得だな。」

「でも、実際に憑魔≪ひょうま≫ではありませんでしたわ。」

「なにか事情があると……?」

「それはわかりませんが。」

「…裏…切り…復…讐…」

「それが…事情かな……」

 

スレイは手を繋いで歩いていたレイを一目見た後、考え込む。

ミクリオが呆れたように、

 

「会って確かめたいなんて言うなよ。」

「言わなくても、また会うかもだろ?」

「全力で遠慮したいけどね、僕は。」

 

と、道を進む。

 

橋が見える所まで来ると、

 

「まったく作業が行われていない……?どういうことだ。」

 

アリーシャはスレイと見合い、スレイも頷く。

 

「すまない。」

 

アリーシャは作業員である騎士兵達の方へ走って行く。

ここで、アリーシャとは別行動となった。

橋の近くにスレイ達が行くと、人々は導師の話をしているが、その一方で水の濁流が問題となっていたようだ。

人々の話を聞き、ライラがぽつりと言い出した。

 

「スレイさん、全然導師と思われていませんね。」

「…自…分勝…手な…人ば…かり。」

「そうだな。だが、アテにされて大騒ぎになるよりマシさ。それに、スレイはそんな事よりも別の事が気になってるらしい。」

「……橋の復旧作業ですわね?」

「うん。これ程進んでないなんて思ってなかったよ。」

「まだしばらくはマーリンドは孤立状態か。」

「なんとかしてあげたいな。」

 

スレイとミクリオは悲しそうに言った。

 

「……何も…変わ…ら…ない…」

 

レイは小さく呟いた。

それをライラは辛そうな、それでいて悲しく彼らを見守る。

橋に近付くにつれて、人々の言葉が重くそれでいて軽い。

 

「何だか嫌な感じだな。」

「ですが責めることはできませんわ。」

「うん。誰だって疫病は怖いもんな。」

「…いつ…だって…人は他…人事。…いざ…我が…身に…降り…かか…れば…他者の…せい。」

「…そうですね。でも…」

 

ライラはその後の言葉は言えなかった。

 

スレイ達は川辺に居る一人の老人に近付く。

 

「はぁ……」

 

と、老人はスレイを見ると、

 

「おお!その出で立ち!そなた導師殿では?」

「うん。スレイっていいます。」

「ワシは向こう岸の街マーリンドの代表ネイフトという。スレイ殿、水神様の祟りを鎮めてくれたそうな……本当に感謝しておりますぞ。」

 

と、頭を下げた。

スレイは首を振り、

 

「そんなの気にしないで。」

 

そして老人は沈黙した。

レイは老人を見上げた。

そしてスレイは、老人に問う。

 

「ネイフトさん?何かオレに話があるんじゃないですか?」

「ああ、うむ……導師殿が水神様を鎮めてくれたことにより、いずれここも穏やかな流れになり橋も架けられるじゃろう。じゃがそれでは遅すぎる……なんとか急いで薬を届けたいのじゃ。」

 

レイはスレイを見上げた。

その目はスレイを見据えていた。

 

「そっか、なら……」

 

続きを言おうとするスレイに、ライラが声を掛ける。

 

「スレイさん。」

 

と、ライラは真剣な顔で首を振る。

スレイはそのライラの真剣な顔に、

 

「えーっと。」

 

スレイは困り果てる。

老人は首を振って、

 

「……いや、すまなんだ。導師殿。つい頼る気持ちが出てしまった。橋の崩壊も天族への感謝を忘れた人々への報いのようなもの。それを忘れず、橋の復旧に尽力を尽力するとしよう。」

 

スレイはもう一度、ライラを見る。

ライラは同じく真剣な顔で、首を振る。

 

「ごめん。力になれなくて……」

「気になさるな。そなたは存在自体が希望なのじゃ。むしろ欝々としていた時に現れてくれてよかったわい。」

「オレも何かできることを探してみるよ。ホントゴメン。」

 

老人は頷いて、去って行った。

ミクリオが、老人の背中を見て、

 

「天族への感謝を忘れていない、いい人物だ。」

「うん。なんとか助けてあげたい。ライラ、どうして手伝っちゃダメなんだ?」

「僕も知りたい。スレイと従者であるアリーシャ、レイだけなら僕の力でこの川を渡ることは可能だ。薬を届けるぐらいできるけど?」

「…それでは…意味…がな…いか…ら。…いず…れ…お兄ちゃん…は利用…され…人々…はお…兄ちゃん…を求…める…」

「レイさんの言う通りです。スレイさんが導師の力を駆使して荷を届けてしまうと、他の人も同様にスレイさんに荷を運ぶことを求めるようになりますわ。」

「……僕らは運送屋じゃない、か。」

 

スレイがすぐに、別の案を言う。

 

「じゃあ渡し船の船頭さんを……」

 

ライラは首を振る。

 

「それは、その方に負担を押し付ける結果になるかもしれません。」

 

スレイはさらに考え込み、

 

「……根本的な問題を解決しろって事だね?ライラ。」

 

ライラは首を傾ける。

スレイとミクリオは、互いに考える。

 

「つまり橋の復旧を手伝うって事か。しかも、その後導師の力をアテにされないように。」

「……橋の基礎部分を岩で作り上げる事はできないかな。地の天族に頼んで川底を隆起させて。」

「確かにそれは導師にしか出来ないし、その後の橋の復旧作業は人に委ねられる方法だ。」

「どう?ライラ?」

 

スレイとミクリオは、ライラを見る。

そしてライラは笑顔で言う。

 

「はい♪良いと思いますわ。ここの西にそびえる『霊峰』と呼ばれる山に、地の天族の方がおられたはずですわ。」

 

レイはそんな彼らを見守っていた。

その瞳が一瞬赤く光ったのだが、彼らは気がつかなかった。

 

「アリーシャにも伝えよう。」

 

スレイ達はアリーシャの元へ歩いて行く。

アリーシャを見付け、話し掛ける。

 

「アリーシャ、ちょっといい?」

 

スレイに気が付いたアリーシャは、話し相手に言う。

 

「あとで話の続きをしたい。そのつもりでいてくれ。」

「わかってますよ。」

 

相手はぶっきらぼうに行った。

その様子を見たスレイは、アリーシャと移動しながら、

 

「……どうしたの?」

「ああ……マーリンドのためにもなんとか作業に身を入れて欲しいと、話していたんだが……」

 

アリーシャの表情は暗い。

ミクリオが目の前で、

 

「旗色が悪いということか。」

「諦めるという類のものではありませんので辛抱強く話してみるつもりです。それでスレイ。話があるんだろう?」

「うん。橋の復旧のために霊峰に居るっていう地の天族にお願いして、橋の基礎となる岩場を作ってもらおうかなって。」

 

その言葉を聞いたアリーシャは、スレイに詰め寄り、

 

「そ、そんなことができるのか?」

「はい。可能だと思いますわ。」

 

アリーシャは、スレイから少し離れ、黙り込む。

スレイ達は互いに見合った。

アリーシャは顔を上げ、

 

「スレイ。私は彼らをちゃんと説得したい。すまないがここに残っていいだろうか。」

「うん。こっちは任せて。だから……」

「そっちは頼んだよ。アリーシャ。」

 

スレイは頷き、ミクリオが笑顔で言う。

それにアリーシャも、笑顔で答える。

 

「ああ。任せてくれ。」

「じゃあ行ってくれるよ。霊峰ってところに。」

 

と、いき込んだが、老人に止められた。

 

「お待ちなされ。今、霊峰に行くと言われたか?」

「何かそれに問題が?」

「……霊峰レイフォルクへは近付かぬ方がよいでしょうな。かの山はドラゴン伝説が伝わる場所でしてな。人が立ち入るべきでないと云われておる。」

「え?ドラゴン伝説?天遺見聞録にはそんなこと書いてなかったけど……」

 

スレイとアリーシャはライラを見る。

ライラは首を振る。

次にミクリオを見る。

ミクリオも、首を振る。

スレイとアリーシャは老人を見る。

 

「『八天竜の伝説』……ご存じないかな?」

 

スレイはアリーシャを見る。

 

「世界各地に残る、天族を裏切り、地獄に落ちたという八匹の竜の伝説だな。」

「ふむふむ。」

「その伝説の竜の一匹が、霊峰レイフォルクにいるという噂じゃ。」

「え、でも天遺見聞録にはそんなこと……」

「かの書物が全ての伝承について記しているとは、限らないのではないですかな。」

 

スレイは少しだけ拗ねたが、

 

「忠告ありがとう。でも行かなきゃならないんだ。」

「スレイ……」

「きっと大丈夫。ライラも知らないみたいだしね。」

 

アリーシャと老人に別れを告げ、歩いて行った。

レイはずっと黙って彼らを見ていたが、スレイが歩き出したので、その後を追う。

 

スレイ達は橋からしばらく歩いた所にある霊峰に行く。

霊峰に着くと、辺りは岩崖がそびえている。

 

「……ドラ…ゴン…結…界…風…」

 

レイは霊峰を見上げながら言った。

しかし、スレイ達は聞いてなかった。

スレイが霊峰を見渡し、

 

「近くで見ると、ホントすごい山だな~。」

「まさに霊峰の名をふさわしいな。それにしても……ドラゴンか……」

「ちょっと信じられないよな。なぁー、レイ。」

「……。」

「少なくとも私が以前訪れたときには、その姿は見えませんでしたわ。」

 

ライラは思い出しながら言った。

 

「それって前の導師との旅?」

「いきなりしりとり大会~!では、レイさん!」

「…パス…」

「え⁉えっと、あんぱん!あ、終わってしまいましたわ!」

 

と、手を合わせて明後日の方向を見た。

その姿にミクリオが、

 

「めちゃくちゃだ……」

「はは……例の誓約だね……」

「と、ともかく!仮に本当にドラゴンが居るなら、今の私たちでは全く太刀打ちできませんわ。」

「もし出会ってしまったら逃げろって事か。」

「出会わない事を祈るよ。」

 

と、歩き始める。

進んですぐに、レイがスレイの服の裾を引っ張る。

 

「…憑…魔≪ひょうま≫が…い…る。」

 

スレイ達はすぐに戦闘態勢に入る。

そこに、でかい体にでかいツノ、でかい武器を持った憑魔≪ひょうま≫が現れる。

スレイ達が苦戦しながら戦い始めてた。

レイは辺りを見渡し、とある一角を見てから、歌を歌い出した。

敵の動きが鈍るが、それでも敵憑魔≪ひょうま≫の方が強かった。

と、敵憑魔≪ひょうま≫の武器を振り回し、その風圧でレイが岩壁に叩き付けられた。

 

「レイ⁉」

 

スレイ達はすぐに駆け寄るが、敵の動きが鋭くなり、苦戦した。

そこに、男性の声が響いた。

 

「見てらんねーぜ。ボーヤたち。」

 

その声の方を見ると、銀の長い髪をたらし、しかし毛先が少し緑になっていた天族男性だった。

男性は上半身裸で、薄黒い肌で、肌にはペイントが入っていた。

背中には銀色の銃があった。

そして緑の羽根のついたネックレスをつけていた。

 

レイは体を起こし、スレイ達の近くに行く。

そして、彼を見た。

その瞳は真っ赤に光っていた。

 

男性は怖そうな目付きと顔付で、腰にある銃を取り出した。

そして笑いながら、自分の頭の横に銃を突きつけ撃った。

緑色の閃光が走り、彼は前のりになる。

すると、彼を中心に風が吹き荒れる。

それは緑色の竜巻となす。

 

「このザビーダ兄さんがお手本ってヤツを見せてやるぜぃ。」

 

と、彼は顔を上げ、もの凄い速さで敵憑魔≪ひょうま≫に突っ込んでいく。

彼は敵憑魔≪ひょうま≫を風が切り裂いていった。

そして彼は「ニッ」と笑うと、ゆっくり敵憑魔≪ひょうま≫に近付いた。

そして再び銃を取り出し、弾をそうてんする。

それを敵憑魔≪ひょうま≫に向けた。

 

ライラが珍しく怒りながら声を上げた。

 

「いけません!」

 

しかし彼は弾丸を撃った。

敵憑魔≪ひょうま≫は青い炎を纏って、後ろに倒れた。

その光景をただ見ているだけであったスレイが、

 

「殺……した……?」

 

ミクリオが怒りながら、

 

「貴様!」

「憑魔≪ひょうま≫は地獄へ連れてってやるのが俺の流儀さ。」

 

しかし、当の本人は歩きながら、そう言って敵憑魔≪ひょうま≫の方へ行った。

倒れ込んだ敵憑魔≪ひょうま≫の所には天族が倒れていた。

スレイは悲しそうに、

 

「オレたちの力なら殺さずに鎮められたのに……」

 

彼は一度、その天族の所で座った後、立ち上がり、

 

「んならボーヤたちがちゃーんと勝てば良かったんじゃねぇ?それに、殺す事で救えるヤツも……いるかもよ?な、嬢ちゃん。」

「……」

 

と、スレイ達を見て、そしてレイを見て言った。

ミクリオはなおも怒りながら、

 

「…レイに変な事を教えるな!そもそも、よくも天族が……」

 

しかし彼は笑い出した。

 

「あっはっはっは!お美しい!導師様ご一行はいつの時代も優等生揃いだ、なぁ?」

 

と、今度はライラを見て言った。

ライラは悲しそうに、彼を見た。

 

「オレが導師って知ってたのか?」

「わかるさ。憑魔≪ひょうま≫に挑む物好きなんざ、そうはいないからな。俺はザビーダ。よ・ろ・し・く、導師様。」

 

と、彼はスレイ目掛けてペンデュラムを向けた。

スレイはそれを避ける。

 

「何を!」

 

ミクリオが問いただそうとするが、天族ザビーダはスレイ達を見据え、

 

「あんた達には霊峰はまだ早いなぁ。ドラゴンがあくびしただけで眠っちまいそうだ。永遠にな。そうだろ、嬢ちゃん。」

「……」

 

レイと天族ザビーダは互いに見据え合っていた。

レイの瞳は相変わらず赤く光っていた。

 

「ドラゴン退治が、私たちの目的ではありませんわ。」

 

と、ライラが静かに言う。

 

「そうなん?それもつまらないな。ライバルが居た方が燃えるのに。」

「ザビーダ、ドラゴンと闘うつもりなんだな。」

「そのつもりだったんだが……」

 

一度レイを見た後、

 

「パスするって今決めた。」

 

そしてまたしても、ペンデュラムを投げた。

今度はスレイだけでなく、ミクリオとライラにもだ。

三人はすぐさま避ける。

 

「いい加減にしろ。」

 

ミクリオが睨みながら言う。

 

「ヒュ~♪今度はよく出来ましたってか?」

 

そして、スレイに向けて、ペンデュラムを投げ続け、それを全て避ける。

スレイは、天族・ザビーダを見ながら、

 

「一体何が狙いだ!ザビーダ!」

「ヤツに導師様ご一行っていうご馳走を、みすみすくれてやる気はないってこと!」

 

と、戦闘態勢に入る。

 

「ドラゴンに食われて力の一部になるくらいなら…ここで死んだほうが人様、俺様のためだって!」

 

しばらく交戦を行い、スレイと天族ザビーダは互いに向かい合って、睨み合っていた。

そこにレイが、天族ザビーダの横に来て、赤い瞳が彼を射貫く。

 

「「……いつまでこの茶番をやるつもりだ。私を呼び出した上に、待たせるとは……」」

「い、いや…呼んでないし、待たせてもないって!」

「「…ほーう…」」

 

と、風が吹き荒れ始め、レイの足元の影が揺らぎ始めた。

それと同時であった。

スレイが突っ込んできた。

天族ザビーダは手を上げて、

 

「たんま!悪かった!悪かったって!」

 

スレイは急ブレーキを掛け、天族・ザビーダを睨んだ。

 

「もうこれぐらいにしようぜ?」

「そっちから仕掛けてきたんじゃないか。」

 

と、ミクリオも、武器を構えたまま、睨みつけて言う。

 

「だから悪かったてば。俺は敵じゃないって。」

 

彼は笑いながら言う。

その後、真剣な顔で、

 

「もういいだろ?な?」

「はい。私たちも争うのは無益ですわ。そうですね、レイさん。」

 

と、ライラが言う。

レイは、無表情でそっぽを向く。

その瞳は相変わらず赤く光っていた。

それを聞いた天族ザビーダは、すぐに反応した。

 

「さっすが話がわかる!」

 

天族ザビーダは歩き出し、ライラの横を通り、

 

「俺たちゃ目指してること、そのものは同じなんだし、な?」

 

ライラは睨んでいたが、最後の方の言葉と肩に腕を置かれてからは顔が暗くなった。

 

「知りません。」

「俺は坊やの陪神≪ばいしん≫にはなる気ないけどな?」

 

そして、ライラから離れる。

ライラは怒りながら、

 

「ザビーダさん!」

「わーった!わーったって!もう邪魔しないよ。導師殿。」

「スレイだ。」

「はいはい、導師スレイね。俺もう行くから。ドラゴンからはちゃんと逃げてくれよ。」

「ここにはホントにドラゴンが居るのか?」

「あんたの目は何のために付いてるんだい?スレイ殿。」

 

そしてレイの横に来ると、

 

「そうだ、そうだ!嬢ちゃん、一言だけ言うぜ。この機にどんと楽しみな!」

 

そして去って行った。

 

「「…楽しむ、だと?」」

 

レイは赤く光っていた瞳で、天族ザビーダを見た。

 

彼が去った後、ミクリオはまだ睨んだ顔で、

 

「何なんだあいつは……」

「あいつの力……浄化っていうより、むしろ穢れが食う尽くされたような……」

「…………」

 

ライラは悲しそうに俯いた。

 

「僕はあんなヤツ認めない。殺してまで憑魔≪ひょうま≫を狩る天族なんて。」

「ああ。許せない。」

「「…それは個人の思いに過ぎないがな。」」

「レイ?」

 

レイはスレイ達に近付く。

そのレイの瞳は元の赤に戻る。

 

「行きましょう。今の私たちの目的を果たすために。」

「うん。」

 

しかし、ミクリオがレイを見下ろし、

 

「その前に、レイ。さっき、怪我はしてない?」

「…大…丈夫…だっ…た。」

「ならいいけど…。」

「じゃ、それともう一つ。」

 

スレイは先程死んだ天族の元へ行き、

 

「ちょっと待ってて。今弔うから。」

 

スレイは岩陰の隅に小さな墓を作る。

レイの歌が彼を弔う。

そして小さな墓を見る悲しそうなスレイの姿を見たライラは、

 

「スレイさん……」

「責任を感じているのさ……」

 

スレイは立ち上がり、

 

「レイ、ありがとう。さ、行こう。ミクリオ、レイ、ライラ。」

 

 

中盤に来ると、レイはスレイの手を握ったまま上を見上げていた。

それに気が付いたミクリオが、

 

「どうかしたのか、レイ?」

「……ん。」

 

レイが指さすと、上から誰かが飛び降りて来た。

その者は黒に近い服装で、フードを被り、顔全体を仮面で隠していた。

腕を組んだその者は、スレイを見ていた。

 

「お前は暗殺団の……?オレを狙ってるのか?それとも、レイの方か?何で?」

「……小さい方は違う。貴様が導師であると吹聴しているおかげで、人心がどれほど乱されているか……」

「え、でもオレ、本当に導師……」

「それを証明できるのか?できまい!」

 

と、襲い掛かって来た。

 

「くっ!」

 

すかさずスレイは、戦闘態勢に入った。

スレイは何とかして、倒した。

 

「つ、強い……」

 

そう言って、倒れ込んだ。

スレイは倒れたその者に近づこうとしたが、彼の前にナイフを突き刺さった。

投げられた方向を見上げると、誰もいない。

彼らの前には風を纏ったもう一人の暗殺者が現れた。

その気配に、

 

「……引くべきだ。あれは尋常じゃない。」

「ですね……憑魔≪ひょうま≫でもありませんし。」

「そうしよう。むしろ逃げる機会をくれてるって気がする。」

 

三人は互いに見合って言う。

現れた暗殺者は、倒れた暗殺者を抱えて歩いて行った。

彼らの後姿を見て、

 

「また襲ってくるだろうな……。」

 

 

さらに奥に進むと、とある一角に小さな祠を見付けた。

スレイは少しだけ手を合わせた。

レイもそれを見習う。

 

「行こうか。」

 

と、二人を見て言う。

ライラが不思議そうに、

 

「スレイさん、今回は探検家の虫は騒がないんですの?祠に何か伝承にまつわるモノがあるかもしれませんのに。」

「確かに興味はあるけど、橋の復旧ができなくて困っている人の事を考えるとね。ガマンガマン。遺跡調査はいつでも出来るよ。」

 

と、笑顔で言う。

 

「スレイさん……私、あなたの事、少し誤解してたようですわ。ごめんなさい……スレイさん。」

「謝るようなことじゃない。日頃の行いのせいだしね。そうだろ、レイ。」

「…そう…だね…」

「それも、そうですわね。」

「そこで納得するんだ……。」

 

そして再び歩きながら、ライラは思い出したかのように怒りだした。

 

「まったくあの方ときたら!」

「さっきの奴のこと聞きたいけど……」

「いつもいつも不真面目で!」

「あの不思議な道具のことも聞きたいが……」

「しかも乙女の前でハダカなんて!」

 

と、スレイとミクリオはライラが一人怒る傍ら、静かに話していた。

ミクリオは苦笑いで言う。

 

「今はやめておいた方がよさそうだね。レイもそう思うだろう。」

「……そう…だね…。お兄…ちゃん…は?」

「もちろん、賛成。」

 

と、少し広く高いところで、スレイは言う。

 

「本当に綺麗なところだな。そうだろ、レイ!」

「……ん。でも、ここは……」

「レイさん?…でも、ここはドラゴン伝説のおかげで、人があまり立ち入らないから穢れが少ないのでしょう。」

「祠もあった。ここが天族の住み処に間違いないどろう。」

「もしかしてここのドラゴン伝説はこの祠を守ろうとした人間がデマを流したのかな。」

「うむ……そうだとしてもあまり効果はなかったようだ。あの時、花が添えられていた。人が来ている証拠だ。」

「その祀られてる天族も見当たらないけど……」

「人に祀られている天族が祠から離れてるなんて……ちょっと普通じゃないね。」

「……まさかドラゴンに……?」

「ですが、本当にドラゴンが居るのならこの程度の穢れではすまないと思うのですが……」

「――があるから……」

「ん?」「レイ?」「レイさん?」

「……。」

「…もっと進んでみるしかないね。」

「うん。」

 

 

レイは中腹に近付くに連れて、周りをきょろきょろすることが多くなった。

それに気が付いたミクリオが、

 

「レイ、どうした?」

「……」

 

レイは無言で辺りをきょろきょろ見ているだけだった。

 

「…どうしたんだろ?」

「さぁ?ライラ、わかる?」

「い、いえ。私にもわかりませんわ。」

 

彼らはその理由が解らずにいたが、先を進みことにした。

 

 

中腹まで来ると、空気が一変した。

空気が重く体に、心に、のしかかる。

レイは空を見上げる。

 

「なんだ……これ……」

 

ライラとミクリオは辺りを見渡す。

 

「そんな!これは領域?」

 

スレイは驚く。

 

「領域?こんなに穢れてるのが?」

 

ライラは切羽詰まった声で、

 

「スレイさん、逃げましょう!領域は強い力を持つ者が身にまとうものですの。そこに善悪も穢れも関係ありませんわ。」

「え、けど……」

 

ミクリオも、厳しい表情で、

 

「ジイジがそうだっただろう!この領域の主に僕らの侵入は悟られてるはずだ!」

 

と、レイは空を見ながら呟いた。

 

「…もう…遅…い…。悲し…みと…後…悔に…包ま…れた…者が…来…る…」

 

空から何か大きなものが羽ばたく音が聞こえてくる。

スレイ達も空を見あがる。

遠くから黒い何かが飛んでくる。

それはだんだん近づいてきて、突風がこの場を覆う。

それは吹き飛ばされそうなほどである。

スレイ達はその場で何とか持ちこたえる。

レイだけは平然と立っていたが、それに気づく余裕すらない。

 

「これが……伝説の……破滅の使徒……ドラゴン……!はは……やばいな。」

「こんなの……逃げるのも不可能だ……」

「私のせいですわ……。レイさんはきっと、これに気付いていたんですわ!それなのに、自分の記憶を頼って、ドラゴンなど居るはずないとタカをくくってしまった……」

 

ドラゴンは地に降り、こりらに咆哮を浴びせる。

ドラゴンは四本脚でしっかり岩に乗り、固いうろこに囲まれ、ツノと牙が大きい。

 

「じゃあ、このドラゴンは最近現れたってこと?」

 

そして何かに気が付いたライラは、驚きの声を上げる。

 

「まさか!あなたは……エドナさん⁉ああ……エドナさん……まさかあなたがドラゴンになってしまうなんて。」

 

その後、悲しみに暮れるライラ。

しかし前から、女性の声がした。

 

「そんなわけないでしょ。」

 

その声と共に、ドラゴンは岩の中に閉じ込められた。

そしてその下の岩陰には、傘の橋に人形を付けた傘をさしていた。

その傘で顔を隠した薄着の白とオレンジを基準とした後ろにオレンジのリボンを付けたワンピースの服を着た少女。

少女はこちらに歩いてくる。

ライラは少女を見て、

 

「え、エドナさんが二人?」

 

少女は傘を上げる。

少女の顔は、幼かったが、凛とした水色の瞳を感じた。

髪は金髪で左に結い上げていた。

右手にだけ手袋をし、首にもチョーカーをしていた。

 

「だからなんでそうなるの?」

 

そして、閉じ込めたドラゴンを見上げ、

 

「だめよ、お兄ちゃん。」

「お兄ちゃんって……」

「…もう…理…性も…言葉…も通…じな…い…ただ…の獣…と…なった…」

 

そして天族の少女は悲しそうに俯き、

 

「もうワタシの声も届かないのね……」

 

レイはスレイの服の裾を引っ張る。

 

「…出て…く…る。」

 

それと同時であった。

ドラゴンを閉じ込めていた少女が、スレイ達を見て、

 

「来るわ、全力で逃げて!」

 

それと同時だった。

ドラゴンは岩を壊して出て来た。

そのさなか、ミクリオは確認する。

 

「彼女が探していた天族なの?ライラ。」

「はい。」

 

彼女はこちらに近付いてきて、

 

「話している場合?走って!」

 

ドラゴンを見上げていたレイを、スレイが抱えて走り出す。

それに、ミクリオとライラも続く。

 

必死に走りながら、領域をやっと抜けた。

スレイはレイを降し、彼は膝を付いて、

 

「ハァハァハァ……」

 

と、スレイだけでなく、ミクリオとライラも息を切らす。

 

「お…兄ちゃん…大丈…夫?」

「あ、ああ…」

 

天族の少女は、傘を折りたたみ、地面に傘を突き立てる。

そして、息を切らしているスレイ達に、

 

「まったく。バカなの?」

「へ?」

 

スレイは息を切らしながら、彼女を見上げる。

彼女は彼らに背を向けたまま、

 

「何なの?ドラゴンバスターの勇名が欲しかったの?」

「エドナさぁん!」

 

しかし、ライラの声が響く。

はこちらに振り返る。

それと同時だった。

ライラが彼女に抱き付いた。

 

「ドラゴンになってしまったのかと……ホントに良かったですわ。」

「あなたは相変わらずね。そのマイペースな性格、直した方がいいわ。」

 

彼女はつまらなそうな、面倒な顔で言った。

ライラは彼女を離した所で、ミクリオが彼女に言う。

 

「僕たちは、君を探しに来たんだ。」

「じゃあ、うかつにドラゴンの領域に入ったの?やっぱりバカね。」

「こいつ……」

「ごめんなさい……」

 

ミクリオはその彼女の言葉に、少しイラつきを覚える。

それを、ライラが静かに謝った。

 

「まったく……」

 

彼女は傘を抜き、歩きながら、スレイに近付いた。

そしてスレイを見上げる。

 

「で?」

「え?」

「ワタシに何の用かしら?」

「あ、うん。オレはスレイ。君の力を貸して欲しいんだ。」

「壊れた橋を復旧できるように、橋の基礎を作ってやってほしい。」

 

スレイの言葉に、ミクリオが続けて言った。

 

「無理ね。」

「「「え!」」」

 

しかし彼女は即答だった。

三人は驚く。

彼女は再び傘を開き、クルクル回しながら歩き、

 

「ワタシは人間が嫌い。自分本位で感情的。困った時だけワタシたちに頼ってきて……ホント面倒。あなたもそう思うでしょ?」

 

レイと目が合った彼女は言う。

レイは無言で彼女を見ていただけだった。

そして彼女はさらに歩き、一度立ち止まると、

 

「それに、お兄ちゃんを置いてなんていけないから。」

 

その言葉に、スレイは疑問を持つ。

 

「お兄ちゃん……あのドラゴン?」

「そう。彼はアイゼン……ワタシのたった1人の家族よ。」

「けど……エドナ、だっけ。ここに居るのは危険すぎる。」

「そうだよ。何か考えがあるのかい?」

 

と、スレイとミクリオは彼女に言う。

 

「それはっ!」

 

彼女は振り返り、俯きながら口ごもる。

 

「えっと……」

 

無言になった彼女を見た彼らは、互いに見合った。

そしてやっと口を開く。

 

「鎮める方法を探してたけど、どうにもならなかったわ。」

「オレなら鎮められるかな?」

「知らないの?」

 

スレイの言葉に、彼女はスレイを驚いたように見た。

ライラは悲しく、それでいて厳しい表情で言う。

 

「ドラゴンとして実体化してしまうと、浄化の炎でも鎮められないんですの。」

「それじゃあ、エドナのお兄さんは救えないのか?」

「殺すしかない。まぁ、できればの話ね。……絶対の存在であるあいつでも、何もしてはくれなかったのだから……。」

 

彼女は、俯きながら言う。

そして最後の方はレイの方を見て、小さく悲しそうに、悔しそうに呟いた。

レイはそれに気付き、それを黙って見聞きしていた。

スレイはその言葉を聞いて、厳しい表情で天族ザビーダの言葉を思い出す。

 

――それに、殺す事で救えるヤツも……いるかもよ?

 

「認めたくない……が……」

 

おそらく、ミクリオも同じ事を思い出したのだろう。

スレイは真剣な顔で、彼女に言う。

 

「とにかくエドナ、ここは危険だ。オレたちに協力してくれとは言わない。せめて離れよう。」

「そうした方がいい。」

 

ミクリオもそれに賛同する。

しかし彼女は、

 

「あなた達には関係ないわ。」

「けどエドナさん……」

「放っておいて。」

 

ライラも心配しながら言うが、彼女は譲らない。

 

「…貴女の…兄は…そ…れを…望…んでな…い。貴…女を…傷つけ…たくな…いと…思って…いる。…そし…て…それ…は…貴女…も気…付いてい…る。…それ…で…も貴…女は…ここ…に留…まる…の?」

 

レイは彼女に近付いて、彼女にしか聞こえない声で言った。

しかし彼女は、そっぽを向く。

そして、彼女の足元の地面が盛り上げり、彼女は飛んで行った。

それを目で追いながら見ていたが、見えなくなるとミクリオが、

 

「協力してもらうのは難しそうだ。」

「それは別の方法を考えよう。それより、ここに彼女を置いていけない。」

「そうですわね。」

「しょうがない。追いかけよう。」

 

スレイの言葉に、ライラは頷く。

ミクリオも、それに賛同した。

彼らは歩き出す。

 

 

天族エドナは、天族ザビーダが殺した天族の墓の前に居た。

その天族エドナの背に、スレイは呼びかける。

 

「エドナ!」

「これは?」

 

天族エドナはスレイに問う。

その小さな墓をスレイは悲しそうに見た。

 

「あなたが弔ってあげたの?」

「うん。オレにもそれぐらいは出来るから。」

「そう……」

 

彼女は小さな墓を見つめたまま、呟いた。

スレイはもう一度、真剣な顔で彼女言う。

 

「エドナ。」

 

彼女はスレイに振り返り、

 

「何?いくら危険でもここを離れるつもりはないわよ。」

 

スレイ達から少し離れた所で、彼らと向き合う。

スレイは少し考えて、彼女を見つめ、

 

「……なら、一緒にアイゼンを鎮める方法を探しに行こう。」

「話したでしょう?方法なんてないわ。」

 

断言する彼女に、スレイは問いかける。

 

「……本当にそうなのかな。」

「?」

 

スレイはさっきとは違い、少し嬉しそうな顔で、

 

「天族も導師もドラゴンも……本当にいたからさ。この世界にはまだ明かされていない伝説がいっぱいある。きっと、ドラゴンを鎮める方法もどこかに眠ってるんじゃないかな。」

 

最期は腕を組んで、それを本当に思い描くかのように言う。

レイはそんなスレイを見上げた。

その瞳は赤く光点していた。

そして、スレイのその姿を見たミクリオは、呆れたように言う。

 

「また始まったよ。」

「うっせ。」

 

天族エドナも、半信半疑の表情で、

 

「それを信じろって言うの?」

「うん。無理かな……?」

 

もう一度真剣な顔で、スレイは言う。

その後、苦笑いする。

天族エドナは少し考え、静かに言った。

 

「わかったわ、スレイ。一緒に行く。」

 

その言葉に、スレイは嬉しそうにする。

そしてライラも、手を合わせて嬉しそうに、

 

「エドナさん!」

 

と、言うが、彼女はすぐに彼らに言った。

 

「言っとくけど。」

「何?」

「どうしてもここから連れ出したいのなら、引っ張ってでも連れて行けば良かったのよ。伝説を追いかけるとか、自分を信じてとか、そんなので女の子を誘うなんて時代錯誤。説得力ゼロ。」

 

と、淡々と言って、スレイを見る。

スレイは圧倒され、苦笑いで後ろに少し引き下がる。

 

「そ、そう言われても……」

「スレイには無理だな。レイもそう思うだろ。」

「……ん?」

 

スレイの横に居たミクリオがすぐに言う。

レイの方は、首をかしげる。

そして当のスレイはがっくりと肩を落とす。

天族エドナはライラに近付き、

 

「さぁ、ライラ、陪神≪ばいしん≫契約を。」

「ちょっと待って!そこまでは……」

「誘ったのはそっちじゃないかしら?そうよね、そこのおチビちゃん。」

 

と、レイを見た。

レイは無表情で頷いた。

 

「……でも……」

 

続きを言おうとしたが、天族エドナの傘についている人形と目が合った。

そしてそれ以上レイは何も言わなかった。

スレイはエドナを見て言う。

 

「そうだけど……」

「いずれにせよ、ここを離れるのなら新しい器に移らないと。すぐに穢れに侵されてしまうわ。そこまで考えてなかったのかしら?」

「あ……」

「バカね、ホントに。」

 

と、止めようとするスレイだったのだが、彼女の言う通りなので言い返せない。

 

「さ、ライラ。」

 

そして天族エドナは、ライラの方を見る。

ライラは天族エドナを見下ろし、

 

「本当によろしいのですか?エドナさん、人間はお嫌いなのでしょう?」

「人間は嫌いだけど、この子は嫌いじゃないわ。」

 

天族エドナはスレイを見上げて言った。

 

「ありがとう、エドナ。」

「約束よ。アイゼンを救う方法、きっと探し出して。」

「一緒に、ね。」

 

と、背を向けた彼女に、スレイはその背に優しく言った。

そしてライラは、契約を始めた。

 

「毅然たる顕れに宿り生まれし者よ。今、契りを交わし、我が煌々たる猛り、清浄へ至る輝きの一助とならん。汝、承諾の意思あらば其の名を告げん。」

「『ハクディム=ユーバ≪早咲きのエドナ≫』」

 

そして、スレイの中に入ったが、すぐに出て来た。

 

「ふぅ。」

 

そして、少し距離を置き、傘を前に、何かをし始めた。

そこからは、どこかに隠していたのだろうに持つらしい物の音が「カチャカチャ」聞こえてくる。

 

「これ使って。」

 

と、そこから一つ手に取り、スレイに渡す。

それは鉄鋼のようなものだった。

それを見たライラが、

 

「エドナさん……器となりうる神器を持ってたんですの?」

 

それを聞いたスレイも、複雑そうな顔をした。

そしてスレイの横で、ミクリオが言う。

 

「……やられたね。スレイ。」

「はは……女心は難しい……」

「さ、連れて行って。世界に。」

「うん。よろしく、エドナ!」

 

歩きながら、ミクリオとスレイと手を繋いでいたレイに、エドナは聞く。

 

「ねぇ水のボーヤとそこのおチビちゃん。名前は?」

「僕はミクリオ!ボーヤじゃない。」

「……」

「あちらはレイさんですよ。エドナさん。」

 

無言のレイの代わりに、ライラが言う。

そしてミクリオは怒りながら言った。

 

「聞かない名前ね……。ミクリオボーヤ。」

「好きに読んでくれ……」

「じゃあミボとおチビちゃん。」

「ミクリオと呼んでもらう!いいね!レイもそうだろ!」

「……?」

「ふぅ……しょうがない。」

 

さっき以上に怒りだしたミクリオ。

その光景を見たライラが、

 

「エドナさん……もうカカア天下ですの?」

「そう。」

「ちょっと待ってくれないか……意味がわからない。」

 

ミクリオはさらに怒りだす。

と、これまで黙っていたスレイが大声を上げた。

 

「もう!頭ん中で漫才しないでくれ!」

 

その声に、天族三人は静かになった。

出口に向かって歩き出す。

辺りはもうすっかり夜であった。

と、出口から出た所でレイは立ち止まる。

手を繋いでいたスレイも立ち止まる。

すると、闇夜の木々から黒服に身に纏った仮面をつけた風の骨の一員の一人。

 

「…風の…加護…を持つ…者。」

 

レイは小さく呟く。

そしてその者を見たスレイは、

 

「君は……頭領って呼ばれてた人だな。」

 

スレイはその者に真剣な顔で、訴える。

 

「オレは本当に導師なんだ。信じてもらえないかもだけど。」

「……本物か偽物かなんて関係ない!」

 

と、武器を構える。

そして襲い掛かる。

スレイはレイの手を放し、自分も構える。

 

「…領…域の…中…に入…った…」

「何者かの加護領域を感じます!」

「何だって⁉」

 

ライラはすぐに感じ取った。

そして、戦闘を行っていくうちに相手の力に触れ、ミクリオは驚きを上げる。

 

「こいつ、導師級の霊応力を持っているのか⁉」

「ですが、この人は私たちが見えていませんわ!」

「おしゃべりはここまでね。この子強いわ。」

「わかってる!」

 

ライラも指摘するが、見えていないのは本当のようだった。

そして、エドナが注意を促す。

交戦していたスレイは距離を取り、レイを抱えて逃走する。

しばらく逃げて、

 

「あれ?追ってこない?」

 

後ろを振り返る。

すると、その者は倒れ込んだ。

 

「…限…界…」

 

そしてそれを見たライラが心配そうに、

 

「どうやらあれは輿入れしたのではないようですわ。その証拠にあの人に反動が出てしまっている。」

 

と、強い風が吹き荒れた。

そしてスレイ達の前には、銀髪に近い髪に、黒い帽子を被っていた。

黒いジャケットにズボンで、全体的に黒い服装の男性。

目元は前髪が長くて見えない。

 

その人物を見たライラは思い出したかのように呟く。

 

「あれは……デゼルさん!」

「知っているのか?ライラ。」

 

ミクリオはライラを見て言う。

そしてライラは説明した。

 

「流浪を好み、最強と詠われた傭兵団を気に行って共に旅をしていたと聞いていますが……」

 

しかし彼は、倒れた暗殺者を連れて消えた。

 

「どうして暗殺者に?」

「……その傭兵団に何かあったのかしらね。」

 

エドナの言葉にスレイは、

 

「訳があるんだな。暗殺者と共に居なければならない何かが。」

「それにしても暗殺者と共に居て憑魔≪ひょうま≫になってないなんて。」

「…穢れ…が…な…い…から…」

「レイの言うように、あの暗殺者が穢れを生んでないんだ。」

「まさか……」

 

その言葉にライラが説明した。

 

「純粋で清らかな心をもつ人は穢れを生まない……。」

「…あれは…信じ…てい…る。それに…全…てが…全て…悪い…と…も限ら…ない。」

「え?」

「それに…お兄…ちゃ…んも…あの…人と…同…じ…そして…あの…人は…お兄ちゃ…んと…同じ…だ…から…」

「そうですわよ。あの時の暗殺者はスレイさんと同じなのです。」

 

ライラは少し嬉しそうに言う。

しかしミクリオは、

 

「暗殺者が純粋で清らかだって?そんな事ってあるのか?」

「見た通りよ。」

 

ミクリオの横に居たエドナが肯定する。

そして、複雑そうな表情のスレイを見たミクリオは、

 

「スレイ……」

「本物か偽物かなんて関係ない、か……」

 

そしてスレイは、ライラを見る。

 

「ライラ。これが君の言う導師の宿命なんだね。」

 

ライラが言う前に、エドナがスレイを見上げて言う。

 

「そう。人間はあなたの気持ちなんて考えもしない。」

「……自分…の心…を優…先す…る…身…勝手…な人…間。」

「おチビちゃんの言う通りよ。だから仕方がないのよ。それが人間なんだから。」

 

そしてライラも、悲しそうに言う。

 

「はい……これだけは耐えるしかありません……」

「タフなのが取り柄でよかったな。スレイ。」

「あはは。まったくだ。」

 

と、ミクリオはあえて明るく言った。

そしてスレイも笑って言うのである。

スレイ達は橋を目指して歩き出した。

 

道中、エドナはスレイに聞く。

 

「スレイ、聞いてもいい?」

「ああ。なんでも。」

「あなた、暗殺者に狙われてるのよね。」

「うん。どうもそうみたいだ。」

「恨みを買ったの?なぜか穢れのない暗殺者に。」

「そんな覚えはないんだけど……」

 

エドナは傘をクルクルさせながら、スレイを見上げていた。

当のスレイは、懸命に思い出していた。

 

「覚えもないのに、なぜか天族が憑いた、これまたなぜか穢れのない暗殺者に襲われたわけ?」

 

エドナは真顔で、さらに早口で言った。

スレイは戸惑いながらも、

 

「い、いや。理由はオレが導師だからだと思う。」

「なるほど。導師だから……。傭兵団にいたはずのなぜが憑魔≪ひょうま≫にならない天族が憑いた、これまたなぜか穢れのない暗殺者に狙われていたのね。状況は理解したわ。」

「よ、よかったよ。わかってもらえて。」

 

これまた早口で言ったエドナに、苦笑いでスレイは言った。

そしてエドナは、半眼でスレイを見る。

 

「ようするに、ほとんどわかってないってことね。」

「……だね。」

 

 

橋に着き、橋の復旧作業具合を見る。

が、進んではいなかった。

 

「やっぱり協力してもらえないのかい?」

 

ミクリオは、エドナを見て言う。

エドナはスレイを見上げ、

 

「導師は天族を司り、操るものでしょ?好きにすればいいわ。」

「そんなのイヤだ。道具扱いじゃないか。エドナがイヤなら別の方法を考えるよ。」

「どうしても女の子からやらせてって言わせたいのね。」

「ちょ!」

 

エドナは半眼で、傘を肩にトントンさせながら言った。

スレイは後ずさり、ライラが怒った。

 

「スレイさん!穢れますよ!」

「変なヤツだとわかっていたつもりだったが……レイ、スレイから少し距離を置こうか。」

「……?」

 

ミクリオでさえも、スレイの後ろで言った。

そしてスレイと手を繋いでいない方の手を取る。

と、エドナは呆れたかのように、

 

「何なの?その使い古された反応……もういい。最初から手伝うつもりだったわ。」

「「「はぁ……」」」

 

三人は肩を落として、ため息をついた。

 

「お礼は?」

「ありがとうございますー。」

 

スレイを見上げるエドナに、彼は棒読みのように言った。

橋に近付き、スレイは老人に話し掛けた。

 

「おお、お戻りか。スレイ殿。」

「様子はどんな感じなんですか?」

「橋復旧の目処は、まったく立ちませんわい。」

「ネイフトさん。オレが橋を復旧出来るようにします。」

「復旧出来るように、じゃと?スレイ殿、いったい何を……」

 

だが、スレイはその先を言う事はなかった。

老人は疑問に思いながらも、

 

「ともかく、アリーシャ殿下を読んでこよう。しばし待っていてくだされ。」

 

スレイは頷き、老人は歩いて行った。

スレイが橋に近付く。

しかしライラが、

 

「お待ちください、今すぐやるつもりなんですの?」

「うん。すぐに安心させてあげたいし。」

「ですが……」

 

ライラは辺りを見渡す。

そこには多いくの人が居る。

 

「人智を超えた力を示したあなたを、人間がどう思うのか、わかってるの?」

 

エドナはスレイを見上げて警告するが、

 

「……わかってるつもりだ。」

「……ない。」

「レイ?」

「…わか…って…な…い。…人…間は…孤…独に…は勝…てな…い。」

「おチビちゃんの言う通りよ。それに、化け物扱いされて傷つかない人間はいないと思ってたわ。」

「……」

 

スレイは俯いた。

ミクリオは真剣な顔で、

 

「僕は止めるつもりはないけど。三人が誰のために言ってくれてるのか、よく考えてから決めるんだね。」

「うん……」

 

そしてスレイは考え付いた末、橋造りは後にする。

 

「そう、あとにするのね。」

「うん。もっと深夜になって人が寝静まってからやるよ。」

「そう。」

「それがいいですわ。」

 

ライラとエドナは嬉しそうにする。

そしてスレイは、

 

「ごめん。みんな心配してくれて。オレ、焦ってたのかな……」

「抱え込むのは君の悪い癖だな。」

「うん。気をつける。」

 

そこに、老人がアリーシャを連れて戻って来た。

 

「スレイ、戻ったんだな。」

「アリーシャ。」

「スレイ殿、それで何をなさるつもりか?」

「あ、えーと……」

 

口ごもるスレイを見た後、ミクリオはアリーシャに近付き、

 

「アリーシャ。あまり人目につくのも良くないと話し合って、深夜を待つ事になったんだ。だから……」

 

そう言って、アリーシャの横の老人を見る。

アリーシャもその意味を理解し、

 

「ともかく、もう日も落ちた。すべては明日の事としないか。」

「ふむ。そうですな。」

 

スレイも頷く。

 

「ではスレイ、また明日に。それでネイフト殿、マーリンドの物資運び込みだが……」

「あ、ああ、うむ……」

 

と、歩いて行った。

その背を見ながら、

 

「ありがとう。アリーシャ。」

「では、深夜になるまで待ちましょう。」

 

それぞれ深夜になるまで待った。

その中、レイは空を見上げていた。

風が吹き荒れ、頭の中に声が響く。

 

――なぜ止めた?

 

その声に、レイは返答する。

 

「…わ…から…な…い。」

――無意識と言うやつか?まぁ、いい。お前はどうしたい。

「…知ら…な…い。」

――……意思を持ったかと思ったが、気のせいか。

「……」

――いずれにせよ。お前は、お前のままではいられない。あの導師もまた、選ばなくてはならない。

「……」

――……もうしばらくだけ、時間をやろう。だから答えを見つけろ。

「…………」

 

風は止み、レイは動き出すスレイ達の元へ行った。

 

しばらくして、スレイ達は橋に来た。

レイはスレイの手を放し、ミクリオの手を握る。

そして、岩陰に目線を送った後、スレイを見る。

アリーシャは辺りに誰もいないことを確認する。

そしてスレイと頷き合い、

 

「よし、やろう。」

 

スレイはエドナと神依≪カムイ≫化をする。

いつもと同じで、後ろ髪が伸び、一つに束ねある。

そして白に黄色の装飾品が付き、瞳もオレンジへと変わる。

そしてその横には大きな鉄鋼のようなものが浮かぶ。

荒れ狂う川の波を前に、スレイは拳を一発撃ちこむ。

すると、大きな岩が橋を中心に三つ並ぶ。

霊応力がない者がみれば、スレイがただ地面に拳を振るい、岩を出現させたように見える。

 

「こ、これは!」

 

スレイ達の元に、声が響く。

そこを見ると、老人が歩いて来た。

 

「ネイフトさん……」

「ま、まさかこんなことが……これが導師の力……」

 

アリーシャが、老人に近付き、

 

「ネイフト殿、これは……」

 

しかし老人は、興奮していた。

 

「これでマーリンドは救われる!有り難いことじゃ!」

 

それは恐怖ではなく、紛れもない感謝の言葉。

 

「ありがとう!本当にありがとう!導師スレイ!」

 

そう言って、スレイに近付いた。

スレイは照れたように、

 

「お、お礼なんて良いよ!」

「スレイ殿、このまま出立するつもりですな?人目を忍んでいるのじゃから。」

「うん。このままマーリンドに行くつもり。」

「やはり……ではアリーシャ殿下も共にお行きなされ。」

 

と、アリーシャを見る。

 

「ネイフト殿?」

「アリーシャ殿下……難しい立場じゃろうが、マーリンドでの任務は正念場。いち早く向かい、誠意と能力を示さねばなりますまい。」

「ご存知だったのか……」

「お二人のような方々が先にマーリンドに向かわれるのなら、ワシもまずは一安心。頼みましたぞ。橋の事はお任せくだされ。」

 

老人はスレイとアリーシャを見て言う。

スレイも頷き、

 

「わかりました。」

「すまない。ネイフト殿。感謝する。」

「ワシも見事に橋を復旧させて見せますとも!」

 

そして老人はアリーシャと話し合う。

その光景を見ていた天族組は、

 

「分かってくれる人もいる。」

「ええ。」

 

と、スレイは嬉しそうに、

 

「へへ。やっぱり嬉しいな。」

「感動して泣かないでね。おチビちゃんもそうよね?」

「……」

 

エドナは問いかけるが、レイは答えなかった。

スレイは、アリーシャと話していた老人に、

 

「ネイフトさん、薬をもらえますか?」

「それもお願いしてもよいのかの?」

「うん。」

「ありがたい。よろしく頼みます。」

 

と、スレイに薬を手渡す。

スレイはそれをしまいながら、

 

「それじゃ、ネイフトさん、色々ありがとう。」

「なんの。礼を言うのはこっちのほうじゃ。」

「さぁ、アリーシャ、行こう。」

 

エドナは一度アリーシャを見た後、目を反らす。

 

「本当に私も一緒に川を渡れるのか?」

「うん。レイとアリーシャだけなら。それに、契約もしたからね。」

 

アリーシャはもう一度老人を見て、

 

「ネイフト殿、心遣い感謝する。それでは。」

 

スレイとアリーシャは歩き出す。

レイはミクリオを手を放し、スレイの元へ駆けて行く。

老人は手を振りながら、

 

「スレイ殿!本当にありがとう!アリーシャ殿下、マーリンドを頼みますぞ!」

 

天族組もそれに続いてスレイ達と歩いて行った。

 

「この薬、早く届けてあげないとね。」

「ああ!マーリンドは目の前だ。急ごう!」

 

と、進み続ける。


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