テイルズオブゼスティリアでやってみた   作:609

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toz 第五十八話 気付けぬ想い

ローグレスに向かう一行。

港に着くと、船乗り二人と商人が話していた。

裁判者は空を見上げる。

 

「オヤジ、水と食い物をありったけくれ!」

「バカ野郎、こっちが先だ!三日も漂流しちまって死ぬとこだったんだ。」

「日頃の行いが悪いからだ!ざまあねぇな!」

「なんだと、やんのか⁉」

「やかましい!騒ぐ前に、どっちもツケを払いやがれ!」

 

その雰囲気にライフィセットは一歩引き、

 

「なんかすごい……」

「船乗りには短気なのが多いだけよ。怖がらなくていいわ。」

 

ベルベットがライフィセットを見下ろす。

と、横の方でも、

 

「おい、どういうことだよ⁉」

「どうしたの?」

 

ベルベット達が騒いでいたアイフリード海賊団の船員に近付く。

船の団員はベルベット達を見て、

 

「船止め≪ボラード≫を上乗せしてきやがったんだ。」

「ほう……いい度胸だな。」

 

アイゼンが船止め≪ボラード≫の男性を睨む。

男性は腕を組み、

 

「そりゃあ、あなたの方の船止め≪ボラード≫を受ける男ですから。だが、一級手配の海賊団だけでなく、“特級手配犯”まで匿うとは承知していない。追加分には別料金を請求すりのが筋でしょう?」

「……たしかにそうだな。ベンウィック、言い値で払ってやれ。」

 

アイゼンが船の団員を見る。

団員は怒りながら、

 

「へーい!副長も船長も、やっかいな奴に甘いんだから。」

「さすがアイゼン副長。今後ともごひいきに。」

 

と、船止め≪ボラード≫男性は歩いて行く。

ベルベットがアイゼンを見て、

 

「……迷惑をかけたようね。」

「想定のうちだ。気にするな。短気じゃない船乗りもいるということだ。」

「覚えておくわ。」

 

アイゼンとベルベットは歩いて行く。

マギルゥが空を見上げている裁判者を見て、

 

「ここにはもう一人、第一級指名手配犯がおるがの―。」

「お前は黙っとけ。」

 

ロクロウがマギルゥに呆れたように言う。

その当人は視線を空から人々に向ける。

そして歩き出すからについて行く。

赤いスカーフをつけた男性がそっとアイゼンに近付き、

 

「ボスが呼んでる。」

「わかった。」

 

そう言って、サッと離れていく。

アイゼンがベルベットを見て、

 

「ベルベット、血翅蝶のボスが呼んでる。」

「わかったわ。」

 

と、頷く。

そしてマギルゥが一緒に来ていた裁判者を見て、

 

「お主も一緒に行くのかえ?」

「お前達の行先に、私も用があるのでな。」

「“血翅蝶”にかえ?」

「ああ。」

 

裁判者とマギルゥの言葉を聞いていたエレノアが眉を寄せ、

 

「“血翅蝶”……王国の陰で暗躍するという闇組織。でも、噂ばかりで聖寮も実体を捉えきれていない。あなたたちは、そんな集団ともつながっていたのですね。」

「狭くて暗い、裏世界。声は聞こえど影法師、顔は見えぬど紙一重……というところじゃ。」

 

マギルゥは人差し指を立てる。

エレノアはジッとマギルゥを見て、

 

「以前ギデオン司祭を襲ったのも、彼らの手引きですか?」

「ああ、血翅蝶が大司祭の始末を持ちかけてきたんだ。」

 

ロクロウがエレノアを見る。

ベルベットは横目でエレノアを見て、

 

「アルトリウスの居場所の情報と交換で受けたのよ。」

「情報……?それだけのために暗殺をしようとしたのですか!」

「ええ。世界を統べる導師の情報よ。悪い取り引きじゃないわ。」

 

ベルベットはエレノアを見据える。

アイゼンも横目でエレノアを見て、

 

「互いの利害が一致すれば手を組む。それだけのことだ。」

「……裏の人間らしい考え方ですね。」

 

エレノアは彼らを睨む。

ライフィセットがエレノアを見上げ、

 

「でも、血翅蝶は、大司祭のせいで街の人に被害がでているのを知ってたんだよ。それで……」

「確かに赤聖水の件は……教会も非があります。」

 

エレノアは視線を落とす。

裁判者は顎に指を当てて、

 

「なんだ、またあれを作ったのか……。」

「知っとるのかえ?」

 

マギルゥが意外そうに見る。

裁判者は変わらず、顎に指を当てて、

 

「少しな。私も昔飲んだことがあるからな。実験で。」

「実験?」

 

エレノアが裁判者をじっと見る。

裁判者は思い出すように、

 

「ああ。昔は色々と関わりを持っていたからな。そんな中、私を殺そうと毒殺、闇討ち、斬首、罠と色々と仕掛けてきていた中に、それがあった。どれも、一度は殺せたが二度目は出来なかったな。殺る者も戦意を失って、自らの命を絶った者さえいたな。」

「……ちなみに、一番確実にお主がこたえたのはなんじゃ?」

 

マギルゥはジッと裁判者を見た。

裁判者は首を傾げ、

 

「……心臓や首、頭と言った所か?修復に少しばかり時間がかかり過ぎる。腕や足、内臓といったものは、その気になれば―――」

「……すまぬ。もう止めにしようぞ。空気が重すぎじゃ。」

 

マギルゥが半眼で言う。

エレノアが話題を変えるように、

 

「そ、それにしても、血翅蝶は、噂以上の情報網をもっているようですね……」

 

そしてエレノアは考え込む。

ロクロウも苦笑して、

 

「御座の結界のことも知ってたしなぁ。」

「ベルベットのハトマネのことものう。」

 

と、マギルゥは笑みを浮かべてベルベットを見る。

ベルベットはマギルゥを睨み、

 

「ちょ……しつこいわよ!」

「ハトマネ?なんのことです?」

「ぼ、僕は……知らない。」

 

エレノアの視線を、ライフィセットは頬を赤くして反らす。

そして急ぎ足で、歩いて行った。

ベルベットがエレノアを睨み、

 

「王都の検問近くにハトがいたの。それだけよ。」

「はぁ……?」

 

エレノアは半眼で、彼女を見る。

マギルゥは面白そうに、

 

「そうそう♪あれは黒くて胸の大きなハトじゃったポッポ~♪」

 

と、睨みつけるベルベットからマギルゥは笑いながら去って行く。

 

王都ローグレスに入り、人だかりを見つけ近付いてみる。

 

「なに、この人だかりは?」

「“マジルーゥ一座”の公演があったんだ。いやぁ、噂通りサイコーの踊りが見れたよ。」

 

ベルベットの問いに、男性が嬉しそうに言った。

エレノアが目を見開き、

 

「え、あのマジルゥちゃんが!」

「マギルゥとな⁉いつの間にか儂のブームがきておったのか!」

 

と、クルッと回るマギルゥ。

そのマギルゥに、子供が呆れたように、

 

「は?マギルゥじゃなくてマジルゥだよ。」

「大人気の踊り子、ルルゥちゃんのことですよ。『マジ最高なルルゥちゃん』略して“マジルゥ”。」

 

と、肩を落としているマギルゥに、エレノアは自慢げに、嬉しそうに言う。

そして街人達も嬉しそうに、ワイワイしていた。

それを見たベルベットは呆れたように、

 

「ふぅん、のんきなものね。」

「こらー!もっと悔しがらんかー!紛らわしい名で、儂ら“マギルゥ奇術団”の名声が利用されておるんじゃぞ!」

 

と、マギルゥが指を指して怒りだす。

ベルベットはそんなマギルゥを面倒くさそうに、

 

「名声って……なんの活動もしてないでしょ。」

「これからやろうと思ってたんじゃ~!悪の商法ワシワシ詐欺じゃよ~。」

 

マギルゥが腰を振りながら、シレっと言う。

そこに女性の声が響く。

 

「聞き捨てならないわね。」

「あっ!マジルゥちゃん。」

 

エレノアが口に手を当てて、驚く。

マジルゥの目の前では、彼女は街人達に歓声の声を浴びる。

エレノアが彼女を見て、

 

「マジルゥちゃんの師匠は、天才の名声を欲しいままにした舞踏家バルタ。でも、バルタは怪我で舞台に立てなくなってしまった。彼女は、師匠の夢を受け継いで頑張ってるんですよ。」

「ふん……お主がマジルゥか?」

 

そして近付いて来た彼女を、マギルゥが腕を組んで見据える。

彼女はジッとマギルゥを見て、

 

「ええ。私と先生は、みんなに感動を届けるため、真剣に舞台をやっているの。インチキみたいに言われるのは許せないわ。」

「許せんのならどうする?どっちの芸が客を沸かせるか、勝負してみるかえ?」

「いいわ、望むところよ。」

 

と、意気込むところに、

 

「くだらん争いをするな、ルルゥ。」

「バルタ先生、でも……!」

 

彼女は歩いて来た老人を見る。

彼は彼女を見て、

 

「未熟者が。怒りを吐き出す暇があったら、その感情を心で咬み砕き、五体に流し込め。己を表現するのは舞台の上だけでいい。」

「は、はい!先生!」

「ぐっ……!」

 

と、男性は右腹を抑える。

彼女は近付き、

 

「先生、また怪我の後遺症が……!」

「かまわん、どうせもう踊れぬ体だ。そんなことより、お前こそ不調はないな?」

「は、はい!」

「よし。なら、帰って練習だ。」

 

そして二人は去っていく。

それを見つめるマギルゥ。

それを裁判者が横目で見据える。

ライフィセットが去っていく二人を見て、

 

「厳しいな……」

「そうですね。けどバルタは、孤児だったマジルゥちゃんの才能を見抜いて、自分のすべてを伝えるために養女にしたんだそうです。あの厳しさは、期待の裏返しなんですよ。」

 

エレノアは解説をした。

ロクロウがエレノアを見て、

 

「さっきからやけに詳しいな?」

「……ファンなんです。個人的に。」

 

と、照れるエレノア。

マギルゥは目を細めて、

 

「同じ夢を追う師弟か……それはそれは御立派な話じゃのう。」

 

そのマギルゥを横目で見ていた裁判者は、

 

「期待去れるだけ期待され、いざ無能としれば簡単に切り捨てる事もできる師弟もあるからな。その弟子も必死に足掻いたのに、得たものは絶望と悲しみだったな。」

「……さてな、儂にはわからぬ話よ。」

 

と、マギルゥは一回転し、

 

「そ~ゆ~わけで!我らマギルゥ奇術団の公演を開くぞよ。演目は“漫才”じゃ!」

 

と、笑みを浮かべるマギルゥ。

エレノアは驚き、

 

「ちょ、話が見えないんですけど⁉」

「さっきマジルゥと勝負するといったじゃろ?じゃのに、お主らときたら曲芸のひとつもできんし。」

「ご、ごめん……」

 

マギルゥが呆れる中、ライフィセットが肩を落として謝る。

が、エレノアは眉を寄せ、

 

「仕方ないでしょう。素人なんですから。」

「かー!少しは申し訳なさそうに言えぃ!本来なら火の輪くぐりでも強制したいところじゃが、穏当に漫才でなんとかしてやろうというのじゃ。漫才なら、儂が場を回して面白くできる!せいぜい美味く弄ってやるから感謝せい。」

「でもでも、マジルゥちゃんと同じ舞台に立つなんて恐れ多い……」

「お、さらりとやる気出したのー。」

 

と、マギルゥが笑みを浮かべる。

ベルベットが呆れながら、

 

「あたしは嫌よ。なんでそんな無駄なことを。」

「無駄じゃないわい。公演が成功すれば、大金が手に入るぞよ。しかも今はチャンスじゃ!マジルゥ一座と間違えて見にくる奴が多いはず。」

 

と、悪い笑みを浮かべるマギルゥ。

ロクロウが呆れながら、

 

「あっちの名声を利用する気満々だな。」

「それじゃ!そういうリアクションを儂が転がせば、どっかんどっかんウケまくりじゃよ~♪」

「よくわからんが、そうか!」

 

納得するロクロウに、ベルベットが半眼で、

 

「どっかんどっかん自爆の間違いでしょ。」

「おお、ベルベット……お主はツッコミでもいけそうじゃな!」

「は⁉変な感心しないで!」

 

睨むベルベットに、アイゼンが真顔で、

 

「バカらしいが、金があって困ることはないな。」

「アイゼンまで……」

「決まりじゃな!あちこちの街におる興行師に話しかければ、儂のコネで公演を開けるはずじゃ。とりあえず全員とコンビを組んで、お主らのお笑いポテンシャルを見極めてやるぞよ。」

 

と、再び悪い笑みを浮かべるマギルゥ。

ライフィセットが驚きながら、

 

「全員⁉」

「俺もやるのか……?」

 

アイゼンが眉を寄せる。

マギルゥは笑みを浮かべ、

 

「無論、そこで他人事のようにしておる裁判者は曲芸じゃぞ。」

「……は?」

「お主とは真面な会話は出来ぬからな。じゃったら、芸しかなかろう。」

「何故、私が――」

「儂の顔に免じて頼むぞー。儂ら全員でマギルゥ奇術団なんじゃから。」

 

と、ルンルンで歩いて行くマギルゥ。

場の雰囲気が微妙になる。

ライフィセットが不安そうに、

 

「ど、どうなっちゃうんだろう……?」

 

しばらく歩いていると、一人の女性が笑いながら、

 

「“マジルゥ”って名前を聞くと、なんとなく“マギラニカ”のことを連想しちゃうのよね。」

「マギラニカ……?」

 

それに、ベルベットが質問した。

マギルゥが視線を外し、

 

「ああ、怪しげな見世物一座にいた目に見えない“式神”と話せる少女じゃろ。」

 

女性は笑みを浮かべ、

 

「そうそう。触れずに物を動かしたり、預言で捜し物を見つけ出したりできた不思議な子。“小さな魔女”って、一時期話題になったのよ。時々、変わったもう一人の少女も居たらしいけどね。あの子は神出鬼没だって、有名で。」

「おかげで、そやつを囲っておった一座は、そうとう儲けたらしいのー。」

「ええ。けど、悪どくやりすぎて、王国の異端審問にひっかかったのよね。マギラニカは酷い拷問をうけたとか。」

「じゃった、じゃった。結構有名な話じゃよなー。」

 

と、マギルゥは目を細める。

裁判者は彼らに背を向ける。

ベルベットが首を傾げ、

 

「聞いたことないけど……」

「それはそうでしょうね。あたしが若い娘時分の話だもの。」

「マギルゥ……あんたって、いくつなの?」

 

ベルベットがマギルゥを見る。

マギルゥは頬に人差し指を当て、

 

「ええ~♥いくつに見える?」

「……今のリアクションで、同世代じゃないのはよくわかったわ……。」

 

ベルベットが半眼で彼女を見る。

女性と離れ、一行は酒場近くにやって来た。

ベルベットがエレノアを見て、

 

「エレノア、あんたは外で待ってて。対魔士が一緒にいることは“血翅蝶”のボスも知ってる。でも――」

「……わかりました。聖寮に顔を見られたくない客もいるでしょう。」

 

エレノアは一人、噴水のある方へ歩いて行く。

そしてベルベットはライフィセットを見て、

 

「ライフィセット、あんたはエレノアについてなさい。」

「うん。」

「すぐに戻るから。」

 

ライフィセットは頷き、エレノアの元に駆けて行く。

 

酒屋に入ると、

 

「いらっしゃ~い♪」

 

と、笑顔で出迎える少年。

その少年を見て、

 

「……むむ?どこかで見た事のある顔じゃの。」

 

マギルゥがジッと見つめる。

アイゼンが眉を寄せて少年を睨みつける。

その少年は長い紫色の髪を赤いスカーフで、下で束ねた髪を揺らしながら、

 

「えー、そう?それは不思議だな~♪」

 

そして赤い瞳がマギルゥを見る。

ベルベットがハッとして、

 

「裁判者!」

 

声を上げた。

マギルゥとロクロウも、納得したように後ろに振り返る。

当の本人は彼らを見て、

 

「なんだ。」

「ホントだ!こりゃあ、驚きだ。」

「ん?と、言うことわじゃ……お主は審判者かえ?」

 

ロクロウがまじまじと少年と裁判者を見比べる。

マギルゥが少年を見据えると、

 

「さぁてね。ここでは一般の少年だよ。」

 

と、口に人差し指を当てる。

が、真剣な表情になり、

 

「で、君はどうしてそういう結果に?」

 

裁判者は割れた仮面を見せる。

少年≪審判者≫は口笛を吹き、

 

「ヒュー。一体誰が?」

 

裁判者は横目でベルベットを見る。

少年≪審判者≫は目を細めて、

 

「へぇ……成程ね。」

「お前の方はちゃんとできたみたいだな。」

 

と、裁判者は隅に居るフードを被った人物と鷹を見る。

少年≪審判者≫は笑みを浮かべ、

 

「まあね。あれは俺の仕事≪願い≫の担当だからね。さて、ボスに用事だろ?」

 

と、クルッと回り、カウンターに近付いて行く。

老婆がベルベット達を見て、

 

「わざわざ来てくれてありがとう。久しぶりね。ピーチパイ、食べる?」

「要件は?」

「ふっ……もう少し心に遊びを残しておきなさい。張りつめた弓の弦は切れやすいわよ。」

「要件。」

「はぁ……。この人を王都から連れ出して欲しいの。」

 

そう言った老婆の先にはフードを被った男性と鷹が居る。

ベルベットは腕を組み、

 

「……キナくさい依頼ね。目的地は?」

「お上の手が届かないところまで。」

「そんな場所があったら、こっちが知りたいわ。」

 

ベルベットが眉を寄せる。

ロクロウが苦笑して、

 

「……俺たちもそんな場所が必要なんだが、なかなかうまい話はなくてな。」

「そういえば……ここしばらく聖寮本部と監獄島タイタニアの連絡が途絶えてるって噂よ。」

「監獄島……!」

 

ベルベットがハッとする。

アイゼンが腕を組み、

 

「監獄島は聖寮が管理してる施設。それが連絡もつかないほどの状況になったというのか?」

「囚人の脱獄。おまけに穢れが満ちる場所だからね。」

 

と、少年≪審判者≫が目を細める。

ベルベットは顎に指を当てて、

 

「灯台下暗し……監獄島は使えるかもしれない。」

「アジトにか。確かにあそこなら喰魔が喰べる穢れも多そうだ。」

「しかも、逃げ出した囚人が好き好んで戻るとは、お行儀のいい聖寮は考えんじゃろーしなぁ。」

 

ロクロウとマギルゥが納得する。

ベルベットも頷き、

 

「少なくとも状況を確かめる価値はある。」

「……お役に立てたかしらね?」

「ええ。でも、もうひとつ。聖寮が業魔≪ごうま≫を匿っているって情報はない?」

 

ベルベットの言葉に、老婆は少年≪審判者≫を見る。

少年≪審判者≫は笑みを浮かべ、

 

「離宮の業魔≪ごうま≫はすでにいないよ。」

「ええ。別の場所に移ったようね。」

「どこへ?」

 

ベルベットが眉を寄せる。

 

「今言えるようなことはないけれど、近いうちに必ず。」

 

老婆がジッとベルベットを見る。

ベルベットは頷き、

 

「……わかった。こいつを逃がす報酬は、業魔≪ごうま≫の情報よ。」

「承知したわ。」

 

そして老婆はアイゼンを見て、

 

「アイゼン副長、メルキオルとやりあった件は聞いたわ。情報をつかめなくてごめんなさい。」

「あれは完敗じゃったなー。裁判者も怖かったし。」

 

と、マギルゥが体を揺らす。

アイゼンは老婆を見て、

 

「いい。もう済んだことだ。」

「アイフリードのこと、あきらめるの?」

 

ベルベットがアイゼンに振り返る。

アイゼンはベルベットを見据え、

 

「いいや。アイフリード海賊団は聖寮の計画を潰しに動く。俺たちがでかい被害を与えれば、聖寮はアイフリードに人質の価値を見いだすはずだ。罠を仕掛けてきた時を狙って、あいつを奪い返す。」

「攻撃で活路を開こうってわけか。」

「さすがだな。」

 

ベルベットとロクロウは彼を見つめる。

アイゼンは視線を外し、

 

「アイフリードなら、この策をとる。それだけのことだ。」

「だが、それだけの被害を出せれるかは、わからないがな。それに出したところで、アイフリードを助けられるかどうかも、別の話だ。」

 

裁判者がアイゼンを見据えると、彼は裁判者を睨みつける。

そして一行はフードを被った男性と鳥を連れて、酒屋を出ようとする。

少年≪審判者≫は目を細めて、ベルベット達に、

 

「そうそう、俺も少しだけ情報を上げるよ。君たちの探す業魔≪ごうま≫。なかでも、離宮の業魔≪ごうま≫は気付きそうで気付けない場所さ。」

「あんた、何か知ってるの。」

 

ベルベットが少年≪審判者≫を見る。

裁判者はその少年≪審判者≫を睨む。

少年≪審判者≫は手を上げて、

 

「と、これ以上はその子に怒られるから、パスね。じゃ、頑張って足掻きなよ。心ある者達♪」

 

そして酒屋を出た一行はエレノアとライフィセットの元へ行く。

二人にフードを被った男性と鳥の事を淡々と説明し、船に戻る。

船の団員にフードを被った男性と鳥を預けると、マギルゥが商人男性に話し掛けていた。

 

「飛び入りでお笑い公演をやらせてくれんかのー。相方は駆け出しのドーシローじゃが、儂のバーターで割り込みシクヨロじゃ。」

「マギちゃんの頼みじゃNGれないけど、ギャラは取っ払い、アゴアシ込みのデーヒャクってことで。」

「ブイシーじゃのー。」

「しか大トリがケツカッチンなのに、前説がトチッてマキ入ってるんで。」

「ドイヒーじゃが、デーソレ、ケーオーじゃ。」

 

と、、マギルゥが話し込む。

ベルベットが半眼で、

 

「なに言ってるか全然わかんない……」

「では、いくぞよ、ベルベット。お主がツッコミじゃ。」

「あ、あたし⁉」

「儂がボケ倒すから、お主はいつも通りクールぶってつっこめばよい。時々、会場の男どもを、エサの欲しがる豚を見下す目で見てやれば、さらにポイントゲットじゃ♪」

「ちょっと待って。意味がわからないし、心の準備が……」

「もう遅い!すでに幕は上がっておる!」

 

と、ベルベットの背を押しながら連れて行く。

裁判者は彼らに背を向けて、船に戻る。

と、船の下で騒ぎ声が聞こえてきた。

 

「だから高いって!足元見すぎだろ⁉」

「これ以下をお望みなら、どこかの慈善家を捜していただきた方がよろしいかと……」

 

そこにベルベット達が戻って来た。

そして揉めていた彼らに近付いて来る。

裁判者は空を見上げ、目を細める。

 

そこに何をかを覆うかのように、力が広がった。

そう領域だ。

それが争っていた二人をいや、人々を覆う。

すると、二人は静かになり、瞳が虚ろになる。

それは二人だけでなく近くに居た他の者達もだ。

 

裁判者はベルベット達の前に降り立つ。

エレノアは裁判者を見て、

 

「これはどうなっているのです⁉」

「とうとう始めた、と言うところか……」

「何をです⁉」

「今は言えないな。」

 

裁判者がそう言うと、ベルベットは舌打ちし、

 

「しっかりしなさい、ベンウィック!」

「あ……れ……?俺、補給の交渉してて――」

 

と、交渉していた男性を見ると、

 

「……物資は適価で……いえ、自由にお持ちください。」

 

ベルベット達は眉を寄せる。

裁判者は顎に指を当てて、その人間を見据える。

 

「人間は、営利行為などではなく、私心なく公益に奉仕することでの自己実現を達成すべきであり……」

「は?本当にいいのかよ?」

「あ……いや……私はなにを……?」

 

そう言って、困惑しながら辺りを見渡す。

他の人間達も同じように、困惑しながら辺りを見る。

ライフィセットが北の方へ振り返り、空を見上がる。

マギルゥがライフィセットを見据え、

 

「坊も、今のを感じたかえ?」

「うん……もう消えたけど、北の方から強い波みたいな力がきた。」

 

ライフィセットは頷き、マギルゥを見る。

アイゼンが睨むように空を見た後、

 

「聖隷がもつ力の支配圏――“領域”だ。」

「ここの北って……」

 

エレノアも北の方を見上げる。

ベルベットが眉を寄せ、

 

「聖主の御座からか。」

「カノヌシとアルトリウスが何かをやったってことか?」

「……わからない。」

 

ロクロウの言葉に、ベルベットは考え込む。

マギルゥは裁判者を見据え、

 

「で、お主は何なら言えるのじゃ?」

「……そうだな……これは私も見過ごせない結果ではあるな。」

 

と、北の方を睨むように見据える。

アイゼンがそれを見て、

 

「嫌な予感がする。急いでここを離れた方がよさそうだな。」

 

そう言って、彼らは船に上がっていく。

裁判者は甲板に上がり、フードを被った男性に近付く。

 

「鎮静化……か。」

「お前は見届けろ。それが、今のお前にできる事だ。」

 

甲板に立って、空を見上げて呟いた彼に、裁判者は横目で見てそう言った。

 

しばらくして、マギルゥが甲板の隅で、

 

「あーもう!ベルベットのヤツ!何が恥ずかしいじゃ⁉あのような恰好をしてるくせにぃ~!おかげで二度と来るなと言われたわい!」

 

と、マギルゥは甲板の上で、ジタバタ暴れていた。

裁判者はそれを見下ろし、

 

「何をそんなに怒っている。」

「ぶー!儂のやる気をベルベットに撃ち砕かれたのじゃー。」

「……で?」

「次はこうはならぬぞー!」

 

と、さらに暴れまくる。

そして立ち上がり、

 

「ぐふふ。覚えておれよ~!」

 

走り去って行った。

裁判者は空を見上げ、

 

「騒がしい奴だ。」

 

裁判者が空を見上げていると、ロクロウがフードを被った男性に腕を組んで、

 

「さあて、無事に出航したことことだし、そろそろ顔ぐらい見せたらどうだ?」

 

裁判者は目を細めて、彼らの間に降り立つ。

だが、フードを被った男性は裁判者に首を振り、

 

「……大丈夫だ。失礼した。」

「いいのか?」

「ああ。構わないさ。」

 

そう言って、彼はフードを取る。

その顔を見たエレノアが、

 

「やはり、パーシバル殿下……!」

「パーシバル・イル・ミッド・アスガード。ミッドガンド王国の第一王子とはな。」

 

アイゼンが彼を見据える。

ベルベットも目を細めて、

 

「……次の国王か。」

「彼女以外に、私の正体に気付いていたとは……」

 

と、王子はエレノアを見る。

エレノアは姿勢を正し、

 

「お召し物から、王家の方々のみが使うことを許された香木の香りがしましたから。」

「お主はいつから気付いておったのじゃ?」

 

マギルゥが笑みを浮かべて裁判者を見る。

裁判者は左手を腰に当て、

 

「最初から。こうなる事は知っていたからな。」

「むむ……なんともズルイの~。」

 

マギルゥは口を尖らせる。

エレノアが王子を見て、

 

「なぜこのようなことを?」

「話さなければ、連れて行ってもらえないかな?対魔士が裏社会の者といる理由も知りたいのだが……」

「そ、それは……」

 

エレノアは顔を伏せる。

ベルベットは腰に手を当てて、

 

「理由なんてどうでもいいわ。こっちも、こっちの都合を利用させてもらうだけよ。」

「好きにしてくれていい。もう私は戻れないのだから……」

 

そう言って、王子は離れていく。

マギルゥはニッと笑い、

 

「なかなかの食わせモノじゃな、あの王子サマは。」

「パーシバル殿下は、穏やかで公正無私。智と徳を併せもったと評判の御方です。あの方がいれば、次代のミッドガンドも安泰だと皆が――」

 

嬉しそうに話すエレノアに、ベルベットが目を細めて、

 

「とぼけてたけど、あの香りは、最初からこっちに気づかせるためにつけてたのよ。自分の地位を明らかにして、利用価値があると知らせるためにね。」

「……私は乗せられたのですね。」

 

エレノアは眉を寄せる。

ロクロウが顎に指を当てて、

 

「監獄島への誘導も罠か?」

「その可能性は捨てないでおくべきだな。」

 

アイゼンが目を細めた。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「いざとなれば、王子を人質にする。」

「その王子の命を狙っている者が相手なら、楯にはならんがのー。」

「ま、気を抜くなってことだな。」

 

マギルゥはそっぽ向きながら、そしてロクロウは苦笑して言う。

ライフィセットが悲しそうに眉を寄せ、

 

「王子様……もう戻れないって言ってた。」

「戻れない……?」

 

エレノアも考え込む。

 

しばらくして、ライフィセットが甲板で空を見上げていた裁判者に、

 

「そういえば、裁判者さんはあまり感情を表にださないよね。」

「……私には感情といえるものがないからな。」

「ないの?じゃあ、思い出とか、大切な人とかは?」

「……思い出、大切な人か……深く考えた事はないな。」

 

と、顎に指を当てて、考える。

ライフィセットはジッと裁判者を見つめる。

裁判者はライフィセットを見て、

 

「……では、ライフィセット。お前にある話をしてやろう。」

「話?」

「ああ。ある化け物の話だ。」

 

裁判者がそう言うと、ベルベット達も耳を傾ける。

そこに王子が歩いて来て、

 

「何の話をしてるんだい?」

「王子様。えっと、裁判者さんがある化け物の話をしてくれるんだって。」

 

ライフィセットが王子を見る。

王子は少し考え込んだ後、

 

「私も聞いてもいいかな?」

「勝手にしろ。」

 

裁判者は彼を横目で見る。

王子は笑みを浮かべ、

 

「では、そうさせて貰おう。」

 

と、そこに座る。

ライフィセットも王子の横で座り込む。

そこに小さな業魔≪喰魔≫の少女もやって来て、

 

「なにやってるの?」

「裁判者さんがお話を聞かせてくれるんだって。」

「モアナも聞いていい?」

「……勝手にしろ。」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女も、その場に座る。

そして裁判者は空を見上げて、

 

「……遥か昔、ある二体の化け物がいた。二体の化け物は互いに生きづいた時から共に過ごし、暮らしていた。ある時、二体の化け物は暮らしていた場所から外へと踏み出した。二体の化け物は、始めて見るものが多かった。だから関わって知る事にした。だが、ある化け物は関わっていくうちに、理解していった。彼らは変わらぬ生き物だと。そして関わっても意味がないと言うことに。しかし、もう一体の化け物は関わる事をやめなかった。ある時、関わりを断とうとした化け物が、関わりを続ける化け物に会いに行った。そして二体の化け物は、罠にはめられた。そしてありとあらゆる方法で、生と死を繰り返し、実験され、そして自身もまた実験をしていた。それがどれくらい続いたかわからなくなった時、化け物はとうとうその者達を斬り倒し、喰らい始めた。そして化け物は自らの姿を変え、その力を暴走させ、再び実験を行った。」

「実験?暴走した化け物さんはどうなちゃったの?」

 

ライフィセットが不安そうに裁判者を見る。

裁判者は視線を彼らに向け、

 

「ああ。己の化け物としての力は、どこまで化け物なのか。その化け物は世界を破滅寸前まで暴れた後、己の力を封じた。そして関わりを断った。二体の化け物は外と中で、世界の行く末を見る事にした。それからどれくらいたったかわからないが、関わりを断っていた化け物はある人間の子供に会った。その人間の子供は家族から嫌われ、見るからにボロボロだった。化け物は何を想ったのか、人間の子供に近付いた。」

「その子が心配だったのかな?」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女は首を傾げる。

裁判者は顎に指を当てて、

 

「いや、あれはただ……人間の子供は化け物≪自分≫をどう見るか、と言うのを知るのに丁度良かったのだろうな。聞けば、その人間の子供は『自分は化け物』だと言った。その理由は、人間の子供は他者には視えぬものが見え、他者には聞こえぬものの声が聞こえた。そして化け物はその人間の子供に言った。『本当の化け物は自分のような者を言う』そう言って、化け物は力を見せた。だが、その人間の子供は恐れるどころか、瞳を輝かせ、その化け物に懐いた。そんな事は初めてだった化け物は、しばらくその人間の子供を観察する事にした。だが、化け物はある程度、人間の子供が成長したのを見て側を離れた。そしてある程度期間を置いて、再び人間の子供を見に行った。その人間の子供は家族に売られ、前よりかはマシな格好になっていたが、その心はそれとは真逆だった。その人間の子供は昔と変わらぬ化け物を見て、恐れるどころか、嬉しそうに近寄って来た。そして化け物に縋って来た。だから化け物はちょくちょく様子を見に行くようになった。だが、本当の意味で人間の子供が化け物に対し、怖れを抱き始めた頃、化け物は人間の子供に会わなくなった。」

「それっきり、会わなくなったのかい?」

 

王子がジッと裁判者を見る。

裁判者は目を細めて、

 

「……偶然会った。人間の子供には師ができていた。その師の為に、自らを磨き上げ、足掻いていた。だが、その人間の子供は師が思うほどの人間には成長できず、捨てられた。人間の子供の声≪願い≫が化け物に届き、化け物は人間の子供の前に現れた。そして人間の子供を連れ、その場を後にした。その後化け物は、人間の子供を人間ではない者に預け、関わりを止めた。」

「もう、その化け物さんはその子の事が嫌いで、会わなくなったの?」

「なんだかモアナ、悲しい……」

 

と、ライフィセットと小さな業魔≪喰魔≫の少女は悲しそうに裁判者を見上がる。

裁判者は空を見上げて、

 

「と、言っても関わりは続いているかもしれんがな。ま、この話を信じる信じないはお前達次第だ。」

 

そう言って、裁判者は歩いて行く。

 

しばらくして、マギルゥが裁判者の側にやって来る。

 

「いやはや、なんとも興味深い話であったのー。」

「だろうな。」

「で?真意は?」

「さてな。私には興味のない事だ。」

 

裁判者は空を見上げたまま言った。

マギルゥは裁判者に背を向け、

 

「そうか……」

 

そう言って歩いて行った。

しばらくして、裁判者はマギルゥを見る。

彼女は相変わらず、ふざけまくっていた。


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