船に乗り、ロクロウが腕を組んで、
「外見が違う喰魔を探すとなると、やっぱり地脈点を潰していくしかなさそうだな。」
「そうね。グリモワール、さっきの話を詳しく聞かせて。」
ベルベットが頷き、グリモワールを見る。
グリモワールはベルベットを見上げ、
「穢れの件?禁忌だって言ったでしょ……」
「人の感情――業が“穢れ”という毒を生んで、人間を業魔≪ごうま≫に変えていることはわかった。穢れの発生を防ぐ方法はないの?」
「……人が人である限り、なにわ。言った通り、穢れは感情から生まれるものだから……」
「あんたたちは、なんらかの対応をしてるはずよ。聖隷だって、心も感情もあるんだから。」
「聖隷は穢れを生むことはないのよ。人と違ってね……」
「ああ。聖隷も感情を持つが、聖隷は理性の方が強い。そして同じ過ちを犯さぬよう、場をわきまえている。だから聖隷は穢れを生まない。生むのは常に人だ。」
グリモワールは肩を上げる。
そして裁判者も、遠くを見るように彼女に言う。
だが、ベルベットは眉を寄せ、
「うそね。あたしは聖隷が業魔≪ごうま≫化するのを見た。」
「それは、外部の膨大な穢れにさらされたからよ。」
グリモワールも言葉にベルベットが困惑する。
考え込むベルベットに、裁判者は目を細めて、
「付け加えるのなら、聖隷は穢れの影響をもろに受け取る。それは感じやすいと言っても良い。言ったろ、穢れは人と人、聖隷と聖隷、人と聖隷と干渉し合う。」
「……そうね。聖隷にとって穢れは、まさに毒。だから聖隷は、清浄な存在を『器』にして、穢れから身を守る必要がある。もっとも、それも完全な対策じゃないけどね……」
グリモワールが目を細める。
ベルベットは顔を上げ、
「……『器』が穢れたら、聖隷も業魔≪ごうま≫化する。」
「御名答。」
「つまり、エレノアが穢れたらライフィセットも……アイゼンが言ってた『器が壊れたら』って、『穢れたら』って意味だったのか。」
「その通りよ。小さな心のほころびが、大きな志を砕くことはよくある……ピュアピュアな対魔士のお嬢さんを、あまりいじめちゃダメよ。」
「“ライフィセット”を護りたいのならな。」
グリモワールはジッとベルベットを見る。
裁判者も、ベルベットを横目で見て言った。
「……忠告として聞いておくわ。」
ベルベットは二人から離れていく。
裁判者は空を見上げ、
「本当に、お前達≪心ある者達≫は複雑だな。」
「貴女が単純なだけよ。」
裁判者は横目でグリモワールを見据える。
グリモワールは古文書を開き、読みながら、
「でも、だからこそ思うわ。貴女たちは、まだ成長していないのではないか、と……」
「よくわからないな。」
「……でしょうね。」
裁判者は再び空に視線を戻す。
しばらくしてグリモワールは古文書について、ベルベット達を呼びつける。
「かぞえ歌の二段目……覚えてる?」
「四つの聖主に裂かれても、御稜威に通じる人あらば、不磨の喰魔は生えかわる。緋色の月の満ちるを望み。」
ライフィセットがグリモワールを見て言う。
彼女は頷き、
「そう。それについて話しとかなきゃと思って、集まってもらったわけ……」
「『選ばれし者によってカノヌシと喰魔が甦る』って、解釈したわね。」
ベルベットが思い出すように言う。
グリモワールは顎に指を当てて、
「どうにも『生え変わる』が引っ掛かるのよね……で、考え方を変えてみた……カノヌシに選ばれた誰かが喰魔をつくるのではなく、カノヌシが喰魔になる誰かを選ぶ……としたら?」
「…………?」
エレノアが腕を組み、顎に指を当てて考え込む。
グリモワールは目を細めて、
「『御稜威に通じる人あらば、不磨の喰魔は生えかわる』……ここはどう読める?」
「……カノヌシの力に適合した人間が喰魔に生まれ変わる。」
「モアナ……!」
ベルベットの言葉に、エレノアは手を握りしめる。
ロクロウは腕を組み、
「聖寮は人間を喰魔につくり変える方法を得て、実践してるってわけか。」
「そんな……」
エレノアは目を見開く。
ベルベットは目を細めて、
「驚くこと?『個よりも全』――それがアルトリウスのやり方でしょ?」
「しかも『生え変わる』ではなく、あえて『生えかわる』と書かれている……。『生え変わる』と『生え替わる』の二つの意味が込められていると読み解けるのよ……」
グリモワールは頬をに手を当てて、本を見つめる。
ベルベットは腕を組み、顎に指を当てて、
「……喰魔は生まれ替わる。それなら『不磨』……不滅という意味が通じる。」
「どうやら、全よりも“子”を優先して、モアナを殺さなくて正解じゃったようじゃの。」
マギルゥが目を細めて、笑みを浮かべる。
ベルベットはジッと全体を見て、
「……“殺さない”じゃない。カノヌシの覚醒を阻止するためには――喰魔は“殺せない”。」
「ええっと……」
考え込むライフィセット。
その彼に、アイゼンが横目で彼を見て、
「殺したら、別の適合者が喰魔に生まれ替わるということだろう。」
「けど、穢れを喰らう口は七つ――喰魔の数は決まっているらしい。」
ベルベットが目を細める。
ライフィセットがハッとして、
「殺さなければ、次は生まれない。」
「そうだ。つまり俺たちは、七体の喰魔を地脈点から引きはがした上で、聖寮に奪還も殺害もされないよう、守らねばならん。」
アイゼンが睨むように、目を細める。
マギルゥが手を広げて、
「難易度高すぎじゃろー。」
「僕の虫も守らないと。」
ライフィセットはムシの喰魔を抱きしめる。
ロクロウはライフィセットの頭を撫で、
「ああ。ますます大事に扱えよ。」
「うん、ますます。」
ライフィセットが頷く。
ロクロウは腕を組み、
「しかし、こうなってくるとアジトが欲しいな。アイゼン、秘密基地とかないのか?」
「男のロマンだが……ない。」
アイゼンはジッとロクロウを見た。
ベルベットは考え込み、
「人知れない場所で、かつ安定した“食事”を供給できる“穢れ”に満ちた場所。」
「人気がないのに、穢れに満ちた場所か。難儀なトンチ問題じゃのー。」
マギルゥは笑いながら言う。
エレノアも考え込み、
「聖寮が管理するこの大陸に、そんな都合のいい場所なんて……」
「こうしてる間にもカノヌシは覚醒し続けてる。アジトを探しながら、残りの喰魔を集めるしかないわ。まずはローグレスよ。」
と、彼らは動き出す。
それを裁判者はそれを見た後、空を見上げ、
「さて、どう世界は変わるかな。」
「まるで、解っているようで解ってないのね。」
グリモワールが裁判者を見据える。
裁判者は横目で彼女を見て、
「ああ。すべては選択次第だ。それによって私の見ている未来は変わる。」
「……だから今回の件の原因も、全て知ってる。私たちのこの回答を聞いて、あなたは何を想うのかしら?」
「何も。だが、いい実験にはなっている。」
そう言って、裁判者は船の一番高い場所へと向かう。