テイルズオブゼスティリアでやってみた   作:609

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toz 第五十六話 真実のひとつ

船に戻ると、

 

「副長、無事だったんですね!」

「心配かけたな。」

「船長の件は……」

「やはり偽物だった。だが、アイフリードはまだ生きている。」

「あったりまえですよ!」

 

アイゼンの言葉に、船の仲間たちは腕を上げる。

アイゼンはそれを見て、小さく笑う。

だが、マギルゥが船に乗りながら、

 

「残された時間は多くはないがの。」

「どういうことだよ?」

「焦るな。事情は後で話す。」

 

アイゼンは船の仲間に言う。

その後ろからライフィセットが、

 

「アイゼンも……あ……焦らないでね。」

 

アイゼンは後ろに振り返り、ライフィセットを見る。

アイゼンは小さく笑う。

そして船の仲間を見て、

 

「全員サレトーマの花は飲んだな。」

「もちろん!」

「くたばった奴は、いねえだろうな。」

「みんな生きてますよ。」

「副長の呪いに比べたら、壊賊病なんてチョロいもんさ!」

「よし、就航準備に取り掛かれ。」

「とっくに終わってますぜ!」

「いつでも出られるっての!」

「ふっ……」

 

船の仲間達は腕を上げて、アイゼンに言う。

アイゼンは小さく笑い、船に乗る。

ベルベットがそれを見て、

 

「海賊の流儀、か。」

「悪くはないのー。」

 

と、マギルゥも笑う。

そして各々船に乗り込む。

裁判者は後ろに振り返り、

 

「……さて、ここは大分マシだが……どうなるかな。」

 

裁判者も船に乗る。

 

裁判者は船の一番高い場所で、景色を見ていた。

と、その先に港が見えてくる。

裁判者は目を細めて、

 

『そういえばここは、アメノチの領域か……』

 

しばらくしてから、眉を寄せて下に降りた。

 

港に着き、船から降りる。

 

「なにあれ……!」

 

ライフィセットが先の方にいる魚のようなペンギンを見る。

裁判者はピックっと眉が動く。

それに気付かず、エレノアがライフィセットを見て、

 

「あれはペンギョンといって、この地方特有の魚鳥類よ。」

「ペンギョン。」

「お肉がプリプリで、トマトシチューに入れると美味しいです。」

「へぇ、どんな味なの?」

 

と、ライフィセットは首を傾げる。

ベルベットはペンギョンを見つめ、

 

「あれを食べるなんて……野蛮ね。」

 

そしてエレノアを見た。

エレノアは怒りながらベルベットを見て、

 

「あんたに言われたくありません。」

 

そして俯き、瞳を揺らして、

 

「母の得意料理だったんです……」

「世間話はそのくらいにしておけ。」

 

後ろからアイゼンが歩いてくる。

そしてマギルゥを見て、

 

「マギルゥ、例のグリモワールというのはどんな奴だ?」

「端的に表すのであれば……」

 

マギルゥは思い出すように、頭に指を当てる。

そして全員を見て、

 

「ふぅ……はぁ……あっそ。」

 

と、瞳を揺らし、首を小さく動かす。

それが終わると、腕を組み、ニット笑って、

 

「こんな感じじゃ。」

「全然わからん。」

 

ロクロウが呆れ顔になる。

マギルゥは手を広げて、肩を上げる。

 

「やれやれ……想像力の乏しいお主らにあわせて言うと、グリモ姐さんは“アンニュイな有閑マダムの黄昏”……的な空気をまとったオトナの女じゃ。な、裁判者。」

「……あぁ?ああ、そうだな。」

「珍しいのぁ、お主の表情が変わっておるぞ。」

 

と、少し眉を寄せて機嫌の悪い裁判者に、マギルゥは笑う。

裁判者は背を向ける。

ライフィセットは首を傾げ、

 

「ベルベットやエレノア、裁判者さんとは違う感じの女の人ってこと……かな?」

 

と、後ろに振り返り、アイゼンとロクロウを見る。

ロクロウは笑い出す。

 

「ははは、違いない。要するにオトナの女を捜せばいいんだな。」

 

アイゼンは視線を外す。

と言うより、呆れてるようにも思いえる。

ライフィセットはロクロウを見て、頷く。

 

「うん。捜すのは、オトナの女の人。」

 

しかし、ベルベットとエレノアは男性陣を睨んでいた。

アイゼンはそれを受け流し、

 

「名前がわかってるんだ。聞き込みで捜しだせるだろう。」

「そういうことじゃのー♪」

 

マギルゥは面白そうに言う。

そんなマギルゥをライフィセットは見上げ、見つめる。

マギルゥはニッと笑ったまま、

 

「なんじゃ、坊?」

「マギルゥも大人の女の人でしょ。なのに、自分の気持ちを素直に出せないの?」

 

ライフィセットはジッとマギルゥを見つめる。

裁判者は横目で彼女を見る。

マギルゥは不思議そうにライフィセットを見ると、ニット笑って、

 

「自分の気持ちか……生憎、とうの昔に砕け散ってしまったのじゃよ。バリーン!グシャーン!っての~♪」

 

と、彼女は視線を外し、そして頭で腕を組んで背を向ける。

ライフィセットは首を傾げ、

 

「気持ちが砕けた……?」

「さ、街の連中に聞き込みよ。」

 

と、ベルベットがさっさと歩いて行った。

そして他の者達も歩き出す。

裁判者は一番後ろを歩いていたマギルゥに近付き、

 

「マギ……マギルゥ。」

「なんじゃ?」

 

マギルゥはクルッと回って裁判者を見る。

裁判者は立ち止まり、顎に指を当てて、しばらく考え込む。

マギルゥも立ち止まり、裁判者を見つめる。

そして影がマギルゥに近付き、彼女の帽子を取る。

 

「むむ?なんじゃ?」

 

裁判者は影から帽子を取り、マギルゥに近付くと、

 

「いや、なに……なんでだろうな、マギラニカ。」

 

と、彼女の頭を数回撫でた後、帽子をかぶせて歩いて行く。

マギルゥは目をパチクリし、帽子を深くかぶって、

 

「ホント、気まぐれにも程があるぞ。」

 

そして自分も歩き出す。

 

 

街に入り、情報を集めるが、

 

「グリモ姐さんの手がかりは、さっぱりだな。」

「あんたが受け取った手紙って、いつの話?」

 

と、ロクロウは辺りを見渡しながら、ベルベットは若干怒りながらマギルゥを見て言う。

マギルゥは腕を組み、思い出すように言う。

 

「さて、去年じゃったか、十年前じゃったか……」

「ふざけ続けるのならサメのエサにするぞ。」

 

アイゼンが睨みながら言う。

マギルゥはくるりと回り、アイゼンを腕を握りしめながら見つめる。

 

「後生じゃ……せめてクラーケンのおやつにしておくれ。」

 

そして腰を振る。

アイゼンが呆れる。

後ろでベルベットは眉をピクピクさせて、

 

「なんなら、あたしが喰らって――」

 

だが、遠目である二人の姉弟対魔士を見て、

 

「あいつは!」

 

と、裁判者以外が物陰に隠れる。

裁判者は目を細めて、彼らを見ていると、

 

「あんたも隠れなさい!」

 

ベルベットに腕を引かれて、物陰に引き込まれた。

そこに、彼らの会話が聞こえてくる。

 

「引き継ぎは、すべて済ませておきました。着任と同時に、あなたの指揮で皆が動けるように。」

「助かります。でも、姉上の手際と比べられて、僕の至らなさが皆に知られてしまいそうだ。」

「バカなことを。あなたには特別な力と素質がある。パラミデスへの派遣も、アルトリウス様の期待があればこそです。臆せず、いつものあなたでいればよいのです。自分の力を信じて。」

「はい。しっかり努めます、姉上。」

「もう行かないと。」

「道中お気をつけて。」

 

女対魔士は頷き、歩き出す。

と、途中で振り返り、

 

「そうそう……ハリアの業魔≪ごうま≫には注意してください。思いのほか手強く、手負いの者も出ています。」

「心得ました。」

 

裁判者は家の側においてある木箱に座り、

 

『……確かに、ここのアレを維持するには十分な霊応力、か……』

 

姉弟対魔士はそれからも少し話して、その場を離れて行った。

ロクロウがベルベットを見る。

 

「ハリアの業魔≪ごうま≫……。派手に暴れている業魔≪ごうま≫がいるみたいだな。」

「事実なら、利用できるかも。」

 

ベルベットも頷いて、ロクロウを見る。

 

「それにしても、奇遇じゃのー。儂らがここに来たタイミングでオスカー参上とは。」

 

マギルゥがベルベット達の居る民家に近付き、そしてエレノアを見る。

エレノアは眉を寄せて、

 

「……私を疑うのはわかります。でも、証拠があるのですか?それとも、後ろの裁判者が言ったのですか?」

「なぜ私がいちいち、お前の事を言わねばならない。」

 

裁判者は木箱から降り、腰に手を当てていう。

ベルベットは眉を寄せて、裁判者を睨んだ後、

 

「証拠はない。でも対魔士のあんたは聖寮の“理”と繋がってる。」

 

エレノアを見て言う。

マギルゥは面白そうに笑い、

 

「儂らには仲間の繋がりがないがの~。」

「……エレノアは、告げ口なんてしてないよ。」

 

ライフィセットがエレノアの前に立つ。

マギルゥはライフィセットを見据え、

 

「どうかのー?お風呂に入る時も監視しとるのか。」

 

そして視線を外した。

 

「「「えっ⁉」」」

 

エレノア、ライフィセット、ベルベットが驚きの声を上げる。

ライフィセットは少し顔を赤くして、

 

「お風呂の時は……僕、外にいるからわからない……けど。」

「その間に聖寮とコソコソ話をするくらいはできるというわけじゃろ。」

 

と、ニッと笑うマギルゥ。

裁判者はつまらなそうにそれを見ていた。

ベルベットがエレノアに詰め寄り、

 

「死ぬまで従う約束だったわね?」

「……その通りです。」

 

二人は睨み合う。

ロクロウとアイゼンがそんな二人に近付き、

 

「お前たちが潰し合っても聖寮が喜ぶだけだぞ。」

「やっかいな業魔≪ごうま≫と裏切り者が一度に片づく。」

「もめてる間に、グリモ姐さんが暴れている業魔≪ごうま≫に襲われるかも……」

 

と、ライフィセットも二人を見上げる。

ベルベットはそれを見た後、

 

「確かに。もう少し街の人に話を聞くのが先決ね。」

 

ベルベットは歩き出す。

裁判者も歩き出す。

 

ライフィセットがエレノアを見て、

 

「テレサとオスカーって、仲のいい姉弟なんだね。」

「訓練生時代から二人を知ってますが、ケンカをしているのは一度も見たことがありません。」

 

エレノアは自慢げに言う。

ライフィセットが、今度はベルベットを見上げ、

 

「ベルベットは、弟とケンカしなかった?」

「……そうね。叱ったりすると弟がスネて、口をきかなかったりしたけど、それも可愛かった。」

 

ベルベットは思い出すように言う。

ライフィセットは首を傾げる。

 

「可愛い……?」

「意地を張っても、背伸びして大人びたことを言っても、気づくとあたしの後をついて来てて……」

「まるで子犬じゃのー。」

 

マギルゥが笑みを浮かべる。

裁判者はそんなマギルゥを見て、

 

「どこかの誰かと誰か、みたいだな。」

「むむ?」

 

マギルゥは眉を寄せて、裁判者を見る。

ベルベットはそれには気付かず、

 

「犬のほうが、よっぽど言うことを聞いてくれるわ。でも、やっぱり放っておけなくて。弟って、不思議な生き物なのよ。」

 

ベルベットは優しい顔になる。

ライフィセットは考え込んで、

 

「……ロクロウも、可愛いのかな?」

「えっ⁉自分を斬り殺そうとしてる弟なんて、可愛いわけないでしょ?」

 

ベルベットが眉を寄せる。

裁判者はライフィセットを見て、

 

「どうしてそう思う。」

「え?だって、シグレは楽しそうだったから。」

 

ライフィセットが笑顔でそう言う。

ベルベットが呆れたように、

 

「あんた、時々、理解の外へ飛んでいくわね。」

「ええっ、そうかな……」

 

ライフィセットは方を膨らませる。

裁判者はライフィセットを見て、

 

「私は意外と“見ている”と、思うがな。自分の“兄弟姉妹≪きょうだい≫”を、どう想うかは人それぞれだからな。」

「……そういう裁判者さんは、審判者さんと姉弟?それとも兄妹?」

 

ライフィセットは裁判者を見上げる。

裁判者は視線を外し、

 

「……さぁな。だが、お前達のところで言う、姉弟兄妹≪きょうだい≫でもあるのだろうな。」

「わからないの?」

「ああ。なにせ、世界に生≪息≫きづいた時には隣に居たし、親もいなければ、それ以外の存在は“アレ”以外にいないからな……」

 

と、どこか機嫌が悪くなる。

それをいち早く感じ取ったマギルゥが、

 

「お主、兄弟姉妹は?」

 

一人笑っていたエレノアに話を振る。

エレノアは表情を引き締め、

 

「ひとりっこです。」

「ならば、ちょうど良いではないか。この際、坊を弟にすれば良かろうて?」

「えっ?」

 

マギルゥの言葉に、ライフィセットが嬉しそうに振り返る。

エレノアは微笑み、

 

「それは極端な話ですが、ライフィセットと話していて、弟がいたらこんな感じかなと思うことはありますよ。」

「僕がエレノアの弟……」

 

と、嬉しそうに見ていると、

 

「ライフィセット、そんな戯言本気にしないで。聖隷を道具として扱う対魔士が、あんたを弟みたいに思うはずがないでしょ?」

「……あ、うん。」

「道具扱いの件に関しては、既に考え方を改めています。だからこそ、弟を感じるのです。本当ですよ。」

「……う、うん。」

「信じちゃだめよ、こんなうわべの言葉。」

「自分の言うことを押し付けているあなたの方が、よほど道具扱いしているように思えますけど?」

 

と、ベルベットとエレノアは睨み合う。

その間にマギルゥが割って入り、

 

「おーおー、“弟”を巡って二人の“姉”の対決じゃ。坊のお好みはフィッチ・ウィッチ・フィッチ?」

 

エレノアとベルベットを指差しながらライフィセットを見る。

ライフィセットは眉を寄せて、

 

「……お兄さんがいいよ。」

 

と、歩いて行く先に、人形屋を見つけた。

ライフィセットがそこに駆けて行き、

 

「この人形、ビエンフーに似てる。」

「坊や、気に入ったのかい?これは、聖主アメノチ様の人形だよ。」

 

店主が自信満々に言う。

エレノアは人形を見つめ、

 

「聖主アメノチ様……これが?」

「ああ、まちがいない、俺はアメノチ様を見たんだ。威厳たっぷりで、たいそうお怒りのようだったよ。」

 

店主は腕を組み、頷く。

裁判者は人形を見て、横目でマギルゥを見る。

 

「あれは威厳があるのか。」

「知らぬ。儂は少なくとも、感じんがな~。」

 

マギルゥは笑った。

前の方では店主との会話が続いている。

ベルベットが店主を見て、

 

「見た?怒ってたってなんで?」

「聖寮は、サウスガンド領で盛んだったアメノチ信仰を禁止したんだよ。それでアメノチ様はヘソを曲げちまったんだろうな。話しかけてみたんだが、何を言っても『ふぅ……はぁ……あっそ。』しか言わないんだ。」

「それって!」

 

店主の言葉に、ライフィセットがマギルゥを見る。

マギルゥは手を合わせて、

 

「みやげ屋よ、そのやる気のないカミサマはこの人形の姿をしておったのだじゃな?」

「ああ、ほぼほぼな。」

「おお、なんという奇遇じゃ〰‼その気怠いカミサマこそ、グリモ姐さんじゃ!」

 

と、笑いながらクルッと回った。

ロクロウがマギルゥとその横の裁判者を見て、

 

「人間じゃないのかよ⁉」

「人間とは一言も言っておらぬ。のぉ、裁判者。」

 

と、マギルゥは横に居る裁判者を見る。

裁判者は横目で彼女を見て、

 

「確かにそうだな。私も、ノルミン聖隷とは一言も言っていない。」

「で、みやげ屋よ、どこで見た?」

「この先のマクリル浜だけど……」

「渚で黄昏ておるとは、ますます姐さんらしい!さぁ、海へ急ぐぞ!」

 

と、マギルゥは左手を胸に当て、右手を上げて歩いて行く。

その後ろに裁判者も歩いて行く。

ベルベット達はため息をついて、その後ろに付いて行く。

そしてベルベットが、

 

「なんでグリモワールが聖隷だって言わないの?」

「危機管理じゃよ~。どこでスパイが聞き耳を立てておるかわからんでな。」

 

マギルゥは横目でエレノアを見る。

エレノアは眉を寄せて、マギルゥを睨んだ。

 

しばらくして浜辺に出た。

ロクロウが辺りを見て、

 

「きれいな海だなぁ。ここがマクリル浜か。」

「グリモ姐さん、いるかな……」

 

と、ライフィセットは裁判者を見上げた。

裁判者は彼を見下ろし、

 

「なぜ、私に聞く。」

「え……っと、ごめんなさい。」

「なぜ、謝る。」

「え……っと、わからないです。」

 

ライフィセットは俯く。

裁判者はどんどんと歩いて行った。

 

浜辺を歩いていると、

 

「あたしたちが捜してるグリモワールも、ビエンフーみたいな聖隷なのよね。正直、アレがライフィセットやアイゼンと同じ聖隷だとは思えないんだけど?」

 

と、ベルベットがマギルゥを見る。

マギルゥは顎に指を当てて、

 

「疑問はもっともじゃが、色々と微妙な話が多くてのー。」

「話せる範囲で、説明するでフよ〰!」

 

ビエンフーがマギルゥの中から出てきた。

ベルベットがビエンフーを見て、

 

「なら……前々から気になってたんだけど、その帽子、取ったらどういう顔なの?」

「オ~ノ~!それだけは言えないでフ~!」

「いきなりダメなわけ?」

 

ベルベットは眉を寄せる。

ロクロウが同じようにビエンフーを見る。

その表情はどこかイジメ顔だ。

 

「そのハットのリボン、ピラピラして邪魔だろう?ほどいていいか?」

「バーッド、バーッド‼絶対にダメでフ~‼このリボンだけはほどいちゃダメなんでフ~‼」

「どうして?」

 

ライフィセットは首を傾げる。

ビエンフーはジッとライフィセットを見つめ、

 

「それも、絶対に言えないでフ~‼」

「話せないことばっかりじゃないの。なんなら話せるわけ?」

 

ベルベットがビエンフーを睨む。

ビエンフーは腰を振りながら、

 

「たとえば、ボクたちがどんな種族かとか、聖隷界における位置づけとか能力とか。」

「あ、それ聞いてみたい。」

 

ライフィセットが手を上げる。

ビエンフーは自信満々に、

 

「では、教えてあげまフから、よく聞くでフよ~。ボクたちは“ノルミン族”という、れっきとした聖隷の一種族なんでフ~。他の聖隷と比べると、自然を操る霊力は落ちるでフが、他者の力を引き出し強化する能力に秀でてるんでフよ。」

「あ!そういえば、さっき裁判者さんが『ノルミン聖隷』って言ってた!」

 

ライフィセットが手を上げる。

マギルゥは人差し指を上げ、

 

「お便利パワーアップ聖隷ということじゃな。」

「別名“凡霊”だ。」

 

アイゼンがすました顔で言う。

ビエンフーは肩を落とし、

 

「オー、バッド‼その呼び方は、ノルミン族のトラウマでフよ!」

「どうしてトラウマなのです?」

 

エレノアはビエンフーを見る。

ビエンフーはさらに肩を落とし、

 

「きっかけは裁判者と審判者のせいでフ‼それが世に渡り、その呼び名のせいで平凡だと思われるんでフ。それが嫌で、みんな個性を出すのに必死なんでフよ。」

「それで、あなたは妙な話し方をするのですね……」

 

エレノアは苦笑した。

そしてロクロウも苦笑して、

 

「なんだか平凡な悩みだなぁ。」

「ビエ〰ン‼平凡ってゆうな〰‼」

 

と、飛んでいく先には裁判者の背。

ビエンフーはまたしても、裁判者の影に捕まれ、締め上げられる。

 

「ビエ~ン!お助けでフ~‼」

 

それを苦笑して歩く、一行だった。

しばらくして、裁判者はビエンフーを離して、歩き続けた。

その先の浜辺に打ち上げられた枯れ木の上に座る魔女のような帽子を被り、本を背に持ったノルミン聖隷が居た。

エレノアがそれを見つめ、

 

「ビエンフーと同じ種族の聖隷……でしょうか?」

 

ベルベットがノルミン聖隷に近付き、

 

「あんたがグリモワール?」

「ふぅ……」

「頼みたいことがあって捜してたんだけど。」

「はぁ……あんた、誰?」

 

と、ノルミン聖隷は顔を上げる。

ベルベットは睨むように、

 

「ベルベット。魔女の知り合いよ。」

「あっそ……」

 

その横から嬉しそうに、

 

「グリモ姐さん、ご無沙汰じゃのー!」

「ご無沙汰でフー!」

 

マギルゥとビエンフーが声を掛ける。

ノルミン聖隷は二人を見て、

 

「ああ、あんたたち……相変わらず、どっちも妙ちくりんね……で、裁判者はどういう気の変わりかしら?」

「……そうだな……簡単に言えば実験中だ、グリモワール。」

「そう……」

 

裁判者はグリモワールを見据える。

そしてグリモワールも、裁判者を見据える。

ロクロウがマギルゥを見て、

 

「お前やアイツとは、どんな関係なんだ?」

「魔女の修行をしておった頃の先輩じゃよ。その繋ぎをしたのが、裁判者じゃ。」

 

マギルゥは笑みを浮かべて言う。

グリモワールはマギルゥを見る。

 

「で?」

「なかなかに興味深い古文書があっての、その解読を頼みたいんじゃ。」

「へぇ、あんたが他人に肩入れなんて、珍しいこともあるもんね……」

「ヒマつぶしにちょうどよくての。」

「あたしはヒマじゃないけど。」

「ビエ~ン、グリモ姐さん、そこをなんとかお願いでフー!」

「そういうの、やってないから。でも、裁判者が頭を下げたら、考えてあげてもいいわよ。面白そうだから。」

 

と、グリモワールが裁判者を見る。

裁判者は腰に右手を当てて、

 

「…………」

 

無言でマギルゥを睨みつける。

マギルゥはそっぽ向いて、

 

「ふむぅ、こっちもダメみたいじゃの。残念無念……引き受けてはもらえぬかー。」

「やる気なら出させてあげるわよ?」

 

ベルベットがグリモワールの首に刃を着き付ける。

グリモワールはベルベットを見て、

 

「……殺れば?」

「脅しじゃない。」

「でしょうねぇ……」

 

二人は睨み合う。

そしてグリモワールはベルベットの瞳を見て、

 

「あんたみたいな目をした子と関わると、とんでもないもの背負わされるのよ……。この年になるとね、そういうのは重くっていけないわ……」

「……何歳なんだ?」

 

ロクロウが腕を組んでグリモワールを見る。

アイゼンがそっとその場を離れる。

グリモワールはロクロウを睨み、

 

「それ以上踏み込むと、あんたのケツに花火突っ込むよ。」

「応……これは失敬。」

 

ロクロウは姿勢を正し、頭を下げる。

それをマギルゥは面白そうに見る。

ロクロウの横でアイゼンが、

 

「取り付く島がないようだな。」

「南の島なのに、ごめんねぇ……」

 

と、グリモワールは微笑む。

そしてずっと考え込んでいたライフィセットが顔を上げ、

 

「古代語、どうやったら読めるようになる?勉強する本とか、あるかな?」

「……へぇ、自分で勉強して読む気?」

 

グリモワールがライフィセットを見る。

そしてベルベットも刃をしまって、ライフィセットを見る。

 

「僕、本が好きだし……昔のこととか知りたいし……必要なんだ。」

 

その瞳は力強い。

グリモワールは彼を見つめ、

 

「坊や、ずいぶん熱心じゃない……」

「坊はベルベットの役に立ちたいんじゃよなー?」

 

マギルゥは笑みを浮かべる。

ライフィセットはベルベットを見て、頬を赤くして俯き、

 

「……うん……」

 

それを見たグリモワールは小さく笑い、

 

「授業料、高いわよ?」

「教えてくれるの!」

「うっそ。健気さに免じて読んであげるわ。古文書はどこ?」

 

ライフィセットは嬉しそうに本を抱えて、

 

「これです、グリモ姐さん。」

「姐さんはいらないから。」

「……は、はい……姐さん。」

 

グリモワールはライフィセットを見据える。

ライフィセットは視線を外し、

 

「姐さんはいらない……うん。」

「さて、どんな本なのかしら……」

 

と、グリモワールは読み始める。

マギルゥが横をを見て、

 

「いつまで拗ねてる気じゃ。」

「なにがだ。」

「何でもないわい。おお、コワイ!コワイ!」

 

マギルゥは手を広げる。

グリモワールは本を少し読み、

 

「古代アヴァロスト語……また厄介なやつね……傷みもあるし、ササッとは読めないわよ……」

「可能な限り急いで。どっかの誰かが読めるのに、読んでくれないから。」

 

ベルベットは裁判者を睨む。

ロクロウが苦笑して、

 

「急ぐにしても、こんなところじゃなんだ。落ち着ける場所に移ろうぜ。」

「さっきの失言忘れてあげる……この先にハリアって村があるわ。」

「応。かたじけない。」

「さっさと行きましょう。そのハリア村とやらに。」

 

そう言って、歩き出すベルベット達。

歩きながら、エレノアが思い出しながら、

 

「ハリア村……オスカーたちが話してた凶暴な業魔≪ごうま≫がいる村では?」

「かもしれん。警戒した方がよさそうだな。」

 

と、歩いて行く。

前の方では彼らは会話を続けていた。

エレノアが顎に指を当てて、

 

「ぶしつけな質問で恐縮ですが、グリモワールは聖主アメノチ……ではありませんよね?」

「そんなわけないでしょ……どういう流れで、あたしが聖主になるわけ?」

「あなたにそっくりな『アメノチ様人形』がイズルトの土産屋で販売されていたものですから。」

「ああ、あれね……あの店主が寝てるときに、耳元で『勝手に売るな』って囁いたんだけどね……」

 

と、グリモワールは頬に手を当てて言う。

ビエンフーが呆れたように、

 

「夢にまで出てきたら、それはむしろホンモノのお告げだと思ってしまうでフよ〰。ここはひとつ、肖像権侵害にクレームつけて、あの店主から姐さん使用料を取り立てるべきでフ!」

「そんなの、放っておきなさい。」

「そうでフね、どうせ大して売れないでフもんね!」

「へぇ、あたしの人形って売れないんだ……」

 

グリモワールの雰囲気が変わる。

それには気付かず、ビエンフーは笑顔で、

 

「姐さんはアンニュイで渋いでフから。人形っていうのは、ボクみたく可愛くないと!」

「じゃあ、売ってあげるわ、あんたを……」

「ホントでフか‼」

「ええ……ただし、はく製の一点モノだから、ちょっと値段は張るけどねぇ……」

「は、はく製って……姐さん、堪忍でフ〰‼」

 

と、泣きながら飛んでいく。

その後ろには裁判者が居る。

裁判者は目を細めて、また同じように影で彼を掴み、締め上げる。

 

「ビエ~ン‼お助け〰‼」

 

だが、グリモワール達はそれを受け流し、

 

「はぁ……ほんと、疲れる……。で、なんの話してたっけ……?」

「あなたが聖主アメノチかどうかという話です。」

「ああ、そうだったわね。あたしは、聖主じゃない。ただの、女よ……」

「……はぁ。」

 

エレノアは半眼になる。

グリモワールはエレノアを見て、

 

「あたしみたいのが聖主じゃ、崇める側もやりにくいでしょ?」

「そうですね……」

 

すぐに納得するエレノアを、グリモワールは睨む。

エレノアは視線を外し、

 

「あ、いえ……その、裁判者とは違った意味で、あなたにはなにもかも見透かされているような気がしてしまって……。むしろ、聖主を崇拝するほうが安いというか、気軽な感じさえするものですから。」

「聖主よりも、あたしのが怖いわけ?」

「怖いというより……世の中を知っている大人の女、という感じです。」

「悪くない答えだけど……なにもでないわよ。それに、聖主に会ったことがあるのは、裁判者や審判者くらいなんだから。というより、聖主かもしれないわね。」

「え⁉あなたが⁉」

 

エレノアは目を見張る。

裁判者はそのエレノアを睨む。

エレノアは視線を外して、この話は無理矢理終わった。

 

ハリア村に入り、宿屋に向かう。

そして部屋に入り、グリモワールが解読を始める。

 

「じゃあ、始めるわ……」

「姐さんが集中できるように、俺達は外で待とう。」

 

ロクロウがそう言うと、ライフィセットが手を上げて、

 

「あの……僕、残ってもいいかな。古代語、勉強したいんだ。静かにするし、グリモ先生の邪魔しないから。」

「……坊や、今なんて言った?」

「えっと……静かにするし――」

「じゃなくて、あたしをなんて呼んだ?」

「グリモ先生……“姐さん”はいらないって言ってたから。」

「それ、気に入ったわ。あんたに古代アヴァロスト語、教えてあげる。」

「ありがとうございます、グリモ先生!」

 

ライフィセットは嬉しそうに頷く。

ベルベットは向かいながら、

 

「……話はついたみたいね。なにかあったら声をかけて。」

 

ベルベット達は出て行く。

グリモワールは窓を背に、もたれている裁判者を見て、

 

「あなたは出て行かないのかしら。」

「私は少し観察させて貰う。お前達がどのように解読をするのか、を。」

 

と、二人の様子を見つめる。

 

『それに、器≪未完成≫も自我≪自分≫を持ち出した。さて、どういう風に成長するか……』

 

裁判者は目を細める。

グリモワールは本に視線を戻し、

 

「あっそ……ま、いいわ。」

 

そしてしばらくライフィセットに読み方を教えながら目を通して、

 

「ふぅ……古代アヴァロスト語って、ほんと終わった恋を引きずる男並みに面倒ね……。裁判者は自分の読み方をしてたかしら?」

「グリモ先生でも……?でも、裁判者さんは目を通してスラスラ読んでた。」

 

と、二人は裁判者を見る。

裁判者は二人を見つめ、

 

「教えるつもりはないぞ。それに、私にとって文字など意味はない。その気になれば、その本の想いを視ればいいのだからな。」

 

グリモワールは裁判者から、本に視線を戻し、

 

「ま、それもそうね。核心っぽい一行が、どうにもハマらないのよ。」

 

ライフィセットも本に視線を戻し、

 

「……えっと、教えてもらった読み方だと、ここは……サ、ポポ、ムチョ、サチョン……」

「読み方はあってるけど、単純に現代語に変換すると、『親はトマト、子はナスが嫌い』になっちゃうのよ。」

「……トマトとナスは、カノヌシと関係ないよね?」

「言語構造が現代語と全く違うから、語順を替えたり、文字の解釈に飛躍や発明が必要な場合があるの。」

「言葉の入れ替え……サンサン……ポチョポチョ……ポチョムサン、ポチョムサン……って読めるかな?」

「ポチョムサン……どうしてそう思ったわけ?」

「ここに同じ言葉が並んでるから、繰り返しっぽいし、そんな風に読んだら、気持ちいい感じがしたんだ。」

 

ライフィセットは古文書の文を指差す。

グリモワールも本文を見て、

 

「ポチョムサン……が繰り返されてる、か……そう読んだ場合の意味は――“忌み名の聖主”。」

「聖主!」

「そうか、これがカノヌシのことなんだわ……これは大ヒントよ!その法則だとすると……ふぅむ、ふむ……。……どうやら、この本には“かぞえ歌”が書かれているようね。」

「カノヌシのことじゃないの?」

「肝心なのは歌の内容。歌詞の意味は、期待通りみたいよ……」

 

グリモワールはライフィセットを見る。

ライフィセットは嬉しそうに笑う。

裁判者はそれを見た後、扉に目を向ける。

そこにベルベット達が入って来た。

 

「古文書の解読は進んだ?てか、あんた見かけないと思ったらここに居たのね。」

 

ベルベットがグリモワールを見る。

そして窓にもたれていた裁判者を見る。

裁判者は目を細めて、

 

「いい、実験≪観察≫にはなった。」

「は?」

 

グリモワールは顔を上げ、ベルベット達を見る。

 

「ええ……坊やのおかげでね。この坊や、語学のセンスが抜群にいいわよ。」

「グリモ先生の教え方が上手だからだよ。」

「そんな風に言われると本気になっちゃいそう……」

「は?」

 

グリモワールがライフィセットに見て笑う。

それにベルベットがイライラしていた。

というより、裁判者の言葉の時点で既に怒っていた。

 

「さぁて……坊や読んであげて。古文書に書かれてた“歌”を……」

「はい、先生。」

「歌?」

 

ベルベットは二人を見る。

ライフィセットは読み出す。

 

「八つの首を持つ大地の主≪ぬし≫は、七つの口で穢れを喰って、無明に流るる地の脈伝い、いつか目覚めの時を待つ。四つの聖主に裂かれても、御稜威≪みいつ≫に通じる人あらば、不磨の喰魔は生えかわる。緋色の月の満ちるを望み、忌み名の聖主心はひとつ、忌み名の聖主体はひとつ。」

 

それを聞き、各々考え込む。

裁判者はそれを見渡す。

そしてグリモワールは古文書の挿絵を示しながら、

 

「カノヌシを表す図と、かぞえ歌。この古文書は、その意味を解読した“注釈書”なのよ……」

「もったいぶらずに、その注釈ってやつを教えて。」

 

ベルベットが睨む。

ライフィセットが俯き、

 

「ごめん……まだ、かぞえ歌の歌詞しか解読できてないんだ。」

「……そう。」

 

ベルベットが腕を組む。

マギルゥがグリモワールを見て、

 

「全部解読するには、かなり時間がかかりそうじゃのー。」

「だが、聖寮の目的と狙いを知るためには重要な情報だ。時間がかかってもやるべきだろう。」

 

ロクロウの言葉に、ベルベットも賛同する。

エレノアは考え込んだ後、

 

「歌詞だけでも得られる情報は少なくないと思います。」

 

エレノアは古文書に近付き、

 

「図にある首は全部で八つ。一体が本体で、他の七つは“カノヌシの口”。七つの“口”は“穢れ”というものを食し、地脈経由で本体に送り、カノヌシを覚醒させる。そういう性質をもつ七つの魔物を――」

「“喰魔”と呼ぶ。」

 

ベルベットがエレノアを見据える。

エレノアは頷く。

 

「……はい。“穢れ”が、なんなのかは分かりませんが。ですが、どこかで耳にした覚えがあるのです。それがどこだったのか……」

 

エレノアは考え込む。

ロクロウも腕を組み、

 

「そうなんだよな……俺もどっかで聞いたんだよな。」

「……思い出せないのなら仕方ないわ。今は保留よ。」

 

ベルベットが右手を腰に当てた。

その会話を聞いていたグリモワールは裁判者を見て、その次にアイゼンを見る。

アイゼンはその視線を外す。

視線を外したアイゼンはエレノアを見て、

 

「後半部分はどう考える?」

「古代史はあまり詳しくないのですが、この世界を創ったのは地水火風の四聖主と言われています。でも、カノヌシも聖主と呼ばれています。そして、そこにいる裁判者も世界と共に生まれ、聖主かもしれない……」

 

と、エレノアは裁判者を見る。

裁判者は目を細める。

エレノアは再びアイゼンを見て、

 

「カノヌシと他の四聖主の間に争いが起こり、カノヌシは封印されたのではないでしょうか。」

「じゃが、御稜威――神の威光に適う者があれば、喰魔は何度でも生まれ、カノヌシは復活する……まるでそこの裁判者みたいじゃの。それに、おメガネにかなった導師アルトリウスが、カノヌシを覚醒させようとしておるとすれば、話は合うの。」

 

マギルゥは目を細めて、裁判者を見る。

裁判者が何かを言う前に、

 

「なら、七つの喰魔を探し出して、“カノヌシの首”を潰せばいい。」

 

ベルベットが眉を寄せて言う。

ロクロウがベルベットを見て、

 

「だが、喰魔はどこにいる?」

「この歌によれば、喰魔とカノヌシの本体は地脈で繋がっている。喰魔が、カノヌシにエサを送る口なら、“地脈点”に配置するのが最も効率がいいはずだ。」

 

アイゼンが腕を組んで言う。

ベルベットはアイゼンを横目で見て、

 

「地脈点?」

「地脈の力が集中する特別な地のことじゃよ。」

 

マギルゥが横に体を振りながら言う。

ライフィセットがジッと本を見て、

 

「この印の場所って……ね、この虫がいた場所に結界があったよね。」

 

と、カブトムシのようなクワガタムシのような虫を取り出す。

エレノアが驚きながら、

 

「まさか、この虫が喰魔だと?……いえ、だとしたら聖寮が捕獲していた説明がつく。」

「あと、離宮にも同じ結界があった。」

 

ライフィセットは思い出すように言う。

ベルベットも思い出しながら、

 

「あれも喰魔……?喰魔の姿は、それぞれ違うってことか。」

「ローグレスに行って確かめるか?」

 

ロクロウがベルベットを見る。

ベルベットは首を振り、

 

「解読を始めたばかりだし、焦って無駄足を踏みたくない。古文書の中身を、もう少し知っておきたいけど……」

 

ベルベットは考え込むグリモワールを見る。

マギルゥがそのグリモワールを見て、

 

「なにか気になるのかえ?」

「喰魔が“生えかわる”っていうのが……ねぇ……」

 

と、裁判者はピクリと何かに反応する。

同じように、ライフィセットも何かに反応し、

 

「あっ‼」

 

裁判者はライフィセットを横目で見据える。

そしてライフィセットは羅針盤を取り出し、

 

「ワァーグ樹林の時と同じ感じがした!」

 

辺りを探るように、羅針盤を色々と回す。

そして指を指す。

その方向を見てマギルゥが、

 

「この方角は、聖主アメノチの神殿パラミデス……今は聖寮の施設じゃったか?」

「聖殿や祭壇は、霊的な力に満ちた場所につくられると聞いたことがあります。地脈点を意味している可能性はありませんか?」

 

エレノアが眉を寄せてベルベットを見る。

アイゼンもベルベットを見て、

 

「地脈点は世界中に数多くある。喰魔が七体なら、ほとんどの場所はハズレだ。」

「しかし、決定的な手がかりもない。可能性があるなら行ってみるべきじゃないか?」

 

ロクロウもベルベットを見る。

ベルベットは頷き、

 

「解読を無為に待つ気はないわ。ライフィセットの感覚の正体もわかるし。」

「……ひょっとしてだけど喰魔を殺すと――」

「なに?」

「どの道確かめないとわからないか……いいえ、気をつけていってらっしゃい。」

 

グリモワールはベルベットを見る。

ベルベット達は各々自分の部屋へと向かう。

グリモワールとマギルゥが部屋に残る裁判者を見て、

 

「で、結局……お主はどこまで知ってるのじゃ?それとも全てお主の事かえ?」

「……それを私が言う必要性は――」

「ないの。」

「なら、それでいいだろ。」

 

裁判者は部屋から出る。

扉を閉める際に、

 

「だが、お前達の目測はあってるかもしれんな。」

 

と、言って扉を閉める。

 

翌朝、ベルベット達は神殿パラミデスへと向かう。

宿屋の入り口でベルベット達は集まる。

ロクロウがベルベット達を見て、

 

「一晩考えたが……カノヌシって、本当に聖主なのか?」

「いきなりな疑問じゃのー。」

 

マギルゥが手を広げて、呆れる。

それをスルーし、

 

「グリモ姐さんが解読してくれたかぞえ歌の通りなら、カノヌシは八つ首のドラゴンなんだろ?喰魔を使って穢れを喰うなんて、禍々しくて『聖』なる存在とは程遠い感じがするんだよなぁ。」

「確かに……聖主は聖隷のひとつなのに、他の聖隷やノルミンとは印象が違いますよね。ましてや、八つ首のドラゴンだなんて……」

 

エレノアも顎に指を当てて、考え込む。

アイゼンがそれを見据える。

 

「そうか……?」

「……確かに、カノヌシという存在自体はな。」

 

裁判者が小さく呟いた。

エレノアは首を傾げる。

 

「喰魔が集まっちゃったら、どうなるんだろ?」

 

と、ライフィセットが不安そうに言う。

ロクロウがライフィセットを見下ろし、

 

「そりゃあもう大変だろうな。俺の想像じゃあ、喰魔が合体して、巨大なバケモノになる!でもって、大蛇みたいに長い八つ首のドラゴンが口から炎を吐いて、襲ってくるんだ!」

「ええっ……」

 

ライフィセットは怯える。

エレノアは視線を外し、

 

「それ、少しわかります……」

「だろ?問題は、首が八つとなれば、俺たち六人じゃ手が回らないってことだ。」

「分身の術でも使うしかないのー。」

 

ロクロウの言葉に、マギルゥが笑みを浮かべる。

 

「できるのか?」

「できぬ!」

「なんだよ……」

 

マギルゥは即答だった。

ロクロウは半眼で呆れる。

ライフィセットが声を上げる。

 

「あっ‼」

「どうしたの、ライフィセット?」

 

ベルベットがライフィセットを見る。

ライフィセットは不安そうに、

 

「八つの頭は、別々の意志や思考を持ってるのかな。もしそうなら、戦いのときにぶつかり合ったり、好き勝手に動いたりして、隙が生まれるはず……僕たちが心を一つにして戦えば、きっと勝てるよ!」

「ええ、手と手を取り合って戦えば、きっと勝てます!そうですよね、皆さん!」

 

ライフィセットが顔を上げて言う。

その言葉に、エレノアが頷いた。

そして、ベルベット達を見る。

彼らは皆、違う方向を見ていた。

マギルゥがライフィセットに詰め寄り、

 

「儂らが、一つになれると思うか、坊よ?」

「え……えっと、それは……」

 

と、考え込む。

裁判者が宿屋の戸を開き、

 

「だが、ロクロウやライフィセットが言った通りだぞ。」

「はい?」

 

エレノアが裁判者を見る。

裁判者は目を細めて、

 

「あながち間違いではないと言うことだ。」

 

そう言って、宿を出る。

エレノアは裁判者の背を見て、

 

「本当は、彼女は全てを知っているのでは?」

「かもしれんし、そうでないかもしれんのー。」

 

マギルゥも宿を出る。

そして一行は宿を出た。

宿を出て歩いていると、裁判者は空を見上げる。

そしてベルベット達を見て、

 

「私は別件ができた。」

 

と、どこかに歩いて行く。

ベルベットは眉を寄せて、

 

「アンタ、また⁉」

「……それと、今回の件は今までとは訳が違う。“ここ”は、集まりやすい場所だ。行動と決断は、覚悟を持って行え。」

 

裁判者は背を向けたまま、そう言って去った。

その言葉に、アイゼンが裁判者の背を睨みつける。

 

彼らと別れた裁判者は神殿に来ていた。

そして辺りを見て、

 

「あそこか。」

 

ある獣の姿をした業魔≪ごうま≫に近付く。

 

「お前の願いを叶えに来てやったぞ、人間。」

「……あなたは……?いえ、本当に叶えてくれの。」

「ああ。お前はアメノチの巫女のようだな。だからあの中に入れてやる。だが、娘の方はお前と違い、ただの業魔≪ごうま≫ではない。故に、人の形と意志を戻すには、お前があいつのエサ≪苗床≫となり、私が力を使わねばならない。」

「つまり、私が死ねば、あの子は助かると言うことですね。」

「そうだ。さて、どうする、巫女。」

「この身を賭してでも、あの子を救います。あの子は私の大切な、我が子≪娘≫です。」

「そうか。では、行くぞ。」

 

裁判者は神殿に近付く。

扉を警備していた対魔士が武器を構え、

 

「なんだ、貴様は!」

「ここは立ち入り禁止だ!」

 

裁判者は瞳が赤くなり、影で対魔士を払う。

対魔士達は壁に打ち付けられ、気絶する。

そして扉の結界を壊して、中に入る。

裁判者は中に入って、対魔士達を影で薙ぎ払っていく。

と、後ろの方で対魔士の一人の術が業魔≪ごうま≫の巫女を襲う。

 

「グオオオオオオオオオッ!」

 

裁判者は影で巫女を護り、

 

「邪魔だ、人間。」

「うわああっ!」

 

影で薙ぎ払い続けて奥に進む。

と、裁判者は入り口の方を見て、

 

「アイツらも来たか。さて、どの選択肢を取る。」

 

裁判者は奥へと進む。

裁判者は広間に出て、

 

「私はあれを壊してくるから、ここで少し待っていろ。」

 

裁判者は上に向かってジャンプする。

そして結界を壊すと、

 

「巫女と遭遇したか……」

 

裁判者は下に降りる。

エレノアの声が響く。

 

「もう元には戻れない。こうするのが、せめてもの……“理”であると!」

 

槍を巫女に突き付けていたエレノアとの間に降りる。

 

「あんたは!」

「悪いが、まだ巫女を殺させれては、ここまでやった意味がなくなる。」

「うむ。と言うことは、対魔士達を蹴散らしたのは裁判者、ということじゃの。」

 

裁判者を、マギルゥが見据える。

と、ライフィセットが何かに反応する。

 

「あっ……これって⁉」

 

業魔≪ごうま≫の巫女も、何かに反応する。

裁判者は横目で彼女を見て、

 

「結界は壊した。先に行きたいのであれば、行け。」

 

業魔≪ごうま≫の巫女は奥に駆け出して行く。

その業魔≪ごうま≫の巫女をエレノアが追いかけようとしたところに、裁判者の影が立ち塞がる。

影が消え、業魔≪ごうま≫の巫女は既にいない。

エレノアが目を見張り、

 

「しまった‼何故、邪魔をするのです!」

 

彼女は裁判者を眉を寄せて見る。

裁判者は彼らを見て、

 

「……最後の忠告だ。ちゃんと考えて行動しろ。でないと、お前達の選択ひとつで、村一つ滅ぶぞ。」

 

彼らは裁判者を睨みつける。

裁判者はエレノアを見て、

 

「それと、エレノア。」

「なんです。」

 

エレノアが裁判者を睨む。

裁判者は赤く光る瞳で、

 

「お前達の“理”に従うのであれば、一番考えなくてはならないのはお前だ。本当の意味で、聖寮の闇や真実を知りたいと思うのであればな。」

「え?」

 

裁判者は彼らに背を向けて奥に歩いて行く。

裁判者が業魔≪ごうま≫の巫女を治療し、

 

「さて、急ぐぞ。あっちが先に、お前の娘に近付いたようだ。」

 

そして最奥の部屋に入ると、ベルベット達が木の姿をした業魔≪喰魔≫を叩き伏せた所だった。

業魔≪ごうま≫の巫女がそれを見て、駆け出す。

彼らを飛び越え、木の姿をした業魔≪喰魔≫を背に、彼らに唸りを上げる。

 

「さっきの業魔≪ごうま≫!」

 

エレノアは業魔≪ごうま≫の巫女に近付き、槍を構える。

ジッと業魔≪ごうま≫の巫女を見て、

 

「今度こそ、終わりにしましょう!」

 

そしてエレノアは業魔≪ごうま≫の巫女を斬り裂いた。

裁判者はエレノアの横に飛び、着地する。

エレノアを見据え、

 

「それがお前の選択か。」

「そうです!」

 

エレノアは裁判者を見据える。

裁判者は業魔≪ごうま≫の巫女を見て、

 

「なら、お前は見届けろ。これが、お前の選んだ選択だ。」

 

エレノアも業魔≪ごうま≫の巫女を見た。

彼女は這いずって、業魔≪喰魔≫に近付いて行く。

 

「そしてこれが、お前が業魔≪ごうま≫という巫女の……いや、母親の選択だ。」

「え?」

 

裁判者の言葉に、エレノアは眉を寄せて業魔≪ごうま≫の巫女を見る。

業魔≪ごうま≫巫女は業魔≪喰魔≫に手を伸ばす。

業魔≪喰魔≫がその業魔≪ごうま≫の巫女を喰らい出した。

エレノアは目を見張り、

 

「喰魔が……業魔≪ごうま≫を食べている……⁉」

「ゴッ……!ベェン……ネェ……モ……バ……ァ……ナァ……!ご、めん……ね……モア、ナ……」

「‼?」

「喰魔が……食べた!穢れって業魔≪ごうま≫のことなんだ。」

 

エレノアは業魔≪ごうま≫の巫女の言葉を聞き、一歩下がる。

そしてライフィセットは眉を寄せる。

ベルベットもそれを見つめ、

 

「業魔≪ごうま≫を喰らう……だから、喰魔か。」

 

業魔≪ごうま≫の巫女は最後に、

 

「私……の……願い、を……!」

 

そして完全に喰われきった。

裁判者は目を細める。

そして業魔≪喰魔≫に歩み寄り、

 

「ああ。お前の願い、叶えてやろう。」

 

裁判者が業魔≪喰魔≫に手を当てる。

影が、業魔≪喰魔≫を包み込み、弾けると幼子≪人型≫の姿となった業魔≪喰魔≫の少女が泣いていた。

 

「……お母さん……お母さん……」

「喰魔が女の子になった!」

「まさか……モアナ⁉」

 

ライフィセットとライフィセットが眉を寄せる。

小さな業魔≪喰魔≫の少女は泣き続け、

 

「なんでお母さんは、モアナをおいていなくなっちゃったの?モアナが悪い子だから?弱かったから?ごめんなさい……ごめんなさい……」

「嘘……こんなのって……」

 

エレノアは口に手を当てて、瞳を揺らす。

小さな業魔≪喰魔≫の少女はさらに泣き出し、

 

「モアナ、がんばって強くなったから……聖寮のひとが強くしてくれたんだよ……。だから帰ってきてよぉ、お母さん……」

「聖寮がモアナを強くした?」

 

ベルベットが眉を寄せる。

マギルゥが目を細める。

 

「“喰魔にした”……ということかの?つくづく生贄が好きな連中じゃて。」

「そんな……じゃあ、あの人は――娘を助けようとして!」

「忠告はしていたぞ。そしてその選択を取ったのは、お前達だ。」

 

裁判者は横目で、彼らを見据える。

エレノアは瞳を揺らし、手を握りしめる。

その先には泣き続ける小さな業魔≪喰魔≫の少女が居る。

 

「お母さん……お母さん……モアナ、さみしいよぉ……お母さん……」

「救えなかった我が子の腹を満たすために、死にゆく自分を差し出した。そうだな、裁判者。」

 

アイゼンが裁判者を見据える。

裁判者は視線を小さな業魔≪喰魔≫の少女に向ける。

その少女は別の小さな少女に変わる。

裁判者は目を細めて、

 

「ああ。そうだ。それがあの巫女の想いであり、願いだ。」

「ああ……私が……私のせいで……‼」

 

エレノアは泣き出す。

アイゼンが裁判者の背を見据え、

 

「何故、言わなかった。」

「言う必要があったか。言ったところで、何も変わらない。それがお前達≪心ある者達≫だ。」

「だが、結果は違うものがあったはずだ。」

「それでも変わらない。あの巫女の想いも、そしてその想いに、お前達は理解しようとはしない。何せ、それを知る≪気付く≫だけの、関わる“時間”があまりにも短く、少ないからな。だが、我が子を想う親の、母親の想い……私には理解できない感情ではあるな。」

 

ジッと、その小さな業魔≪喰魔≫の少女を見つめる。

ロクロウがベルベットを見て、

 

「で、どうする?連れて行くか?」

「……この様子じゃ、足手まといになるわ。」

 

ベルベットが眉を寄せる。

 

「喰魔に手を出すことは許されない。」

 

と、ベルベット達の後ろから声が響く。

彼らが振り返ると、いつぞやの弟の方の対魔士が剣を構えていた。

ベルベット達は身構える。

エレノアは彼を見て、

 

「オスカー!聖寮はなにをしているの?お願い、教えて!」

「エレノア……君は知らなくていい。」

「よくない!私が、母親を倒したせいで、この娘は……」

「例の業魔≪ごうま≫を喰らったのか。だが、君が気に病むことはない。すべては世界の痛みをとめるために必要な犠牲なんだ。」

 

彼の言葉にエレノアは拳を握りしめ、

 

「業魔≪ごうま≫じゃない!あの人は母親だった!この娘の、たった一人の――お母さん……だった……」

 

そして涙を流す。

彼は視線を外し、

 

「だとしても強き翼をもつ者は――」

 

と、視線を戻した彼をベルベットが駆け込み、蹴りつけた。

 

「ぐあっ‼!」

 

彼は壁に叩き付けられる。

エレノアは困惑し、

 

「‼?」

「女の涙には気をつけなさい。」

 

ベルベットが眉を寄せる。

 

「なんとも、容赦ないな。」

 

裁判者は横目で彼らを見る。

裁判者の下で、

 

「うう……お母さん……」

「モアナ……」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女は泣き続けていた。

ライフィセット達は再び彼女を見る。

アイゼンが横目でベルベットを見て、

 

「やるなら今だ。」

 

ライフィセットが眉を寄せて、ベルベットを見る。

ベルベットは頷き、近付く。

 

「どいて、ライフィセット。」

「待って!あなたには優しさはないんですか⁉」

 

エレノアが眉を寄せる。

その横をベルベットが通り、

 

「そんな議論をするつもりはない。」

「目的はカノヌシを弱めることでしょう!繋がりさえ断てば、殺さなくても――」

 

裁判者は小さな業魔≪ごうま≫の少女の前に立つと、左手を開く。

そして手を振り上げて、振り下ろす。

 

「はぁ‼」

「ベルベットォッ‼!」

 

エレノアの叫び声が響く。

だが、ベルベットの左手は業魔≪喰魔≫ではなく、結界に触れていた。

そして結界を壊した。

左手をしまい、歩いて行く。

その背に裁判者は、

 

「その選択でいいのか。」

 

ベルベットは無言だった。

マギルゥが彼女を見て、

 

「ほう、情にほだされたか?女の涙は実に危険じゃのう。」

「グリモワールの言葉が気になったのよ。殺すのは後でもできる。」

 

ベルベットは淡々と言う。

裁判者は泣き続ける小さな業魔≪喰魔≫の少女に膝を着く。

 

「お前の願いと母親の想いを叶えてやろう。」

 

そして彼女を抱き寄せ、小さな業魔≪喰魔≫の少女にしか聞こえない声で、

 

「大丈夫よ、モアナ。私はあなたの中にいるから。一人じゃないわ。だから大丈夫。大丈夫よ、モアナ。」

 

そう言って、彼女の背を摩る。

小さな業魔≪喰魔≫の少女の瞳を揺らしながら、裁判者を見上がる。

裁判者は彼女から離れ、

 

「後は好きにしろ。」

 

そう言って、彼らの元に歩いて行く。

それと入れ違いになるように、エレノアとライフィセットが小さな業魔≪喰魔≫の少女に駆けて行く。

マギルゥの隣に来た裁判者を、マギルゥはジッと見て、

 

「……随分と珍しい光景じゃったのー。」

「私は願いを叶えただけだからな。……だが、昔の誰かを思い出しのは事実だ。」

 

と、視線を外し、左手を腰に当てる。

マギルゥは目をパチクリする。

 

そしてエレノアとライフィセットが小さな業魔≪喰魔≫の少女を連れて歩いてくる。

彼女を連れて、神殿を出る。

 

街に近付くにつれ、アイゼンは眉を寄せる。

 

「まずい……穢れが強まっている。」

「ほぉ、早くも影響が出始めたようじゃのー。」

 

マギルゥも冷たい笑みを浮かべる。

裁判者は空を見上げ、

 

「さて、選んだ選択肢をどう受け止める、心ある者達よ。」

 

 

村に入ると、村人達の様子がおかしい。

虚ろな瞳で、力なく座り込む者、フラフラと歩く者、空を見上げる者。

そしてグリモワールがベルベット達の元に歩いて来た。

マギルゥが彼女を見て、

 

「グリモ姐さん、どうしたんじゃ?解読で、なにかわかったのかえ?」

「違うわ……穢れが強すぎて……宿屋で本を読んでいる場合じゃなくなったのよ。」

 

グリモワールは目を細める。

ベルベットが眉を寄せて、

 

「穢れ……?」

「……始まったか。」

 

裁判者が村人達を見据える。

村人達から穢れが溢れる。

ベルベット達も彼女たちを見ると、

 

「うぅっ……!」「あああああ……!」

 

彼らは苦しみ出す。

ベルベットがそれを見て、

 

「なに……あの体から出てるのは⁉」

「“穢れ”じゃ。こりゃあ、裁判者の言う通り……限界じゃのう。」

 

マギルゥが目を細める。

そして村人たちは叫び声を上げる。

 

「ぐあああっ!」「おおおおっ!」

 

そして穢れに包まれ、その姿が業魔≪ごうま≫と化す。

エレノアが眉を寄せて、

 

「業魔≪ごうま≫病!」

 

村人達が次々と業魔≪ごうま≫と化していく。

 

「宿屋の人まで!突然どうして⁉」

「業魔≪ごうま≫化だ、穢れが溢れた。」

 

エレノアの言葉に、アイゼンが眉を寄せて言う。

ベルベットがアイゼンを見て、

 

「穢れ……?村人の身体から出てた“アレ”が、業魔≪ごうま≫病の原因だとでもいうの?」

 

アイゼンが口に手を当て、考え込む。

エレノアがアイゼンを見て、

 

「業魔≪ごうま≫病とは――業魔≪ごうま≫とは一体なんなのです⁉」

 

そしてアイゼンは横目で裁判者を睨み、

 

「お前、こうなる事を知っていたな。」

「ああ。だが、この選択肢を選んだのはお前達だ。」

「何故、言わなかった。」

「言っていたとしても、結果は変わらない。あの娘を殺しても、この村は穢れに飲まれる。そして娘を置き去りにしても、私が神殿の外に連れ出していたから結果は変わらない。」

「お前が連れてくると?」

「いや。あの巫女の願いは娘を救うこと。巫女の救うとは、あの神殿からだ。だから外に出した後、あの娘がどうなろうと関係ない。殺されようが、逃げようが、喰われようが、捕まろうが、な。」

「貴様!」

 

アイゼンは眉を寄せる。

裁判者は業魔≪ごうま≫と化す村人を見て、

 

「そもそも、この結果を招いたのはお前達≪心ある者達≫だ。」

「その原因をつくりだしたのは、お前だろ。」

「否定はしない。が、今はここを脱した方がいいのではないか、アイゼン。業魔≪ごうま≫からも、聖寮からも、な。」

 

裁判者は彼を横目で見据える。

と、扉の後ろから、

 

「まだ遠くに行っていないはずだ!絶対に捜し出せ!」

 

対魔士の声が響く。

アイゼンは裁判者を睨んだ後、

 

「……後で話す。業魔≪ごうま≫が対魔士どもを足止めしてくれるだろう。その間に船に戻るぞ。」

 

そう言って、駆け出す。

港まで来ると、ベルベットがアイゼンの背を睨み、

 

「話してもらうわよ、業魔≪ごうま≫病と穢れのことを。」

「あんた、聖隷の禁忌を破るつもり?」

 

グリモワールがアイゼンを見据える。

アイゼンは彼らに背を向けたまま、

 

「こいつら次第だ。」

「聖隷の禁忌?」

 

エレノアが眉を寄せる。

裁判者は木箱に背をもたれ、彼らの会話を聞く。

グリモワールがエレノアを見て、

 

「ことは業魔≪ごうま≫だけの話じゃないのよ。この世界の仕組みといってもいい真実。下手に知れば、人間そのものの足場が崩れるかもしれないほどのね……。だから聖隷は、この件を人間に語ることを禁忌としてきたんだけど……」

「それでも知りたいか?」

 

アイゼンが問いかける。

ベルベットは彼の背を見据え、

 

「あたしは、もう人間じゃない。」

 

そう言って、横を見る。

エレノアは眉を寄せ、

 

「知らないままで……自分をごまかして進むことはできません。」

「……いいだろう。」

 

アイゼンは彼らに振り返る。

そして彼らを見て、

 

「そもそも、“業魔≪ごうま≫病”なんて病気は世界に存在しない。」

 

ベルベット達は驚く。

アイゼンは続ける。

 

「人間は、元々誰もが業魔≪ごうま≫になる。心に抱えた“穢れ”が溢れればな。」

「“穢れ”とはなんなのですか。」

 

エレノアが彼を見つめる。

 

「理性では抑えきれぬ負の感情――人の心が本質として抱える“業”じゃよ。」

 

だが、これに答えたのはアイゼンではなく、マギルゥだった。

アイゼンはマギルゥを見て、

 

「やはり知っていたのか。」

「魔女だからのう。」

 

ニッと笑うマギルゥ。

 

「付け加えるのであれば、人間ほど感情が揺れる生き物はいない。簡単に正と負の、理性と感情の、秤は揺らぐ。」

 

裁判者が彼らを見据える。

そしてマギルゥが真剣な表情になり、

 

「そう。だから穢れは、誰もがもつ心の闇。お主らも心当たりがあろう?」

「言われてみれば、かなり心当たるな。」

 

ロクロウが顎に指を当てて言う。

ベルベットも考え込む。

アイゼンは続けた。

 

「人間は業に突き動かされる生き物だ。それこそ、裁判者が言ったように容易に負に傾き、穢れを発する。ほとんどの人間が、穢れを発しながら生きているといっていいだろう。」

「むしろ業魔≪ごうま≫が本来の姿で、ささやかな理性で人間の形を保ってるだけやもしれん。」

 

マギルゥが呆れたように言う。

ベルベットは顎に指を当てて、

 

「民衆が、そんな事実に気づけば大混乱になる。だから聖寮は“業魔≪ごうま≫病”という仮病を広めた。」

「だろうな。」

 

アイゼンは頷く。

エレノアが眉を寄せ、

 

「嘘です!だって開門の日以前に業魔≪ごうま≫はいなかった!」

「だろうな。それが、今のお前達の眼と心のあり方だ。」

 

裁判者がエレノアを見据える。

アイゼンもエレノアを見て、

 

「本来、業魔≪ごうま≫も聖隷も、特別な霊的才能――“霊応力”のない人間には見えない存在だった。」

「並の人間には、突然凶暴化しただけに見えたんじゃよ。その異常さは“悪魔憑き”や“獣人化”などと呼ばれて伝わったがな。」

 

マギルゥもエレノアを見据える。

ロクロウが彼らを見て、

 

「なんで急に見えるようになったんだ?」

「人間全体の霊応力が増幅されたからだろうが、理由はわからん。解るとすれば、そしてそんな事ができるのは、お前達くらいで、そしてその理由を知っているのも、お前達くらいだろう。」

 

アイゼンが裁判者を睨む。

そして腕を組み、

 

「だが、それ以外で解るとしたら、同じように降臨の日を境に、聖隷まで人間に見えるようになり、大量の対魔士が生まれた。」

「きっとアルトリウスが絡んでいる。」

 

ベルベットが彼を思い出し、手を握りしめる。

エレノアは瞳を揺らし、

 

「……でも、病気でなければ、村人が一斉に業魔≪ごうま≫になるはずがありません。」

「感情は人と人、聖隷と聖隷、人と聖隷、とで干渉し合う。小さな穢れ≪一人≫も、大きな穢れ≪大勢≫になれば、それは一人では抱えきれなくなると言うものだ。そして一人で抱えきれなくなった穢れを他者が感じ取り、不安、恐怖、憎悪と、様々に伝染する。業魔≪ごうま≫としての姿が見えるようになってからは尚更な。」

「『八つの首もつ大地の主は、七つの口で穢れを喰って』……喰魔は、人が出す穢れを吸収して、カノヌシに送る。なのに裁判者さんとアイゼンが話していたように、僕たちが地脈点から喰魔≪モアナ≫を連れ出したから……」

 

ライフィセットがアイゼンを見る。

マギルゥが笑みを浮かべ、

 

「坊はかしこいのう~。そう、吸収されなくなった穢れが溢れたのじゃ。」

「つまりあたしのせいか。だからあんたは……」

 

ベルベットが裁判者を見る。

 

「だから言ったろ。『今回の件は今までとは訳が違う。“ここ”は、集まりやすい場所だ。行動と決断は、覚悟を持って行え』。そして二回目にも、『ちゃんと考えて行動しろよ。お前達の選択ひとつで、村一つ滅ぶぞ』と。その忠告を聞いた上で、お前達はこの選択肢を選んだ。何とも愚かな生き物だな。」

 

裁判者は彼らを見据える。

エレノアは拳を握りしめ、

 

「こうなる事をあらかじめ説明さえしてくれれば、他の対策があったかもしれません!」

「同じだ。」

「は?」

「言ったところで何も変わらない。お前達≪心ある者達≫は。答えをはっきり言っても、何の意味もなかった。何度も同じ過ちを繰り返し、繰り返し続け、今に至る。だったら、教えても意味はないだろう。」

 

裁判者は木箱から身を離し、エレノア達を見据える。

その瞳は赤く光るっている。

エレノアはさらに拳を握りしめ、

 

「ですが!」

「では、改めて聞こう。お前はあの場で、それを知っていたら……あの喰魔≪モアナ≫を見捨てられたか。」

「それ……は……!」

「それこそが、お前達聖寮が抱える“理”だ。全≪多くの人≫を救うために、個≪一人≫を犠牲にする。それにより、全≪世界≫を救い、個≪親しい者≫を見捨てる。これが、お前達の創りだした“理”の真実のひとつだ。」

 

裁判者は赤く光る瞳で彼らを見据えた。

そこに小さな業魔≪喰魔≫の少女が歩いて来た。

 

「ねぇ、どうしたの?なんかみんなこわいよ……。」

 

そして裁判者を見上げ、

 

「ねぇ、あなたはモアナのお母さん……知ってるの?あなたが私の背を撫でてくれた時ね……お母さんを感じたの……」

「それはお前の願いであり、お前の母の想いだったからだ。」

「……?モアナ、難しくてわからないよ……」

「なら、大きくなってから考えろ。」

 

裁判者は小さな業魔≪喰魔≫の少女を見下ろす。

ベルベットが眉を寄せて、

 

「おかげで、古文書の記述が信用できることがわかったわ。地脈点から、すべての喰魔を引き剥がす。カノヌシの力を削ぎ、覚醒を阻止するために。」

「でも、喰魔を奪ったら人間がどんどん業魔≪ごうま≫になっちゃうんじゃ……」

 

ライフィセットが不安そうにベルベットを見上げる。

ベルベットは左手を握りしめ、胸に手を当てて、

 

「やらなきゃアルトリウスを殺せない。」

「げに恐ろしき女よの~。」

「真実を知って進むか……いいだろう。」

 

マギルゥとアイゼンがベルベットを見据える。

裁判者は船に歩きながら、

 

「なら、足掻けよ。その先にあるのは、お前にとって知りたくなかった真実と見付け出さなければならない答えがあるのだからな。」

「ええ。古文書以上に、アンタの言葉は真実であり、災厄であるのがわかったわ。」

 

ベルベットも船に向かって歩き出す。

そして他の者達も船に向かう。

エレノアとライフィセット、小さな業魔≪喰魔≫の少女も遅れて船に乗る。


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