テイルズオブゼスティリアでやってみた   作:609

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toz 第五十五話 裁判者と……

道中、歩きながら、ロクロウはライフィセットに声を掛ける。

 

「ライフィセット、さっきは悪かったな。」

「僕……ロクロウがやられると思って……」

 

ライフィセットは俯く。

ロクロウは彼のその頭を撫で、

 

「わかってる。あれは、お前の“意志”だったんだよな。」

 

裁判者は横目で彼らを見る。

ライフィセットは服を握りしめ、

 

「……だと思う。」

「ならいい。俺も『手を出すな』とは、はっきり言わなかったからな。次にああいうことがあったら、必ず言う。」

 

と、腕を組む。

ライフィセットは顔を上げ、

 

「助けちゃ、いけないの?死ぬかもしれないのに……」

「そうだ。」

「……どうして?」

「俺にもよくわからん。」

「え?」

「俺には、どうしても斬りたい奴がいる。そいつを斬りたい、そいつに勝ちたい。そのために剣の腕を上げんきゃならん。」

 

ロクロウは真剣な表情だった。

ライフィセットは考え込み、

 

「勝ちたい人……」

「剣の勝負でな。あいつに勝つためなら、なんだってする。どれだけ血を流そうが、命を落とそうが、人の心をなくそうが……そう思い続けているうちに、本当に人間じゃなくなっちまった。」

「……なんで、そんなに勝ちたいの?」

「はは、それもわからん。業魔≪ごうま≫だからそうなのか、そんなだから業魔≪ごうま≫になっちまったのか……とにかく、命よりも大事なことなんだ。」

「命……よりも……」

 

ライフィセットは眉を寄せて考える。

ロクロウは笑みを浮かべて、

 

「けど、助けてくれたことには恩にきるよ。死んじまったら、あいつを斬れないからなぁ。」

「う、うん……」

 

と、ライフィセットは困惑しながらも頷き、前を歩くベルベットの方へ歩いて行く。

残ったロクロウに、

 

「今のが命の恩人にかける言葉ですか!」

「なにがだ?俺はホントのことしか言ってないぞ。それに、なぜお前が怒る?」

 

エレノアは眉を寄せて怒る。

逆にロクロウは首を傾げた。

エレノアはさらに怒り、

 

「おかしいとすら思わないとは……やはり業魔≪ごうま≫ですね。」

「ああ、業魔≪ごうま≫だ。」

 

と、歩いていった彼に、エレノアは拳を握りしめる。

裁判者は前に視線を戻し、

 

『……感情≪心≫とは複雑だな。』

 

そう思って、歩いていると後ろの方から叫び声を上がる。

 

「思い出した!」

 

その声の方に皆が立ち止まり、振り返る。

そこにはマギルゥがバッと腕を上げていた。

ベルベットは彼女を見て、

 

「な、なにがよ。」

「世にも悲しい征嵐の由来をじゃよ。さ~て、お立ち合い!」

 

と、マギルゥは一人語り出す。

 

「それは、いつ、誰が打ったのか、知る者はおらぬ。じゃが、誰もがその斬れ味を認める太刀があった。その刃風は猛獣の如く號≪さけ≫び声をあげ、山をも吹き飛ばす嵐を呼んだ。この世にふたつとないその太刀を、人は神の刀――神刀と讃えた。」

「神の刀……それが征嵐ですか?」

 

エレノアは聞き入っていた。

裁判者はロクロウを見据える。

マギルゥは笑みを浮かべて、

 

「話はここからじゃ。さような神刀に魅せられた男がおった。名はクロガネ。稀代の才をもつ鍛冶じゃ。そやつは、心血を注いで神刀を超える力を打とうとし、自らの刀に“征嵐”の名を与えたという……『號≪さけ≫ぶ嵐を征する』という意味じゃな。」

「すごい刀はできたの……?」

 

ライフィセットはマギルゥを見つめる。

マギルゥは首を振り、

 

「いいや。クロガネは何十度も神刀に挑んだが、その数だけ征嵐は折られ、砕け散った。絶望したクロガネは、神刀の持ち主に首を刎ねられたとも、自らの命を絶ったとも言われておる。もう何百年も昔の話じゃ。じゃが、奴の神刀への恨みは征嵐と共に今も生き続けているとかいないとか……」

 

と、深い笑みを浮かべるマギルゥ。

ベルベットは腕を組み、

 

「何百年も続く恨み……か。」

「よくある怪談話ですね。さっきの刀も、何者かが銘をマネただけかもしれません。

 

エレノアは腰に手を当てて言う。

マギルゥは顎に指を当て、

 

「かもの。じゃが、もしあれが本物の征嵐なら、儂らは枕を高くして眠れんぞ。」

 

と、笑みを浮かべる。

ライフィセットは首を傾げ、

 

「なんで?」

「クロガネが倒したかった“神刀”こそ、俺の生まれたランゲツ家に代々伝わる太刀――“號嵐”だからな。」

 

それに答えたのはロクロウだった。

裁判者は歩きながら、

 

「確かに、まだそれは続いているな。人間の呪いは質が悪く、強いからな。どちらも、本物の“號嵐”に勝つために、な。」

 

ロクロウは歩く裁判者の背を睨む。

エレノアは目をパチクリした。

アイゼンが歩き出し、

 

「野郎が、また襲ってくる可能性があるわけだな。急ぐぞ。」

 

それに合わせて、他の者達も歩き出す。

 

そして一行は洞窟へと足を踏み入る。

奥に進み、裁判者の耳に金属音が聞こえてくる。

そして歩くにつれて、それは彼らの耳にも聞こえてくる。

彼らがその場に駆けだす。

その先には先程の刀を握った業魔≪ごうま≫とネコの聖隷をつれた対魔士の姿。

その対魔士の肩には巨大な剣が握られている。

その後姿を見たロクロウはその背を睨みつける。

 

刀を握った業魔≪ごうま≫の刀は真っ二つに折れており、

 

「む、無念……」

「おいおい、おもしれぇ業魔≪ごうま≫だなぁ!刀より体の方が硬ぇってか。」

 

と、笑いながら言う。

ベルベットは身構え、

 

「こいつは……?」

「シグレ様!聖寮に二人しかいない特等対魔士です。」

 

エレノアは驚きながら言う。

アイゼンが彼を睨みながら、

 

「特等……メルキオルと同格か。」

 

刀の対魔士は振り返って、

 

「おう、エレノアじゃねぇか。なんだお前、業魔≪ごうま≫に捕まったのか?それとも裏切ったか?」

「わ、私は――」

「ま、どっちでもいい。好き勝手やってる俺が言えた義理じゃねぇわな。」

 

と、笑う。

そして彼は折れた刀を見て、

 

「しっかし、今日はアタリだった。まさか“征嵐”に会えるとは思わなかったぜ。」

「シグレ、なんかすっごく睨んでる子がいるわよ。無視しちゃかわいそう。」

 

彼の横にいたネコの聖隷が彼を見上げて言う。

彼は笑いながら、

 

「はっはっは、悪ぃ、悪ぃ!昔から弟をイジメちまうのがクセでな。なぁ、ロクロウ。」

 

と、彼を見据える。

ロクロウは彼を睨見続ける。

ベルベットは驚いたように、

 

「弟⁉」

「変わらないな、シグレ。」

 

と、ロクロウは剣の対魔士を睨んだまま言う。

彼は笑いながら、

 

「バカ野郎!メチャクチャ強くなってるっての。そっちこそ相変わらず、俺を斬るなんてできもしないことを考えてるのかぁ?」

「ロクロウが勝ちたい人って……お兄さんなの⁉」

 

ライフィセットはロクロウを見上がる。

彼は短剣を構え、

 

「こっちも、あの時の俺じゃないぜ。」

 

彼の右の瞳が赤く光り出す。

その顔の半分が黒く、赤く光った瞳を見て、

 

「おおっ⁉お前、業魔≪ごうま≫になったのか?そりゃあ、おもしれぇ!だがよ、結果まで変わるかな?」

 

ネコの天族が彼の中に入る。

そして彼は鞘から剣を抜き、

 

「俺の號嵐≪しんうち≫に、號嵐≪かげうち≫を折られてションべン漏らした“あの時”とよ。」

 

そして刀を振り上げて、振る。

その剣風が彼らを襲う。

裁判者以外は顔を腕で守る。

 

「ぐっ⁉」

 

ロクロウは短剣を構えなおし、

 

「こいつは俺が斬る。ライフィセット、今度は手を出すなよ。」

「……う、うん。」

 

ライフィセットは手を握りしめる。

ロクロウは突っ込んで行く。

彼はそれを受け流し、

 

「何年ぶりだ、お前と斬り合うのは?」

「死んで後悔しろ。あの時、俺を殺さなかったことをな。」

 

二人は斬り合う。

そして距離を取り、

 

「さすが業魔≪ごうま≫だ。悪くねぇ。」

「うおおおおッ!」

 

そして再び斬り合う。

それを見ていた裁判者は、

 

『……人にしては、それなりの剣技だな。あの若さでここまで達するか……』

 

目を細めて剣の対魔士を見据える。

そしてロクロウは彼と剣とぶつかり合い、力負けして吹き飛ばされる。

剣の対魔士は剣先を倒れるロクロウに向け、

 

「だが、ここまでだな。」

「ロクロウ‼」

 

ライフィセットが叫ぶと、裁判者はエレノアを見る。

彼女の体が意志とは関係なく動き出す。

 

「え……体が勝手に……⁉」

 

槍を構えて剣の対魔士に突っ込んで行く。

だが、そこに短剣が飛んでくる。

裁判者は彼女の肩を引き、飛んでくる短剣を掴む。

そしてそれをクルッと回して普通に持つ。

その動作を見た剣の対魔士はハッとして、裁判者を見据える。

裁判者は投げた方の人物、ロクロウを見る。

 

「邪魔するなっ‼」

 

そして立ち上がり、彼は背にあった長剣の柄を掴み、抜く。

その剣先は折れていた。

それと短剣を構えて、

 

「勝負はこっからだ。」

 

さらに瞳が赤く光る。

剣の対魔士は彼に視線を戻し、

 

「ほう……今度は折れねえか。」

 

だが、彼の中からネコの天族が現れる。

剣の対魔士は肩に剣を置き、

 

「今日はここまでだ。」

「シグレェッ!」

 

襲い掛かるロクロウに剣先を向け、

 

「はやるな。今のお前が強えぇ刀を持ったら、面白ぇと思ったのさ。そこの爺さんに打ってもらえ。で、もういっぺんやろうや。」

 

ロクロウは止まり、剣を握っていた業魔≪ごうま≫を見る。

 

「爺さん……?」

「その業魔≪ごうま≫はね、クロガネっていうのよ。」

 

ネコの聖隷がロクロウを見て言う。

ライフィセットは驚きながら、

 

「征嵐の刀鍛冶!」

「この先のカドニクス港で待っててやる。俺を倒さねぇと島からは出られねぇぜ。」

 

刀の対魔士はニッと笑う。

ベルベットは舌打ちをし、

 

「チッ!勝手なことを!」

「気に食わなきゃ、かかってきな。」

 

と、剣を一振りする。

ベルベットはその剣風を腕で防ぐ。

 

「くっ!」

「はっはっは!せいぜい精進しろよ、業魔≪ごうま≫ども!」

 

と、歩き出す。

その背に、

 

「シグレ様、私は特命を――」

「ああ、エレノア。お前マジで裏切りやがったんだな。次に会ったら叩き斬る。」

「うっ……」

 

エレノアを睨んで、彼は歩いて行く。

その後ろにネコの天族がついて行く。

裁判者も歩き出し、

 

「私は港で待っている。事が済んだら合流してやろう。」

 

と、ロクロウに短剣を渡して、さっさと歩いて行った。

 

 

裁判者は港前の民家の屋根の上に居た。

そして港を見下ろしていた。

そこに黒い小さな影が勢いよく飛んでいた。

それを影で掴み、引き寄せる。

 

「ひえ~!お願いでフ~!喰べないで欲しいでフ~‼」

「お前など喰べても、意味はない。」

 

と、裁判者はノルミン聖隷を離す。

ノルミン聖隷は目をパチクリし、

 

「じゃあ、何でボクを捕まえたでフかぁ~?」

「簡単な話だ。あのまま行ってたら、お前は捕まっていたぞ。」

 

ノルミン聖隷を見据える。

裁判者は屋根から突き出ている煙突にもたれながら、

 

「ま、大方、今頃はあの業魔≪ごうま≫の体の一部を元に剣を作っている頃だろう。だから偵察でもして来いと、あいつに命令された所か。だが、人とは変わっているな。」

「何ががでフかぁ~?」

「……私の創った神刀を、“恨み”で斬れると思っている。だが、それであの神刀を斬れるのなら、それはそれでいい実験になる。人の世に過ぎたる力……人はそれを善とするか悪とするか。」

 

と、腕を組み、瞳が赤く光り出す。

ノルミン聖隷は脅えながら、

 

「でも、なんで裁判者がこの件にこんなに突っ込むでフかぁ~。やっぱり、今回の件は裁判者たちが関わってるでフか。それでも何で、あんなにライフィセットやベルベットにこだわるでフかね。」

 

裁判者はノルミン聖隷を睨む。

彼は「ひぃーっ‼」と脅えだす。

裁判者は彼を見据えながら、

 

「簡単だ。あの二人は世界に災厄をもたらすか、それとも救世をもたらすか、その選択を見る為だ。それに私達の力がお前達、心ある者達にどれだけの事を引き起こすかといういい実験だ。せいぜい足掻け。」

 

裁判者は港を横目で見て、

 

「今すぐ戻れ。対魔士共が動き出したぞ。」

「へ?」

 

ノルミン聖隷は裁判者と同じ方を見る。

そして慌て出しながら、

 

「ホントでフ~‼マギルゥ姐さ~ん!」

 

と、洞口に向かって飛んでいく。

裁判者は洞口の方を見て、

 

「さて、あの人間の対魔士はどの選択を取るかな。」

 

しばらくして、足音が聞こえてくる。

視線を向けると、彼らが歩いて来た。

裁判者は彼らの前に飛び降り、

 

「オマケ付きか。まぁ、いい。お前達の“恨み”がどれくらいか、見せて貰おう。」

 

と、ロクロウと業魔≪ごうま≫クロガネを見る。

業魔≪ごうま≫クロガネは頭がなくなっていた。

 

『頭を材料にしたか。さて、どれ程かな。』

 

そして裁判者は先に港に足を踏み入る。

彼らもその後ろに歩いて行く。

港のど真ん中に、先程の剣の対魔士が仁王立ちで立っていた。

その横にネコの聖隷と後ろに対魔士が二人居た。

剣の対魔士はニット笑い、

 

「きたか。」

 

裁判者以外の者達は身構える。

ネコの聖隷が顔を上げ、

 

「てことは、出向いた対魔士たちは、みんな返り討ちにあっちゃったのね。喰べてないわよね?」

 

と、ネコの聖隷は裁判者を見る。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「それに何の意味がある。」

「それもそうね。」

 

ネコの聖隷はベルベット達の方に顔を戻す。

剣の対魔士は呆れたように、

 

「だからやめとけって言ったんだ。で、どんな刀を打ったんだ?」

 

そして彼はロクロウを見る。

ロクロウは睨むだけだった。

剣の対魔士はニット笑い、

 

「ま、やってみりゃわかるな!」

 

と、鞘を抜いて構える。

ネコの聖隷は彼の中に入る。

ライフィセットはロクロウを見て、

 

「僕たちが、あの対魔士たちと戦う。ロクロウはシグレに勝ってね。」

「……頼む。」

 

ロクロウは武器を構える。

ベルベット達も戦闘態勢に入る。

裁判者は一歩下がって、腰に手を当てて周りを見る。

 

「あいつは戦力外ね。」

「みたいだ。」

 

ベルベットとアイゼンは裁判者を睨んだ。

そして互いにアイコンタクトを取る。

剣の対魔士は笑い、

 

「よっしゃ、おっぱじめるか‼簡単に終わっちゃつまらねぇ!手段は選ばなくていいぜぇ!」

「舐めるな!」

 

ロクロウは突っ込んで行く。

ロクロウと剣を交え、剣の対魔士は笑みを深くし、

 

「ほおう、なかなかいい刀じゃねえか。」

「お前を斬る刀だ、よく拝んでおけ!」

「その気合い、最期までもたせろよぉ!」

 

そして彼は剣を両手で持ち、思いっきり振り下ろす。

ロクロウは二本の短剣で防ぐが、後ろに飛ばされ、

 

「ぐあああっ‼」

 

だが、何とか踏みとどまり、剣の対魔士を睨む。

ベルベット達は対魔士を叩き潰し、彼らの戦いを見る。

彼はロクロウを見据え、

 

「お前の腕は悪くねぇよ。だが、せっかく業魔≪ごうま≫になったってのに、ただ出来のいいランゲツ流じゃねえか。それじゃあ、当主の俺に勝てるはずねぇだろ?」

「……なら、見せてやるよ。俺の剣をな!」

 

ロクロウは短剣を一本捨て、突っ込む。

その刃先を剣の対魔士は簡単に避け、斬り合う。

ロクロウは後ろに再び突き飛ばされ、着地して、剣を構える。

その右目は赤く燃え上る。

彼は再度勘を構えて突っ込む。

剣の対魔士が刃を突き立てる。

その刃に彼は手の平を突き出し、

 

「ぐあああああッ‼」

 

彼の前まで貫かせて突き進んでいく。

 

『ほう、捨て身の攻撃か。』

 

裁判者はそれを顎に指を当てて見る。

 

ロクロウはそのまま突き進み、彼の剣の柄を握る。

 

「おおう‼?」

「もらった‼」

 

ロクロウは短剣を振り上がる。

そこにベルベットとアイゼンが駆け込む。

振り上げたロクロウの短剣は、剣の対魔士が彼の背にある號嵐≪かげうち≫を抜いて防ぐ。

 

「なっ⁉」

「勢≪せい≫っ‼」

 

と、彼を後ろに突き飛ばす。

それはベルベットとアイゼンの足止めにもなった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

ロクロウは息を整えながら、身を半分起こす。

剣の対魔士は大笑いし、

 

「はっは~!今のはよかったぜぇ!片手を捨てて首を狙うとはなぁ!気付くのが一瞬遅けりゃ、死んでたぜ!それでいいんだよ!それで!」

 

そう言って、ロクロウの前に號嵐≪かげうち≫を投げる。

それが地面に落ち、音をたてる。

 

「よっし!今日はここまでだ。いいか、てめぇら!もっとすげぇ刀を打って、もっと腕を磨いて、俺を斬りにこい‼」

 

と、笑いながら言う。

ロクロウはそれを拾い上げ、握りしめる。

 

「……斬ってやるさ。何百回負けようが、何百年かかろうがな。」

 

と、笑みを浮かべる。

それを業魔≪ごうま≫クロガネは首がないが見つめた。

剣の対魔士はニット笑い、

 

「いい悪い顔になったな。うん、いい悪い顔だ!あっははははっ!」

 

と、笑い出す。

ネコの聖隷が彼の中から出てくる。

エレノアは眉を寄せて、

 

「なんという人……」

「自分の心配をした方がいいんじゃない?あなたが裏切ったことは聖寮中に伝わったわよ。」

「う……」

 

ネコの聖隷の言葉に、エレノアは握っていた槍を握りしめる。

だが、笑っていた剣の対魔士の表情が真剣な表情になり、

 

「さて、次はお前の番だ!」

 

剣の対魔士は刃を裁判者に向ける。

裁判者は彼を見据え、

 

「断る。やっても意味がない。」

「そうよ、シグレ!」

 

ネコの聖隷は声を上げる。

そして彼を見上げ、

 

「裁判者に喧嘩を売るなんて、自殺行為よ!」

「くは~!尚更面白そうじゃねえか!」

 

と、剣を振り上げる。

 

「シグレ!」

 

振り下ろした先には裁判者はいない。

彼の背から、

 

「自分の弟で遊んだのだからいいにしろ、人間。」

 

すかさず剣の対魔士は剣を横に振るう。

またしても裁判者はいない。

今度は彼の横に振った剣の上で、

 

「時間の無駄だ。諦めろ。」

「なっ⁉」

 

裁判者は彼の剣の上に居た。

これには剣の対魔士も驚く。

そしてベルベット達も目を見張る。

だが、彼女を元から知ってる者達はさほど驚いていない。

裁判者は彼の剣から降り、

 

「……これは……やはり……」

 

と、裁判者は遠くを見る目になる。

その後ろから他の対魔士たちがやって来る。

剣の対魔士は再び剣を振り下ろした。

それは裁判者の心臓の所まで引き裂く。

 

「……‼?」

 

裁判者は彼の剣を斬り裂かれた方の手で上げ、離す。

右手で傷の所に触れる。

傷がみるみる治っていき、服も元に戻る。

 

「……これは一体どうなっているのです⁉」

 

エレノアが眉を寄せる。

そしてベルベットも眉を寄せ、

 

「確かに心臓に行き届いていた……」

「なのに平然としてやがる。」

 

ロクロウも驚きながらいう。

ライフィセットはベルベット達を見て、目を左右に動かして困惑する。

と言うよりかは、何と言っていいのかわからなくなっている。

剣の対魔士は笑い出し、

 

「こりゃ、驚いた!ますますおもしれぇ!」

「シグレ!それ以上は――」

 

ネコの聖隷が止めようとするが、

 

「気が変わった。少しだけ遊んでやろう、人間。」

 

裁判者の瞳が赤く光り出し、影が蠢き出す。

左手で、影から出てきた剣を握り、

 

「ハンデとして、剣の強さは今のお前と同じにしてやろう。時間内に、私を殺せるかな、人間。」

 

と、彼の剣を片手で防ぐ。

そしてロクロウ以上の剣のぶつかり合いが始めまる。

エレノアが困惑しながら、

 

「あのシグレ様と互角⁈」

 

それは後から来た対魔士達も驚いていた。

裁判者は彼の剣を受け流し続ける。

そして距離を少し開け、

 

「さて、受け止めらえるか。」

 

おもいっきり振り上げた。

それは斬撃となり、彼を襲う。

剣の対魔士は剣の刃を横にして、その斬撃を防ぐ。

そのまま後ろに数十メートル下がり、膝を着く。

 

「あのシグレが膝を着いた!」

 

ロクロウが目を見張る。

裁判者は剣をしまい、

 

「時間切れだ。」

 

そう言って、ベルベット達に近付く。

剣の対魔士が立ち上がり、

 

「待ちな。まだ終わっちゃいないぜ。」

「言ったろ、時間切れだと。……ムルジムだったか、ちゃんと言い聞かせておけ。次はないとな。」

 

裁判者はネコの聖隷を見据える。

裁判者はベルベット達を影で掴むと、指をパチンと鳴らす。

彼らの姿はその場から消えた。

 

 

彼らは港から船の上に変わる。

と、帽子に鳥を乗せた青年が、

 

「ふ、副長⁉」

「ベンウィックか……と言うことは、ここはバンエルティア号か。」

 

アイゼンは辺りを見渡す。

ライフィセットは辺りを見渡し、目をパチクリしていた。

エレノアは困惑し、

 

「どうなってるのです⁉」

「私に聞かないで。」

 

ベルベットはそっけなく言う。

マギルゥは目を細めて、

 

「相変わらず、おっそろしいほどの力よのぉ。」

「……言ったろ、時間切れだと。」

「うむ。船が来たから、時間切れ。これまた手際がいいのぉ。じゃが、クロガネも連れてきてしまったが良いのかえ?」

 

と、後ろの業魔≪ごうま≫クロガネを見る。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「いらないのなら、海にでも捨てろ。」

「おぉ~コワ!」

 

マギルゥはクルクル回る。

業魔≪ごうま≫クロガネはベルベット達を見て、

 

「構わない。元々、一緒に行くつもりでだった。俺は、必ず神剣を超える刀を打ってみせる。だが、“號嵐”に勝つには、その刀を振るう……神業を超える剣士が必要だ。」

 

と、ロクロウを見る。

ロクロウは業魔≪ごうま≫クロガネを見て、

 

「俺よりも、アイツの方が強い。それでも、俺を選んでくれるのか。」

「ああ。お前の、ヤツに対する想い≪恨み≫に、俺はかける。頼む。」

「……アイゼン、船にこの鎧を乗せる場所はあるか?」

 

と、アイゼンを見る。

アイゼンは二人を見て、

 

「なければ誰かに着せろ。大体、ここはもう船の上だ。」

「はは、それもそうか!頼むぜ、クロガネ。」

 

ロクロウはニット笑って、業魔≪ごうま≫を見る。

彼の頭はないが、彼は頷き、

 

「任せろ。」

 

と、業魔≪ごうま≫クロガネは船の船員と話し始めた。

アイゼンはマギルゥを見て、

 

「だが、お前は裁判者を知っているんだな。」

「儂は、裁判者に縋った者じゃからな。」

 

と、マギルゥは目を細める。

アイゼンは腕を組み、

 

「なるほどな。」

「ところで、裁判者や。お主はこの船を知っておったのか?」

 

マギルゥは顎に指を当てて、裁判者を見る。

裁判者は船の壁に寄りかかり、

 

「この船をアイフリードに教えたのは私だからな。あの遺物を取りに、異大陸に行きたいと言って奴に『死神が乗る世にも珍しい船がある。お前にとっても縁のある出会いとなる』と、教えてやった。」

「やはり貴様はアイフリードと‼」

 

アイゼンは睨む。

裁判者はアイゼンを見据え、

 

「あれは変わった人間だな。願いで私を呼んだ訳でもないのに、私を引き寄せたのだからな。だが、呼び出しただけはある人間だった。私を恐れもせずに食い掛かって来て、質問攻めにしてきたぞ。おかげで、こっちは審判者に呆れられた。あの審判者に、な。」

 

と、若干雰囲気が恐くなる。

マギルゥが手を叩き、

 

「それはまた今度にしようぞ。まずは、グリモワールを見つけて古文書解読じゃ!」

「……グリモワールの元に行くのか。」

 

裁判者はマギルゥを見る。

マギルゥは笑みを浮かべて、

 

「うむ。坊、あの本を見せてやるといい。」

「う、うん。」

 

ライフィセットは本を取り出し、裁判者に手渡す。

裁判者はそれを受け取り、

 

「……聖主カノヌシの紋章か。」

 

そしてパラパラと見て、

 

「……やつめ。まさかここまで突き止めているとは。だが、確かにこれは、グリモワールではなくては読めぬだろうな。」

 

そう言って、本をライフィセットに渡す。

ベルベットが眉を寄せて、

 

「あんた、その本が読めるのね!だったらここで――」

「断る。」

「はぁ⁉」

 

ベルベットはさらに眉を寄せる。

裁判者は壁から離れ、

 

「教える道理がない。」

 

そして船の一番上に上がって行った。

ベルベットは怒鳴りながら、

 

「ちゃっと!」

「諦めるのじゃ、ベルベット。あ奴は昔からああなのじゃ。子どもの頃、儂の前にフラッと現れては消え、現れては消えを何度か繰り返しておった。ま、あ奴にとっては唯の実験なのじゃ。儂らとの距離を測る、な。」

 

と、冷たい笑みを浮かべる。

そして小声で、

 

「それでも、あの頃の儂にとっては救いだった……」

 

それは裁判者以外、誰にも聞こえない。

だが、ベルベットは納得のいかない顔になる。

ロクロウは腕を組み、

 

「だが、あのシグレとやり合って、ヤツに膝を着かせたんだ。剣の相手になってくれんかな。」

「止めとけ。命がいくつあっても足りん。」

 

アイゼンがロクロウを見据える。

ビエンフーもロクロウを見て、

 

「そうでフよ~。これ以上裁判者に手を出して、巻き添えになるのはゴメンでフ~!大体、今回はあれですんで、まだ良かった方でフよ~。あれは、まだまだ遊びに過ぎないでフかなね。」

「そうなのか?」

 

ロクロウは首を傾げる。

ビエンフーは腰に手を当てて、

 

「そうなのでフ~。裁判者や審判者がその気になれば、世界なんて簡単に破壊できるでフよ。現に、『クローズド・ダーク』の時だって、裁判者の逆鱗に触れたからって言う噂だってあったくらいでフから。」

「待って下さい。それって確か……だとしたら、彼らは何歳だというのですか⁉」

 

エレノアが眉を寄せて、ビエンフーを見る。

ビエンフーはキョトンとしながら、

 

「そんなもの世界ができた時からでフよ~、エレノア様~♪」

 

と、抱き付こうとするビエンフーを、マギルゥが捕まえて、

 

「ビエンフー、お主……お仕置きが必要じゃな。」

「ま、マギルゥ姐さん‼」

 

ビエンフーはガタガタ震え始める。

アイゼンはそれを見据え、

 

「やはりお前は……」

 

そしてマギルゥはクルッと回り、

 

「さて、坊。進路はわかっておるな?」

 

ライフィセットは頷き、

 

「うん!サウスガンド領、南洋諸島イズルト!」

 

と、指を指す。

 

各々休息を取っていた。

そしてライフィセットはアイゼンを見上げる。

 

「ロクロウのお兄さん、強かったね。それに裁判者さんも。」

 

ライフィセットは思い出しながら言う。

アイゼンは眉を寄せて、

 

「ああ、奴は……奴らは強い。そしてアイツもな。」

「けど、必要なら倒す。どんな手を使ってでも。」

 

後ろで、ベルベットは眉を寄せて、拳を握りしめる。

 

 

しばらくして上から降りてきた裁判者。

甲板に座り、海を眺めていた。

と、斜め後ろから独り言が聞こえてくる。

 

「ベルベットの業魔≪ごうま≫手、それに裁判者のあの影や力……あの謎だらけの“武器”は、いずれは聖寮に仇なすものとなるはず。ここは冷静に分析しておく必要がありますね。」

 

と、視線を向けるとエレノアが顎に指を当てて、考え込む。

 

「ですが、裁判者の方は謎が多すぎる。情報が足りません。なら、ここはベルベットについて分析するのが道理。そもそも、ベルベットの腕は突然変形して、なんでも喰らうあの破壊力。手で喰らうという感覚はどのようなものなのか。あの業魔≪ごうま≫手は包帯を喰らわないのか……あるいは包帯に特殊な術がかけられているのか。」

 

と、眉を寄せる。

その後ろを、ロクロウが呆れたように通り過ぎて行く。

それには気付かず、考え込む。

 

「同様に、あの服装にも注目せねばなりません。あれほどにボロボロな服を着ていることには抵抗があるはずなのに、買い替えるそぶりもない。裏を返せば、あの服に思い入れがあるという証。上着もよく見ると大きすぎて……まるで男物!もしかすると、あれはベルベットにとって大切な人との思い出の……なら、服装に触れるのは無神経ですね。」

 

その後ろを、今度はアイゼンが無言で通り過ぎて行く。

それには気付かず、自信満々に、

 

「こう見えても私は裁縫は得意……!ここは買い替えよりも、修繕を勧めるべきかも。見るところ、針の通りにくそうな素材でしたから、かなり骨の折れる作業になりそうですが……」

 

その後ろを呆れたように、今度はマギルゥが通っていく。

そのマギルゥを裁判者は黙って、合図を送って来させる。

エレノアはガッツポーズを取り、

 

「敵が強いほど、私は燃えるタイプ!などと言うと、アルトリウス様には叱られてしまうでしょうが……」

「誰に叱られるって?」

 

と、今度は落ち込んだエレノアの背に、ベルベットが声をかけた。

エレノアはビックンと大きく動揺し、

 

「あ、は、はい‼その……お裁縫を!」

 

そして深呼吸をして、

 

「えっと……あなたのその服が破れているので、縫いましょうかなんて言ったら叱られ……ますよね。」

「えっ、あたしの服……?あんた、そんなこと気にしてたの?」

 

ベルベットは意外そうな顔になる。

 

裁判者に近づいたマギルゥは、裁判者の横に座り、

 

「なんじゃ?」

「あれは何で、心の声をわざわざ聞こえるように言っているのだ。」

 

裁判者は横目で、エレノアとベルベットを見る。

二人は話し始めている。

マギルゥは笑みを浮かべて、

 

「そういう人間なのじゃ。いやはや、なんとも面白いのぉ~。」

「お前以上に、か。それは変わった人間だ。」

「お主に言われとうないなぁ~。」

 

と、マギルゥはさっきとは違った笑みを浮かべる。

そして裁判者が見ていた二人は、ベルベットが彼女から離れる所だった。

裁判者は立ち上がり、海側に足を出して座る。

その背に、バンエルティア号の船員達が、

 

「落ちるなよ、お嬢ちゃん。」

 

と、声を掛ける。

裁判者は顔だけ彼らに向け、

 

「では、落ちたらお前達の死神のせいにしておけ。奴の死神の力が私にも及ぶか、いい実験にする。」

「では、落ちて魚のエサにでもなれ。」

 

と、アイゼンがその背を睨む。

裁判者は横目で彼を見て、

 

「逆にお前が、私のエサにならないといいな。だろ、死神……いや、アイゼン。」

「その時はその時だ。だが、ただではエサにはならんがな。」

 

と、睨み合っていた。

マギルゥが笑いながら、

 

「いやはや、死神に邪神が加わって……さらにこの旅をはちゃめちゃにしてくれそうだのぉ~。」

 

そしてマギルゥは目を細める。

裁判者は黙り込み、何かに気付く。

目線でだけで船を見渡し、

 

「アイゼン、仲間を失いたくなければ……近くの港に行く事だな。」

「……何を……!」

 

アイゼンは船員達を見る。

船員が急に三人倒れ込む。

他の船員が駆け寄る。

アイゼンは背を向けて、

 

「裁判者、何故それを教えた。」

「……せっかく船に乗ったと言うのに、死なれては実験にならんだろう。」

「貴様!」

「いいのか。」

「クソッ!」

 

アイゼンは上の方に上がって歩いて行く。

裁判者は再び海に向ける。

上の方からは緊迫したアイゼンの声が響く。

 

「ベンウィック、進路変更だ。レニード港へ向かう。」

「副長、急にどうしたんですか⁉」

「“壊賊病”だ。下で三人倒れた。最初の兆候は三日前みたいだ。お前はどうだ?」

「俺はまだ大丈夫。けど、三日目ってことはこの船全員もらってますよね?」

「おそらくな。しかし、レニード港に行けば治療薬が手に入るはずだ。」

「すぐにみんなの状況確認します。」

「全員水分を多めに摂らせろ。自分の分も忘れるなよ。」

「了解!全員、緊急態勢ー!」

 

と、船に声が響き渡る。

 

 

彼らはレニード港に着き、船から降りて話し込んでいた。

裁判者は雨降る空を見上げ、

 

「ここは……ついでに様子を見るか。」

 

裁判者も船から降り、彼らの所に着いて行く。

ライフィセットは首を傾げる。

 

「あなたも行くの?」

「ああ。見たいものがあるからな。」

 

と、目を細める。

 

港を抜け、橋を渡って町に入る。

薬屋に行き、

 

「サレトーマの花が欲しい。」

 

アイゼンが亭主の背に声をかける。

亭主は振り返って、

 

「珍しいモノを欲しがるね。もしかして、壊賊病かい?」

「ああ、最初の奴が熱を出して三日経つ。早いとこ手当をしてやりたい。」

「そうか……あいにく、切らしちまってるんだ。」

「なぜ品切れになる?今が花の季節だろう。」

 

アイゼンは眉を寄せて睨む。

亭主は脅えながら、

 

「サレトーマが咲くワァーグ樹林に業魔≪ごうま≫が出てな。聖寮が樹林への立ち入りを禁止しちまったんだ。」

「立ち入り禁止……?退治していないのですか?」

 

エレノアが亭主を見る。

亭主は肩をすくめ、

 

「よくわからんが、探してもめったに見つからんらしい。百回に一回出くわすかどうかだとか。」

「それ、危険じゃないだろう?」

 

ロクロウが腕を組む。

亭主は首を振り、

 

「だが、出会って生きて帰った者はいないんだ。」

「壊賊病、薬はない、聖寮に、妙な業魔≪ごうま≫。いよいよ“死神の呪い”全開じゃのー。」

 

と、マギルゥが目を細めて、笑う。

エレノアは首を傾げる。

亭主はアイゼンを見て、

 

「他の街から取り寄せられるかもしれないけど、発熱三日じゃ、間に合うかどうか……」

「ワァーグ樹林にいけば、サレトーマの花は咲いてるのね?」

 

ベルベットが亭主を見る。

亭主は頷き、

 

「たぶんな。でも業魔≪ごうま≫が……」

「ワァーグ樹林に向かうわよ。」

 

ベルベットが亭主に背を向けて歩いて行く。

裁判者はその背に、

 

「行くのであれば、気は抜くなよ。」

「言われなくても。」

 

裁判者も歩き出す。

ワーグ湿原を越え、ワァーグ樹林に向かう。

他の者達も歩き出し、後ろで歩いていたエレノアは、

 

「あの、ライフィセット、死神の呪いってなんなのですか?」

「……アイゼンは自分の周りの人たちを、不幸にする力をもってるんだって。」

 

ライフィセットはエレノアを見る。

エレノア顎に指を当てて、

 

「それは……聖隷の特殊な力ですか?」

「ただの不幸ではないぞ。海門要塞では、突然業魔≪ごうま≫病が大発生したし、海賊団にも、多くの死者が出ておる。」

 

マギルゥが笑みを浮かべる。

エレノアは眉を寄せ、

 

「そんな話……にわかには信じられません。」

「死神の呪いは本物でフー‼」

 

と、ビエンフーが飛び出してくる。

そして肩を落としながら、

 

「ボクがエレノア様から引き剥がされ、マギルゥ姐さんにフん捕まったのも呪いのせいでフー!」

「そう……なの?」

「エレノア様の涙が渇くよう、頬をフーフーした日々が、恋しいでフー。」

 

と、頬を赤く染めて、くねくねする。

エレノアも頬を赤くし、

 

「えっ⁉ちょっと……!」

「ここでエレノア様にフタタビ会えたのも、フシギなご縁。あらためてエレノア様のもとへ……」

 

ビエンフーはニヤニヤし出す。

マギルゥは笑顔で、

 

「好きにするがよい。」

「いいんでフか⁉」

 

ビエンフーは大喜びする。

マギルゥは物凄い笑顔で、

 

「とめはせぬ。乙女の秘密をペラペラしゃべる聖隷が欲しいならのー。」

「結構です!私にはライフィセットという守るべき聖隷がいますから。」

 

と、エレノアはライフィセットに近付く。

ビエンフーは肩を落とし、

 

「そんなぁ~!今はライフィセットに、涙をフーフーしてもらってるのでフーか~?」

「してもらってませんってば!もう、あんたなんて知りません!」

 

と、前に勢いよく歩いて行く。

ビエンフーは涙を流しながら、

 

「ビエ~ン……!」

 

と、飛んでいく。

その先には裁判者の背中。

ぶつかる前に、飛んで来たビエンフーを影が捕まえる。

裁判者は後ろの会話を聞いていたので、ビエンフーが来るのは解っていた。

だが、彼を横目で睨む。

そして影に締め付ける。

 

「ビエ~ン‼マギルゥ姐さん‼助けてでフ~‼」

 

と、いう声が響き渡る。

マギルゥはそれとエレノアからライフィセットを離すベルベットを見て、

 

「これも死神の呪いかの……」

 

アイゼンは手を広げて肩を上げる。

さらにはため息もついていた。

と言うよりかは、呆れていた。

 

しばらくして落ち着いたエレノアは、

 

「で、結局の所……死神の呪いは本当なんですか?どうも信じられないんですが……」

「そういうこと言っておると、急に腹痛になったり、靴擦れしたり、口の中に虫が飛び込んだりするぞ。」

「虫……⁉」

 

答えたのはライフィセットではなく、マギルゥがニヤリと笑いながら言う。

それにエレノアは目を見張り、ライフィセットも脅える。

 

「姐さん、テキトーなこと言って、エレノア様を怖がらせちゃダメでフ~!」

 

と、裁判者の影から解放されたビエンフーが飛んでくる。

そして思い出すように、

 

「これまでにバンエルティア号を取り締まった、海軍の軍艦が四隻も行方不明になってるとか。アイゼンが泊まった島の男が業魔≪ごうま≫病になったとか、肩がぶつかった人が笑いが止まらなくなって死んだとか。そういえば、裁判者とばったり会ったら、その辺り一帯が謎の現象が続いたとか――」

「やめてください。そっちの方が怖いです……」

 

エレノアは大声で止める。

そこに後ろに居たアイゼンが、エレノアを見て、

 

「つくり話だ。」

 

そして彼は腕を組み、

 

「軍艦が七隻、島民は男だけじゃなく全員、ぶつかった奴は笑いじゃなくてしゃっくりだからな。だが、裁判者の話は本当だ。あの辺り一帯は大地が枯れ、荒れ地となった。」

「ひえ……っ⁉」

「こ、こわいでフ~……!」

 

エレノアとビエンフーは脅えながら、アイゼンから離れる。

そこにロクロウが、

 

「だが、壊賊病に関しては心配いらんだろう。サレトーマの花を絞って飲めばいいんだから。」

「花が咲いていれば、ね。」

 

その横からベルベットが呆れたように言う。

そして彼らの前に居た裁判者も、

 

「そして、その道中に発作がでなければ、な。」

 

と、横目でエレノアを見る。

ロクロウが納得したように、

 

「ああ、それはそうだ。」

「嫌な予感がしますね……」

 

エレノアは頭を抱える。

裁判者は目を細めて、

 

「ああ。あるだろうな。」

 

そう言って前を向く。

ワァーグ樹林に入り、少し休息を取っていた。

アイゼンはいつものように、コイン投げ、キャッチする。

それを見たマギルゥは、

 

「やはり“裏”か。死神の呪いも律儀に作用するのー。」

「呪いとは……金貨の裏表にまで関わるのですか?」

 

エレノアもそれを見て、聞いた。

アイゼンはエレノアを見て、

 

「まあな。」

「聖隷の力は、モノに影響を及ぼしたり、モノが持つ波長に同調することがあるんじゃよ。」

 

マギルゥが指を立てて、説明する。

エレノアは驚きながら、

 

「あなたの場合は、その金貨だと?」

「ああ。だから必ず裏が出る。」

 

そして、再びコインを投げ、キャッチする。

それは裏だった。

エレノアは眉を寄せ、

 

「そんなことが……」

「信じる信じないは、お前の自由だ。」

「付け加えるのなら、その金貨はアイゼンの器じゃよ。」

 

マギルゥはアイゼンの言葉を付け加える。

エレノアは顎に指を当てて、

 

「……ライフィセットが羅針盤を持っているのも、その、波長のせいなのですか?」

「そうとも言えるが、あの羅針盤はあいつが男である証のようなものだ。」

 

アイゼンはライフィセットを見る。

 

「証?」

 

エレノアも首を傾げながら、ライフィセットを見る。

 

「錆びないように、よく磨いておかないと。」

 

そこには羅針盤を嬉しそうに磨いている姿。

エレノアは腕を組み、

 

「よくわかりませんが……」

「やれやれ、一等対魔士のクセに、な~んも知らんのじゃのー。」

 

と、ニヤリと笑う。

エレノアは頬を膨らませる。

だが、それを飲込み、視線を外しながら、

 

「それにしても、裏面しか出ないコインなんて。聖隷の力が、そこまで影響を及ぼすものなのですか?」

「疑り深い女じゃのー。」

 

マギルゥは呆れたように、エレノアを見る。

そして羅針盤を磨き終わったライフィセットが、エレノア達に近付き、

 

「でも、アイゼンのコインは本当に裏しか出ないんだよ。」

「マギルゥ……ひょっとして、あなたが術でイタズラしているのでは?」

 

と、呆れたように目を細める。

マギルゥは笑みを浮かべて、

 

「ほう、そうくるか?」

「ええ、疑り深い女ですから。」

「根に持つ女でもあったかえ。じゃが、残念ながらハズレじゃ。むしろ、術で表を出そうと試みたが、ど~してもできんかったわい。」

 

と、笑う。

アイゼンはエレノアにコインを見せ、

 

「コインに種も仕掛けない。確かめてみるか?」

「あ!これは……『魔王ダオス』!」

 

エレノアはアイゼンの手の平に乗っているコインを見て、驚く。

アイゼンは小さく笑い、

 

「よく知ってるな。これはカーラーン――」

「カーラーン金貨ですね!本物を見るのは初めてです。遥か古代の貨幣なのに、つい最近つくられたみたいにきれいですね。」

 

と、エレノアは目を輝かせる。

アイゼンは嬉しそうに、

 

「ふっ……それには理由がある。一見柔らかい金でできているが特殊な加工で硬度を――」

「はい、傷がつきやすい金の表面に、指の温度に反応する特殊な形状記憶合金をメッキしてあるんですよね。だから傷がつきにくい。」

「そう……か。」

 

指を当てて、嬉しそうに解説するエレノア。

アイゼンは引きつった顔で、渋い顔になる。

エレノアはさらに続ける。

 

「私たちには真似できない未知の技術です。これに仕掛けをするのは無理ですね。死神の呪い……認めざるをえないかも……」

 

と、一人納得しているエレノアの言葉に、聞き耳を立てていたロクロウが、

 

「ん?表面を硬くする加工じゃなかったか?」

「……勘違いだろう。」

 

そんなロクロウに、アイゼンはすました顔でいう。

ライフィセットも首を傾げ、

 

「でも、前にアイゼンは……」

「そういうことにしておきなさい。」

「うん……」

 

ベルベットが小声でライフィセットに言う。

そして一行は再び歩き出す。

アイゼンは腕を組み、歩く。

 

「形状記憶……ううむ、そんな技術が……」

 

裁判者はその彼の横を通りながら、

 

「今回は勉強不足だった、と言うわけだな。と言うよりかは、知識が足りなかったか。」

「それは同じことではないか?」

 

と、マギルゥもアイゼンの横を通りながら、裁判者の背に言った。

アイゼンは眉をピクッと動かしながらその後ろを歩いて行く。

 

歩いていると、ライフィセットが首を傾げながら、

 

「サレトーマって、どんな花が咲くのかな?」

「むらさき色の花に、赤茶色の茎や葉っぱというなんともシュミの悪い花じゃ。」

 

マギルゥが指を当てて、ライフィセットに教える。

ライフィセットは顎に指を当てて、

 

「サレトーマはシュミが悪い……わかった。」

「それと、サレトーマの花言葉を知っておるか?」

 

と、マギルゥは笑みを浮かべる。

エレノアが思い出しながら、

 

「確か……『偽りの共存』でしたか?」

「花言葉までシュミが悪いのね。」

 

ベルベットは呆れたように言う。

ライフィセットは首を傾げ、

 

「偽りの、共存……」

「くくく、今の儂らにはピッタリな花じゃのー。のう、裁判者。」

 

と、マギルゥは笑いながら、裁判者を見る。

裁判者は歩きながら、

 

「だろうな。このメンツではな。」

 

すると、ライフィセットは考え込んでいた。

それに気付いたロクロウが、

 

「どうした、ライフィセット。」

「マギルゥの言う通り……なんだよね?」

「まあな。エレノアは聖寮の人間だし、あの裁判者は掴みどころがわからんし、俺たちと心から仲よくするってのは無理な話だろうな。」

 

と、ロクロウは苦笑する。

ライフィセットは俯き、

 

「だよね……」

「あ、でも、いがみ合うばかりではなく、その……共通項というか、落としどころはあると思いますけど。」

 

俯くライフィセットにエレノアがあたふたしながら言う。

その間に、

 

「偽りの共存でも、ノープロブレムでフよ~‼エレノア様にはボクがいるでフ~‼」

 

ビエンフーが割って入り、

 

「ボクとエレノア様は、一度は永遠を誓いあった仲なんでフから~♥」

 

と、エレノアに近付いて行く。

エレノアは眉を寄せ、

 

「あなたを使役する契約をしただけです。誤解を招くような言い方はやめてください。」

「ビエ~ン‼エレノア様……ソー・クール……」

 

泣いて飛んでいく。

その先には裁判者の背がある。

そしてまたしても、影がビエンフーを捕まえる。

 

「ビエ~ン‼お助けでフー‼」

「大丈夫じゃぞ、ビエンフーよ。お主には儂がおるではないか!」

 

と、影からビエンフーを取り出すマギルゥ。

ビエンフーは笑顔になり、

 

「おお、マギルゥ姐さん!やっぱりボクには姐さんしかいないでフ~……」

 

マギルゥは笑顔で、

 

「よしよし、儂のありがた~い恩を思い知って、文句を言わずに働くのじゃぞ♪」

「はいでフ~!新しい愛を見つけるまで、そこそこ頑張るでフよ~。」

 

と、互いに笑顔を向け合う。

ベルベットは呆れながら、

 

「ライフィセット。偽りの共存って、ああいうのを言うのよ。」

「業魔≪ごうま≫と対魔士、聖隷と海賊と魔女と裁判者……確かに俺たちは、一心同体にはなれんが、お互いの立場を偽りなく理解しているはずだ。」

 

アイゼンがライフィセットを見下ろす。

ライフィセットは頷き、

 

「うん、偽りの共存じゃないよね。」

「ああ。約一名を除いてな。」

 

アイゼンは裁判者の背を睨む。

ライフィセットは渋い顔になって、

 

「偽りの共存じゃ……ないよね?」

「まあね。『勝手な共存』といったところよ。」

 

ベルベットが呆れたように言うと、ライフィセットは笑い、

 

「あはは、そうかもね。」

 

エレノアは悲しそうに、拳を握りしめる。

裁判者は彼らを横目で見て、

 

『……なんとも難儀な理だな……』

 

と、歩いていると巡回中の対魔士と遭遇する。

 

「貴様ら、ここで何をしている!」

「それは、こっちのセリフよ!」

 

と、ベルベット達は身構える。

裁判者は対魔士の横を通り、

 

「私は先に行っているぞ。」

「貴様!」

 

と、対魔士が裁判者の肩を掴む。

裁判者は赤く光る瞳が横目で彼を見ると、

 

「……⁉く、来るな―‼」

 

と、彼は脅えながら、武器を振るう。

他の対魔士は彼を見ながら、

 

「貴様!何をした⁉」

「では、先に行っているぞ。」

 

裁判者は奥に向かって歩いて行く。

しばらくして、裁判者は彼らの居る方を横で見据えていた。

 

『……反応は、している……か。』

 

そしてすぐに対魔士を倒して、ベルベット達が追いかけて来た。

ベルベットは怒りながら、

 

「あんた!」

 

だが、彼女の文句を言う前に、裁判者は彼らを見て、

 

「良かったな、花は咲いているぞ。」

「あっ……本当だ!むらさき色の花が咲いてる!」

 

ライフィセットは嬉しそうに花に駆けて行く。

アイゼンもその花を見て、

 

「サレトーマの花だ。」

「……聖寮は、業魔≪ごうま≫を警戒していただけなのか?」

 

ベルベットは腕を組み、顎に指を当てて考え込む。

アイゼンは腕を組み、

 

「今は、サレトーマが採れればそれでいい。」

「そうね。」

「無事に採れれば、な。」

 

と、裁判者はベルベットとアイゼンを見据える。

それと同時だった。

 

「うわああっ‼」

 

ライフィセットの悲鳴が上がる。

彼の前に強大なムシのような業魔≪ごうま≫が突如現れる。

 

「「ライフィセット‼」」

 

ベルベットとエレノアがライフィセットに駆け寄る。

ベルベットが剣を振り上げ、ライフィセットから業魔≪ごうま≫を離す。

ロクロウが剣を構え、

 

「薬屋が言っていた業魔≪ごうま≫は、こいつか!」

「滅多に出会わないと言っていたのに……これが“死神の呪い”⁉」

 

エレノアも武器を構えながら、眉を寄せる。

アイゼンは敵を睨みながら、

 

「まだ序の口だ。」

 

と、ムシの業魔≪ごうま≫は飛んで逃げ出そうとしたが、結界のようなものがそれを弾く。

裁判者はそれを見て、

 

『やはりここも、あれか……それにあれをちゃんと防いでいるな。』

 

裁判者が考え込んでいる間に、ベルベット達は戦闘態勢に入っていた。

戦う彼らに、

 

「花を潰してはもともこもないぞ。」

「わかってるわよ!」

「何をそんなに怒っている。」

「うるさい!」

 

怒るベルベットに裁判者は「やれやれ」と言うように、黙って見ていた。

そしてムシの業魔≪ごうま≫を殺しそうになるベルベットの前に出て、

 

「しばし待て。」

「は⁉」

「いいから待て。」

 

裁判者はベルベットに睨む。

ベルベットは眉を寄せながらも、

 

「わかったわよ。」

 

裁判者はムシの業魔≪ごうま≫を見上げ、

 

「……うむ。そうか……いいだろう。」

 

裁判者は影から弓を取り出し、雷を纏った矢をムシの業魔≪ごうま≫に放つ。

そしてムシの業魔≪ごうま≫は小さくなっていき、カブトムシのようなクワガタムシのような虫へと変わる。

裁判者は影に弓をしまい、

 

「もういいぞ。」

 

彼らに振り返る。

エレノアは驚きながら、

 

「あの影は本当にどうなっているのです⁉というより、虫と会話してませんでした⁈」

「知らないわよ。私に聞かないで。」

 

ベルベットがエレノアを睨む。

マギルゥが笑みを浮かべて、

 

「素直に何も知らぬと言えばよいものを……」

 

ベルベットはマギルゥにも睨む。

マギルゥは身をすくめ、

 

「おお、コワ~。」

 

そしてライフィセットが小さくなったムシの業魔≪ごうま≫に歩み寄り、それを持ち上げる。

彼はベルベットを見て、

 

「この虫、連れて行っちゃ――」

「ダメよ。処分するからどいて。」

 

と、ライフィセットに近付く。

ライフィセットは悲しいそうにムシを見つめる。

そして左手を業魔≪ごうま≫の手にして、近付ける。

裁判者はそのベルベット手を掴み、見据え、

 

「いいのか、せっかく手に入れたのに。」

「は?」

 

ベルベットは眉を寄せる。

その背に、

 

「そいつの言う通りだ。聖寮が守っていたんだ。殺さずに様子を見たほうがいいんじゃないのか?」

 

ロクロウが腰に手を当てて言う。

裁判者はベルベットの手を放し、

 

「ま、殺したのなら、それはそれで構わないがな。」

 

ベルベットはライフィセットを見つめる。

ライフィセットはベルベットを見つめる。

ベルベットはため息をついた後、ライフィセットの後ろの結界に左手で掴み、壊す。

そしてライフィセットを見て、

 

「自分で世話をするのよ。」

「うん!世話する!」

 

と、嬉しそうに笑顔で頷く。

アイゼンは辺りを見渡し、

 

「サレトーマの花を確保できた。これで船の連中も、エレノアも大丈夫だ。」

「こら!儂も数えーい!」

 

マギルゥはアイゼンに向かって怒る。

エレノアはアイゼンを見て、

 

「壊賊病という“死神の呪い”も解けましたね。昆虫業魔≪ごうま≫には驚きましたけど、“呪い”なんて、やはり大げさな気もします。」

「それと、これとは別物だからな。」

 

裁判者はアイゼンを見据える。

アイゼンは背を向け、

 

「……俺と旅をして、三年以上生き延びている奴は数えるほどしかいない。油断すると五十人目の犠牲者になるぞ。」

 

と、横目でエレノアを見据える。

エレノアは眉を寄せ、

 

「五十人⁉」

「呪いで死んだ仲間の数だ。」

「えっ……あ、あの私……」

 

エレノアは視線を外して俯く。

アイゼンはエレノアに振り返り、腕を組み、

 

「気を抜くなということだ。」

「……はい。」

 

エレノアは顔を上げて、頷く。

ベルベットは歩き出しながら、

 

「目的の花は採れた。船に戻るわよ。」

 

裁判者も歩き出す。

その後ろに彼らも歩き出す。

と、後ろの方でエレノアの驚いた声が聞こえてくる。

 

「え⁉業魔≪ごうま≫が人間に戻る?」

 

裁判者は後ろを見る。

ロクロウが不思議そうに、

 

「そんなに驚くことか?」

「当然です!業魔≪ごうま≫病になった者は、二度と人間の姿には戻れない。これは常識ですよ。……でも、ギデオン司祭の例もある。あの件となにか関係が……」

 

と、エレノアは一人考え込む。

ロクロウは呆れたように、

 

「戻るっていっても死体なんだが……常識だったのか?」

「……海賊には関係ないことだ。」

 

ロクロウはアイゼンを見るが、彼は視線を外して言う。

裁判者は彼らを見て、

 

「常識の力ではないからな、あれは。お前たち対魔士や聖隷の力でもなく、ただの業魔≪ごうま≫の力でもない。」

「それはどういう……」

「ただ、お前たちの常識ではないと言うことだ。」

 

裁判者は彼らを見据え、そして視線を前に戻して歩いて行く。

後ろからはマギルゥの笑い声が響く。

船に向かって歩いていると、ベルベットも会話に加わり、喧嘩や笑い、困惑といった話で盛り上がっていた。

と、言っても裁判者には興味がないのが現状である。

 

途中、また巡回対魔士を見つける。

物陰に隠れ、彼らの会話を聞く。

 

「なあ……例の“手配聖隷”、こっちを襲うと思うか?」

「奴の狙いは“ロウライネ”だろう。だが、気を抜くなよ。揺動で“虫かご”を壊しにくる可能性はある。」

 

それを聞いたベルベットは、

 

「手配聖隷……狙いはロウライネ……?」

 

巡回対魔士の話は続く。

 

「しかしヘラヴィーサを破壊した業魔≪ごうま≫といい、裏切り者のエレノアといい、なにより第一級指名手配犯の件は特等対魔士以外は手を出すな、と言う命が出たしな。まったく問題ばかりだな。」

「それに対処するのが我らの使命だ。」

 

そう言って歩いて行く。

ロクロウはベルベットを見て、

 

「聖寮がなにやら動いているようだな。」

「“虫かご”とは、さっきの結界のことか?」

 

アイゼンが腕を組む。

マギルゥは頭に手をやって、

 

「じゃとしたら、儂らが襲ったことがバレるの。」

「早めに立ち去るのが正解ね。」

 

ベルベットが再び歩き出す。

裁判者は顎に指を当てて考え込む。

 

『さて、どうするか……いちを、確かめておくか。』

 

と、歩き出す彼らに付いて行く。

ノーグ湿原に戻り、中間地点に来ると、

 

「よう~!元気かい?って、よく見えりゃあ、裁判者もご一緒とは珍しい。」

「ザビーダ!」

 

と、アイゼンは風の聖隷に殴り込みに行く。

だが、風の聖隷は銃を構え、

 

「おっと、ケンカの相手はまた今度だ。デートに遅れるわけには行かないんでな。」

「……“それ”はアイフリードの物だ。なぜてめぇが持ってる?」

「拾ったんだよ、どっかで。」

「茶化すなケンカ屋。力づくでも話させる。」

「はっ!副長さんよ、あんたは殴られたら口を割んのか?」

「試されるのはてめぇだ。」

「話したきゃ話す。殴りたきゃ殴る。それを決られるのは、俺の意志だけだ。」

 

と、睨み合う。

裁判者は町とは別の方に歩き出し、

 

「では、勝手にやってろ。私は別行動させて貰う。」

「は⁉」

 

ベルベットは裁判者を睨む。

裁判者は横目で彼女を見て、

 

「どうせ、お前達とは行先は同じだ。」

 

裁判者は歩いて行った。

 

裁判者はある建物の前に来る。

巨大な塔を見上がる。

 

「……クローディンの編み出したという術式か……と言うことは、クローディンに縁あるものか……」

 

そして中に入って行く。

中に入り、裁判者は身を拘束される。

体には自分の周りに囲う魔法陣から鎖が出ている。

 

「なるほど……な。少しだけ、遊んでやるか。」

 

影がその拘束を喰らいつく。

それが消え、歩き出す。

その途中も、裁判者の影は術式を喰らい尽くしながら上へと歩いて行く。

 

裁判者は空高く天井が開いている場所に来る。

そして下を見る。

そこにはベルベット達が三体の業魔≪ごうま≫ワイバーンを倒したところだった。

裁判者は真下に向かって降りる。

真上から現れた裁判者を見て、ベルベットが眉を寄せる。

 

「あんた!」

「いやはや、先に行ったお主が後から、それも上から出てくるなんて、何をしておったのだ?」

 

マギルゥが目を細めて言うと、裁判者は空を見上げ、

 

「人間と遊んでいた。だが、役不足だな。」

「は?」

 

裁判者は業魔≪ごうま≫ワイバーンに近付き、

 

「なるほど……ジークフリードの力を使ったか。だが、穢れに飲まれたな。」

 

裁判者がそう言うと、アイゼンが裁判者を見据える。

と、そこに風の聖隷が老人の対魔士をペンデュラムで拘束し、銃の銃口を頭に押し付けてやって来た。

 

「策士策に溺れるってやつだな、ジジイ。」

「溺れたのはどっちかな。」

 

そう言って、老人の対魔士は業魔≪ごうま≫ワイバーンの方を見る。

風の聖隷も見ると、ベルベットが左手で業魔≪ごうま≫ワイバーンの一体を喰らい、アイゼンが業魔≪ごうま≫を打ち上げる。

落ちた業魔≪ごうま≫ワイバーンに裁判者の影が近付く。

その業魔≪ごうま≫ワイバーンを裁判者の影が喰らった。

その光景には、風の聖隷だけでなく、エレノアも目を見張る。

風の聖隷は眉を寄せて、

 

「なにっ‼!」

「もう一匹はあたしがやる。裁判者、手を出んじゃないわよ。」

「……好きにしろ。私の目的は済んだ。」

 

裁判者は背を向ける。

ベルベットは残った業魔≪ごうま≫ワイバーンに近付き、左手を振り上げる。

そして振り下ろす。

だが、そこにペンデュラムが彼女の腕を弾く。

風の聖隷が業魔≪ごうま≫ワイバーンの前に立ち、ベルベットを睨む。

そしてベルベットと風の聖隷が対峙し始める。

風の聖隷がベルベットの左手の攻撃を何度か避け、彼女の左手に蹴りを繰り出す。

すかさず、ペンデュラムでベルベットの足を崩し、態勢を不安定にしたベルベットが地面に倒れる。

風の聖隷はペンデュラムでその彼女を吹き飛ばす。

その隙に、銃で業魔≪ごうま≫ワイバーンに弾丸を撃ち込む。

業魔≪ごうま≫ワイバーンは目を覚まし、咆哮を上げて飛んで逃げていく。

裁判者は風の聖隷を横目で見る。

彼はベルベット達を睨み、

 

「あっさり殺しやがって!それが、てめぇらの流儀かよ‼!裁判者!てめぇもだ!」

 

風の聖隷が裁判者を睨む。

裁判者は風の聖隷に振り返り、

 

「何がだ?」

「なぜお前が、あのワイバーンを喰らった!」

「あれは、死神の呪いで業魔≪ごうま≫になったからだ。もう一匹はあれが喰らったからな。」

 

と、ベルベットを横目で見る。

風の聖隷は銃口を裁判者に向ける。

 

「ふざけんな!答えになってねぇ!」

「素晴らしい。“ジークフリード”――まさに求めていた力だ。」

 

その彼の怒りの声に割り込んで、老人の対魔士の声が響く。

拘束していた老人の対魔士が姿を消していた。

裁判者以外の者達が辺りを警戒する。

そして裁判者は風の聖隷の背後を見る。

そこに一人の老人の対魔士が現れ、彼の持っていた銃のデータを奪い取る。

ザビーダがそれに気付き、

 

「なにっ⁉」

 

後ろを振り返るが、すでに居ない。

彼は入り口の方に現れ、

 

「一つ、目的は達した。」

「なにをしやがった‼」

 

風の聖隷が入り口にいる老人の対魔士を睨む。

老人の対魔士は裁判者を見据え、

 

「最後の目的も果たさせて貰う。」

 

と、裁判者は何かの気配を感じ、回し蹴りをする。

そこに剣を振り下げた使役聖隷。

その剣はいつぞやの聖剣エターナルソード。

その使役聖隷は壁に叩き付けられる。

だが、すぐに起き上がり、再び剣を振り上げて裁判者に斬りかかる。

裁判者はそれを避け、

 

「剣を使って力を封じた所で、お前一人では私を殺せぬぞ。」

 

と、老人の対魔士を見据える。

だが、裁判者は彼を見て、

 

「なるほどな、何とも低く高い賭けだな。……哀れな、聖隷よ。一度でも私の背後を取った褒美に、私が喰らってやろう。」

 

と、地面に剣が刺さり、引っこ抜こうとする使役聖隷に影が襲い掛かる。

だが、そこに「ズドーン」と言う音が響く。

風の聖隷が裁判者の心臓に、弾丸を撃ち込んだのだ。

影が戻り、裁判者は一歩下がる。

使役聖隷が剣を持ったままその場から消え、

 

「さぁ、その銃の性能をしかと、確かめさせて貰うぞ!」

 

と、老人の対魔士の声が響く。

裁判者が心臓のとこの服を握りしめ、身を丸くする。

彼女の影が揺らめき出し、裁判者が身を反らして手を広げる。

彼女の影が溢れだし、辺りの空気が息苦しくなる。

 

「な、何ですか、これは⁉」

 

エレノアは自分の腕を掴み、身を守るように震える。

そしてアイゼンとザビーダが膝を着く。

 

「ぐっ!なんて穢れの領域だ!」「クソっ!なんつー化け物じみた穢れだ!」

 

ベルベットとロクロウは眉を寄せ、

 

「何がどうなったのよ!」

「わからん!」

 

そう言う二人も、体が重く、何かを感じ取っている。

マギルゥも冷や汗が出始める。

 

「いやはや、これは本格的に――」

 

と、ビエンフーがマギルゥの中から飛び出し、マギルゥを見上る。

 

「こ、これはまずいでフよ~!マギルゥ姐さん‼」

「わかっておるわい!」

 

マギルゥは腰に手を当てて、眉を寄せる。

と、今度はライフィセットが座り込み、

 

「く、苦しい……!」

「ライフィセット!」

 

ベルベットが駆け寄る。

そこに声が響く。

 

「……ああ、私もいい実験になった。」

 

裁判者の影が収まり、彼女の元に集まり出す。

その一部がヘビのように、老人の対魔士を掴み上がる。

裁判者は彼に歩いて行き、赤く光り出した瞳で彼を見据える。

 

「だが、少し私を甘く見過ぎたな、人間!」

「こ、これほどまでに化け物だったとは‼あの時以上ではないか⁈」

 

裁判者は一つの球体を創りだし、

 

「だが、今回は一つの結果を見させてもらったからな。これはその褒美としてくれてやる。お前が知りたがっていた神依≪カムイ≫の力だ。だが、それとこれを解析しても扱える物の霊応力がなければ意味がないがな。」

 

と、彼を叩き落とす。

老人の対魔士は裁判者の創りだした球体を取り、眉を寄せながら歩き去っていく。

 

「くそっ!待ちやがれ!」

 

と、風の聖隷は立ち上がろうとするが、体が動かない。

裁判者は彼らに振り返り、

 

「さて、この穢れを元に戻さねばな。」

 

そう言って、裁判者は影をしまって、歌い出す。

それがこの塔全体を包み込む。

エレノアは態勢を戻し、

 

「体が軽くなった……?」

「なんとか、命拾いしたのぉ~。なぁ、ビエンフー。」

 

マギルゥはビエンフーを見据える。

ビエンフーは泣きながら、

 

「はいでフ~、マギルゥ姐さん‼」

 

そしてライフィセットはベルベットを見上げ、

 

「治った!」

「……本当に?」

「うん!」

「ならいいわ。」

 

ベルベットは立ち上がる。

ロクロウがアイゼンを見て、

 

「お前は大丈夫か、アイゼン。と、ザビーダ。」

「ああ。問題ない。」

 

と、アイゼンは立ち上がる。

ザビーダも立ち上がり、老人の対魔士を追いかけようとするが、

 

「無駄だ。もう奴はいないぞ。」

「てめぇ!」

「ついでだったからな、お前らの器も浄化しといてやったぞ。」

 

と、風の聖隷とアイゼンを見据える。

二人は裁判者を睨みつける。

ベルベットも、裁判者を睨んだ後、風の聖隷の銃をを見て、

 

「あいつ、“それ”にこだわってたみたいね。特等対魔士が本気を出せば、奪うことだってできたはずだけど。ま、例外はあったみたいだけど。」

 

と、再び裁判者を睨む。

そこに、マギルゥが近付いて来て、

 

「奪う必要はない。それに秘められた術式さえ読み取ればの。なぁ~、裁判者。」

「あの人間の得意分野だろ。」

 

裁判者はマギルゥを見据える。

マギルゥは一度裁判者を見据えた後、

 

「……メルキオルは、瞬きするほどの間に、術の仕組みを読み取る術がある。裁判者の言うた通りに、あ奴の得意技じゃ。」

「確かに、一つ目の目的は達したって……」

 

エレノアは顎に指を当てる。

マギルゥはつまらなそうに、

 

「詳しい用途はようと知れぬが、別大陸よりもたらされた未知の技術を、聖寮は必要としておるのじゃろう。ま、その真意を理解しているのは、裁判者じゃけだろうがな。」

 

と、マギルゥは睨むように見据える。

裁判者はそれを受け流し、

 

「……教える必要性を感じないな。」

 

と、腰に手を当てて彼らを見据える。

風の聖隷は眉を寄せて怒り、

 

「ちっ!だったら、その用途とやらをぶっ潰すまでだ。」

「ひとつだけ聞かせろ。なぜ、ジークフリードを持ってる?」

 

アイゼンが今にも走り出しそうな、風の聖隷を睨みながら言う。

風の聖隷は少し間を置いた後、

 

「……『頼む』って渡されたんだよ。対魔士部隊に使役されて、アイフリード捕獲作戦に駆り出された時にな。」

「ザビーダも、使役聖隷だったの?」

 

ライフィセットがザビーダを見つめる。

ザビーダは視線を外し、空を見上げながら、

 

「ああ。カノヌシの領域で無理矢理、意思を抑えつけられてた。だが、アイフリードが撃ったこいつの一撃で目が覚めたんだ。」

 

と、銃を掲げる。

そして嬉しそうに笑い、

 

「そっからのアイフリードとのケンカは最高だった。あいつ、人間のクセにやたら強くてよ……魂が震えたぜ。」

 

と、アイゼンを見る。

アイゼンも思うところがあったのか、小さく笑う。

だが、風の聖隷は表情を変え、

 

「なのに、ジジイが幻影で割り込んで、アイフリードをさらっていきやがった。気に入らねぇんだよ!人の意志に小細工しやがって。」

 

風の聖隷は拳を握りしめる。

ロクロウは風の聖隷を見据え、

 

「なぜジークフリードではなく、アイフリードを連れ去ったんだ?」

「探してるお宝が、これ≪ジークフリード≫だと知らなかったんだろうよ。その時はな。」

 

と、風の聖隷は銃を振る。

そして銃を見つめながら、

 

「狙いに気付いたアイフリードは、連れさられる直前、ジジイの目を盗んで俺に寄越したんだ。これが俺の知ってる全部だ。信じようが信じまいが勝手だがな。」

 

風の聖隷は銃をしまい、黙り込んでいたアイゼンに手を広げて肩を上げる。

アイゼンは背を向けて、

 

「なら、いい。」

「は?いいってお前。」

「アイフリードは、信じた相手にしか『頼む』と言わん。」

「そうかよ……」

 

と、風の聖隷は小さく笑う。

ロクロウが腕を組み、

 

「お前、これからどうするつもりだ?」

「探すさ、アイフリードを。こいつを返して、あの時のケリをつける。」

 

風の聖隷は腰に手を当てる。

ベルベットは腕を組み、

 

「けど、残された時間はあまりなさそうね。」

「察するに、メルキオルは、さっきまでジークフリードの正体を知らなんだ。それはすなわち、アイフリードから何も聞き出せてはいなかったことの証じゃ。」

 

マギルゥも腕を組んで言う。

そしてベルベットは続け、

 

「その必要が無くなった今、アイフリードを生かしておく必要は……ない。」

 

と、アイゼンと風の聖隷を見据える。

アイゼンは黙り込み、風の聖隷はベルベットを睨み、

 

「わかってんだよ、そんなこたぁ!」

「アイフリードを救うというのなら、共に戦えばいいじゃありませんか。」

 

エレノアが風の聖隷を見る。

だが、風の聖隷はさらに睨みつけ、

 

「……てめぇらとは手を組めねぇな。」

「どうして?」

「てめぇらは、目的のためなら“殺せる”」

 

風の聖隷の言葉に、エレノアはハッとする。

風の聖隷は彼らを見据え、

 

「生憎、俺はケンカ屋でな。殺し屋じゃねぇんだよ。どんな命も奪わねえ。そいつが俺の“流儀”さ。」

「……俺も、海賊の流儀を変える気はない。」

 

と、アイゼンは彼を睨む。

風の聖隷は歩き出す。

ライフィセットが俯きながら、

 

「流儀――譲れない大事なことがあるんだ。アイゼンにもザビーダにも……」

 

そしてアイゼンの背と風の聖隷の背を見つめる。

エレノアは俯き、

 

「……人間と同じように……」

 

裁判者は自分の横を通り過ぎようとしている風の聖隷に、

 

「ジークフリード、それは大切にしておけよ。それには私も関与してるし、なにより遠い先≪未来≫のお前にも、お前の仲間にも、そして友を殺すにも、必要となる。」

「なんでそんな事を俺に教える。」

 

風の聖隷は立ち止まり、横目で裁判者を睨む。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「なに、今回の実験の褒美だ。お前が必要と感じたその時、私はお前の願いを叶えるだろう。」

「はっ。ホント、噂通りだな!だから気に入らねぇんだよ!お前らのやり方は、昔から!」

「……そうさせたのは、お前達≪心ある者達≫だ。」

 

裁判者は赤く光る瞳で彼を睨み見付ける。

風の聖隷は再び歩き出す。

風の聖隷が居なくなった後、エレノアはジッと裁判者を見て、

 

「前々から気になっていました。あなたのその力は何ですか。」

「教える必要性がない。」

「……!それはあなたの能力だからですか、アイゼンの“死神の呪い”みたいに。」

「肯定もしなければ、否定もしない。確かに、これは私の能力だ。だから私に、嘘も意味がいし、欺くこともできない。私はお前達の心の声や感情を読み取れるからな。」

 

裁判者はエレノアに振り返る。

エレノアは眉を寄せ、

 

「……!そんな能力あるはずが――」

「恐怖、困惑、怒り、様々な感情が今流れている。」

「そんなものある程度、技術のある者なら!」

「『心の声なんて聞こえるはずがない。そんな事が可能なら、化け物ではありませんか。ですが、あの力はメルキオル様をも遥かに超えていた。なら、いずれは世界に、聖寮に、災厄をもたらすかもしれない』。」

 

裁判者はエレノアを見つめて言う。

エレノアは目を見張る。

裁判者はベルベットを見て、

 

「『こんな化け物みたいな力を、あたし以外にもいるとは思わなかった。あの力ならアルトリウスを殺せるかもしれない。でも、今はまだ殺すことはできない。利用できる間は利用しつくすそれが誰であろうと……!』。」

 

ベルベットはビクンと体を固くする。

そのまま彼女の真横に居たロクロウを見て、

 

「『シグレ以上の力を持つアイツは化け物で違いない。業魔≪ごうま≫になった俺だからわかるのか、アイツの中になる何かが、ベルベット以上の恐ろしい何かをその身に持っている。それに、號嵐の事も知っていた。こいつは何か裏があるはずだ』。」

 

ロクロウは眉を寄せる。

次にアイゼン達を見て、

 

「……お前達は言わずとも解っているだろうから言わずとも言いな。ライフィセットに関しては、まだ欠片≪未完成≫だからな。心の声にすらなってはいない。」

 

と、ライフィセットを見据える。

エレノアは一歩下がり、

 

「本当に、化け物みたいなんですね……!」

「化物だからな。」

 

赤い瞳が彼らを射貫く。

裁判者は顎に指を当て、

 

「……エレノア、ついでにライフィセット。お前達は全≪世界≫と個≪親しい者≫、どちらを救う。」

 

裁判者は目を細めて、二人を見る。

ベルベットは何かを思い出すように、ハッとする。

そしてエレノアはジッと裁判者を見て、

 

「……私は全≪世界≫です。理と意志がそう言っています。個≪一人≫の犠牲で全≪多く≫を救えるのなら、それはやむ得ない犠牲です。」

「……なるほどな。なら、お前はその個≪一人≫が、自身の母親でも割り切るか。」

「……!あなたは!」

 

エレノアは裁判者を睨む。

裁判者はそれを受け流し、

 

「で、ライフィセット。お前はどちらを選ぶ。」

「ボク……ボクは両方救いたい!誰かを犠牲にしなくてもいい方法があるかもしれない!」

 

ライフィセットは裁判者の目を力強く見る。

裁判者はライフィセットを見つめ、

 

「なら、強くなる事だな、ライフィセット。お前はまだ欠片≪未完成≫なのだから。でないと、身近な者すら護れないぞ。」

「……うん!わかった!」

 

と、ライフィセットは手を握りしめる。

裁判者は目を細めた後、歩き出す。

ライフィセットはベルベット達を見て、

 

「船に帰ろ。」

「……そうね。」

 

ベルベットも歩き出す。

そして彼らは船に戻る。


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