レイ達は奥へと進むさなか、大量のスライム型の憑魔≪ひょうま≫と出会う。
「またか。ホントすごい数だ。」
「これほどとは……」
「…お兄ちゃん…神依≪カムイ≫…化…できる…」
それを聞いたライラは、
「スレイさん、力が開放されるというか、新たな力が沸き上がるというか…そんな感覚はありませんか?」
「特にそんな感じはしないけど……」
「さすがにまだですよね……」
と、さらに増える。
スライム型の憑魔≪ひょうま≫に囲まれた。
「こいつら……どんだけいるんだよ!」
「スレイさん、急いで突破しましょう!」
「うん!レイ!離れず、巻き込まれずに、だ!」
「…わかった…」
レイは辺りを見渡す。
スライム型の憑魔≪ひょうま≫はどんどん増えてく。
「キリがない!」
「防御に徹してください!必ず逆転できます!」
苦戦する二人を見て、レイは歌を歌い出す。
それに合わせ、風が吹き始める。
歌が流れると、スライム型の憑魔≪ひょうま≫の動きが鈍くなった。
そしてライラが、声を上げる。
「きた⁉来ましたわ!」
「何?ライラ!」
「スレイさん、導師の真の力を見せる時です!」
「導師の?」
ライラはスレイの中に入る。
そして、スレイとライラの心の中で、
「私の真の名を捧げますー」
「これが…君の…」
「その名を唱えるのです!そして、溢れる力をとどめ、身に纏うのです。それこそが導師たるものの真の力!」
「わかった!やってみる!」
そして敵を見据え、
「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫』‼」
炎の魔法陣が浮かび上がり、そこから剣が現れる。
そしてスレイを包み、彼の姿が変わる。
全身が赤と白の服となり、後ろの毛が長く、白に近い白銀となる。
そして瞳の色も、緑から赤へと変わる。
「これが神依≪カムイ≫ですわ!」
「神依≪カムイ≫…すごい力がみなぎってる……よっし、一気に鎮めてやる。」
と、大量にいたスライム型の憑魔≪ひょうま≫を倒す。
「決まったな!」
「スレイさん、素晴らしいですわ。」
レイも歌を止め、スレイを見ていた。
「「…導師…人にして人にあらず。強すぎ力は心を弱くする…」」
その後、ライラは説明する。
「神依≪カムイ≫こそ、導師たる証。これで本当の意味で導師となったのです。」
「でも危なかったな~。」
「お兄ちゃん…」
レイはスレイに近付く。
「お、レイ。さっきはありがと。手伝おうとしてくれたんだよな。でも、土壇場で力に目覚めたって事なのかな。」
「……はい。一時はどうなる事かと思いました。本当に素晴らしいですわ。スレイさん。」
「そんなに褒められると照れるな……。」
「…バカ…は褒…めて…伸ばせ。」
「レイ⁉ミクリオが教えたのか⁉」
「…?」
「ふふふ。ところでスレイさん?もう憑魔≪ひょうま≫は倒した事ですし、そろそろ神依≪カムイ≫を解きませんか?」
「どうやるのかな……」
「は?」
「解けないんだけど……」
「ええ~!そんな事ってあるんですの?」
「「…ごく稀に。」」「こっちが聞きたいよ!」
レイとスレイは同時に言った。
テンパっているスレイには聞こえていない。
そしてライラは、
「信じられない早さで神依≪カムイ≫の力を発現出来たと思えば、解除ができないなんて……スレイさんは、はめちゃめちゃなのですね。はちゃめちゃ導師…ぷっ。ふふふ。」
「…はちゃ…めちゃ…導師…確かに…そう…かも…」
「ライラ…それにレイまで…」
と、レイはスレイの手を握る。
風が軽く吹くと、
「あ、解けた。」
スレイの神依≪カムイ≫は解けた。
それを見たライラは、
「神依≪カムイ≫を発動した後は、自然に解けるのを待つことにしましょうか。しばらくすれば、きっと自在に操れるようになりますわ。」
「そうだね。」
そして、外に出る事が出来た。
「やっと出られた。な、レイ。」
「…うん…」
と、レイは遠くをみる。
ライラはスレイの方を見て、
「これからどうなさいます?スレイさん?」
「……宿には居ないんじゃないかな。」
「あら、ミクリオさんは宿に戻るっておっしゃってましたけど。」
「……ここの地下って、あんな遺跡が広がってるんだよね?なら、ミクリオは、ここじゃない別の入り口を探してると思う。たぶん。」
「え?」
そしてスレイに詰め寄る。
「ミクリオさん一人で遺跡に⁉危険すぎます!無謀すぎます!今この街は、憑魔≪ひょうま≫がすごく増えてきいるんです!その強さも、今さっきスレイさんが体験した通り!なのに、なぜそんなに落ち着いているんですの⁉」
と、早口で言う。
「大丈夫だよ。危険と分かってるトコに無茶してもぐったりするヤツじゃない。自分だけじゃ憑魔≪ひょうま≫を浄化できないってことも、ちゃんとわきまえてるよ。ミクリオは。ね、レイ。」
「…ん。」
遠くをみたまま言った。
「……。」
「心配ないよ。」
「……信じてらっしゃるんですね、ミクリオさんのこと。」
スレイは照れながら言った。
「腐れ縁なだけでだって。」
「なるほど、ミクリオさんはスレイさんに張り合って遺跡探しをしている最中なので、宿には戻っていない。そして、一人で危険なこともしていない、と。」
「…意地っ…張…り。」
少しの間があり、嬉しそうに言う。
「……では、この後どうしましょうか、スレイさん?」
「ちょっと意地悪だよね、ライラって。」
「そうでしょうか?」
「そう…だと…思う…」
「え!え⁉」
「それ…でど…うす…るの?」
「これをアリーシャに返したいんだ、まずは。」
と、アリーシャのナイフを出す。
ライラは落ち着き、
「扉に開けるのに使ったナイフ。」
「初めてアリーシャに会った遺跡で見つけたんだ。王家ゆかりの品みたいだし、きっと大事なものだと思う。導師としての活動を始める前に返してあげたいと思って。」
「……ですね。」
と、レイはすぐ傍の陰を横目で見ていた。
スレイはライラに、
「ライラ、オレに説明したいことがあるんでしょ?導師のやることについて。あのときの話の続きをさ。」
「……おっしゃるとおりですわ。そのためにはまず私からも、アリーシャさんにお聞きしたいことがありますの。」
「なら、丁度いいね。アリーシャの屋敷に行こう。」
「ミクリオさんも見つかるかもですし。」
「あ、ああ……きっと適当に引き上げてくるはずだしね。」
スレイは視線を外して言った。
「ふふふ、それだと本当に丁度いいですわね。」
「やっぱりライラ、意地悪だよ。」
と、歩いて行く。
レイはずっと陰の方を見ていた。
そっと離れていったのを見た後、自分もスレイの後を追う。
「「………醜い人間の欲、か。」」
アリーシャの屋敷に向かう途中、下水道で助けた男性が居た。
「おお!無事だったか、兄ちゃん!さっきは助かったよ、本当にありがとう。」
「ううん、大したことはしてないよ。」
「オレ達からもお礼を言うわせてもらうぜ。」
「オレたちゃ、てっきり、こいつが先に帰ったもんだと思ってたからよぉ~。」
「なぁなぁ、あんたもしかして導師じゃねぇのか?噂に聞いていた恰好と、そっくりだ。」
「あ~、えっと……」
「ほおお、聖剣を抜いたって例の男か!只者じゃねぇと思ってたが、納得だ。」
「助けてもらったお礼だ。この後、飯でもどうだい?」
「はっはっは、まさか噂の導師様と知り合いになれるとはな!母ちゃんと娘に自慢できるよ。」
「あっその、オレは……」
と、何とか話をつける。
スレイは声援を受け、別れた。
と言うのを、ライラと共に後ろで見ていた。
が、風が吹いて来たのを感じる。
「…いつの世も、最初だけ。信じれば信じるほど現実は辛く、叶えたいと想う願いは儚く散る。」
と、風が吹き、黒いコートのようなワンピースの服を着た少女がライラの後ろに現れる。
「…それは、お前が契約を行ったあの先代導師のようにな…。」
「…貴女にとって、あの方は変化の一片だったのでは?それにスレイさんやミクリオさんの事も…」
「…さぁな。だとしても、私は変わらない。裁判者としているだけの事だ。…それと忠告だ。末席の王女は従士には向かないぞ。」
と、再び風が吹き、少女は消えた。
ライラはスレイに近付いた。
「賑やかな方達でしたね。」
「お兄ちゃん…楽し…そう…だった。」
「うーん、でもちょっと戸惑っちゃうよ。イズチの皆はもっとのんびりしてる感じだったし。だろ?」
と、レイを見る。
レイもスレイを見上げる。
「…そう…だね…。」
「…ずっと天族の村で育ったんでしたね?人間はスレイさん…いえ、レイさんと二人で…」
「そう。それ以外の人間を見たのはアリーシャが初めて。」
「そうですか……」
と、アリーシャの屋敷にアリーシャの屋敷に向かう。
屋敷に着くと、アリーシャと青い騎士服を着た女性と話をしていた。
「できる限りのことをしてみるが、保証はしてやれん状況だ。すまん。」
「とんでもありません。お気遣いありがとうございます。」
「お前のことだ。覚悟はしているのだろうが。」
「……はい。今の私にできることに力を尽くします。」
「我が弟子の愛すべき長所ではあるが、その性格が大臣たちの不安を煽るのだろうな。あまり無理はするなよ。なにかあれば報せをよこす。」
「はい……」
と、アリーシャはこちらに気が付く。
「スレイ!レイ!」
「っと……こんにちは。」
レイは青い騎士服を着た女性が一瞬、何を視たのか理会した。
だから傍には寄らなかった。
スレイは近付き、
「やっぱ、出直すよ。」
「気にするな。もう帰るところだ。」
「あなたは-」
「聖剣祭では世話になったな、導師スレイ。ハイランド王国軍顧問、教導騎士マルトランだ。これからもアリーシャの力になってやってくれ。友人としてで構わないから。」
「はい、もちろんです。」
青い騎士服を着た女性・マルトラン卿はもう一度、何かを視たのをレイは見ていた。
そしてそれに、ライラも気が付いたようだった。
マルトラン卿はレイを見た。
「貴殿も、アリーシャのことを支えてくれ。」
「……それが…貴女の…本当…の…願い…なら…。でも…違うよ…うで…それを…願って…いる。…かつて…の自…分と…重な…るから…?それとも…捨てた…想い…を思…い出し…た?」
「…貴殿は…本当にあの時の…」
レイの瞳は彼女の瞳を視ていた。
その瞳は赤く光ったり、戻ったりしていた。
と、アリーシャが遠くから、
「師匠≪せんせい≫?」
「何でもない。では、な。」
マルトラン卿は歩いて行った。
レイはスレイ達に近付いて行った。
「レイ、師匠≪せんせい≫と何を話していたんだ?」
「……。」
レイは無言だった。
そしてアリーシャではなく、空を見上げていた。
「…なんかごめん。時々こうなんだ。でも、格好いい人だな。空気がピシッとした。」
「だろう?私の目標とする方だ。立ち話もなんだね。どうぞ。」
テラスの方へ歩き出す。
レイも空を見るのを止め、彼等に付いて行く。
テラスに着いた時、スレイとアリーシャの話は進んでいた。
「遺跡を探検していると思っていたよ。」
「うん。そうなんだけどー」
「…いじ…っぱ…り…」
「え?」
「き、気にしないで。まずこれを。」
スレイは、アリーシャにナイフを返す。
「私のナイフ!そうか、イズチの遺跡で?」
「やっぱりアリーシャのだったのか。」
「我が家に伝わるとても大切なものなんだ。もう戻らないと思ってた……」
それを受け取り、
「ありがとう、スレイ。」
と、和んでいると、
「あのぉ、そろそろ私の用事に移ってもよろしいでしょうか?」
と、スレイの中に居たライラが声を掛ける。
「失礼しました!ライラ様!」
と、ここで気が付く。
「アリーシャ、今?」
レイはアリーシャを見上げる。
「聞こえた!確かにライラ様のお声が!」
「これは驚きです。」
ライラはスレイの中から出てくる。
「アリーシャさん。」
「?」
しかし、ライラの声と姿は見えていなかった。
「…まだ…難し…い。」
「なるほど。」
「ライラ?」
「説明しますから、もう一度手を繋いでください。」
「ライラが説明してくれるって。もう一回手、繋いでもらっていい?」
と、スレイはアリーシャに説明しながら、手を出す。
「ああ。」
アリーシャもその手を握る。
スレイは目を瞑る。
そしてライラはもう一度、スレイの中に入った。
「こんにちは、アリーシャさん。聞こえますよね?」
「はい!聞こえます、ライラ様!」
「まだ息を止めていないのに。」
「スレイさんが私の力により馴染んだのです。以前ほど感覚を遮断しなくても同じことができるくらいに。」
「特に変わった気はしないけど。」
「…見た…目じゃ…ない。お兄ちゃんの…中の…力の…話。」
「良かったよ。話すたびに、スレイにあんなマネをさせては申し訳ないからね。」
「はは。あれはあれで面白かったけど。」
「では、改めてよろしいですか?」
「そうだった。ライラがアリーシャに用があるんだって。」
「私に?」
「力を貸していただきたいのですわ。『地の主』と『器』を見つけるために。」
「それは……どういうものでしょう?」
「まずは、この世界の仕組みからお話しないといけませんね。古来、天族と人は力を合わせて穢れから自分たちの土地を守ってきました。」
「天族と人が協力して……」
「力ある天族は、穢れのない清らかな物を『器』とすると『地の主』という存在になります。そして、器と共に人々に祀られることで、穢れを退ける『加護領域』を広げる力を得るのです。本来、聖堂とは、地の主を祀り、穢れから土地を守るためのものなんですの。」
「「そして人々は…それを当たり前のこととし、恩恵と言う存在を、天族と言う存在を忘れた。天族は人々から離れ、関わりを絶つ者も増えた。」」
「…レイさんの言うように、現にこの街の聖堂には、地の主も器もなく、正しく祀ろうとする者もいません。」
「それが、よくないことが続く原因なんだ。」
「そう。いくら導師が穢れを祓っても、地の主の加護なしでその土地を守り続けることはできません。」
「わかった。ライラが聞きたかったのは地の主の器となる者の心当たりと……」
「それらをそろえた聖堂を正しく祀ることができるかどうか、この二つですね?」
「はい。どうでしょうか?」
「まず聖堂についてですが、我が国のほとんどの聖職者は天族への感謝の心を失っています。」
「そんな……」
「ですが、最近祭司となったブルーノという者がいます。祭りの準備にも尽力してくれた真摯な人物です。」
「その方なら?」
「任せられると思います。」
アリーシャはスレイの手を離し、
「善は急げだ。聖堂に行って話してくるよ。」
と、歩いて行った。
スレイは歩いて行ったアリーシャの背を見送りながら、
「気が早いなぁ。」
スレイの中から、ライラも出て来た。
「私たちも。善は急げですよ。」
そう言って、スレイも歩き出した。
ライラはテラスの机にメモ書きを置いて、スレイの後を追う。
「「…遥か昔から変わらない。人々は簡単に忘れる。どの時代でも簡単に心を変える。天族は人間とは違う時間軸に生き、より多く人間の心に触れた。人と言う生き物と関わる事をやめた。それでも―」」
レイは、テラスから出て、空を見上げながら呟いていた。
と、先を歩いていたスレイが、
「レイー、置いてっちゃうぞー。」
レイはスレイの元に駆けて行った。
隣まで来ると、スレイを見上げ、
「…関わりを…捨てられ…ない。」
「何か言ったか?」
「…何…でも…ない。」
スレイの手を握って、歩き出す。
「もう見えなくなっちゃった。行き先は聖堂だろうけど……」
「…急…がば…回れ…」
「ふふ。そうですわね。アリーシャさんはちょっとオテンバさんですわね。」
聖堂に着き、レイは立ち止る。
「どうした、レイ?」
レイはスレイから離れ、木々の日蔭に向かって歩いて行った。
「どうしたんだろ?」
「…何か思う所があるのではないですか。」
「うーん。レーイ!その辺に居るんだぞ!」
レイは振り返り、頷いた。
スレイは中に入ると、すぐにアリーシャと合流した。
「スレイ!あれ、レイは?」
「あー…外に居る。」
「そうか…。後、ブルーノ司祭は、所用で街に出かけてしまったそうだ。」
「仕方ないね。じゃあ、器の方の心当たりは?」
「穢れなき器になりえるもの……」
アリーシャは少し考えて、スレイの手を握る。
「街の北東のガラハド遺跡に清らかな滝があります。代々のハイランド王が、戴冠式の前に身を清めてきた聖水なのですが―」
「清らかな水……確かに天族の器になり得るものですが―」
「が?なに?」
「遺跡に獣が棲みついたのだ。退治に向かった兵士十名を返り討ちにするような奴が。」
「……憑魔≪ひょうま≫かな?」
「おそらくは……」
「じゃあ、急がないと滝の水も穢れてしまうかもしれない。他にも気になる事があるんだね。」
「……今のレディレイクには穢れが満ちています。きっとその聖水も祀る前に影響を受けてしまいますわ。」
「水は、穢れの影響を受けやすい性質なんですの。」
「そうなのか……なにかいい方法は?」
「もちろん方法はありますが……それには、水の天族の協力が必要ですわ。」
「火の属性の私は、水と相性がよくないのです。」
「水の天族か……」
「はい。」
「……」
「そういえば、ミクリオ様は?一度もお声が聞こえないが。」
「ちょっとね。ケンカしちゃった。」
「いろいろありまして。」
「ああ。それでレイが意地っ張りって言っていたのか。」
「とにかくガラハド遺跡へ!憑魔≪ひょうま≫なら倒さないと。」
スレイは少しムスッとした感じで言った。
「そうですね。まずは出来ることから始めましょう。」
そしてアリーシャは、決意したことを言う。
「スレイ、私も連れて行って欲しい。」
「憑魔≪ひょうま≫と戦うのは無理だよ。アリーシャには。」
「だが……!」
「スレイさん、主神が陪神を収めるように、導師も『従士』をもつことができるのです。アリーシャさんが従士となれば、スレイさんの領域内でなら憑魔≪ひょうま≫と戦えるでしょう。」
「従士……」
ライラはスレイの中から出て来る。
そしてスレイに、
「ただし―」
スレイの耳元で深刻そうな顔で、彼だけに言う。
と、アリーシャはスレイの手を放す。
「この聖堂は……いやハイランドの聖堂は私が生まれた頃から、ずっとこんな様子だった。私は穢れたハイランドしか知らなかったんだ……。お願いだ、スレイ。私を君の従士にして欲しい。」
そして力強い瞳で、スレイを見つめる。
「私は見てみたいんだ。穢れのない故郷を!」
「それがアリーシャの夢なんだな。…わかったよ。アリーシャ。」
と、スレイは言った。
そんなライラは少しだけ考え込むように、沈黙した。
しかし、すぐにスレイがライラに、
「……で、どうすれば?」
「私の詠唱の後に、アリーシャさんに古代語の真名を与えてあげてください。」
「アリーシャに名前を……か。」
そしてライラは、スレイとアリーシャの手を取り、詠唱を始める。
「我が宿りし聖なる枝に新たなる芽いずる。花は実に。実は種に。巡りし宿縁をここに寿≪ことほ≫かん。」
と、炎がライラを中心に光のように出る。
そして魔方陣がアリーシャを包み込む。
「今、導師の意になる命を与え、連理の証とせん。覚えよ、従士たる汝の真名は―」
「『マオクス=アメッカ≪笑顔のアリーシャ≫』。」
アリーシャの中に炎の光が入った。
そして、アリーシャはスレイに近付いた。
「改めてよろしく、スレイ。」
「こちらこそ、アリーシャ。」
と、ライラは窓の付近で合図を送ってから、スレイ達と共に歩いて行った。
同時刻、聖堂近くの屋根の上には黒いコートのような服を着た小さな少女が立っていた。
紫色の長い髪が、風に合わせ揺れる。
そして小さな少女の瞳は、聖堂でのスレイ達の姿を視ていた。
「穢れなき聖水は、穢れあるものを呼び寄せる。あの主神は知らないが、かつてハイランド王は願った。あれは私の加護の元にある。故に、あの聖水は穢れない。……しかし、忠告してやったと言うのに末席の王女を従士にしたか。…さて、あちらはあちらでどうなるか…。」
と、風が小さな少女を包み込み、そこに姿は無かった。
スレイ達が聖堂を出る数分前、ミクリオは外から聖堂の中を見ていた。
そこに、誰かが近付いて来る足音が聞こえて来た。
「誰だ⁉」
ミクリオがそこを見ると、白いコートのような服を着た小さな少女が立っていた。
「…レイ…。いつから気付いていた?」
「…ちょっ…と前…くらい…」
「そうか…」
「…ミク兄…が…まだ…本当に…望む…のなら…これから…行く…所に…ミク兄…が望…む第…一歩が…ある。」
「レイ?」
「「…それに…あの従士は長くは持たない。」」
そう言って、ミクリオを見るレイの瞳は赤く光っていた。
「…じゃあ…後でね…」
聖堂の入り口に向かう彼女の瞳は元の赤に戻っていた。
ミクリオはしばらくレイの後ろ姿を見た後、もう一度聖堂の中を見た。
スレイは外に出ると、レイが入り口で待っていた。
スレイはレイに、
「今から遺跡に行くことになったけど、レイはどうする?憑魔≪ひょうま≫も居るし、宿屋で…」
「…一緒に…行く…」
と、レイはスレイを見上げて言った。
「分かったよ。でも、ちゃんと傍に居るんだぞ。」
レイは頷く。
そして、ガラハド遺跡に向かって歩き出す。
道中、アリーシャはスレイに思い出したように言う。
「それにしても…ふふ。」
「な、なに?」
「いや、なに…スレイは相変わらず、妹には甘いのだなっと思ってな。」
「…本当は宿屋とかにいて欲しいけど、ミクリオも居ない今、レイを一人にするのはちょっとなぁ…。その、いろいろと不思議感いっぱいの子だから…。」
「…確かに、レイは不思議な子だ。しかし、それならスレイも不思議な奴だぞ。」
「えぇー。」
ライラがスレイとアリーシャの手を握らせ、
「確かにそうですわね。」
「ライラ様もそう思いますよね。」
と、アリーシャと会話ができるようにする。
「はい。とっても。ね、レイさん?」
「…?」
と、話していると、アリーシャは嬉しそうにしていた。
「どうかされましたか?アリーシャさん。」
「いえ。改めて本当に天族がいるんだと思って。こうしてお話しできるなんて夢のようです。」
「アリーシャも天遺見聞録を読んで、ずっと天族に憧れてたんだって。」
「ふふ、私も嬉しいですわ。アリーシャさんとお話できるようになって。」
笑顔で言っていたアリーシャは、真剣な表情へと変わる。
「今思えば、あの時も本当にいたのだな。スレイの…いや、スレイ達の家族が。」
「あの時……?」
「以前、始まりの村の手がかりを探してスレイとレイの故郷に迷い込んでしまったのです。その時、スレイに家族を紹介されたのですが、私はお芝居だと思って、失礼なことを……」
「そうですか。始まりの村を―」
「……。」
レイはライラを見上げていた。
ライラもまた、どこか遠い目をしていた。
それには気付いていないスレイは、
「平気だよ。みんな気がいいから。ね、レイ。」
「…そう…だね。」
「そう言ってもらえるとありがたい。ミクリオ様にも早く会えるといいのだが。」
「うん……そうだね……。」
「いじっ…ぱり…」
「ふふ、そうですわね。」
街の外に出ると、憑魔≪ひょうま≫と出くわす。
「こ、こいつは⁉」
初めて憑魔≪ひょうま≫を見るアリーシャは、武器を構えながら驚く。
「来るよ、アリーシャ!レイは安全な所に!」
レイは木々の後ろに行く。
「落ち着いて、普段の力を発揮してください。」
アリーシャは最初こそ戸惑ったが、憑魔≪ひょうま≫を倒した。
レイは彼等に近付く。
「終…わった…」
「ああ、レイは大丈夫そうだな。」
「これが憑魔≪ひょうま≫…」
「アリーシャ…」
「すまない。大丈夫だ。」
「では、先を急ぎましょう。」
と、先を進む。
レイはスレイの横を歩くが、時々後ろを気にしながら歩いていた。
ミクリオは皆から離れて歩いていた。
と、背後に誰かの気配がする。
振り向こうとするが、強い風がそれを阻んだ。
「この感じ…もしかして⁉」
「ほう。少しは理解したか。話が早くすむ。」
「今度は何の用だ!」
「…お前の決断を聞いてやろうと思ってな。」
「…お前には関係ない。…だが、何故僕に…いや、僕らに関わる。」
「…なに、ただの気まぐれだ。さて、あの遺跡に入れば、後は決断だけだ。ま、急ぐことだな。」
と、風がやんだ。
ミクリオは振り向きもせず、先を急いだ。
スレイ達はガラハド遺跡を見付け、中に入る。
「遺跡の奥に滝があるんだよね?」
「そう。聖水を汲む滝は遺跡の一番奥だ。しかし、兵士を襲ったヤツが出てくるかもしれない。慎重に進もう。」
「レイ、はぐれないように…って、いない⁉」
スレイが周りを見渡す。
アリーシャが入り口の方へ戻ろうとした時、レイが入って来た。
「「よかった~。」」
「…?」
「レイさんがいなくて探してたんですよ。」
「…ごめ…んな…さい。」
「いや、オレも見てなかったから、おあいこだ。レイ、はぐれるとまずいから手を繋いで行くぞ。」
「…ん…」
彼等は奥へと進む。
中央の所まで来ると、部屋の真ん中に弓が飾られていた。
「弓か……儀式用っぽいね。」
と、スレイは弓を調べ始める。
ライラは弓を見て、驚いていた。
「『神器』ですよ、この弓!」
「神器?と、そうだ。」
スレイはアリーシャの手を繋ぎ、目を瞑る。
そしてライラに聞く、
「この弓が神器って?どういうもの?」
「神器は、導師と天族が行う神依≪カムイ≫の姿を決定付ける、言わば『神依≪カムイ≫の型』ですわ。」
「神依≪カムイ≫の……型。」
「そっか、ライラの聖剣!」
「そう。レディレイクの聖剣も神器です。」
「それでライラの神依≪カムイ≫は剣なのか。」
と、スレイは、ライラに真剣な表情で聞いた。
「ね。ライラの聖剣を使えば、他の天族とも神依≪カムイ≫できるのかな?」
ライラもまた、真剣な表情で答えた。
「それは……場合によりますわ。」
そしてライラは、今回は大人しく見ているだけのレイを一目見た。
レイは弓の神器を見つめていた。
そして、説明を始めた。
「まず、以前言った通り、導師であるスレイさんの主神である私の陪神≪ばいしん≫になってもらう必要があります。」
「陪神≪ばいしん≫とはなんなのでしょう?」
「わかり易く言えば、私の力の影響下に入って、スレイさんに協力して頂くということですわ。」
「……」
「もう一つ、神器の属性の問題があります。私が火であるように、自然を操る天族も、一人一人扱える属性が違うのです。」
「神器にも属性があるのなら……天族の属性にあった神器でなければ神依≪カムイ≫はできない?」
「その通りですわ。この弓は水の神器のようですね。」
スレイは、弓の神器を深刻な表情で見た。
「そしてミクリオさんは水の――」
しかし、ライラが全てを言う前に、スレイが遮った。
「さ、行こう。」
「え⁉」
驚くアリーシャに、ライラが説明する。
「スレイさんは、ミクリオさんを陪神≪ばいしん≫にしたくないんです。」
「なぜだ?私を従士にしたのと同じことだろう。」
「アリーシャは必要としてただろ?自分の夢のために導師の力を。」
と、アリーシャの手を放す。
そして背中を向け、
「けど、ミクリオは――」
と、歩き出して行った。
ライラもその後ろに付いて行った。
アリーシャも仕方ないくその後ろを追う。
レイは後ろを向き、
「…ミク兄…。ミク兄も…お兄ちゃん…の…気持…ちが…解ってる…。それに…お兄ちゃん…もミク兄…の気持ち…を解っ…てる。この…選択を…取れば…後…戻りは…出来…ない。」
何所からか風が吹きて来る。
「「二人の運命の輪が大きく動き出す。そして真実も、な。」」
レイの瞳は赤く光っていた。
と、先を進んでいたスレイの声が聞こえる。
「レーーイ!」
それを聞いたレイの瞳は元の赤に戻っていた。
そして、しばらく同じ所を見た後、スレイの後を追う。
スレイ達に追いついたレイは彼等の話を聞いていた。
「そう言えば、スレイ。あの弓の神器の台座に何か書いてあったな。古代語のようだったが?」
「ああ、確か…えっと、『遺跡や遺物を気軽に持ち帰ったり傷付けちゃダメだからねっ!モチロン宝箱は別だけどー♪』だったかな。」
「やけに軽いノリですわね。」
「いえ……盗掘と学術研究は、本来紙一重。『行為の本質を見極めよ』という教えではないでしょうか?」
「こっちは重すぎですわ!」
と、アリーシャが突っ込みをいれた。
逆にスレイは、
「そういう解釈もできるけど、これは昔の人が残した冗談じゃないかなあ。な、レイ。」
と、横に居たレイに言うのだが、振られたレイは遠くを見ながら、
「「あの馬鹿は、いつの間にあんなものを…あれほど関わる必要はないと――」」
なにやら珍しく小さく呟いていたが、何を言っているかは解らなかった。
しかしその表情は、それでも無表情であった。
そしてアリーシャは、より深く考え込んだ。
「なるほど……遺跡は人がつくったもの。古人も私たちと同じ人というわけか。深いものだな。」
それを見たライラは苦笑いしながら、
「本当に真面目なんですね、アリーシャさんは。」
さらに奥に向かって歩いて行く。
と、憑魔≪ひょうま≫の気配を感じる。
「お兄ちゃん…」
「ああ。アリーシャ。」
「多いぞ。」
三人は戦闘態勢に入る。
そしてライラは炎を散らしたが、
「⁉」
「ど、どこ⁉」
周りに敵は見当たらない。
レイは上を見上げる。
そしてスレイも気付いた。
「上だ‼」
と、スレイはレイを抱え、全員後ろに下がる。
上から、自分達の居た所にムカデ型の憑魔≪ひょうま≫が襲ってきた。
スレイはレイを降し、敵を見る。
「姿さえ見えれば!」
と、アリーシャが武器を構え、敵に向かって行こうとする。
「だめ!こいつは毒を!」
ライラの注意を聞き、スレイがそれを止める。
「アリーシャ!」
「くぅ!」
アリーシャは急ブレーキをかける。
レイは少し考えてから、歌を歌い出した。
すると、敵のムカデ型憑魔≪ひょうま≫は苦しみだすと、レイを見据えた。
敵のムカデ型憑魔≪ひょうま≫は攻撃をしながら、こちらに向かって来て、レイを狙う。
「まずい!アリーシャは下がってて!ライラ!」
「……はい!」
「『フォエス=メイマ』!」
と、神依≪カムイ≫を行う。
スレイが攻撃を行っていくが、
「くっ、こいつら神依≪カムイ≫の攻撃を⁉」
「火耐性を持つ憑魔≪ひょうま≫のようです!私の力では…」
「スレイ。」
「けど、やるしかない!」
しかし、神依≪カムイ≫が解ける。
そして歌を歌っているレイに向かっていく。
「くそ!はぁ、はぁ…」
敵は咆哮を上げながらどんどん近付いて来る。
そして敵の数も増える。
「まだこんなに……」
「くそ……」
そしてムカデ型の憑魔≪ひょうま≫の牙がレイに当たる前に、
「ツインフロウ!」
と、水属性の攻撃がムカデ型の憑魔≪ひょうま≫に直撃する。
レイは歌いながら、撃った者を見た。
彼を見るその瞳は赤く光っていた。
そして歌っていた歌の声をさらに大きくした。
スレイもそこを見ると、弓の神器を片手に持ったミクリオが居た。
「ミクリオ!タイミングよすぎだ――ろぅ⁉」
と、こちらに来るミクリオに寄ろうとするが、彼はスレイを素通りした。
ミクリオはライラの所に行き、
「ライラ、陪神≪ばいしん≫契約を。」
「……よろしいのですか?」
「おい、ミクリオ!」
ミクリオはスレイに向き直り、
「確かに僕は手堅いクセに意地っ張りだ!」
「あ……」
「認めるよ。陪神≪ばいしん≫になる事だって意地を張ったさ。けどスレイは!肝心なことをわかっていない!」
と、力強い目で彼に言う。
スレイも、それには負けず、
「わかってるよ!だから、お前を巻き込みたくないんだ――」
「うぬぼれるなよ。」
「!」
「思ってるのか?自分だけの夢だって。」
と、言い争いをしている彼らに迫りくるムカデ型の憑魔≪ひょうま≫が襲い掛かる。
が、それをアリーシャが止めた。
「スレイ!ミクリオ様に応えて!」
「アリーシャさん、声が?」
と、ライラが驚きながら、さっきからずっと歌い続けているレイを一目見た。
そして、スレイは決意した。
「オレたちの夢、だ。」
と、スレイとミクリオは互いの腕を当てる。
そしてライラを見て、
「「さぁ、ライラ!」」
「わかりましたわ!」
と、スレイはムカデ型の憑魔≪ひょうま≫の元へ、ミクリオはライラと契約を始めた。
「静謐たる流れに連なり生まれし者よ―」
と、ミクリオとライラの元にムカデ型の憑魔≪ひょうま≫が襲う。
「ミクリオっ!ライラっ!」
しかし、どこかから強い風が吹き、敵の動きが一時止まる。
その隙に、ライラは早口になる。
「今、契りを交わし、我が煌々たる猛り、清浄へ至る輝きの一助とならん。汝、承諾の意志あらば、その名を告げー」
その風が止むと、ライラは笑顔になり、
「ーるのは省略!」
「省略⁉」
と、ミクリオは驚く。
そして、スレイの中に転移する。
「神依≪カムイ≫、いけます!ミクリオさん!スレイさんに真名を!」
スレイの中から出たミクリオは、彼と背中合わせになり、
「そんなのとっくに。」
「知ってるって。」
「まぁ!」
二人は互いに言う。
「いくぞ、ミクリオ!」
「さっさと終わらせよう!」
「『ルズローシヴ=レレイ≪執行者ミクリオ≫』‼」
スレイは弓を握り、水の魔法陣が彼を包む。
彼はライラの時とは違い、水色と白を基準とした服へと変わる。
髪は彼女の時と同じで白銀へと変わり、後ろに長くなる。
そして、瞳は緑から水色へと変わる。
「これが、俺たちの神依≪カムイ≫!」
「スレイ、狙いは僕が!」
「ああ、タイミングはまかせろ!」
すぐに大量だった憑魔≪ひょうま≫を倒しきった。
それを見たレイも歌を歌うのを止めた。
と、アリーシャが嬉しそうに、
「すごいよ、スレイ!ミクリオ様!」
と、スレイは今度はすぐに神依≪カムイ≫が解けた。
「あら、解除できたんですの?」
ライラが、近付きながら言った。
「そういえば、なんか自然に……」
「どうして急に……」
ライラは心配そうに言った。
そこにレイも近付いて来た。
しかしスレイは苦笑いで、
「いいじゃないか。理由なんて。」
そして笑顔になり、
「とにかく神依≪カムイ≫を自由に操れるようになったって事だろ。」
「ようやく一人前って訳だね。」
「うっせ。」
「なるほど……解除できなかった理由はそういう事でしたのね。」
と、ライラは嬉しそうに言った。
「ミクリオ、ありが――」
スレイはミクリオにお礼を言おうとするが、ミクリオは止めた。
「礼なんかいらない。僕は、僕の夢のためにやったんだからな。」
「わかってるって。」
と、嬉しそうに取っ付き合う。
レイはアリーシャを横で一目見た後、スレイとミクリオに近付いた。
そんな二人の姿を見たライラが、
「……なんだか羨ましい。」
「ですね。」
アリーシャはライラを見て言った。
そして彼女は気が付く。
「アリーシャさん、あなた?」
「はい。お声だけでなく姿も見えるように。」
それを聞いたスレイは、
「アリーシャ、天族が見えるようになったの?」
「きっとスレイの力が強くなったからだな。」
と、スレイの視覚が一瞬狭くなり、ふら付く。
レイはスレイの手を握る。
そんなレイ達に、苦笑いで言う。
「はは、少しは勝ち目がでてきたかな?災禍の顕主ってやつに。」
「スレイ――」
ミクリオが何か言う前に、アリーシャが声を掛ける。
「ライラ様、ミクリオ様。助けていただいて感謝いたします。」
「いや、なんでもないよ。この程度……」
「いらないんじゃなかったっけ、お礼?」
と、スレイとミクリオは再び取っ付き合う。
レイはスレイから手を放す。
それを見たライラは、
「……心配なさそうですね。」
アリーシャは頷き、
「さぁ、滝はこの先です!」
と、さらに奥へと進む。