スレイ達は情報を集めて、キャメロット大橋に来ていた。
すると、橋に居た商人達が大騒ぎしていた。
「おい、聞いたか!また戦争だってよ!」
「ああ。今度はローランスとハイランドも本気だ。すげえ衝突になるって話だ。」
「戦場はまたグレイブガント盆地あたりか」
「こうしちゃいられねぇ!」
「ああ!食料に武器!」
「薬に、棺桶!稼ぎ時だな!」
「「「がははは!」」」
商人達は笑う。
レイは辺りを見て、小さく呟く。
「……歴史が狂いに狂いまくってる……それに、人は……」
スレイは眉を寄せ、
「本気の戦争……⁉」
そしてロゼ達を見て、
「まずい!前以上に穢れが集まったら!」
「それこそが狙いなのでしょう。」
「ヘルダルフの……か。」
ライラが眉を寄せ、ザビーダが少し睨むように言う。
ロゼが腰に手を当てて、
「それか……人間か、審判者か。」
ミクリオがスレイを見て、
「とにかく行ってみよう。グレイブガント盆地あたりらしい。」
スレイ達は急いでグレイブガント盆地に向かう。
スレイ達がグレイブガント盆地に着くと、
「……これは……」
レイは駆け出した。
スレイはそれを追いながら、
「レイ⁉」
そしてレイは立ち止まった。
そこには一人の天族の女性が、地面に座り込んでいた。
スレイが膝を着き、
「どうしたんですか⁉」
女性は泣きながら、
「ああ……あの人が……さらわれてしまったの!獅子の顔をした憑魔≪ひょうま≫にっ!」
「ヘルダルフ!」
スレイは眉を寄せた。
レイは拳を握りしめる。
「審判者、何を考えている!それは……‼」
「レイ?」
ロゼは首を傾げて、レイを見た。
ライラが女性の前に膝を着き、
「お気持ちは察します。ですが、ここは危険です。どうか非難を。」
「でも、でも……!あの人が!」
「すぐにこの地から離れろとは言わない。ただ、この地は穢れに満ちる。いや、満ち過ぎている。このままでは……貴女も憑魔≪ひょうま≫と化してしまう。」
レイは女性を見る。
女性はさらに涙を流し、
「ああ!ああ‼あの人は……‼」
「……貴女が望むのであれば、私は叶えよう。でも、今はその時ではない。」
「……あなたは……」
そう言って、レイは駆け出した。
スレイは立ち上がり、
「とりあえず、安全な所に逃げて!」
そしてレイを追って駆けだした。
スレイはレイの駆け出した方へ行くと、そこはローランス軍の陣営地だった。
スレイとロゼは物陰に隠れる。
兵達が慌ただしく動いていた。
「青嵐騎士団の被害報告!負傷118!死亡30!」
「衛生兵!包帯が足らんぞ!」
「気をつけろ……化け物みたいな女騎士が……」
「伝令!敵部隊に負傷約50を与えり!」
スレイは息をのむ。
そしてロゼは鋭い目つきで戦況を把握する。
そしてミクリオが眉を寄せ、
「決着したのか?」
「冗談だろ。」
ザビーダが肩を少し上げる。
ライラが厳しい表情で、
「多分、先発部隊の小競り合いでしょう。」
「両国の本隊同士の衝突なら、この程度で済むはずがないもんね。」
ロゼが兵達の状況を整理し、ライラを見ながら言う。
スレイは眉を深くし、
「この程度って……」
「言葉通りだよ、お兄ちゃん。」
どこに居たのか、崖の上からレイが降りて来た。
その瞳は赤く光っている。
「いつの世も、本気の戦争とは命の取り合い。国の為、仲間の為、家族の為、自身の栄誉の為……人それぞれ想いは違えど、同じ意志の元にぶつかり合う。中にはこの戦争を楽しみ、殺すことを面白がってる者もいるけど、根本は変わらない。今はまだ、遊び程度。でなければ、この程度の負傷、死傷ではすまない。」
「レイ……」
スレイはレイを見た。
レイは慌ただしく動く兵達を見て、
「くだらない、愚かな人間……本当、いつの世も変わらないな。」
スレイが言葉をかけようとした時、
「白皇騎士団はまだか!」
「ラストンベルの避難誘導に、手まどっている模様です!」
「くっ!そんな場合かっ!」
ローランス軍兵の熱気はさらに荒々しくなる。
ライラはスレイを見て、
「スレイさん、このままここにいても。」
「白皇騎士団がラストンベルにいるって。」
「セルゲイに会ってみよう。」
ロゼとミクリオがスレイを見る。
スレイは立ち上がり、
「……そうだな。全面衝突だけは止めないと!」
「うん。いくとこまでいっちゃう気がする。今度こそ!それにさらわれた天族も気になるし!」
「ああ!」
スレイ達は走り出す。
レイは一度、兵達を見てからスレイ達を追う。
ヴァーグラン森林に入ると、レイはハッとしたように何かを察した。
辺りを見渡し、
「お兄ちゃん!ロゼ!」
走っていたスレイ達は止まり、振り返る。
レイが指さす方向には、怪我をしてヨロヨロしながら歩く少年。
そして膝を着いて、座り込む。
その少年はロゼを見て、
「と、頭領……」
「何があったの、トル?」
ロゼは眉を寄せて、彼の元に行く。
彼はロゼを見て、
「みんなが……ペンドラゴで捕まっちゃった。枢機卿の暗殺の容疑……僕たちがハイランドに頼まれてやったって。」
「なんで?あれはあたしが勝手に――」
「ルナールが帝国に持ちかけたんだ。そういうことにすればいいって。」
それを聞いたミクリオは腕を組み、
「なるほど。帝国は開戦の大義名分を探していただろうからね。」
「枢機卿の暗殺をハイランドが謀ったことにできれば。」
「十分すぎるな。」
ライラとザビーダが眉を寄せる。
スレイは腕を組み、考え込む。
ロゼの仲間トルは立ち上がり、
「ルナールに罠を張られて……エギーユが盾になって僕だけ……。ごめん……逃げるのが精一杯だった。」
そして彼は涙を流す。
ロゼは瞳を揺らし、
「覚悟はしてた……そういう仕事だから。けど……」
「行ってもいいよ、ロゼ。」
スレイが考えをまとめ、ロゼを見て言う。
ロゼは眉を寄せて、スレイを見る。
「止めないとヤバイじゃない、戦争。」
「けど、大義名分を得たらやることは決まってる。」
「証拠隠滅だわな。」
ミクリオとザビーダはロゼを見る。
エドナもロゼを見て、
「放ってけないんでしょ。どうせ。」
「家族は大切ですもの。」
ライラも頷く。
スレイはロゼを見つめ、
「自分で言ったじゃないか。ロゼとオレの仕事は違うって。」
「……ロゼ。今行かなきゃ、きっと後悔するよ。今のロゼの中にある選択肢は二つ。家族を救うか見捨てるか。貴方はどちらを取るの?」
レイはロゼを見つめる。
ロゼは瞳を揺らし、その瞳は力強い瞳に代わる。
そしてロゼは頷き、
「ありがと!行ってくる!」
そして駆けて行った。
ライラはスレイを見て、
「私たちはどうします?風の骨救出と戦争。」
「どっちもなんとかしなきゃだが、体はひとつ。」
ザビーダもスレイを見る。
ミクリオもスレイを見て、
「セルゲイはラストンベル。」
「ハイランド陣地にはアリーシャがいるかもね。」
エドナは傘をトントンして、彼に言う。
ザビーダは帽子を取り、クルクル回しながら、
「ここら辺、洞窟を通ってハイランドへ抜けられたよな、確か。」
「ラモラック洞穴ね。」
エドナが付け足す。
そして、一人残ったロゼの仲間トルは傷を抑え、
「情けないけど、今の僕じゃ足でまといになるだけだ。けど、君たちなら頭領を……。ごめん……頼れる義理じゃないのはわかってる。」
そう言って、歩いて行った。
スレイは眉を寄せる。
レイはスレイを見上げ、
「私は、お兄ちゃんの選択に従うよ。でもお兄ちゃんなら、もう選択を選んでる。どれかを止めるか、それとも全てを止めるか。」
スレイは考え込み、
「俺は――まず、アリーシャの方に行く。優勢なハイランド軍なら、アリーシャの言葉を聞くと思うし。そしてセルゲイの所に行って、両国の衝突を少しでも遅らせて貰う。その隙に、ロゼの援護に向かう。」
「……なるほどね。それで行こう。」
ミクリオが頷く。
スレイはレイを見て、
「レイも、それでいいか?」
「何で私に聞くの?私はお兄ちゃんの選択に従うと言った。」
レイは首を傾げる。
スレイは頭を掻きながら、
「いや、レイはレイとしての感情と裁判者としての感情があるかも、って思って……」
レイは瞳を揺らし、小さく笑って、
「私はこの世界で一番人間は信用できないと思ってる。でも、人間以上に儚く、脆く、感情に左右される生き物は少ない。それは天族もそうかもしれないけど、天族はその区切りがはっきりしてる。」
そして真剣な表情で、
「だから、私はお兄ちゃんが結んだ縁≪えにし≫を、絆を信じる。」
そして瞬きし、
「導師、見せてみろ。あの先代導師ミケルのように。そしてミケルとは違った選択の答えを。」
そう言って再び瞬きして、
「さ、行こう。お兄ちゃん。」
「ああ!」
そしてスレイ達は少女アリーシャに会いに、ハイランドへと向かう。
ハイランド側に向かい、ハイランド軍陣営地に来た。
辺りは穢れに満ちていた。
そして中に入り、少女アリーシャを探す。
そこに聞き覚えのある女性の声が聞こえてくる。
「総攻撃の準備急げ!勅命が下り次第、総力をもってローランス軍を殲滅する!」
そう兵に命令する青い騎士服を纏った女性。
兵は敬礼し、走って行く。
そしてその女性・騎士マルトランはこちらを見て、
「これは導師スレイ。ようこそ我が陣地へ。丁度いい。まもなく総攻撃を命ずる勅命が届く予定なのだ。君たちがよく知る人物を使者としてね。」
「まさか……!」
スレイは眉を寄せた。
ライラも眉を寄せ、口元を手で覆い、
「アリーシャさんにそんな役目を⁉」
騎士マルトランは腕を組み、
「ふふふ。バルトロの小細工だろうが面白い趣向だ。素直に届ければ大戦が始めり、拒否すれば反逆罪で処罰できる――アリーシャの困り顔が目に浮かぶよ。」
「あなたは……!」
スレイは拳を握りしめる。
レイは彼女をいつになく、険しく睨みつけていた。
彼女はスレイを見つめ、
「私を斬るか?いいだろう。お前をローランスの刺客だと叫べば、勅命がなくとも総攻撃の名分が立つ。」
「くっ!」
スレイは俯く。
ザビーダは騎士マルトランを睨みながら言う。
「こりゃあ分が悪いぜ。どうにも。」
「兵たちを抑えるにはアリーシャの力が必要だ。」
ミクリオが周りを見て言う。
騎士マルトランは目を細め、
「アリーシャ……か。」
そして力強い瞳で、スレイ達を見る。
「やってみるがいい。できるものならな。」
そう言って、背を向けて歩いて行った。
レイはその背を見つめた。
「……貴女の願いが叶うか、アリーシャの願いが叶うか……でも、貴女のその選択はきっと……」
そしてスレイ達はすでに歩き出していた。
レイもその後に付いて行く。
グレイブガント盆地から出て、
「陣地にアリーシャはいなっかった。レディレイクに行ってみよう。」
ミクリオがスレイを見る。
ライラが俯き、
「でも、アリーシャさんを頼ればマルトランさんが憑魔≪ひょうま≫だと教えることになりますが……」
「傷つくわね。あの子。」
エドナは傘をクルクル回していう。
スレイは拳を握りしめ、
「それでもアリーシャを頼るしか……」
そして一行は急いでレディレイクに向かう。
レディレイクに着き、アリーシャ邸に向かう。
家の前に着くと、
「戦いの邪魔ばかり、よくもぉっ!」
「ハイランドの面汚しが!」
兵達が数人、騎士アリーシャに武器を構えていた。
騎士アリーシャは身構え、
「急になにをっ⁉」
「アリーシャ!」
そこにスレイが駆け込む。
スレイが武器を手に、憑魔≪ひょうま≫兵を落ち着かせる。
騎士アリーシャは現れたスレイとレイを見て、
「スレイ⁉レイ⁉」
「話は後!……ライラ!」
「はい!」
ライラとレイが騎士アリーシャの元へ駆けて行く。
そしてレイが騎士アリーシャの服を引っ張り、
「アリーシャ、手を出して。お兄ちゃんと従士契約を復活させる。」
「だが、スレイに負担が……」
「大丈夫、今のお兄ちゃんなら。」
レイは騎士アリーシャを見つめる。
騎士アリーシャは頷き、手を出す。
その手をライラが握る。
そして契約が復活する。
ライラはスレイに叫ぶ。
「従士契約、復活させました!」
アリーシャは槍を構える。
憑魔≪ひょうま≫兵に突っ込んで行く。
ザビーダがアリーシャに当たりそうになる憑魔≪ひょうま≫兵の武器を弾き飛ばしながら、
「よ、お姫様、俺はザビーダ。よろしくな。」
「は、はあ。」
アリーシャは首を少し傾けた。
ザビーダは笑いながら、
「その顔、聞きたいことがあるって言ってるぜ?」
「いえ、今は戦いに集中します!」
アリーシャは再び敵に向かって突っ込んで行った。
レイがザビーダを見上げ、
「はい、ガンバ。」
「お、おう……」
ザビーダも敵を防ぎに行く。
そして戦いながら、説明をする。
そしてアリーシャと共に、敵を吹き飛ばし、
「と、まぁ、おおよそはそんな事情さ。」
「そうですか……」
アリーシャは武器をしまう。
ミクリオはザビーダを睨んで、
「ザビーダの話ばっかりだぞ。」
「あはは、まぁおいおいね。」
スレイは苦笑いする。
そこにザビーダが、
「だって、俺様……嬢ちゃんに背中押してもらったし♪」
「押してない。」
レイはそっぽ向く。
スレイは真剣な表情に戻り、
「でも何で、兵士がアリーシャを?」
「私がもたもたしているからだろう。攻撃を命ずる勅命を届けずにな。」
アリーシャは封筒を取り出して、それを見つめる。
ミクリオは腕を組み、
「そこまで憎悪と不満が……」
「見ての通りです。戦争は……とめられそうにありません。」
アリーシャは背を向ける。
レイは腕を組む。
エドナはアリーシャの背に、
「あきらめるの?」
「だって、どうしようもないではありませんか!ローランスを討てと王の命令――勅命は出されてしまったのです!」
アリーシャが珍しく怒鳴り声を出した。
ザビーダが帽子を上げ、
「そんなもの握りつぶしちまえば?都合が悪いなら。」
「ザビーダ様。握りつぶすとはどういう意味でしょう?」
アリーシャは振り返り、眉を寄せる。
ザビーダはニット笑い、
「そのままさ。命令書を隠しちまえってこと。」
「無茶な!」
アリーシャはさらに眉を寄せた。
ミクリオもザビーダを見上げ、
「そうだ。アリーシャにできるはずが――」
「別に強制はしないよ。悲しみにくれる憂い顔も嫌いじゃないしな。」
ザビーダは両手を肩まで上げて、首を少し振った。
アリーシャは黙り込む。
レイはアリーシャを見上げ、
「アリーシャ。私はライラ達に、自分の気持ちは言うべきだと教わった。だからアリーシャも自分の気持ちに素直になって。もちろん、ザビーダのいうように、強制はしない。お兄ちゃんに協力すると言うことは、国を敵に回す行為かもしれない。それに、アリーシャにとって大切なものを失う結果になるかもしれない。だから、アリーシャのしたいように、想うようにして。」
しばらくしてアリーシャは俯いた。
「スレイ、戦争をとめるには、ザビーダ様の言う通りにするしかないようだ。また力を貸してもらえないだろうか。」
そして、顔を上げた。
ライラが手を握り合わせ、俯く。
「レイさんがさっき言ったように、本当にいいのですか?国に反抗することになるますわよ?」
「承知の上です。」
アリーシャは強い眼差しで、頷く。
スレイは頷き、
「わかった。」
「アリーシャが覚悟を決めたのなら、嫌とは言えないね。」
ミクリオはスレイを見て言う。
アリーシャは奥のザビーダを見て、
「ザビーダ様も。頼りにしてよろしいか?」
「健気な姫のためとあらば。泣きそうな顔より、ずっと好みだしな。」
ザビーダは帽子を上げ、ニッと笑う。
アリーシャは照れながら、視線を外す。
レイはザビーダを見上げ、
「アリーシャを泣かしたら、ザビーダは岩の下敷き。アリーシャに手を出したら、火あぶりね。」
「ちょおおぉ!嬢ちゃん⁉」
ザビーダは目を見開いて、レイを見た。
エドナが意地悪顔になり、
「いいわね。いつでも、どこでも、やってやるわ。」
「そう……ですわね。私も、いつでも、どこでもやりますわ。」
ライラも手を合わせて、笑顔で言う。
ザビーダは一歩下がりながら、
「ちょっ⁉なんか三人とも目が本気なんですけど⁉」
「日頃の行いだね。」
「はは……」
ミクリオは半眼で、スレイは頬を掻きながら苦笑いする。
アリーシャも少し笑った後、真剣な表情に戻り、
「幸い、軍を指揮しているのはマルトラン師匠≪せんせい≫だ。きっと師匠≪せんせい≫も協力してくれる。」
スレイ達はそれを聞き、各々反応する。
それに気付いたアリーシャは首を少し傾げ、
「……どうした?」
「それは無理よ。マルトランは憑魔≪ひょうま≫だもの。」
エドナがアリーシャを見て言った。
その表情は少しだけ暗い。
「え……⁉」
アリーシャの表情が変わる。
目を見開き、固まる。
レイは視線を外す。
「災禍の顕主の配下として戦争を煽った張本人なのよ。」
「エドナ!」
ミクリオが振り返って、眉を寄せた。
ライラもエドナに振り返った。
エドナは眉寄せて、
「教えておかないとマズいでしょ。」
「だな。後ろから刺されてからじゃ遅い。」
ザビーダも振り返った二人を見て言う。
アリーシャは眉を寄せ、胸に手を当て、
「うそだ!冗談でも言っていいことと悪いことが!」
「落ち着いて!アリーシャさん!」
ライラがアリーシャに歩み寄る。
アリーシャは泣きそうな顔で、
「そんな……マルトラン師匠≪せんせい≫は……ずっと私を励ましてくれて――」
スレイはアリーシャの視線を外した。
レイは俯いた後、顔を上げ、
「エドナの言う通りだよ。私は言った。『お兄ちゃんに協力すると言うことは、国を敵に回す行為かもしれない。それに、アリーシャにとって大切なものを失う結果になるかもしれない』っと。そしてアリーシャは選んだ。こっちの選択肢を。」
アリーシャは一度俯くと、顔を上げ、
「……取り乱してすまない。会えばわかることだ。マルトラン師匠≪せんせい≫に。」
そして一人先に歩き出す。
ザビーダは肩を少し上げ、
「また泣きそうな顔になっちまったか。」
スレイは俯き、顔を上げる。
そしてアリーシャの後を追う。
合流し、街の入り口まで来ると、アリーシャが立ち止まる。
「……スレイ。目は……大丈夫だろうか?」
スレイはアリーシャに振り返り、
「大丈夫。見えるよ。」
「お兄ちゃんも、あれから力をつけたからね。」
レイはスレイを見上げて言う。
アリーシャは少しほっとしたように、
「よかった。成長したのだな。」
「けど、少しかすんでる。」
アリーシャはスレイの言葉に目を見開き、
「少しって!戦いでは致命傷に――」
「だとしても、これはアリーシャが見届けるべきことだと思う。」
スレイはまっすぐ彼女を見て言う。
レイは少し笑って、アリーシャを見て頷く。
「スレイ……レイ……」
アリーシャは眉を寄せて、瞳を揺らす。
エドナが傘を肩でトントンさせ、
「今更よ。ウダウダ言わない。」
「どうせスレイにフォローがいる事は変わらないし。ね、レイ。」
ミクリオは腕を組んで、スレイを見た。
レイはミクリオを見て、
「ん。そうだね。」
スレイはアリーシャを見つめ、
「行こう、アリーシャ。」
「……ああ!」
アリーシャも力強く頷く。
外に出て、しばらくした後、今度はスレイが立ち止まる。
そしてアリーシャに思いっきり頭を下げた。
「アリーシャ!……あの、マルトランさんのこと黙っててごめん。」
「スレイ、顔を上げてくれ。私のことを、考えてくれたのだろう?謝るのは私の方だ。こんなに動揺してしまう自分が情けない……」
アリーシャは俯いた。
レイはアリーシャを見上げ、
「それはアリーシャが本当に、あの人を想っているから。大切だと。それが人にとって当たり前の事なんだよ。」
「ありがとう、レイ。」
アリーシャはレイを見て少し笑った。
スレイ達は戦場に急ぐ。
フォルクエン丘陵を進んでいると、レイが立ち止まった。
スレイもそれに気付き警戒する。
スレイ達の前からは青い騎士服を纏った女性が歩いてくる。
アリーシャがその女性を見て、
「師匠≪せんせい≫……!」
青い騎士服を纏った女性マルトランはスレイ達の前で止まり、しばしスレイ達と睨み合った。
その後アリーシャを見て、
「……やっと気付いたか。私の正体に。」
「なぜ……」
アリーシャは瞳を揺らして、騎士マルトランを見る。
彼女はアリーシャを見つめ、
「私の信じる理想のためだ。お前が使者だろう。総攻撃を命じる勅命を渡せ。」
そう言って、腰に手を当ててアリーシャを見据える。
アリーシャは歯を食いしばり、騎士マルトランを睨む。
騎士マルトランはアリーシャ達を見て、
「では、力ずくで奪うとしよう。……来い。ここでは人目につく。」
そう言って、歩いて行った。
スレイはアリーシャを見て、
「アリーシャ……」
「師匠≪せんせい≫は……ずっと私を……」
アリーシャは拳を握りしめる。
スレイ達は騎士マルトランを追って、ボールス遺跡に入った。
アリーシャは歩きながら、
「なぜ……なぜこんな……」
「アリーシャ……」
スレイは心配そうに彼女を見る。
ミクリオもアリーシャを見てから、ライラを見て、
「ライラ、マルトランはなんの憑魔≪ひょうま≫なんだ?」
「それが……正体が見えないのです。」
ライラは首を振りながら言う。
ミクリオは眉を寄せ、
「わかるのは手強いってことだけか。」
「強い美人。相手にとって不足はないね。」
ザビーダはニット笑いながら言う。
と、そのとき地面が揺れる。
否、地面から岩が飛び出した。
そしてレイとアリーシャだけがスレイ達と別れ離れとなる。
スレイはエドナと神依≪カムイ≫をし、岩を叩くが何の変化も現れない。
レイは岩を触り、
「審判者の仕業か……お兄ちゃん!私とアリーシャは別方向から合流する!お兄ちゃん達はそのまま進んで。」
「スレイ。そうしてくれ。必ず追いつく!」
と、岩の向こう側からスレイの声が響く。
「わかった!気をつけて!」
「ああ!」
アリーシャが返事をし、レイを見る。
レイはすでに辺りを見渡し、
「アリーシャ、ここから行こう。」
レイは岩を登り始める。
その先は少し森がかったようになっていた。
レイに続き、アリーシャも岩を登る。
そして森の中を進んで行く。
レイは歩きながら、
「アリーシャ、もし憑魔≪ひょうま≫が現れたら――」
「レイ、憑魔≪ひょうま≫が現れたら私が守る。その時は私の後ろに隠れてくれ。」
アリーシャがその時の事を先に話した。
レイは自分の後ろに、と言おうとしたので少しビックリした。
なので、アリーシャを見上げ、
「……なら、私はアリーシャを守るよ。」
「え?」
「お互いに無茶はしない程度にね。」
「ああ!」
アリーシャは頷く。
さらに突き進み、レイがアリーシャを止める。
「待って、アリーシャ!」
レイとアリーシャの前には無数のゾンビのような兵が現れる。
赤く光る眼がゆらゆらと闇の中から出てくる。
アリーシャは恐怖にかられたが、すぐに槍を構えてレイの前に立つ。
レイは震えながらも、力強く立つアリーシャを見て、
「ありがとう、アリーシャ。でも、あれはただの憑魔≪ひょうま≫じゃない。」
そしてアリーシャの前に立つ。
アリーシャは眉を寄せて、
「レイ!」
「大丈夫。でも、私の前には出てはダメ。」
そう言うと、レイの足元の影が揺らめき出した。
レイの瞳も赤く光り出す。
「今からやる事を、お兄ちゃん達には内緒にしておいて。でないと、お兄ちゃん達の側に居られなくなる……」
レイは手を前に出す。
影がゾンビ兵達を襲う。
が、中には対抗する者もいる。
「抵抗するか……だが、お前達をあるべき所に返さねばならない。裁判者として!」
レイは前に出していた手を左右に広げる。
魔法陣が浮かび、結界を張る。
影から弓を取り出し、
「アリーシャ、恐かったら目を閉じていて……」
「わ、私は……」
アリーシャは構えていた槍を強く握りしめ、自分を保っていた。
レイは弦を引く。
そしてそれを放つと、雷がゾンビ兵達を襲う。
「あなたたちは帰らねばならない。喰らえ!」
レイの影は痺れて動かなくなった無数のゾンビ兵達を喰らい出す。
影がゾンビ兵達を喰らい尽くすと、影に戻る。
レイは弓も影に戻す。
「れ、レイ……」
「怖いのは当然。お兄ちゃん達も、前は恐がってたし。今も、かもだけど。」
「君は憑魔≪ひょうま≫なのか?」
レイは首を振り、アリーシャに振り返る。
そしてアリーシャを見上げ、
「私は憑魔≪ひょうま≫ではないよ。」
「では――」
「でも、人でも、導師でも、従士でもない。勿論、天族でも。」
アリーシャは眉寄せる。
レイは悲しそうに笑い、
「結構、ややこしいから詳しくは言えないんだけど……アリーシャにも、解りやすく言えば……人間、天族、憑魔≪ひょうま≫、ありとあらゆる世界の理や歴史を見届けるもの……って思ってくれればいいよ。」
「レイ……は……昔のことを思い出したのか?」
「ん~、まぁ……そんな感じ。」
レイはアリーシャに手を差し出し、
「さ、行こう。お兄ちゃん達が待ってる。そしてアリーシャはアリーシャの出した選択を信じ、進んで。そして忘れないで、アリーシャは一人じゃない。今もこの先も。それは前にも言ったけど、友が貴方を支え、そしてその友を貴女が支える。ま、信じる信じないは、アリーシャ次第だけど。」
「……ああ。レイ、約束だ。今回の事はスレイには言わない。」
そしてレイの手を取る。
レイは微笑み、
「ん。ありがとう、アリーシャ。」
そして森を抜け、下に降りる。
と、走って来る足音があった。
「レイ!アリーシャ!」
「スレイ!」
スレイは二人を見て、
「良かった。無事みたいだ。」
「ああ。心配をかけた。」
「さぁ、行こう。」
スレイはアリーシャを力強く見た。
アリーシャは頷く。
そして騎士マルトランの元に着くと、彼女は自身の影から穢れに包まれた槍が出て来た。
「大仕事が控えている。手早く終わらせよう。」
「なぜです!師匠≪せんせい≫っ!」
「この期に及んで、まだ問いを吐くかっ!」
「……っ!」
アリーシャは眉を寄せ、歯を食いしばる。
騎士マルトランは槍を構え、
「今見ているものが現実であり事実だ。そんな基本もわきまえぬ者が導こうなど、笑止極まる。」
「理解はしています。でも……」
「では、悟っただろう。お前の青臭い理想など、一片の意味も持たないという現実を。国にとっても。民にとっても。もちろん私にとってもだ。」
「だったら!どうして私を支えるフリをしたんですか⁉」
「ふたつだけ利用価値があったからだ。お前は、ハイランドとローランスを最大の力で衝突させるための道具だった。バルトロを反発させ暴走させる役には立った。」
アリーシャは俯き、黙り込む。
スレイは眉を寄せ、
「アリーシャの理想には、意味も価値もあるよ。」
「ああ。少なくともスレイは信じてる。」
「スレイさんだけではありませんわ。」
スレイの言葉に、ミクリオ、ライラが続いた。
騎士マルトランはスレイ達を見て、
「愛弟子への最期の授業だ。邪魔しないでもらいたいな。」
「邪魔が入るのが現実ってもんさ。」
「そっちもよくしゃべるのね。この期に及んで。」
ザビーダとエドナが騎士マルトランを見て言う。
騎士マルトランは少し間を置いた後、
「確かに。最早かわすのは刃だけで十分だ。もうひとつの価値のためにもな。」
最後の方は小さく呟いた。
そしてレイが騎士マルトランの前に歩み出る。
そして赤く光る瞳で、騎士マルトランを見る。
騎士マルトランは槍をレイに向け、
「貴様でも邪魔はさせんぞ、裁判者!」
そして槍を突き出す。
影が槍の先を掴み、
「別に手を出す気はない。私はお前達の選択の結果を見るだけだ。」
そして槍を押しやった。
赤く光る瞳で、レイでなく、裁判者として彼女に言った。
「お前の中にあるその想いが最終的にどういう結果になるか、のな。現に、私はお前の話が終わるまでは手を出さなかっただろ。」
レイ≪裁判者≫は岩の上に乗った。
そしてアリーシャを見た後、視線を全体に戻した。
騎士マルトランは槍を構えなおす。
「アリーシャは下がって。」
スレイ達が武器を構える。
だが、アリーシャは一度瞬きし、槍を構える。
スレイはそれを見て、
「わかった。」
そしてアリーシャは騎士マルトランに突っ込む。
「やってみせる!」
「ふん!隙だらけだぞ、アリーシャ!」
騎士マルトランはアリーシャの槍を簡単に弾く。
そして槍先でない方で、叩き飛ばす。
そこにザビーダの天響術を繰り出す。
「ライラ!こいつの弱点は?」
「わかりません……この方は!憑魔≪ひょうま≫なのに正体を抑え込んでいる!」
ザビーダの天響術を避けた騎士マルトランは槍をザビーダに突き出してくる。
ザビーダもそれを避けながら、ライラの説明を聞いた。
彼女から距離を取り、
「へぇ~、それはすげえ!」
そして天響術を再び繰り出した。
そこにエドナ、ミクリオ、ライラの天響術も繰り出した。
だが、それらすべてを騎士マルトランは切り裂いた。
アリーシャは立ち上がり、再び槍を構えて騎士マルトランに突っ込んで行く。
そこにスレイも加わるが、騎士マルトランは華麗な槍さばきで受け流す。
それでもアリーシャは何度も挑んで行く。
その姿を、瞳を騎士マルトランは見つめた。
そして騎士マルトランは槍に力を込めて、アリーシャを叩き飛ばす。
レイ≪裁判者≫はそれを見て、
「それが貴女の≪お前の≫選択か……」
そしてアリーシャは踏みとどまり、スレイを見て、
「スレイ!」
そこにタイミングを合わせたように、天族達の天響術を繰り出した。
そこにスレイが浄化の炎を纏った剣で、騎士マルトランを包み込む。
「う、うわぁ!」
騎士マルトランは膝を着く。
だが、浄化の炎は穢れの炎へと変わる。
そしてそれは消えた。
レイ≪裁判者≫はスレイ達も元に降りてきた。
ライラは騎士マルトランのそれを見て、
「この方も……!」
「ふふ、浄化などされてたまるか……真に浄化されるべきはっ!」
そして騎士マルトランは立ち上がる。
彼女はスレイ達を、裁判者≪レイ≫を睨み、
「この世界の方なのだから!」
「もうやめてください、師匠≪せんせい≫‼あなたは災禍の顕主に騙されてるんです‼」
アリーシャは泣きそうな顔、瞳で彼女を見る。
騎士マルトランはじっとそれを見た後、少し笑い、アリーシャの方に歩いてくる。
「……どこまでも優しいな。私は、そんなお前が――」
そしてアリーシャの方に手を伸ばし、彼女の槍を掴んで自身に刺した。
アリーシャは眉を寄せ、目を見開く。
騎士マルトランは顔を上げ、アリーシャを一度見た後、
「がはっ……‼」
そして俯いたまま、
「反吐が出るほど嫌いだったよ。」
「……っ‼」
そしてアリーシャの顔に手を伸ばし、その頬を触る。
アリーシャの表情は戸惑いと悲しみになっていた。
騎士マルトランはいつもの師としての顔で、
「これが現実だよ……アリーシャ。」
そう言って、後ろに倒れ込んだ。
アリーシャの槍には穢れに塗れた血がついていた。
アリーシャは瞳を揺らし、悲しみに震え出す。
そしてその場に座り込んだ。
騎士マルトランは空を見上げ、
「あの方の理想に身を捧げた証――後悔は……ない。」
そして騎士マルトランは穢れの中に飲み込まれた。
アリーシャはその場所に手を伸ばす。
だが、それはすでに消え、何も残っていない。
「あああ……!」
アリーシャは涙を目に溜め、俯いた。
スレイがその肩に手を伸ばした時、
「ううっ……‼」
「アリーシャ!」
アリーシャは走り出した。
スレイもそれをすぐに追いかける。
レイは消えた騎士マルトランの居た場所を見て、
「……お前の願いは叶えられない。だが、想いは繋げられる。」
そう言って、走って行ったスレイ達を追いかける。
アリーシャは立ち止まり、俯いていた。
その背に、スレイが声をかけた。
「アリーシャ……」
「もう嫌だ……」
そう言って、アリーシャは泣きながらスレイに振り返った。
そしてスレイの胸に抱き付き、
「嫌だ!嫌だ!家に帰りたい!知らないよ!戦争も国も民も!陰口を言われるのも、意地悪されるのも、もうたくさん!王女も騎士もやめる。バルトロでも誰でも勝手にすればいい!」
泣きながらそう叫ぶ。
スレイはアリーシャの肩に手を乗せる。
そこにレイ≪裁判者≫現れる。
「では、全てを捨て自分は逃げ出すと?今までやってきたこと全てを投げだし、民の期待や想いに背を向けて。」
「だって、みんなのためにって頑張っても……いいことなんかなかった……なにも……」
「本当に?あの騎士は、何も教えなかった?……アリーシャの繋げた縁≪えにし≫や想いは、なにも生まなかった?」
レイ≪裁判者≫はスレイに泣き縋っているアリーシャを見つめる。
その表情は裁判者というより、レイだった。
レイは優しく、それでいて厳しい瞳でアリーシャを見つめる。
アリーシャは首を振り、
「ああ……なのに……それなのに……」
「思っちゃうんだよな。戦争を止めたいって。」
スレイが優しく微笑みながら言う。
そしてアリーシャの見上げたスレイの顔は、ニッと笑う。
「なんかオレも同じカンジだから。」
「『騎士は守るもののために強くあれ。民のために優しくあれ』」
アリーシャは思い出すように、噛みしめるように呟く。
レイは嬉しそうに微笑んだ。
アリーシャは続ける。
「師匠≪せんせい≫の言葉が耳から離れないんだ。きっと私を騙すための言葉だったのに……」
「あの人が嘘を言ったとしても、アリーシャが受け止めた気持ちは本物だろ?」
そう言って、スレイはアリーシャの手を強く握りしめる。
そして力強い瞳で、
「それで今ここにいるアリーシャは、間違いなく現実だよ。オレが保証する。」
アリーシャは涙を拭い、スレイを見上がる。
そして笑顔に戻り、
「ふふ……みっともない現実を見せてしまった!ハイランド軍のことは任せてくれ。最後まで青臭くあがいてみせるよ。それが私だから!」
スレイは頷く。
そしてアリーシャも頷き、背を向ける。
そしてハイランド軍がある陣地のある方向に走って行く。
「若いねぇ~!素であんなセリフを。」
ザビーダがニット笑いながら言う。
ミクリオは視線を外し、
「すまない。」
そしてエドナが顔を覆って泣いているライラを見て、
「なに泣いているわけ?あなたまで。」
「だって感動して……」
「なんか言った?」
スレイはきょとんとして、後ろに振り返った。
ライラ以外の天族組は、
「「「別に。」」」
スレイは頭を掻いた。
が、手を上げて、
「次はセルゲイの所に行こう!」
「ああ。そうだな。」
そう言って歩き出す。
レイは胸を抑え、
「もう少し……もう少しだけ……」
そう言って、手をギュッと握りしめた後、スレイ達を追う。