レディレイクに着き、いまだ寝ているレイをスレイが抱きかかえる。
そしてそのままアリーシャ邸に向かう。
途中レイが起き、
「……ん?街の中?試練は?」
レイが目を擦りながら、周りを見る。
スレイがレイを見下ろし、
「おはよ。試練は合格したよ。今はアリーシャの所に向かってる。」
「……アリーシャの師匠≪せんせい≫のことで?」
「!レイ?」
スレイだけでなく、他の者も驚いていた。
レイはスレイを見上げ、
「違うの?」
「いや、実はそうなんだけど……」
「レイは、いつから知ってたの?マルトランのこと。」
ロゼがレイの顔を覗き込む。
レイはスレイから降り、
「最初から……?何となくだけど、穢れを纏ってたし。それに……私じゃない私が視ていたから……」
「……そっか。」
ロゼは頷く。
スレイは眉を寄せ、
「でも、なんでマルトランさんが……」
「ローランス皇帝家に憑魔≪ひょうま≫がいるんだ。ハイランドの騎士が憑魔≪ひょうま≫でも不思議はないだろう。」
「『戦争で名を成す英雄の多くが憑魔≪ひょうま≫』という説が裏付けられてしまったね。」
デゼルが腰に手を当て、ミクリオが悲しそうに言った。
スレイは眉を寄せ、
「けど、災禍の顕主の考えに従うなんて。」
「それも不思議なことではありません。現に導師だったアシュラも……」
ライラが悲しそうに手を握り合わせる。
「同じことを考えたんだもんな。」
スレイは落ち込んだ。
エドナが力強い目で、
「アイツが関わっている時点で、色んなことが怪しいけどね。でも、人を救うため、再生のために、すべてを破壊する……穢れに絶望した人間がはまる落とし穴なのかもね。」
「はい……」
ライラは視線を落とす。
レイは空を見上げ、
「そう。人はみな、それに陥る。それこそ、純粋に世界を救うとする導師や人間ほど……」
「アリーシャになんて言えばいいんだろう……?」
「てか、教えて大丈夫なのかな?」
スレイはアリーシャ邸がある方向を見て、ロゼも腕を組んで言うのであった。
ライラが悲しそうに、
「それは……知らずにいては危害を受けるかも。」
「けど、アリーシャは利用し終わったって。」
ロゼが悲しそうに言う。
ライラは頷き、
「事実……でしょうね。私達に正体を明かしたことから考えて。」
「なにより、アリーシャの支えだったんでしょ?あいつ。」
「そうだね。支えがなくなるどころか、ずっと利用されていたと知ったらアリーシャは……」
二人は余計落ち込む。
そこにデゼルが冷静に、
「それがマルトランの狙いかもしれんぞ。」
「アリーシャの心をくじくことで開戦を決定的にするつもりなのかも。」
エドナも淡々と言う。
スレイは拳を握りしめ、
「オレはどうすれば……」
「……人は真実を知り、それをどう受け取るかはその人次第。人の持つ感情とは、人それぞれ違うのだから……」
レイはスレイを見上げる。
優しく微笑み、
「だからお兄ちゃんの知ったその真実の気持ちを、そのまま伝えればいいと思うし、それをするかはお兄ちゃん次第だよ。」
「レイ……そうだな。」
スレイは顔を上げ、アリーシャ邸に向かって歩き出す。
他の者も頷き、付いて行く。
レイは小さい声で、
「ウソつき……自分は知らないフリをしてるくせに。」
そう言って、水辺に映る自分を見る。
そこには以前まで見えていた黒い小さな少女ではなく、自分が映っていた。
そして、スレイ達の元へ駆けて行く。
アリーシャ邸に着くと、少女アリーシャはテラスに居た。
一人ではなく、その師であるマルトランと共に。
少女アリーシャはいつものように、
「ハイランドは日々戦争に向かっています。私の声など、もう誰も……」
「ますます立場を悪くしたからな。本当に融通の利かない奴だ。だが――」
「あきらめません。『騎士は守るためのもののために強くあれ』ですから。」
少女アリーシャはまっすぐな瞳で師であるマルトランを見る。
彼女は笑い、
「ふふ、変わらないな。お前は。」
そしてアリーシャ邸を後にしていった。
その姿をレイは物陰に隠れて見ていた。
いや、他の者もそうであった。
そして、居なくなったのを確認して、アリーシャの前に出る。
「スレイ!レイクピローの遺跡はどうだった?」
「あ、ああ……手に入ったよ。秘力は。」
「それはよかった。師匠≪せんせい≫とはすれ違いになったようだね。」
少女アリーシャは嬉しそうに寄ってくる。
ロゼが気まずそうに、
「アリーシャ、そのことだけど――」
「マルトラン師匠≪せんせい≫に稽古をつけてもらっていたんだ。師匠≪せんせい≫と稽古すると力が湧いてくるんだよ。傷だらけになるのが困るが……私が未熟だからだな。」
「ロゼ。」
レイはロゼを見上げる。
ロゼは頷き、少女アリーシャを見て、
「……どういう人なの?」
「師匠≪せんせい≫は、私にとって……『母のようだ』と言ったら怒られた。『そんな年ではない』って。けれど七つで母を亡くした私に武術を――騎士の誇りを教えてくれた恩人だ。」
「アリ――」
「いつまでも頼ってしまって情けないが。」
呼びかけようとしたロゼだが、少女アリーシャが先に苦笑いして言う。
スレイが首を振り、
「……そんなことはないよ。」
「大臣たちを説得してみるよ。一度といわず何度でも。」
少女アリーシャは力強く言う。
二人は頷く。
レイは小さい声で、
「……これがアリーシャの心、か……」
そしてスレイ達は少女アリーシャと別れた。
屋敷を離れ、スレイは視線を落とし、
「本当のこと言えなかった……」
「スレイ!まだマルトランは近くにいるよ!追わなくていいわけ⁉」
「そうだな!」
スレイ達は駆け出す。
走り、見つけた女騎士マルトランに追いつく。
彼女は笑みを受けべ、
「いいのか?私の正体をアリーシャに伝えなくて。」
「あんた……ホントに性悪。」
ロゼは腕を組んで、彼女を睨む。
スレイはジッと彼女を見て、
「……あなたは本当にアリーシャの支えなんだな。」
「それを再確認しただけで真実を伝えられないか。甘い。導師としても戦士としても。」
「用済みなんでしょ?なんでいつまでもアリーシャから離れないのさ。」
「単に興味があるのだよ。頼まれもしないのに国を背負おうとする愚かな姫の末路にな。」
そこにスレイが女騎士マルトランを見て、
「……やりとげるよ。アリーシャは。」
「ふふ。自分でも信じていないことを。」
「オレは……!」
「そうだろう?君は、アリーシャは私の正体にすら耐えられないと思っているではないか。」
「‼」
スレイは眉を寄せ、拳を握りしめる。
ロゼは本気で怒りだし、
「うっさい!知らない間にあたしらが始末つければオール解決!」
「慌てるな。じきに舞台は整う。あの方の掌の上でな。」
そう言って、背を向けて歩いて行く。
スレイ達は動けずにいた。
スレイ達から離れた女騎士は足を止める。
目の前には小さな少女がいる。
白いワンピース服のような服を着ているが、瞳は赤く光っていた。
「……お前があの娘から離れないのは、お前がなくしたものをあの娘が持っているからか?それとも、利用してお前自身があの娘に情がわいたからか?そう言った全てにおいて、選ぶことのできない答えを、導師にあそこまでぶつけるのは……本当はお前自身が選びたいからか?それとも、選んでもらいたいのか?」
レイは赤く光る瞳で、女騎士マルトランを見上げる。
彼女はレイを睨み、
「……私の答えは変わらない。全てはあの方の為、そして私自身の為だ!」
「……そうか。それはお前の望む未来の一つであり、望まぬ未来の一つか。人間とは大変だな。お前自身、触れ合ってしまった時点で切り捨てる事ができず、そして最後は切り捨てられる……か。お前はいつまでも、その矛盾の中に居続ける。だが、あの姫の運命は変わらない。お前が何を望み、何を願おうと、な。」
二人は睨み合う。
女騎士マルトランは剣を取り出し、力を込めようとするが、
「やめておけ。いくらあの剣を持とうが、私を殺すどころか傷一つつけられない。所詮、お前達は人間に過ぎんのだからな。」
小さな少女の足元が揺らぎだす。
女騎士はため息をつき、
「今はその時ではない。それは私も心得ている。」
小さな少女の横を通り過ぎ、
「あの方も、審判者も、すでに動き出すているのだからな。」
「では、伝えておけ。図に乗るな、と。」
「それはどちらにだ?」
「無論、両方だ。」
小さな少女は歩き出す。
レイがスレイ達の所にそっと戻ると、
「マルトランの正体を伝えられなかったのは、信じたいって思ってるけど『本当は信じてない』からなのかな……」
「あれはただの挑発だ……」
悲しそうに空を見上げるスレイに、ミクリオが同じように悲しそうに言う。
それでも悩むスレイに、
「お兄ちゃん。人はね、矛盾を抱えて生きているんだよ。どんな者も、矛盾を抱えて生きている。だからそのお兄ちゃんの想いは、お兄ちゃんの本当の想いではあるけれど、お兄ちゃんにとっての矛盾でもある。でも、見方を変えればその矛盾も本当の意味ではあり得る矛盾なんだよ。」
レイがスレイを見上げ、スレイの手を握りしめる。
スレイは瞳を閉じ、開くと、
「アリーシャには伝えないでおこう。」
「いいのね?」
エドナがスレイを見て言う。
そしてスレイは力強く頷く。
「ああ。」
「僕も賛成だ。マルトランの目的はアリーシャに危害を加えることではなさそうだしな。」
ミクリオも頷いて言う。
エドナはじっと彼らを見て、
「それなら、ワタシの言うことはないわ。」
「ロゼも伝える必要はないって思ってるだろ。」
「マルトランに啖呵切ってたしね。」
スレイとミクリオはロゼを見る。
ロゼは苦笑いしながら、
「あはは。スレイ、もう話さないって気配だったからあいつの挑発につい先走っちゃったぜ。」
その後ろで、デゼルがため息を着く。
スレイは少しの間をあけ、
「……正直、今のアリーシャに本当のことを伝えるのが不安なんだ。」
「アリーシャさんは想像以上にマルトランさんを支えにしていますからね。」
ライラも悲しそうに、遠くを見る目で言う。
デゼルが厳しい口調で、
「どっちでもかまわんが、マルトランと戦≪や≫る時は躊躇するなよ。死ぬぞ。」
「……ああ。それもわかってる。」
スレイはまっすぐデゼルを見つめる。
そこにロゼがスレイの肩を叩きながら、
「そんな深刻にならなくても大丈夫だって!ほら、決めた事に胸をはれっての!」
「ああ!」
スレイは笑顔で頷く。
レイは瞳を閉じた後、開き、スレイ達を見て微笑む。
と、スレイはぐっと身を丸めた後、思いっきり腕を伸ばした。
「では、改めて……水の試練、なんとか突破したな。」
そしてスレイは腰に手を当て、喜びを表す。
エドナが傘をクルクル回しながら、
「けど。実際はアイツらとアウトルの後始末をさせられただけだったんじゃない?」
「そういう言い方はどうなんだ?」
ミクリオがエドナを見る。
エドナもミクリオを見て、
「ミボ。本心を言いなさい。」
「まあ……釈然としない気持ちはあるよ。」
ミクリオは腰に手を当て、視線を外す。
エドナは真顔で、
「でしょ。」
「あれは……導師の最悪の結末を伝えて下さったのだと思います。」
「オレもそう思った。」
ライラとスレイはまっすぐ二人を見て言った。
エドナは悪戯顔になり、
「ふうん。じゃあ、アシュラが憑魔≪ひょうま≫化しなかったら、どうするつもりだったのかしらね?」
「その時は……別の憑魔≪ひょうま≫で試されたはずです。」
それを聞いたスレイがライラを見て、
「他にもいるってことか?憑魔≪ひょうま≫になった導師が。」
「長い歴史の中では、大勢。」
「わかった。だから心の試練が大事なんだな。」
「はい。」
スレイは頷く。
そしてミクリオも、
「そういうことなら納得だ。エドナもいいよな?」
「ワタシはいいのよ。公平な試練であればなんでもね。」
「ずるいぞ。」
エドナは傘をクルクル回しながら、ニッコリと笑う。
そんな彼女の態度に、ミクリオは眉を寄せて怒る。
それを見たスレイは、
「ははは!強いなあ、エドナの心は。」
と、笑い合っていた。
その姿を見聞きしたレイは、視線を外し、
「……私達が長い歴史の中、もう一つの選択肢を言っていたら、世界は違った世界になったのだろうか……」
レイは首を振り、スレイの手を握りしめる。
レディレイクでもう一晩宿で休んだ後、ローランス側に戻る。
ローランス側に戻り、パルバレイ牧耕地の奥へと進む。
岩岸から広大な海が綺麗に見えた。
それを見ていると、レイの頭の上に変わった蝶が止まる。
それを見たロゼが、
「スレイ、このチョウの名前わかる?」
「うーん。見たことないチョウだけど。」
「こういう時は……デゼルー!」
ロゼは一人離れて海を見ていたデゼルを笑顔で呼ぶ。
デゼルは無言で近付き、
「なんだ。」
「このチョウってどういうの?」
と、レイの頭の上に止まっている蝶を指差す。
デゼルは即答で、
「俺は図鑑じゃない。」
「動けないから早くしてよ。」
「そうだよ、そう固い事いわずに教えてよ。デゼル先生ー。」
と、ロゼは肘でデゼルを突く。
デゼルは舌打ちし、
「ちっ、そんなおだてはいらん。」
「やけにこだわるな。」
スレイはロゼを不思議そうに見る。
ロゼは蝶を見ながら、
「だって……チョウはコレクターに高く売れるんだよ。標本で。」
「あー……人間は好きだよね。それ。」
と、スレイとデゼルを見て、頬の横で左手で丸をつくり笑う。
それを聞いた二人は、
「標本⁉」
「名前わかんないけど、念のためとっつかまえて標本にしておくかー。レイー、動かないでね。」
と、笑顔で近付いてくる。
レイはため息をつき、呆れる。
そこにデゼルが、ロゼを抑え、
「待て!そいつは『ゼロバゲニゼ』。チョウに見えるが実はガだ。」
「ガかー。じゃあ売れないね。」
「残念だったな。」
ロゼはガッカリする。
デゼルはロゼを離す。
ロゼは残念そうに、蝶を見ていた。
スレイは腕を組んで、
「ゼロバゲニゼ……?あ!」
「黙ってろ、スレイ。」
何かに気付くスレイに、デゼルが小声で言う。
スレイは頬を掻き、苦笑いしながら、
「わかった。これはガだ。ね、レイ。」
「ん。」
レイの頭の上から蝶が飛び立ち、彼らはさらに奥へと進む。
スレイが奥までくると、
「そういえば、この辺に試練神殿があるぽいんだよね。」
「そういえば、そうだね。えーと、それっぽい建物は……」
と、ロゼは辺りを見渡す。
しばらくそうした後、
「見当たらないなー。……そうだ!」
ロゼはミクリオと話していたレイに近付き、
「ねえ、レイ。」
「なに?」
レイはロゼを見上げる。
ロゼは笑顔で、
「この辺にある試練神殿って、どこにあるの?」
みんな、ロゼのその行動に、呆気に取られた。
レイは目をパチクリした後、考え込む。
「……直接は教えてあげられないから、ヒントはあげる。あっちの方向に、少しだけ何かが渦巻いている。」
と、ロゼを見た後、奥の方を指差す。
ロゼは意外そうな顔で、
「てっきり教えてくれないのかと思った。」
「……私はロゼのそういうとこ、嫌いじゃないよ。」
レイはロゼを見上げて言うが、瞳が赤く光り出し、
「……だが、次はないと思え、従士。」
と、歩いて行った。
スレイ達はロゼを見る。
「……えっと、ごめん。」
ロゼは頭を掻きながら、言うのであった。
そして一行はレイの指さした方向へと進む。