テイルズオブゼスティリアでやってみた   作:609

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toz 第十一話 寄り道

とある森の中。

穢れに満ちた道を、鼻歌を歌いながら歩いていた少年がいた。

彼は仮面をつけ、紫の長い髪を後ろ下で一つに束ねていた。

そして白と黒のコートのような服を風になびかせていた。

と、彼は鼻歌を止め、とある人物の背に話し掛ける。

 

「や、戦場ぶりだね。何か面白い事あった?」

 

少年の話し掛けた相手は振り返る。

相手は穢れを纏い、獅子の顔を持っていた。

そして彼のすぐ傍には、無表情に近い顔で、紫の髪を左右に結った天族の少女が立っていた。

少年は少女に手を振る。

が、少女は完全無視であった。

 

「それはお前の方ではないか、審判者。」

 

獅子の顔の人物は少年見下ろして言う。

少年は仮面越しでも解るくらい笑顔となり、

 

「まぁね。街でちょっと、面白い子にあってね。多分君も知ってる人かな?」

「……導師か?」

 

審判者は嬉しそうに、

 

「やっぱり君が生かしたの、彼?」

「いや。ワシではない。」

 

互いに見合う。

そして獅子の顔の人物は、

 

「お前の探しもの……あの導師と共にいたぞ。」

「え?でも気配感じなかったけどな……。ま、いいや。こっちで確かめてみるよ。」

 

そして審判者から笑顔が消え、

 

「もし仮に、導師と共にいるのであれば……」

 

が、再び笑顔に戻り、

 

「あ、でも安心して良いよ。俺も彼の事は嫌いじゃないから、殺しはしない……多分ね。」

 

そう言って、風と共に消えた。

審判者が居なくなった後、隣にいた天族の少女が、

 

「よろしいのですか?」

「構わん。」

 

そう言って、獅子の顔の人物は歩き出した。

少女はお辞儀をした後、別方向に歩いて行く。

 

 

スレイ達は草海を歩いていた。

見通りのいい広い高原のような場所を歩く。

 

「そういえば、アジトの下見、立ち会わないといけないんだろ?」

 

スレイはロゼを見て言う。

ロゼは頭に手を組みながら、

 

「まあね。アジトには結構こだわる派だし。悪いけど付き合ってくれる?この北にあると思うから。」

 

歩いていると、大きく斜めになった塔を見付けた。

それを見たスレイとミクリオは互いに興奮し、

 

「斜塔!こんなにおおきかったのか!」

「ミクリオ、壊れたところで素材がわかるぞ!」

「うむ……一見普通の素材だが、これだとここまで傾斜して原型を保てるはずがない。」

「天響術が使われてた?」

「ああ。だとすると、これは神代の時代に近い遺跡ってことになる。」

「やっぱりか!」

「なんなん?二人とも興奮しちゃって。レイ、わかる?」

 

と、ロゼはレイを見下ろす。

レイは無表情で、

 

「本に…載って…いる…所。」

「そ!ずっと見たかった塔なんだ。」

「この斜塔は、天遺見聞録に特筆されているからね。」

「すげえよな!思ってたより全然でかい!」

「しかも、これほど見事に残っているとは。」

 

レイとは対照的に、スレイとミクリオは大いに喜ぶ。

それを見たロゼは、

 

「憧れなの?こんな斜めってる塔が。」

「それが問題なんだ!どうしてこうなったか?」

「普通に考えれば地殻変動だろうね。」

 

二人は本を広げ、語り出す。

 

「けど、周りに断層の跡はないぞ。」

「じゃあ、地盤沈下?洪水の影響も考えられるか……」

「元から斜めに建てられた可能性は?」

「否定はしないが、一体なんのために?」

「結局それだよな。問題は。宗教施設、墓、日時計……」

「大がかりな天響術の仕掛けだったのかも……?」

 

そしてスレイはロゼを見て、

 

「ロゼ!ロゼはどう思う?」

「へっ?えっと……話長い。」

「「……」」

 

ロゼの言葉に、二人は口を開ける。

そして固まった。

 

「あれ。固まっちゃった。どうしよう、レイ。」

「……さあ……。でも…わかった…事は…ある。」

「「ロゼが興味が無さすぎること……」」

 

スレイとミクリオは肩を落としながら言った。

スレイ達は緑青林マロリーに来た。

すぐ傍にいたロゼのギルド仲間の元へ行く。

ロゼが辺りを見渡し、

 

「ここが新アジト?」

「――の候補だ。奥を調べるが一緒に行くか?」

「ちょっと見てくるよ。悪いけど、ここで待ってて。」

 

ロゼは奥に歩いて行く。

スレイ達はここで休憩を取る。

スレイはこの際なので、ロゼの仲間に色々聞くことにした。

 

「最近は商談ばかりで、剣より算盤の使い方の方が上手くなっちまった。五年前を思えば、それも悪くはないがな……」

「もちろん商売上の活動拠点はあちこちにある。だが、俺たちは国や街を信用してないからな。秘密のアジトが必要なのさ。」

「秘密のアジト……スレイの好きそうな言葉ね。」

 

エドナが傘をクルクル回しながら言う。

 

「俺たちは、仕事で傷付いた仲間の面倒も最後までみる。同じ道を選んだ家族だからな。」

 

武器を手入れしながら彼らは言う。

 

「ヴァーグラン森林の惨敗兵狩りどもは山賊行為まで始めたそうだぜ。後戻りできない場所に踏み込んじまったか……」

 

「先代の頃を思うと仲間もずいぶん減っちまった……。その分、頭領やアン兄妹が一人前になってくれたけどな。」

「早いもんだな。時が経つのは。」

 

デゼルが懐かしむように言う。

 

「頭領は、先代のブラド様によく似ているよ。俺たちを繋げる、あの雰囲気がね。」

 

「ブラドさん……ロゼさんのお父上でしょうか?」

 

ライラが腕を組み、顎に指を当てながら首をかしげる。

 

「ルナールと会ったのは、二年前だ。物心ついた時からずっと盗人だったらしい。俺たちに手を出したのを返り討ちにしたら、妙に懐いてきた。ずっと独りだったから、仲間ができて嬉しいと言っていたんだが……」

 

それを聞いたミクリオが腰に手を当て、

 

「あのキツネ、その頃はまだ憑魔≪ひょうま≫じゃなかったのか?いや、最初からウソを吐いていた可能性もなるか……」

 

と、眉を寄せて考え込む。

 

「聞いて、聞いて!『マーボーカレーまん』大当たりだよ!」

「これはセキレイの羽の主力商品になっちゃうかも。」

 

そこに、二人組の男女が歩いて来た。

二人はスレイ達に近付き、熱々のヤツを手渡す。

 

「導師と妹ちゃんにも一個あげる。『マーボーカレーまん』はセキレイの羽印でヨロシク!」

「ありがとう。」「……ありがと。」

 

そのやり取りを見たミクリオが、

 

「これが暗殺ギルドの会話とはね。」

「平和でいいじゃありませんか。」

 

ライラが嬉しそうに言う。

そこにロゼも戻ってくる。

 

「う~ん……隠れるにはいいけど、攻められた時に不安があるよね。」

「確かにな……。仕方ない。別の場所を探そう。」

「ごめん、待たせちゃったね。」

「頭領、トルたちが戻ってる。」

「お、どうだった?」

 

ロゼが腰に手を当て聞く。

スレイが笑顔で、

 

「はは、『マーボーカレーまん』が大当たりだって――」

 

と、言っていたが、双子の妹の方が真剣な表情で、

 

「高利貸しのロマーノ商会。表向きは合法だけど十中八九黒。」

「破産させた家は三十以上。全部家財差し押さえて自分のものにしてる。離散した家族の末路は……言うまでもないよね。」

 

二人はロゼに近付きながら言う。

 

「それ、なんか仕掛けがあるなあ。エギーユ。」

「二班と四班でトルたちをフォロー。ロマーノ商会の絡繰りを探れ。」

「了解。」

「みんなよろしく。」

 

そしてその場にいた者達はロゼ以外皆消えた。

ライラがそれを見て、口に手を当て驚く。

 

「人も姿を消せるのですね。」

「さって!あたしたちも行こっか。」

「……あ、ああ。」

 

スレイはさっきの今まで、呆気に取られていた。

後ろの方で、デゼルが帽子を深くかぶり、

 

「さすがだな。」

 

スレイは腕を組んで、

 

「風の骨……阿吽の呼吸だな。」

「そう?家族みたいなもんだからかな。」

「家族……か。」

 

ロゼは腕を組んで嬉しそうに言う。

ライラはロゼを見て、

 

「ブラドさんという方はロゼさんのお父上なのですか?」

「ああ、先代団長ね。あたしを拾ってくれた人だよ。」

「拾った……?」

 

ライラは腕を組んで、指を顎に当てる。

 

「あたし、北の方の戦場で迷子になってたらしいんだ。」

「オレと同じだ。」

「天族も親はいませんわ。」

「そっか……みんなも。」

「けど、家族の感じはわかるよ。」

「僕たちを育ててくれたジイジたちだ。」

「あたしも一緒。風の骨のみんなは、同じ道を選んでくれた家族なんだ。」

 

スレイ達は嬉しそうに言う。

 

「……親……家族……」

 

レイは空を見上げて呟く。

そしてエドナがロゼを見て、

 

「いいの?暗殺ギルドの道でも。」

「あたしはよかった思ってる。バラバラになるより、ずっと。」

「そう……」

「よかった……か。」

 

デゼルは後ろを向き、空を見上げて呟く。

と、レイがスレイを見上げ、

 

「ところ…で…お兄ちゃん。」

「なに?」

「これはどうするの?」

「ああ!」

 

と、スレイはまだ暖かいマーボーカレーまんをみんなで食べ始める。

 

「やっぱ『マーボーカレーまん』当たったでしょー。」

「美味いもんなー!」

 

二人は食べながら言う。

レイも黙って食べ続ける。

 

「二人ともお行儀悪いですわよ。」

「けど、あったかいうちに食べないとー。」

「美味しくないもんなー!」

「ゴクリ……」

 

デゼルが視線を反らす。

エドナが傘についている人形を握りしめ、

 

「ムカつくわね。一口よこしなさい。」

「ああ。分け合うのが仲間だろう。」

「みなさん、はしたないですわよ!」

 

と、ライラは怒る。

しかし、スレイとロゼが、

 

「「ライラも食べるー?」」

「いただきますわ!」

 

即答であった。

 

「は!」

 

そして、口元に手を当てた。

レイはミクリオを見上げ、

 

「ミク兄……はい…あーん。」

 

と、手を上げる。

 

「レイ、ありがと。」

 

そして一口食べ、

 

「確かに美味しい!」

「おチビちゃん、ワタシにもよこしなさい。」

「……はい。」

「これは、確かに美味しいわ!ムカつくけど!」

 

エドナは人形をさらに握りしめる。

 

「ズルイですわー!」

 

ライラはむくれる。

 

「あはは。はい、ライラ。」

「デゼルも、ほら。」

 

と、ロゼとスレイはマーボーカレーまんをちぎって二人に渡す。

 

「これは!」「美味しいですわ!」

 

二人は声を上げる。

その後彼らはペンドラゴに向かって歩き出す。

さらに進んで行くと、レイが立ち止まる。

 

「レイ?」

 

レイと手を繋いでいたスレイは、レイを見る。

 

「………」

 

レイは辺りを見渡し、スレイの手を離す。

 

「……呼んでる……」

 

レイは木に囲まれた一角に向かって、走って行った。

 

「「レイ!」」

 

スレイとミクリオがすぐに追いかける。

無論、ライラ達も追いかける。

レイを追いかけていると、雨がパラパラと降り出した。

 

「うわ、雨だ。ついてないー!」

 

ロゼは叫ぶ。

 

「別に。スレイの中は濡れないし。」

 

エドナはロゼを見て言う。

ロゼは怖がりながら、

 

「う……それ取り憑いてるみたいでコワイ……。けどちょっとズルイ……」

 

と、少し先でレイが立ち止まり、また辺りを見渡していた。

 

「レイ、一体どうしたんだ?」

 

ミクリオがレイに聞くがそれに答えず、辺りを見渡す。

そしてまた駆け出した。

 

「また⁉」

 

スレイ達が追いかけようとした矢先、スレイ達の前に強大な憑魔≪ひょうま≫が現れた。

それはまるで、大きなクマのような憑魔≪ひょうま≫だった。

ミクリオが、言いながら武器を構える。

 

「こんな時に!」

「ミクリオ!レイは頼む!」

「こっち片付けたら追いかけるからさ。」

 

スレイとロゼは武器を構えながら言う。

 

「そういうことよ。さっさと追いかけないさい。」

「こちらは私たちも付いています。」

「ふん。どっちにせよ、こいつは倒さんと先には行けん。」

 

エドナ、ライラ、デゼルも武器を構えながら言う。

ミクリオは武器をしまい、

 

「わかった!スレイ、油断するなよ!」

「ああ!ミクリオも、レイを見失うなよ!」

「当たり前だ!」

 

ミクリオは駆けだした。

 

スレイ達は憑魔≪ひょうま≫との戦闘を始める。

スレイはライラと、ロゼはエドナと神依≪カムイ≫化を行う。

デゼルは敵の背後から攻める。

しかし、思いのほか敵にダメージが入らない。

 

「こいつ……底知れぬ体力だ!」

「ホント、装甲はそうでもないのに、体力がありすぎよ。」

「あーもう!これじゃあらちが明かない!」

 

デゼルとエドナ、ロゼは敵から距離を開けて言う。

スレイが炎を纏った剣を敵の頭上から振り落とす。

 

「はあああああ!」

 

だが、敵はそれをいとも簡単に振り払う。

 

「スレイさん!」

「わかってる!」

 

スレイはとっさに受け身の態勢を取り、空中で態勢を整える。

ロゼの近くで着地し、武器を構える。

スレイ達は敵と睨み合いながら、

 

「はぁはぁ……くそ!」

「どうする、スレイ。このままじゃ、まずいよ。」

「ミボに言った手前、ここで逃げ出すわけにもいかない。」

「ええ。それに、ミクリオさんとレイさんが戻らないとここを離脱する事もできません。」

 

敵は向こうからは攻めてこないが、今現在も見逃してはくれなさそうだ。

と、デゼルが空を見上げ、警戒する。

 

「おい、気をつけろ!何か来るぞ!」

 

スレイ達も空を見上げるが、雨雲と雨しか認識できない。

が、スレイ達も気付く。

空が光り出し、竜巻が現れた。

光は雷となり、敵を頭から貫いた。

竜巻はスレイ達の前に降り立ち、弾けた。

そしてそこには一人の少年が現れる。

長い紫色の髪を後ろ下で縛り、黒と白のコートのような服をなびかせていた。

 

「なになに⁉一体なんなの⁉」

 

ロゼはスレイと少年を交互に見る。

スレイも困惑しながら、

 

「オレが聞きたいよ!」

 

と、雷に打たれた敵が意識を取り戻した。

 

「へぇ~、今のも平気なんだ。珍しい憑魔≪ひょうま≫だ。それにしても、この仕事……やるなら外側のあの子の仕事なのに……。」

 

少年の後ろ姿からでも解るくらい余裕の態度だ。

敵が咆哮を上げながら、拳を振り上げる。

スレイが走りながら、

 

「危ない!」

「いやいや、危ないのは――」

 

少年は明るい声で、

 

「君の方だよ、導師。」

 

影の中から槍が出てきて、彼はそれを掴む。

彼は回しながら構えた。

すると、雷が槍を包む。

そして敵の拳を受け流し、槍で貫いた。

その瞬間、大量の雷≪電気≫が敵を内側から焼き尽くした。

憑魔≪ひょうま≫は、炎に包まれて消えた。

 

「あの憑魔≪ひょうま≫を簡単に……」

「すごっ!」

 

デゼルはなおも警戒しながら、ロゼは口を大きく開けて言った。

少年は槍を一振りし、スレイ達を見た。

彼は目元に仮面をつけていた。

しかしその仮面越しからでも解るくらい彼は笑顔だった。

そして、彼の仮面の間から除く赤く光る瞳がスレイ達を見据えた。

スレイ達には聞こえない小さな声で、

 

「本当に導師だったんだ。それにやっぱりあの子が従士だったか。」

 

少年はスレイを近付く。

が、その前でスレイとの神依≪カムイ≫化を解いたライラがスレイの前に出た。

少年は足を止め、

 

「久しぶりだね、主神さん。」

「はい。そうですわね。」

 

二人は静かに見つめ合う。

否、睨み合う。

 

「でも、さ……導師だけでなく、従士の子も相当霊応力強いし、神依≪カムイ≫もできるなんて、今宵の導師と従士は見込みがあるね。」

 

エドナもロゼとの神依≪カムイ≫化を解き、前に出る。

そして少年を見て、

 

「もしかしなくても、アンタが審判者。」

 

少年は手をポンと叩き、

 

「そういえば、そっか。あの戦場では、じかに会ってないもんね。」

「あの戦場にいたのか⁉」

 

スレイは少年を見て言う。

少年は、スレイに笑顔を向け、

 

「覚えてない?やたら強いゾンビ兵のこと。」

「あ……」

 

スレイは思い出したように眉を寄せる。

ロゼに関しては、スレイを凝視していた。

ライラは珍しく怒りながら、

 

「やはりあれは貴方の仕業でしたか。通りで、あの方が自らの手で滅したわけですわ。」

 

それを聞いた少年はからは笑みが消え、

 

「じゃあやっぱり、彼の言った通り……あの子はここにいるの?」

 

ライラはただ黙って少年を見る。

と、スレイは少年に聞く。

 

「彼……っていうのは?」

 

少年は笑顔に戻り、右手を腰に当て、

 

「ん~、君たちに解りやすく言えば……今宵の災禍の顕主。」

 

スレイ達は緊張が走る。

そしてライラ以外が武器を構える。

ロゼはスレイを見て、

 

「ねぇ、スレイ。災禍の顕主って、スレイの敵だよね。」

「ああ…。」

「ということは、だ……こいつは審判者でありながら、敵に手を貸しているって事だ!」

 

デゼルの言葉に、少年は左手の人差し指を横に振る。

 

「ちっちっち。それは違うよ、風の陪神≪ばいしん≫さん。俺は確かに災禍の顕主には会っているけど、手を貸してはないよ……ほとんどね。」

「楽しそうに言うのね。」

 

少年はエドナの方を見て、

 

「もちろん♪だって、面白いからに決まってるじゃん。」

「どうしてです!あなただって世界が滅ぶことは望んでいないはずです!」

「ん~、俺は別にどうでもいいかな。願いで世界が滅ぶなら、それはそれでいい。俺たちが一番望まないことは、願い以外の事で世界が滅ぶこと。特にそれを思っているのは、彼女の方かな。でも彼女の場合、俺と違って感情という概念がないから、意志と言ってもいいかもしれなね。で、感情のある俺が今思う事は、退屈するのが一番嫌いってことかな。」

 

少年は笑顔でそう言う。

そして少年と天族組は睨み合う。

と、そこにロゼが手を上げて、

 

「ハイハイ!そもそも、審判者ってなに⁉」

 

全員がロゼを見る。

そしてスレイも手を上げて、

 

「あ~、そういえばオレもあんまり知らない。」

 

天族組は無言になる。

そこに笑い声が響く。

 

「あははは!はは……はぁはぁ、笑い疲れた。腹痛って~!」

 

見ると腹を抱えて笑っている少年がいた。

少年はスレイ達を見て、

 

「では改めて、俺は審判者と言う世界を裁く者だよ。で、君たちとよく関わる方は、裁判者と言う世界を管理する者だよ。」

「へぇ~、じゃあ天族?」

 

ロゼは首を傾げて言う。

 

「違うよ。勿論、人間でもないけど。」

「ん~?ちなみに、よく関わる方ってスレイは知ってんの?」

「う~ん……なんとなく。」

 

スレイは頭を掻きながら、苦笑いする。

 

「それにしても、やっぱり面白いなあ~、今宵の導師は……よかったね、主神さん。」

「何がですか?」

「そんなの決まってる。先代と同じにはしたくないんでしょ、彼のこと。彼はとても大切に育てられたみたいだね。穢れなき瞳、何色にも染まりそうな白。」

 

審判者は笑顔とは違う怖い笑みを浮かべる。

ライラは額に出た汗が頬を伝う。

審判者は指をパチンと鳴らす。

すると、彼を中心に領域が展開される。

スレイは胸を抑えて、膝を着く。

ロゼも周りを見渡す。

 

「何これ⁉」

「領域よ。しかもこれは……穢れ!」

 

エドナも脅えながら、辺りを見渡す。

審判者はスレイを見据え、

 

「ほら頑張って自分の領域を守らないと、器である君を含めたみんなが穢れるよ。」

「スレイさん!」「スレイ!」

「デゼル!」

「ああ!」

 

ロゼとデゼルは神依≪カムイ≫をする。

 

「「『ルウィーユ=ユクム≪濁りなき瞳デゼル≫』!」」

 

そして剣を、審判者に向けて投げる。

しかしそれは、彼の足元の影から出た黒い手に砕かれた。

 

「もぉ~、せっかちなんだけら。俺はそこの導師を気にっているから殺さないよ、今は。」

 

もう一度パチンと指を鳴らすと、二人の神依≪カムイ≫が強制的に解ける。

そして領域も消える。

 

「バカな!神依≪カムイ≫は外部から操られるのか⁉」

 

デゼルはライラを見る。

 

「いいえ!そんなことは、彼らでも無理なはずです‼」

 

スレイは呼吸を整え、少年を見る。

 

「一体何がどうなってるんだ⁉」

 

審判者は笑みを浮かべていた。

が、彼の前に矢が撃ち込まれる。

 

 

ーーミクリオはレイを追いかける。

レイは一本の古びた木の前に立ち止まる。

ミクリオは息を整え、レイを見る。

そしてその木を見て、ミクリオは息をのんだ。

一本の古びた木に穢れが集まっていた。

それとは対照的に、周りの木は生き生きとしている。

 

「なんだこれは……」

 

ミクリオは周りを見て言った。

レイは穢れの纏った木に近付く。

 

「レイ⁉」

 

レイは木に触れ、

 

「私を…呼んだ…のは…あなたたち…。」

 

レイを中心に風が渦巻く。

 

「「しかし、お前の願いは叶えられるが、周りのお前達の願いを叶えるのは難しい。例え、この古木の穢れを祓っても、この古木自身の寿命はもう残り少ない。お前達の望む願いとは違ってしまう。」」

 

木々がそれに答えるかのようにガサガサと音を出す。

 

「「……なるほど。ではそうしよう。」」

 

レイは歌を歌い出す。

歌に合わせ、この辺一帯を風が包み込む。

古びた木に憑いていた穢れは綺麗に祓われた。

歌を止め、レイは風に包まれた。

そして再び現れたのは、黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女。

そして目を瞑ると、古びた木は燃えだした。

 

「な⁉」

 

ミクリオは見ているしかできなかった。

小さな少女は再び目を開け、

 

「これでお前達の願いも叶えた。」

 

そう言って、身をひるがえす。

小さな少女はミクリオを見て、

 

「どうした、陪神≪ばいしん≫。さっきから口が開いたままだぞ。」

 

ミクリオはハッとして、小さな少女を見る。

 

「一体、何をしたんだ。」

 

小さな少女は腕を組んで悩んだ後、

 

「……いいだろう。教えてやる。これは私の役目だ。私は裁判者として、この世界に住まいし者の本当の願いを一つ叶える。あの穢れを含んだ古木は、これ以上抱えることのできなくなった穢れの浄化。つまり同胞を救って欲しいと願った。そしてその周りの木々は、そんな古木を生かして欲しいと願った。」

「それなら君は、穢れは浄化しても、古木の命は見捨てたという事だろ。」

「否定はしない。が、肯定もしない。彼らの願いは生かすこと。私は古木の魂を新たな苗床とし、生かした。」

 

そう言って、燃えカスを見た。

ミクリオもその燃えカスを見る。

そこには小さな芽が出ていた。

小さな少女は目線をミクリオに戻し、

 

「願いは果たした。この後どうなるかは知らん。穢れに染まるか、守られるか。」

「それは責任を放棄するという事か!」

「違う。私は願いを叶えるのが役目であって、叶えたものの末路は知ったことではない。私にとって重要なのは、その願いを叶える事だ。」

「もしも、その願いによって世界が滅んでも、か。」

「そうだ。その願いを望んだのはそのものだ。私ではない。仮にその願いで世界が滅んでも、私はどうも思わない。私たちが最も阻止しなければならないものは、願い以外のことで世界が滅ぶことだ。」

 

小さな少女は無表情で、そう言う。

 

「……今のあいつが何を思っているかは知らないがな。」

 

ミクリオには聞こえない声で小さな少女は呟いた。

ミクリオは拳を握りしめ、

 

「間違ってる。僕は認めない。」

「別に、お前に認めてもらう必要はない。」

 

と、睨み合っていると一帯を穢れの領域が包み込む。

 

「な⁉穢れの領域⁉」

 

ミクリオは辺りを見渡す。

小さな少女は空を見上げ、

 

「これは……」

 

小さな少女は地面に手を付き、

 

「…この地の加護よ、我に従え。我を器とし、穢れを流せ。」

 

強大な魔法陣が小さな少女を中心に展開された。

凄い勢いで、周りを穢していた穢れが一気に魔法陣の中心にいる小さな少女の元へと集まってくる。

そしてそれは小さな少女の中へ入っていく。

 

「おい!そんなことをすれば、レイの体が!」

「黙れ、陪神≪ばいしん≫。この穢れは、本来ここにあってはならない穢れだ。それがここに流れる方がもっと危ないと知れ。」

「はぁ⁉」

 

困惑するミクリオに、小さな少女は無表情で続ける。

 

「これだけの穢れ、いつどこで新たな憑魔≪ひょうま≫が生まれてもおかしくはない。それは本来生まれるはずのない憑魔≪ひょうま≫だ。この一帯全体のバランスを崩しかねない。」

「だが!」

「これは、私の器だ。お前には関係ない!」

 

小さな少女は無表情で赤く光っている瞳でミクリオを貫く。

ミクリオの頬を汗が伝う。

領域が消え、小さな少女の魔法陣も消える。

小さな少女は立ち上がり、

 

「陪神≪ばいしん≫、お前の神器を貸せ。」

「なぜだ!」

「お前の所の導師を救うため、といえば解るか。」

「どういう意味だ。」

「簡単だ。導師が危ないという事だ。お前は神器に入っていればいい。無論、お前に穢れは流れないから安心しろ。」

「そうじゃない!理由を言え!」

 

ミクリオは小さな少女を怒鳴るが、

 

「やるのか、やらないのか、どっちだ。」

 

小さな少女は聞く耳を持たない。

ミクリオは渋々神器を小さな少女に手渡し、神器の中に入る。

そして小さな少女は走り出す。

 

スレイ達の近くに行くと、仮面をつけた少年がいた。

ミクリオは神器の中から、状況を見る。

どうやら危険だと言うのは理解した。

そして小さな少女は弓を構え、弦を引く。

狙いを定め、仮面をつけた少年の足元に突き刺さる。

さらに、後、左、右と矢が放たれ、氷が少年を覆う。

 

「なんて力だ……」

 

ミクリオは神器の中から、その圧倒的な力に触れた。

そう言った瞬間、ミクリオは小さな少女の闇を見た。

圧倒的に暗い。

前後左右に立っているのか、浮いているのかさえ解らない。

 

「あまり触れないことを進める。飲み込まれるぞ。」

「はぁはぁ……」

 

ミクリオは神器の中で震えた。

 

「何がどうなって……」

「私たちの中は少し複雑でな。何万、何千という時の中で生まれた穢れのようなものがある。世界自身が抱える穢れの器として、私たちは存在しているとも言えるな。」

 

ミクリオは黙り込む。

そして小さな少女はスレイ達の前に来た。

 

「主神、ここを離れるぞ。あいつが出てくる前に。」

「わかりました。」

「待ってくれ!ミクリオがまだ……」

 

と、小さな少女はスレイに神器を投げる。

スレイはそれを受け取ると、ミクリオが出てくる。

 

「わかったら、さっさと行くぞ。」

 

小さな少女は駆けだした。

スレイ達も、その後ろに続く。

ロゼが走りながら、

 

「あれって……レイ、だよね?」

「そうだけれど、そうじゃない。詳しいことは後で話す。」

「りょーかい。」

 

スレイ達はその場からいなくなった。

彼らが居なくなってしばらくすると、氷が割れる。

 

「まったく……相変わらず短気だ。大方、さっきの領域を怒ってるんだろうな。いや、そもそもその感情すらなかったか……」

 

審判者は服についた氷の破片を叩く。

腰に手を当て、

 

「ま、いいや。あの子が導師の側にいる事がわかったし。……また会いに行くよ。」

 

彼は風と共に姿を消した。

 

 

スレイ達がパルバレイ牧耕地に入ると、大雨であった。

とりあえず、近くにあった小屋の中に避難する。

ライラが暖炉の火をつけ、全員の服を乾かす。

 

「それにしても、わからないことだらけだ。で、レイは随分と雰囲気変わったね。まるであの時みたい。」

 

と、ロゼは黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女を見る。

 

「私だったからな。」

「は?当たり前じゃん……」

 

ロゼは首を傾げて言うが、腰に手を当て、

 

「ううん、違う。今なら何となくだけどわかる。レイだけど、やっぱりレイじゃない。スレイ、どういうこと?」

「えっと、なんて言えばいいかな?」

 

スレイは腕を組んで、悩む。

それに答えたのは小さな少女だった。

 

「私は裁判者。つい今しがたまで審判者といただろ。あれとは対となる存在だ。」

「あ~!スレイ達によく関わる方!」

 

と、手をポンと叩く。

小さな少女はライラを見て、

 

「主神、忠告したはずだ。あれには関わるな、と。」

「あちらから関わって来たんです。」

 

と、ライラと小さな少女は睨み合う。

スレイはミクリオを見て、

 

「ミクリオはその辺のこと、最初から知ってたのか?」

「いや。僕自身詳しくはない。むしろマーリンドの街でアタックからそれらしい事は聞いたけど、その時初めて存在を知った。」

 

小さな少女はスレイを見て、

 

「あいつからはどんな説明があった。」

「審判者は世界を裁く者で、裁判者は世界を管理する者、ってこと。あと、ヘルダルフに関わってるってこと。」

 

小さな少女は腕を組み、左手を口の方へ持っていき少し悩み、

 

「……お前もだいぶ導師らしくなり、まともな従士も付いたことだし……いいか。」

 

小さな少女は腰に手を当て、

 

「何が知りたい?」

 

スレイはまっすぐ小さな少女を見て、

 

「君や彼について。」

「……私たちは世界が生まれたその時から存在する。この世界を管理し、裁くもの。世界を調整しているといってもいい。わかりやすく言えば、この世には多くの理が存在する。人としての理、天族としての理、世界の理。私たちはそれを正しく流れるようにしている。」

「う~んと、どういう感じ?」

 

ロゼは頭を抱える。

 

「……例えば、歴史や生死。本に書かれている歴史、そしてお前たち自身の生死を考えて見ろ。本に書かれている歴史がもし起こらなければ、自分と言う存在がなければどうなるか。」

「えっと……あたしが居なかったら、そもそもこういった出会いとかないとか?」

 

と、スレイ達を見る。

悩んでいたスレイとミクリオが、顔を思いっきり上げる。

 

「そうか!本来あるべき時代がなければ、狂ってしまう。」

「そして人物にしてもそうだ!その人がいなければ、それは歴史だけでなく、世界に影響する!」

 

スレイとミクリオは互いに見合う。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「つまり?」

「つまり、ずれが生じてしまうのです。」

「簡単に言えば、歯車よ。」

「歯車は決められた数、決められた回転で動き続ける。だが、一つでも歯車が増えてり減ったりすると、動きにずれが生じる。」

 

ライラ、エドナ、デゼルが淡々と言う。

ロゼも理解し、スレイとミクリオを見て、

 

「なるほど。そのずれが最初は小さくても、それが積み重なれば――」

「「世界自身が狂う。」」

 

スレイとミクリオは声を揃えて言う。

だが、ミクリオは小さな少女を見て、

 

「でも、あの時君は願いがどうのって言っていた。あれは世界を狂わせないのか?」

「私たちが願いを叶えるのは、それもまた世界の仕組みの一つだからだ。だが、誰かまわず叶えるわけではない。私はその者の本当の願いを、あいつは本当の声を叶える。その願いが世界を滅ぶ事を望んでも、な。」

「その願いはずれではなく、仕組みの一つだから?」

 

ロゼは眉を寄せて、小さな少女を見る。

 

「そうだ。」

 

小さな少女は無表情でそれに答える。

ライラは真剣な表情で、

 

「貴女は以前、審判者は穢れていると言っていました。ですが、あの方が領域を展開する前はそうではなった……。それに、神依≪カムイ≫の事も、どうしてあの方は強制的に解除できたのです。」

「……あれは私と違い、本来その場にない穢れの吸収とその場にあるべき穢れの放出。そして、心がある。」

「じゃあ、君は?彼も、君には心がないって……心ってどういうこと?」

 

スレイは小さな少女を見る。

小さな少女は変わらない無表情で、

 

「私は浄化と汚染。そしてそれに伴うために、感情……つまり、心と言う概念がはない。」

「ん?汚染……ってまさか⁉」

「そのまさかだ、従士。私は本来その場にない穢れの浄化と、その場にあるべき穢れを生み出す…つまり汚染だ。心があれば、穢れを飲込んだとき、生み出したとき、自身が穢れる恐れがある。現に私は、感情というものを通しやすく、感じやすい。が、外部として関わる私は心を持たないようにできている。故に、その心配はない。しかしあいつは、内側として関わるために心を持っている。」

 

小さな少女は、視線を雨降る外に向け、

 

「導師の減少に伴い、本来生まれるはずではなかった穢れが大量に出た。私の浄化だけでなく、あいつもまた、その穢れを吸収し続けた。それでも本来なら穢れるはずはなかった。私同様、あいつもまた、言霊を受けたのだ。」

「言霊?」

 

小さな少女はスレイに視線を戻し、

 

「災厄の時代を引き起こした人物が、私たちに言ったのだ。『君たちが人としての感情をちゃんと知っていれば、きっと何かが変わっただろうに……』。その言葉は私たちを縛った。」

「つまり、君たちは人と同じように穢れを生むってこと?」

 

スレイは眉を寄せ、心配そうに小さな少女を見る。

 

「あいつは、な。私の事は、今はまだ知らなくていい。」

 

小さな少女はスレイを見据えた。

 

「で、神依≪カムイ≫の方は?」

 

エドナはイラつきながら聞く。

 

「……お前達は神依≪カムイ≫を何だと思ってる。」

「え?……天族の力を纏う的な?」

 

ロゼは再び困惑しながら言う。

 

「……そもそも、お前達人間と天族を繋ぐ神器を作り出したのは私だ。そして、その基礎を構築したのも、私たちだ。」

「え⁉」「ウソ⁉」

 

スレイとロゼは目を大きく開けた。

そして天族組も驚く。

 

「本来、私たちが関わるものと関わることのない穢れ、それをどうにかしたいと抗っていたのが人間と天族だ。しかし、穢れを祓う事も、憑魔≪ひょうま≫を倒す事も、どうしてもできなかった。このままでは世界が狂う。だから私たちが一度だけ、関わる事のない穢れに関わった。そのときできたのが、神器と神依≪カムイ≫だ。人間を器とし、主神と呼ばれる浄化の炎を持つ天族を結びつけるために神器が必要だった。そして、憑魔≪ひょうま≫を倒すのに神依≪カムイ≫が必要だった。」

「それで、神器を扱えたのか……」

 

ミクリオは自分の持つ弓の神器を見た。

 

「まって……それってつまり、君たちが初代導師ってこと?」

 

スレイの言葉に、全員が小さな少女を凝視しする。

 

「ん?確かに、悪魔だの、化物だの、と言うのとは別に呼ばれたことはあったな。だが、それはすぐに別の人間へと変わったがな。」

 

スレイとミクリオ、ロゼは口を開いたまま、固まっていた。

 

「で、アンタは今平気なの?」

 

小さな少女はエドナを見て、

 

「珍しく、怒りや憎しみ以外の感情を向けるな、陪神≪ばいしん≫。」

「ワタシはアンタに対してじゃなく、アンタの器≪レイ≫に言ってんのよ。アンタのその汗、また無茶させたんでしょ。」

「……そうだ。吸収と放出が彼の方なら、あの時発生した穢れを吸収したのは……」

 

ミクリオは小さな少女を見る。

小さな少女は無表情だが、その額には汗が出ている。

 

「否定はしない。本来なら吸収するのは得意ではない。だが仮に、私が吸収を行ても、浄化の力ですぐに打ち消せる。」

「ですが、今はそれができない……そういうことですね。」

 

小さな少女はライラを赤く光る瞳で睨む。

 

「災禍の顕主が言っていただろう。限られた力、半分だと。そして忘れるな、これは私の器だ。」

 

そして風が小さな少女を包み込む。

その風が収まると、白いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が倒れた。

 

「レイ!」

 

スレイがレイを抱え込む。

 

「凄い熱だ!」

「と、とりあえずここに休ませよう。」

 

ロゼはベッドを整える。

スレイはレイをベッドに寝かせ、ミクリオがレイの頭を冷やす。

 

「今日はここで休みを取りましょう。外も雨がひどいですし。」

「そうだな。無理して進んで、また審判者に出くわしたら大変だ。」

 

デゼルは外を警戒しながら言う。

スレイも頷き、

 

「そうだな。」

 

ロゼは寝ているレイを見て、

 

「で、結局のところ……レイは何なの?」

「え?」

 

スレイはロゼを見上げる。

ロゼは真剣な表情で、スレイを見る。

 

「さっきまでのレイが、裁判者……つまり世界を管理してる、えっと……いわゆる導師みたいなものって思えばいいんでしょ。じゃあ、レイは?このこと知ってんの?そもそも何で、裁判者は天族みたいにレイを器にしてんのさ。」

「それは……」

 

スレイは俯く。

ロゼはミクリオを見る。

ミクリオも眉を寄せて、俯いていた。

そこに、

 

「多分、おチビちゃんは理解しているはずよ。でも、理解してない。」

 

エドナがロゼを見て言う。

ロゼはエドナを見て、

 

「は?それって結局どっちなのさ?」

 

ライラは三人を見て、

 

「ロゼさん。いいえ、スレイさんとミクリオさんも気が付いているはずです。レイさんは感情に対して何も示していないことを。それは最初からレイさん自身の感情がないからです。」

「そんなことはない!現にレイは、イズチの村でも、レディレイクの教会でも…いいや、それ以外の場所でも、感情はあった!あんな奴とは違う!」

 

ミクリオは眉を思いっきり寄せ、ライラを見て言った。

 

「それは、おチビちゃんはあいつと同じで、他者の感情を感じ取りやすいからよ。誰かの強い感情がおチビちゃんを通して、現れたに過ぎない。」

「ミクリオさん、スレイさんが聖剣を抜く前の事を覚えていますか。あの時、教会に居た多くの人は恐怖や怒り、不安と言った感情で溢れかえっていた。それはアリーシャさんも同じです。そしてそれはミクリオさんたちも感じ取っていたはずです。」

「確かに、あの時のレイは今まで見た中で一番感情的だった……でも!」

 

ミクリオはなおも否定する。

 

「俺から見ても、そこのチビは感情がないと言ってもいい。それはまるで、人形だ。こいつは他者の感情を通しやすい……いや、その者の心を読んでいると言った方が早い。現に俺の時がそうだった。」

 

デゼルは淡々と言う。

今まで俯いていたスレイは顔を上げ、

 

「……ライラ、前にあの裁判者は言った。今は記憶がないから傍にいる。けど、記憶が戻ったらオレらの前からいなくなるって。今回の話を聞いて思った。レイは、裁判者本人なのか?憑かれているわけではなくて……」

 

スレイは悲しそうに、辛そうに言った。

 

「スレイさん……。はい、多分そうですわ。いいえ、レイさんはあの裁判者の半分と言っていいと思います。何らかの理由で、半分に分かれてしまった考えるべきでしょう。そしてレイさんは……その分かれてしまった無の中でできた人格と思われます。」

「でなきゃ、おチビちゃんはこうはならないわ。」

「どうして?」

 

ロゼは首をかしげる。

 

「仮に、レイと言う人物が本当に存在して器としていたのなら、アイツは器である体に、こんな無茶はしないし、させない。それはアイツが嫌う、歴史にない事だから。それにアイツは、自分の力が弱くなっても、こんなことは決してしない。アイツ自身、半分に分かれたとしても、裁判者としてあり続ける。たとえそれが、記憶のない自分であろうと……。」

 

エドナはレイを見て、

 

「現におチビちゃんは、裁判者として動いたこともある。多分、本人には自覚も理由もなしに。ただ勝手に体動き、引き寄せられ、そして引き寄せてしまう。」

「……レイは憑魔≪ひょうま≫にとって、うってつけのご馳走……前にエドナが言ってたっけ…。」

「ええ、事実よ。裁判者という事を除いても、おチビちゃんの霊応力はこの中で一番ずば抜けているわ。だからこそ、染まりやすく、惹かれやすい。」

 

スレイとミクリオは再び俯く。

エドナは淡々と続ける。

 

「もう一つ考えられるのは、逆におチビちゃんが裁判者に憑いているというパターン。でも、アイツが願いでそうなったとしても、そうでなくても、こんなことはしない。もし仮にするとするならば、疑似体を作るわ。だから結局、おチビちゃんは作られた存在なのよ。」

 

ロゼはライラを見て、

 

「でもさ、レイは変わりつつあるよね?」

「はい。レイさん自身が意思を、心を持ち始めようとしています。それはきっと、スレイさんとミクリオさんの力です。」

 

スレイとミクリオは互いに顔を上げ、見た。

そして苦笑いして、

 

「それならきっと……」

「オレたちだけじゃなく、みんなのおかげだ。」

 

スレイとミクリオはライラ達に言った。

 

「でも、おチビちゃん自身が理解し始めた時、アンタたちはどうするの?」

 

エドナはスレイとミクリオを見つめる。

二人は笑顔に戻り、

 

「その時はレイの気持ちを知るだけさ。」

「そ。それで、一緒に考える。レイがしたいように、オレたちが支ればいい。だから何も変わらない。」

「レイは僕たちの大切な妹だ、だろ。」

「ああ!」

 

スレイとミクリオは互いに腕を合わせた。

そして、スレイ達はそれぞれ休息入る。

 

 

ーー燃え盛る炎。

炎に交じり、穢れが舞っている。

人間達の叫び声、その声に交じり、悲痛な叫びが響き渡る。

それに交じり、笛の音が響いてくる。

 

「…………」

 

炎と炎の間を歩き続ける。

辺りには憑魔≪ひょうま≫が動き出す。

それを自分の足元から出てくる黒い影のようなものが喰い潰していく。

 

「………お前はそこまで落ちたか………」

 

燃え盛る炎と穢れの中を通り、奥を見る。

その先は炎に包まれて見えない。

いや違う。

見ることを私が拒んでいる。

だから見る事が出来ない。

その見えない方にいる人物を見る。

だが、その誰かが微笑んでいるのは解る。

 

「君は変わりつつある。あの導師のせいで……」

「それはお前自身の事も含めてか。」

 

その誰かは、剣をこちらに構えた。

 

「……かもしれないね。前の俺だったら、こうは思わなかった。」

 

自分の影から剣を握り、剣を構える。

戦場で聞いた金属のぶつかり合う金属音。

剣を交える誰かの感情が、モヤモヤしたかのように流れ込んでくる。

 

「……ああ、そうか……お前は――」

 

そして一瞬の暗闇、次に瞳に映ったのは暗い空だった。

横を向くと、血が流れている。

そこにずっと居たのだろう誰かは、なおも自分を見ていた。

 

「苦しんだ。前はここまで苦しい思いはしなかったのに……。」

 

その者は嬉しそうに、悲しそうに、再び剣を振り上げる。

 

レイは目を覚ました。

自分の目に映るのは木材の屋根。

視線を横に変えると、床に座り込み寝ているスレイ。

そしてその後ろに、こちらを向いて座り寝ているミクリオ。

さらに反対を見ると、それぞれ休んでいるライラ達が見えた。

レイは視線を上に戻し、目を瞑る。

 

ーー随分と落ち着いているのだな。

 

頭の中で声が響く。

レイは心の中でその声に答える。

 

「落ち着いている…確かにそうかもしれない。でも、あれは私の記憶なの。」

ーーそれを決めるはお前自身だ。

「貴女は何を求めるの。」

ーー珍しく自分から問いかけてきたか……。私は何も求めない。だが、お前と言う存在がどうなるかは見定めなくてはならない。

「……もしあれが貴女の記憶なら……あの人はなぜあんなに辛そうで……あなたも辛そうなの?」

ーー……あいつはともかく、私が辛いだと?

「そう…だから貴女は、あの人に斬られたとき……悲しそうに彼を見上げた。」

ーー……さてな。それより、導師が起きたようだぞ。

 

レイは再び瞼を開ける。

横に視線を変えると、

 

「レイ!よかった!」

 

スレイが笑顔で言う。

ミクリオも近付き、レイの額に手を当て、

 

「熱は下がったみたいだね。まだどこか気分の悪いところはあるかい?」

 

レイは首を振る。

そして起き上がる。

 

「お!レイもう元気になったの?」

「もう平気。」

 

レイはロゼをも見て言う。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「えーっと……今のレイはレイだよね?」

「……そうだけど?」

「あー……ごめん。」

 

と、視線を外す。

レイはベッドから降り、外の雨を見る。

 

「……穢れを含む雨……か。」

 

小さく呟く。

デゼルはスレイを見て、

 

「それで、これからどうする。」

「ペンドラゴへ向かいたい所だけど、レイもまだ不安だし。」

「確かにそうだね。それにこの雨だ。」

 

そこにレイがスレイを見上げ、

 

「私なら平気。もう動ける。」

「でも……」

「それにこの雨は止まない。」

「え?」

 

スレイ達はレイを見る。

 

「これは意図的に降らせてる雨。だからこの雨を降らせてる人間を止めない限り、降り続ける。」

 

スレイは腕を組んで、

 

「セルゲイさんが言ってた枢機卿の力……かな?」

「う~ん。本当にそんな力があるのか疑問ではあるけど……」

「ねぇ、スレイ。ここはもうペンドラゴに行っちゃおうよ。」

「そうね。いつまでもここに居ても、意味がないならさっさと行きましょ。」

 

スレイは全体を見て、頷く。

 

「よし、行こう!」

 

スレイ達は支度を始める。

 

雨が降る中、スレイ達は進んでいく。

 

「くしゅ!この雨寒すぎ……」

「へくちゅっ!……ですね。」

「はっくしょん!チキショウ!」

 

と、エドナ、ライラ、デゼルがくしゃみをする。

ロゼは歩きながら、

 

「もー!コワイっていうかウルサイ!」

 

頭の中で響く声にロゼは怒る。

そして意外そうな顔で、

 

「てか、天族も普通にクシャミするんだね……」

 

と、言ってるとスレイは苦笑いで、

 

「ロゼは天族をどう思ってるんだろ……」

 

すると、レイが麦の近くにある鍬を見ていた。

スレイもそれを見て、

 

「鍬が……忘れ物かな?」

「なってないね。大切な仕事道具だろうに。」

 

ミクリオが呆れながら言う。

 

「でも、麦畑は見事ですわ。」

「ああ。災厄の時代といっても、まだまだ豊かなところは残ってるんだな。」

 

ライラとスレイは嬉しそうに言うが、

 

「一見ね。」

「一見?」

 

スレイはロゼを見る。

そしてデゼルも、

 

「麦をよく見てみろ。」

「……ん?」

「これは!」

「実が全然入ってない!」

「こっちも!モミの中はカビだけだ。」

 

スレイとミクリオが大声を上げる。

デゼルは淡々と言った。

 

「コガネカビだ。この一帯は全滅だろうな。」

「全滅……」

「最近広がりまくってるの。この分じゃ、今年の収穫も期待できないなぁ……」

 

ロゼは悲しそうに、眉を寄せて言う。

ミクリオは悲しそうに麦と鍬を見て、

 

「……鍬を放り出すわけだ。」

「ライラ、これも……?」

「災禍の顕主が生み出した結果のひとつでしょうね。」

「これが……災厄の時代か。」

 

場の空気は思い。

その中、レイは麦に触れていた。

 

「どうしたの、おチビちゃん。」

 

エドナはレイを見ながら言う。

レイは麦を見たまま、

 

「この子たちは生きながらにして、死んでる。」

「えっと?」

 

ロゼは首をかしげる。

 

「この子たちは、自分たちが生きてる事すら知らない。この地に芽吹いた時から穢れの影響で、願いすらも知らず、ただそこに存在するだけ……この地を浄化しても、この子たちは元には戻らない。」

「そっか……でもさ、この地が浄化されれば、この子たちの子供や孫が芽吹いた時は違うでしょ?」

 

ロゼはしゃがみ、レイと同じように麦を触りながら言う。

レイはロゼを見る。

そしてロゼは笑顔を向ける。

 

「そう……だね。そうなれば時代の麦たちは、かつてのように穢れを吸収する。」

「ん?」

「人間は穢れを生む。それは日常でも、それ以外でも。人間が関わる水や木々、つまり自然はそんな人間の穢れを吸収し、大地へと流す。その大地の穢れは、世界が受け止める。そして世界が受け止めた穢れは、裁判者と審判者が時代に合わせて調節していく。そうする事で世界は形を保ち続ける。」

 

ロゼはスレイを見る。

スレイは、レイを見て、

 

「レイ……もしかして……」

 

レイはスレイに振り返る。

ジッとスレイを見て、

 

「……だって。」

「へ?」

 

レイは歩き出した。

スレイはミクリオを見た。

ミクリオは首を振る。

そのままライラ達に見る。

ライラは首を振り、デゼルは帽子を深くかぶる。

つまり知らないという事だ。

エドナはスレイを見て、

 

「今はそうしときましょ。それより、行っちゃったわよ。」

「あ!」

 

スレイ達はレイを追いかける。

 

レイは歩きながら、声に耳を傾けていた。

 

ーーなぜ私の事を言うのをやめた?

「お兄ちゃんとミク兄が悲しそうな、寂しいような顔をしたから。」

ーー相変わらずお前は導師と陪神≪ばいしん≫中心だな。

「……お兄ちゃんたちがそうしたから。」

ーーお前の意志はないのか?

「……知らない。」

 

と、後ろから聞きなれた声がする。

 

「レーイ、待ってくれ!」

 

レイは立ち止まり、スレイの手を握る。

ロゼも追いつき、

 

「スレイ、ヒドイ!だからって置いてくことないじゃん!」

「あはは、ごめん。」

 

一行はペンドラゴに向かって再び歩き出す。


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