【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第七話「王の帰還」

 ダリウス・ブラウドフットとハーマイオニー・グレンジャーがリーゼリット・ヴァレンタインとジェイコブ・アンダーソンを連れて来ると、ホッグズ・ヘッドは奇妙な沈黙に包まれていた。

 その理由をダリウスとハーマイオニーの二人はすぐに察した。

 バー・カウンターでリーゼリットをそのまま幼くしたような少女が宝石を弄んでいたからだ。

「……フレデリカ。もう、手に入れてきたの?」

 フレデリカは嗤った。

「当然よ。あの二人が私を疑うなんて、絶対にあり得ない事だもの」

 自信があるというより、それが確固たる事実であるようにフレデリカは語った。

 実際の所、彼女とドラコ・マルフォイの関係性は一方的なものなのではないかと誰もが疑っていた。

 だから、可能だとしても、彼女が結果を出すまでに一月は掛かると思われていた。

 ここまで迅速に事が進むほど、あの二人が彼女を信頼しているとは誰も想定していなかった。

「私は全てを識っているの。彼の事なら全て……」

 微笑む彼女の表情は恋する乙女のもの。

 なのに、どうしても不安になる。

「フ、フレデリカ!!」

 リーゼリットは叫んだ。

 死んだと思っていた妹が生きていた。その事を今、彼女は漸く信じる事が出来た。

 成長しても、幼い頃の面影が色濃く残っている。なにより、いつも鏡で見る顔とそっくり。

「……え?」

 フレデリカは近づいて来る、同じ顔をした女に驚いた。

 泣いている。

「えっと……、誰?」

 その言葉は鋭利なナイフとなって、リーゼリットの心を刻んだ。

「――――お前さんの実の姉ちゃんだ」

 ダリウスの言葉にフレデリカの表情が強張った。

「私の……、お姉ちゃん?」

 不可解だ。そう顔に書いてある。

「だって……、私の本当の家族はみんな……」

「生きてたんだ。ずっと、マグルの世界で」

 フレデリカはダリウスを睨みつけた。

 妖精のような顔を醜く歪め、憎悪の感情を露わにした。

「……随分と小狡い真似をするのね」

「言ってくれるな。お前さんに裏切られると、俺達は詰むんだよ。それに、実の家族と再会出来たんだぜ? ちょっとは感謝してくれよ」

 フレデリカは杖をダリウスに向けた。

「感謝……? 記憶にも残っていない、死んだと思い込んでいた赤の他人と引き合わせて、それで感謝?」

「え……」

 フレデリカの言葉にリーゼリットは哀しげな声を発した。その声にフレデリカは舌を打った。

「欲しかったのはこれでしょ」

 乱暴に宝石をダリウスに投げつける。

 そのまま、リーゼリットの下へ歩み寄った。

「……同じ顔で泣きべそかかないでよ」

「え?」

「お、おい! お前、実の姉ちゃん相手になんて言い草だ!!」

「アンタ、誰よ」

 口を挟もうとしたジェイコブをひと睨みで黙らせると、リーゼリットの手を取った。

「……ちょっと、付き合いなさい」

「お、おい、待て!」

 ジェイコブがフレデリカの肩を掴むと同時に三人の姿が掻き消えた。

「おいおい、あの歳で『付き添い姿くらまし』が出来るのかよ……」

 ダリウスは感心したように口笛を吹いた。

「ところで、ダリウス」

 それまで黙っていたアバーフォースが声を掛けた。

「なんだ?」

「それを手に入れたのはいいとして、肝心の復活の手立てはあるのか?」

「…………あ」

 アバーフォースは深々と溜息を零し、カウンターから何かを取り出した。

 それは小さな小瓶だった。

 ダリウスはアバーフォースに渡されたそれに首を傾げる。

「これは?」

「命の水。ニコラス・フラメルから貰い受けたものだ」

「ニコラスって、あの大錬金術士か!?」

 賢者の石の作成者として知られる錬金術士の名前にダリウスは驚きの声を上げた。

「復活させる方法なんて、俺には他に思いつかなかった」

「……サンキュー」

「……ダリウス」

 ハーマイオニーは不安そうな表情を浮かべる。

「これで条件は揃った」

 ダリウスは同じように不安の表情を浮かべる仲間達に笑い掛ける。

「それじゃあ、一世一代の大博打を始めようぜ!」

 宝石と命の水を持って、ダリウスは部屋の扉に向かう。

「どこに行くの!?」

「いきなり、こんな所で復活させられないだろ。万が一の時は逃げられるように準備をしておけ」

 そう言うと、部屋を出て行った。

 残された者達は互いに顔を見合わせあい、揃って頷いた。

 既に私達の立つこの場所は帰還不能点(ポイント・オブ・ノーリターン)だ。

 覚悟はとうに決まっている。

 

 ◇◆◆◇

 

 普通の人間なら叫び声を上げ、無様な醜態を晒したであろう異常事態に『男』は目を細めるだけで順応した。

 自らの手足の挙動を確認し、用意されていたローブに袖を通す。

「趣味が悪いな」

 まるで、舞台俳優のような整った顔立ちを僅かに歪めた。

 同じく用意されていた杖を手に取ると、軽くローブを叩く。すると、黒一色だったローブに金の刺繍が入った。

「……さて、待たせたな」

 男は真紅の瞳を目の前の男に向ける。

 その瞳に見つめられただけで、闇祓いのダリウス・ブラウドフットは呼吸が荒くなった。

 まるで、蛇に睨まれた蛙のような心境。

「――――ッ」

 ダリウスは大きく深呼吸をした。呑まれるな。そう自分に言い聞かせて、目の前の男を睨みつけた。

「俺達がアンタを復活させた理由は一つだ。単刀直入に言う。世界を救って欲しい。代わりに――――」

「引き受けよう」

「世界を……って、は?」

 ダリウスは目が点になった。

 まるで全てを見透かすように彼を見つめ、男は言った。

「私をニコラス・フラメルが所有している貴重な『命の水』を使ってまで復活させたのだ。もはや、後が無いのだろう?」

 嘲笑する男にダリウスは唇を噛み締めた。

 その通りだ。此方からの提案など通る筈がない。全ての決定権は奴にある。

「恐れる必要はない」

 金砂の髪をかきあげ、伝説的な大悪党は言った。

「ダリウス・ブラウドフット」

 ダリウスは密かに衝撃を受けた。

「……へぇ、俺の名前を知っているとは驚きだ」

「生憎、記憶力は良いものでね。一度聞いた名前は忘れない」

 ヴォルデモート卿は薄っすらと微笑んだ。

「さて……。今更、損得勘定など無粋だと思わないか?」

「……は?」

 ヴォルデモート卿はクツクツと笑う。

 まるで、悪戯を企む子供のように。

「ダリウス。私と友達にならないか?」

 ダリウスは体が震えている事に気がついた。

 死の恐怖さえ受け入れてみせた彼が目の前の男の一言一句を恐れている。

 否、その存在に畏れを抱いている。

「……友達か。いいな、それ」

 必死に動揺を抑える。だが、抗い難い恐怖心が声を震わせる。

 兎が獅子に勝てるか? 獅子が例え格好だけでも友好を示そうと伸ばす爪に触れる事が出来るか?

 呑まれてしまった。その圧倒的過ぎる存在感に身も心も魂さえ呑み込まれ、身動きが取れない。

「恐れるな、ダリウス。恐れる必要など一欠片も無いのだ」

 哀しげに歪められた顔を美しいと思ってしまった。

 男とは思えぬ沸き立つような色香に目が眩みそうになる。

 ドラコ・マルフォイのように女の真似事をしているわけじゃない。

 まるで、巨匠が作り出した芸術品のような美しさに眼球を通して、意識そのものを奪われる。釘付けにされる。逸らす事など出来ない。

 息が荒くなる。

「さて、案内してもらおう。私が治めるべき者達の下へ」

 これがヴォルデモート卿。嘗て、二度も世界を二つに割った男。

 脳内でまとまりのない思考が荒れ狂う。

 確かに、この男なら状況を逆転させる事も容易いかもしれない。

 だが、その後はどうなる? 

 何があろうと、この男を復活させるべきではなかったのでは?

「この先か……」

 気付けば、みんなが待っている部屋の前まで来ている。

 殆ど意識していなかった。まるで、それが当然の事のように彼の命令に従い、彼をここに導いてしまった。

「そう緊張するなよ。心を落ち着かせろ」

 そう言って、ヴォルデモート卿はダリウスの肩を抱いた。

 すると、どうした事だろう。

 ダリウスは温かい安心感に包まれた。まるで、母に抱かれているような絶対的な安心感に理性や本能が働く前に体が緊張を解いた。

「さあ、入ろうか」

 手を離された時、猛烈な寂々感に襲われた。

 気付けば扉が開かれ、仲間達の視線が突き刺さった。

 敵意。嫌悪感。怒気。期待。

 あまねく感情を肩で受け流し、ヴォルデモート卿は彼らの顔を見回した。

「……宣言しよう」

 彼の言葉を遮ろうと口を開く者は一人もいない。

 たった一言。それだけで場にいる全ての者の身動きを封じ、その耳を傾けさせた。

「世界を在るべき姿に創り変える」

 彼の微笑みを見た者は困惑した。

 あまりにも穏やかで優しい。その瞳に見つめられていると、安心感を覚えてしまう。

 彼が千を超える屍の山を築いた悪の帝王だなどと、到底信じる事が出来ない。

 ダリウスが震えた理由。畏れた理由は一つ。

 彼と接していると、彼を信じてしまいそうになるからだ。心の底から、彼を信頼してしまいそうになるからだ。

「……ヴォ、ヴォルデモート卿!!」

 一人の少女が声を張った。

 ハーマイオニー・グレンジャーは泣きそうな顔でヴォルデモート卿を見つめる。

「どうした?」

「わ、私はマグルの間に生まれました。こ、この戦いが終わったら、マグル生まれの魔法使いはマグルの世界に帰ります! ですから、どうか私達に御慈悲を……ッ」

 勇気ある行動だ。だが、あまりにも無謀。

 確かに、マグル生まれの処遇については提言する必要があった。だが、なにもこのタイミングで言わなくても良かったはずだ。

 恐らく、何かを言わなければならないと強迫観念に突き動かされたのだろう。

 殺されてしまう。誰もが思った。

「――――君の名前を教えて欲しい」

「ハ、ハーマイオニー・グレンジャーです!」

「……ハーマイオニー・グレンジャー。勇気のある娘だ」

 そう言うと、ヴォルデモート卿は彼女の頭を優しく撫でた。

 それだけで、恐怖に引き攣っていた彼女の顔が緩む。

「ハーマイオニー。君はマグルの世界に戻りたいのかい?」

「……いいえ。でも――――」

「今のマグルの世界に戻れば、如何にマグル生まれの魔法使いであろうと、ただでは済まない。無惨な死体が積み重なり、両世界の憎悪が高まるだけだ」

 その言葉の意味を取り違えてしまいそうになる。

 心安らぐ声に、思わずマグル生まれを受け入れてくれるのではないかと錯覚してしまう。

 そんな筈はない。誰もが必死に心を抑えつけた。

「戻る必要はない」

 ヴォルデモート卿は言った。

「つまらぬ線引は止そう。私に従う意思を持つ魔法使いは皆、私の庇護下に置く。そこに純血と混血の区別を付ける事はしない」

 誰もが口を開きかけ、言葉が出て来ない。

 嘘だと思った。そんな言い草を信じるものか、と叫ぼうとした。

 だが、それに何の意味がある? 結局、この男を信じる以外に生き残る道などない。

「それから、私の事はこれからヴォルデモート卿とは呼ばないでくれ」

 彼は見る者全てを魅了する微笑みを浮かべて言った。

「トム・リドル。親愛を篭めて、トムと呼んでくれたまえ」

 戸惑う一同を見つめ、トムは手を叩く。

「では、諸君。世界を救うとしようか」


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