【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第四話「真実」

 紅茶を淹れ、ソファーで寛ぐドラコ。彼に半ば無理矢理連れ込まれたジェイコブと名乗る少年は初めて見る魔法使いの家に興味を惹かれている様子だ。

 さて、奇妙な状況になった。

「ドラコ」

「なんだい?」

「どうするつもりなの?」

 僕は視線をジェイコブに向けた。

 ドラコの魅了に取り憑かれていた彼の瞳に正気が戻る。ようやく、自分の置かれた状況を理解したらしい。

 それでも、パニックを起こさずに己を律する胆力は大したものだ。

「俺を殺すのか?」

 ジェイコブの言葉にドラコはクスリと微笑んだ。

「殺して欲しいのかい?」

「自殺願望なんかねーよ」

「なら、野暮な事はなしにしよう。折角の出会いだ。嫌い合うより仲良くしたい」

「仲良く……。そうだな、仲良くしよう」

 ジェイコブはとても仲良くする気になったとは思えない程獰猛な笑みを浮かべた。

 たかがマグルと侮ってはいけない。そう、本能が囁いた。

 三大魔法学校対抗試合の第三試合で嫌というほど遭遇した凶獣達と同じ空気を発している。

「俺はお前達に聞きたい事がある」

「……答えられる範囲で答えよう。でも、あまり期待を持ち過ぎないようにね。僕達も全知全能ってわけじゃない。例えば、世界平和を実現する為にはどうしたらいい? なんて質問をされても答えられない」

「そんな質問しねーよ。人間を皆殺しにでもしなきゃ無理だろ」

「……なるほど、皆殺しにすれば世界は平和になる。君は頭がいいね」

「馬鹿にしてんのか?」

 ドラコは挑発しながらジェイコブという人間を量っている。

 ここで暴れ始めるようなら論外。目的を忘れるなら愚か者。

「さて、どうかな」

 ジェイコブを鼻を鳴らした。

「お前……、顔は可愛いけど性格は悪いな」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 見る者全てを惑わす魅惑の微笑み。それが猛毒であると知っていても、耐える事は難しい。

「ああ、好みだ」

「……そ、そうなのか」

「おう」

 思わず噴き出してしまった。中々出来る返しではないと思う。

 ドラコもさすがに戸惑っている。イレギュラーに弱い所は直したほうがいいね。

「それより、そろそろ質問に答えてくれないか? 可愛い子ちゃん」

「う、うん」

 珍しい光景だ。ドラコが押されている。

 そう言えば、昨夜も僕が迫った時はしおらしい態度を見せた。

 なるほど、基本的に自分から攻めていくタイプだから、逆に攻められると弱いんだな。

 また一つ、弱点が分かった。結構、弱点が多いな、ドラコ……。

「……聞きたい事は山程ある。だから、一つ一つ聞いていくぞ。まず、『マリア・ミリガン』を知っているか?」

 初め、僕には何のことだかサッパリ分からなかった。ドラコも困惑の表情を浮かべている。

 けれど、一拍置いた後に思い出した。その名前はドラコが秘密の部屋に監禁している少女の名前だ。

「そのマリア・ミルガンがどうかしたのかい?」

「行方不明なんだ。目撃者から聞いた話だと、『妖精』に攫われたらしい」

 リジーの事に違いない。

「妖精か……。魔法界には人を攫う妖魔の類がそれなりにいるんだけど、特徴とかは聞いた?」

 実に白々しい態度だ。

「……いや、詳しくは聞いてない。ただ、妖精が攫っていったとだけ……」

「そのマリアと君の関係は?」

「友達だ。ただ、一方的に惚れてて告白もした。けど、返事を貰う前に攫われた……」

 そう、事も無げに言った。

「そうか……」

「とりあえず、妖精自体は実在するんだな?」

「うん」

「なら、一歩前進か……」

 気軽な調子で言う。

「他に質問は?」

「あるぜ。十五年前の事だ。幾つかの村で集団失踪事件が起きた。その事について知っている事を教えてくれ」

「十五年前か……。なら、十中八九、ヴォルデモート卿とその配下の仕業だね」

「ヴォルデモート?」

「ああ、魔法使いの中でもとびっきりの悪党さ。一度そこのハリーに殺されたんだけど、最近復活しちゃって、世間を騒がせている傍迷惑な大魔王さ」

 その言い方はあんまりだと思う。ジェイコブもあっさりと返って来た答えとその内容に面食らっている。

「一度死んで蘇った……? そいつ、キリストかよ」

「神と魔王は対をなす者だからね」

「……その理屈は合ってるのか?」

「さて、どうかな。実際、ヴォルデモート卿は蘇生した。今、ロンドンで起こっている事件も全て彼が元凶だよ」

 それにしても、ドラコはどういうつもりなんだろう? マグルに魔法界の情報を渡すなんて……。

「あれもか……」

 ジェイコブは頭を掻いた。

「飛行機の墜落事故で街一つが壊滅状態だ」

 その瞳に怒りを宿しながら、ジェイコブは窓の外を見た。

 遠くの空が赤く染まっている。火はまだ消えていない。

「最初はお前等が元凶だと思ってたんだけどな」

 溜息を零し、再びドラコに向き直る。

「他にも質問していいか?」

「もちろん」

「なら、八年前の香港で起きた事件についてだが――――」

 ジェイコブの質問は多岐に渡った。

 中国マフィア『崑崙』の内部分裂を裏で操った者。

 元ドイツ傭兵部隊『イェーガー』の乗っていた輸送機を襲撃した生物。

 日本で起きた猟奇殺人の真実。

 ワシントン郊外で起きた失踪事件の真相。

「中国の魔法使いはイギリスと違い、国が運用している。恐らく、その組織が国に害を為すと判断され、処理されたんだろう。輸送機を襲撃した生物は恐らくドラゴンだ。何かの拍子に輸送機が結界の中へ紛れ込んでしまったんだろう。ドラゴンは縄張りを犯したと判断して襲いかかったに違いない。アメリカの失踪事件については……、すまないが分からない。アッチは表世界同様に魔法界も混沌としているからね。魔法省と近しい組織はあるけど、完全に管理し切れていないと聞く。日本の件は……恐らく妖魔が関わっている。あの国は特に凶暴な妖魔が多く生息していると聞くからね」

「……なるほどね」

 望んでいた解答を聞けたはずなのに、ジェイコブの顔色は優れなかった。

「どうしたの?」

 僕が聞くと、ジェイコブは瞼を瞑った。

「全部、ヴォルデモートって魔王が原因だと良かったのにな」

「どういう事?」

 ジェイコブは曖昧に微笑む。

「フェイロンのファミリーは国に処理された。ミラーの輸送機を襲ったのは縄張りを守ろうとした動物。ロドリゲスの友達の失踪には犯罪者が絡んでいる。マヤのクラスメイトが皆殺しにされた事件は妖魔の仕業……。どっかで思ってたんだ。誰か一人を殴れば全て解決するって……」

「世の中、そう単純なものじゃないさ」

「だよな。中国って国に喧嘩を売るわけにもいかない。縄張りを守ろうとした動物に文句なんて言えない。アメリカの犯罪者や日本の妖魔なんて、俺達の手には負えない……」

 悔しそうにジェイコブは顔を歪めた。

「魔法使いが全て悪い。だから、そいつらをぶん殴る。それでみんな笑顔になれると思ってたんだけどな……」

「なら、殴る? 魔法使いを代表して、好きなだけ甚振っていいよ?」

「ちょっと、ドラコ!?」

 あまりにも軽はずみな言葉に僕は飛び上がった。

 確かにドラコは殴られるだけの事をしているし、ジェイコブには殴る権利がある。だって、マリアを攫ったのは実質ドラコだけど……。

「だったら、僕を殴ればいい。元々、君が探していたのは僕だろ? なら――――」

「いや、お前等殴っても意味ないし」

 折角覚悟を決めて言ったのに、ジェイコブの反応は実にアッサリとしたものだった。

 いや、意味なら多少はあると思う。だって、犯人はドラコなんだから。

「まあ、ダドリーに頼まれたから一発だけ殴っとくな」

「え? って、イタッ」

 人差し指でトンとおでこをつつかれた。

「これで良し」

「良しじゃないよ! ダドリーって、どういう事!?」

「お前の事やココの事はアイツから聞き出したんだよ。そん時に頼まれた。僕の家族をめちゃくちゃにした悪党をぶん殴ってくれって」

 いっそ清々しいと感じてしまった。

 そこまで憎まれていたのかと……。

 ジェイコブはダドリーが語った言葉を全て教えてくれた。

「そっか……」

 笑えてくる。僕がいたから、彼等は不幸だった。彼等は僕の存在を求めた事など一度も無かったのだ。ただ、無理矢理押し付けられて、魔法で脅されて嫌々育てただけ。

 本当なら楽しいだけの毎日を僕という存在がぶち壊しにした。抱えなくていいストレスを感じ、しなくていい喧嘩をした。

「あはは……」

「ハリー?」

「お、おい……、大丈夫か?」

「あはははははははははは」

 涙が出るほど滑稽だ。憎んだり、妬んだり、縋ったり……全て、筋違いだった。

「そっか……、そうだよね。あの人達にとって、僕は疫病神でしかなかったんだ! 最初から! あはははははははははは! 知ってた筈なのに、なんでこんな……あははははははは!」

 疎まれている事を知っていた。嫌われている事を知っていた。

 なのに、この期に及んで僕は……、

「なんで、ショックを受けてるんだろ。馬鹿過ぎるよ! あっはははははは!」

 僕だって嫌いだった。どんなに気を引こうとしても応えてくれない彼等の事が心から……、

「あはっ! あははははははははははははははははははははははははははは!」

 殴られた記憶。物置に押し込まれた記憶。髪を剃られた記憶。罵倒された記憶。家畜のような扱いを受け続けた記憶が蘇る。

 それでも、僕は……、

 

 

 

 

 

 

 

 

……『あの人達』に愛して貰いたかった。


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