【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第四話「禍津」

 クィディッチ・ワールドカップは中止になった。

 万全の対策を練っていた筈の会場をテロリストに襲撃された一件でイギリスの魔法省大臣であるコーネリウス・ファッジは各国の魔法省から抗議を受け、その処理に追われている。

 近隣のマグルの村がテロリストの行使した『悪霊の火』によって全滅させられた件の処理も加わり、彼の業務は多忙を極めた。

「ルーファス! 事件の調査の進捗状況はどうなっている!?」

 ピリピリとした空気が満ちる執務室。

 苛立つファッジに問われた闇祓い局局長ルーファス・スクリムジョールは彼に負けず劣らず険しい表情を浮かべていた。

 犯人の名前は分かっている。だが、動機を掴む事が出来ない。親兄弟友人全てを洗ったが、彼は至って真面目な好青年だった。決して、人に害を為す性格では無かったらしい。

 事件が起きる直前、彼は友人達とワールドカップの結果を予想し合い、試合開始の時を今か今かと待っていたそうだ。

 その男が『闇の印』を天に掲げ、マグルの村を焼き尽くし、数人の魔法使いを殺害した。これはあまりにも異常だ。

 そもそも、『闇の印』を掲げる方法を知っている者は死喰い人のみ。

「……現在は彼が死喰い人と接触し、操られた可能性が濃厚であると見て、聞き込みを続けています」

 過激思想の死喰い人が背後にいる。それが一番現実的な可能性だ。

「大臣。日刊預言者新聞で全魔法使いに警戒を呼び掛けて頂きたい。黒幕を捕らえない限り、再び――――」

「同じ事が起きるというのか!? 今年はアレがあるのだぞ!! 魔法省の威信を掛けた一大プロジェクトだ。ただでさえ、ワールドカップの件で信用が失墜している。絶対に失敗するわけにはいかん。早急に黒幕を見つけ出せ!!」

「……承知いたしました」

 ファッジの執務室を出た後、スクリムジョールは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 簡単に言ってくれる。既に十分過ぎる調査を行った。にも関わらず、手掛かりが一つも掴めていない。

 この事件は一人の哀れな青年を生贄に捧げ、自らの野蛮な願望を実現させる悪辣な知恵を持った者の犯行だ。

 マグルの村に火を放ち、魔法使いを幾人も殺害した犯人の目的。それを推理する事が何よりも大切だ。

 恐らく、事件はまだ続く。あれほど過激な事件を巻き起こしておきながら、犯行声明の一つも残さなかった理由は目的を完全に達成出来ていないからに違いない。

 次の犯行を予期し、待ち構える。それが最も利口な策だ。

「三大魔法学校対抗試合……」

 犯人は死喰い人で間違いない。ならば、その目的はある程度絞られる。

 自らの存在、ひいては闇の帝王の脅威を世に今一度知らしめる為の示威行為か、あるいは二代目ヴォルデモート卿として名乗り出る為のパフォーマンスか……。

 帝王消滅後、数年の間はそうした連中が何度か事件を起こした。

 行き過ぎた純血主義を掲げ、マグルの村を全滅させた者も一人や二人じゃない。あの時代、多くの罪無き命が犠牲になった。

 次に犯人が狙う可能性が一番高いのはホグワーツで開催予定の『三大魔法学校対抗試合』だ。

 帝王を滅ぼしたハリー・ポッターへの報復行為。魔法省の一大プロジェクトを台無しにする事による政治的主張。

 死喰い人が狙う理由など、幾らでも考えつく。それほど、打ってつけの標的なのだ。

「今回のように替え玉を投げ込んでくるかもしれん。それに、ここが狙いだと思わせておいて、他の場所を襲撃する可能性も……」

 同時に問題点も山のように思いつく。

 短絡的になってはいけない。

「一先ず、ダンブルドアに手紙を書くか……」

 三大魔法学校対抗試合に警備の名目で入り込む。そこで敵の襲撃を待ち構える。

 ダンブルドアは政治の介入を快く思わない人物だが、ワールドカップの一件がある以上、反対は出来ない筈だ。

 問題は他の場所への襲撃だ。本命にはそれなりの人数を割かねばならない。残ったメンバーのみでイギリス全土を監視するなど現実的ではない。

「……警戒網を敷くにはどうしても人数が必要になるな」

 ジレンマだ。本命に人数を割けば警戒網を敷く事が出来なくなる。警戒網を敷けば本命には僅かなメンバーしか残せない。

「だが、どちらかに偏れば、逆を突かれた時に致命的だ」

 

 

 スクリムジョールからの手紙を受け取ったアルバス・ダンブルドアは彼の苦悩を正確に汲み取っていた。

 平和な時代が続いた事で慢性的な人手不足に悩まされている闇祓い局にホグワーツの警護とイギリス全土に警戒網を敷く事を両立させるのは困難であると手紙が来た時点で悟っていた。

 ダンブルドアは手元にある小さなロケットペンダントを見つめた。

 これは数ヶ月前、シリウスから対処を求められた闇の魔術品の中に埋もれていたものだ。ダンブルドアは瞬時にこの品の真実に気づき、様々な思考を巡らせた。

「分霊箱。やはりか……」

 悪い予想があたってしまった。だが、確信を得られた事は行幸。

 ダンブルドアは校長室の中をゆったりと歩きまわる。

「……今回の事件。魔法省は単なる死喰い人の残党による暴走だと考えておる」

 ダンブルドアの視線は部屋の中にいるもう一人の人物へと注がれる。

 セブルス・スネイプは服の袖を捲り、その腕に刻まれた紋章を彼に見せた。

「ヴォルデモートは復活しました。やはり、魔法省に伝えた方がよろしいのでは?」

「今、真実を語った所で突っぱねられるのが関の山じゃよ。警告はするが……」

「ダンブルドア。ポッターがブラックの養子となった事……、止めるべきだったのではありませんか?」

 これで五度目になる問答。ダンブルドアは顔を顰めた。

「古の加護はハリーがシリウスの養子となった時点で消え去った。それは確かに痛手となった。特にヤツが復活した今ではのう……」

「ならば……」

「だが、止めた所で意味などない。ドラコ・マルフォイによって、ハリーは既にシリウスを特別視しておった。自らの真の家族として」

 ドラコ・マルフォイ。彼はシリウスの無罪を証明される前から彼の無罪を確信し、ハリーに様々な事を吹き込んでいた。

 無罪が証明された時点でハリーにとって、家族とはダーズリー家の人々ではなく、シリウス一人を指す言葉になっていた。

 古の加護はハリーがダーズリーの家を帰るべき場所と認識していなければ効果が無い。

「まさか、ドラコが帝王の復活を見越してポッターから加護を取り去る為に動いたと?」

「早合点はいかんぞ、セブルス。じゃが、その可能性もあるという話じゃ」

 あの者の行動原理は不可解な部分が多過ぎる。

 セブルスにそれとなく監視するよう命じ、その報告を聞く限り、彼は実に素晴らしい善意溢れる少年だ。

 グリフィンドールの生徒が事故にあった時、その身を挺してその者を助けようとした。

 レイブンクローの生徒から虐めの相談を受け、真摯に悩みを聞き、その解決の為に労力を惜しまない。

 他にも数えればキリがないほど、彼は善行を積んでいる。

 他寮の生徒……例え相手がマグル生まれであろうと分け隔てなく接する所からグリフィンドールの生徒にも一目置かれるようになっている。

 にも関わらず、スリザリンの生徒からも信望を集めていると聞く。

 死喰い人だった者の血を受け継ぐ者もそうでない者も彼に心からの忠誠を誓っている。

「彼に注意を払う必要がある。彼の選択によって、魔法界の行く末は大きく変わる筈じゃ」

「……まだ、学生の身ですよ?」

「彼は既に多くの者の心を掌握しておる。ハリーの心も……。今や、あの子は他の誰の言葉よりもドラコ・マルフォイの言葉を重要視しておる。シリウスの無罪を証明した事が決定的だった。彼がヴォルデモートに傅けば、生徒達の多くが彼に続こうとするじゃろう」

「まさか……」

「……彼が見た目通りの品行方正な学生である事を願いたいのう」

 スネイプはダンブルドアの言葉に心を揺さぶられていた。

 あのダンブルドアがここまで明確に危険視する存在など限られている。

 その理由が分からない。ドラコは誰からも愛される魅力的な少年だ。ダンブルドアがわざわざ監視するよう命じた理由が分からない程、悪しき点など見当たらなかった。

 だが、ダンブルドアはドラコがまるで第二のヴォルデモートになるのではないかと恐れている節すらある。

 だが、知的で他者を思い遣る心を持ち、多くの崇拝を寄せられる姿はヴォルデモートなどよりもむしろ……、ダンブルドアを想起させる。

「……なるほど」

 やっと、ダンブルドアが警戒している理由が分かった。

 恐らく、他の誰が同じ疑問を抱いても答えは得られなかっただろう。

 だが、スネイプはダンブルドアという人物の本当の姿を知っている。

 善を為すためなら、どこまでも冷酷になれる非情さ。

 目的の為なら手段を選ばない彼の在り方。その危険性……。

 スネイプは冷や汗を流しながら呟いた。

「……それは危険ですね」


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