【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第八話「ハーマイオニー・グレンジャー」

 魔法の世界はもっと夢と希望に溢れたものだと思っていた。

 レイブンクローに選ばれて、私は魔法使いもマグルと何も変わらない現実を知った。

 他の寮の事はよく知らないけど、この寮の生徒達はどいつもこいつも陰湿で嫌になる。

 一年生の時、二年生の先輩が虐められている所を目撃して口を出したのが運の尽き。それ以降、誰も私の名前を呼んでくれなくなった。

 前歯が大きい事をからかわれて、ついた渾名が『ビーバー』。物を隠される事も日常茶飯事。

 助けた先輩はと言えば、罪悪感など欠片も感じさせない顔で私をビーバーと呼びながら頭に紅茶を掛けてきた。

 レイブンクローは知性を重んじる寮だとホグワーツ特急で居合わせたドラコという少年が話していたけど、とんでもない。

 知性など欠片も感じない。あるのは貯め込んだ知識と他人を蹴落とすための悪知恵ばかり。

 ガリ勉のストレスを発散する為に毎年数名、新入生の中からサンドバッグを選ぶ伝統なんて、とても知性のある人間が作るものとは思えない。

 今年も新入生の中からターゲットが選ばれ虐められている。ルーナ・ラブグッドという女の子。渾名は『ルーニー』。

 腰まで伸びるダークブロンドと銀色の瞳が特徴的な可愛らしい女の子だけど、格好が非常に奇抜だった。

 バタービールのコルクで作ったネックレスと蕪のイヤリングはさすがにセンスを疑う。

 彼女が物を盗まれたり、悪口を言われている所を見掛けても、私は動く気になれなかった。

 あの二年生の先輩みたいに恩を仇で返されるだけだと思い、気力が湧かなかった。

 授業が終われば図書館に引き篭もり、夜になったら虐められている後輩から目を背けてそそくさと寝室に潜り込み、嫌味を言うルームメイトを無視して眠る毎日。

 気がつけば頭の中は他人への恨み事でいっぱいになっていた。

 いつから私はこんなに狭量な人間になったんだろう。

「魔法の世界はもっと夢や希望に満ちたものだと思っていたのに……」

 魔法学校もマグルの学校と何も変わらない。

 杖を振って物を浮かせたり、針をネズミに変身させても心にもやもやが渦巻いていて、ちっとも楽しくない。

「……うーん、アンタにとっての夢や希望って、具体的に何なの?」

 図書館で黄昏れていると、突然頭の上から声が降ってきた。

 慌てて振り返ると、そこにはルーナ・ラブグッドが立っていた。

「みんなが手と手を繋いで笑顔を浮かべてる?」

 ルーナは羊皮紙の隅に描いた私の落書きを見て首を傾げた。

 恥ずかしさのあまり、叫びだしそうになった。

「み、見ないでちょうだい!」

「あ、ごめん。でも、いい絵だね」

「うるさいわよ! 私に何か用なの!?」

 ヒステリックに後輩を怒鳴りつける私。吐き気がする。

 一番嫌いなタイプの人間になってる。

「怒らせちゃったかな……。ごめん。一度、アンタと話がしてみたかったの」

「話って何よ? どうせ、私があなたを助けなかった事が不満なんでしょ! 自分も虐められてる癖に同じ苦しみを後輩が味わってる事を知りながら何もしない、最低最悪な女だって!」

「……そう思ってるんだ」

 消えてなくなりたい。一人で勝手に盛り上がって、馬鹿みたい。

 一歳年下の少女が憐れむような目で私を見ている。

 悔しくて涙が流れた。

「アンタみたいな人、あんまりいないよ」

「ええ、そうでしょうね。こんな――――」

「優しくてかっこいい」

「最低な……って、はぁ?」

 意味がわからない。

「アンタ、私が今まで見てきたどんな人より優しいし、かっこいいよ」

「……馬鹿にしてる?」

「なんで? アンタ、馬鹿じゃないでしょ?」

 彼女はまっすぐに私を見つめている。私は居た堪れなくなった。

「馬鹿にしてるわ。だって、私のどこが優しくてかっこいいの?」

「去年、虐められてる先輩を助けてあげたって聞いたよ」

「ええ、確かに去年、私をビーバー扱いして、紅茶をぶっかける先輩を助けてあげたわね」

「あんまり居ないと思うよ。虐められてるからって、年上の人間を助けようとするなんて」

「馬鹿だったのよ。魔法の世界に夢を見てたの。正しい事がまかり通って当たり前な世界だなんて、幼稚な考え方をしていたのよ」

「でも、アンタに助けられた先輩が言ってたよ。『あの子も別に何も言わないし』って」

「何の話よ……」

 ルーナは夢見るような眼差しで言った。

「アンタに助けてもらったのに、どうして虐めに加担するのか聞いてみたの」

「はぁ!?」

 馬鹿じゃないのか、この子。

 あまりの事に唖然としてしまった。

「そうしたら、『別に助けて欲しいなんて誰も頼んでないわよ。あの子も別に何も言わないし、どうでもいいでしょ』だってさ」

「あ、あなた、そんな挑発の仕方をしたら!」

「カンカンに怒ってた」

「なんて考え無しな事をしたの!? 次に会った時、あなた! 何をされるか分からないわよ!?」

「別に気にしないもん」

「気にしなさいよ! ああもう、何て事かしら……。あの人、平気で淹れたての熱い紅茶を掛けてくるのよ。火傷して、マダム・ポンフリーへの言い訳を考えるのが大変だったんだから」

「アンタ、やっぱり優しいね」

「茶化してる場合じゃないでしょ!?」

「ううん。茶化してなんかいないよ。邪魔してごめんね。バイバイ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 思わず大声で呼び止めてしまった。

 まずい、司書のイルマ・ピンスが厳しい目をコチラに向け歩いて来た。

「騒ぐのなら出て行きなさい!」

 追い出されてしまった。

「図書館で騒いだらいけないんだよ?」

「ええ、そうね。その通りだわ、オホホホホ」

 ルーニーの肩をガッチリ掴んで私は空き教室に彼女を引き摺り込んだ。

「あれ? なんだか目が怖いよ?」

「何でかしらねぇ? それより、ルーナ・ラブグッド」

「なーに? ハーマイオニー・グレンジャー」

「……あなた」

 彼女がやった事はやり方こそ少し違うけど、私が去年やった事と同じだ。

「どういうつもり?」

「なにが?」

「なにがって……、このままじゃ!!」

「うーん。失敗だったかもね」

「そうよ、大失敗よ! このままじゃ、去年の私みたいに……」

「話し掛けなければよかった」

 ルーナは溜息をこぼした。

「ハーマイオニー」

「な、なによ?」

「私は大丈夫だよ。だから、アンタも気にしないで放っておいてね」

 そう言って、ルーナは身を翻した。

「お・ま・ち・な・さ・い!」

 その腕を無理矢理掴んで引き戻す。

「えーっと……」

「ええ、あなたの言いたい事はとても良く分かるわ! 先輩達に喧嘩を売ったから助けて欲しいと!」

「別にそんな事言ってない……」

「リピート・アフター・ミー」

 彼女の両肩を掴み、極めて優れた発音で言った。

「私は助けて欲しい。はい、繰り返して!」

「……別に助けて欲しいわけじゃ」

「ノンノン。ルーナ。ルーナ・ラブグッド。そうじゃないでしょ? ちゃんとリピートしなさい。『私は助けて欲しい』」

「……ハァ。思ったより面倒な性格だね、アンタ」

「いいから、さっさとリピートしなさい!」

「……私は助けて欲しい」

「まったく、最初からそう言えばいいものを」

「とても不本意なんだけど、アンタ、どうするつもりなの?」

「もちろん、ルーナに対する虐めを止めさせます。ついでに私に対する誹謗中傷他色々全て!」

「どうやって?」

「それはこれから考えるわ。あなたと一緒に」

「わーお。レイブンクローの生徒とは思えない無計画っぷりにびっくり仰天!」

「そうと決まったら、さっさとアイデアを……」

 その時だった。急に教室の扉が開き、私は凍りついた。

「……あれ、ハーマイオニー?」

 ギギギと首を曲げて扉の方を見ると、そこには見覚えのある黒髪の少年が立っていた。

 ハリー・ポッターは私とルーナを見た。ちなみに今、私はルーナの両肩を掴み、顔を少し彼女の顔の方に寄せていた。

「……わーお。これはその……えっと、失礼しました」

 綺麗に腰を折り曲げてお辞儀をした後、ハリーは丁寧に扉を閉めた。

「…………私、すごく不本意な勘違いをされた気がするの」

 ルーナが哀しみに満ちた声で呟く。

 私は大急ぎで扉の外の勘違い男を部屋に引き摺り込んだ。

 間が良いのか悪いのか分からないけど、勝手な勘違いをして私達に不快な思いをさせた彼には少しの代償を支払ってもらいましょう。

 時間と知識を少々。

「あ、あの、僕は何も見てないよ? 本当だよ? あの、ドラコが待ってるからその……」

「シャラップ、ハリー・ポッター。シャラップよ。いいわね? お・だ・ま・り・な・さ・い!」

「イ、イエス、マム」

 ずり落ちたメガネを直して上げると、彼は全身をガタガタ震わせ始めた。

「と、ところで僕はこれからどうなるの? 生きて帰れるの? ねえ、何で答えてくれないの? 本当に何をされるの!? ああいや、やっぱり何も言わずに僕を寮へ帰して下さい!」

 あまりにもあんまりな反応に言葉を失っていると、ハリーはついに悲鳴を上げ始めた。

「ハーマイオニー。とりあえず、スマイル。顔が怖いってば」

 ルーナが言った。失礼な……。

 でも、確かにスマイルは必要かもしれない。ここ一年、硬い表情ばかりで笑顔を作った記憶が殆ど無い。

 満面の笑みを浮かべてハリーを安心させた。

「違う、そうじゃないよ」

 ルーナが戦慄の表情を浮かべる。どういう事だろう……。

 ハリーはもはやパニックを起こしている。

「助けて、ドラコォォォ!!」

「ちょ、ちょっと!?」

 すると、扉がバタンと音を立てて開いた。

「どうしたんだ、ハリー!」

 入ってきたのはドラコ・マルフォイだった。彼は教室の中の状況に目を丸くしている。

「え? これはどういう状況だ?」

 そのセリフは私が今まさに言いたくて堪らない言葉だ。

 本当にこれはどういう状況……?


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