【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第五話「シーカー」

 シーカー選抜試験のルールは単純明快。フィールドに放ったスニッチをキャッチするまでに掛かったタイムを競う。

 シンプルだけど、意外とえげつない。ルールの都合上、タイムリミットがどんどん減っていくのだ。

 最初の一人はスニッチを三十分で確保した。すると、次の挑戦者は三十分を超えた時点で失格となった。

 挑戦が終わった者は自分の叩き出したタイムを後続の挑戦者が塗り替えないように祈り、後続の挑戦者は最速タイムを塗り替える為に必死になる。

 タイムリミットが減る度に後続の挑戦者には大きなプレッシャーが襲いかかる。その逆境を跳ね除け、スニッチを最速で確保した者にシーカーの座が与えられるわけだ。

 現在の最速タイムは八分二十三秒。四年生のマイケル・ゲイシーが叩き出した。

 試合中とは違い、遮蔽物の無いフィールドでは意外とスニッチが見つけ易いとはいえ、そのタイムは圧倒的だった。

 次はダンの番。

「残念だけど、ダンには厳しいかもしれないね」

 エドが言った。否定する声は上がらない。

 フリッカ達もダンに記録を塗り替える事は出来ないと思っているみたいだ。

「……どうかな」

 ダンがニンバス2001に跨がり上昇していく。フリントがスニッチを放つと、空中でピタリと止まり深呼吸をした。

 一分経過、二分経過、三分経過……。

 他の挑戦者達は多かれ少なかれ動き回っていた。対して、身動ぎ一つしないダンの態度は異様だった。

 やる気を問う他の挑戦者達の声が飛ぶ。フリントが抑えるけど、彼も怪訝そうにダンを見上げている。

 五分経過、ダンが動いた。

 その動きはさながら獲物に食らいつく鷹のようだった。

 瞬きする間にダンはスニッチを確保していた。

 誰からも言葉が出てこない。

「お見事」

 僕の拍手は静かなフィールドに響き渡った。

 ダンがコチラに笑顔を向ける。少し懐かしい。僕の教育によって封じ込められていた獣が顔を出している。

 実に楽しそうだ。

 

 去年、ダンブルドアにハグリッドの事を聞かれた時、僕はこう答えた。

『今の立場や人としての倫理なんて、彼にとって幸せを謳歌する為には邪魔でしかない』

 恐らく、開心術を使われたのだろう。それは正しく僕にとっての本心だった。

 僕がそう思った理由はハグリッドをダンと重ね合わせたから。

 ダンにとって、僕が教えた倫理や常識は幸福を妨げる鎖でしかないのかもしれない。

 本当は彼の思うまま、自由に暴れさせてあげた方がいいのかもしれない。

「……ダン」

 だけど、彼の首輪を外すつもりはない。

 僕を裏切らないと確信をもって言える数少ない内の一人。

 手放す事など出来る筈が無い。

 だから、せめて発散出来る場を作ってあげよう。今はまだ無理だけど、いずれ時が来たら……。

 

 ダンの塗り替えたタイムは後続の挑戦者達を悉く振るい落とした。

 五分十七秒。スニッチを見つけるだけでタイムリミットを超えてしまう者が殆どだった。

 やがて、挑戦する前に棄権を宣言する者が出始めた頃、ハリーの番がやって来た。

「うそ……」

 誰の口から零れた言葉なのかは分からない。

 だけど、この言葉は僕を含めた全員の意思を代弁している。

 開始一分十三秒。ハリーは片手でガッチリとスニッチを掴んでいた。

「……天才ってヤツ?」

 アメリアが唖然とした表情でハリーを見上げる。

 他のみんなはフリーズしたまま動けずにいる。

「ハリー」

 降りて来たハリーに声を掛けると、ハリーは唇の端を吊り上げてスニッチを僕に見せた。

「僕がシーカーだ」

 異論など出る筈が無かった。もはや、このタイムを塗り替える事は他の誰にも不可能だ。

 上級生達でさえ、ハリーに畏敬の念を向けている。

 この瞬間、スリザリンの中でのハリーに対する評価は変わった。

「ブラボー」

 フリントは拍手をした。他のみんなも釣られたように拍手をする。

 ハリーにクィディッチの才能がある事は知っていた。だけど、ここまで圧倒的な才能とは思わなかった。

 このだだっ広いフィールド内を自由自在に飛び回る極小サイズのスニッチを一瞬で視界に捉え、見ると同時に箒を飛ばし、ぶんぶんと揺れ動く球体をすれ違いざまにキャッチする。

 マイケルやダンも十分過ぎるくらい凄かった。だけど、ハリーには及ばなかった。

 ダンは悔しそうに俯いて涙を零している。

「ハリー・ポッター。正直、君の事を見くびっていた。心の何処かで名前だけの男だとね。その非礼を詫びよう。今年から、我がスリザリンのシーカーは君だ。共に勝利しよう」

 フリントの言葉にハリーは力強く頷いた。

「スリザリンの名に泥を塗らないよう頑張ります」

 固い握手を交わす二人に観客席が一斉に湧いた。

 

 その日の夜は談話室でハリーのシーカー就任祝いのパーティーが開催された。

 主役のハリーはあちこちに引っ張りだこで、パンジー・パーキンソンをはじめとした女生徒達から熱い眼差しを向けられていた。

 上級生がどこからか拝借して来たバタービールを飲みながら、僕はその光景を横目で見つつ、選抜に落ちたダンを慰めていた。

「ちくしょう!! オ、オレだって、五分だったんだぜ!? 十分過ぎるくらい結果を出したぞ!! なんだよ、一分って!!」

「そう落ち込まなくても、シーカー以外のポジションなら来年空きが出るし、もう一度挑戦すればいいさ」

「オレはシーカーが良かったんだ!! ちくしょう!!」

 ざめざめと泣き叫ぶダンにフリッカ達も慰めの言葉をかけるが焼け石に水。

 そうこうしている内にハリーが戻って来た。

「ハリー!!」

 ダンはハリーの胸倉を掴んだ。

 ハリーは澄ました顔でダンの目を見つめている。

「いいか、絶対に負けるんじゃねぇぞ。オレに勝ったからには負ける事なんて許さねぇ!!」

「……もちろんさ」

 ハリーは言った。

「僕は負けない。ようやく、本当に誇れるものを持てたんだ。誰にも負けるもんか……」

 ハリーはダンの手を振り解いて僕の所にやって来た。

「ドラコ。僕は勝つよ。勝ち続ける。君に誇りに思ってもらえるように」

「ハリー……」

 なんて、嬉しい言葉だろう。

 ハリーはもはや僕の手に落ちている。それを今、実感出来た。

 今まで、ハリーが僕を盲信するように様々な手を尽くして来た。

 ハリーの知りたい事を僕は全て知っている。

 ハリーの出来ない事を僕は全て出来る。

 それは同時にハリーの中で劣等感を育てさせた。

 今、ハリーはクィディッチの才能によって劣等感を払拭する事が出来た。

 彼は僕と肩を並べる事が出来るようになったと考えているのだ。

 だからこそ、ハリーは勝つと声高に叫ぶ。僕に『誰にも負けない』と宣言する。

 

 本人が気付いているのかどうかは分からない。

 今、ハリーは自分の中で初めて見つけたクィディッチの才能という誇りを僕と肩を並べる為の道具にしている。

 ようやく手に入れた立場を維持しようと必死になっている。

 僕の手から抜け出そうとは微塵も考えずに……。

 

 喜びに打ち震えてしまいそうだ。

 あのハリー・ポッターの心を手に入れた。

「ハリー」

 僕は言った。

「僕に勝利を捧げてくれるかい?」

「ああ、もちろん」

 ハリーは僅かな疑問を挟む事すらせずに即答した。

「ハリー。とても嬉しいよ。シーカー就任おめでとう。ああ、僕は君が親友でとても誇らしいよ」

「……へへ」

 はにかむように笑うハリー。

 僕は今までよりも一層強く思った。

 誰にも奪わせてなるものか! ハリー・ポッターは僕のものだ!

 その為には手段を選ばない。誰が敵になろうと、僕のものは誰にも奪わせない。

 準備はちゃくちゃくと進んでいる。力を手に入れるための準備が……。

 

 

 クィディッチの試合が始まると、ハリーは獅子奮迅の大活躍だった。

 一度、スニッチが姿を現せば絶対に逃がさない。

 恐れを知らぬかの如き地面スレスレまでの急降下、時には相手のシーカーを弾き飛ばす力強いプレイ。

 ハリーを加えたスリザリンチームは正に歴代最強を名乗るに相応しい強豪チームへ進化を遂げた。

 圧勝につぐ圧勝。緑のユニフォームを纏い、スニッチを掲げるハリーを見て、誰もが思った事だろう。

 彼が自分達の寮に入っていてくれたら、スリザリンの連続優勝を阻止出来たかもしれないのに、と。

 誰もが認めた。

 ハリー・ポッターはただの名前だけ有名な無能ではない。最高のクィディッチ選手である。


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