【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第二章「蛇の王」
第一話「日記」


 待ちわびた日が近づいている。この年、父上は憎しと思っているアーサー・ウィーズリーとダンブルドアの地位失墜を目論見、ちょっとしたイタズラを計画している。

 僕はそのイタズラに使う『小道具』を横から掠め取るつもりだ。

 今、僕が進めている計画が成功した暁にはダンブルドアでさえ手を出せない究極的に安全な実験場と実験動物を確保する手段が手に入る。

 使い方次第でダンブルドアをいつでも始末出来る程の強大な力と共に……。

 

 その日は晴天だった。父上と共にダイアゴン横丁を歩いていると、父上は何かを見つけたらしくほくそ笑んだ。

「ドラコ。次は教科書を揃えるとしよう」

「はい、父上」

 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店。そこには長蛇の列が出来ていた。ギルデロイ・ロックハートのサイン会を開催している為だ。

 その列に赤髪の集団が紛れていた。

「ドラコ。リストは持っているな?」

「はい」

「よろしい。では、買い忘れなど無いようにな。私は少し野暮用がある」

「わかりました」

 父上がウィーズリー家の一団の下へ歩み寄っていくのを見送り、コッソリとリジーを呼び出した。

「リジー。父上が小さな手帳をあの中の誰かの荷物に紛れ込ませる筈だ。それを回収しろ」

「かしこまりました」

 リジーは優秀だ。僕が買い物を終え、父上とアーサー・ウィーズリーが乱闘を開始した直後、目的の物を僕の下に届けてくれた。

「素晴らしいよ、リジー」

 目的をアッサリと達成した僕はゆっくりとウィーズリー家の下へ向かった。

「やあ、ハグリッド」

 父上達の大人げない事極まりない喧嘩を仲裁していたハグリッドに挨拶をすると、ハグリッドも戸惑いがちに挨拶を返してくれた。

「いや、父上もまだまだお若いな」

「ド、ドラコ・マルフォイ」

 髪を乱し、肩で息をしている子供っぽい父上の姿についつい頬を緩ませていると隣に居た少年にフルネームで呼ばれた。

「おや、ロナルドくん。そうか、あの方は君の父上だったんだね。ずいぶんと二人は仲が良いらしい」

 クスクスと笑うとロンはギョッとした表情を浮かべた。

「仲が良いだって!? 馬鹿も休み休み言えよ、マルフォイ!」

 いきなり喧嘩腰だ。彼自身に何かした覚えは無いが、恐らく父親からマルフォイ家に対して色々と言われているのだろう。

 だが、こちらにその気はない。

 ハリーと接触させるつもりはないが、僕は彼に一定の敬意を持っている。

 ハリー・ポッターを英雄に導く男。その生き様はダンブルドアなどよりもずっと勇ましくて素晴らしい。

 勇気とは恐怖に抗う強さの事。彼は物語の中で一度恐怖や嫉妬といった負の感情に負け、それでも尚、ハリーと共に巨大な悪に立ち向かった。

 絶対的な強さや特別な資質もなく、本来なら逃げ出しても誰も文句を言わない平凡な男。だからこそ、その勇気の価値は計り知れない。

 まさに勇者と呼ぶに相応しい存在だ。あまり嫌われたくない。

「喧嘩するほど仲が良いという言葉がある。本当に嫌い合っていたら互いに無関心になっている筈さ」

「はあ? 何を馬鹿な事を言って……」

「おい、ロン! 誰と話してるんだ?」

「おい、ロン! 誰と話してるんだ?」

 これは思った以上に奇妙な光景だ。まったく同じ顔の人間の口からまったく同じ声でまったく同じセリフが流れてくる。

 一瞬、言葉に詰まってしまった。

「いきなり割り込んでくるなよ!」

「いいじゃないか! 我らが父上は忙しそうだし!」

「その通り! 暇を持て余す我らを持て成すのが末弟たるロナルド・ウィーズリーの使命である!」

「ふっざけんな! 向こうに行ってろ!」

 実に愉快な人達だ。僕は双子に声を掛けた。

「お初にお目にかかる。僕はドラコ。ドラコ・マルフォイ。あそこで君達の御父君とじゃれ合っている人の息子だよ」

「え?」

「マジ?」

「マジだよ」

 双子にジロジロ見られるけど、あまり不快じゃない。驚きながら僕と父上を見比べている二人の様子は見ていて面白い。

「これはこれは! かの偉大なるドラコさまで御座いましたか!」

「お噂はかねがねと!」

「興味深いね。どんな噂を聞いているんだい?」

「ああ、なんでも――――」

「何をしている、ドラコ」

 双子が口を開きかけたところで父上がやって来た。

「教科書は揃えたな? では、行くぞ」

「はい、父上。それでは失礼するよ、ロナルドくん。そちらのお兄さん達もホグワーツで会いましょう」

「お、おう」

 父上は僕がウィーズリー家の息子達と話していた事が気に入らないらしく、如何にあの家の物が下賎であるかを丁寧に説明してくれた。

 どうやら、あの家の男は性欲旺盛との事。どの代でも子沢山で有名らしい。中にはマグルと結ばれた者も少なくないと言って、父上は面白い顔芸を披露してくれた。

 目的を達成出来たし、普段見れない父上の可愛らしい一面を見ることが出来たから大満足な一日だった。

 まったく、ウィーズリー家には感謝だ。

 

 屋敷に帰って来た僕は早速回収した一冊のノートを開いた。

 日記帳だ。この中には伝説の魔法使いであるヴォルデモートの若き頃の魂の断片が封じ込められている。

 本物の分霊箱を前に少し興奮しながら、僕は杖を振るった。強力な闇の魔術の結晶である分霊箱も言ってみれば魂の断片を特定の媒体に保管しているだけだ。

 如何に闇の魔術に精通しているヴォルデモートも学生時代の……、しかも、魂の断片では大した事も出来まい。

 油断するつもりはないけど、多少のリスクは飲み込むしかない。

「分霊箱。正確には『分裂した魂を隠すもの』。これがある限り、本体の魂は完全に消滅する事なく、現世に留まるという」

 分霊箱の保持者が死亡した場合、ゴーストとも異なるナニカになると言われている。

 僕は恐らく『霊魂のみの存在』になったのだろうと予想している。

 霊魂は精神の器。注がれるべきものが無ければ輪廻を転生し、新たな肉体の内で新たな精神を育む。

 転生した赤ん坊が前世の記憶を持たずに生まれてくる理由がこれだ。

 記憶や性格といった精神に由来するものは死によって霊魂から分かたれ消滅してしまうが故、人は生まれてくる度に経験を積み、精神を育まなければならない。

 その本来は永劫終わりなき苦行の輪からはじめて解脱を果たした人が釈迦だとされている。

 分霊箱はその輪廻転生の法則を歪める魔法だ。

 物語の中で分霊箱に封じ込められている魂には精神も宿っていた。恐らく、分霊箱のシステムとは、分霊箱に保存されている精神によって本体の霊魂を無理矢理現世に繋ぎ止めているのだろう。

 ならばやりようもある。確かに本体の魂を繋ぎ止めている分霊箱の精神を全て滅ぼし、現世に繋ぎ止める鎖を破壊した上で本体を滅するのもヴォルデモートを倒す有効的な手段の一つだ。

 だが、闇の魔術には霊魂に干渉する技術がたくさんある。今までは分霊箱の特性自体が殆ど知られていなかった上、それに対処する側が闇の魔術に対して無知だったからこそ方法が限定されていたに違いない。

「……分霊箱を破壊しなくてもヴォルデモートは始末出来る筈。なら、折角だ。道具は有意義に使わないとね」

 既に動物実験には成功している。あれからリジーに捕らえさせた屋敷しもべ妖精でも実験して成功しているし、上手くいく筈だ。

 杖を何度か振るった後、不意に日記のページがペラペラと開いた。

 そこに黒い文字が浮かんでくる。

『お前はなにものだ?』

 答える義理は無いし、答えた途端、形勢が逆転してしまう。

 日記に文字を書くという行為は霊魂を注ぎ込む事と同義だ。

 実験の結果、同種の生物なら霊魂をある程度共有出来る事が分かった。

 もっとも、これは物語中の描写で出来るとある程度の確信を持っていたからただの確認だったが……。

『何をするつもりだ?』

 答えない。僕は淡々と杖を振るい続けた。

『やめろ』

 僕が行っているのは精神に干渉する闇の魔術。中でもとびっきりの呪いだ。

 対象の最も悲惨な悪夢を反芻させ、その精神を自壊に追い込むもの。並大抵の魔法を跳ね返す分霊箱も強力な闇の魔術までは完全にシャットアウト出来なかったらしい。

 効果があるか確認し、無かったら暫し様子を見ようと思っていたのだが、これは行幸だ。

 徐々に浮かび上がる文字が支離滅裂になっていく。

『ぼくは違う。ぼくは特別だ。マイケルがぼくを侮辱したから犬をけしかけた。なにもしていない。なぜ、僕をしんじてくれないんだ? ぼくはただ……。違うちがうチガウ違うちがう……、こんな事を望んだわけじゃない。ただ、とくべつな血筋である事をしめしたかっただだだだけけで殺したかったわけじゃない。ちがうんだちがうんだ』

 文字の形が乱れていく。

 肉体が滅びる事ばかりが死ではない。

 精神が滅びても人は死ぬ。

 だが、精神は肉体よりも堅いもの。壊し、滅するまでには時間が掛かる。

 気長にやっていくしかないね。

 その霊魂の断片を貰い受ける、その日まで……。


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