大型惑星巡航船、歳星。全長7kmとイサリビやハンマーヘッドとは比べ物にならない程に巨大であり、遠心重力ブロックを備えるその様相は移動式のコロニーのようである。
その歳星に入ってから、名瀬さんに連れられる形でオルガ、三日月、ビスケット、ユージン、僕、そしてクーデリアさんはテイワズの代表、マクマード・バリストンの屋敷の前に来ている。
「いいかぁ?この先にいるのは圏外圏で一番恐ろしい男だ。くれぐれも失礼の無いようにな」
名瀬さんの言葉に、帽子を脱ぐビスケットとネクタイを締め直すユージン。ビスケットの脱帽はともかく、ユージンのネクタイは意味あるのか疑問なんだけど。
「よう、久しぶりだな」
門前に立つ黒服のいかつい男達の中から前に出てきたスキンヘッドの男に名瀬さんが声を掛ける。
「お久しぶりです、タービン様。失礼ですが、本日の御用件は?」
「ああ、親父に会いに来た」
その一言で了解したのか、スキンヘッドの男は無言で頷いた。
それから少しの間をおいて、大きな鉄の門が開く。
「さ~~て・・・んじゃ行くか」
そう言って案内の黒服の後ろを歩き出す名瀬さんに付いて行く。
にしても、名瀬さんのこの余裕綽々の物腰ときたら。僕はあれやこれやで余裕なんかありゃしないってのに、僕よりも色々背負ってる筈なのにこの余裕は羨ましいくらいだ。
そんな事を考えている内に部屋に通された。
「ん?おう、来たか名瀬」
通された部屋で盆栽に剪定鋏を入れている恰幅の良い和服姿の人物が、手を止めてこちらに体を向けた。この人がテイワズのボスのマクマード・バリストンか・・・うわあ、まんまジャパニーズヤクザの親分だ・・・。
「ひっ」
その手に握られた鋏の切っ先に悲鳴を上げるユージン。解らないではないけどビビり過ぎだ。
「成る程、お前らが・・・話は聞いてるぜ。いい面構えしてるじゃねえか。おーい、客人にカンノーリでも出してやれ。クリームたっぷりのな」
「へい」
「うちのカンノーリはうめえぞお、パリッとした皮にたっぷりのクリームでなあ」
とても穏やかで歓迎してくれている様に思えるけど、恐ろしい人程普段は穏やかで人当たりの良いものだと、知識だけではあるが僕は知っている。こういう人は絶対に怒らせてはいけないタイプだ。
「で名瀬、お前はどうしたいんだ?」
「こいつらは大きなヤマが張れる奴だ。親父、俺はこいつに盃をやりたいと思っている」
「!?」
名瀬さんの言葉にオルガが驚いた顔をする。確かマクマードさんに話を通すだけで、テイワズの傘下に入れるかはオルガ次第という話だった筈だから、名瀬さんがここまで推してくれるのは意外だったのだろう。
「ほおぉ、お前が男をそこまで認めるか。珍しい事もあるもんだな」
そう言いながらもマクマードさんは自分の下で名瀬さんとオルガが義兄弟の盃を交わす事を認めてくれた。ただし貫目は名瀬さんの申し出た五分では周りの反発もあるだろうし、鉄華団では荷が重いからと四分六(名瀬さんが兄でオルガが弟)にしておけと言ったのだが・・・その時のオルガの顔がちょっと気になる。後で話してみよう。
その後、クーデリアだけに別に話があるというので、護衛に三日月を残して僕達は庭のテーブルと長椅子の所で座って待つ事になり、そこでコーヒーとカンノーリを出された。
「うっめえっ!何じゃこりゃ!」
カンノーリの美味さに驚嘆しながら次々と頬張るユージン。確かに美味い。けどね・・・
「ユージンがっつき過ぎだよ。美味い物はじっくり味わって食べないと勿体ないよ」
「んぐ、うっせえ、ここで食っとかなきゃ、もう二度と食えねえかもしんねえだろが」
そう言いながら自分の前の皿だけでなく隣の皿にも手を伸ばすユージン。貧乏性だなあ・・・まあ仕方ないか。僕ら実際貧乏だし。
「おっとそうだ、お前らから引き取った諸々の鹵獲品に値が付いたぞ」
そう言って名瀬さんは端末の画面をこちらに見えるようにかざした。そこに表示された金額は予想以上に大きかった。
「この金額で良けりゃあ請求を寄越してくれ」
「こ、こんなに!?」
「マジか!?」
その金額にビスケットとユージンが驚きの声を上げる。
「玉石混淆だったがな。中でもグレイズのリアクターは高く売れた。今エイハブ・リアクターを新規で製造出来るのはギャラルホルンだけだからな。ただ、業者の方が全額すぐには用意出来ないらしくてな、リアクター3つ分を優先して先に支払うから残りは少し待ってくれとよ」
「それは、大丈夫なんですか?」
ビスケットが心配げに問う。
「心配すんな、仕事自体は手堅い所だ。代金踏み倒す様な真似する所じゃねえし俺がさせねえよ」
「何から何まで、恩に着ます。えっと・・・あ、兄貴」
「まだその呼び名は早いぜ」
照れながら兄貴と呼んだオルガに名瀬さんは苦笑しながらそう返した。
原作と同じやり取りで何の問題も無い筈だけど・・・なんかもやもやするなあ。何だろう、この感覚。
「歳星は金さえありゃ楽しめる場所だ。ずっと戦闘と移動続きでガキらもストレスが溜まっているだろう、少しは息抜きさせてやれ」
「そういうの、何時もカミさん達にやってるんですか?」
「んん?」
「いや、、えっと・・・家族サービスってやつなのかと」
「ああ~、女ってのは適度にガスを抜かないと爆発すっからなあ。家長としては、まっ当然の務めってやつだ」
「家長として・・・よし!こいつの売上げで今夜はパーッと行くか!」
「マジでか!?」
「待ってよオルガ。これからの事を考えたら堅実に資金運営を・・・」
「イィヤッホーー!!」
「他の連中にも早く知らせねえとな!」
「おう、パーッと行こうぜ!パーッと!」
ビスケットの言葉は耳に入っていないようだ。特にユージン、はしゃいじゃってもう。
「聴こえてないみたいだよ、ビスケット」
「はあ・・・ま、いいか。確かに息抜きは必要ですね」
「そうだね、特に小さい子達にはお菓子をたくさん買ってあげようよ。・・・所で名瀬さん、ちょっとお願いがあるんですが」
「んん?何だ?」
「歳星にいる内に欲しい物があるんですが・・・」
名瀬さんに近づき、小声で欲しい品を告げる。
「お前、顔に似合わず物騒なモン欲しがるなあ」
「この歳星ならそういう物も手に入るんじゃないかと。紹介して頂けないでしょうか?」
「ふーん・・・まあ、良いだろう。携帯端末持ってるか?」
「はい、一応持ってきてます」
「じゃ、そいつに俺からの紹介状と行き先のマップを送ってやるから、そこから先はお前で話を付けな」
「ありがとうございます」
「だが気をつけろよ、ちょっと気難しい人だからな」
「は・・・はい」
そう答えて、名瀬さんから紹介状とマップを端末に送ってもらった。
それから名瀬さんと別れてまずはショッピングモールへ繰り出す事になり、僕はオルガに声を掛ける。
「オルガ、さっきのマクマードさんの話だけど、何か不満があるんじゃない?」
「ああ?不満なんてあるわけねえだろ、むしろ思っていた以上に上手く話がついたじゃねえか」
「そう?マクマードさんに五分の盃は荷が重いって言われた時、侮られたと感じたんじゃないの?」
「!?・・・いや・・・そうだな、確かにあの時はそんな風に感じたのかもな。けど、冷静に考えりゃ、もっともな話だ。俺らはまだそれくらいのもんだ。名瀬さんと対等になろうってなら、もっとでっかくならねえとな」
「焦っちゃ駄目だよ?」
「解ってるよ、今は初仕事をキッチリやり遂げる。何にしてもそれからだ」
僕の言葉にオルガはそう返した。それからモールで買い物をした後、僕はオルガ達と別行動をとって目当ての店に行く。
目的の物を買うと今度は名瀬さんにもらったマップを頼りにエウロ・エレクトロニクスのファクトリーに向かい、そこにいる刀剣製造の技術顧問という人物に刀を買いたい旨を伝えたのだが・・・。
(どうして・・・こうなった・・・?)
今僕は武道場で木刀を手に素振りをしている。本当、買い物に来ただけのつもりだったのに・・・。
「っ痛てぇ!!」
などと考えていたら肩を竹刀で叩かれた。
「馬鹿もん、気を散じるで無いわ。体の軸がブレておったぞ」
「はい、すいません」
文句を言う余地など無いので大人しく従う。逆らっても無駄な相手なのはもうわかった。
この頭を手拭いで覆った細い体躯の老人(?)がエウロ・エレクトロニクスのMS用刀剣の製造の技術顧問の一人、稲葉鋼舟(いなば・こうしゅう)先生。もう一人の技術顧問である作務衣をきた白髪の老人、刀鍛治の河内泰平(かわち・たいへい)先生も道場の隅に座ってこっちを見ている。
「ったく、剣術の心得も無い癖に刀が欲しいなぞと抜かしおって・・・」
いや、僕じゃ無くて三日月に刀の使い方を覚えさせる為の練習用に欲しかったんですけど・・・。などと言える訳も無く、オルガに聞いた宴会の時間ギリギリまでひたすら素振りをさせられ、疲れた体を引き摺るようにして会場の酒場に向かうのだった。手に出来た豆が潰れたし、それなりに鍛えてるとはいえ普段使って無い筋肉使ったからあちこち痛い。明日は確実に筋肉痛でキツい思いをするんだろうなあ。っていうかあの木刀、明らかに重さが可笑しい。中に鉄入ってるだろ・・・。
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~マクマード・バリストンの私室~
「どうしました先生、俺に直接通信とは珍しいですな?」
「マクマード、お前さん、鉄華団とかいう連中を傘下に入れるそうじゃな?」
「お耳が早い事で。それがどうかしましたか?」
「そこの若造が一人こっちに来てな、刀が欲しいと抜かしよった。名瀬坊の紹介状を持ってきたんで話を聞いてやったが、剣術の心得は全く無いんでな、ちっと基礎の基礎を仕込んでやった所じゃ」
「ほお、今日び刀を欲しがるとは、面白い奴がいたもんですなあ。で、そいつが気に入ったわけですか」
「阿呆、気に入る程のモンじゃ無いわ。2番手3番手に甘んじて上を目指そうという気概が足りん、謙虚と甘えを履き違えた馬鹿餓鬼じゃから、性根を叩き直さんと気がすまんだけじゃ。河の字もな、もう少しマシにならんと刀をくれてやる訳にはいかんと言うし、名瀬坊の顔を立てて稽古をつけてやっとるんじゃよ」
「ふ・・・まあそういう事にしときましょう、で、本題は?」
「うむ、あの小僧のMSな、聞いた所ギャラルホルンから分捕ったのを使っとるらしいが、それでは心許ない。ちいとパーツと武器を融通してやって欲しい」
「ふむ、先生の頼みとあれば、と言いたい所ですが、鉄華団の別の機体を予算上限なしで整備させるよう指示を出した所でしてなあ・・・まあ良いでしょう。試作品からパーツをそちらで見繕ってやってください。武器もそちらにお任せします」
「おう、感謝する」
「大恩ある先生の頼みですからな。では、張り切るのは結構ですが、体を大事にしてください。俺ももう爺ですが、先生もお若くは無いですからな」
「要らぬ心配じゃ、まだそこまで衰えてはおらん・・・ではな」
通信が切れる。
「ふふ、しかし剣術の手ほどきだけでなくMSの方も世話するとは、ああは言ってもやはり剣を教える相手ができて嬉しいようですなあ、稲葉先生・・・」
そう1人呟きながら思い出すのは名瀬が認めた鉄華団の団長、オルガ。そして若さに似合わぬ度胸を自分が気に入った、クーデリアの護衛を務めていたMS乗りの少年、三日月。
そして自分が一目置く数少ない人物が目をかけた男も鉄華団にいるという事になる。
「鉄華団、か。面白い事になりそうじゃねえか・・・」
そう言ってマクマードは口の端を笑みで歪めた。
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「う~~、腕が痛い・・・」
腕を擦りながら向かった酒場の近く、しゃがんでいるオルガとその背中を擦っている三日月の姿が見えた。ああ、飲み過ぎて吐いちゃってるのね・・・と、1人の女性がオルガにハンカチを差し出す。
「大人になるなら、いろんな事との付き合い方、覚えなくちゃ駄目よ」
穏やかな口調でオルガにそう言って、その女性は去っていく。あの人がメリビット・ステープルトンか・・・。
「誰?」
「さあ・・・」
三日月の問いに答えながら渡されたハンカチを見つめるオルガ・・・あー、匂い嗅ぐのはちょっと、どうなの?
「女くせえ・・・」
「オルガごめん、遅くなった」
「あ?・・・トウガか・・・」
「遅かったね、どうしたの?」
「ん~、ちょっとお年寄りの相手してたら長引いちゃってね。ほらオルガ、これ飲んどきなよ、少しはマシな筈だから」
遅れた理由は適当にぼかして、オルガにドラッグストアで買ったウコンの錠剤を渡す。オルガは錠剤を飲み込んだが、まだふらついている。
「それじゃ、僕も飯食って来るから、オルガをお願いね三日月」
そう言って酒場、『PUB SOMEDAY』に入ると、年長組の団員達が、ある者達は談笑しながら、ある者は静かに、思い思いに酒を飲み、料理を食べている。あるテーブルではシノがユージンを頻りに何かに、というか所謂女遊びに誘っているようで、同じテーブルに苦笑混じりにそれを見ているビスケットと、シノに呆れているのか、無関心そうに料理を摘まむ昭弘の姿があった。
僕はカウンターでグラスを貰ってから適当に空いている席に座った。
実は平成に生きていた時からこういう学生の飲み会なノリには、途中参加になってしまうとイマイチ乗りきれない性分だったりする。最初から参加していればまあ乗れるのだけど、その場合は加減が効かず、今のオルガみたいな状態になってしまうのが常だった。
なので周りが楽しんでいるのを眺めつつ、酒をチビチビ飲みながら料理を食べて、という体をとり、たまに話しかけてくる団員の相手をしながらこの飲み会を過ごした。
そしてその場はお開きとなり・・・。
「んじゃ、俺らはここで。えっへへへ・・・」
「お、俺は、アレだからな!シノがどうしてもっつうから・・・」
「ああ、わかってるよ。行ってらっしゃい」
二人して夜の街に繰り出すシノとユージン。何だかんだ言いながら一緒に行くのだから、ユージンもそっちの興味は当然あるよなあ・・・・うん、健全な証拠だと考えるべきだよね。もっとマシな金の使い方を云々と言うのは野暮だろう。
「う~ん・・・」
オルガはまだフラフラで、昭弘が支えている。
「こんなオルガ、初めて見た」
「やっとだ・・・やっと、家族が作ってやれる・・・お前らにも、やっと、胸を張って帰れる、居場所を・・・」
「オルガ・・・」
「家族、か・・・」
昭弘が呟いた言葉には、失ってしまった暖かい過去、本当の家族への思いがあるのだろうか・・・取り戻させてあげたいと思う。死んでしまった両親はどうしようも無いけど、せめてまだ生きている筈の弟だけでも。僕が昭弘の過去を知っていてはおかしいから、今は言葉には出せないけれど。
そんな風に先の事を考えながら、三日月達と一緒にイサリビへ帰るのだった。
オルガを三日月達に任せて、僕はブリッジの様子を見に行く。チャドとダンテがいないので・・・まあ、何かあるとも思えないのだが、一応念のためというやつだ。
「・・・ん?フミタン?何か有りました?」
誰もいないと思ってたら、フミタンが何やらキーボードを操作していた。
「いえ、定期的に行っているシステムチェックです。今の所は特に異常はありません。貴方は?」
「あ、いえね、チャドもダンテも居ないもんですから、一応見廻りって所です」
そう言いながらフミタンの座る方に近付くと、どうやらパネルの表示を切り替えた様だ。・・・もしかしたら、ノブリスに何か報告していたのかもしれない。単に次のチェック項目に移っただけかもしれないしけど。
「あれ?それって、モールでクーデリアさんが買っていたのですね。着けないんですか?」
下部パネルの上に置いてあるネックレスに気付いて、聞いてみる。本当は着けない理由は大体知っているけど。
「貴女に感謝の気持ちも込めて、贈り物をしたいって言ってましたよ」
「そうですか・・・」
「何時も難しい顔していたクーデリアさんが、あの時は年相応の女の子のような笑顔でした。それだけ貴女を慕っているんでしょうね」
「私を?・・・ですが・・・」
「それを着ける事に抵抗があるんですか?」
直後、フミタンの顔に一瞬動揺の色が浮かぶ。知ってて聞くんだから、我ながら卑怯な事をしていると思う。
「私には・・・これは・・・」
「相応しくない、と?」
畳み掛けるように図星を突いて行く。ああ、これじゃ僕、本当にペテン師のようだ。でも放っておくのも何か嫌なんだよなあ。
「それを着けるか着けないか、それは貴女の自由ですけど、それが相応しいかどうか決めるのは貴女じゃないと思います。それは贈った人が決める事なんじゃないですかね?」
「それは・・・そうかもしれませんが」
「クーデリアさんは自分とお揃いの品物を貴女に贈った。それは単に使用人への感謝というより、貴女への親愛の気持ちの現れだと思います。それを貴女が自分に相応しくないと考えるのは、クーデリアさんの気持ちを否定する事のような気がする、というのは、僕の勝手な考えでしょうか?」
「・・・」
「すいません、差し出がましい事を言いました。それを着けるも着けないも、貴女の自由です。僕が偉そうに言う事じゃありませんでした。失礼しました。」
そう言って、僕はブリッジを出ていった。
本当に何を偉そうに言っているんだか・・・。
「こんな時間にすいません。一杯だけ付き合ってください」
「・・・仮にも捕虜を酒に誘うというのはどうなのだ?」
街で買ってきた酒のボトルに、食堂からマグカップ2つを拝借してクランクさんの独房を訪ねた。元々クランクさんへの土産のつもりで買った酒だったのだが。
「・・・まあ良い。ただし一杯だけだ。俺は普段は飲まんし、お前も酔っ払う訳にはいかんだろう」
そうして、クランクさんのと自分のカップに酒を注ぐ。
「酒を飲むのは随分と久しぶりだな・・・・」
「ギャラルホルン火星支部には酒保は無いんですか?」
「無い訳ではない。ただ、俺はあまり酒は飲まない方だし、常に有事に備えて置くのが望ましいからな。偶の休暇にしか、な」
「軍人としてはもっともですけど・・・じゃあ、アイン・ダルトンとも?」
「ああ・・・酒舗に行けばアイツに絡む者もいるだろうしな、アインも不快な思いをするだろうと思って、飲みに連れていった事は無い」
「う~ん、生真面目ですねえ。ちょっと堅すぎでは?」
「そうか?」
「アインはまだ若いんですから、適度に肩の力を抜く事も教えておかないと。あ、だから視野が狭いんじゃないですか?余裕が無くて一杯一杯、だから、目に見える事、聞こえる事だけで、裏側の事情とか他人の都合とか考えられないのでは?」
「うん?むう・・・そう、だろうか?」
「今までの感じだとそうも思える、ってところですけどね。まあ、上からの命令には何も考えず服従するってなら、駒としては良い兵士って事かもしれないし」
「それは・・・」
「僕はまっぴらごめんですけど。命を賭けるならそれに値すると、自分が信じる者の為が良いです。それなら死んでもまだ納得出来るってもんです。出来れば死にたくは無いですけど」
「ああ・・・俺もアインにはそうであって欲しいと思っている。他人の言葉に惑わされず、自分の正しいと信じる生き方をして欲しいとな・・・」
「あー、でも他人の言葉に惑わされないってのと、他人の話を聞かないってのは違いますよね。そこを勘違いする奴っているんですよ。他人に惑わされないって思うあまり独りよがりな考えに凝り固まって、自分は正しい、邪魔する者は皆悪だ。みたいな」
「それは極端というものだろう。アインはそんな男では無い」
「だと良いんですけどね~・・・」
原作だと正にその極端な方に行っちゃったんだよな・・・どうしてくれよう。
頭の中でこの先戦場で対峙するであろう、生真面目な激情家の青年への対処を考えるが、アルコールの回った頭でまとまる筈も無く、カップの酒を飲み干すと独房を出た。
ちゃんと扉のロックは確認した。うん、酔いの方もまだ大丈夫の内。そのまま歩いて部屋に戻って寝た。
~翌日~
名瀬さんとオルガの兄弟盃の式が行われる会場、僕は名瀬さんに呼ばれて部屋に行くと、三日月も来ていて、名瀬さんに書いて貰った自分の名前を見ていた。
僕も三日月も鉄華団のジャケットではなく、式の為に用意された羽織を着ている。
「俺、クーデリアから教わったのより、こっちのが好きだな。何か綺麗だ」
確かに綺麗な字だけど、クーデリアには聞かせられないなあ。
「へえ・・・・僕も書かせて貰っても良いですか?」
「ん?お前、筆使えるのか?」
「昔、ちょっとだけ親に教わったんで、久しぶりに自分の名前を漢字で書きたくなりました」
そう言って半紙を貰って、借りた筆で自分の名前を書く。
斗我 斎藤
親が生前教えてくれた字、斗我とは、[我と斗(たたか)う]。自分の弱さに負けず、強く生きて欲しいという意味が込められているのだという。
「あ~、読めねえ字じゃあねえが、上手いとはとても言えねえな」
「ですね・・・」
本当、読めなくは無いものの、バランスが悪いや。長いこと書いて無かったから、字を忘れてなかっただけマシと思おう。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは僕らとは違いきっちりと羽織袴で正装したオルガだった。
「お待たせしました」
「お~、似合ってるじゃねえか」
「どうも。・・・あ、これって式で使う・・・」
「ああ」
「ほら、こっちは俺、こっちはトウガの。同じ字が入ってる」
「え?」
三日月が自分の名前の書かれた半紙と僕が名前を書いた半紙をオルガに見せる。うわ、自分の字の下手さが際立つ。
「それは、御留我(オルガ)の我(ガ)に、王我主(オーガス)の我(ガ)、それから、斗我(トウガ)の我(ガ)だ。『われ』とも読む」
「われ?」
「自分って意味さ。これからどんどん立場だって変わる。自分を見失うなよオルガ。でねえと、家族を護れねえぞ」
名瀬さんの言葉にオルガははっとした顔をする。
「あの、ところで名瀬さん、僕はどうしてここに呼ばれたんでしょうか?」
「おっと、いけねえ、式の前にオルガがお前に話したい事があるとよ、俺の立ち会いの上でな」
「え・・・?オルガ?」
オルガは畳の上に腰をおろすと、真剣な顔でこちらに正対する。僕も姿勢を正した。
「名瀬さんと兄弟の盃を交わす前に、アンタに言っておかなきゃならねえと思ってな・・・鉄華団の中で、俺に兄貴と呼べる奴がいるとしたら、トウガ、アンタがそうだと思う」
「え?・・・オルガ・・・!?」
「アンタはCGSの時から俺達を助けて、力になってくれてた。俺の、いや俺達皆の兄貴も同然だ・・・。けど、これから俺は名瀬さんと兄弟になる。この人以外を兄貴と呼ぶ訳にはいかなくなる。だから・・・兄貴、今まで俺達の力になってくれて、本当にありがとな。これから俺は名瀬さんを兄貴と呼んでいくが、これからも俺達に力を貸してくれ」
そう言って、オルガは僕に頭を下げた。
ええっと・・・まさかこう来るとは思わなかった。僕が兄貴、か・・・。僕も鉄華団の皆を弟分と思っていたけど、オルガに面と向かって言われるとは。
「あ・・・ええっと、僕の方こそありがとう、そういう風に思ってくれて嬉しい。勿論、これからも、鉄華団を、家族を護る為に出来る限りの事をすると、約束する」
そう言うとオルガは頭を上げた。
「よし、話はついたな。そんじゃあ、そろそろ行くか」
そう名瀬さんに促され、部屋を出ると、クーデリアが立っていた。黒いドレスを着て髪を纏め、薄く化粧もしている。
「おー、良いねえ」
名瀬さんがクーデリアの姿を褒める。確かに綺麗だ。
クーデリアはオルガと一緒にマクマードさんの控えている部屋に向かった。多分クーデリアの立場がテイワズ預かりになり、クーデリアのアーブラウ政府との交渉が上手くいった時はテイワズがクーデリア指名の企業として利権を得る、という話だろう。
その後式は問題無く終わり、事務的な手続きも済ませ鉄華団とタービンズは歳星を出発した・・・あれ?僕イサリビとハンマーヘッドを見送ってる?何で居残りになってんの!?
というわけで、トウガは三日月と同じく後で追っかける形になりました。