紅魔館の役立たず   作:猫敷

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Verrückte Prinzessin
嘘つきな役立たずと狂ったお姫様 前


「はいはい、落とさないようにお願いしますねー」

 

 ゴーレムに人の身長ほどある箱を屋敷の中に運ばせていると、メイド長と美鈴がやって来た。

 

「間宮、それは?」

 

「ちょっとした道具ですよ。妹様用の」

 

「……なぜ、そのゴーレムが?」

 

 燕尾服のゴーレムではなく兵士のゴーレムが運ぶ荷物にメイド長は眉をひそめた。しかも、それを妹様に使うというのだから、なおさらなのかもしれないが、メイド長は相変わらず勘が鋭い。美鈴は、メイド長の後ろからピョコっと顔を出し、首を傾げている。

 なに、やだ、めっちゃ可愛い。

 それはそうと、ここでメイド長に出くわしたのはまずかった。それほど致命的なことでないにせよ、下手に隠すといろいろと勘ぐられる可能性が高い。そうなれば、少なからず今後の私の予定に影響を及ぼすだろう。ここは、正直に箱の中身を見せた方が得策だ。

 

「中身、ご覧になりますか?」

 

「ぜひともそうしてもらいたいわ」

 

 ゴーレムが箱の蓋をバールで開け、中身を見せたとなんに、さらにメイド長の眉間にシワがよる。これは、メイド長の機嫌を知るための一種の目印である。私は眉間バロメーターと呼んでいる。ちなみに、つい最近、ご本人様にもばれてしまった。お嬢様との会話をどこかで聞いていたらしく、お嬢様が去ってから、私のもとへ鬼がやってきた。

 

「な、なんですか? ……筒がいっぱい」

 

「ガトリング銃」

 

「おや、メイド長、よくご存知で」

 

「私も実物を目にするのは初めてです」

 

「そりゃ結構、値が張りますあらねぇ。手に入れるの大変だったんですよ、これ。じゃ、私はこれで」

 

「待ちなさい。まさかそれをフランドール様に使うつもりではないでしょうね」

 

 はい、捕まったー。はい、話が長くなるー。はい、めんどくさいー。

 

「大丈夫ですよ。別に殺そうというわけではありませんので」

 

「そういう問題ではありません。妹様にこのような野蛮なものを」

 

「では、あなたが地下へ行かれます? 五体満足どころか、原型もとどめないほど壊されてしまうと思いますが」

 

「……それでも!」

 

「旦那様からは、死ななければ何をしてもかまわないと言われてますし、お嬢様の許可もとってあります。そして、妹様の世話係はあなたでなく私だ。旦那様が、あなたではなく、この私を選んだ時点で、あなたのやり方では妹様に通用しないとお考えになられているのだと思いますが?」

 

 実際のところは、死んでも問題のない人選なのだろうが。そんなことは、どうでもいい。今はこのメイド長を言いくるめることができれば、問題は解決するのである。物は言いようだ。

 

「メイド長はご自分の仕事に集中なさってください」

 

 妹様は今後の重要なキーマンである。部外者に、余計なことはされたくない。

 あの狂気のお姫様には、しばらくの間は不自由をしていただかなくてはならない。すべては紅魔館を、お嬢様を導くためだ。

 なにも一生、妹様をあのままにするつもりはない。これは布石なのだ。必要悪というものだ。

 

「ご納得していただけたようで、なによりです」

 

 フランドール・スカーレットは孤独である。旦那様の命によって、その生涯のほとんどを地下の牢獄で過ごしているのだ。誰にも会えず、誰もと話せず、誰にも関われず。誰からも恐れられている。

 この館では、その存在自体が希薄なのである。触らぬ神に祟りなし、誰も自ら妹様に関わろうとはしない。記憶から消し去ろうとしている。だが、これだけは言える。お嬢様は妹様を愛している。どうしようもないほどに。妹様を閉じ込めた旦那様に殺意を抱くほどに。その気持ちは、妹様には届いていないのだが。

 

「お前は、戦争でも始めるつもりか?」

 

「これは、お嬢様。すでに寝室に行かれたものかと思ってましたが」

 

「私を寝室まで、案内して、着替えさせるのはお前の仕事よ!」

 

「もちろんです? さぁ、寝室までご案内しますよ」

 

「お前、忘れてただろ!」

 

 お嬢様を寝室まで、案内し、着替えをお手伝いする。

 んー、相変わらずのチッパイ、ご馳走様でございます!

 

「ねぇ」

 

「なんです?」

 

「お前、今からフランドールのところへ行くのよね」

 

 ベッドに身を沈めたお嬢様がこちらを見つめる。

 

「えぇ」

 

「私は、寝れないの。さっきお前が怒らせたせいね。眠気が吹き飛んでしまった。だから、責任を持って私を眠らせなさい」

 

 なんてわがままな。

 そもそも、吸血鬼が夜に寝るというのもおかしな話である。お嬢様は基本的に不規則な生活をしている。不摂生をさせるなとメイド長から何度かお叱りを受けたことがあるのだが、別に吸血鬼は風邪を引くわけでも、病にかかるわけでもない。

 寝たいときに寝て起きたいときに起きるというのはこの上のない贅沢だ。寝起きの微睡み、惰眠を貪るあの5分間は本当に心地いい。

 体に悪いわけでもなく、至福のときを過ごせるのだ。それのどこがメイド長は気に入らないのだろうか。

 合理的な考えはときに、非合理的な結果を生むとメイド長は言っていたが、それは自己責任だ。

 

「お嬢様がご自身から、寝たいとおっしゃるのは珍しいですね」

 

「私だってそんな気分になるときはあるさ」

 

「メイド長がお喜びになりますよ」

 

「ふん。いつも口うるさく小言を言われるわ。まったく人間は健康に気を使い過ぎよね」

 

「まぁ、吸血鬼であるお嬢様には、あまり関係のないことですから」

 

「そうね」

 

「そうお考えのお嬢様が今日はまたなぜ?」

 

「そうやって探りを入れるのはよしなさいと言っているでしょ。お前の悪い癖だ」

 

「申し訳ございません」

 

「……寝れないな」

 

「ホットミルクでもご用意しましょうか?」

 

「……私は子供か」

 

「それでは睡眠薬を? 吸血鬼用に調合されたものがありますよ」

 

「ホットミルクでいいわ」

 

「かしこまりました」

 

 部屋の前で待機している妖精メイドにホットミルクを持ってくるように伝え、お嬢様のもとへ戻る。

 

「しばらくお待ちください」

 

「吸血鬼用に調合された睡眠薬なんて始めて聞いたわ。便利なもの持ってるわね」

 

「あぁ、あれは嘘です。作ろうと思えば作ることはできますが、それなりに時間がかかりますから」

 

「なっ。私がそっちを選んだらどうするつもりだったのよ?」

 

「小麦粉でもラムネでも、それらしい物をお出しするつもりでした」

 

 よく聞く、思い込み療法というものだ。正確には、プラシーボ効果と言うらしい。偽薬を処方しても、それを薬だと信じ込ませることによって何らかの改善効果がみられるというアレである。ノンアルコールやジュースで酔っ払ってしまうのもプラシーボ効果の一例である。また、自分の実力を伸ばす場合にも用いられる。まだまだ自分に伸び代があると信じ込ませることで実力以上の成果を出せるのだ。

 

「お前は本当に嘘つきだな」

 

「嘘も、ばれなければ真ですよ。すべては信じること、それこそが自分にとっての真実となる」

 

「誰からの受け売り?」

 

「誰かからの。たぶん昔の偉い人の。物事は前向きに考えることが重要なんですよ」

 

「前向きに、ねえ。そう上手くいくかしら?」

 

「上手くいかないからこそです。辛く悲しいことであっても、その真実を嘘にできる日がきっときます」

 

「嘘って便利なものね」

 

 今のお嬢様の表情は先日、地下で見た表情と、とてもよく似ている。

 

「お前は執事より詐欺師の方が向いてるかもね」

 

「ここをクビになったら、考えますよ」

 

「そうか」

 

 お嬢様のおっしゃる通り嘘はとても便利だ。嫌な真実よりよっぽどいい。他人も自分も守ることができる。劇薬も使いようによっては、特効薬となるのだ。

 

「じゃあ、お前がメイド長にちょくちょくついてる嘘はどうなのかしら? どうも、いい様に私の名を使っているようだけど?」

 

 ばーれーてーたー!!

 まさか、ここでその話が登場してしまうとは思ってもみなかった。

 どう弁解しようか、脳みそをフル回転させるが、まったく言い訳が浮かばない。完全に不意打ちだった。

 焦る私に対してお嬢様は何だか楽しそうだ。私がどんな言い訳をするのかを待ち構えているらしい。それ以前に、焦る私の姿を楽しんでいるのだろうか。

 

「屋敷の掃除をサボった言い訳は、お嬢様が後でやればいいと言ったからだったかしら?」

 

「い、いやー。あのですねぇ」

 

「後でやればいいと言ったから、か。5歳児でも、もっとマシな嘘をつくわよ? 他にも似たようなのがいくつかあるのだけれど、聞くか?」

 

 な、何で知ってるのでしょうか。

 

「晩餐の支度をサボった言い訳は、私の言いつけがあったからなのよね。私はお前に何を言いつけたのだったかな? 長く生きたせいか、少し物忘れがな」

 

「それは、もうお嬢様が歳をとったからではないでしょうか? あ、あははは……」

 

「あ?」

 

「なんでもないです」

 

 自分で、言ったんじゃないかー!

 それよりだ。やばいぞ、私の悪行が筒抜けになっている。まさか、スパイか!? 誰だ、内通者は!

 

「しかも、サボった仕事は妖精メイドにやらせているのよね」

 

「…………」

 

「申し開きはあるか? あるのなら、言ってみなさい。聞くだけは聞いてやるぞ。お前のことだ。とても素晴らしい言い分があるのだろうかな。ほら、早く。それで、私が納得するかは、また別問題だがな」

 

 もう完全に目がドSになっている。こういったときのお嬢様は、タチが悪い。少しずつ、追い詰めてくるのだ。ジリジリと壁に追いやってくる。下手なことを言えば、すぐに墓穴を掘ってしまう。まるで、ゆっくりと首を絞められているかのようである。逃げ道は完全に塞がれてしまった。

 こんなところで、カリスマパワーを使わないで欲しいものだ。

 だって私が困るから! もう泣きたいよ!

 知っていていい様に泳がされていたかと思うと、もう崩れ落ちそうになる。

 

 ならば、やることは一つだ。

 

「メイド長が、お孫さんからもらった、誕生日プレゼントのマグカップ」

 

「……おい、なぜ知ってる?」

 

「ご自身で、料理を作ってみたくなったんですよね。始めて使う道具ばっかりで、楽しくなって、はしゃいでたら、肘をぶつけて落としちゃったんですよね」

 

「お前、さては見てたな! 私が困ってるのを見て楽しんでたな! やめろ、細かく説明しながら言うな!」

 

 ふっはははー! 私だって、ちゃんとネタは掴んでるのですよー!

 

「必死に涙をためて、割れてしまった取っ手をくっつけようとしてるお嬢様を陰ながら応援しておりました」

 

「助けに来なさいよ! バカ執事!」

 

「あー、メイド長、悲しんでたなー」

 

「ぐぬぬ。……おい、間宮」

 

「なんでしょうか?」

 

「争いは何も生まない。ここは、一つ穏便に済ませようじゃないの」

 

「さすがはお嬢様でございます」

 

 カリスマな表情に戻ったお嬢様はこちらに握手を求めてきた。私もそれに笑顔で応じる。まるで、好敵手との勝負の後のような雰囲気である。

 なんだろう、この茶番は。

 しかし、本当にヒヤッとさせられた。やはり持つものは情報である。

 

「それでは、お嬢様。私は妹様のお部屋へ行ってまいります」

 

「殺されないようにしなさい」

 

「死にませんよ。例えお嬢様に死ねと言われようが死にません」

 

「お前、本当にいい度胸してるな! はぁ、まったく。とにかくだ、お前に一つ頼みたいことがある」

 

「私にですか?」

 

「えぇ。近々、私の友人を迎えに行って欲しい。今朝方、屋敷に手紙が届いたのよ。どうも、あちらで何かあったらしいわ。詳しいことはまた後日、伝えるから」

 

「承知しました」

 

 腰をおって、礼をして部屋を出た。お嬢様の話は気になるが、今は気にしていられない。

 

 今夜は月が紅く光る満月だ。その月に照らされながら、妹様の部屋へと向かう。

 

 きっと妹様はこの世界を憎んでいる。そうに違いない。私のことも、お嬢様のことも、メイド長のことも、旦那様のことも、この紅魔館のことも、そして、自分自身のことも。憎くて憎くてたまらないはずだ。それが妹様の原動力なのだ。恨みが、怒りが、悲しみが、今の妹様を創り上げ、生かしている。今はそれでいい。幸せは自力で作ることはできないが、恨み、怒りは自力で作ることができる。正の感情が有限だとすれば、負の感情は無限である。ならば、それを利用させてもらおう。妹様を生かすためには、それこそが必要なのだ。中途半端な優しさや、施しなど不要である。

 意味を持って怒り、意味を持って憎くみ、意味を持って狂えばいい。そのすべてに理由がある。それが妹様の意思の一部なのだから。

 意味を持った狂人でいてもらえば、今は問題ない。意味を持たない狂人など、無意味な廃人と同等でしかないのだから。

 

 きっと白黒の魔法使いが、妹様を救ってくれるだろう。

 幻想郷が妹様に光を与えてくれるだろう。私にはできないことを、私には与えてあげられないものを、妹様に授けてくれるはずだ。

 

 だから私は妹様を憐れまない、同情もしない、優しさなど抱かない。そんなものは、私以外が彼女に与えてくれる。私がすべきはちょっとした小細工だ。

 私はどこまでいっても道化師でしかない。

 

 そう遠くない未来、妹様がこの世界を、この大地を、この空を、笑顔で駆け回ることができる日がやってくる。

 お嬢様と二人、手を取り合いながら無邪気に触れ合える日が。その時は、私もふてぶてしくその日常に参加させてもらうとしよう。

 

 それまではぜってぇー死なねぇ!

 美幼女が二人で戯れる姿を見て萌えてやる!

 

「妹様、失礼したします」

 

 私は、ゴーレムを率いて、牢獄の扉を開く。

 

 

 

 

 

 

 




物は言いよう、嘘も方便が執事の座右の銘です。


元々は「優しく、明るく、嘘がつけない、純粋さを持っている女の子」が主人公の初期設定だったはずが。
なぜこうなったし!

すべての作品を通して思うことは、純粋にいい人な主人公が書けない!泣
映画でもアニメでも、悪役が好きになっちゃうんですよね。
仮面ライダー? もちろんショッカーが好きです! ちなみにイカデビルが一番好きな怪人です笑

ではまた次回。
誤字脱字やご感想などありましたら、よろしくお願いします。

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