紅魔館の役立たず   作:猫敷

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役立たずと中華娘 後

 

 

 勝負は意外な展開で、なんともあっけなく幕を閉じた。

 私の前には腹部を押さえ、苦しそうに倒れた美鈴の姿がある。そう言えば、手負いだと言っていたのを思い出した。どうやら傷口が開いてしまったのだろう。

 まぁ、傷口が開いて片膝をついた彼女に鉛玉を四発ぶち込んだことも原因だろうが、それは仕方のないことだ。そうしなければ死んでたし、そうしても死なないのであれば問題ない。

 

 ゴーレムが小銃を構えながら美鈴を足で突つく。うめき声を上げるだけの彼女は、もう立ち上がる体力は残っていないようだった。

 

 ありがとう神様! というか、ありがとう名も知らない退魔師さん!

 

「さて、そこのジジイこっちに来い」

 

 まったく、あれほど面倒ごとは先に言えと言ったのに。もう少しで大変なことになってましたよ。だから、何かあれば必ずこちらへ話を通すように言ってるんですよ。

 

「お前のこの娘への施しがすべてを招いたんだぞ。この責任、どうとるつもりだ?」

 

「……誠に申し訳ありませんでした!」

 

 言ってることと思ってることが逆になってるじゃねぇか、私!

 こいつに責任取らせても意味がない。ケジメだのなんだの、そんなことをされても私への得はない。むしろ問題が大きくなってこの話が旦那様に知られる方がまずい。責任とらせたら損にしかならねぇ! おっさんの指なんぞ誰がいるか!

 

「まぁ、今回はそちらに悪意はなかったようですから、不問としましょう。ただし、そこの妖怪娘が回復したらこちらへ寄越してください」

 

 美鈴は確保しておかなければならない。この機会を逃せば、永遠に会えない可能性だってあるのだ。

 

 長は、私の言葉に目を見開いたまま固まっている。

 

「何か問題でも?」

 

「い、いえ! 必ず、必ずそう伝えておきます」

 

「頼みましたよ」

 

 あんまり大事にすると、返って私の立場が危うくなる。この場はこのくらいで収めておかなければならない。

 いいか、あんまり大事になると何度も言うが私の首が飛びかねないんだよ! 首が飛んだら腹いせにお前らの町を木っ端微塵に吹き飛ばしてやる!

 

 あ、そういえば、妹様のお世話を旦那様から仰せつかっていたのを忘れてた。

 いったいいつからだろうか。帰ってから考えよう。私は二体になってしまったゴーレムを従えて、紅魔館へと戻ることにした。

 旦那様への報告はもちろん、問題ありませんでした、だ。

 

「あら、戻ったのね」

 

 館の扉を開けると階段の上でお嬢様がこちらを見下ろしていた。

 

「人間の町で何かあったのかしら?」

 

「その件でお話が」

 

 私は階段を上がり、お嬢様を談話スペースまでエスコートして、紅茶を持って来るように妖精メイドに指示を出した。

 妖精メイドが紅茶を入れるわけではない。正確には、お嬢様のために紅茶を入れるようにメイド長へ伝えに行かせただけである。この館は、私がここに来た時から人間のメイド長によって切り盛りされていた。とても優秀な人材であり、ナイフの名手である。あの全てを見下す旦那様から、彼女が人間であるにもかかわらず、一目置かれる存在であることから、その優秀さは紅魔館の住人全員に認知されている。また、人徳もあるため、部下である妖精メイドたちは彼女へ迷惑をかけぬように懸命に働いている。妖精は基本的に非力であり、知能もそこまで高いとは言えないが、それらを使って館の衣食住と雑務をこなし維持している彼女はやはり素晴らしい人物なのだろう。

 それに引き換え私はと言えば部下はゴーレムの執事や兵士ばかりである。妖精と違って労いの言葉の一つすらかけてくれない。家事などは、妖精よりも、優れているはずなのだが、メイド長からは、機械的で温かみがないと文句を言われた。

 紅魔館のメイド長と執事長は対等な地位であることが不思議でならない。方や役立たずと方や館の機能の中枢であるのだから。

 だだ、任されている仕事が違うことから、彼女は私と違い、紅魔館の方針へ口を出す事はまったくない。

 

 長々と彼女について語ってきたが、私が言いたいことは彼女が人間であるということだ。私がこの館にきて早数十年である。

 それが何を意味するのかは、すでに分かってもらえると思いが、彼女はそれなりに歳をとった。もう定年が近い歳である。そうなれば当然後釜が必要になるわけで。

 

「お嬢様、お待たせいたしました」

 

 扉が開かれキャスター付きのワゴンを押した彼女が現れた。彼女はスカートを両手で摘まむと、お嬢様に頭を下げた。

 

「あぁ、悪いわね。メイド長」

 

「いえ、こちらはお嬢様がお好きなクッキーでございます」

 

 テキパキとそれでいて見ている人を急かされるような気分にさせない手つきで、お茶を用意する姿は、どう言えばいいか言葉が見つからないが、あえて言うならばエレガントである。

 

「さすがはメイド長、慣れてますねぇ」

 

「間宮、本来であればお嬢様付きであるあなたがやるべき仕事のはずですよ」

 

 人間は歳を取れば口調も変わるものだ。それは彼女でも例外ではなかった。昔と違い、角がとれ、優しく諭すような口調で注意をするようになってから、私は彼女が歳をとったことを改めて実感したのである。

 

「メイド長はスカーレット卿付きですからねぇ。いかがです、お嬢様、私が紅茶をお入れしましょうか?」

 

「遠慮するわ。お前の紅茶は不味いもの」

 

「というわけです」

 

 メイド長は呆れたようにため息をつく。いつも通りの反応である。

 

「私もいつまでも現役というわけにはいきません。いつかは動けなくなるときがくる。そうしたとき、館をまとめるのはあなたしかいないのですよ?」

 

「ちょっと……」

 

 お嬢様が、極力この話題を避けようとしているのは知っている。だが、いつかはその時がくる。お嬢様にとってメイド長は良き従者であり、唯一といっていい心許せる人物なのである。しかしだ。いずれ話さなければならないのなら、今話したところで変わりはない。

 

「まぁまぁ、お嬢様。その件でお話が」

 

「……町の話をするんじゃないのかしら?」

 

「そう。その話をすれば、必然的にこの話もしないといけなくなるんですよ」

 

「意味が分からないわ」

 

「町で、そこそこの人材を見つけました。ちょうどいい時期ですから、雇ってみてはいかがでしょう」

 

 にこりとできるだけ優しく言った私をお嬢様は、どうにも言えない表情で見返した。

 おぉう? もしかして私が言いたいこと分かってない?

 

「だから、どういう」

 

「まさかお嬢様ともあろうお方が、私の言わんとしていることをご理解されていない?」

 

「ぐっ。ふ、当然分かってるわよ。私は何でもお見通しなのだ。この、レミリア・スカーレットにはな」

 

「さすがはお嬢様。では、メイド長、お願いします。お嬢様のためにも」

 

 メイド長は全てを理解したかのように頷いた。やはり、出来た人だ。断言しよう、私にはできない!

 

「お嬢様、間宮が言ったことは事実です。……私がいなくても大丈夫なように、しっかりと教育させていただきます」

 

「え? えっ、ちょっと……」

 

「では、旦那様にはお嬢様から、そのようにお伝えください」

 

「だから!」

 

「お嬢様は将来、紅魔館を率いる身です。このようなことにも慣れていかなければなりません」

 

「うー、分かったわよ!」

 

 不貞腐れたお嬢様、マジかーわーいーいー!!

 

「ささ、メイド長もこちらへお座りになってください」

 

 椅子を引き、メイド長へ座るように促すが、彼女は怪訝な顔をして言葉を濁す。

 

「どういうつもり? 私はまだ食事の準備が」

 

「あなたのことだ下ごしらえは終わっているでしょ? あとはお任せください」

 

 コック姿のゴーレムを三体作ると厨房へ向かわせる。

 

「くれぐれもあなたは手を出さないでちょうだい。何をしでかすか分からないから」

 

「ご心配なく。ここにいます」

 

 信用ないなぁ。まぁ、役立たずだから仕方ないか。

 

「メイド長、座ったら? 私も話したい」

 

「お嬢様、ですが」

 

 さらに少し椅子を引き、無言でゆっくりと指をさした。

 

「間宮、あなた……」

 

「メイド長は働き過ぎですよ。たまにはゆっくりとしてみてはどうですか? そう、紅茶でも楽しみながらね」

 

 お嬢様にはメイド長が辞めるということを自覚してもらわなければならないのだ。そのためにこんな茶番を用意しているのだから。昔話に花を咲かせ、今までありがとう、と安いドラマのハッピーエンドになってもらわなくては私が困る。

 私が勝手に話を完結させるためにも。お嬢様には、いつの間にか納得してもらわなければ。あとはこちらで話を進めればいいだけだ。

 

 燕尾服のゴーレムがお嬢様とメイド長に紅茶を注ぐ。

 

「あぁ、そうだ。お嬢様、私はしばらく妹様のお世話をさせていただくことになりました」

 

「お前がか?」

 

「えぇ。旦那様からの言いつけで」

 

「……あの男か」

 

「ご安心ください。私はお嬢様付きの執事でございます」

 

「分かってるわ。お前は私の執事だ」

 

「はい」

 

 旦那様の名を出した途端に、お嬢様が指を噛みながら不機嫌になった。お嬢様は旦那様が私に命令するのを嫌っている。

 

「お前は座らないの?」

 

「私はここで。どうぞ、お二人でお楽しみください」

 

 別れの時が近い。それまでの時間を少しでも楽しんでくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、火をともした燭台をゴーレムに持たせ、妹様の幽閉されている地下牢もとい地下室へと向かった。

 巨大な扉の前で立ち止まると、若干顔が引きつっているのが分かる。結局、ここまで何も考えずに来てしまった。

 いや、妹様もしょっちゅう狂ってるわけではないはずだ。

 鍵を管理している妖精メイドに扉を開けさせる。

 扉をノックするとしばらくして反応があった。

 

「誰?」

 

「間宮でございます。旦那様より妹様のお世話を仰せつかりました」

 

「そう。入ってもいいよ」

 

「それでは失礼します」

 

 ゴーレムを先に立たせ扉を開けて中へと一歩踏み込んだ。なぜだか、鍵番の妖精メイドまでゴーレムの横にいる。用はもう終わっているはずだが。帰るタイミングを逃してしまったのだろうか。

 

「妹様、ほんじ……」

 

「きゃはははははは!! 今日はあなた達が遊んでくれるの?」

 

 狂気に満ちた目を見開きながらこちらへ飛んでくる美しき羽を持つ小さな吸血鬼の姿があった。

 すかさずゆっくりと後ずさり、ゴーレムを残し扉を閉めた。

 

「きゃははははははは!! 早く遊ぼうよ! ねぇ!ねぇ!ねぇ!」

 

「本日はそのおもちゃでお遊びください」

 

 扉に手をかけたまま、聞こえているかも分からないが一応、そう言って頭を下げておく。

 

 危なかったー! なんちゅー罠だ! げ、妖精メイドも残してきちゃったよ。いや、妖精は死なないからいいか。一回休みになってもらおう。今から扉を開けるとか自殺行為過ぎる。

 

「間宮」

 

 名前を呼ばれ、階段の上を見上げればメイドも付けずに自ら燭台を持ったお嬢様が立っていた。

 何を考えているのだろうか。静かにこちらを見据えている。

 

「お嬢様、なぜここに?」

 

「理由が無ければ来ては駄目か?」

 

「いえ、滅相もございません。妹様はご機嫌なようですよ。いろんな意味で」

 

「そうか」

 

 一言だけ残してお嬢様は上へと歩いて行った。どうしたのだろうか?

 いくら考えても答えは出なかった。

 

「……はぁ。部屋のかたづけどうしますかねぇ。妹様が落ち着くまでは、退散することにしますか」

 

 って、暗くて階段見えない! 燭台、部屋の中だし! 開けれないし! でも、階段見えないし! 誰かー!

 

 結局、魔法で火を作り出しすぐに問題は解決したのだが、一人テンパっていたのを思い出して恥ずかしくなった。

 

 

 

 

 

 翌日になって門番をしていると、負傷から回復した美鈴が紅魔館を訪ねてきた。

 

 なぜ門番をしているのかと言えば、昨夜、見殺しにした妖精メイドの仕事をこなすハメになったからである。妹様の能力のことをすっかり忘れていた。徹底的に壊されてしまったようだ。

 

 しかし、あの傷で翌日動けるようになるとは思わなかったので、正直驚いている。どんな時でも、にやけ面であるため、表情を汲み取ってもらえないので、いろいろと不便な顔である。

 

「誤解をしてしまっていました。本当にすいませんでした」

 

「誤解が解けたのならそれでかまいませんよ。そちらが素のようですね」

 

「は、はい。少しでも強く見せようと思いまして」

 

 充分に強かったと思う。下手したら、殴り殺される勢いだった。あれを虚勢というなら私は雑魚以下である。

 

「……また旅を?」

 

「それが、路銀も底をついてしまって。別段、目的地もありませんし、どうしようかなぁって」

 

「行き当たりばったりの旅ですか」

 

「ほ、ほら、思い立ったが吉日と言いますし!……って、私、謝りに来たのに。すいません、お仕事中に無駄話を」

 

「大丈夫ですよ。門番は基本的に暇ですからね。ちょうどいい暇つぶしになりますよ」

 

 苦笑いする美鈴。将来、あなたがここで寝てるんですよー?

 

「ところで、あてもないのならここで働きませんか?」

 

「へ? い、いいんですか?」

 

 思ったより美鈴の食いつきがいい。これはチャンスだ。

 

「えぇ。お恥ずかしい話、この館は人手が足りていないんですよ。部屋と朝昼晩の三食付きですよ」

 

「働きます! 働かせてください! 私は紅美鈴と言います。一応、妖怪です」

 

 ばっと音が聞こえるほど勢い良くお辞儀をする。一応、妖怪とは、もう少し妖怪としての自覚を持った方がいいのではないだろうか。私には関係のないことだが。

 

「私は間宮と言います。一応、この館で執事長をさせていただいております」

 

 私も人のことを言えなかった。

 

「どうぞ中へ。旦那様とお嬢様に紹介をしましょう」

 

「は、はい」

 

 扉を開き、美鈴を招き入れる。

 

「あ、これ長老さんから間宮さんへ」

 

 美鈴が差し出したのは、お茶の葉と茶器であった。

 これをどうしろと?

 

「間宮さんがお茶が好きだと言っていたので、お詫びの品にって」

 

「あぁ、それほど興味はありません。それはあなたが使ってください」

 

「え?」

 

 よしゃー、美鈴ゲットだせ!!

 

 

 

 




妹様は一応、登場しました!汗


オリキャラは優しくないです。
すべて自己中心的に考えて事故って自滅するタイプですね。
言動には僕の趣味が、かなり影響してますね。
ほとんどタランティーノ映画の悪役ですが(^_^;)

少しずつこの作品を書くにあたって元ネタにした作品や影響を受けた作品の話をしていきたいですね。
後枠での、無駄話にもお付き合いいただけたら幸いです。


誤字脱字やご感想などありましたら、よろしくお願いします。

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