ゼロリオン ~何かを奪う使い魔~   作:ランタンポップス

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全ての決意と洗濯カゴ。その1

 まだ朝陽は完全に登っておらず、朝ぼらけの空が起き抜けに見た外の光景だろうか。

 

「さっぱり眠れない…………」

 

 広くて豪華な部屋の隅っこ、床の上で毛布をかけて眠っていた男、定助は眠れない夜を過ごしていた。目を閉じてもいつの間にか冴えてしまっており、外が薄明るくなった頃を見計らって、とうとう起き上がったのだ。

 

「落ち着けないなぁ…………なんだろ、何かしないと眠れない気がする。オレの就寝に、何かが足りない…………」

 

 ともあれ、もう目は脳みそから覚めてしまっているので、諦めて『この世界での最初の朝』を迎えたのだった。

 

 

 ここで、『この世界での』との表記を見て、「この『場所』の間違いじゃあないのか」と、頭がパープリンだとかド低脳だとか思われている頃だろうか。終いには『大人は嘘つき』だとも思われている頃だろう。もちろん、このような言葉を使ったのには、ちゃんとした理由がある。

 その結果に至った理由と、彼の寝床のすぐ横に置かれたルイズの服や下着の事も含めて、吹き飛ばす事なく見て行こうと思う。

 

 

 

 

 

 時は、前日の夜、月を見ていた時まで巻き戻る。

 

「…………あんた、ほんとーに、無くした記憶は自分の事だけなの?」

 

 ルイズの冷淡とした目が、真面目な顔の定助に突き刺さっていた。

 それもそうだ、いきなり「月は一つだろう」と質問して来たのだから、記憶の欠如を疑うのも無理はないだろう。言えど、この事象は正直『魔法』だとか『召喚』だとかよりももっともっと原始的で、当たり前の事だからだ。

 月は二つ、のこの世界で、「月は一つのハズ」と豪語するとは、流石に田舎者だとかで軽蔑する以前の問題だろう。それはもう、人として疑うほどに。

 

「何が『自分の事だけ』なのよ…………全然飛んじゃってるじゃない…………いい? 月は『二つ』! これは絶対に変わる事のない事実よ。ねぇ、本当に大丈夫なの?」

「確かに月は二つだ、絶対的な事実だ…………でも、オレの記憶にある月は『黄色で、一つだけの月』だからさぁ」

 

 またしても頭痛がルイズを襲った。もう色々と面倒になって来ている。

 

(月が一つで、尚且つ黄色ぉ?……はちゃめちゃな記憶の混濁ね…………もう私にはどうにもならないかもしれないわ…………ハァ、やれやれって感じね…………)

 

 これ以上はなに言っても無駄だと感じたのか、定助への返答は重い溜め息のみで、ヨタヨタとベッドの方へ向かい出した。

 背後の定助は、何か熟考しているように、頭を片手で押さえて唸っている。

 

「そう言えば、ここは日本なのか?」

 

 再び話を切り出したが、これまた奇妙な質問が飛び出した。

 

「ニホン? なによそれ」

「オレの住んでいた国の名前だ、それは覚えている。でも、日本の何処で生まれ、暮らしていたのかが分からない」

 

 それを聞いて、ルイズはまたしても冷たい目で定助を見た。

 

「あのねぇ……【ハルケギニア】の地理をがっつり勉強した私が言うけど、そんな国家なんてないし、地名もないわよ。ここは【トリステイン王国】の【トリステイン魔法学院】! ニホンなんて国、聞いた事ないわよ!」

「【ハルケギニア】?【トリステイン】?…………オレはそっちが初耳だ」

「やっぱり自分以外の事も忘れてるじゃないのッ!!」

 

 それだけ言うと、もう嫌気さして来たのか、定助から目線を逸らしてブツブツと文句を言い出した。一方で定助も、口火切ったように質問の嵐を浴びせた。

 

「飛行機は飛んでいないのか? そう言えば、車が見当たらないし、星が凄い綺麗だなぁ…………風呂場もないし、そう言えば電気も通ってないのか? 水道は何処……」

「だああああああああ!!!! うるさいうるさいうるさいうるさぁぁぁぁいッ!!」

 

 キレっぱなしのルイズが、臨界にでも達したのかとうとう爆発した。いきなりの怒号にはそろそろ慣れて来たハズなのだが、これは流石に驚いた定助である。

 

 

「もうハッキリ言うわよ、よぉぉく聞いてなさい!! ヒコーキ? クルマ? デンキ? 水道はあるけど、全部聞いた事ない物よ! いい? あんたは自分の事だけ記憶がないと自称しているけど、実は色々と忘れてんのッ! 月は一つだってのも、ニホンって国から来たとも、全ては無い記憶が生み出した幻想なのよッ!! 現実は私ッ! あんたじゃないッ! 分かった!?」

「おぉ…………」

「返事ぃッ!!」

「は、はい」

 

 高速で捲し立てるルイズの迫力と凄味に圧倒され、とうとう定助は押し黙ってしまった。ゼェゼェと荒くなった息を整えつつ、乱れた髪の毛をかき上げたりして、落ち着きを取り戻そうとしていた。

 定助はそっと、ルイズが落ち着くのを黙って待っていた。目に見えて、困惑している。

 

「…………フゥ、分かった? これが全てなの。って、何で私がこんな当たり前の事言うのに息切らさなきゃなんないのよ…………ハァー…………」

 

 ルイズは解決したつもりのようだ。

 

 

 しかし、定助は内心で納得まで行っていない。

 

(違う……何か違う…………これはオレの幻想なんかじゃない……確固たる自信があるんだ。どういう事だ……? オレの記憶と、現実が食い違っているのか…………?)

 

 記憶の喪失が、様々な所で実は起こっており、それらを補おうと無意識に無い常識を組み立てている……ルイズの言い分は説得力がある。それは、現実がルイズの言った通りだからこその『事実』である事だ。この『事実』には、誰も敵わないのだ。

 

 

 しかし、確かにそれらは『事実』だが、認める事は出来ない。それは決して、現実逃避だとかの思考停止なんかではない。無い記憶の補いとは言うが、「では、この組み立てられた記憶のルーツは何処からなのか」と考えた。全くの無から新たに出てくる訳がない、記憶喪失で消えてしまったのなら尚更だ。

 彼は、『納得したい』のだ。自分の事も、記憶と現実の食い違いも、何もかもを。

 

(オレは何者なんだ? ここは何処なんだ?…………オレは全てに納得したい。『オレの事実に到達』したい……)

 

 彼の中では、強い意志が構築されつつあった。

 自分のルーツを知りたい、この場所……いや、『この世界』を知りたい。そんな欲求が沸き起こっていた。

 

(ここは学校のようだが…………丁度良い、この場所なら学べる事も知れる事も多いハズだ……)

 

 決意を固めた定助は、何とも清々しい気分になっていた。そして、何だろうか、この清々しさは久し振りに実感したような気がする。

 きっと、記憶を失う前も自分は、何かを探していたのだろうか。決意を新たに定助は、いつの間にか俯けていた顔を上げた。

 

 

 

「何をしてるんだぁぁぁッ!!??」

 

 目の前の光景に定助は、月までブッ飛ぶ衝撃に揺さぶられた。

 

 

 ありのまま今の光景を、起承転結に分割して説明する。

 ルイズが、ベッドの上で、服を、脱いでいた。

 

「わ、何よ? いきなり大声出して…………」

「何で脱いでいるんだ!?」

「何でって、寝るからよ」

「いや、別に寝るから脱ぐのは良いんだが…………男のオレがいるんだぞ、もう少し恥じらえよ……!」

 

 それを聞いたルイズはキョトンと、目を真ん丸にしていた。「何言ってんだコイツ」と言わんばかりだ。

 

「ふーん、男としての感情は覚えてるのね。でも、今この状況下で、男なんて何処にもいないわ」

「何を言ってんだ、ここにいるだろ」

「あんた、『使い魔』で『平民』でしょ? 何で平民なんかに恥じらわないといけないのよ」

 

 もう定助は、いきなりやっていけないのではないか、と失念が心に吹いた感覚がして、頭の中で本気で困惑している。忘れていた格差の違いを思い知った瞬間だ。

 着ていた制服はすっかり脱がれ、ネグリジェ姿になっている。

 

「あと、言葉遣いってのを考えた方が良いわよ、口の聞き方にも気を付ける事ね。基本は『です・ます』で話す事、二人称で馴れ馴れしくしない事」

 

 服を脱ぎ散らかしながら、主従についての基本を話すルイズだが、聞かせている定助は目のやりどころに困っているようで、そっぽ向いたり、窓の外を見たりしていた。

 

「ちょっと! 主人が話しているのよ、目を見て聞きなさい!」

「うっ…………!」

 

 そう怒られたなら仕方ないと決め込み、目線をルイズの方へ向けた。

 

 

 ベッドの上で足を持ち上げている。人形のような白い肌と、クッションのように柔そうな太股が露となっている。そうすると自然にお尻が上がって…………

 

「お、おい、まさか……し、下着もかぁ!?」

「ギャーギャーうるさいわね…………当たり前じゃない、同じ下着なんて着れないわよ」

 

 もう限界と言わんばかりに、全力でそっぽ向いた。

 

 

「あと、大事な事が一つだけ…………」

「おいおい、うおっ!?」

 

 帽子の上に何かが掛かった。それをキッカケとして、自分の目の前に布のようなものが投げつけられた。

 

「主人の命令は絶対よ。私が右と言えば、右って事よ、分かった?」

 

 投げ渡されたのは、彼女が脱いだばかりのブラウスやらスカートなどの服。帽子に乗っかっていた物に関しては、十秒前まで彼女が穿いていた下着であった。

 

「じゃ、それ、朝までに洗濯しといて」

「オレは何処で寝たら…………うわ」

 

 またしても何かを投げつけられた。次は分かる、これは毛布だ。

 

「…………まさか」

「そう、床」

 

 案の定であった。しかも指差された場所は、部屋の隅っこであった。寝床の指定をした後で、もう一言付け足した。

 

「ランプは指を鳴らせば、あんたでも消せるから。寝る時まで付けさせてあげるわ、消灯しといて」

 

 それだけ言うと、「じゃ、あとはお願い」とだけ告げて、ベッドの中へ潜り込んで行った。

 

 

「…………これ、洗濯…………オレが?」

 

 服を両手に、下着を頭にかけた青年の前で、ワガママなご主人様はもう寝息を立てていた。




1.16→『シャツ』と言う表現は相応しくないので、『ブラウス』に変更しました

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